漫画は今や国際語。
世界に誇る日本の重要なソフトです。
でも皆さんご存じですか?この「漫画」という言葉が広まったのは今から200年前名古屋で生まれた一冊の本がきっかけだという事を
その本の名は…
中身を見てみるとコマ割りを使った表現。
そして単純な線によるデフォルメ。
現代の漫画を先取りしているかのようです
(火を付ける音)
(大砲の音)
(爆発音)
描いたのはご存じ…
「冨嶽三十六景」で知られ江戸を拠点に活躍した天才絵師です
その北斎がどうして名古屋で「北斎漫画」を生み出したのか
ここはね本町通りといって江戸時代の名古屋のメインストリートなんですよね。
その謎を追ってSKE48の古川愛李さんと江戸時代の名古屋へタイムトリップ
(古川)あっ出てきた出てきた。
北斎だ!
漫画家の江川達也さんは京都を訪ね「北斎漫画」を刷っていた版木を使ってその職人技を体感します!
やっぱりあんまりうまくないですね。
こんな感じになるんですね。
楽しいですね何か。
何百年の時を経て。
今日の「金とく」は「北斎漫画」の魅力を堪能。
誕生の秘密に迫ります
200年前「北斎漫画」が名古屋で誕生した事にちなみ大須の漫画喫茶を今日の舞台にしました。
やっぱり漫画っていう言葉はすごいね…。
漫画家なんですごいこだわってて。
漫画の「漫」って「漫ろ」って読むんですよね。
「ろ」ってつけると。
「漫ろ」とか「漫ろ」とか。
気ままにふざけていい加減に描く絵が並んでる感じっていう…それが漫画で。
中身見るとまさに漫画っていう言葉がぴったりくるのがこの「北斎漫画」かなっていうイメージですね。
江川さんにもいろいろ事前に見て頂いて「これだ」っていうふうに…。
ああ!そうっすね。
これはもうそのままダジャレでねまんまですけどね。
ここにねうなぎ登り。
うなぎ登りを絵にしたら視覚化したらこうですよみたいな。
そのままなんですけど何かちょっとふざけた気持ち。
斜に構えたふざけた感じがやっぱり漫画なんですよね。
すごい触発されませんかこれね。
本当にこうやって描くんだなっていうのが。
何か難しく考えちゃうんですけどもこういうのを見ると「そうやって考えればいいんだ」というふうに思えますよね。
そして今日分からない事があったら全てこの方にお伺いしましょう。
名古屋市博物館の神谷浩さんです。
よろしくお願い致します。
よろしくお願いします。
浮世絵を中心に研究されているんですが今江川さんがおっしゃったようにこの「北斎漫画」っていう漫画という言葉はいつごろから浸透していったんでしょうか?まさにこの「北斎漫画」からだろうと思います。
(江川)やっぱりそうですか。
え〜っとねここですね。
「題するに漫画を以ってする」。
これを漫画というふうに名付けたのは北斎自身ですよと。
(古川)ちゃんと言ってるんですね。
(神谷)言ってます。
今江川さんが描いてらっしゃるいわゆる漫画とこれがつながってるのかつながってないのかストレートにはつながってないと思いますけども…。
僕はストレートにつながってるような気がしてるんですよね。
「北斎漫画」は飾北斎が55歳の時に最初の一冊が出版されました。
90歳で死んだあとも30年近く明治になるまで続篇が出た驚異のロングセラーです。
漫画といっても今のようにストーリーがある訳ではありません。
「北斎漫画」は江戸時代後期絵をたしなむ人の手本書として作られました。
その数三千数百点。
職人や庶民のスケッチ。
雄大な風景画。
カブと大根の描き分け。
タイやアンコウなどの魚はまるで図鑑のような精密さ。
中には想像上の生き物まで。
写真もインターネットもない時代絵の手本として大いに使われました。
けれどさすがは北斎。
単なる絵手本にはとどまりません。
樽職人を描いたこちらの絵。
見覚えはありませんか?そう後の傑作「冨嶽三十六景」の樽越しの富士山。
