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(cache) 「どこまで演出か難しい」 梅村太郎監督一問一答 - ニッカン芸能!
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速報ニュース

「どこまで演出か難しい」 梅村太郎監督一問一答

[03/05 03:00]

 ドキュメンタリー映画「ガレキとラジオ」 梅村太郎監督との一問一答は次の通り。

--映画づくりのきっかけは?

 僕は神戸が出身で、阪神大震災で実家が全壊しました。その後にオウムみたいな事件が起きて、神戸があっという間に風化したという思いがありました。

 「3・11」が起きた時に、(勤務する)博報堂社内で震災復興支援プロジェクトが立ち上がって、東北に行って考えようと思ったんです。南三陸に入って、映画を作ろうとその日に思いました。

 映画は比較的長寿命。10年先も記録としての価値があるだろうと思いました。

--常に現場にいた撮影監督とは緊密にやりとりをしていた?

 そうですね、毎日話をしていました。

--出演した被災者の女性と監督も話をしたと思います。

 女性はリスナーさん候補で、いろんな方に聞いているなかで出会いました。いろんな苦しい方がいらっしゃるけど、ちょっと話すだけでワンワン泣いちゃうというあの人の苦しみも、ちゃんと切り取らないとなと。

--女性がラジオを聴いている形になっている。

 そんなには聴いてないですよ。

--そんなにと言うどころか、(女性が住む)あそこは「FMみなさん」の電波が入らない。

 なので、CDで聴いてもらったり、そういう演出はしました。

--ラジオを聴いてないのに「いつも聴いている」というせりふも出てくる。

 他にもリスナーさんは取材して、もっと聴いている方はいたんですよ。だけど、やっぱり登場する女性だと僕らは思って、CDでたくさん聞いてもらったんですね。だからそこはそうですね、演出です。

--震災の遺族を捜していたんだと思うんですが、女性でなければいけない理由はないのでは?

 女性の悲しさで僕らも泣いたくらい、悲しい人だったから。

--被災地を描くときにどこまで演出を入れていいと考えていますか?

 ナレーションの役所広司さんも死んだ人間として描いていて、「あの日僕は死んでしまった」というところから入って、でもラジオが聞こえてくるという「物語」として作っているという部分が非常にありました。

 女性に関しては悩んだ部分もあります。最終的にはラジオを持っていって、一生懸命聞こえるように僕らがやって、アンテナをいれたり、CDもいっぱい聴いてもらって、ラジオのことも説明しました。リスナーさんはいっぱいいましたが、ある種の物語性の中では、彼女しかいないと思いました。

--ドキュメンタリーとなれば「真実」と受け取る。被災者がラジオで励まされて、前を向くということが伝わる映画になっていた。でも肝心のラジオを聴いていないのでは、感動を作ったとみられかねない。

 僕は「ガレキとラジオ」を作ったのは良かったと思っていて、何とか制作して、それが「知る支援」ということで全国各地で上映されている。作って良かったと思っています。

--事実と違うと女性が苦しんでいても?

 それを知って、整理がつかない。女性に会いにいかないと、と思っています。作ったことで女性を苦しめるわけにはいかないので。ラジオを聴いてもらうようにして、ラジオとの接点がゼロではないと思っていました。

--ラジカセも制作側が持っていったはずです。

 はい。ピンクのラジオ。

--女性が出したリクエストはがきも演出ですか?

 撮影監督が「ラジオが流れるから、リクエストしたら」とささやいてはいると思う。

--撮影監督から女性に「ラジオをたくさん聴いてもらっている」と報告があった?

 そうは聞いていないです。でもラジオをCDで聴いてもらったり、できるだけ電波が入るようにしたりしていました。

--分かりやすい被災者像を描きだそうとしたのでは?

 そうですね。はい。

--であれば、なおさら、ドキュメンタリーとしてやってはいけないんじゃないかなと。

 なるほど。うーん。

--そこは切り離さないといけないのでは?

 今でも「あるラジオの物語」としているんですよ。

--作り手はそうでも、ドキュメンタリーと書いてあったら、みんな真実だと思います。しかも「知る支援」を銘打っているわけですし。

 どこまでが演出かというのは難しいですよ。僕は(女性は)大きくはリスナーの1人であるのではないかなと思っています。

【朝日新聞社】