(田上さん)おはようございます。
やまとです。
お休み中体調変わりなかったですか?おかげさまで。
ほんとお正月どうでした?お正月楽しいお正月で。
ほんと。
(原田)お茶の間に上がりこみお年寄りと話し込むこの男性。
実は白衣は着ていませんがお医者さんです。
東京大学医学部出身。
彼が取り組んでいるのは医師と看護師が患者さんの家を訪ねる在宅診療。
現在都会と地方2つの地域で行っています。
24時間ときには緊急の事態も。
若き外科医として将来を嘱望されていた田上医師。
しかし1年前東大病院を休職。
見ず知らずの地で在宅診療を始めるという誰もが驚くような決断をしたのです。
(スタッフ)先生はアウトローだという。
アウトローがもう1人。
在宅診療を一緒に始めたのは東大同期の医師。
2人はともにサッカーで汗を流した盟友でもあります。
今のほうがライバルっていう意識が強いですけどね。
(スタッフ)ライバルなんですか?若き医師たちが東大を飛び出しても実現したかった新しい医療のかたち。
それはなんだったのか?その現実と熱い志とは?人の行く道は一本道とはかぎらない。
突然に岐路が現れ進路を選ぶことで旅路は続く。
この人はどんな道を歩むのだろう?かつて東洋一と謳われ現在も4万8,000人が暮らすマンモス団地は住民の少子高齢化が進んでいます。
この日田上さんが訪ねたのもお年寄りのお宅。
失礼します。
(田上さん)やまとです。
はいこんにちは。
どう?80代の女性独り暮らし。
呼吸器系の病気で2か月前に手術を受け今は自宅療養中。
回復は順調ですが実は他にひとつ問題を抱えていました。
体はわりとね健康ですけれどやっぱり身の回りの田上さんが取り組む在宅診療は健康上の理由で通院するのが困難な人や退院後に自宅療養する人のために医師と看護師が出向いて診療するというもの。
現在ここ東京と東北を行き来しながら同時に2か所で続けています。
医師看護師助手の3人でチームを組み1日およそ10軒を訪ねます。
ところで田上さん一見あまりお医者さんぽくないなと思ったら白衣姿じゃないんですね。
白衣は着ないんですか?最初白衣着てたんですけれど医者が家に入っていくっていうのをわかると嫌だっていう患者さんが出て…。
なんで今行ったとき医者かどうかっていうのをよくわからなかったりしますけれど。
お家に入るっていうのは家に入るのでそういうところは家に馴染めるような格好がいいのかなと。
田上さんは九州熊本で自営業の父と専業主婦の母の間に次男として誕生。
利発だった少年はやがて親もとを離れ名門鹿児島その当時はやっぱり医者になりたいなと思ってましてその頃はあまり知らなかったんですけれど外科のイメージが強かったんですねまぁ『BLACKJACK』もあって。
困った人たち…患者さんだったりとかをいちばん直接助けることができるのかなと思って名医じゃないですけどそういうのになりたいっていうのはありましたね。
天才外科医ブラック・ジャックに憧れ念願の医師となった田上さん。
しかしそんな最高のエリートコースを飛び出した理由はいったい何だったのでしょう?東京板橋区。
一見普通の住宅のようにも見えるこちらが田上さんの東京での活動ベース…。
あぁお疲れ。
お疲れさまです。
やまと在宅診療所高島平の院長です。
田上さんと安井さんは東大医学部時代の同級生。
それだけではなく医学部のサッカー部でも同じ釜の飯を食べた仲間。
大学1年生の時からのつきあいだとすると今もう…。
十何年。
15年くらいのつきあいです。
15年になるか。
(スタッフ)へぇ〜長いですね。
はい。
2人は去年共同で診療所を開業。
しかしこれまでの人生で目指してきたものは決してすべて同じというわけではありませんでした。
医者になろうと直接思ったのはやっぱり高校の時に親父をガンで亡くしてからですね。
次僕の大事な人が同じようなことになったときにもう1回ここで同じ思いはしたくないと思ったんで…。
だからこっち側の人間になろうと思ったんですね。
だから医者の仕事自体に対する憧れだとかどうこうっていうよりも…言葉にして言うなら医者じゃないものになりたくないっていう思いが当時の僕だったと思いますね。
同級生…。
更にはサッカー部の仲間として友情を築きますが医者になった動機が異なる2人は卒業後の道の選び方もやはり異なるものでした。