続いてはこちらの荒波。
お分かりでしょうか?ヒントはかぎ爪のような波の形。
「冨嶽三十六景」は72歳の時の作品。
「北斎漫画」の膨大なスケッチは北斎の創作のよりどころでもあったのです。
そして中にはこんな絵も。
同じサイズで棒術のさまざまなポーズがこれでもかとびっしり。
こちらは奥州仙台藩の郷土舞踊「雀踊り」。
餌をついばむ雀に似た身振りと小気味よいテンポを33点の絵で伝えています。
これどう考えてもアニメにしたら面白いっていうね。
…っていうか僕ら小学校の頃パラパラ漫画描いてましたね。
ありましたね隅っこの方。
ノートの隅に描いてましたね。
(江川)勉強しないでね。
どんな感じになるのかちょっと…。
作ったんですか!?はい。
見て下さい。
(古川)面白い。
(江川)すごいな。
(江川)動かないじゃないですか。
ちょっと待って下さい。
動きます。
若い人にやってもらいましょうか。
じゃあタッチ。
タッチ専門で。
やっぱりみずみずしい。
動くかな?動きました動きました。
あ〜でもすごい!
(江川)動いてる動いてる。
ちゃんと動いてますね!アニメですよこれ。
すごい。
動いてる。
すごいすごい!これは面白いね本当に。
面白い。
うわ〜!実際アニメする時にどこを切り取るかっていうのが才能でね。
そこら辺才能ありますよこの人。
俺が言うのもなんですけどね。
プロフェッショナルが…。
その動きが更に躍動感というか人の動きを表すのはやっぱり1人じゃなくて2人が動く。
(江川)2人が絡む動画って実はアニメーターの間でも1人よりすごい難しいっていわれてるんですよね。
だからこれがすごい動いたら…今更俺が言うのもなんですけどね。
ではその天才ぶりをとくとご覧頂きましょう。
はっけよいのこったのこった!おっとっとっと!勝負あり!江戸で活躍していた北斎がどうして名古屋で「北斎漫画」を出版したのでしょうか。
その経緯は「北斎漫画」序文に記されています。
「名古屋に留まって月光亭墨仙と意気投合した」。
「そして墨仙の家で三百余りの絵を描いた」。
関西からの旅の途中名古屋に立ち寄った北斎。
弟子たちに絵を教えながら300枚を超す絵を描いていました。
名古屋のどこに北斎はいたのでしょうか。
古地図を手に月光亭墨仙こと牧墨僊の家を探す事にしました
目指すはこの…こちらなんです。
(江川)牧って書いてありますね。
目指すはこちら牧家です
江戸時代名古屋の街は名古屋城の南側に広がっていました。
尾張藩士だった牧墨僊が住んでいたのは城から2kmほど離れた現在の栄界隈です
あっ多分ね見えてきましたよ。
あそこじゃないかな?距離的にはね。
そうですね。
もうここですよね。
きっとこの辺りですよね。
記念すべき場所ですよね。
そうですよそうですよ。
なるほど。
相当違う建物になっちゃいましたねこれは。
全然当時の面影ゼロですね。
おしゃれなファッションビルが建つこの場所で今からおよそ200年前飾北斎が絵を描いていました
その北斎に目をつけた男がいます。
名古屋の版元永楽屋の二代目店主でした。
江戸時代出版は厳しく制限されていました。
本を出す事が許されていたのは江戸大坂京都そして名古屋だけ。
その名古屋で随一の出版元が永楽屋。
本居宣長の「古事記伝」を出すなどその名は知れ渡っていました。
名古屋で気の向くままに北斎が絵を描いているのを知った永楽屋東四郎。
2人が出会い…その最後のページには版元として永楽屋東四郎の名が記されています。
これが評判を呼び続篇が江戸そして名古屋から次々と出版されていきました。
1冊銀2匁8分現在のおよそ4,000円。
庶民の多くは貸本屋で借りて楽しみました。
出版から3年後北斎は名古屋であるイベントを行いました。
これは尾張藩士高力猿猴庵がその様子を描いた絵です。
大きな筆を持った北斎。
一体何をしたのでしょうか?
