(善次郎)おいでやす。
(玄武)こちらに元美濃国苗村家中彦坂数馬殿が一子鶴之輔殿はおられますか?鶴之輔…。
17年前まだ子どもで…。
(松吉)おいでやす。
これは我が父の仇討ちである。
覚悟!父上!鶴之輔殿か…。
いやこの子は松吉だす。
(和助)善次郎年末の掛け取り…あっおいでやす。
私は建部玄武と申す。
あんさんこの子には一切関わらへんと約束したはずだっしゃろ!私はどうしても…鶴之輔殿…。
(医者)恐らく胃翻だす。
進んどるんだすか?もう長い事おまへんやろなあ。
ほなお大事に。
おおきに。
うちへ来た時に後生大事に抱えていた刀や。
きちんと手入れしてあります。
いつ出ていってもええようにな。
うちの店の丁稚になるか?その刀わてに預けよか。
心の底ではわだかまりがず〜っとあったんと違いますか?さぞしんどかったやろうと思いまっせ。
すんまへん。
ここにいつまでたってもゴロンとしたわだかまりがあります。
17年前のあの日…父上は何であんな悲惨な最期を遂げんとあかんかったんやろ…。
ず〜っとず〜っと心に引っ掛かっとりました。
17年前の仇討ちを私はこちらのご主人に銀二貫で買って頂きました。
しかしあの仇討ちにそのような値打ちはございませんでした。
それはどういう事だす!?17年前のあの夜あなたの父上彦坂数馬殿は私の父源エ門に会いに建部家へ来られました。
・
(源エ門)もうよい!言うな!
(数馬)建部様!これ以上事を荒だてるな。
改ざんした帳簿を公にすべきです!数馬!相手がどなたであろうと苗村家勘定方として公金の横領を見逃す訳にはまいりませぬ!ご家老だ相手は。
・
(数馬)私たちは痩せた土地を懸命に耕し年貢を納める百姓らの苦労に報いるためにも質素倹約を旨とし皆で力を合わせさまざまな改革に取り組んできたではありませぬか。
この一件そちの胸に収めてくれ!武士の誇りはどこにお忘れになったのですか!?うわ〜!建部様!父上…!彦坂数馬殿には何一つ非はなく責めを負うべきは我が父。
我らはこれより脱藩する。
自分の身は自分で守るのだ。
せやのにあんさんこの子の父親を追うてきはった。
仇討ちや言うて。
(美津)誰です!?父上をこんな目に!彦坂…数馬殿。
父上の無念を晴らしなさい。
彦坂数馬を討ち取るまで決して帰ってきてはなりません!
(玄武)母は父が悪事に手を染めていた事を知りません。
私は母の言うとおりにするしかありませんでした。
しかし真っ暗な山道を歩きながら情けなくて声を出して泣きました。
すると幼い頃父に剣術を教わった事本を読んで頂いた事穏やかに過ごした思い出ばかりが浮かんできました。
私にとっては…掛けがえのない父でございました。
何だすて!?申し訳…ございませんでした!そうだしたんか。
(玄武)銀二貫を受け取る事で私は逃げたかった何もかもから!父上の悪事から母上の願いから瀕死の数馬殿にとどめを刺す恐ろしさから!幼い鶴之輔殿の…あのまっすぐな目から!恐ろしかった。
幼い鶴之輔殿の目が卑劣な私の心根に深く突き刺さりました。
恥ずかしくて…情けなくて…。
雪の上にはいつくばり銀二貫をかき集めた時「お前にはその情けない姿がお似合いだ」という声が聞こえた気が致しました。
銀貨は…冷たかった。
それから私は当てのない旅を続けました。
飲まず食わずの日もございましたが銀二貫にはどうしても手がつけられなかった。
2年ほどして故郷で死のうと苗村に戻りました。
すると苗村藩は…既にお取り潰しになっていたのです。
え?藩士たちは皆生きるため自給自足の暮らしをしておりました。
それから十数年私も百姓です。
私はもう侍ではなかったのです。
こんな痩せた土地でどうしろってんだよ!我々はここで生きていくしかないじゃないか。
元藩士がなんてザマだよ!
(玄武)しかしご存じのとおり苗村の土地は昔から痩せており…。
銀二貫ある。
銀二貫!?どうしたんだ?そんな大金!この金を元手にこの枯れた土地に水を引こう。
新しい田や畑を切り開こう。
(一同)お〜!その後数年かかりましたが皆で力を合わせ川の支流を作り新しい田や畑を切り開きました。
役に立ったんだすな?銀二貫。
苗村の土地は毎年たくさんの米と小豆が実る肥えた土に生まれ変わりました。
(玄武)1年前小豆の商いの話をしに大坂の市場へ参りました。
その帰り私は一人でこの店の前まで参りました。
あの時の商人が井川屋の和助と名乗られた事ははっきり覚えておりましたから。
偶然17年前のあの日と同じ日でした。
(玄武)その若者が東の方に向かって手を合わせた瞬間鶴之輔殿だと分かりました。
父上の命日に祈っておられるのだと。
私は額に汗して働く百姓の暮らしが自分に合ってるような気になっていました。
所帯を持ち子をもうけ百姓として一生を終えようと。
しかし…。
父上!
