Share...
28 May 2014 18:26
VOICES コラム&ブログ
COLUMN コラム

戦争を防ぐには「戦争のできる国」になる必要がある

2014年05月28日(水)17時03分
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

印刷

 集団的自衛権をめぐる与党協議は難航し、今国会の成立はあやしくなってきた。政府は武力攻撃に至らない「グレーゾーン」への対応などを公明党に説明したが、創価学会が集団的自衛権に反対を表明した公明党は動かない。こんな常識的な問題でここまで話がこじれる原因は、日本人の平和主義にある。

 平和主義というと日本ではいい意味に使われるが、英語のpacifismは、他国が攻めてきても抵抗しないで降伏する「無抵抗主義」のことだ。朝日新聞は、集団的自衛権についての安倍首相の記者会見の翌日に「近づく戦争できる国」という見出しで反対キャンペーンを張ったが、これが平和主義の典型である。

 朝日新聞が望むように日本が「戦争のできない国」になったらどうなるか、考えてみよう。軍事的な問題を考えるとき、よく安全保障のジレンマという概念が使われる。これはゲーム理論でいう「囚人のジレンマ」で、次の図のような利得行列であらわすことができる(数字は自国の利得で、他国と対称とする)。

security.jpg

 たとえば他国が攻撃しない場合は、自国が一方的に攻撃する(右上)と最高の利得(2)が得られ、他国が攻撃してくる場合には自国も報復する(左上)と利得は-1になり、これは何もしない場合の利得(-2)よりましなので、どっちにしても攻撃することが有利だ。これは他国についても同じなので、互いに攻撃する戦争(-1)が均衡になり、それより望ましい平和(0)は実現できない。

 これは実はジレンマではなく、先制攻撃は支配戦略(つねに望ましい戦略)だから、人類は100万年以上にわたって戦い続けてきた。ガットの『文明と戦争』によれば、石器時代には人類の10~20%が戦争で殺されたが、その原因は人類が武器をもったことだった。石斧で殴り殺すと先手必勝になる非対称性があるからだ。

 戦争を防ぐために国家ができたが、今度は国家間で戦争が起こる。ここで上の図の自国を中国として、日本が「戦争のできない国」になると宣言したら中国はどう考えるか、シミュレーションしてみよう。

 日本(他国)は右の欄の行動(攻撃しない)しか取らないのだから、中国(自国)の利得は攻撃したら2で、攻撃しないと0だ。したがって尖閣諸島などを攻撃することが有利だ。日本は報復しないのだから中国には失うものがなく、戦争は際限なくエスカレートするだろう。つまり日本が「戦争のできない国」になることは中国の先制攻撃のリスクをなくし、戦争を誘発するのだ。

 だから中国が攻撃してきたら、確実に報復する「戦争のできる国」になることが、平和を守る上で必要だ。ただ日本が先制攻撃すると中国も報復するので、日本は「先制攻撃しない国」になる必要がある。これは自衛隊の専守防衛の原則に近いが、「戦争のできない国」になることではない。つねに報復できる軍隊も集団的自衛権も必要だ。

 20世紀は世界大戦が2度も起こったが、延べ人口に対する死亡率は1%程度で、石器時代よりはるかに低い。現代は、人類史上もっとも平和な時代なのだ。それは軍事力が均衡し、て、先手必勝の非対称性がなくなったからだ。ここでは核戦争のような「相互確証破壊」になるので、互いに先制攻撃しないことが合理的戦略になった。

 つまり平和主義によって平和を実現することはできず、戦争のできる国になることが戦争を防ぐ道なのだ。これは日本人の直感に反するかもしれないが、戦略論の初歩的な常識である。日本人も平和主義を卒業し、世界の常識を身につける必要がある。

最新ニュース

ワールド

タイ情報通信省がフェイスブックを一時遮断、軍は技術的問題と説明

2014.05.29

ビジネス

第1四半期の米銀利益は7.6%減、住宅ローン収入減など響く

2014.05.29

ビジネス

ECBが投資家の利益追求に警鐘、急な巻き戻しを懸念

2014.05.29

ビジネス

GEが仏で1000人の雇用創出を確約、アルストム部門買収で

2014.05.29

新着

アメリカ社会

銃乱射で分かった精神医療体制の不備

犯行に及んだ大学生には多くの危険な兆候があり、両親もそれに気づいていたのに、なぜ事件は防げなかったか 

2014.05.28
ナイジェリア

テロリストとの取引は許されるか

1度に200人以上の女子生徒を拉致したボコ・ハラムは、釈放の条件として当局に捕まっている戦闘員の解放を迫るが [2014.5.27号掲載]

2014.05.28
領土問題

大混乱の南シナ海で台湾が示す「存在感」

各国が領有権を争う南シナ海の島で台湾が港湾施設の増築を発表したが、中国はこれを無視する構え 

2014.05.27
ページトップへ

Recommended

COLUMNIST PROFILE

池田信夫

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

MAGAZINE

特集:韓国の憂鬱

2014-6・ 3号(5/27発売)

