選手の輸出入で高まる存在感
今シーズン開幕前、フォルランの獲得で日本だけでなく世界を驚かせたC大阪。香川真司、乾貴士、清武弘嗣等を世界に「輸出」してきたC大阪は現在、J屈指の「輸入」クラブとしても、その存在感を高めている。フォルランはウルグアイ人だが、C大阪には日本人以外に韓国人、オーストラリア人、セルビア人、そしてウルグアイ人の選手が在籍している。そして監督もオーストリアのパスポートを持ってはいるが生まれはセルビアだ。かなり国際色豊かな顔ぶれだが、Jリーグ21年の歴史上ここまで多国籍なチームはなかったのではないだろうか。そこでC大阪、岡野社長にクラブの国際戦略を中心にお話をうかがった。最初のターゲットはカカー
最初のビックネーム、その獲得選手候補はACミランのカカーだ。岡野社長によれば「世界的に名前の通ったビッグネームで、世界を見せられる人が僕たちのクラブにはいなかった。香川真司がマンチェスター・ユナイテッドで活躍していることは誇りに思っているけども、それはセレッソ大阪が評価されているわけでなく、香川が頑張ったから。C大阪でやっている選手たちが将来香川を超える選手になって海外へ出ていってやってもらいたいという思いがあるので、その場合にはやはり誰かお手本になる本当のプロがほしいなというのをずっと思っていた」ということがオファーを出すに至った理由だという。だが、カカーとの交渉は難航した。彼はオファーを出した当時、母国でのワールドカップ出場を諦めていなかったからだ。他にも非公式に接触した選手はいたが、やはりワールドカップ前という難しい時期のため彼らとの交渉は一筋縄にはいかない。
フォルラン獲得を決めた理由
カカー獲得は叶わなかったものの、岡野社長はあきらめなかった。それまでスタジアムが満員になることの少なかったC大阪だが、岡野社長には「スタジアムが満員になるならそれでもいいかなと思うけども、満員にはならない。朝から晩まで“試合のある1日“を楽しむ欧米人と違って日本人はスタジアムに滞在して楽しむのは90分間だけ。果たしてそれでJリーグはいいのかと。ただ日本人の行動スタイルを変えるのは難しいので、ならばせめて90分間のゲームだけでも面白いゲームをしよう。その90分間だけでも楽しんでいきたいと思えるように」という思いがあった。この思いを実現するにはビッグネームの存在は不可欠だったのだ。そして、その思いを実現するのにふさわしい選手を探していたところ、昨年8月に宮城スタジアムで日本代表がウルグアイ代表と対戦した際、ある選手を見て「こいつは違う」と感じた。それがディエゴ・フォルランだった。岡野社長の思い、そしてC大阪が推し進める新たな国際戦略に合致する選手がフォルランだったのである。さらに岡野社長はある覚悟をもってこのプロジェクトに臨んでいた。「僕達がこれを絶対成功させないと、ここで失敗したら、本当にJリーグはダメか…ということになってしまう。もし失敗したらマスコミは海外組ばかりを追いかけてJリーグの記事は何も出なくなる。何とかして収入を増やそうと大会方式の変更まで決断したにも関わらず、もっと裏目に出て、それすら否定されてしまうような話題になる可能性、危険性があるんじゃないか」だからこそフォルラン獲得は絶対に成功させて、他のクラブが追従しやすくなる環境を作る。中途半端なレベルの外国人獲得ではなく、Jリーグも一流選手を呼べるという一歩先をいったモデルになることが重要だった。元にここまでホームスタジアムである、ヤンマースタジアム長居だけでなく、東京戦(40,761人)、浦和戦(54,350人)をはじめ、C大阪の試合には多くの観客が集まり、Jリーグの盛り上がりに最も影響を与えているチームではないだろうか。
C大阪の“脱ブラジル”
