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アナキズム・イン・ザ・UK

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第19回:ウヨクとモリッシーとサヨク

ブレイディみかこ Jun 02,2014 UP

 「俺、UKIP支持に回るかも」
 と隣家の息子が漏らしていたというのは数カ月前に書いた話だ
 リベラルでお洒落なゲイ街にはレインボウ・フラッグがはためいているが、貧民街の家々には聖ジョージの旗が掲げてあり、それはまるで、もはや「自分はイングリッシュである」ということしか誇るものがなくなった白屑(ホワイト・トラッシュ)の最後の砦のようだ。と書いたのは一昨年の話だ。
 つまり、ずっと前から予感はあった。
 5月23日のEU議会選(地方選とセットで行われた地域もある。ブライトンはEU議会選オンリーだった)が近づくと、それは一気に明らかになった。貧民街の家々の窓に右翼政党「UKIP」支持のステッカーが貼られ始めたのだ。だいたい貧民街では選挙前に政党のステッカー貼ってる人なんていなかった。ミドルクラスなエリアに行くと緑の党や労働党のステッカーが貼られていて、玄関先にフラワーバスケットが下がっているようなお宅に保守党のステッカーが貼ってある。というのが通常の選挙前の光景だった筈だ。
 しかも、品のない貧民街となると窓にステッカーを貼るぐらいじゃ収まらないから、「UKIP」の巨大な落書きがフェンスや外壁に出現し、民家の窓に国旗まで掲揚され始めた。あれ、W杯って5月に始まるんだっけ?と思ったほどである。
 そしてとどめは、「EU議会選はUKIPに投票する」と言い出した連合いだった。うちはそれで離婚問題に発展しそうになった。
 異様な、実に面妖な夏の始まりである。

                 *********

 「政界に起きた地震」。
 今回の地方選&EU議会選はそうメディアに表現された。アンチEU、アンチ移民の右翼政党UKIPがまさかの大躍進を遂げたのである。「英国は4大政党の時代に突入する」と表現している新聞さえある。
 第三政党の自由民主党(ブライアン・イーノがサポートしてきた党だが、保守党と連立を組んだ時点で死んだ)が壊滅的に議席数を減らし、UKIPがそれに取って代わる勢いで票を伸ばした。排外主義の右翼政党が「大政党」の一つになりそうな勢いとは英国もシュールな状況になったものである。
 が、なんで今さら排外リヴァイヴァルなのか。英国人は長い時の経過の中で「ま、しゃーないか」と外国人を受け入れ続けて来た筈で、だからこそ日本人のわたしなんかも、毎日こどもたちに絵本なんか読んで聞かせて「先生のLの発音、おかしいー」と指摘されても「いやー、わたしガイジンだから。へへへ」「ふふふ」「ははは」とみんなで陽気に笑いながら生きていける社会になったのではないか。
 「80年代に排外が盛り上がった時とは移民数のケタが違う」
 と連合いは言う。
 「EU圏内から来る労働者が多すぎ。このままじゃ下層の若者はマジで働けなくなる。サッチャーが地方の製造業をぶっ潰して失業者を大量生産した時は、あいつは失業保険とか生活保護とかをスッと出したんだよ。でも、今は生活保護打ち切りの時代だ。そういう受け皿を取り上げながらどんどん移民を入れるのは、下層民に死ねと言ってるのも同然だ」
 連合いの言い分は貧民街の人間たちの声を代弁している。トニー・ブレア以降、労働党が労働者をリプリゼントする党ではなくなってしまったから、労働者たちがUKIP支持に回っている。ずっと左だったのに、いきなり極右にジャンプしている人が結構わたしの周囲にもいるのだ。