田上さんは安井さんは途上国支援を志しそんな別々の道が再び交じり合ったのは東日本大震災直後のこと。
何か月もボランティア活動を共にした2人。
その胸にある思いが。
僕がいた東大病院っていうものはその患者1人に対して何人もいっぱいドクターがいてああだこうだっていろんな治療が受けられると。
ただ一歩地方の病院とかに当直しに行くともっと何十人っていう患者さんを1人で診なくちゃいけないというような状況を見たときにそれでいいのかな…。
っていうものはずっとどっかあってですね。
自分が東大病院で学んだことだったりとかそういう知ってる人たちだったりとかとの関係を持ってそういう地方とかだったりとか医療格差があるような所に行ければそこにいる人たちがよりいい医療を受けられるんじゃないかなっていうのはありますね。
東大で学んだことを医療格差のある場所で活かしたい。
新たな道を見つけた2人。
男と男としてこれから何をやっていくかっていうことにおいてライバルですよね。
そして人口8万人。
広大な平野で古くから稲作が盛んな地。
市の中心にある登米市民病院。
駐車場の一角に去年まで病院の備品などが置かれていた建物があります。
その入り口に「やまと在宅診療所登米」の看板が掲げられていました。
ここは田上さんたちが高島平と同時に開設したもう一つの在宅診療所。
おはようございます。
診療所といっても中は和室。
そこにデスクを置き看護師や事務などの地元スタッフが6名。
こちらの院長を務めるのが田上さんです。
ボランティア活動を続けるうちに深まっていった東北とのつながり。
その中で田上さんはしだいに東北で在宅診療をやってみたいと考えはじめます。
その実現にあたっては自治体も協力。
被災地の医療機関の窮状というのはよく新聞やテレビ等でも報道されますが実はちょっと内陸にセットバックしてしかもそういう状況に置かれている地域というのは実はなかなか関心を持たれないというような状況がございました。
内陸に位置する登米市は沿岸部に比べ被災地とは認識されにくく医師が足りなくなっても代わりが来ないという状況が続いていました。
そういった中で田上先生のほうから訪問診療をするということもどうだというようなお話をいただいたのでぜひそういった部分に関してはご支援をいただきたいということでお話をさせていただきました。
そこで田上さんは登米への移住を決意。
一方盟友安井さんは東京高島平へ。
2か所でやまと在宅診療所が生まれることに。
しかしそのためには勤務していた東大病院を辞めなくてはなりません。
いちばんは心配されましたけれど。
大学院っていうキャリアを途中で閉ざすことでその先大丈夫なのかっていうのは言われましたけどね。
当時のことを田上さんとは高校大学と同級生という東大病院の医師に聞きました。
最初に聞いたときの正直な気持としてはもったいないというと本当に失礼なんですけどももったいない。
ああいう行動力がある人っていうのはそう多くはないのでここにいたらここにいたで多くのことができたんじゃないかなと思うのでいろんな意味で最初はもったいないなと思いました。
友人先輩教授までもが田上さんを引き止めました。
しかし彼の決意は揺るぎないものでした。
強い覚悟と信念を胸に登米へと赴いた田上さん。
その陰にはもちろん家族の協力も欠かせませんでした。
実は奥さんの可桜さんも医師。
現在は登米の病院に勤務しています。
出会いはどちらなんですか?出会い大学ですね。
あの大学の研修医で僕が上級医のときにたまたま知り合って…。
新婚早々に登米へ。
東京を離れることに躊躇はなかったのでしょうか。
東北に行くからついて来てほしいって言ったらうん。
ついて来てくれたっていう。
(スタッフ)どう思いました?それを聞いたとき。
いきなりだったらたぶんビックリしたと思うんですけどつきあう前の期間がすごい長かったのでその間に東大病院を辞め東北で在宅診療。
ご自身ではどう思ってますか。
(笑い声)
(スタッフ)あっそうなんですか。
はい。
