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エデン 作者:川津 流一

第三章

5.探索

 その後、ダンジョンに篭りながら数日に渡って探索を続けた。
 ゴールデンボア以外のモンスターは、一体何匹倒したのか数える気にもならない。最初のうちは、たとえ瞬殺できる敵だとしても戦うことで修練になると考えていたので、自然のままにモンスターとエンカウントし、倒してきた。
 しかし、あまりに目的への手掛かりがないことへの焦りと、いちいちソロで相手をしていてはキリがないので最近では可能な限り無駄な戦闘は避けるようにしている。
 これは装備の耐久度の面から考えた結果でもあった。体感的に大きく耐久度を削るような無茶な使い方をしているわけではないが、それでも全く無傷とはいかない。予備の武器もあるし、ダンジョン入口まで戻れば出張してきた鍛冶士の露店もある。耐久度を削り切って装備を失うなんて目には合わないだろう。でもなるべく装備のメンテナンスは姐さんに任せたいと思っているので、目標のゴールデンボア相手以外で耐久度を減らすのは避けたかった。
 それでも、ダンジョン奥地を探索しているとどうしても結構な回数のエンカウントをしてしまう。
 まあ、純粋な剣術士で隠密系のスキルを一つも持たない俺では仕方のないことだ。それはそれとして割り切って、避けられない戦闘を淡々とこなす。おかげでアイテムカードを入れているポーチは素材アイテムでパンパンだ。
 いかに広大なダンジョンとはいえ、地図を所持して数日も篭っているとダンジョンの最奥であるボスの間まで到達できてしまう。可能ならボスの間の探索もできないかと思って、今俺はボスの間の直前にある広間にいた。ちなみにボスの間付近も探索してみたが、全然手掛かりは掴めない。本当にどこにあるんだろうか。
 ボスの間は、周囲を切り立った崖に囲まれた広場である。そこでは、あるパーティがボスとの戦闘中であった。

 シシルク大森林のボスは、巨大な熊のようなモンスターだ。固有名、サベージクレセント。全身が真っ白な毛に覆われたモンスターなのだが、胸にだけ一部黒い毛が生えている。それが三日月のような形なので、そこから名前がついたそうだ。
 背丈がプレイヤーの二倍程もあるような巨体だが、意外と動きは素早い。豪腕で振るわれる爪や、巨体を生かした突進などが脅威と聞く。前衛のプレイヤーが上手くボスのターゲットを取って動きを牽制しないと、あっという間に隊列を抜かれて後衛が食い荒らされるそうだ。それに加え毛皮が強靭なので、ある程度の威力を伴った攻撃でないとダメージが通らない。
 壁役としての前衛プレイヤーの腕が試されるボスであろう。属性を伴う特殊攻撃こそないが、ボスだけあって決して油断できるようなモンスターではなかった。
 グランドクエストでは、とある村の村長からこいつの肝を取ってきて欲しいとお願いされる。村長の娘が病に倒れており、その治療に使う薬の材料としてサベージクレセントの肝が必要なのだ。この肝は、効果の高い薬の材料として有名という設定らしい。
 グランドクエスト攻略後も、サベージクレセントを倒せば確実に肝は手に入る。攻略のキーアイテムとしての意味合いこそ失ったが、それでも薬の材料という側面は残っているようで、『エリクシール』という回復アイテム製作で使われるようだ。
 ちなみに『エリクシール』は、『生命の実』の次に効果の高い回復アイテムである。『生命の実』は、未だにダンジョンボスのドロップアイテムからしか入手が不可能だ。なので、『エリクシール』がプレイヤーの生産アイテムの中では一番効果の高い回復アイテムということになる。
 生産アイテムのため、『エリクシール』は『生命の実』に比べると供給量は多い。プレイヤーの中では、『生命の実』は切札として温存し、普段は『エリクシール』を使うという者も多いようだ。パーティでしっかり連携が取れてさえいれば、回復魔術があるので『生命の実』を使うような場面も少ないということもある。

