歴史秘話ヒストリア▽富岡製糸場 世界遺産へ〜世界を魅了した少女たちのシルク 2014.05.28

世界遺産への登録が迫る富岡製糸場。
明治の初めに建てられた姿がそのまま今に伝わる貴重な文化財です。
女優の秋元才加さんが異国情緒あふれる明治の世界へタイムスリップ。
世界最大規模を誇った製糸場の内部から豪華な洋館まで魅力いっぱいのスポットをご案内します。
フランス式で造られた富岡製糸場は女性が働く環境としても先進的。
日曜日はお休みで夏休みと冬休みも10日ずつありました。
こうした中で少女たちが目指したのが「一等工女」。
給与も服装も特別待遇で錦絵に描かれるほどの憧れの存在。
残された手記を元に一等工女を目指して奮闘した少女たちの青春の日々をご紹介します。
世界遺産への登録が間近に迫る富岡製糸場。
そこに秘められた少女たちの喜びと悲しみの物語です。
ようこそ「歴史秘話ヒストリア」へ。
今日からスタジオセットが一新します。
ここは時空を超えて存在する不思議な城。
古代から戦国時代更に近代まであらゆる時代とつながってそこに秘められた物語を明らかにしていきます。
今夜旅するのは今話題の富岡製糸場です。
先月世界遺産への登録がユネスコに勧告され注目を集めています。
こちらは明治の創建当初に描かれた富岡製糸場の錦絵。
レンガ造りの建物がほぼ完全な形で残されている事が分かります。
それまで手作業だった日本の生糸生産に…これらの事が世界遺産登録に向け高く評価されたのです。
今日は知られざる富岡製糸場の魅力をたっぷりとお伝えします。
世界で活躍するコシノジュンコさんのファッションショー。
披露されたドレスの素材は全て日本産の絹。
コシノさんは日本のシルクこそ最高の素材だと高く評価しているのです。
世界のトップデザイナーが賞賛するその繊細な美しさと優れた品質。
そんな日本のシルクが世界に躍進するきっかけを作ったのが富岡製糸場です。
富岡製糸場にやって来ました。
世界遺産登録への期待が高まる中連日大勢の観光客が訪れています。
まずは当時世界最大規模と言われていた富岡製糸場の全貌と設立までの苦労をご覧頂きましょう。
富岡製糸場は広大な敷地にさまざまな役割の建物が並んでいます。
そこにはお薦めのスポットがいくつもあるんです。
まず訪れた人を出迎えるのが東の繭倉庫。
繭倉庫にはシルクの原料となる繭が保管されていました。
建物は全長およそ100m。
使われたレンガの数は10万個に及びます。
注目してほしいのがこちら。
レンガの表面に刻まれている印です。
「山二」と書かれています。
何だか分かりますか?実はこれレンガを作った職人の屋号なんです。
そのころ日本にレンガ職人はほとんどおらず…しかし瓦に比べレンガは分厚いため中まで火が通らずすぐに割れてしまいました。
数か月に及ぶ試行錯誤の末材料に石を配合。
火を通りやすくする事でようやく丈夫なレンガを作り上げました。
レンガ作りを成功させた瓦職人は…うわ〜大きい!繭倉庫の中には立派な杉の木がたくさんあります。
こういった木材を工場を建てるために集める時にも苦労がありました。
地元の住民が反対したのです。
地元では木を伐採する事に強い反対の声が上がりました。
なぜかというと…。
もし木を切り倒せば天狗様がお怒りになり災いをもたらすぞ!なんと代々祭ってきた山の守り神である天狗の怒りを恐れたのです。
国のため民のためになる事を天狗が怒るはずはない!この山の木で製糸場が造られれば国全体が豊かになると説得。
ようやく木材を確保する事ができました。
続いては製糸場の主役である少女たちが実際に働いた繰糸場です。
富岡製糸場の心臓部に入ってきました。
それがこちら繭から糸を取る操糸場です。
ズラリと並んだ機械圧倒されますね。
ここでは一度に300人もの少女たちが作業にあたったそうです。
明治政府は…でもどんなに設備が立派でもシルクを作る技術がなければ意味がありませんよね。
そこで明治政府は製糸場の技術指導者としてフランス人技師を招きます。