フェリー沈没事故の衝撃から立ち直れない韓国
自尊心を失った「先進国」はどこへ向かうのか

  • 最新号の目次
  • 予約購読お申し込み
  • デジタル版
Sound's View 自分を創る音の風景 熊川哲也
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

人気ランキング (ジャンル別)

  • 最新記事
  • コラム&ブログ
  • 最新ニュース
  1. 1

    あの国がアメリカの人権侵害の実態を「暴露」

    人権侵害の数々を国連から非難されたあの国が、自分を…

  2. 2

    ドイツよ、お前もか!

    首相も女性で男女平等が進んでいると思われた国の恐ろ…

  3. 3

    ウイルス対策ソフトは死んだ?

    シマンテックの上級副社長の爆弾発言どおり、ウイルス…

  4. 4

    残虐ボコ・ハラムの真の狙い

    234人の女子生徒が学校から連れ去る暴挙に、当局さ…

  5. 5

    1年間パンダと暮らすお仕事!?

    中国のパンダセンターが飼育員募集で啓蒙活動に乗り出…

  6. 6

    タイ首相のクビを切った司法クーデターの行方

    インラック首相突然の失職で分かった軍部や裁判所、王…

  7. 7

    シェールガス開発が地震を誘発?

    メキシコで急増する地震とシェールガス開発の因果関係…

  8. 8

    フェリー沈没事故を韓国はなぜ「恥」と感じるか

    犠牲者への哀悼、当局への怒りに加えて「国の未熟さを…

  9. 9

    環境破壊に突き進むオーストラリア

    保守派のアボット政権が暴走し地球を守る環境規制を次…

  10. 10

    スイスで世界最高の最低賃金?

    スイスやアメリカで議論沸騰。最低賃金引き上げは景気…

  1. 1

    『ドラえもん』のアメリカ進出に30年かかった理由とは?

    日本の人気漫画・アニメの『ドラえもん』は、198…

  2. 2

    「先祖返り」する習近平体制

    習近平政権はその出現前から一部でささやかれていた…

  3. 3

    人口減少時代には「メガシティ」への人口集中が必要だ

    日本の人口はすでに減り始めており、あと30年で3…

  4. 4

    ものづくり信仰が日本企業をダメにする

    今週のコラムニスト:レジス・アルノー 〔4月29日…

  5. 5

    「排外発言」とは正反対だった「舞の海氏の講演」(前回エントリのお詫びと訂正)

    昨日(27日)アップした大相撲に関するエントリで…

  6. 6

    イラクのフランケンシュタイン

    4月30日に実施された第三回イラク議会選挙は、ま…

  7. 7

    ユニクロの「カタカナロゴ」が「ガラパゴス化」を救う?

    アメリカでもユニクロの店舗を見かけることが多くな…

  8. 8

    美しき春の終わりを告げる5月病の不思議

    今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ 〔5月2…

  9. 9

    出生率・出生数の数値目標からは逃げられないのではないか?

    人口置換水準の出生率というものがあります。2.1…

  10. 10

    「残業代ゼロ」に反対する工業社会の亡霊

    政府の産業競争力会議で、労働時間ではなく成果に応…

  1. 1

    NY市場サマリー(23日)

    <為替> ユーロが対ドルで一時3カ月ぶりの安値を…

  2. 2

    中国当局、エネルギー局の汚職調査を拡大

    中国新華社によると、当局は国家能源局(エネルギー…

  3. 3

    中国の対米自動車関税、WTO違反認定 USTR「重大な勝利」

    世界貿易機関(WTO)は23日、中国の自動車輸入…

  4. 4

    インラック前タイ首相を拘束 1週間程度の見込み=軍当局者

    タイ軍事政権は23日、首都バンコクの軍施設に出頭…

  5. 5

    タイのインラック前首相が軍に出頭、司令官は選挙前に改革と強調

    タイのインラック前首相は23日、首都バンコクの軍…

  6. 6

    タイでクーデター宣言、政府の全権掌握し軍主導で秩序回復へ

    タイのプラユット陸軍総司令官は22日、政府機能の…

  7. 7

    EUが対ロ制裁第3弾の具体策協議へ、キャビアや石油禁輸など

    欧州連合(EU)は来週27日に開く首脳会議で、対…

  8. 8

    トヨタ、世界で46.6万台をリコール ブレーキなどに不具合

    トヨタ自動車は22日、ブレーキの不具合などのため…

  9. 9

    スズキ、米GM製の小型車18万台超をリコール

    スズキが、米国で2004─08年に製造された小型…

  10. 10

    金融庁が海外に地銀の「共同銀行」設立検討、中小企業の進出支援

    複数の関係者によると、金融庁は地域銀行の取引先の…