(玄武)私の息子があの時の鶴之輔殿と同じような年になり私と同じ時を鶴之輔殿はどんな思いで生きてこられたのだろうとそう思うと…。
(お里)あ!あの…あの…!
(玄武)申し訳ございません。
病に侵されてると知った時ようやく心が決まりました。
この命があるうちに鶴之輔殿に全てをお話ししそして…お父上の仇を討って頂く覚悟で参りました。
どうかどうかお気の済むように…。
あなたは侍から百姓になれたのですか?たわわに実った稲を見ても秋の豊作を祝い皆で酒を酌み交わしていても一度たりとも晴れ晴れとした気持ちになる事はありませんでした。
侍の子として生まれ仇討ちを果たせなかった。
ずっと心の奥にゴロンとしたわだかまりがありました。
いつも素手の両手を広げた幼いあなたが「この卑怯者!」と哀れむように見ているような気が致しました。
息子が大きくなるにつれ苦しくて苦しくて…私は一体侍なのか百姓なのか私は…私は何者なのかと!どあ〜!私も自分が侍なのか商人なのか…分からないまま生きてきました。
しかし今決めました。
わては大坂・天満の商人だす。
それが…ええ。
それでええ。
へえ。
せやさかいお侍さんみたいに仇を討ったり討たれたり一切刀で命のやり取りは致しまへん。
国で待ったはるんと違いますか?奥さんも息子さんも。
奥さんに話してきはったんだすか?もう…会う事はないと。
それはいけまへん!早う帰ってあげとくなはれ。
(泣き声)苗村の小豆です。
銀二貫のおかげで作る事ができた村の宝です。
受け取って頂けませんか?へえ。
(せきこみ)
年の暮れはすす払いっちゅうて皆さん大掃除にいそしんだはります
あんた何ボ〜ッとしてんのよ!ボ〜ッとしとったらせきこむわ!あんたも忙しいねんから早う行くで!
ご苦労さん!
(お咲)どこの店かて年の暮れは掛け取りでメッチャクチャ忙しいはずや。
よう出てこれたな。
(梅吉)わて掛け取り向いてへんねん。
え?お代払うて下さい言うて相手さんに正月の餅も買えまへんねんって泣きつかれたらほなまたにしますわって…。
なあ?お父ちゃんやで。
梅吉っとんは相も変わらずな〜んも悩みないんやな。
ない。
大体なウジウジした男より腹の据わった女の方が決めるとこバシッと決めまっせ。
せやさかいなもういっそのこと松吉っとんやのうて真帆さんに会うてあんたら一体どないする気や言う…。
あれ?ちょっと…ここやったよな?団子の屋台。
あれ?何でやろ…。
もう休みやろか。
(せきこみ)
(真帆)だんないだんない。
(お広)おてつ…顔色悪いなあ。
何言うてんのん。
先生お母さん大丈夫だすな?薬のんだら治りますやろ?もっと高い薬でもどんな薬でもええさかい言うとくれやす。
(医者)無駄や。
もう長い事はない。
悔いのないようにできるだけそばにいといたげなはれ。
おおきに。
ごっつぉさん。
もう一口。
(せき)何か食べたいもんない?何でも買うてくるさかい。
な?うん。
(せきこみ)・
(梅吉)ごめんください。
あの…。
わて前に井川屋におりました梅吉だす。
あ…。
大丈夫だすか?えらいしんどそうやけど…。
あの…何のご用だすか?あんさんに話があって参りました。
松吉っとんの事で。
え?おてつどちらさんや?山城屋のご寮さんはうちの団子よう買うてくれはりました。
うちはみ〜んな大好物だす。
そうだすか。
へえ。
なあ?ほなまたお見舞い来さしてもらおか?梅吉っとん。
そろそろだすか?へえ。
楽しみだすなあ。
ものすっごう楽しみだす!うちこの子が生まれて大きいなった時うちがお母ちゃんでよかったて言うてもらいたいんだす。
(半鐘の音)おてつ!おてつ!おてつ〜!
(泣き声)おてつ!
(泣き声)あ〜はいはいはい!
(泣き声)あ〜えらいこっちゃ!えらいこっちゃ!
