リクルート入社後、猛烈に働いてメキメキと頭角を現していった須藤憲司氏(現KAIZEN platform CEO)。最初の3年で量が質に転化するのを身をもって体験したというが、次の4年はもっと激しい。後にIT業界の各方面で成功するキラ星のような才能があふれる職場で、何をやっても上手くいかないというほど失敗を重ねたという。(前編はこちら)
何ひとつとして成功しなかった新規事業開発在籍時代
4年目で異動になりました。事業開発室というところで、先日話題になっていた、nanapiのけんすうもいたところです。
そこで検索エンジンとかも含めて、まあいろいろ作りましたね。でも、まじな話、なんっにもうまく行かなかったんですよ。ええ、何ひとつとして(笑)
皆さんこういう話をすると笑うじゃないですか。でも当人たちからするとノイローゼになるぐらい大変だったんです。毎日が溺れてる感じでした。振り返って考えてみると、あれこそスタートアップだったんじゃないかなと思いますね。普通の会社の仕事だったら、3割ぐらい失敗するってヤバいじゃないですか。そんなに失敗してたら「お前ちょっと来い」みたいな感じになるじゃないですか? 違うんですよ。ぼくら9割ぐらいが失敗ですから(笑)
結構げっそりしてくるんですよ。やることなすことうまくいかないんですからね。
当時入社4年目でしたけど、学生さんが「新規事業やりたいんですーっ」とかいって話を聞きに来るんです。そのとき良くたとえ話をしてましたね。「あのさ、溺れたことある?」って。「毎日こうさ……、波がスゴいわけ、うん」みたいなね。「息継ぎできるのは10回に1回ぐらいだから死ぬよ」って(笑)
「うん、新しいことやれていいですよねって思うよね。うんうん、分かる。オレもそう思った。でも、どちらかというと溺れてる感じ。いや、全員で遭難してるっていうぐらい。向こうに島があるぞーって泳いで行ったら島なんてない。毎日そんな感じ」って。
でも、リクルートで,そういう失敗の経験ができたのは大きいですね。
リクルートって会社の中での失敗の含有率って高いんですよ。みんな、むやみにチャレンジングなんですね。新規事業部門があるのに、既存事業部門でも新しいことをいっぱいやるんですよ。「いいね! それやろう!」みたいな感じで。それで、そこらじゅうで新しいことをやっていて、そこらじゅうで失敗してるんです。
新規事業って成功率のほうが低いわけじゃないですか。そういう成功確率が低いところにずっといたので、あれって高地トレーニングみたいなもんですよね。酸素なくても何とかなるみたいなね。高いところでも、10回に1回息ができれば生きていけるようになる。
手の付き方も知らずにババーンと転ぶ感じ
失敗例ですか?
たとえば新規事業のコンテストで準グランプリをもらって、ぼくは異動したんですね。「すごい地図」というのを作りました。これが別の意味ですごかった。GoogleマップみたいなのをオールFlashで実装してて、写真もいっぱい入れて、写真から地図を検索してっていうサービスです。
当時は2007年とか2008年で、アメリカでGoogleマップが出てきたぐらいですよ。凄まじくチャレンジングでした。地図がグリグリ動いて、「焼肉」って入れたら新橋に地図がバーンと動いて焼肉の写真が並ぶというようなサービス。技術も難しいし、トラフィックでお金もかかる。Flashで作ったので、UIだけで5000万円ぐらい使ったんですよ。
やってみたら結構おもしろかったですね。ユーザーも増えて、200万UUぐらいになった。だけど、200万UUを支えるコストが高い。サービスが重くなるのも日常茶飯事。実用に耐えなかったんですね。しかも、いちばん検索されていた言葉でも少なくすぎて話にならない。たとえば「新橋の焼肉」で検索クエリのトップ。でも、33件とかなんですよ。200万UUなのに、トップのクエリが30件とかって、超ロングテールだったんですよ。新橋の焼肉屋って100件ぐらいあるのに、33件のクエリなんていうのじゃ、売り方分からないですよね。ホットペッパーの営業の人たちに、売り方が分からないって言われて。
サービスをやってみたら、ユーザーが来てもマネタイズができないって分かって、「なるほどなー、難しいなー」って。500万UUいったら売れるって広告代理店さんが言うから、R25もWeb版作ろうぜって、やったんですよ。で、行ったんですよ、500万。
