今夜は皆さんにも知ってほしい…
『仰天ニュース』の時間がやってまいりました。
もう終わろうとしてる…。
(鶴瓶)でも俺らはね…。
だからたぶん本当にいずれか来るんでしょうね。
(観客)えぇ〜!いやいや。
俺は大体…。
(拍手)本当正直言いますけど…。
だってベーさんの年齢って今いくつ?60…。
62歳ですね。
僕…。
ある。
おい!
今夜知られざる歴史を目撃するのはこちらの皆さんです
あぁすご〜い。
『仰天』スタッフが向かったのは…
那須高原に広がる雄大な牧草地
ここに…
人達がいる
今回貴重なその生き証人に会うことができた
それは…
住んでいた馬小屋はもう取り壊されてしまったが…
今は物置になっているがここには…
この馬小屋に多くの人々が集まって来た
それにしても…
実は彼らは…
彼らには…
・そうだな・
満州で豊かな暮らしをしていたと思われていた…
そもそも…
…を契機に日本は中国東北部の満州全域を占領
日本の…
そこに鉄道や工場を次々に建設
さらに広大な領土に農地を広げて行った
すると当然だが人手不足が問題となる
一方日本の一部の地域では…
そこで…
その1つに千振開拓団と呼ばれるものがあった
東北北陸甲信越北関東から数多くの男性達が家も財産も処分し満州での…
特に大豆は大豊作
貧困にあえいでいた…
そして…
当初…
千振の開拓地に…
あっ。
(女性)あっ。
どうも。
(女性)はじめまして。
(女性)こちらこそよろしくお願いします。
彼女達は「大陸の花嫁」と呼ばれた
全く知らぬ男性のもとへ…
やがて出産ラッシュに
お願いします!
(とく)分かった!はい!
冒頭インタビューに登場したとくは千振でただ1人の助産師として多くの赤ん坊を取り上げた
うぅ〜!あぁ!は〜い。
新たな命が生まれ家族ができて行く
誰もがこの地に家庭を築き骨を埋めるつもりだった
しかし…
失礼ですけど。
(赤木)90歳です。
(観客)えぇ〜!
(小島)お美しい。
(笑い)俺は本当生意気というか本当に申し訳ないですけど何か知んないけど…。
(赤木)そうなの。
僕が今から20年ぐらい前ですかレギュラー番組一緒に…。
もう20年になりますかね。
なりますね。
(久野)その当時のお写真が…。
えぇ〜!こちらご覧ください。
(歓声)よくこんな写真…。
ねぇ。
ほな赤木さんこれ…。
そうですね。
(安藤)若い!
(小島)ぴかぴかですねお肌。
去年はもう89歳でしょ私。
『ギネス』の認定証もあるんですよね。
こちらご覧ください。
(赤木)これギネスブック。
これ賞もらわはったんや。
最年長記録ですね。
そうですね。
すごいな。
そして…。
(安藤)あっはい。
14歳の時に4回転を成功…。
14歳。
(安藤)はい。
最年少で…。
でも赤木さんが4回転したらたぶん『ギネス』ですよね。
(笑い)どんな…もうどんな感じ?時間があれば。
今は…。
(笑い)深夜割引…。
(安藤)ない。
ない?小島さんですけど…。
えっウソ!どこに引っ越したんですか?オーストラリアのパースという所で生まれたんですけどそこに一家で引っ越しました。
パースで生まれたの?パースで生まれて…。
またパースに戻ったの?一家でパースに引っ越しました。
『仰天』今日何時入りか…夕方ぐらい。
それ逆算したら…。
(笑い)えっ明治天皇の…。
(竹田)はい玄孫。
孫の孫ですね。
まさか明治天皇の…。
思ってなかったでしょうね。
みんなとしゃべる時には。
今はもうほとんどなくなってしまってるんですけど…。
(竹田)例えば…。
あれは宮中言葉なんですよ。
(観客)えぇ〜。
「お冷や」ごめんなさいね。
「お冷や」ってちょっとガラ悪い言い方…。
宮中の奥はいっつも同じメンバーの女性が生活してるわけですよ。
そうすると隠語が発達するんですよね。
例えば髪のことを「かもじ」っていうふうに言いますけど「か」が付くもの「か」の文字が付くもので「髪」とか。
あと「しゃもじ」も「杓」の文字が付くものってことで「しゃもじ」。
えぇ〜。
(竹田)隠語なんですよね。
そんな語源僕ら知らないまま使ってることありますもんね。
あっそうなの面白いそれ。
さぁそれからホランちゃんホランちゃんは…。
(ホラン)久野さんと私…。
そうなんですよ。
覚えてる?はい私…そうです。
…って今おっしゃってるんですけど実は覚えてなかったらしくて。
いやいやいや。
いやいやいや。
キラキラ輝いてたら覚えてるよ。
(笑い)だいぶ…。
満州での…
人達
誰もが…
そして昭和20年
敗戦の色が濃くなり始めると…
それまで平和だった満州にも影響が出始めた
助産師とくの夫も
(とく)どうしたの?えっ?