 実は最近、ちょっとモリッシーについて書いていたのだが、彼も「移民が増えるほど英国のアイデンティティは希薄になる」という発言を『NME』に書かれて揉めたことがある。個人的にはこれはもっともな英国人の感慨だろうと思う(モリッシーの場合、血統的にはアイルランド人というオチがつくが)し、本当にそう言ったんだろうと思う。彼は猛烈な反王室派でアンチ・キャピタリストなので、今どき何処の共産党の爺さんなんだよというようなガチガチの左翼発言もするが、その一方で“National Front Disco”に代表されるような曲も書いた。「England for English」という歌詞を持つこの曲が、ナショナル・フロントに走る青年について客観的に歌ったものだとしても、悲しい情念に満ちた曲調からはモリッシーがそうした若者にある種のシンパシーを抱いていたことが伺える。
 モリッシーのこの左から右に唐突にジャンプする感じはまさに下層民のリアルな姿だ。だからこそ一見すると軟弱な大学生のアイドルのようなモリッシーが下層社会でも熱烈に支持されたのだろう。実はモリッシーも「もうちょっとでUKIPに投票するところだった」と発言したことがあり、(現在どう言うかは不明だが)同党の党首ナイジェル・ファラージを「好きだ」と言ったこともある。
 わたしはファラージという人はトリックスターだと思っているので、ただ掻き回して終わるだけだろうと思うが、その掻き回しに英国の下層民が乗っかっているのは、長いあいだ政治が彼らを完全に無視してきたからだ。英国民の右傾化は、政治へのリヴェンジと言ってもいい。
 今回の選挙で、EU議会においてはなんとUKIPが英国の第一党になった。しかも、UKIPに投票した人々の86%が来年の総選挙でもUKIPに入れると言っているらしい。政治がいつまでたっても下層の悲鳴を放置し、あまりにも巷の現実と剥離したエリート様ポリティクスを続けているから、国民が短絡的に2本指を突き上げている。英国は、たとえ短期的にせよ、とても良くない方向に向かうかもしれない。

                 *******

 ところで、個人的にもっとも驚いているのは、UKIP問題で人と話をする時に
 「ずっと前からこの国にいる移民として、近年になって入って来た移民についてどう思う?」
 尋ねられることだ。どうも英国の人々は、EU圏から近年になって流れ込んできた移民たちと、それ以前からいた移民とを区別して考えているらしい。
 「I’m one of them」
 と答えるとそれ以上は何も訊かれなくなるが、ひょっとすると、「そうなんだよねー、あいつらムカつくー」とか言ってぶーたれるのを期待されているのだろうかと思う。移民であるわたしが、どうして移民に対してムカつかねばならないのだ。
 だからUKIPに多くのブラックやブラウンの党員がいるという事実には驚くし、そうした有色人種の党員が「EU圏からの移民を制限するUKIPのポリシーは、EU圏外の地域から来る移民にもっと入国のチャンスを与えることになり、よりフェアな移民の制限に繋がる」と主張している動画を見た時にはもう呆れて大笑いした。
 それはバングラ系移民2世のお嬢さんのようだった。しかし、彼女の両親はその「EU圏外の地域」からやって来て、この国に受け入れてもらい、働く機会を得て生きてきたのではないか。先に入ったからと言って、後から入って来る者に「来るな」というのは、玩具をシェアすることを知らない幼児の如くに野蛮だし、「私と同じ地域からの移民はオッケーだけど、それ以外の移民はダメ」というコンセプトをレイシズムと呼ばずして何と呼ぼう。
 UKIPがその辺の旧移民の新移民に対する意識も利用し、取り込もうとしていると思うとなんとも恐ろしいが、逆に言えばUKIPなんてその程度だ。ちょっと考えると欺瞞だらけの理念には、人は長期的に心を奪われることはない。
 せいぜい短期間のリヴェンジに使われる程度だ。

                *********

 「“フェア”な移民制限や“レイシストでない”移民制限などない。我々は移民制限に反対する。我々は、我々の出自や、我々またはその親が何処の国で生まれたかということや、肌の色、何語を喋るかということで人間の存在を非合法にする全ての法律に反対する」

 ケン・ローチの政党レフト・ユニティのポリシーにはシンプルにそう書かれている。移民を一切制限するな。とは、このご時世にアナキーどころかキチガイ沙汰だ。

 が、このポリシーの後半部分には、移民として18年生きて来たわたしには打たれるものがある。

 政治というものは、本来、この「打たれるもの」がコアにあるべきではないのか。
 それは古い言葉で言えば「思想」でもいいし、「社会は、そして人間はこうあったほうがクールだ」という個人的な美意識でもいい。
 「弱者が可哀そう」とかいうヒューマニズムばかり強調しているから左翼はダメになったという定説がある。が、わたしは全くそうは思わない。寧ろ真逆で、誰もポリシーの根本にある揺るがぬもの、妥協など入る余地のない美意識を語らなくなったから政治は人を動かすことができなくなったのだ。
 UKのみならず欧州全体が右傾化しているのは、人々がそうした妥協しない何かを右翼の中に見たような気になっているからかもしれない。
 社会の右傾化は、思想なき政治への民衆のライオットである。

ブレイディみかこブレイディみかこ/Brady Mikako
1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『花の命はノー・フューチャー』、そしてele-king連載中の同名コラムから生まれた『アナキズム・イン・ザ・UK -壊れた英国とパンク保育士奮闘記』(Pヴァイン、2013年)がある。The Brady Blogの筆者。http://blog.livedoor.jp/mikako0607jp/

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