ここはその技師のために政府が準備した専用の住宅です。
建物の地下にはなんとワイン倉庫まで設置。
至れり尽くせりの待遇です。
更にフランス人技師には当時政府の太政大臣に匹敵する報酬を用意しました。
かかった費用は現在の価値で600億円。
こうして国の威信を懸けた巨大な製糸場が完成したのです。
続いては富岡製糸場でも特に人気のスポットをご紹介しましょう。
それは先ほどの繭倉庫の中にあります。
富岡製糸場では糸取りの実演を行っています。
こちらでは生糸を取るのに欠かせない工女の技を間近で見る事ができるのです。
この白い塊のような繭から一体どうやってシルクの糸が出来るんでしょうか?もともと繭は蚕が吐き出す1本の糸から出来ています。
お湯でほぐして糸を取り5本を束ねると1本の糸になります。
それを糸車に巻き取りねじると一束のシルクが完成です。
ポイントは糸が途切れた時にすぐに新しい繭から糸を取り継ぎ足す事。
こうする事で太さが一定に保たれ滑らかな肌触りのシルクが生まれるんだそうです。
さなぎの一つが透けて見えるのが分かりますか?間もなくこの繭の糸が途切れ別の糸を継ぎ足すタイミングです。
あっ今糸を投げました。
全然見えない!糸が途切れた瞬間束ねられた部分に目がけて別の糸を投げ込みます。
糸はすぐに巻き上げられていきました。
目にも留まらぬ速さですね。
髪の毛の3/3という細さの糸を操るのは手先が器用な女性向きの仕事。
だからこそ少女たちの力が求められたんだそうです。
ところが開業当初糸を紡ぐために欠かせない少女たちがなんと一人も集まらなかったといいます。
政府の史料にその原因をうかがわせる記述がありました。
「西洋人に近づくと生き血を取られるといううわさがある」。
え?生き血?実は富岡製糸場に行くと外国人に血を吸い尽くされ生きては帰れないという話が広まっていたのだとか。
フランス人技師が飲んでいたのは生き血…ではなくただの赤ワイン。
見慣れない外国人の姿にびっくりして勘違いしてしまったのですね。
フフフ…。
初代工場長を任された尾高惇忠。
なんとか誤解を解こうと方々に手紙を書きますがなしのつぶて。
しかたなく知人を頼って一軒一軒頼んで回りました。
是非娘さんに富岡製糸場に来て働いてもらいたい。
行けば生き血を吸われるというもっぱらのうわさ。
そんなところに大切な娘はやれん。
そこをなんとか!くどい!お引き取り願おう。
困り果てた尾高。
そんな尾高の前にふと現れたのが14歳になる自分の娘ゆうでした。
ゆうお前だけが頼りだ。
工女として働いてくれないか。
おらは平気だ。
父ちゃんのために頑張んべ。
父の役に立ちたいとゆうはすぐに決断。
こうして第一号の工女が誕生します。
工場長の娘が自ら志願した事で生き血のうわさは自然と消えていきました。
ねえどこから来たの?埼玉の熊谷。
ゆうさんのうわさを聞いて私もここで働けたらなって。
あなたは?私は地元の富岡から。
その後ゆうの後を追うように十代の若い少女たちが続々と応募してきます。
こうして集まった少女たちは総勢188人。
富岡製糸場はようやく本格的に事業をスタートさせる事ができました。
創建当初の面影を今にとどめる富岡製糸場。
そこでは明治の人々の息吹が今も感じられるそんな気がします。
富岡製糸場で少女たちが紡いだシルクは瞬く間に世界を席巻します。
アメリカ北東部のクリーブランド。
ここにおよそ140年前日本の生糸で作られたドレスが大切に保管されています。
富岡で作られた生糸はアメリカやヨーロッパへと輸出されその光沢と繊細さで一躍人気を博します。
高品質なものを安定的に供給できるその高い技術は世界の賞賛を浴びました。
後に世界で高く評価される事になる日本のもの作り。
その原点は既に明治の富岡製糸場から始まっていたのです。
「歴史秘話ヒストリア」続いては製糸場で働く少女たちの日常をのぞいてみましょう。
高草履に赤いたすきの立ち姿。
錦絵にりりしく描かれた富岡製糸場で働く少女の様子です。
