今はとある事情で東京に住んでいるけど、私の地元はお米の産地だ。
むかしむかし、まだ地元に住んでいた時の話。
東京から来た女性、奈々子さん(仮名)とチームを組んで仕事をしたことがあった。奈々子さんは半月くらい私の地元に滞在して仕事を片付けて東京へ戻ることになっていた。
仕事は滞り無く進み無事終わり。打ち上げでみんなでご飯を食べることになった。
BBQみたいなノリで、肉を焼いたり魚を焼いたり一品持ち寄ったりで、いろんな酒やつまみやおかずが集まって、賑やかなテーブルだった。
その近くで釜でご飯を炊いていた。炊飯ジャーでも土鍋でもなく、釜で炊いていた。
酒飲んだり料理食べたりしてるうちにごはんが炊けて「お腹が空いてる人はごはんも炊けてるよ~!」と新米の炊きたてご飯が奈々子さんにもよそわれた。
そしたら彼女が言ったのだ。
「あたしごはん食べられない人なんですよー」
「ごはんって白いつぶつぶがいっぱいでなんかほら、気持ち悪いじゃないですかー」
「食感がどうしてもだめでえー」
と。ご飯が嫌いだという人に出会ったのは、その時が初めてだった。
ちょっとバカっぽい口調なのは決してバカ女に見せようという悪意からではない。ありのままに再現しているだけだ。奈々子さんはとてもいい人で賢く有能な人だった。
その時私は微かにではあるが「こいつ気に食わねえw」とムカついた。
表面的には笑顔で「あっそうなんだぁw」って言ってたけども。
別に何が食べられて何が食べられなくても、そんなのは個々人の勝手なのだ。そんなことにムカつくのはおかしいのだ。けどその時、ちょっとだけムカついたのを今でも覚えている。
その場の空気は皆、
「……あ、ああ、そうなんだwへえ…珍しいねwアハ、アハハハ」
みたいな感じだった。
あの時のあの感情はなんだったんだろう。
- 普段自分が食べているものを否定された気がした。俺は米で育ったんだよ!という思い。
- 精一杯のおもてなしの気持を、全力でスルーされるどころかうっちゃられて打ち捨てられた感じ。
- 同じ釜の飯を食えないのかよ!俺たち仲間じゃなかったのかよ!という思い。
- 日本人なら米食ってなんぼだろ!お前何人だよ!という変な愛国心。
- お米の産地としての誇りを傷つけられたという思い。
どれなんだろう。
いずれにしても、そんなの何食おうが勝手でしょ馬鹿じゃないので終わる話だ。
実は5番目の感情は当時自分で気付いていた。
あ、そういう感情が自分の中にあるんだと発見した。そしてその感情を他のみんなも抱いていたことをあとで知った。
どう例えたら分かりやすいかな。
三重県の地元民が他県から来たお客さんに松阪牛のステーキを振る舞ったら、「わりぃけど豚肉食べたいわ」って言われた時の気分かな。
北海道民がタラバガニとウニいくら丼を振る舞ったら、「カニって虫みたいでダメ。魚の卵とか食感がどうしてもダメで。ていうか海鮮物とかあんまり食べたいとは思わないなー」って言われた時の気分かな。
あくまでそういう感情になるに違いないという想像に基づいた例えだけど。
地元民の「食」に関する誇りとかいろんな想いって、想像以上に深い。その時初めて認識したのだった。
他県に行って名産品とか郷土料理を振る舞われた時は、少し慎重に反応した方がいい。
一方、逆の立場では、地元のものが受け入れてもらえなかった時でも、そんなの個人の自由なんだから、いちいちムカついちゃだめ。