それでは高力猿猴庵が描いた江戸時代の名古屋を旅してみましょう
古川さん到着しました。
ここが江戸時代の名古屋ですよ。
これ江戸時代なんですね。
はいそうですよ。
あっ何か笠をかぶった旅人さんが…。
こんにちは。
こんにちは。
どいたどいた!あっ急いでるって!ごめんなさい!びっくりしましたね。
何かここら辺はにぎわってますね。
ここはね本町通りといって江戸時代の名古屋のメインストリートなんですよね。
奥の方まで行ってみますか。
行きますか。
(古川)ここは何ですかね?鏡がたくさん置いてありますけど。
そうなんですよね。
近づいて見てみましょうか。
(古川)ちょっとごめんなさい。
すいません。
何これ?すご〜い!細〜い!面白〜い。
どれどれ…。
うわっ!こんなに太ったら困っちゃうなあ…。
すいません。
これ何ですか?なんでもオランダっちゅうとこから来た鏡で全国を回っとるらしいぜえも。
へえ〜オランダ。
さあそしてこちらは本屋さんのようですね。
たくさん本が並んでますよ。
こうやって並べて売ってたんですね。
古川さんあちらにちょっと変わった貼り紙ありますね。
本当ですね。
ちょっと聞いてみますか。
すいません。
あの貼り紙には何て書いてあるんですか?あの「北斎漫画」を描あた飾北斎がどえりゃあおっきい達磨の絵を描かっせるげな。
(古川)大きな達磨の絵。
北斎はそんなイベントも開くんですね。
せっかくだから行ってみましょうか。
行ってみましょう。
会場は見せ物や興業が盛んだった大須です
こちらですね。
人が随分並び始めてますね。
私たちも並んでみますかね。
子どもの姿もありますしどうやらかなり注目されている催しのようですよ。
(古川)あっ!あそこに何か書いてありますね。
え〜っと…どうやら畳120畳分の大きさの絵を描くようですよ。
この催しを仕掛けたのはもちろん永楽屋。
「北斎漫画」の宣伝にもなったんでしょうね
(古川)あっ出てきて出てきた。
北斎だ!筆もまた大きいですね。
まるでほうきみたい!
(古川)お弟子さんたちも手伝ってるんだ。
(拍手と歓声)完成したみたいですね。
うわ〜大きい。
すご〜い!何と言っても120畳の達磨の絵ですからね。
これは話題になりそうですよ。
(古川)ここまでしたら「北斎漫画」もますます人気が出ますよね。
本当。
(鐘の音)
飾北斎が達磨図を描いたのは今の名古屋大須にある…
現代に戻ってきましたよ。
そうですね。
戻ってきました。
結構年月たってる感じですよ。
(古川)うわ〜すごい!あそこに鐘が見えますし。
(古川)あっ本当だ。
これは絵の中にも…。
(古川)ありましたね。
ねっありましたよね。
(古川)そうですね。
(2人)こんにちは。
(古川)よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
この雰囲気のある鐘楼いつぐらいのものなんですか?こちらの方は江戸時代のものですけどもこちらで達磨の絵が描かれた当時から残っておるものでございます。
その時代を一緒に過ごしたっていうのが…。
実際に目撃していたという事でね。
どの辺りで描いたというのは伝えられてる事はあるんですか?ちょうどこの石段本堂の階段を下りて頂いたこの広場といいますかその辺りであったというふうに聞いておりますが…。
私たちもここでパフォーマンスできたらもしかしたら。
十分できそうな広さがありますよ。
できますかね。
(半田)是非お願いします。
(笑い声)ふだんの劇場が多分この半分ぐらいですかね。
半分ぐらい。
このぐらいふだん。
半分よりももっとちっちゃいくらいなので。
達磨図の大きさはこ〜んな感じ。
縦18m横11mでした
達磨図を描いた11日後北斎が永楽屋に出した一通の手紙が残っています。
その内容を見てみると…。
「ハイハイヘクサイでござります」。
イラストつきで自らヘクサイと名乗り2両2分の借金を申し込みました。
永楽屋と北斎の間柄がかいま見えるかのような一筆です。
漫画発祥の地名古屋だよ。
(古川)うれしいですね。
ちょっと誇らしいですね名古屋出身っていう事がね。