当然外科の手術っていうのはやりがいがある仕事で多くの医者だったりとか…憧れるとこなんですけどそこでやるよりも例えばその地域に出ても在宅診療でお家にいた患者さんに対してきちんと東大病院でやってたようなのと同じような医療だったり説明だったりとかかかわり方だったりとかそういうのが出来ればいいと思うし更に大学病院で見えてなかったような家族とのつながりだったりとかその人が生きるっていううえでどういう医療が必要かっていうのは幅広い見方をしていきたいなっていうのがあって今のたぶんキャリアに来たと思ってますね。
田上さんの登米での生活を追ってみました。
登米市の面積は東京23区とほぼ同じくらいと広大。
この日は8軒の診療に駆け回ります。
訪れたのは登米の典型的な農家の一軒。
やまとです。
80代の女性心不全と不整脈で通院していましたが足が悪くなり病院まで行くことが困難になってしまいました。
そこで自治体から依頼がありやまと在宅診療所が訪問している患者さんです。
何もない。
すばらしい。
了解。
わが家でくつろいだ状態で診察が受けられる。
病院までの送り迎えなどの負担が減るため家族にとっても嬉しいという声を聞きます。
(スタッフ)夜具合悪くなったんですか?はい。
あら。
早朝や深夜に緊急の電話が入ることは少なくありません。
うんでえ〜とちょっと当直医に任せられる病院とは違い何かあれば田上さんが直接対応することになります。
このときの患者さんは幸い大事には至りませんでした。
電話で終わらせることもあるんですけど。
何かやっぱり24時間容態の急変は起こりえます。
車で駆けつけるため息抜きでちょっと1杯なんてことは皆無の生活。
朝7時北上川沿いのジョギングが日課。
寒さの厳しい冬も欠かすことはないそうです。
サッカーだとなかなかみんなが集まる時間ないんで。
在宅医療は僕が想像してたよりもずっとタフじゃなきゃ務まらない仕事のようです。
やまと在宅診療所では毎朝登米と高島平をテレビ電話で結んでミーティングをします。
登米のほうは特に緊急はないです。
互いに行き来して在宅診療に取り組む田上さんと安井さん。
このミーティングで日々情報を共有しています。
今日の訪問先は登米に建てられた仮設住宅。
ここには今なお海沿いのやまとです。
病を抱える人にとって厳しい仮設住宅の現実がそこにありました。
仮設住宅の患者さんは80代の男性。
体調変わりない?別に。
別に?何でもない。
男性は心臓病で手術を受けたあと南三陸町の自宅で療養していたときに被災。
ここへ移ることを余儀なくされました。
しかしこのような患者さんにとって仮設住宅での暮らしには深刻な問題がありました。
場所がね。
入られないって。
そうなんだ大変だよね。
間口が狭すぎ訪問入浴サービスのバスユニットが入らない仮設住宅。
更にはこんな問題も。
(田上さん)このままここに閉じ込めておくわけにはいかないのでやっぱりお風呂に入れるためにもどこかデイサービスかここから外に出られるようにしないといけないのでもうちょっとやっぱり体を動かすとかっていうの必要になってくるんですよ。
病気やケガそのものだけでなく患者さんの生活を見て力を尽くす。
それが在宅診療をやろうと決めたときからの田上さんの信念です。
ちょっとね人の手を増やしますのでこうやって移すのも一緒にやって僕たちが来るときも移すようにしますので次回からやっていきましょう。
すみませんお願いします。
どうもよろしくお願いします。
田上さんはすぐさま自治体と相談し男性がお風呂に入れるデイサービスを利用できるよう手配。
移動の際には田上さんたちも力を貸すことになりました。
ほんとにありがたい。
出て行けない人にしてみれば。
お昼どき往診の合間にいったん診療所へ。
(スタッフ)それ昼飯ですか?あっ撮ってるんですね?そうですこれ昼飯ですいつもおでんを。
あまり昼ご飯多く食べなくてやっぱ寒いのでおでんをですねいろんなコンビニのおでんを交代で食べて。
(スタッフ)皆さんが「先生いつもおでんだ」って言ってました。
そうなんですよ。
僕だけおでんかみかんか飲み物はだいたいコーラなんですよ。
東大病院の外科医から地域に密着した医師へ。
しかし田上さんの目指すものはそれだけにはとどまりません。
木曜日の早朝。
(スタッフ)寒いですね。
今からすぐ東京に向かいます。
田上さんは週の半分は登米で残りの半分は東京高島平で診療にあたっています。
