行方不明:「父さん、帰って来て」 認知症の疑い
毎日新聞 2014年05月29日 03時30分(最終更新 05月29日 08時25分)
◇通い慣れた寺へ出かけたまま3年半…
予期せぬ父親の行方不明に戸惑い、悲しみに暮れる家族がいる。家族は、誰よりも健康を気遣い人生を楽しんでいた父が、通い慣れた道にも迷うようになっていたことを、残された日記で知った。周囲も気付きにくい早期認知症で行方不明になったと確信し、父を捜し続けている。【銭場裕司、山田泰蔵】
◇日記に予兆
兵庫県三木市の耕三さん(87)は2010年12月26日、長男と2人で暮らす自宅を出た後、行方不明になった。「歩くことが生きがい」で、小さな歩幅ながら毎日約4万歩を数えた。認知症予防として新聞を声に出して読み、暴飲暴食をせず、健康に気を付けていた。
耕三さんは元会社員。50代後半で体調を崩した妻の看病を約10年間続け、最期をみとった。その後も家事や炊事を自分でこなした。年齢を重ねても「いざとなったら老人ホームに入るんや」と周囲に話し、候補の施設を自分で探すほどで、しっかりしているように見えたという。
残された日記には、毎朝6時ごろ起床して食事を取り、洗濯や掃除をして、玄関のそばにあるブルーベリーの木に米のとぎ汁を水やりする、普段の暮らしぶりが鉛筆でつづられている。国内や海外の旅行も楽しみ、行方不明になる約1カ月前には長女の陽子さん(58)と2人でオーストラリアに出かけた。
陽子さんは、この旅行の際にトイレに行った耕三さんがなかなか戻らず、以前より無表情で言葉数も少なかったことが気になっていた。行方不明後、行き先のヒントを探して日記を開くと、いなくなる2日前の記載に「寺がわからずそのまま帰宅」とあった。寺は自宅から2キロほどの場所にあり、耕三さんは通い慣れた場所だ。通常ならたどり着けないはずはない。陽子さんは、病院での診断はないが「認知症になり、道が分からなくなっていたんだ」と確信した。
行方不明になった日も同じ寺に向かうことを示す記載があった。出かける前に庭の掃除をする内容で日記は終わっているが、寺によると耕三さんの訪問はなかったという。届け出た警察にも目撃情報は寄せられていない。
「父はずっと健康に気を付けていた。急にいなくなり、見つからないなんて考えたこともなかった」。陽子さんは肩を落とした。