名古屋出身の漫画家がちょっと誇らしいっすよね。
永楽屋の丁稚の話によると名古屋がとても気に入ってると。
もう江戸に帰りたくない。
食べ物はおいしいし気候はいいし俺は一生ここに住みたいよとそんな事言ってたという事も伝わってるぐらいなんです。
大のお気に入りですね名古屋はね。
水おいしいっすからね名古屋はね。
食べ物も口に合ったんでしょうかね。
きっとエビもうまかっただろうし。
私ちょっと感じるのは江戸にいると注文が来すぎたんじゃないかと。
(江川)あ〜なるほど。
名古屋だと一つの所で囲われて。
ゆっくりできたと。
心安らいだというのは多分あったと思いますね。
(江川)第2のふるさとみたいな。
「北斎漫画」は木版で大量に刷られました。
使っている色は黒肌色そして薄墨の3色だけ。
錦絵と呼ばれる高級な浮世絵が20色近い色を使うのに比べてはるかに少ない色数です。
実際に「北斎漫画」を刷っていた木版が京都に残っています
やって来たのは京都市の中心部にある寺町です
ここは美術書専門の出版社。
江戸から明治にかけての書物や絵画の復刻版を出しています。
そのために古い版木を今も保管しています
すごいですね。
明治時代ぐらいに造られた…?大正時代。
(江川)大正時代の。
(江川)おっ!うわっすごい!すごいですねこれ。
何かドラマで出てきそうな。
うわ〜。
こんなにたくさんあるんですか!?
江戸や明治期盛んに使われていた版木がおよそ10万枚。
後に彫り直されたものも含め大量に探し集めました
こちらのこの棚とこの棚が全部「北斎漫画」の版木になります。
(江川)これが?貴重な…。
これ全部…。
すごい値段じゃないですか?値段にするとすごいですね。
これでまた作れるんですもんね。
再生できるから職人さんがね。
あっ何か見せて頂けます。
なかなか見る機会ないですよね。
(江川)ないですないです!これがオリジナルなんでこのオリジナルを持っていないと出版印刷できない。
著作権みたいなもんですか?
(山田)版権ですかね。
(江川)まさに版権ですよ。
これ永楽屋からっていうものはどういう所で分かるんですか?これたまたま削られずにこの…。
あっ書いてある!誰から見ても分かりやすい!
(山田)たまたまこれが削られずに残っていたので。
(江川)両方じゃなくてね。
(山田)そうですね。
名古屋本町通り7丁目っていうのが本当に。
(江川)本当だ。
名古屋って書いてありますね。
これが骨っていって一番輪郭になる板です。
(江川)輪郭のね。
(山田)版画なので全部逆さに彫ってありますね。
(江川)うわ〜細かい作業ですねこれね。
これは「北斎漫画」初篇の版木です
明治に作り直されたものですが江戸時代から続く高い技術がうかがえます。
彫師と呼ばれる職人が堅い桜の木を彫上げました
うまいなやっぱり。
やっぱり北斎先生はお上手ですか?っていうか職人の方の力…。
(江川)彫師もすごいですよね。
この細かさ。
相当これぐらいのものが作れる職人もかなりいたっていう事ですね。
当時は工房制なので横には親方がいて彫師が隣にいてその隣にも摺師がいて本当に連携しながら作られていたので。
今は本当にそんな工房がなかなか成り立たない状態なんで。
触ってみても…。
あっどうぞどうぞ。
何かこのああ…。
何か浅いんだけどしっかりと彫られてるというのがよく分かります。
でもやっぱりその手に持つと…。
(江川)恐れ多いですよやっぱり。
自分も絵を描く人なんで。
だってここに貼ってそれで彫って…。
そういう事をしてたそのものをこうやって持ってる訳だから。
しかも博物館じゃないからね。
まだ使うって言ってますからね。
これがすごいですよね。
現役なんですよね。
版木を使って紙に絵を刷るのが摺師です。
京都では今も15人ほどが活躍しています。
その一人…
今からどこのページを…。
え〜っと…こことこのページですね。
ああこれ先ほどの。
「北斎漫画」1ページを刷るのに版木は3枚使います
最初は輪郭と黒く塗り潰す部分の版木。
墨を塗ったあとのりを載せます。
版木の木目を出さないためです
うわ〜きれい!
