◆「木刀を車の助手席に置き町長を探した」
「あんただけに頼むことや。町長、殺(や)ってくれや、あんたの得意な
犬を使って。成功したら、事業の展開は約束する−−」
00年初夏、福井県大飯(おおい)郡高浜町にある、国道27号線沿いの
飲食店でのことだ。その場で、関西電力(以下、関電)の高浜原子力発電所
(以下、高浜原発)のK副所長(当時)は、高浜原発内の犬による警備を請
け負っていた『ダイニチ』の役員で、犬のブリーダーでもある矢竹雄宕兒
(ゆうじ)氏(53歳)に暗殺″を依頼したという。「標的」は、96年
から高浜町長を務めている今井理一(りいち)氏(75歳)だった−−。
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本誌は前号で、関電幹部が下請け業者に命じた高浜町長の暗殺指令″を
報じた。3月20日現在、関電は本誌に対してまともな反論をしていない。
したくてもできないというのが実状だろう。K氏が矢竹氏と『ダイニチ』の
社長である加藤義孝氏(58歳)に町長暗殺″を命じたという事実を、関
電の執行役員が約2年前から把握していたばかりか、それを揉み消そうとさ
えしていたというのだから。
事の始まりは99年のことだった。この年、高浜原発では日本初となるプ
ルサーマル発電計画が着々と進行していた。だが同年12月、プルサーマル
発電に欠かせない「MOX燃料」のデータが、製造元である英国の核燃料メ
ーカーによって改竄(かいざん)されていたことが発覚し、計画は頓挫(と
んざ)する。プルサーマル計画の受け入れを了承していた今井町長が、安全
性への危惧から、計画実行に慎重な態度をとるようになったのだ。
00年4月、その今井町長が再選されると、高浜原発副所長としてプルサ
ーマル計画の早期再開を目論むK氏は、次第に今井町長を目の敵にするよう
になった。冒頭の暗殺指令″があったのは、この頃のことだという。矢竹
氏が回想する。
「Kが約束した『(町長暗殺≠ノ)成功したら、水平展開″は絶対に
やらしたる』という言葉。今から思えば、あれは悪魔の囁き∴ネ外の何物
でもなかった」
プルサーマル計画実行に先駆けて、99年夏から高浜原発内では警備犬に
よる監視が始まっていた。K氏はその犬を使った町長暗殺″と引き替えに、
警備犬事業を関電の大飯原発と美浜(みはま)原発へ拡大することを約束し、
これを「水平展開」と呼んでいたという。
K氏の「悪魔の囁き」に意を決した矢竹氏は「標的」を求めて高浜町を彷
徨(さまよ)った。
「ワシは高浜での町長の動向を調べて、数日間一人で張り込んだんです。
ある時は警備の仕事を抜け出して、ある時は仕事が終わった後の明け方に・
・・。いつも、木刀を車の助手席に置き、すぐに飛び出せるように目を光ら
せていました。
結局、幸いなことに町長と対面することはありませんでした。もし、誰も
いないところで、パッと鉢合わせするようなことがあったら、間違いなく殺
っとったでしょう・・・」
矢竹氏の異変に気付いた加藤氏は、社長の立場から町長の暗殺計画″を
打ち切らせ、警備犬の仕事から外したという。加藤氏がこう振り返る。
「矢竹をそのまま放っておいたら、ほんまに町長を殺っとったと思います。
それほど、事業の拡大に懸命になっていましたからね。
Kは高浜原発内で原発の天皇″と呼ばれるほどの実力者で、関電が発注
する高浜の仕事は彼が牛耳っていました。Kの言うことを聞けば、事業は拡
大できたかもしれません。しかし、われわれの仕事は警備であって、町長を
殺すことではない。首根っこをつかむようにして、矢竹を高浜から引きずり
出したんです」
加藤氏の説得でようやく矢竹氏は、木刀から手を離した。ところが、K氏
の暗殺指令″がこれで終わることはなかった−−。
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