でも売れない(笑)
当たり前のことに気付いたんです。広告って何かの役に立たないと売れないんです。華々しいもので人目をひいても続かない。失敗を通じて、そういうすごく当たり前のことに、いっぱい気付いた。
当人たちは、みんな成功する気マンマンなわけですよ。すさまじくお金も投入してるんですよ。でも大滑りでずっこける。ある意味これはすげえなと思いましたね。いま、起業してスタートアップやってるほうがずっと楽ですよ。なんでかって、リクルート時代の全力の転び方って、手の付き方も知らずに、バーンと頭から転ぶようなもでしたからね。バーーンと(笑)
後に成功する錚々たるメンバーが失敗ばかり……
当時その新規事業部って、ちょっとかっこよく言えば、ペイパルマフィアみたいな感じだったんですよ。いまグリーベンチャーズにいる投資家の堤達生さんが隣にいて、nanapiのけんすうが新入社員でいました。そのけんすうの同期でアドテクベンチャーのジーニーをやってる工藤くん(工藤智昭)もいて、いま楽天にいて「ITビジネスの原理」って本を最近書いた尾原和啓さんもいましたし、ネイキッドテクノロジーズの2代目社長で、その後にmixiに行った菅野龍彦さんもいました。R25のチームもいましたし、LINE行った人も、NAVERまとめやった人もいました。いまIT系の各方面にいる錚々たるメンバーが、同じリクルートの場所にいたっていうことですね。その後みんな成功してるのに、当時は1個も成功してなくて失敗ばかりっていう(笑) 面白かったのは事実ですけどね。
たぶん統制がとれないってことだと思うんですよ。こんなに失敗するかなっていうぐらい失敗ばかりなんです。でも、すごくいいところがあって、現場がみんな「明るい」んですよね。懲りずにポンポンとアイデアが出てくるんですよね。リクルートって、ちゃんとした会社だけど、ちゃんとしてない。ゆらぎがある会社なんですね。だからスゴい好きな会社ですね。もやっとしたカオスのようなところがある。よくシリコンバレーなんかに行ってリクルートの話をすると驚かれるんですよ。創業55年の日本の大企業?それなのに紙からネットに移行して生き残ってる会社? 1兆円? 意味ワカンナイ……って(笑)
ビックリするぐらいリクルートって、ちゃんとしててガバナンスもきいてる。新しくてモノになるかどうか分からないアイデアに対しても、誰かが「ノー」って言わないのかっていうと、これが実はちゃんと言うんですよ。でも、ノーって言われてもやっちゃうヤツがいる。突破しちゃうヤツが常にいる。シリコンバレーって突破系の人たちの集まりじゃないですか。だからリクルートの話はすごく面白がってくれますね。
怒られまくる日々、「事業の勘所はディテールに宿る」ことを学ぶ
当然、失敗ばかりしてるから、めっちゃ怒られるわけですよ。「このやろう」みたいな感じで(笑) いや、ほんとに良く怒られましたよ。
リクルートに在籍した最後の4年間なんてアド・オプティマイゼーションやってたんですけどね、年に200回ぐらいは「やめろ」「死ね」って言われてましたね(笑) プロフィールだけ見ると、メキメキ昇進して、バリバリ結果出してするっと卒業って感じに見えるかもしれませんけど、違いますよ、怒られまくり。
いや事業は伸びてましたよ。毎年2倍ぐらいは伸びてた。でも、リクルートの人って、みんな貪欲で……。別にぼくが低い目標をはってたわけじゃなかったんですけどね。現実的にこのぐらいかなーっていう数字を出してた。そしたら、みんな「なんかそれさ、つまんなくね?」って突っ込んできて。いや、つまるとかつまんないじゃなくて、現実的にこんなもんですよって言うんですけど、「ツマンナイな」って言われて。
じゃあ、もうちょっと頑張れるのかなって目標数値を上げるんですけど、上げすぎると自分のメンバーが不幸になるじゃないですか。だから、ぎりぎりまでストレッチして。
ストレッチした数字が未達で、そこでいい加減なことを言ったりすると、怒られる。「おまえ前回と言ってること違うじゃん」って突っ込まれたりして。
リクルートは、みんな細かいところを見るんですよ。事業計画とか予算をだすとき、「ここにちょっと予算を隠しておこう」みたいなことって良くやるじゃないですか? でも、そんなの、みんな自分で経験してきてますから。全部見つかります(笑)
「おい、お前ちょっとこの数字なんだよ?」