C大阪には昨シーズン多くのブラジル人が在籍していた。AFCチャンピオンズリーグ(ACL)出場権獲得に貢献したエジノとシンプリシオ、ブランコの3人と、クルピ監督、マテルヘッドコーチ、ホドウホフィジカルコーチ。さらにいえばC大阪はブラジル人なしにここまでの発展を遂げることはなかった。レヴィー・クルピはもちろん、パウロ・エミリオ、ジョアン・カルロスら指導者たち。ジルマール、トニーニョ、ジョアン、ゼ・カルロス、マルチネス…そのほかにも多くのブラジル人の力に助けられてきた。だが予算を改めて見直してみると「6人のブラジル人を外すことでかなり削減できた。今までずっとブラジル人だけでやってきていてベースにこれだけの金額があることは誰も気づいていなかった」というくらい多額の資金が捻出できた。「ブラジル人だけで長くやってきた。それを雇う側もずっと同じ体制で同じようにやってきた。お金がかかるのは当たり前になっていてそれに対して誰も何も言わない状態になっていた」というくらいにブラジル人に多くの予算を割くことが普通になってしまっていた。まるで税金を納めるかのような感覚だ。岡野社長は「Jリーグとサッカーをする韓国や中国のリーグを見ていてもいいブラジル人は少ない」ということにも気づいていた。そこで一気にブラジル人たちを切って路線を変更。ポポヴィッチ監督の招聘も成功させ、南米とは違ったスタイルを実践できる選手としてオーストラリア人のニコルス、ヨーロッパで長く活躍してきたウルグアイ人のフォルランと契約して新たな方向へ舵を切ることになった。さらにフォルラン獲得の際、フォルランの代理人であるアルゼンチン人に「ブラジル人には確かに才能あふれる素晴らしい選手が沢山いる。ただその中で本当にすごい選手は皆ヨーロッパで活躍している。それ以外の選手は皆ビールとビーチが好き。そんなブラジル人が外国へ行って、高い給料を得てサッカーを舐めている。これからはアルゼンチンやウルグアイから選手を獲得すべきだ、なぜならブラジルよりもサッカー選手として成功してお金が欲しいと思っている選手が沢山いるから」と言われたという。本当に日本サッカーに貢献できる存在として、これまでのブラジル人中心から他の欧米諸国出身選手に路線を変えていく必要があるのかもしれない。そういう意味でC大阪のチャレンジは今後の日本サッカーの未来を占うものになるだろう。
カチャル獲得の舞台裏
“脱ブラジル”の一環としてもう一人欠かせない選手がいる。フォルランと同じ便で来日し、フォルランの陰でひっそりと練習に参加して契約に至ったゴイコ・カチャルだ。この元セルビア代表の獲得はポポヴィッチ監督の行動がなければ実現しなかった。ある日ポポヴィッチ監督自ら「カチャルを獲得してほしい」と社長に直訴したという。カチャルは骨折の影響もあり1年間トップレベルでプレーしていなかったが、コンディション面に問題はなかった。だが長期離脱の間に監督が変わるなどしたため構想から外れており、以前に比べれば容易に獲得することができる状態になっていた。キャンプ前から不安があったCBに外国籍選手を補強したかったクラブの意向とポポヴィッチ監督の要求がマッチした補強となり、実際に序盤戦の守備陣を支えた活躍はさすがセルビア代表といえるものだった。岡野社長によればポポヴィッチ監督がFC東京時代も含めて自ら特定の選手を獲得してほしいと訴えたのは初めてだという。そしてこの補強には大きな意味がある。これまでヨーロッパのトップリーグからJリーグへ移籍したヨーロッパ人は少ないが、カチャルの活躍がその流れを変えるかもしれないのだ。セルビア代表とブンデスリーガで実績のあるカチャルが日本を選んだ、つまり日本もドイツのようにレベルの高いリーグであるということをヨーロッパにアピールすることができる。たとえカチャルが夏にヨーロッパで移籍先を探すためにC大阪を選んでいたとしても、日本を舞台に活躍していれば今後ヨーロッパから戦力になる選手が加入するケースが増えるはずだ。そういった意味でC大阪がカチャル獲得というチャレンジをしたことはフォルランと同じくらい日本サッカー界にとって大きなことなのである。