田上さんが不在のとき代わりを務めるのは妻の可桜さんはじめ手伝いの医師たち。
また逆に東京の安井さんが登米に行くことも。
あえて2つの場所を往復することが重要なのだと言います。
東京のモデルと高齢化が起きて医者が少ない地域の在宅医療のモデルというのが違うと。
それぞれに特色があるのでその両方を経験することがそれぞれの医師にとってすごく意味があると僕らは考えているので。
高島平の院長をやりつつ私も登米の診療を手伝ってるし。
彼も登米の院長をやりつつ高島平の診療も携わってくれてます。
医師不足の地方独居老人の多い東京。
両方を経験することで医者が何をできるのかを追求していきたい。
田上さんと安井さんの想いです。
また田上さんは医療関係者がつながりを深めることも大切だと感じています。
皆さんこんばんは。
やまと在宅診療所院長田上です。
今日は訪問看護師さんが一方的に話すんじゃなくて訪問看護師さんのことについてみんなが発言するというような勉強会をやりたいと思います。
この日訪問看護についての勉強会を主催。
看護師さんだけでなく他の医療関係者にも参加してもらい垣根を越えて問題点を話し合う。
それが実際の医療現場で活きてくると考えます。
勉強するというのは趣旨ではあるんですけど。
それ以上に参加した人たちがしぜんに会話できて明日から例えば別のとこで会ったときにあのとき勉強会で会ったっていうのが生まれるのかなと思ってますけどね。
これを繰り返さないとわかんないですけどね。
今日はお疲れさまでした。
患者さんにとってよりよい医療を目指しまだまだやれることを探り続けています。
そして田上さんはそんな自らの姿を後進の医師たちに見てほしいといいます。
今は大学だけではなくて地域の病院だったりとか医者の働き方医者のキャリアというのもすごい多様化してきてるなかで医者がどういう信念を持ってやっていくかというとこがすごい重要だと思うんですよね。
その一つのケースみたいになって例えば僕たちの後輩が見て彼はああいうふうにやってああなったっていうのがまぁ何か刺激になればいいかなって思ってますけどね。
完全にアウトローだと思うんですけど。
医師としてのあり方を模索し東北と東京2つの地域で在宅診療に挑む田上さん。
あなたのあとにきっと新たな道ができます。
力強いアウトローの精神を応援します。
2014/05/24(土) 23:00〜23:30
テレビ大阪1
Crossroad <田上佑輔>[字]
医師の田上佑輔が登場。東大病院の若き外科医として将来を嘱望されていたが休職して宮城県で在宅診療専門の診療所を開いた彼のクロスロードに迫る。
詳細情報
出演者
【ナビゲーター】
原田泰造
番組内容
東大病院の若き外科医として将来を嘱望されていた田上医師。しかし1年前、東大病院を休職。見ず知らずの地で「在宅診療」を始めるという誰もが驚くような決断をした。自らを「アウトロー」だと評する若き医師が、東大を飛び出しても実現したかった「新しい医療のかたち」とは何だったのか?その現実と、熱い志とは!?田上医師のクロスロードに迫ります。
番組概要
様々な分野で活躍する、毎回一人(一組)の“挑戦し続ける人”を紹介。彼らが新たなる挑戦に取り組む今の姿を追う。挑戦のきっかけになったもの、大切な人との出会い、成功、挫折、それを乗り越える発想のヒントは何からつかんだのか?そして、彼らのゴールとは?新たにどこへ向かおうとしているのか…。そんなCrossroad(人生の重大な岐路)に着目し、チャレンジし続ける人を応援する“応援ドキュメンタリー”。
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/official/crossroad/
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – その他
情報/ワイドショー – 健康・医療
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
OriginalNetworkID:32118(0x7D76)
TransportStreamID:32118(0x7D76)
ServiceID:41008(0xA030)
EventID:21532(0x541C)