 そういうわけで、サベージクレセントを目的にここへ通うプレイヤーも結構いるみたいだ。
 幸いにも今は俺の他にボス攻略の順番待ちはいないようだが、普段は二、三個のパーティが待機しているのを見てきている。ボスの間を調べるなんて不審なことをするので、願わくばこのまま他のパーティが来ないことを祈りたい。
 ボスの間の入口にある木に寄りかかりながら、戦闘中のパーティを観察する。
 前衛三人、中衛一人、後衛三人の七人パーティだ。
 前衛は全員が盾持ちの剣術士で、重厚な鎧を装備したガチガチのタンクプレイヤー。三人が亀の子のように盾を構えて固まり、文字通りの壁を形成していた。
 中衛は弓術士で、短弓を使って次々に矢を射っている。狙いが上手いのか、良い具合に前衛の隙を補う形でサベージクレセントの動きを牽制していた。
 後衛の三人は魔術士だ。ゆったりとしたローブに身を包み、それぞれが色々な形の杖を握っている。
 こうして遠くから見ている限りでは、パーティとしての練度は高いようで役割分担がしっかりこなされているみたいだった。

「グォォォアァァァァ!」

 獰猛な咆哮をあげ、サベージクレセントが立ち上がる。見上げるような巨体と、振り上げた逞しい腕はかなりの威圧感だ。

「立ち上がった! 爪が来るぞ!」

 弓術士の叫びに反応して、前衛の三人が腰を落としてしっかりと盾を構え直す。それを待っていたかのように、サベージクレセントが振り上げていた腕を勢い良く振り下ろした。
 柔な防具など紙のように切り裂く鋭い爪だが、並べられた頑丈な盾に阻まれる。盾の表面に火花が散り、金属を削るような音が響いていた。
 前衛の三人は、攻撃を受けた衝撃でわずかに下がったものの体勢を崩すほどではない。地面を踏み締め、息を合わせて隊列を維持している。
 突如、パーティの頭上に魔法陣が現れた。後衛に目をやれば、杖を掲げた魔術士が一人。彼の紋章式魔術のようだ。
 空中の魔法陣は、一瞬鳴動すると中心から炎が吐き出される。そして、一際大きい炎の塊を勢い良く撃ち出した。
 後ろ足で立ち上がっていたサベージクレセントの巨体は良い的だろう。撃ち出された炎の塊の速度にサベージクレセントは反応できない。
 ドンッ! と爆発音と重い衝撃を響かせて炎が着弾する。同時に爆炎が広がった。

「ガアアァァァァ!」

 魔術攻撃の直撃をくらったサベージクレセントが悲鳴をあげる。ダメージに身を悶えさせながら、腕を振り回し纏わり付く炎の残滓を払っていた。致命傷ではないが、中々大きなダメージを与えたようだ。
 追撃として矢を連続で射ていた弓術士が、急に攻撃を取り止め周囲を見渡す。何かに気付いたようだ。俺も【気配察知】による簡易レーダーに視線を向ける。
 そこに映っていたのは、ボスのモンスター反応とパーティのプレイヤー反応、そしてさらに新たなモンスター反応が五つ生まれていた。場所はボス後方の崖の上にある茂みの辺りだろうか。

「取り巻きが出たぞ! 数は五!」

 再び弓術士の叫びがあがる。それと同時にサベージクレセントの後ろの崖から五つの影が飛び降りてきた。影のように見えたのは、そいつらの黒い毛皮のせいだろう。現れたのはブラックハウンドだ。

「ブラックハウンド!」

 地面を蹴って次々に黒い獣がパーティに襲い掛かる。しかし、彼らは冷静だった。
 前衛の剣術士たちは何事もないかのように盾を振るい、ブラックハウンドたちを叩き落とす。そして、盾の隙間から剣を突き出して刃を突き立てた。返り血が舞い、彼らの盾を汚す。