それは…
とくの夫が動員されてわずか1か月後…
千振の人達は…
しかも
お〜い大変だ大変だ!えっ線路が?・歩く!?・えっ…。
・歩けないもう歩けないよ・
千振から満州の首都新京まで600kmもの距離
とくはわずかな食料を持って…
(泣き声)
中には…
開拓民もいたがソ連兵に攻め入られ…
逃げ始めてわずか2日後の…
ソ連の終戦の解釈の違いから侵攻は収まらなかった
千振から逃げた人々
わずかな…
その上ソ連兵にいつ襲われるか分からない中の逃亡
(銃声)
男達を根こそぎ動員で奪われ老人と女子供だけ
特に体力のない子供達は力尽きて行った
(子供)置いて行かないで。
この頃多くの…
それは
多くの母親がやむなく…
(子供)母ちゃん!
この時預けられた子供達が…
母ちゃん!
娘を失いながらもとくは…
この混乱で…
その後とくは引き揚げ船に乗って…
そして故郷の宮城へたどり着いたのは終戦翌年の7月のことだった
ようやく…
そして実家でも
(子供)うん。
幼いきょうだいがいる家は食料事情が悪くギリギリの生活
とても…
こうして生きる希望を失いかけていたとくのもとへある日…
それは…
満州から引き揚げた…
それは…
僕なんかの感じてる歴史とかっていうのもあらためて勉強し直さなければならないと思いますよね。
それではここで満州について詳しくお話を伺います。
歴史学者で…。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ここで満州の歴史振り返って行きます。
まず満州とはどこにあったのか。
大体この赤で塗られた地域にありました。
その他の人は中国の方ですか?日本が攻めて行ったわけですね。
はいそうです。
日本のものになったんですね。
この時に…。
なので…。
どういうこと?今のウクライナみたいな。
(加藤さん)今のクリミア半島と同じような。
150分の1程度しか日本人はいませんでした。
戦争末期の混乱によって…。
それは殺されたということですか?ほとんどが病気ですね病気でもしくは栄養失調ですね。
赤木さんも…。
(赤木)うんだけど行った時私は疎開するつもりで行ったんですよね。
劇団旗揚げしはったんですか。
へぇ〜。
(赤木)それで今度地方へ慰問に回るっていうことなんですよね。
戦争の雰囲気なんかもう一切…。
一切なかったです2月に行った時は。
8月の終戦を聞いたのは満州で聞かれたんですか?聞いたんです。
私達もね引き揚げの時はね…。
(赤木)だけどその列車がガタゴトガタゴトいって。
匪賊って何ですか?匪賊っていうのはあの…。
いうたら山賊みたいなもの?そうそういう人が金を持ってるだろうっていうので来る気配があるわけですよ。
怖いやんそれ。
(赤木)そうすると…。
少しずつ少しずつ…。
(観客)えぇ〜。
(赤木)そういうのを何遍も繰り返して。
何やそれ。
やっぱり本当目の前で死んでしまう人とかっていうのも。
(赤木)ありましたね。
新京へ帰る時…。
(赤木)だから…。
それ本当に…えっ?もうそんなことねあるのかって。
終戦直後日本は…
住宅難食糧難は究極の状態にあった
彼は…
栃木県那須山麓…
そこにあったのは…
ここで満州の…
まずやって来たのはやはり日本での居場所がなかった…
そして…
それにしても…
(玉崎)はい。
彼らは借りた農地にソバ麦トウモロコシサツマイモをまき…
…を始めた
恐らく引き揚げ者の多くは受け入れられていないだろうと手紙を出し一緒に暮らそうと呼び掛けた
こうして終戦から1年以上がたった…
彼らの呼び掛けに千振の仲間達が集まって来た
ひとまず妻子を故郷に残し生活のめどが立ったらこの地に呼び寄せたいと願う30歳代の男達だった
そして…
10人ほど
その中にはとくの姿も
(一同)おぉ!
