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簡単に別人になれる日本となれない香港  5/27更新

変身願望は誰もが持ったことがあると思う。おとぎ話や夢のようなものもあれば、もっと具体的、現実的なものも。現在の自分の身、生活に満足している人でも、別の自分を考えることはあると思う。
 
  ドラマによくあるのは、色々な事情、それも悲しい事情や犯罪に絡むような事情をかかえ、現在の生活、環境とは異なる、別の自分になろうとして、自分を知る人がいない土地に行き、名前を変えて生きようとする人が主人公になるストーリー。しかし、何らかの事件がきっかけで、戸籍謄本や住民票等から本名がばれて、昔の自分に引き戻されてしまうというのが、その結末。
 
  戸籍上の名前を変更することは、その理由が正当とか、変更しないと社会生活に支障があると家庭裁判所で認められれば可能です。しかし、認められなければ出来ないのが日本です。
 
  最近新手の詐欺として日本でニュースになっているのが得度詐欺。サラ金などあちこちで借金を重ね、金融機関のブラックリストに名前が載ってしまった多重債務者に改名させて、更に金融機関からお金を借りさせ、関係者で山分けという詐欺。関係者とは、多重債務者に改名を持ちかける一方、お金に困っていそうな寺の住職によい儲け話があると持ちかけて話をまとめる斡旋組織と、その話にのった多重債務者と寺の住職。
 
  こんな詐欺が可能なのは、金融機関のブラックリストがあくまで名前ベースである故なのですが、その先には、家庭裁判所の審査という改名への関門を、ほぼフリーパスで通り抜けられる、きわめて日本的な法律があるからなのです。
 
  それは戸籍法第107条の2、改名が許可される事例4にある、「神官、僧侶になり改名の必要がある」がその法律。
 
  私なぞは、お坊さんになるには、小さい頃からお寺で修行し、専門の学校を卒業して、周りのお坊さんから一人前と認められる儀式を経て、初めてお坊さんになれると信じていたのですが、どうもそうでないケースもあるようです。テレビに出てきた斡旋組織の人の話によると、多重債務者に一日程度の教育をして、白い衣装をつけて役所に行かせれば、念仏が唱えられるか等の簡単なチェックもなしに、ほぼ間違いなく改名は受け入れて貰えるとのこと。
 
  これが「得度詐欺」を可能にしている元凶。ちなみに得度とは、一般の人がお坊さんになること。辞書(注1)によると、「髪を剃り、僧になって、一定の戒律生活に入ること」とある。なんだそうなのか!とちょっとがっかり。調べてみると、強制徴用免除や兵役免除等、お坊さんに与えられていた特権を目的に、僧侶を自称する「私度僧」なるものが、古代から存在したとのこと。借金で首が回らなくなった人は、今も昔もいたはずだが、サラ金の多重債務者のブラックリストが名前ベースであること、僧侶なら改名手続きが容易なこと、檀家が少なくなって経済的に困っている寺が多いことの3要素から、自分達のビジネスに仕立て上げてしまうのは、悪ながらよく考えたなと思ってしまった。
 
  香港でこれに類似した詐欺が存在するか否かは知らないが、どんな手続きでもIDカードナンバー(香港居民の身分証明書番号)の記入が必要な香港では、同じ手順では無理だろう。日本のパスポートは更新すると番号が変わってしまうが、香港IDは生まれてから死ぬまで同じ番号。政府関係の各種届け出書類や税金から民間企業である銀行、病院をはじめとし、香港で記入する書類で自分の名前の記入欄があれば、必ずIDカードナンバーの記入欄がある。商店街の福引券のように、IDカードナンバーと携帯電話番号しか書くところがないようなものさえある。
 
  中国人には、姓の数が少なく同じような名前の人が多いということもあるのだろうが、すべての事務処理は、名前ではなくIDカードナンバーベースで行われている香港。しかも日本の健康保険証と違い、写真付きで、常時携帯が義務付けられているので、対面での申請の場合は他人になりすまそうとしても、すぐに本人確認されてしまう。
 
  なんせ、結婚式の式次第の中にだって、新郎新婦のIDカードの確認が入っている程の香港ですので。「新郎XXXX、IDカードナンバー ABCDEは、新婦YYYY、IDカードナンバーMNOPQを妻として……」と立会人が唱える香港なので。
 
  「結婚式での本人確認に間違いはなくても、そのうちかわっていくからなあ!」とはある人のぼやき。この点に関しては、日本も香港も差はなさそう。
 
  日本での詐欺事件のニュースから、改めて香港のIDカードシステムのメリットを思い知った次第です。
 
  関 俊也著
 
  注1:三省堂発行「新明解国語辞典」第三版
 

本 名 関俊也 (SokNet Planning Ltd.代表)
E-mail seki-s@soknet.com.hk
略 歴 昭和19年生、獅子座。東京理科大学理学部物理科卒。卒業後、折からの学園紛争で学士入 学するはずの大学がその年に限り学士入学を取らず、研究室でブラブラしているときにお もしろそうだと訪問したのが、コンピューター(その当時はリレー式コンピュータ)で日 本語を処理しているという会社。いつのまにか入社。1979年、同社香港オフィス創立で 香港に赴任、1992年に同社を退職。趣味で始めたパソコンに関するコンサルタントとして 香港に残り自営。1994年後半、会長をしていた香港日本人倶楽部パソコン研究会がインタ ーネットで大いに盛り上がり、1995年にその友人達とインターネットプロバイダーを設立、 その後、インターネットコンテンツを専門に扱う会社、SokNet Planning Ltd.を設立して 現在にいたる。
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