| 2012年6月23日(土) |
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現地には本県戦没者の碑「みちのくの塔」も立つ。昨年の「慰霊の日」に、本県遺族会の23人が糸満市での平和祈願慰霊大行進と追悼式に参列した。その一人は「追悼の世代交代が進んでも、沖縄の人々にはいまだに強い思い入れがあります」と振り返る。 6月23日は戦後史で忘れられない日だ。沖縄戦終結から15年後、60年のこの日、改定された日米安全保障条約と日米地位協定が発効した。本土復帰からことしで40年。米軍基地が圧倒的な存在として残る沖縄の今は事実上、この日から始まったのだ。 「この40年は、無意識の植民地主義者や侵略者としてのヤマトンチュ(日本人)の姿があらわになった日々です」。先月、沖縄出身の詩人高良勉(たからべん)さんは本紙朝刊につづった。痛烈な問いかけである。迷走する基地問題、米軍機の墜落事故や米兵による犯罪など、沖縄の痛みと真正面から向き合ってきたか、と。 墜落事故が相次ぐ米軍輸送機オスプレイの普天間飛行場への配備計画は原因究明がなされないままでは、住民の不安は募るばかりだ。きょう戦没者追悼式に出席する野田佳彦首相はさすがにこの話題を持ち出せまい。仲井真弘多(なかいまひろかず)知事との会談を見送った。「慰霊の日」は、沖縄の今を考える日でもある。 |