(江川)きれいに刷れるんですね。
何か生まれたていいですね。
うんいいです。
次は肌色の版木。
にかわを混ぜ色づきをよくします
紙を同じ場所に置かないと色がずれてしまいます。
それを防ぐための仕掛けが見当です。
ここに紙の端を置く事で位置を合わせます
うわ〜。
(江川)のっかってきましたね。
なるほど。
ちょっとずれてますね。
よく見ると肩の部分の肌色が少しずれています
板は曲がってきてますのでその時その時によって板をずらすんですね。
版木は時を経るにつれ反っていきます。
そこで腕の見せどころ。
見当を削り調整します
(江川)…っていうか削っちゃうんですよ。
(江川)こんな事していいのかって。
削っちゃって。
(江川)見当違いという言葉が。
見当が違っちゃうから直さないと。
なるほど。
すごいなあ。
見当を調整すると…ご覧のとおり。
色のずれが直りました
最後に薄墨を摺って完成となります
こうした工程を経て「北斎漫画」は大量に出版されていきました
(江川)いい感じで薄いのが入りましたね。
このストライプが薄墨ですよ。
本当だ。
このストライプいいですよね。
ストライプと言っちゃいけない。
横線というか何て言うのか…。
しま模様とか言うんじゃないですかね。
全部入ってますね本当。
(江川)これが薄墨で入るんですね。
やっぱり本物はいいですね。
本物で刷ってますからね。
本物出来たては…。
和紙の白色まで生かした3色刷りとは思えない豊かな表現。
彫師そして摺師が北斎の絵を存分に生かし「北斎漫画」は作られてきました
もし刷られるんでしたら1枚…。
えっ…そんな事やっていいんですか?了解してもらえれば。
え〜!?ちょっとちょっと恐れ多いですけどね。
お尻を高めにしてあるので。
俺絵は描くんですけど刷るのはあんまりやった事ない。
いいんですか?はい。
何か出てきてますね。
四隅がなかなかばれんが行きにくいので四隅も均一に。
それぐらいでいいと思います。
あっもういいっすか?さあ緊張の瞬間。
何か横でうるさいですね。
かなり…。
あ〜やっぱりあんまりうまくないですね。
こんな感じになるんですね。
あ〜楽しいですね。
北斎とコラボしましたよ俺。
何百年の時を経て。
すごいっすね。
江戸時代後期オランダで出版された「NIPPON」。
日本の文化や風俗をヨーロッパに紹介しました。
この本を執筆したのは…日本に6年間滞在しさまざまな資料をオランダに持ち帰りました。
その一つが「北斎漫画」でした。
(古川)あらららら…これはいいですね。
創業1750年京都で江戸時代から続く書店です
(2人)こんにちは。
(江川)うわっすごいですね。
本当にむちゃむちゃ古い本ばっかりじゃないですか。
江戸時代以降に出版された書物が今もご覧のとおり
あのシーボルトがこの店を訪れたと伝え聞いてきました
この「北斎漫画」にまつわるお話ってあるんですか?例の有名なシーボルトの学者ですか。
日本に来ていろいろ日本の文化を研究されてそれでその「北斎漫画」が有名でかつ内容のしっかりした本やいう事でうちがたまたまあったんで買って帰りましたけどね。
この場所でですか?ここで。
ここにシーボルトが来たんだ。
すごい!シーボルトが来た場所ですね。
幕末「北斎漫画」はシーボルトのほかにも商人などの手によって海外に渡りました。
そして西洋の芸術家たちに大きな影響を与えます
やっぱりヨーロッパに渡るとこの漫画が漫画じゃなくなっちゃうんですね。
とってもすばらしい。
それでヨーロッパの人たちは大人気になるんですね。
