ゲームプログラマが DTM で曲を作るときの
基礎知識を教わったときのメモ
Created: 2014-05-31
Modified: 2014-05-31
Written by Tatsuya Koyama
0. これは何
この記事では、趣味程度で DTM をやっているゲームプログラマの僕が、 ちゃんとした音の仕事をしている友人に基礎的なことを教わったメモを示す。 DTM 初心者の方の参考になれば幸いだ。
1. ゲームプログラミングと DTM
僕は概ね、ゲームのプログラムの設計と実装を行う仕事をしている。 そのため、日々のリソースの多くはゲーム開発、とりわけエンジニアリングの勉強と実践に費やしている。 最近だと、 ゲームのフレームワーク を書いたりとかね。この分野はいくらでも勉強することがあるし、 時代とともに新しいおもちゃが提供されるし、創造的なものを作る余地もふんだんにある。 恐らく僕の人生の間くらいなら、飽きずに続けることができるだろう。
僕は仕事でもゲームを作っているんだけど、放っておいても趣味でゲームを作る程度にはゲーム作りが好きだ。 iro-mono は友達と一緒に作ったりもしたけれど、趣味のやつは全部一人で作ることが多い。 その場合、曲と絵も自分で作るようにしている。 もう相当に昔のものとなってしまったが、GENETOS というシューティングゲームは全てを自分で作った。
シューティングを作るような人に曲も作る人が多い のは、 まあシューティングが最初のゲームプログラミングの題材として非常にとっつきやすいというのもあるけど、 どちらも時系列のコンテンツ であることが大きいんじゃないかと思う。 シューティングは尺とスピードを作り手の意図通りに固定しやすい。 レベルデザインに合わせて曲の盛り上がりを持ってくる、といった演出がやりやすいので音楽を効果的に使いやすいんだ。
最近はスマフォ向けアプリのゲームとか携帯機のゲームが市場を席巻していて、 ゆっくり音楽を聴きながらやるゲームは相対的に減っているように思うけど、 それでも音がゲームにもたらす力は大きい。 僕の場合、ゲームを作る際にはまず先に BGM を作る。 音楽と絵の大きな違いは、繰り返すけど 音楽は時系列データである ということだ。 音楽があると、実際に動いているゲームの画面や、レベルデザインの時間的変化をイメージしやすい。
ということで、ゲーム開発と音づくりというのは切り離せない関係にあると思う。
2. マスタリングをちゃんと勉強したい
僕は趣味レベルで、自分のゲーム用に曲を作る。しかしあくまでも趣味レベルだ。 どれくらいのものかは、最近作った曲でも聴いてもらえばわかると思う。 以下は「流動的世界観」というタイトルのピアノ曲だ。
音楽の中身についてはまあアマチュアの作品だということで大目に見てもらいたい。 それはそれとして、僕には音の仕上げの部分(マスタリング)をどのようにやればよいか分からないという悩みがあった。 この曲は Mac で Cubase Elements 6 というソフトを使って作っているが、 そもそも DTM というやつ自体、僕は見よう見まねでやっているだけで細かい部分の教養がない。 それに Cubase のような DAW と呼ばれるソフトは、 プログラマの僕からすると IDE で開発することの 4 倍くらいは難しく見える。
これも初心者あるあるらしいのだけど、曲を作り終わって最後にファイルに書き出すときに、 いい感じに保ったまま音量を大きく出力できない という壁がある。 そのまま出力すると世の中の音源に比べて音量が小さくなって実用に耐えないものになってしまうし、 本やウェブの記事を見て適当にコンプレッサーやリミッターをかけたりすると、 音が潰れたりぼやけたり歪んだりしてしまって手に負えない。
chiptune のようなピコピコ系の音とか、 Mr.WARP の時に作ったような電子音系のやつは比較的うまくいくようだ。 こいつは素人目に聴いてもそんなに気にならない感じに出力できている。
Sound Construction
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インタラクティブ・アート「World Construction」の BGM
これがピアノのようなアナログ感のある楽器メインになると、自分が思うような音に仕上げられない。 以下の「21st Century Cat Song」はどうやってもうまくいかなくて、 全体的にぼやっとした聴きにくい音になってしまって泣きたくなった。
この辺は本やウェブの記事を読む程度では身につかなそうな気がしたので、プロの人の意見を聞こうと思った。 僕は普段音の仕事をしているという友人の K くんを呼んで、「僕に DTM の基本的な何やかやを教えてください」とお願いした。 彼は僕の抽象的な依頼に、快く応じてくれた。
3. K くん
K くんは iro-mono というゲームを作ったときに、BGM と SE を担当してくれた友人だ。 iro-mono は何種類もの効果音が鳴る色彩豊かなゲームに仕上がったので、 ぜひプレイして音を聴いてみてほしい。(ブラウザでも遊べますがタブレットがおすすめ)
また、彼の公開している作品は以下のリンクから参照できる。
4. 音のメリハリ Tips
* ここから先は、僕と K くんとの対話を示す。
僕:今日はよろしく頼むよ。
K:うん。それじゃ早速だけど、トラックのノートを見ていこうか。
僕:電子ピアノで適当に弾いて入力してるよ。ベロシティ(打鍵の強さ)はマウスでちょっとだけいじってる。
K:なるほど。君はピアノの音が全体的にぼやっとしちゃう、ってのを気にしていたね。 それならベロシティの強弱ってのは、もっと大げさにやっちゃってもいい。
K:フレーズの盛り上がりを意識すると、こんな感じかな?