「ギャンッ!」

「下がって!」

 ブラックハウンドの悲鳴と、魔術士からの指示は同時だった。剣術士たちは止めを刺す前に、盾を構えながら速やかに後退する。タイミングの揃ったその動きは、まるで壁が滑らかに動いているようだ。
 そこに魔術士の詠唱が響いた。

「ファイア・ウォール!」

 詠唱に反応して、突然炎が地面から噴き上がる。場所は先ほどまで剣術士が立っていた辺りだ。そこには、転がされたブラックハウンドたちの姿もある。当然、噴き上がる炎は黒い獣たちを呑み込んだ。

「ギ、ギャ……」

 ゴウッと勢い良く盛る炎の中から断末魔の悲鳴が聞こえる。元々剣術士たちの攻撃でダメージを受けていたのだ。追撃で魔術攻撃をくらえばひとたまりもないだろう。【気配察知】でもブラックハウンドたちの反応は消えていた。
 だが、炎の壁を超えて迫る一つの反応が目に映る。残るはあいつしかいない。

「来るぞ! 構えろ!」

 やはり弓術士がしっかりと状況確認をしていたようだ。剣術士に指示を飛ばし、彼らもそれに応える。
 やがて、炎を突っ切って巨体が突進してきた。
 ガツンッ! とサベージクレセントが並べられた盾にぶちかます。さすがに剣術士たちも勢いに負け、たたらを踏んだ。上体も泳いでいる。そこへさらにサベージクレセントが腕を振り上げていた。
 しかし、前衛の隙を埋めるように矢と炎が降り注ぐ。
 サベージクレセントは腕を下ろし、煩わしそうに攻撃を耐え始めた。その間に剣術士たちは体勢を整える。崩れた隊列はすぐに元に戻った。

「よし、この調子だ! このまま焦らずいくぞ!」

「おう!」

 再び並んだ盾の壁の後方で、弓術士がパーティを鼓舞する。彼がこのパーティのリーダーなのかもしれない。彼の叫びに対して、他のメンバーからは次々と力強い返事が返っていた。
 そして、サベージクレセントとプレイヤーの戦いは続く。しかし、プレイヤー側は連携の練度が高く、ボスに対する対策もしっかり練ってきているようだ。決着はそう遠からず決まるだろう。
 俺の予想通り、彼らは先ほどの繰り返しで着実にダメージを重ねていった。そしてしばらくの後、ボスの間にドウッ! という音が響き渡る。サベージクレセントの巨体が地面に倒れこむ音だった。

「よし! やった!」

「おぉぉ! 倒した!」

 プレイヤーたちから歓声があがる。お互いにハイタッチを決めたり、武器を突き上げたり、彼らは喜びに沸いていた。
 その喜び様を見るに、もしかしたらまだランクの低いプレイヤーたちなのかもしれない。だが、先ほどの戦闘は非常に統率が取れていて、見事だった。少なくともリーダー格のあの弓術士は経験豊富そうだ。恐らく全員が同じギルド所属で、高ランクプレイヤーが引率者となり、中・低ランクプレイヤーを連れて遠征してきたのではなかろうか。
 俺がそんなことを考えている間に、彼らはサベージクレセントの死骸をカード化していた。白い巨体が光に包まれ、消え失せる。その後に現れたアイテムカードの束を弓術士が拾うと、パーティ全員が連れ添ってこちらへと歩き出した。俺が待っているのに気付いてくれていたようだ。

「おや、一人かい?」

 パーティの先頭を切ってやってきた弓術士が怪訝そうな視線を向けてきた。広場には俺以外のプレイヤーはいない。明らかにボス戦の順番待ちをしているのに、パーティではなくプレイヤー一人だけではそんな顔にもなるだろう。
 運が良いことに、広場にはまだ他のサベージクレセント狙いのパーティは現れてはいなかった。これならゆっくり調べられるかもしれない。