その呼び名は「一等工女」。
特別なスキルを身につけた者だけに与えられる名誉の称号で工女たちの憧れの的。
長野からやって来た15歳の少女横田英も一等工女に憧れた一人です。
一等工女を目指して奮闘する日々を赤裸々につづりました。
えこひいきではないですか!?夢に向かって努力した横田英の手記から浮かび上がる明治の青春物語です。
明治6年4月。
富岡製糸場に長野県から一人の少女がやって来ます。
横田英15歳。
士族の娘で最新の技術を学ぶため応募してきたのです。
英は初めて見る巨大なヨーロッパ建築に目をみはります。
あぁ…。
レンガ造りの建物なんて錦絵でしか見た事がなかったわ。
まるで夢のよう。
更に製糸場に入ると輝きの世界。
フランス製の機械が放つまばゆい光で満ちあふれていたのです。
一点の曇りもなく金色に輝いてる。
言葉にできないわ。
英は希望に胸を膨らませます。
翌日作業開始。
英は機械だけでなくその働き方も全く新しいものである事を実感します。
労働時間は朝7時から夕方4時半までで休憩は3回。
毎週日曜は休みで夏休みと冬休みもありました。
こうした規則正しい働き方も富岡製糸場が他に先駆けて取り入れたもので後の「女工哀史」で描かれた民間製糸工場の過酷な環境とは一線を画すものでした。
そんな中生き生きと生糸を取る工女たち。
英も早く糸取りをしたいと願いますが…。
実際の仕事は繭をえり分けたりお湯で煮たりするいわば下積み作業。
それぞれの力量に合わせて任せてもらう作業が決まっていたのです。
4つに分かれた等級のうち英たち新人は見習い扱いで「等外」。
糸取りが許されると初めて一人前の工女と認められます。
工女になってからも生糸を取る量で等級が昇進。
4束取れるようになると頂点の「一等工女」と認められます。
給料も等外が年収9円なのに対し一等工女は3倍近い25円。
一等工女になれるのは全体の僅か3%でした。
更に一等工女にだけ許される特別待遇が…。
あっ。
そのりりしい姿は製糸場内だけでなく街なかでも憧れの存在。
錦絵にも描かれるほどでした。
英ももちろん一等工女に憧れた一人。
一等工女の称号を得るためにはまずは見習いを卒業して糸取りをさせてもらわなければなりません。
私も早く糸取りがしたい。
早く一人前の工女として認めてもらいたい。
しかしひとつき後努力を続けていた英に衝撃的な出来事が起きます。
その日…なんと少女たちは見習いの作業をする事なく…こんな事がまかり通るの!?実は山口県はもともと明治維新で中心的な役割を果たした長州藩。
その影響力からか製糸場でも山口県出身というだけで特別扱いされたのです。
一体私の努力は何だったのか。
その怒りが英を大胆な行動に駆り立てました。
失礼します。
私たちは一日も早く糸取りをしたいという一心で励んできたのです。
なのに山口の方々だけがすぐに糸取りをなさるなんてえこひいきではないですか!?女性が堂々と意見を述べるなど考えられない時代。
英の気迫に上司も返す言葉がなかったといいます。
5日後。
訴えが認められ英もついに糸取りをさせてもらう事になりました。
いよいよだわ。
ところが糸取りの難しさは想像以上でした。
糸が途切れる瞬間に新たな糸を継ぎ足す高度な技。
英は1束紡ぐ事すらできませんでした。
糸が切れてつなげない…。
これじゃ駄目だ。
話にならない。
英はできるだけ多く紡ごうとトイレに行く間も惜しんで作業に没頭しました。
一等工女に必要な技術は糸取り以外にも数多くあります。
英は夜皆が寝静まったあと手拭いを生糸の束に見立てねじる作業を何度も繰り返したといいます。
仕事に懸命に打ち込む英でしたが日曜日は製糸場はお休みです。
手記には英たちが夢中になった休みの過ごし方もつづられています。
それは…。
わ〜!これなんかいいわね。
英さんにお似合いよ。
えっ?月払いで買っちゃおうかしら。
おしゃれにはお金がかかるのよ。
それすっごく似合うわ!なじみの店に出かけては「月払い」で着物を買いおしゃれをして出かけました。
