熱い炎を手に真剣な表情で鉄に向かっているのは今日の先輩…船を造るのに欠かせない鉄。
橋さんは火と水を使って意のままに鉄を加工していきます。
この技を利用して造る船。
そして今ではさまざまな建築作品も手がける橋さん。
その人生は常に鉄と共にありました。
造船から建築へ鉄の技を究めて40年。
鉄のプロフェッショナル橋和志の名前は国内外から広く注目されています。
そんな橋さんが拠点とするのは故郷宮城県気仙沼市。
いまだ震災の爪痕が残る自分の工場で後輩たちを迎えます。
(一同)おはようございます。
橋さんが後輩たちへ出した課題それは鉄の加工。
一筋縄ではいきません。
しかし橋さんはそこに後輩たちへのある思いを込めていました。
(橋和志)先輩としては後輩たちに…漁業と造船の町…授業を受けるのは大谷中学校3年1組31人の生徒たち。
橋さんの工場で授業開始です。
みんなまずここに来て。
鉄のプロフェッショナル橋さんの授業。
それは鉄に触れる事から始まります。
おいおいヒトシくんほらちょっと来い来い来い。
ここ…これどうやったって曲がんないべ。
これをどうやって曲げるのかって話になるんだ。
触らずに鉄を曲げる?用意したのはこの長くてまっすぐな鉄板。
矢印の方向へ曲げるというのですが…。
まっすぐだべ。
それではプロのお手並み拝見。
橋さんが取り出したのはガスバーナーと水のホース。
鉄板を2,000度の高熱で膨張させ水で冷やして収縮させる。
その微妙なさじ加減で鉄は力を加えなくても曲がっていきます。
大きな鉄板がまるで生き物のように自ら曲がり始めました。
すげえ曲がったからびっくりした。
やってみる?
(一同)うわ〜!固い鉄が変幻自在に目の前で曲がっていく。
その驚きと喜び。
橋さんが向き合い続けてきた鉄の奥深さがかいま見えてきました。
「鉄は熱いうちに打て」。
生徒たちの関心が冷めないうちに早速課題です。
みんなにこの大きさの鉄板加工してもらって今の自分を表現したいと。
今の自分を鉄で表現する?まずは曲げやすいアルミ板でそれぞれが考えた今の自分を作ってみます。
そしてそれをベースに鉄を加工しようというのです。
こう切ってもいいや。
ただし切ってもいいけども必ずつながってる事だよ。
今の自分を鉄で表現する。
この課題を橋さんが決めたのには訳がありました。
こちらは生徒たちに事前に書いてもらったアンケート。
それぞれの夢を聞きましたが多くの生徒が答えていません。
あのアンケート調査見たけどもさ書けないんじゃなくて書く事がいっぱいありすぎるんだ。
だから書けないんだよ。
「将来の夢はなんですか?」と昔であればパイロットになりたいとかさ船の船長になりたいとか単純にすぐ書けるっちゃ。
でもいろいろ自分でこの2年半っていう震災以降家族の環境周りの環境が激変して以前の暮らしとだんだん違ってくる。
自分たちの甘えるとこもなくなってくる。
そういうとこでだんだん我慢する事を覚えたの。
自分の気持ちを素直に表す事ができないんだ。
心の奥に封じ込めてしまった思い。
校庭には今も仮設住宅が並び周囲の風景は一変。
自ら閉ざしてしまった思いを何かにぶつけて心を解放させる。
橋さんは鉄がそのきっかけになればと考えたのです。
おう!橋さんは一人一人の生徒と具体的なプランを話し合う事にしました。
これ自分をどう表現した?何かあんまり表に出さない事を出した。
朋美ちゃんはあれか?内気か?内気ですね。
えっ何で?そんなの十分あれだっちゃ。
内気で恥ずかしがり屋とか自分で思ってるけどもそれは今だけの話だ。
ほれ!この形がそう出来るんなら可能性は広がってんじゃない?津波は大変だったんだべ?うん大変だった。
立ち直るまでにさ時間がかかるんだからなにも焦る事はないんだ。
ゆっくりゆっくり。
はい。
こんにちは。
お〜い!お〜お前さっきよりグッドだっちゃ。
はい。
お〜。
これこれ何を表現したの?2つの顔を持つ自分を表現しました。
どういう顔があるの?学校の顔と家での顔が全然違うんです。
学校ではヒトシくんはどういう顔なの?明るくて何か楽しいって感じですけど家では全く無言の性格です。
う〜ん。
自宅と学校でどっちが楽しい?家です。
家!?う〜ん1人の方が楽しいって事だな。
そうか。
学校に来て友達にいい自分を出すっていうのは結構疲れるんだな。
ですよ。
だよな…。
みんなの作業が進む中手の動かない生徒がいました。
少しだけ曲げてみた今の自分。
この形に美希ちゃんはどのような思いを込めたのでしょう?お願いします。
自分の時間で。
だと思うんだけどな。
ありがとうございました。
はい。
15歳の後輩たちはさまざまな不安や悩みを抱えた今の自分を表現していました。
不安定だなっていうか子どもだから不安定なの。
