「どこを出たか」より「何を学んだか」が大事にされる世の中に。この新しい芽が育ち、大学と社会を変えてゆくきっかけになるよう期待したい。

 いつでもどこでも、だれでも無料で大学の講義を聴ける。大規模公開オンライン講座MOOC(ムーク)の日本版が4月に始まった。

 講義は10分刻みの動画になっている。週に計100分ほどで数週間。スマホやパソコンで視聴できる。巻き戻せる。字幕もある。通勤の行き帰りなど細切れの時間でも勉強できる。

 受講を登録した5万5千人は平均45歳。6割が30~50代だ。事前アンケートでは、現役世代の男性には経済学、女性には栄養学が一番人気だった。

 大人になってみると、あれを学んでおけばよかったと思う。が、学び直したくてもまとまった時間は取れない。そんな社会人にちょうどいいのだろう。

 大学には、好機のはずだ。

 日本の大学は社会人学生が少ない。先進国の平均は2割とされるが、2%しかいない。

 高校生の大学進学率の伸びは頭打ちだ。しかもまもなく18歳人口がさらに急減する。多くの大学の存立が危ぶまれる。

 海外から留学生を呼べる大学は限られる。だが、社会人の学び直し需要を開拓すれば、活路が開けるかもしれない。

 統計や法学といった実務に役立つ多彩な講座がそろえば、個人に加え企業の研修需要も呼び込める可能性がある。富士通が新人研修で、インターネットについて学べるムークの講座を紹介したのは一例だ。

 これまで企業の採用担当は、学生の専攻などさほど気にとめていなかった。中身が知られていないから校名で選ばれてしまうのだ。大学が講義の公開を進めれば風穴を開けられる。

 同じことが入試にも言える。

 ネットで実際の講義に触れてから志望校を選ぶ受験生は増えるだろう。偏差値やイメージ頼りの大学選びを変える好機だ。まだ知名度の低い大学こそ挑戦する価値がある。

 10代のムーク受講者は割合こそ少ないが、意識の高い生徒は少なくない。日本史講座の受講者向けに東大で催された特別講義には、全国から多数の高校生が参加した。

 ムークは貧富による教育格差の克服や、ネットと教室を組み合わせて授業の質を高めることへの期待も背負う。

 大学は、自らを社会に開く勇気があるか。社会は大学の知を信頼し、活用する気があるか。この試みが軌道に乗るかどうかはそこにかかっている。