女の子がファッションに夢中になるのは昔も変わらなかったのですね。
リフレッシュしたあとは再び仕事に没頭。
そして製糸場に来て8か月。
やっと出来た。
ついに…それから程なく待ちに待った日がやって来ます。
今日から君は一等工女だ。
これからも一層励むように。
英は人一倍の努力でついに一等工女に上り詰めたのです。
ありがとうございます!「一等工女に申しつけると言われた時はうれしさが込み上げまして涙がこぼれました。
天にものぼるような喜びでした」。
世界から称賛された富岡シルク。
それは自分の技を高めたいと励んだ少女たちの一途な思いから紡がれたものだったのです。
英と同じように富岡で技術を身につけた少女たちはその後日本各地に造られた製糸場で技術指導にあたります。
その結果…海外に広く流通した日本のシルクは女性のライフスタイルにも意外な影響を及ぼします。
そこで話題となったのが女性の脚を大胆に披露するストッキングの広告です。
彼女たちが身につけたのが短めのスカートと日本のシルクを使ったストッキングでした。
当時アメリカで実際に売られたストッキングが残されています。
日本のシルクは安くて丈夫。
薄い生地で脚を美しく見せるストッキングにうってつけでした。
富岡製糸場は働くアメリカ女性の社会進出にも一役買ったようです。
明治以来日本の成長を支えてきた富岡製糸場。
やがて戦争の影が忍び寄ってきます。
そして「歴史秘話ヒストリア」。
少女たちの戦いが始まります。
横浜で人気の観光スポット氷川丸。
かつて「シルクライナー」と呼ばれていました。
昭和の初め日本のシルクを大量にアメリカに運んでいたからです。
その名残を今も船内に見る事ができます。
これがシルクルームです。
シルク専用の部屋は全部で3つ。
他の貨物室は鉄板がむき出しなのに対しここだけは糸を守るため板張りとなっていました。
しかし時代が太平洋戦争へと向かうとこのシルクルームも閉鎖されます。
敵国であるアメリカへの輸出がストップしたからです。
そして戦争の気配は富岡製糸場にも。
働く少女たちを次々困難が襲います。
戦争に翻弄されながら必死に糸を紡ぎ続けた少女たちの物語です。
しかし昭和16年8月。
状況は急変します。
機械を動かすためには燃料の石油が欠かせません。
やむをえず少女たちは山にまき拾いに行き燃料にしたといいます。
こんな事をするために入ったわけじゃないのに…。
そして…。
この先どうなるのか…。
不安が募る中少女たちは朝礼で意外な命令を聞かされます。
本日から落下傘に使う太い丈夫な生糸を作ってもらう。
お国のためしっかり励むように。
えっ?落下傘?開戦に伴い…当時作られたパラシュートが千葉県習志野にある自衛隊の駐屯地に残されていました。
こちらが実際に太平洋戦争で使われた絹のパラシュートです。
「絹は兵器」という合言葉とともにパラシュートの生産が奨励されます。
戦時中製糸場で働いていた…井川さんもパラシュート用の糸作りに携わりました。
親戚や知人が次々戦地に赴く中自分にできる精いっぱいの事をしたいと糸作りに取り組んだと言います。
だからみんなもう…戦争が進むにつれ製糸場の中庭では軍の指導の下従業員の射撃訓練も行われるようになります。
製糸場は戦時体制下に組み込まれていったのです。
製糸場の近所に住んでいた…戦時中製糸場内で訓練に使う装備を見つけ緊張したと言います。
だから私たち子供が見てもしゃべる事はありません。
「あったんだ」とか。
当時の緊迫した様子を物語る史料が製糸場に残されていました。
「空襲警報発令中」と書かれた看板。
富岡製糸場にもB29爆撃機が現れるようになっていたのです。
戦時中製糸場で働いていた…連日のように日本軍の勝利を伝える新聞やラジオに接していた井川さんは違和感を覚えたと言います。
どうして日本に来るんだろうって。
(空襲警報)空襲警報が鳴り響く中少女たちはあのフランス人技師の建物を目指しました。