僕:ううむ、こっちの方が 1 音 1 音がはっきり聴こえてきてよいな。
K:あと 2 小節目後半のノート(音符)の長さも調整してみた。長さを細かく変えるだけでも結構印象が変わってくるよ。
僕:マスタリングとか音源の良し悪し以前に、こういうところでも違いが出てくるんだねぇ。
K:ノートの長さで言うと、これって冒頭は一つの流れる音なんだけど、途中から二声になるんだよね。 じゃあその変化を音の強さじゃなくて、ノートの長さで表してあげるとかね。
僕:あ、こうするとベースとメロディの存在感が出るね。
K:うん。こういうちょっとした手間で表情が出てくるよね。その時の各音のパートの役割を意識してあげるといいよ。 ソロで鳴ってるのか、主役と支え役があるのか、とかね。 絵でいうところの前景と背景が、音楽にもあると思えばいいんじゃないかな。
5. ドラム Tips
僕:僕はピアノは習っていたんだけど、ドラムってやつはさっぱりなんだ。
K:おっ、実は僕が得意なのはドラムなんだぜ!
僕:何にも分かってないから、せめて基本の基本くらいでも教えてくれないかなぁ
K:この曲にもドラムパートがあるよね。まあ変に気張らず、こんな感じで好きにやっていいと思うよ。 今回は少し打ち込みのコツを教えてあげよう。
K:ドラムで大事なのはリズムと、何拍目にアクセントを置くかってところだ。 たとえばここの四つ打ちの部分、今は強弱がないけど 1 拍目のベロシティを強くすると…
僕:ちょっとそれっぽくなった!
K:単調なやつより、ぐっとワクワクする感じが出るよね。 これを 1 拍目じゃなくて 3 拍目にアクセント置いたりすると、ちょっと重い感じが出たりするよ。
K:あとちょっとしたテクニックとしてはね… 発音タイミングをほんのわずかにずらしてやる ってのもある。
K:さっきと聴き比べてみてどう?