じゃあ大人だったってどっしり構えてるかというとやっぱりいろいろ自分で不安定な時もあるんだよ。
だからそういう時何をするかってやっぱり焦らないという事…。
橋さんはその思いを56年間の人生で培ってきました。
26歳で家業を継いだ橋さん。
しかし遠洋漁業の衰退などで造船所は倒産。
各地の造船所で出稼ぎをしながらひたすら鉄の加工技術を磨き続けました。
焦らず自分を信じて。
転機は思いも寄らないところから訪れます。
「分厚い鉄の壁に大きな曲面を造りたい」。
建築家の斬新な依頼に橋さんは難なく造船技術で応えました。
これを機に橋さんの名は広まり名だたる建築家たちからの依頼が相次ぐようになったのです。
しかし…。
2011年3月11日。
(聞き手)2階のとこですか?津波で潰された橋さんの工場。
これまでの設計図やデータの大半は流され社員の命までもが奪われてしまいました。
しかし橋さんは諦めませんでした。
がれきに埋もれた道具や材料を一つ一つ捜し出す。
気の遠くなるような作業を焦らず続けたのです。
それが不安定になっていた自分にできる唯一の事でした。
一つ一つ一つ一つ問題を解決していけばやれない事は何もない。
ただ時間がかかる。
時間がかかるだけ。
だから時間がかかっても焦らない。
悩むまた乗り越えていく。
また悩むまた乗り越えていく。
そういう事で強くなっていくんだ。
授業2日目橋さんの工場で作業はスタート。
いよいよ鉄板に今の自分を表現します。
お〜ヒトシくん頑張れよ今日。
は〜い。
ありがとうございます。
これなかなか難しいんだぞ。
橋さんの会社の皆さんにも協力してもらいながら慎重に作業を進めていきます。
鉄を加工するのは決して簡単な作業ではありません。
2,000度を超える熱を加え軟らかくなった瞬間を捉えないとうまく曲がらないのです。
しかし正面から鉄と向き合ってきた橋さんにとってその瞬間こそがだいご味。
いいかいいかいいか?せえ〜の!固い鉄も焦らずにつきあっていけばやわらかな表情を見せてくれます。
お〜なかなかなかなか微妙なとこいったね。
どんな感じ?いい感じ。
鉄は裏切らない。
鉄と格闘する事3時間半。
橋さんの思いが全員に伝わりそれぞれが何かをつかんだようです。
学校に戻った生徒たちを橋さんは校舎の中庭へ集めます。
アイアン・ツリーと名付けたこの鉄のオブジェは橋さんがこの日のために作ったもの。
触ってみろ触ってみろ。
それぞれが表現した今の自分をこのツリーにつけて同じ年同じ場所に生きた証しを残そうというのです。
お〜朋美ちゃん。
生徒たちは今の自分をどの場所に飾るのかを考えて橋さんに伝えます。
ここ?ここか。
いいのか?はい。
これは角度はここか?ここか?いいか?目つぶって。
朋美ちゃんは前日「内気な自分を表現した」と語っていましたが…。
何を表現したって?テニス部の倖志くんは3年生最後の大会での悔しさを鉄にぶつけました。
はいついた。
これ意味は?今からも挫折すんのか?いや。
これからは挫折しないんだよな?よしよし。
お〜美希ちゃん。
平凡な自分を表現した美希ちゃん。
内側の目立たない場所を選びました。
うんいいよ。
目つぶれよ。
これせっかくきれいなあれにしたのにここにつけたのは?平凡がテーマだな美希ちゃんはな。
美希ちゃんが願う平凡。
それは2年半前新たに抱いた思いでした。
時間はいっぱいあるから。
どこでも好きなとこ。
焦らずに待つ。
橋さんはいつもの姿勢を貫きます。
こうか?こうか?目つぶってろよ。
(笑い声)よし!ついた。
(拍手)クラス全員の作業が終わりました。
今回この地域でこの震災に遭ってみんなもホントにいろいろ不自由な思いする。
いろいろ周りの周辺の環境も変わって大変だなと。
いろんな悩みを抱えてるというのはよく理解できたんだけどもただ悩んでるばかりでは駄目なんだ。
諦めないで1歩でも2歩でも前に進むとこういう気持ちを持ってもらいたいんだ。
ただ焦っては駄目だ。
焦ってしまうともう自分が今度何もかもできないというふうに今度また余計悩んでしまう。
だから焦らない。
でも一歩ずつ進む。
諦めないんだと。
時がたてば環境が変われば未来を切り開ける。
今日はどうもありがとう。
鉄は何でも知っている。
そこにあるのは一人一人の今の自分。
橋さんの思いもまた鉄のオブジェと共にここ気仙沼の母校で生き続けます。
へこんでられないなって感じで次頑張ろうかなっていう意気込みは出てきました。
津波で結構いろんなものは無くなってしまったけどそれでも暗いままじゃなくて少しずつでも元気になろうと思って。
(カメラマン)一番前の人少ししゃがもうか。
(女子)しゃがみます。
(カメラマン)チーズ!2014/05/26(月) 12:25〜12:50
NHKEテレ1大阪
課外授業 ようこそ先輩「鉄は何でも知っている〜船大工