床板を外し階段を下りて地下へ。
奥にはあのワイン貯蔵庫がありました。
いざという時防空壕として逃げ込むよう言われていたのです。
こっちよこっち。
大丈夫?怖いよ…ここは大丈夫なの?大丈夫怖がらなくていいのよ。
ここなら爆弾が落ちても壊れないから。
おお〜!井川さんも自分より幼い少女たちを励ましながら避難を誘導しました。
「ああB29が来たよ」って。
どうにもならない。
この日B29が攻撃したのは富岡製糸場から僅か20kmほどの所にある前橋市。
(玉音放送)10日後少女たちの戦争は終わりました。
富岡製糸場は無傷で終戦を迎えます。
戦争が終わった時はほっとしました。
もうこれで空襲がないよって。
あれは嫌だった。
その後井川さんたちが戦時中に作ったパラシュートは意外な形で人々に喜びをもたらします。
あっどうも。
黒柳です。
黒柳徹子さんもその一人。
忘れられない思い出があると言います。
パラシュートをもらってもどうするのかなと思ったらうちの母がすごくよかったじゃないって。
母がとにかくあなたにこれでいいものを作ってあげると言って…戦争のさなか少女たちが紡いだシルク。
それは平和の到来とともに再び人々の心をときめかせる事になったのです。
今宵の「歴史秘話ヒストリア」。
最後は世界遺産登録の陰には富岡製糸場を大切に見守る人々の熱い思いがあった。
そんなお話でお別れです。
世界遺産登録を控え連日観光客でにぎわう富岡製糸場。
訪れる人が足を止め記念撮影する石碑があります。
刻まれているのは操業間もない明治6年…「糸を取る車を回す事は社会を豊かにする道を開く」。
少女たちへの励ましのメッセージです。
父親のため工女第一号になった尾高ゆう。
一等工女になるため情熱を注いだ横田英。
更に戦時中必死で生き抜いた井川ミツノさんまで世代を超えて歌い継いできました。
・「いと車とくもめぐりて」・「大御代の富をたすくる道ひらけつつ」その思いは今ここを訪れる少女たちにも伝わっています。
もう重さが全然違いますよね責任の。
自立した女性って感じでとてもすばらしいと思います。
自分がやりたい事と同時に心の片隅で誰かの役に立つような事というのをこれからしていきたいなとは思いましたね。
日本の近代化の原点となった富岡製糸場。
操業停止の後20年近く建物を守ってきたのは所有する民間企業でした。
「売らない貸さない壊さない」という方針の下年間1億円をかけ建物を維持してきました。
その地道な活動はやがて地域の宝として伝えたいという人々のうねりを引き起こし製糸場の管理は富岡市に引き継がれていきます。
(一同)万歳!万歳!多くの人々の思いによって実現した今回の登録勧告。
富岡製糸場の世界遺産登録が正式に決まるのはいよいよ来月です。

松吉が井川屋を出ていってふたつきがたとうとしております
2014/05/28(水) 00:40〜01:25
NHK総合1・神戸
歴史秘話ヒストリア▽富岡製糸場 世界遺産へ〜世界を魅了した少女たちのシルク[解][字][再]

世界遺産への登録が迫る富岡製糸場。女優の秋元才加さんが異国情緒あふれる明治の建物を探訪、その魅力をご紹介。そこにはシルクにかける少女たちのまぶしい青春の物語が…

詳細情報
番組内容
世界遺産への登録が迫る富岡製糸場。明治初めにつくられた異国情緒あふれるレンガ造りの建物を女優の秋元才加さんが探訪。レンガに刻まれた謎の刻印からズラリと並んだ糸取り機まで見逃せないスポットを紹介する。ここで世界に愛された「富岡シルク」を作ったのは10代の少女たち。そこには憧れの「一等工女」目指して奮闘する青春の物語があった。注目を集める富岡製糸場の知られざる魅力をたっぷりとお伝えする。
出演者
【出演】秋元才加,【キャスター】渡邊あゆみ

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

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