▼国際司法裁判所が調査捕鯨で日本敗訴を言い渡した判決で、鯨肉の販売は条約違反と判断したかのように日経新聞が解説したが、そうした事実はなかった。IWCを脱退して商業捕鯨をしている国があるかのような記述も誤りとみられる。
【日経】 2014/5/3朝刊・別冊プラス1 「そもそも捕鯨にはどんな国際ルールがあるの?」
《注意報1》2014/5/31 21:00
《注意報1》2014/5/31 21:00
日本経済新聞は5月3日付朝刊の土曜別冊「プラス1」で、捕鯨の国際ルールに関する解説記事を掲載した。その中で、3月末に国際司法裁判所が調査捕鯨に関して日本敗訴の判決を下した際、「調査後にクジラの肉を副産物として売るのはルール違反」と判断したかのように説明したが、そのような事実はなかった。記事には「IWCを脱退して堂々と漁をしている国もある」という記述もあるが、そうした国はないとみられる。
□そもそも捕鯨にはどんな国際ルールがあるの? (日本経済新聞電子版 2014/5/3)
国際捕鯨取締条約(以下「条約」)は、8条1項で締約国が科学的研究を目的とした調査捕鯨のための特別許可書を自国民に付与することを認めている。さらに、8条2項で特別許可書に基づいて捕獲した鯨はできる限り加工することなどを義務づけている。
調査捕鯨をめぐっては、2010年5月、豪州が日本の南極海調査捕鯨は条約に違反しているとして国際司法裁判所に提訴。今年3月31日、裁判所は豪州の主張をほぼ認め、日本の南極海調査捕鯨(JARPAⅡ)について8条1項で認められた「科学的研究」目的の調査に当たらないと認定。日本に特別許可書の撤回等を求める判決を下した。
この判決について、日経新聞は「商業捕鯨ではないと言いつつ、調査後にクジラの肉を副産物として売るのはルール違反という主張も認められた」と指摘。あたかも豪州が調査捕鯨後の鯨肉販売は条約違反と主張し、その主張を裁判所が認めたかのように解説している。
しかし、日本報道検証機構が調べたところ、判決には、条約8条2項に基づき、科学的研究を目的とする捕鯨の加工と販売は認められており、このこと自体は豪州も受け入れていると明記されていた。裁判所は、鯨肉の販売という事実だけで条約8条1項を逸脱することにはならないとも指摘。判決の中で、鯨肉の販売自体を条約違反とみなすような判断は示していなかった。
■「南極における捕鯨」訴訟(豪州対日本,ニュージーランド訴訟参加) 2014年3月31日の判決要約 (外務省 2014/3/31)
■WHALING IN THE ANTARCTIC (AUSTRALIA v. JAPAN: NEW ZEALAND INTERVENING) (国際司法裁判所 2014/3/31)
91. First, Australia acknowledges that Article VIII, paragraph 2, of the Convention allows the sale of whale meat that is the by-product of whaling for purposes of scientific research. That provision states:
(第一に、(国際捕鯨取締)条約の第8条2項が科学的研究を目的とする捕鯨の副産物である鯨肉の販売を許容しているということは、豪州は認めている。)
…(略)…
However, Australia considers that the quantity of whale meat generated in the course of a programme for which a permit has been granted under Article VIII, paragraph 1, and the sale of that meat, can cast doubt on whether the killing, taking and treating of whales is for purposes of scientific research.
(しかし、豪州が考えるに、条約第8条1項のもとで特別許可書が付与されたプログラムによって出てきた鯨肉の量と、その鯨肉の販売が、鯨の殺傷、捕獲と処理が科学的研究を目的とするものであるかどうかについて疑問を投げかける余地がある。)
94. As the Parties and the intervening State accept, Article VIII, paragraph 2, permits the processing and sale of whale meat incidental to the killing of whales pursuant to the grant of a special permit under Article VIII, paragraph 1.
(当事国および訴訟参加国が受け入れているとおり、条約第8条2項に基づき、第8条1項のもとで付与された特別許可書に基づき殺された鯨の付随的な鯨肉の加工と販売は認められている。)In the Court’s view, the fact that a programme involves the sale of whale meat and the use of proceeds to fund research is not sufficient, taken alone, to cause a special permit to fall outside Article VIII.
(裁判所の見解では、鯨肉の販売及び右を調査の原資としている事実のみをもって、特別許可書を第8条の枠外に置くことにはならない。)Other elements would have to be examined, such as the scale of a programme’s use of lethal sampling, which might suggest that the whaling is for purposes other than scientific research.
(プログラムにおける致死的サンプリングの使用の規模といった、捕鯨が科学的調査以外の目的であることを示すかもしれない他の要素が検討されなければならない。)In particular, a State party may not, in order to fund the research for which a special permit has been granted, use lethal sampling on a greater scale than is otherwise reasonable in relation to achieving the programme’s stated objectives.
(特に、締約国は特別許可書が付与された調査の資金とするために、定められたプログラム上の目的達成との関係で合理的な範囲を超える規模の致死的サンプリングを用いることはできないだろう。)
(和訳は、外務省のサマリー仮訳を参照しつつ、日本報道検証機構による)
また、日経新聞の記事には、捕鯨の賛成国と反対国の対立が続いていることを踏まえ、「IWCを脱退して堂々と漁をしている国もある」と指摘した部分がある。しかし、当機構が水産庁に問い合わせるなどして調べたが、IWCを脱退して商業捕鯨を行っている国があるとの情報は確認できなかった。
水産庁によれば、現在、ノルウェーとアイスランドは商業捕鯨を行っているとされるが、ノルウェーはIWCを脱退しておらず、アイスランドは一時期IWCを脱退したものの再加盟している。インドネシアやフィリピンといった捕鯨国はもともとIWCに加盟していない。IWCを脱退したカナダでは先住民が小規模な捕鯨を続けているとされるが、いわゆる商業捕鯨とは異なる。カナダの先住民と同じ系統の米国アラスカ州の先住民による捕鯨は、IWCで「先住民生存捕鯨」として認められている。
商業捕鯨の再開を訴える活動をしている日本捕鯨協会の関係者も、当機構の取材に対し「IWCを脱退して堂々と漁(商業捕鯨)をしているような国はないのではないか」と疑問視している。当機構は、日本経済新聞社に具体的にどの国を指しているのか質問したが、同社広報グループは「個別記事の取材過程や編集判断についてはお答えしていません」とだけ回答し、具体的な国名を明らかにしなかった。
■IWCと捕鯨をめぐる情勢 (水産庁 2012/6)
■捕鯨問題Q&A (日本捕鯨協会) ※世界で行われている捕鯨
■北アメリカ地域における先住民生存捕鯨と先住権(2009-2013) (国立民族学博物館) ※米国やカナダの先住民による伝統的な捕鯨について学術的調査が行われている。
◆国際捕鯨取締条約 (日本捕鯨協会)
第8条
1.この条約の規定にかかわらず、締約政府は、同政府が適当と認める数の制限及び他の条件に従って自国民のいずれかが科学的研究のために鯨を捕獲し、殺し、及び処理することを認可する特別許可書をこれに与えることができる。また、この条の規定による鯨の捕獲、殺害及び処理は、この条約の適用から除外する。各締約政府は、その与えたすべての前記の認可を直ちに委員会に報告しなければならない。各締約政府は、その与えた前記の特別許可書をいつでも取り消すことができる。
2.前記の特別許可書に基いて捕獲した鯨は、実行可能な限り加工し、また、取得金は、許可を与えた政府の発給した指令書に従って処分しなければならない。
◆捕鯨の部屋 (水産庁)