ぼくには3歳の息子がいます。
息子には基本的にどんどん父(ぼく)を超えていってもらいたいと思ってる。ていうか、すでにいくつかのことでは負けていて、例えば記憶力がそうだ。だって、
こんなことまで息子は覚えてたんですよ、
といま書こうとしたら、それがなんだったのか出てこないのね。ぼくの記憶力なんてそんなものです。だけど息子は事細かに、驚くようなささいなことまで覚えててほんとびっくり。たぶん、子どものいるかたには納得いただけるんじゃないかと思う。
これから先、勉学においても運動においても、できることがどんどん増えていっていずれはぼくを超えていくのだろう。それは本当に喜ばしいことだと思っている。
ただその一方で、これだけは息子に追い抜かれてたまるものか、と思っているものもある。それは、ぼくよりも演技がうまくなることと、ぼくよりも面白い小説(文章)を書くことだ。この2つで負けることだけは、本気でくやしい。
演技については、一時期とはいえ真剣に演劇活動にのめり込んでいて本気で俳優になることを目指していたくらいなのだ。(こんなことブログだから言えるのだけど)もう舞台から遠ざかってかなりの月日がたったけど、それなりの自負があるし、簡単に息子に負けるわけにはいかない。
もうひとつの小説については、リアルタイムでがんばっていることであり、これも追い抜かれるわけにはいかない。万に一つ、息子が小説を書き始めて新人賞でも受賞しようものなら、ぼくは地団駄を踏むだろう。いろいろと難癖をつけて批判するだろう。おめでとうと素直に手を差し伸べることなんて、とうていできそうにない。どんなに大人げないと言われても。
ちなみに息子にはぼくと同じ趣味を持ってもらいたい、例えば父がなれなかった俳優になって欲しいという感情はあまりない。理由はよく分からないけど、上にも書いたように万に一つ息子に達成されたときに悔しいからかもしれない。
ただ、ぼくは運動が苦手だったから、例えば息子がサッカーが上手になって、クラスマッチでゴールを決めて女子から「きゃー」って言われるような男になって欲しいという願望はある。うーん、なんでこっちの願望はあるんだろう・・・よく分かんない。
こういうふうに息子にいろんな期待をしつつも、負けてたまるものかと思うところを持っているのはやはり大事なことなのかなと思う。もちろん息子には、ぼく程度の人間を目標にしたりせず広く大きな視野を持って世界に挑んでもらいたいのだけど、まあ、彼の人生において中ボス程度ではありたいものだ。
こういう感情はもしかすると父親特有のものなのかもしれない。少なくとも、ぼくの妻は抱いてなさそう。
子どもには自分のすべてを授けたいと思う一方で、人生における好敵手であってほしいとも思っている。だからぼくは息子に、そうやすやすと負け姿をさらすわけにはいかない。
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