横浜大空襲:毎年5月29日 命奪われた母を思い出す

毎日新聞 2014年05月28日 20時09分(最終更新 05月28日 20時19分)

母の思い出を語る田村史郎さん
母の思い出を語る田村史郎さん
大空襲直後の横浜市街=横浜市史資料室提供
大空襲直後の横浜市街=横浜市史資料室提供
空襲直後の桜木町駅周辺=横浜市史資料室提供
空襲直後の桜木町駅周辺=横浜市史資料室提供
空襲を受け、煙を噴き始めた横浜=横浜市史資料室提供
空襲を受け、煙を噴き始めた横浜=横浜市史資料室提供

 それから半世紀以上、病気一つせず、商店街の一角で店を守ってきた。店は妻あい子さん(83)と長女尚美さん(62)の3人で切り盛りする。田村さんの話の聞き役は尚美さん。「会ったことないけど、おばあちゃんは身近な存在」と話す。

 ツルさんの写真は空襲で焼け、1枚も残っていない。戦禍の記憶を呼び起こすのは苦痛だが、当時を思い出すと「母に会える気がする」。「ひどい時代だった。戦争は二度と起きてほしくないね」。ツルさんが亡くなって69回目の5月29日を迎えても、優しい母の面影が消えることはない。【飯田憲】

 ◇横浜大空襲

 1945年5月29日朝、米軍のB29爆撃機約500機と戦闘機約100機が横浜市街地を爆撃。1時間あまりの間に市街地に約40万発の焼夷(しょうい)弾を投下した。空襲直後に警察がまとめた記録では死者・行方不明者は約4000人とされたが、正確な統計はなく、計1万5000人超とも言われている。

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