(泣き声)おなかすいたんやなあ。
お咲ちゃんわて先帰らしてもらうわ。
早う連れて帰ってあげなはれ。
ほなお大事に。
う〜ん帰ろう帰ろう帰ろう!お母さんのお世話しながら一人で暮らしていけるんだすか?やっていきます。
松吉っとんに頼らはったらええやないですか。
うちとは何の関わりもないお人だす。
何で…何でそないな意地張らはるん?意地なんか張ってまへん。
真帆さん。
おてつだす!うちも…松吉っとんが大好きやったんです。
せやさかい…幸せになってほしいんだす誰よりも。
すんまへん。
うちは今お母さんの事しか考えられへんのだす。
ずっと2人っきりで生きてきたさかい。
(松葉屋)あ〜っちゅう間の一年やなあ。
ホンマ早い事暮れますなあ。
天神さんが焼けてしもてはや3年や。
へえ。
…でまだだっか?あんさんとこは。
寄進だすがな!いろいろありましてな…。
それ一銭もまだでっか?いろいろありましてな…。
(善次郎)今年の掛け取りは松吉と一緒に回りますわ。
ああそろそろ松吉にやらした方がええ頃やな。
へえ。
はあ。
けどどっちゃにしても半兵衛はんが糸寒天入れてくれん事にはなあどないにもならんわ。
ご精が出ますな!梅吉!どないしたんや?山城屋はんとこ追い出されたんか?せやねん。
わてがアホやさかい…。
ちゃうわ!ハハハッ!てんごや。
でな…。
何や?せやから何でやねん!もうええて!ええ事ないやろ!あっ梅吉。
旦さん番頭さんご無沙汰しとります。
どないしたんや?山城屋はん追い出されたんか?ちゃいます!忙しい年末に何しに来たんや?おてつさんのお母さんの具合がえらい悪いんだす。
おてつさんも看病疲れでやつれたはりますし松吉に見舞いに行こう言うてるんだすけどこいつ行かへんて。
会わへんて約束がありますさかい。
(せきこみ)ごちそうさん。
もうちょっと食べて。
要らん。
食べんと元気になられへん!
(せきこみ)もし…もしわてがおらんようになったら…。
アホな事言わんといて!誰ぞあんたをもろてくれる人があったら…。
そんな人いてへん!・
(お里)ごめんやす。
旦那さん…。
大事おまへんか?はい。
これ…。
お見舞いだす。
今大当たりしてる井川屋特製の虫養いと申します。
おいしい。
お母さん食べられるんやね!ありがとうございます。
その腰のあるおいしい寒天はなうちの店の松吉いう者が作りましてなあ。
好きな女子のためや言うてな。
その人と一緒にならはったんだすか?いいえ。
お〜い光ったで!えらいぬれたなあ!急に降ってきよったんやがな!お母さんお薬。
ちゃんとのんで早うようなってや。
苦い。
苦い薬やないと効かへん。
どないした?あんたが小さい時そない言うて薬のませてた。
そやったなあ。
あんたよう風邪ひいて…赤子の時はよう夜泣きして…。
お父ちゃんが生きてた頃あのころの長屋は気難しい人がいたはった。
夜中うるさい言うて怒られてよう大川のほとりあんたをおんぶして歩いた。
うん。
おてつ…。
何?あんたわての子ぉでよかったか?お母さん。
(せきこみ)横なり。
な?
(せき)子どもみたいやなあ。
おてつ。
はあ〜。
ああ寒いなあ今日もなあ。
ごめんやす〜!すんまへん!すんまへん!お医者さん呼んで下さい!お母さんが!う…うん。
分かった!
(せき)お母さん!お母さん!おてつ!何?松吉さんを…呼んで!え?井川屋はんの…松吉さんや!松吉っとん?うち呼んでくる!
(せきこみ)お母さん…。
松吉っとん!松吉!ど…どないしはったんだす!?早う…早う行って!え?もう間がないんや!お母さん…お母さん…。
わてが…おらんようになっても…松吉さんと…。
嫌や!嫌や!嫌や!嫌や!嫌や…。
わては…あんたが娘で…幸せやった。
おおきにな!もうええ。
もう…ええ。
お母さん?お母さん…お母さん…。
なあ!なあお母さん!なあ!なあお母さん!お母さん!お母さん!嫌や。
嫌や。
嫌やお母さん!
(泣き声)松吉生きるっちゅうのはしんどいけど楽しいなあ。
ワオ〜ン!
ここ大坂・天満で商人として精進してまいります!末永うよろしゅうお願い致します!2014/05/29(木) 20:00〜20:45
NHK総合1・神戸
木曜時代劇 銀二貫(8)「追いかけてきた過去」[解][字]
十七年前、松吉(林遣都)の父を仇討ちし、「銀二貫」を受け取って行方をくらましていた玄武(風間俊介)が井川屋を訪れる。玄武の口から事件の驚くべき真相が語られる!
詳細情報
番組内容
十七年前、松吉(林遣都)の父・数馬(石黒賢)を敵討ちし、「銀二貫」を受け取って行方をくらましていた建部玄武(風間俊介)が井川屋を訪れる。不治の病で余命いくばくもない玄武は、命あるうちに敵討ちの真相を松吉に伝えたい、と大坂にやってきたのだ。玄武の口から十七年前に苗村藩で起きた事件の驚くべき真相が語られる。一方「おてつ」として生きる真帆(松岡茉優)のもとでは、お広(映美くらら)が病の床に伏せていた。
出演者
【出演】林遣都,松岡茉優,いしのようこ,尾上寛之,映美くらら,浦浜アリサ,石黒賢,風間俊介,団時朗,塩見三省,津川雅彦,【語り】山口智充
原作・脚本
【原作】