僕:あれっ、なんかドラムの音量が大きくなったような気がするね。
K:ベロシティは変えてないのに不思議だよね。 クオンタイズされてる場合だと色んな音が同時に鳴ってるわけだけど、 気づかないくらい発音をずらしてやるだけでも音が耳に届くようになったりする。 結局音って、音量じゃなくて認知の問題だからさ。
僕:音が大きく書き出せないから音量を上げることばかり考えていたけれど、こういう工夫もあるわけか。
6. マスタリング Tips
K:さていよいよ件の、ミックスとかマスタリングの話だ。
僕:ここがうまくいかないから、せっかく曲を作ってもゲーム用や公開用に書き出すとき、行き詰まってしまうんだ。
K:今は書き出し用のオーディオトラックが、全部ミックスされた 1 つしかないね。
僕:全部鳴らして録音しただけだね。こいつに対してコンプレッサーとかリミッターをかけたりしてみたんだが、 音量を大きくしようとすると歪んだり、音がこもった感じになってしまう。
K:ミックス時に調整しやすくするために、 オーディオトラックはパートごとに録音 した方がいいよ。 イコライザもパートごとにかけていくわけだからね。
僕:なるほど、そうするよ。そしてそのイコライザってやつだ。 いらない周波数帯を削るとか、知識レベルでは知っているんだけど、具体的にどう操作したらいいかがわからないんだよね。
K:よし、ではイコライザの話を始めよう。 と、その前にこの部分のピアノが気になったんだけど…
K:実際に手で弾くことは想定していない譜面だよね。でも意図はわかるよ。
僕:うん。強調したい部分だったんだけど、インパクトが足りなくてもう一段、後から足したんだ。
K:だよね。でもせっかく鳴ってるのに、他のパートと音域が被ってしまって、逆に聴こえにくくなってる。 こういうときは「かぶってるなー」ってところを消してあげて、 聴こえる方の音の強弱や長さをいじってあげて調整してあげるといい。
僕:なんかとりあえずオクターブ足して強調しようとするのは、自分でも悪いクセだと思っていたんだ。ありがとう。
K:ああ。そしてこの「被ってる部分を取り除く」ってのがキモなんだ。 単純な話、音って同じ周波数帯の音が同時に鳴ると、聴き取りにくくなるんだよね。 逆に高い声の人と低い声の人なら、同時に喋っても意外と聞き取れたりする。
僕:見えてきたぞ。つまり各パートごとにいらない周波数帯をイコライザで削ってあげれば、 メインの音が聴き取りやすくなる。体感として聴かせたい音が大きく聴こえやすくなるってわけだ。
K:そのとおり。話が早くて助かるよ。
僕:(各パートの音が専有できる周波数帯は有限… ここはこのパートがメインだからこの音域はこっちに譲るとか、周波数帯をリソースとして捉えればよかったのか。)
K:じゃあイコライザでどういった作業をしていくのか、その手順を説明しよう。 君はエンジニアだから、そういう方法論を教えてもらった方がよいだろう?
僕:話が早くて助かるなぁ。
7. イコライザ Tips
K:これが Cubase のイコライザの設定画面だね。僕は普段 Logic 使いだけど、まあたぶんわかるよ。
僕:なんかこれ、僕には思うようにカーブの形をコントロールできなくてね。 イラストレータのベジェ曲線みたいなもどかしさがあるよ。
K:ほら、ここでタイプが選べるんだよ。
K:Parametric を選ぶよ。ピークのためのパラメータがどこかにあるはずだ…
K:ああ、ここでバンド幅を変えられる。
僕:ああっ、こんなところで調整できたのか!
7.1 いらない周波数帯を削る
K:この形を作ったらヘッドフォンをつけて、オーディオトラックを再生しながらピークの位置を動かしてみるんだ。
K:すると ああ、この周波数帯はこのパートだとこの辺の音なんだ、 ってのがわかるよね。
僕:ふむふむ。
K:持ち上げてもあんまり変化の無い周波数は、このパートだと必要性の薄い部分ってことだ。 こういうのは削ってあげちゃっていい。
僕:こうやって決めるのかー
K:あとは好みの問題で、持ち上げて「気持ち悪いな」って感じるところは抜いてあげるとかね。
7.2 強調したい部分を持ち上げる
K:例えばピアノパートで、こんな風に削ったとするよね。
僕:大分すっきりした音になったね。これがミックス時に効いてくるんだね。
K:次は逆に強調したい部分を持ち上げるんだ。 僕はいつも、上げる用にもう一段イコライザを刺すんだけど、こいつはできるのかな?
僕:Cubase Elements だと多段ができるのかわからんなー
K:じゃあ今回は同じ画面上でやろう。
K:ピアノだったら、4 kHz 周辺を少し持ち上げるとキラキラ感が出たりするね。 もっと上げるとチープな感じの音になったりする。
僕:おっ、そういうの知りたかった。
K:1 kHz 周辺を上げるとずしっとした重みが出たりとかね。 まあこれもトラックを再生しながら、好みのところを探せばよいよ。
僕:なんだか僕にもマスタリングができるような気がしてきたよ!!
8. おわりに
以上が僕が K くんから音づくりについて教わったおおよそのところだ。 彼にとっては基本的なことなのだろうが、プログラマの僕にとっては耳寄りな情報ばかりだった。 彼に敬意を表し、教わったことを今後のゲームの BGM づくりに活かしていきたいと思う。
僕が学生の頃に見よう見まねで DTM を始めたとき、あまりにも何もかもが分からなくて絶望していた。 この記事はそんな過去の自分に教えてあげたかった内容でもある。 同じ境遇にあるような若いクリエイターの一助になれば幸いだ。