今、真梨子はコンサートのリハーサルの真っ最中。
そばにいるのは夫のヘンリー広瀬。
プロデューサーとしてバンドのリーダーとして、真梨子をサポートしてきた。
メンバーと密にディスカッションしながらリハーサルを進めていく2人。
真梨子「上手で、凄い、素敵、格好良いっていうのもいいんですが、うちの場合は愛情で演奏して欲しいって、そういう気持ちがあるんですよね。」
真梨子は音楽にも「愛」を求める。
約束の1年を大きく過ぎ、加入から5年、音楽性の違いが表面化し、人気絶頂のペドロ&カプリシャスから真梨子とヘンリーは脱退。
ソロデビューした髙橋真梨子は自らの歌の世界を模索していく。
ヘンリーはプロデュサーとして彼女をサポートする立場に。
6年後…
「桃色吐息」が大ヒット。
その後も、大人の愛を歌った名曲を次々と世に送り出していった真梨子。
その歌声は女性を中心に絶大な支持を受け、トップシンガーへの階段をいっきにかけのぼっていく。
そして、ビジネスパートナーは、いつしか私生活でもかけがえのない人に…
21年前、2人は結婚を発表。
真梨子は、多忙な音楽活動の傍ら、家事をこなし、ヘンリーに尽くした。
心から愛しあえる相手のいる幸せ…
だが、母との関係は変わらなかった。
あるとき、上京してきた母と口論になり、真梨子は、幼い日のことを強くなじった。
すると…
今までなら言い返してきた母が静かに涙を流した。
胸を突かれた。
生涯の伴侶を得たいまだからこそわかる、母の気持ち。
愛する夫と離れ、どれだけつらかったか。
胸に抱き続けた憎しみが、少しずつ溶けていく…
ようやく母を許す気持ちが芽生えたそんな時、突然、真梨子の体を異変が襲う。
47歳の時、真梨子は、突然、激しい疲労や手足のしびれ、、耳鳴りに襲われた。
更年期障害とウツ
ヘンリー「ほんとに彼女はみるみるやせ細っていって、食事も食べないし完全なうつ状態になっちゃって…」
それでも、ステージに立ち続けた真梨子だったが…
ついに、声も思うように出なくなってしまう。
毎年欠かさず続けてきたコンサートツアーも、数ヶ月延期せざるを得なかった。
20年来の友人、女優、萬田久子は、当時の状況をこう語る。
萬田「トイレも行けなくなりましたからね、1人で。やっぱり真梨子さん見てると、付き添わないとって思う位、ちょっと人が変わった感じでしたよね。」
心身ともにボロボロ、1人では何もできなくなった真梨子を支えたのが、夫のヘンリーだった。
食事の世話をはじめ、不慣れな家事も懸命にこなした。
真梨子「よく頑張ってくれましたね、いろいろ病院を探したり。安心させるために非常に気を使ってくれるんですけど、変に気を使うと私が、余計気を使って悪化すると思って『大丈夫、大丈夫』みたいな感じ。」
ヘンリーに支えられ、真梨子の体調は少しずつ回復していった。
ようやくステージにも立てるようになり、創作への意欲もわいてきた矢先…
母の千鶴子に癌が見つかった。
大腸癌…。余命1ヶ月の宣告…
失いかけて、初めて気づいた…
母は母なりに自分を精一杯愛してくれていたことを。
そして、愛を伝え、愛を受け止めることの難しさを。
真梨子「人間だれでもね、簡単に空気みたいなものだと考えてるじゃないですか?愛っていうのは。そんなに強調できないでしょ。みんなそれでもって成り立っているわけですから。」
真梨子は、母に最後まで癌であることを告知しなかった。
仕事が終わると、すぐに母の病室に駆けつけ付きっきりで看病する日々。
これまでの空白を埋めるかのように…
ヘンリー「その時はね、僕が側にいて見てても、嫉妬するくらいの親子愛っていうか、親子であり兄弟のようなっていう。」
癌が発覚したその年の大晦日、母はこの世を去った。
2ヶ月後…
ステージの上に真梨子の姿があった。
このコンサートで、真梨子は母が最も愛した曲を歌った。
彼女が作詞を手がけた『フレンズ』
真梨子「特別なものに愛ってつくりあげるとすごく大げさになってしまうし、変じゃないって言われるんですけど、実はものすごく愛に飢えてた子はすごく愛をテーマにものごとを運びたくなるんですよ。」
萬田「ほんと強くなりましたよね。それはだからひょっとして、お母さんとの本当の別れが出来たのかもしれませんね。いろんな自分のヒストリーじゃないけど、生い立ちとかをカミングアウトしたっていうのがすごく楽になったのかもしれませんね。」
ヘンリー「彼女すごく愛情深い人。それが口で表さないで周りの人たちは分かってるのね。それはね、つきあっていくとすごく分かると思うのね。それはたぶん、そのちっちゃい頃の辛い辛いことが、だんだんだんだん解放されてってる。」
結婚して21年
気がつけばいつも一緒にいる
愛に飢えた少女時代
歌が救いだった
真梨子「私はすごく愛に飢えているって言われれば、この年でね、そんなのは当たり前でしょ、すべては愛がなくてはできない…」
これからも「愛」を歌いつづけていく…