政策の変更を、人事をテコに進めようとする。安倍政権の「得意技」が、原発審査にも及んできたのではないか――。

 原子力規制委員会をめぐり、そう考えずにはいられない人事案が明らかになった。

 田中俊一委員長の下にいる委員4人のうち島崎邦彦委員長代理と大島賢三委員が9月の任期満了で退き、後任に元日本原子力学会長の田中知(さとる)・東京大教授と元日本地質学会長の石渡(いしわたり)明・東北大教授をあてる。国会で承認される見通しだ。

 気になるのは、島崎氏の退任と田中知氏の起用である。

 地震学者の島崎氏は、活断層評価などに関して電力会社や政財界から「審査が厳しすぎる」と強く批判されてきた。

 だが、おおかたの地震の研究者が同意する内容で、批判は当たらない。専門の近い石渡氏も科学的な姿勢を貫いてほしい。

 元外交官の大島氏に代わる形で就任する田中知氏は、政府の総合資源エネルギー調査会などで原子力推進の旗を振ってきた工学者だ。起用には、いずれ田中俊一委員長の後任にすえる狙いがあるようにも見える。

 規制委は原発事故の反省を踏まえて、原子力推進の経済産業省から切り離され、強い権限を持つ規制機関として誕生した。これまでの1年8カ月、曲がりなりにも「厳格な規制」をめざしてきた。

 そこに加わり、田中知氏がどんな貢献をするか。

 原子力規制の改革はまだ始まったばかりだ。実務にあたる原子力規制庁の強化、事故時の住民避難に悩む自治体への支援、電力会社の意識改革など、課題は山積している。

 昨年定めた原発の新規制基準にしても、不断に見直して最新の知見を反映しなければいけない。委員の役割は重大だ。

 田中知氏は事故後も「原子力は必要な技術だ」と主張し続けた。一方、氏が率いた学会事故調査委員会は最終報告書で、事故の背景として「専門家の自らの役割に関する認識の不足」や「規制当局の安全に対する意識の不足」を挙げた。閉鎖性を批判されている学会が、内部の議論だけでまとめたものだ。

 専門家としての深い反省に基づき、原子力や核燃料サイクルの推進という持論を棚上げしたうえで、安全の観点だけから虚心に原子力の規制にあたれるか。そうでなければ、委員を務める資格はない。

 残り2人の委員は来年に、委員長は17年に任期を迎える。

 人事で原子力規制を骨抜きにしてはならない。