「ああ。と言っても、ボス目当てじゃないんだ」

 俺がそう答えると、彼はさらに眉を顰めた。

「何? ボス目当てじゃない? 採取か?」

「似たようなもんだ。ちょっと、調べ物でね」

 剣術士風体の俺が、フィールド素材アイテムの採取というのもおかしいと思ったのだろう。彼の顔に大きな疑問符が見えるようだった。他のパーティメンバーが、興味深そうに俺を眺めながら脇を通り抜けていく。彼らが去ったおかげで、ボスの間が無人となった。
 あまり詮索されて時間を使っても困る。サベージクレセントが再び出現するまでに、調べないといけないのだ。
 先ほど見ていた感じでは、ボスと戦っても十分勝負ができると思われる。修行も兼ねてボス戦に洒落込むというのも悪い気はしないが、今回は目的が違う。できればそれは目的を達してからにしたい。
 俺がそのまま答えを待たずにボスの間へ踏み込むと、弓術士もそれ以上の追求は諦めたようだ。一瞬肩を竦めると、パーティメンバーたちの後を追って歩き出す。彼らは、そのまま広場の隅に陣取って座り込んだ。先ほど手に入れたドロップアイテムの分配でも行うのだろう。
 俺はいそいそとボスの間に入り込むと、周りをぐるっと囲む崖を調べる。だが、どう見てもただの崖だ。崖の上にも茂みはあるが、奥に通じるような道などは見えない。一応崖をよじ登れるだけ登って調べてみたが、徒労に終わった。

「やっぱりないか」

 思わず頭を掻きながら独り言をボヤく。
 元々そこまでこの場所には期待はしていなかったので、落胆は薄い。しかし、どうにも徒労感は拭えなかった。
 ボスの間から出るべく、トボトボと歩き出す。
 とその時、獣の咆哮が聞こえてきた。

「グオオォォォ!!」

 空気を震わせながら、白い巨体が崖の上の茂みから飛び出してくる。サベージクレセントが再出現したようだ。なるべく急いで調査したつもりだったが、結構時間が経っていたらしい。一応【心眼】を使用して様子を見ておこう。
 ボスの間の中心に降り立ったサベージクレセントだったが、その瞳が俺を捉える。未だボスの間から出ていなかった俺を標的に定めたようだ。

「ガアァ!」

 一鳴きすると、猛然と俺に向かって駆け出し始めた。
 さすがに出現したばかりで無傷のせいか、その動きは速い。

「おい! 後ろ来てるぞ!」

「危ない!」

 ボスの間の入口では、先ほどのパーティが勢揃いしていた。弓術士の彼が血相を変えて叫んでいる。他のメンバーも騒いで武器を取り出したりしていた。心配してくれているようだ。
 【心眼】視界では、サベージクレセントがもう俺の真後ろに迫っている。俺は焦る彼らに手を振って大丈夫だとアピールすると、クルリと振り返って腕を突き出した。俺の手がちょうど良いタイミングで、サベージクレセントの鼻先を掴み取る。
 突進に真っ向から挑み、ドンッと俺の腕に衝撃が走った。だが、それだけだ。身体に力を込めていたおかげで、吹き飛ばされることもなくサベージクレセントの巨体が静止する。

「なっ!?」

「えぇ!? 片手で止めた!?」

「すげぇ……」

 後ろで呟かれるプレイヤーたちの声を聞きながら、俺は右拳を握った。突進を止められたサベージクレセントが、爪での攻撃を繰り出そうとしているのが見えたのだ。俺の視界に赤い攻撃予測軌道が輝く。それを見るに、どうやら横薙ぎに切り裂くつもりのようだった。
 しかし、そんな攻撃をくらう訳にはいかない。掴んだ鼻先を引き込みながら自然な動作で踏み込み、右拳を振るった。奴の動きよりも早く、俺の拳がサベージクレセントの顎を下から打ち抜く。ちょっと鬱憤も溜まっていたので、結構勢い良く殴ってしまった。
 下顎が跳ね上がって上顎とかち合い、牙の砕ける音が聞こえる。同時に巨体が衝撃で浮きあがった。そして、そのままドウッと地面に倒れこむ。
 俺は打撃を加えると同時に後退し、ボスの間から脱出した。まだサベージクレセントは目を回しているのか、立ち上がってはいない。しかし、一応これで俺へのターゲットは外れたはずだ。それに戦闘状態を脱したので【竜眼】も発動していないはず。