香川真司が遺したもの
現在日本代表のエースにまで成長した香川真司はC大阪から大きく飛躍した選手の先駆け的存在だ。4年前の南アフリカワールドカップではメンバーから漏れてしまったものの、直後にドルトムントへ移籍してブンデスリーガ優勝の立役者となるなど世界的な選手へと成長を遂げた。C大阪とドルトムントは香川の移籍後も指導者がドルトムントへ研修に行き、日本での育成にその手法を取り入れるなど、ヨーロッパ式の育成へシフトしようとしている。さらに今年1月にはアカデミー出身の18歳、丸岡満がC大阪からの期限付き移籍という形でドルトムントへ移籍した。まだ言葉の壁があり、戦術理解などに課題はあるものの、3部相当のリーグを戦うリザーブチームでも出場機会を得て徐々に存在感を発揮しているようだ。本来の主戦場であるU-19ブンデスリーガでも直接FKを沈めるなど、周囲の信頼を勝ち取って結果を残している。いまではアカデミーの海外遠征の回数も増え、将来的にはヨーロッパから来た若い選手がC大阪のアカデミーでプレーし、C大阪のトップチーム昇格を目指すような形を作りたいというビジョンも持っている。香川の移籍でつかみ取ったヨーロッパの一流クラブとの関係が「育成型クラブ」を目指すC大阪のアカデミーの充実を助けているとうことだ。
アジアとともに
C大阪はドルトムントのほかにタイのバンコク・グラスFCとも提携を結んでいる。バンコク・グラスFCは茂庭照幸が在籍していることで日本でもよく知られたクラブだ。オフシーズンにはタイから選手たちが来日してC大阪のコーチ陣の下でトレーニングを行ったというが、レベルとしてまだ日本でプレーできるレベルではない。アカデミーダイレクターを務める大熊裕司氏によれば「テクニックはある。ただまだまだ技術が足りない。やはりグループに入ってサッカーをするというのがなかなか難しい」という。2月には韓国からアカデミーに練習参加した16歳の選手もいたが、こちらも契約には至っていない。C大阪はヨーロッパだけでなくアジアからも選手を獲得する、あるいはアジアからトップチームで活躍できる選手を育てるという長期的なビジョンのもと、アジアのクラブとも提携関係を築いてタレントの発掘を行ったり、育成のノウハウを提供したりしてアジアサッカーのレベルアップにも貢献していこうとしている。
アジアの頂点へ
岡野社長は強い口調で「アジアのチャンピオンになりたい。ヨーロッパのクラブと互角に戦えるかどうかはわからないが、それよりもアジアでいつもタイトルを争えるクラブになって、毎年うちからヨーロッパで戦える選手が出ていって、ヨーロッパで活躍する。その選手たちが日本代表にもたくさん入るようになってほしい」と語った。今シーズン久しぶりに出場したACLでは敗退してしまったが、目指すところはアジアの頂点だ。そのためにヨーロッパに学び、独自の国際戦略でこれまでとは違う選手起用を実現し、クラブを大きく変えていく。「育成型クラブ」としてもアジアの頂点を目指す戦いにふさわしい競争力を備えた選手を育て、近い将来アジアのトップクラブとして毎年タイトル争いをするクラブへ生まれ変わる。さらには“脱ブラジル”の先駆けとして日本サッカーに新しい風を吹き込み、日本サッカー、ひいてはアジアのサッカーをリードする存在として世界と戦えるクラブを目指して突き進む。W杯明けのJリーグ再開から、C大阪の巻き返しに期待がかかる。
取材/チェーザレ・ポレンギ