そういう事が芸術家を刺激して更に「北斎漫画」を見て作品が生まれたという…。
いくつかあるんです。
ちょっとね神谷さんの解説を基にいきましょう。
こちらは。
まずはフランスアールヌーボーの作家エミール・ガレの作品。
一面に大きくコイを施したガラスの花器です。
(神谷)これが「北斎漫画」の中に恐らくこれだというのがあります。
ちょっとご覧頂きましょうか。
ガレですか?はい。
エミール・ガレです。
(江川)横に置いて描いてますねこれはね。
(古川)本当だ!一緒だ。
(江川)同じですね。
(神谷)ここまで似てくると写したでしょと。
まあまあ横に置いて参考にはしてますよね。
参考にしてますね。
角度とかもね一緒です。
ただ根気なくてちょっとウロコの数減らしてますね。
(神谷)それはガラスの模様ですからそんなような事かなと思いますね。
こういう何て言うかコイの動きっていうのがすごく衝撃的なモチーフだったという事なんですかね。
(神谷)このほかにもたくさん挙げれば切りがないぐらい。
これは数々の「踊り子」を描いているドガ。
(江川)これ有名な…。
(神谷)結構有名な。
(江川)それと関係…。
(神谷)関係ある。
続いては「踊り子」で知られる印象派の画家ドガ。
浮世絵など日本美術のコレクターでした。
1枚ずつ見ていきましょうか。
こちらは。
(笑い声)
(江川)これ女の人ですよね。
はい女性です。
いや〜実は男の力士が…。
(神谷)北斎たくさん描いてますから一つぐらいはあってもいいなと思うんですけども。
次もどうです?ねっ?さっき見た「雀踊り」。
(江川)なるほどね。
(古川)面白い。
(神谷)これねちょうどたらいに片手を突っ込んでね。
あんまりベタにまねしない。
さすがに少し工夫してますけども着想発想はこういう漫画から来ているって事は多分間違いない。
(江川)実際それまでの絵ってこんなポーズさせるの大変じゃないですかモデル。
それをやっぱりこれ見てちょっとこれお願い。
しんどいですよこれも。
(古川)ずっとその状態でね。
北斎の漫画っていうのはいわゆる向こうの人にしてみればデッサンなんですよ。
完成なんですよ。
(江川)デッサンよりももっと単純なクロッキーとかね。
それでねすばらしい要するに強さとか速さとか怖さを表しちゃうんですよ。
(江川)今の漫画も本当にそういう流れで。
漫画家ってねすごい数秒で完成原稿描けちゃうんですよ。
うまくなるとね下描きせずにいきなりペン入れで描けちゃう。
俺結構いきなりペン入れで描いたりするんですけど要するに絵がもう見えてるんですよね。
あのね北斎もそうだと思うけど目と手がね神経が直結してる。
脳を経由しない。
何かそういう感じするんだよ。
脊髄反射的に絵が描けるようになってくるんですよ。
更にこんな作品こちらは。
(神谷)これゴーギャン。
そしてかのゴーギャンもまた「北斎漫画」に刺激を受けています。
右上にご注目。
天使とヤコブが争う姿は「北斎漫画」の相撲の絵がモチーフといわれています。
ではここでゲストの2人にも腕前を披露してもらいましょう。
「北斎漫画」から一体どんなインスピレーションを得るのでしょうか。
やっぱり個性が出ていいですね。
古川さんから見せて頂きましょうか。
私選んだのがこの…。
これなんですけどちょっと私絵を描くのが…。
ちょっとかわいい萌え系の絵をよく描くので。
それをちょっとかわいらしくこんな感じで。
むちゃくちゃかわいいじゃんって何ですか!何か治療したくなる。
(江川)これはすごいですね。
そういう展開か。
(古川)このテーマが「治療」じゃないですか。