「よかったら後はどうぞ」

「え、いいのか?」

 ボスの間の入口で固まっていたパーティに声をかける。俺の呼び掛けに、弓術士は戸惑った様子を隠せない。それに対して俺は大きく頷いた。

「さっきも言ったけど、別にボスが目的じゃないからね。そっちはまだ連戦するつもりなんだろう?」

「あ、ああ。他に討伐待ちもいないからな」

 呆然としながらそう言った彼だったが、続けて呟く。

「でも、あんたは一体……どこのギルドのメンバーだ? あんな事できるやつ、初めて見たよ。装備を見るからに攻略組だと思うけど」

 彼だけでなく他のメンバーも俺の鎧を見ていた。確かにレアで有名なこの装備を全パーツ揃えてるとなると、そう考えるのも無理はないかもしれない。でも当然ながらその予想は違う。
 俺としては苦笑いするしかなかった。

「いや、残念ながら違うよ」

「え、違うって?」

「俺はどこのギルドにも所属していない。ソロだよ」

「ソロ!? 嘘だろ!?」

 俺の返答が意外だったのか、彼は随分と驚いた様子を見せる。彼の仲間も同様の表情を浮かべた。

「あ、あれ? もしかして師範代……?」

 ふと俺の顔を見た彼の仲間のうちの一人が呟く。どうやら俺のことを知っているプレイヤーがいたようだ。
 俺も弓術士の肩越しに声の元のプレイヤーへと視線を向けるが、俺に面識はない。
 俺は『師範代』として悪い意味で有名なので、始まりの街ダラスの界隈では意外に顔と名前が売れている。それでも、顔まで知っているのは大半がダラス周辺を生活基盤にしている低ランクから中ランクのプレイヤーだ。リンたちが最初俺の顔を知らなかったように、ダラスから遠征することの多い高ランクプレイヤーでは俺の名前は知っていても顔までわかる者は少数だったと思う。過去形なのは、先日のギルド連合の作戦に参加したことでかなり俺の顔も知られてしまったからだ。それでも、ぱっと見て俺を『師範代』だと認識できるプレイヤーはまだ一部だと思うが。
 そういうわけで、こういった状況は俺にとって珍しいものではない。特に彼らが俺の予想通り低ランクプレイヤーだったならば、俺の顔をよく知っているのも頷ける。

「え、師範代ってあの『バルド流』の? あんな人だっけ?」

「ええ? さすがに違うだろ? あいつの装備は初期装備に毛が生えたようなもんだったぞ。それに初心者流派でこんなところ来れるわけない」

「でも、確かに師範代だよ。俺、何度も見たことあるし」

「じゃあ、さっきのは何だよ。初心者流派であんなことできるのか? それに装備だって……」

「師範代が『シルバーナイツ』や『ブラッククロス』とコネができてつるんでるって噂、本当だったのかも。この前のギルド連合にも無理矢理参加させてもらったって話もあったし。いろいろ融通してもらったんじゃないかな」