電気もない…
ここで1つになり…
その上実は畑を借りる時の条件があった
厳しいルールがあった
近くの農家に頼み込み見よう見まねで炭焼きを始めた
米やアワなどわずかに支給される雑穀類に畑で採れたサツマイモなどの野菜を交ぜるがとても足りない
鍋でごった煮にして腹を膨らませた
冷え込む夜
布団の下に…
疲れているのに…
そんな中…
それは
この…
那須を開拓する男達が…
身を寄せていたが
もう…
これ以上人が増えることは食料や生活の場が苦しくなるだけなのだが故郷を追われた家族が次々やって来て共同生活の人数は増えた
深刻になる食料問題も
春になると女性達は食べられそうな野草を探しては片っ端から積んで鍋に入れた
だが…
特に…
その頃ようやく彼らに…
(吉崎)やったな。
だがそこは
ああ。
農具も食料も満足ではない中手作業でそれは始まった
竹だけではない
大地に根を張った切り株
押しても引いてもびくともしない
この頃那須だけではなく…
しかし土地が悪くまた…
そんな中…
いくつかの組分けをしての生活が始まった
炭焼き畑仕事の他にそれぞれの住む家
もうくたくただった
そんな暮らしの中でも
お産はなぜか夜中が多かった
離れた組の所まで竹やぶの中を…
だが組分けしたからといってうまく行くものではなかった
さらには冷害に見舞われることも多く農作物の収穫量は極めて低かった
努力しても…
畜産?そうだな。
政府からの…
それは新たな希望でありまた新たな受難の始まりでもあった
金がなければ足を使うしかない
自分達の食事より…
そのためには…
なけなしの金で…
何度も授精させる余裕はない
より確率を高めるため…
かけて連れて行くことも
こうしてようやく…
種付けに金がかかる分どの組も…
誰もが希望を捨てなかった
やがて…
彼は満州で妻子を亡くしていた
とくと…
そして子供達の…
生活は苦しかったが…
この頃千振地区の子供達は近隣の小学校へ…
うわ!うわ〜臭ぇ臭ぇ。
日本は近代化へ向けて進みだした
都市ではパナマ帽カーディガンGIカットなどが流行していた頃
頑張れ。
頑張れ。
頑張れ!出て来たもう少しだ頑張れ。
頑張れ!頑張れ頑張れ!
(牛の鳴き声)
ついに…
やった!生まれた!
出産し牛乳を出してくれる雌牛の誕生が望まれた
乾杯!
彼らにとって…
そして…
…となった
生まれた…
来年また雌牛が生まれたら今度は同じ組の者にあげられる
とてつもなく…
そして作物を作っていた…
こうして…
やがて彼らには…
それは電気を引くこと
・どうでした?・
何度も掛け合うが…
ならばと…
よいしょ。
…と電力会社を説得したのだ
そして
うわ〜明るいね!
わずか15頭から始まった酪農も現在…
千振は…
離職率の高い開拓民の中にあって…
満州以来の仲間が助け合い…
地図にも「農協」の名前にも使われている
これは全国にある…
(拍手)歴史と並行してこう見ると本当に見応えあるな。
うん。
那須って…。
思ってましたけど…。
(ホラン)だって皆さん本当に始めた時は全部…。
電気を引くところも…。
分かんないよね知識がないからね。
でも…。
だから電柱も引いたし。
僕らここね今5・6・7・8人。
(小島)えぇ〜?そうやそんなこと言うてられないさっきのねぇ。
考えられないですけど全然比べものにならないんですけど私が…。
すっごいかかるので本当に…。
全然違いますけど本当にどういう…。
それだけでも何かね苦痛というか。
町に対していとおしさがある。
いとおしさがあるし…。
でもここもそうなんですけども新幹線に乗ると畑がバ〜っと田んぼとか水田とかあれも…。
(竹田)それを考えると…。
これ見ててまだ困難があるの?まだ困難があるの?もうええやん!っていうぐらい困難だらけやったな。
そうなんですよやっぱりもう本当戦争はダメや。
僕らそのぐらいのハングリー精神ないですもんね。
その時案内役を務めたのが満州千振の組合の奨学金で大学に進んだ…
彼は自分の人生をこう語る
3人の子を育て上げ…
とくさん
彼女は現在98歳
果たして…
千振に住んで70年助産師として…
とくさん現在98歳
支え合っての。
決して…
いや〜見応えがあった。
ああやって再現VTRにしていただくと分かりやすい解釈理解しやすいですからね。
歴史はやっぱりすごく大事です。
大事ですよねはい。
さぁ次回ですけども危険生物スペシャルでございます。
世界最強の毒を持つ殺人クラゲが10歳の少女を襲った
猛毒が全身へ!命の危機
日本でも危険な殺人クラゲの恐怖とは!?
番組では…
さらに…
お待ちしております!
2014/05/21(水) 21:00〜21:54
読売テレビ1
ザ!世界仰天ニュース[字]
知られざる日本の歴史スペシャル!“知って欲しい…那須、小さな町の壮絶物語”▽故郷に居場所が無く意地で作った夢の大地
詳細情報
番組内容
栃木県那須町にある千振地区…ここには70年前、生きるために町を作り上げた人々の想像を絶する物語があった。戦後、旧満州の引き揚げ者たちがわずかな土地を借り、新たな希望を胸に町を作ろうとしていた。だがそこは電気も無く、食べるものも無い。そして馬小屋での男女共同生活。それは過酷な運命の始まりだった。ぜひ、知って欲しい日本の歴史がここにある!!
出演者
【MC】
笑福亭鶴瓶
中居正広
【アシスタント】
久野静香(日本テレビアナウンサー)
【ゲスト】
赤木春恵
安藤美姫
小島慶子
ホラン千秋
竹田恒泰
音楽
【エンディング曲】
「ハッピー」ファレル・ウィリアムス
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
バラエティ – トークバラエティ
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