かわいい女の子がこういうポーズしてたら萌えるだろうなって思って。
(一同)あ〜。
(古川)治療なんですけどこれは。
(神谷)舌出してって「ええ〜!?」って顔してるんですよね。
(古川)なんですけどセーラー服着たかわいい子にさせたらいいなって思って。
現代につながってますよね。
いやもう今風でね。
(神谷)今一番新しい感じで。
今度は江川さん。
はい。
私はちょっとこの相撲をモチーフにしてちょっと高度な絡みをモチーフにして西洋的な感じを東洋の絵で。
何かごった煮のようなものを描きました。
こんな感じで。
(古川)うわ〜かっこいい。
(江川)この感じをこう…。
女の天使が男を連れて富士山で。
こんな感じですけど。
本職ですからね。
いやいやいや…。
かなり描いてますから俺も。
もっともっと見ていくと面白い世界が広がりそうですよね「北斎漫画」って。
逆に言うと漫画っていうところで軽く見られちゃいがちなところがあるんです。
これは漫画じゃないんですよ。
もうとにかく絵画集全てのものが入ってる。
でもねそれは漫画家から言わせてもらうと漫画というのがそういうすばらしいもので。
西洋絵画は北斎の漫画を見てものすごい喜んだ訳です。
だからいわゆる西洋絵画より上漫画が一番上だと私は思ってますから。
(古川)ここに全部が詰まってる。
江戸時代の人々を大いに楽しませた「北斎漫画」。
実はお殿様も大好きでした
昭和27年歴代尾張藩主が眠る墓の調査が行われました。
そこからなんと「北斎漫画」が見つかったのです
尾張徳川家13代慶臧のお墓から出土された「北斎漫画」になります。
尾張藩13代藩主の徳川慶臧は14歳で夭折しました。
その墓には当時出版されていた全ての「北斎漫画」が収められていました
今でいう中学生ぐらいの年齢だったと思うんですけどもふだん親しんでいたものだからこそお墓の中に…
14年の短い生涯をこの「北斎漫画」で楽しんだのでしょうか
「北斎漫画」が名古屋で誕生してから200年。
去年電子書籍版が発売されました
するとアート建築デザイン部門でダウンロード1位を獲得。
話題を呼びました
江戸時代の庶民からお殿様そして西洋の芸術家から現代に至るまで「北斎漫画」は場所と時を超えて人々を魅了し続けています
2014/05/29(木) 15:15〜16:00
NHK総合1・神戸
ろーかる直送便 金とく「名古屋発“北斎漫画”200年の遊空間」[字]
葛飾北斎が200年前に描いた「北斎漫画」。庶民の暮らしや景色など三千数百図の絵が描かれています。漫画家江川達也さんとSKE48古川愛李さんがその魅力に迫ります。
詳細情報
番組内容
天才絵師・葛飾北斎が描いた「北斎漫画」。200年前に描かれたこの本には、庶民の暮らしや雄大な景色、様々な生物など三千数百図にも上る絵が活き活きと描かれています。そのおもしろさは当時のお殿様も魅了したほど。この本を出版したのは、名古屋にあった版元「永楽屋」。なぜ名古屋の版元が出版したのか?葛飾北斎と名古屋の関わりは?漫画家江川達也さんとSKE48古川愛李さんが、その魅力と誕生秘話に迫ります。
出演者
【出演】漫画家…江川達也,SKE48…古川愛李,名古屋市博物館副館長…神谷浩,【司会】黒崎めぐみ
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
情報/ワイドショー – その他
バラエティ – トークバラエティ
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