【コラム】ソロス氏が狙いを定めたGPIF改革-Wペセック
6月2日(ブルームバーグ):年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の三谷隆博理事長は、難しい選択とジョージ・ソロス氏との間で板挟みになっている。
厚生年金と国民年金の積立金128兆円余りを抱えるGPIFの運用額はメキシコの国内総生産(GDP)を上回り、中東の政府系ファンドを小さく見せる。保守的な運用で知られるGPIFに、安倍晋三首相は株式投資拡大によるリターン向上を求めている。そしてここに著名投資家ソロス氏が登場する。
安倍首相は1月にダボスで、空売りの名手として世界的に知られるソロス氏と会談した。GPIFの資産構成を変えて分散投資を促したい首相に、差しの会談のニュースは追い風となった。運用資産配分は現在、約6割が国内債。株式投資へ大幅なシフトがあれば、安倍政権のリフレの取り組みにタイムリーな援軍となり得る。
同時に危険性もある。安倍首相が株式について語る場合、日本株を意図していると危惧されるからだ。今は、昨年の日本株上昇の勢いがなくなってしまったという大きな失望感がある。株価がものすごい勢いで上がっていれば、「アベノミクスは買い」と唱える首相に投資家は納得しているとの主張もできようが、約1年半前に約束された構造改革は何も実行されていないとして投資家は落胆している。
こうした状況に対応しようと、安倍首相は信頼感を高め成長を活発にするための緊急行動を具体的に挙げるだろうと読者は考えるかもしれないが、首相が実際に注力しているのは資産価格の押し上げだ。第1弾は日本銀行が2013年4月に決定した国債購入の倍増だった。第2弾はGPIFの大量の株買いを伴うようにみえるが、これには多少モラルハザードの問題がつきまとう。
改革の緊急性円が20%も下落し、日本株式会社の競争力と革新性を高める緊急性は既に薄れた。日銀は指数連動型上場投資信託(ETF)の買い入れを増やしており、株価が下がれば購入によって支える姿勢を示している。これにGPIFが加勢してくれるかもしれない。
ソロス氏の助言と日本での厳しい選択の狭間に三谷理事長は立たされるわけだ。株価を上げる最善の方法は、家計や企業の信頼感に裏打ちされた持続可能な成長を起こすことであり、公的資金を大量投入することではない。
日経平均の上昇持続は、企業統治の改善や生産性の向上、起業家精神の広がりにかかっている。政府介入によるのではない。安倍政権は官僚主義の排除や新興企業への税制優遇、深圳のような経済自由区の導入、貿易障壁を低くするなど、さまざまな措置を推し進めればもっと成功するだろう。それよりもGPIFの改革を急いでいるのは、難しい決断を避け、楽な道を選択しているようにみえる。
空売りの名手分散投資を懸念する理由はもう一つある。そのタイミングだ。ソロス氏は3月に、欧州が25年にわたり日本のような景気低迷に見舞われるリスクを指摘し、これが世界に影響する可能性を警告しているからだ。そうなれば世界は明らかにデフレの方向だ。日本の年金基金に対してソロス氏は利他的ではない。ショートで利益を上げようとする空売りの名手だ。世界的なデフレ、もしくはそれに近い状態が来るのなら、日本はこの段階で株式を積み増すのはやめたほうがいいかもしれない。
日本の少子高齢化を考えれば、GPIFのリターン向上はこれから間違いなく必要になる。そこで自民党はGPIF改革に動きたいわけだが、そのためにはリスクテークに後ろ向きな官僚が予算などを牛耳る厚生労働省とのつながりを絶ち、運用や分析のプロを増やすことが必要であり、とにかく時間がかかる。何年も要するだろう。
GPIF改革にはメリットがある。しかし、これが本来の経済改革をやらずに株価を手っ取り早く押し上げる方法であるなら、「アベノミクスは買い」ではない。(ウィリアム・ペセック)
(ペセック氏はブルームバーグ・ビューのコラムニストです。コラムの内容は同氏自身の見解です。同氏のツイッター は@williampesek)
原題:George Soros Takes on Japan’s $1.26 Trillion Man: WilliamPesek(抜粋)
記事に関する記者への問い合わせ先:東京 Willie Pesek wpesek@bloomberg.net
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更新日時: 2014/06/02 07:30 JST