「いや……。えぇ」
「……。死んじまえよ」
みたいなね(笑)
「お前、2週間前にこう言ったじゃん。なんでできてねぇんだよ?」
「いや、そもそもですね。それは……、ほら、分かります?」
「なにがだよ?」
「ほら、やっぱ摩擦とかあるんすよ。組織って結構大っきいし、実際にもう人間が動いてるのでー、そんな簡単にコッチとアッチで、こうガーッてやるなんてできないでしょ?」
「それをやるのがお前の仕事だろ?」
(ぐぬぬぬ)
「おせぇんだよ」
(はぁ)
みたいな(笑)
いまリクルートから外に出て、そんなこと言われることってまずないですからね。投資家からすら言われない。
リクルートの人って、みんな事業が大好きなんですよ。だから細かいところまで見る。良くそんなところ気づきますねっていうところまで見る。でも、それは本当に大事なことです。ぼくはマイクロマネジメントって、メンドクサイと思ってましたけど、大事なんですよ。だって事業の勘所じゃないですか。これを外したらズレちゃうから、この感覚を持っておけということですよね。
投資とか監査とか、事業のマネジメントって、大事なのはディテールなんですよ。「この事業のビジョンは」っていう話を始めると、リクルート社内だと「いや、そういうのいいから!」「分かってるから!」「そんなのしゃべんなくていいから!」みたいなツッコミがすぐ入る。
そういうマネジメントされて良かったなって感謝しています。当時は、自分がなんでそうされてるのか分かってなかったんですけどね。やってみると大事って分かる。当たってるじゃん、さすがだなーって。
KAIZEN起業で逆ピラミッドの会社経営を選ぶ理由
今、KAIZENは社員が50人ほどですけど、リクルートとは違うやり方にチャレンジしていますね。ビジネスのタイプが違うんですね。
どういうことかというと、オペレーションを細かくやりきっていくことで伸びていくビジネスだったら、リクルートのような方法がいい。でも、ぼくらがやってることって、スタートアップなんで、柔らかい仮説があって、どうやって当てるかってことをやりながら進めていく形なんですね。
だから、現場のみんながそれぞれが考えて、こうしたほうがいいんじゃないかっていうのが上手く組み合わさっていけばいいなと思っています。
細かいことは言いません。誰が数字の責任を持っているかということだけ決めておいて、後はどうしたらいいかは、みんなが考える。だからぼくも、「これ、困ってるんだけど、どう思う?」って聞くようにしてますね。そうすると、勝手に方法が決まって勝手にみんなが動いてくれる。この数字を見たら普通こう思うよね、というのが共通の文化や了解としてあって、じゃあ後はその数字の責任は誰が持ってるのかっていうことだけ決まってればいいわけです。すると「これヤバイよね、どうする?」みたいな会話が生まれる。
この方法が必要なのは、完成形がよく分かってないからなんですね。試行錯誤が必要です。それと大企業のスタートアップの大きな違いですけど、スタートアップってリソースがめっちゃないじゃないですか。時間もお金もない。
だから何が大事かっていうとスピードなんですよ。何かに絞って一点突破でやる。そうやってスピードを上げるためにはマネジメントって、しちゃダメなんだろうなって思っています。現場の最前線で意思決定をさせる。
ふつうの組織と逆のピラミッドですよね。それができるように支える仕組みを作る。ぼくはその土台作りに注力しています。
こういうやり方だと、広いところでは戦えないですよね。市場を絞って一点突破。
ぼくら、やってはいけないことのブラックリストだけ持ってるんです。「これだけは知らせてください、やっちゃダメです」っていうリストです。たとえば1000万円以上の予算を超えるときは知らせてね、とか、採用では誰が最終面接するかっていうことは決めてます。それ以外のことで、KAIZENのためにいいことであれば、全部各自で判断してやってください、と言っています。
マネジメントコストを最小化したいんです。リモートで働いている人もいっぱいいますし、有給もどうぞ好きなだけ取ってくださいと言ってます。でも、自分たちで面白い問いを出して、それに対して一晩じゅう熱狂するというようなね、そういう仕事のやり方をしています。
こういうスタイルを500人とか1000人の大組織になっても続けてみたいですね。