「コネ? 俺は粘着してるって聞いたけど。『銀騎士』のリンさんやミーナさんにしつこく付きまとってるって」

「ああ、それ知ってる。実力が合わないのに、寄生してるらしいよな。なんで誰も排除しないんだろ。さっきの動きも寄生してパワーレベリングした結果じゃない?」

「あり得るね。でも、ギルド連合の話はさすがに嘘じゃない? トッププレイヤーが初心者流派のやつなんか連れて行くはずないでしょ」

 先ほどの呟きに反応して、弓術士の後ろに控えるプレイヤーたちが次々に話し込み始めた。一応俺に気を使っているのか、小声で話しているもののほとんどが聞こえている。
 俺の知らないところで、いろいろと噂話が広がっているようだ。それもあまり良い話ではないらしい。事実も人によってはかなり解釈が変わるのだなというのがよくわかる。

 パワーレベリングというのは、高ランクプレイヤーの力を借りて己の適正ランクを越えた狩場などで経験値を荒稼ぎする手法のことだ。真っ当にゲームをするプレイヤーにはあまり良い感情を持たれない方法である。それでも異常事態の最中にある『エデン』では、可能であるならグランドクエスト攻略への有用な手法としてパワーレベリングの検証は行われていた。
 しかしながら経験値や熟練度を数値として正確に把握できる他のゲームはともかく、『エデン』ではステータスを数値として閲覧する機能はない。当然感覚的な検証となったが、結果はというと目立った成果は出なかったと聞いている。
 今では己の適正ランクのダンジョンで地道に戦うのが、一番良いとされているはずだ。

 そんなことは彼らも知っていると思うのだが、『初心者流派』というレッテルはその認識も曇らせるらしい。しかし、俺としてはいちいち細かく説明する気もなかった。リンやミーナからは流派情報は価値の高い情報だと口を酸っぱくして注意されている。『バルド流剣術』にまつわる秘密は特にそうだとも。
 それにしても、俺の強さは周りから見れば寄生によるパワーレベリングの結果と見えるのか。確かに事情を知らなければ、そんな乱暴な理由を付けてしまうのかもしれない。
 まあ、そうやって勘違いしてくれているのならば放っておこう。俺の悪評は広がるかもしれないが、事情を説明する義理もないし、現状パーティにも困ってはいないのだ。
 ……さすがに悪評を鵜呑みにして襲撃を企てるプレイヤーはいないと信じたい。そんな相手は強盗プレイヤーだけでたくさんだ。だが、そんなことを考える時点でどちらも似たような輩だろう。そうなった時は遠慮なく戦うとしよう。
 彼らの会話は、俺の目の前にいる弓術士にも聞こえているようだ。後ろの仲間を気にしながら俺をチラチラと見ていて、何とも困った表情を浮かべている。
 俺としてはもう少しどんな噂が流れているのか聞きたいところだが、彼も困っているようなのでそろそろ切り上げよう。

「ゴホン」

 咳払いをしてやると、彼らはハッとして会話を止めた。束の間の静寂が生まれる。
 俺は先ほどから【心眼】視界で確認していたボスの間を指差す。そこでは、サベージクレセントが俺の攻撃から回復したようでゆっくりと身を起こしているところだった。寝ている間に攻撃を加えていれば、先ほどよりは有利に戦えていたと思うが、今となってはもう無理だ。

「あいつも起きちゃったみたいだし、俺はもう行くよ」

「あ、ああ」

 弓術士の彼が、ボスの間へと視線を向けて一瞬「しまった!」という顔をしたのもそういうことだろう。それを横目に俺は彼らの横を通り過ぎた。
 先ほど話し込んでいた彼らが無言で俺を見つめている。その視線には困惑と、僅かな蔑みが見て取れた。全く面識のない彼らにそんな視線を向けられるのは理不尽に思うが、今更俺一人が騒いで弁明してもどうしようもない気がする。
 彼らの視線を背に受けながら、俺は歩く。しばらく俺を見ていた彼らだったが、弓術士に叱咤されて慌てて戦闘準備を始めた。そして再びボスの間へと踏み込み、サベージクレセントとの戦闘に身を投じ始める。
 俺はそのまま彼らを気にすることなく別の通路へと進んだ。
 一体いつになれば例の場所は見つかるのだろうか。

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