4.シシルク大森林
ガラガラガラ……と、馬車が街道を走る。
なだらかな平野を割るように、その街道は存在していた。
周囲は開けていて、遠くまで見渡せる。青々とした地面がどこまでも広がっていて、時折動物らしき動く影も見受けられた。もしかすると、モンスターかもしれないがかなり距離があるのでわからない。
特に、今日は晴天なので美しい景色のはるか彼方には、巨大な山々の威容がうっすらと見えた。
柔らかな陽気と、頬を撫でるそよ風が気持ちが良い。今は鎧も装備しておらず、布製品の服に外套という比較的楽な格好をしている。
馬車には護衛役のNPCもいるので、戦闘になる可能性はほぼない。移動中ずっと物々しい戦装束でいる必要はないのだ。ここ最近の遠出続きで、ダラスに引き篭もっていた俺も、かなり旅慣れてきた感がある。
俺の乗る乗合馬車には、他に幾人ものプレイヤーが乗っている。馬車は箱型のかなり巨大な造りになっており、その中では乗客であるプレイヤーたちが自由に過ごしていた。
俺のように一人で景色を眺めているのは少数派で、大抵はパーティと思われる数人のグループに分かれている。
まあ、それもこの馬車の行き先を考えれば当然だ。
この馬車はシシルク大森林行きの直通便なのである。これからダンジョンに挑むというのに、一人寂しく乗車しているのは俺のようなソロプレイヤーか、ダンジョン入口で露店を開くつもりの生産系プレイヤー、それに現地で臨時パーティを組むことを目的としたプレイヤーだろう。
ダンジョンの入口では、臨時パーティを募集していることがある。元々のパーティメンバーに突然の欠員が出たりだとか、そのダンジョンが適正ランクであるプレイヤーが同じランクのプレイヤーとパーティを組みやすいといった事情があったりするのだ。
しかし、昔ならいざ知らず、今では不用心に見知らぬプレイヤーとパーティを組むと襲われる可能性もあるし、チームワークの取れないメンツなどになると適正ランクのダンジョンでも命を落とす可能性もあるため、注意が必要だ。
『エデン』の始まりから三年も経過した現在では、高ランクのプレイヤーはほぼ固定のパーティを組んでいると言って良い。
高ランクのダンジョンともなると即席の連携ではリスクが大きいという点もあるし、何よりも大半のプレイヤーがそれまでにどこかのギルドに所属することになる。
始まりの街ダラスから何度か馬車を乗り継いで、俺はようやくこの直通便に乗ることができた。
窓から顔を出して街道の行き先を眺めれば、巨大な樹々が連なる森が遠くに広がっている。まだ、かなり距離があるというのにこの大きさということは、間近に寄ると一体どうなるのか……大森林という名称も決して誇張表現ではないようだ。
当然、中のダンジョンも広大なのだろう。目的の場所を見つけるだけでもかなり骨が折れそうだ。思ったよりも日数がかかるかもしれない。
しかし、今の俺は気を使うようなパーティメンバーもいない。気ままにのんびりと探ることにしていた。
やがて、馬車は森の入口へと辿り着く。
「ハイポーションあるよ~。今なら解毒ポーションとセットで安くするよ~」
「弁当はいかがかな~! ステータス補助効果付きもあるよ!」
「ブラックハウンドの素材買いま~す!」
シシルク大森林の入口広場。
どこのダンジョンでも見られるように、幾多のプレイヤーが集って喧騒を作っていた。
商魂逞しい生産系プレイヤーたちの張り上げる声が響いている。見れば、そこかしこに露店を広げているのが目についた。
「盾持ちの前衛あと一人募集~!」
「回復系の魔術使える人いないか~!?」
「どなたかパーティに入れてください! こちら『火』と『土』の詠唱式魔術士です! 流派はラーバイト流!」
声をあげているのは何も生産系プレイヤーだけではない。
臨時パーティの募集を叫ぶ声も盛んだ。
様々な戦闘衣装を着込んだプレイヤーたちが、いくつものグループを作って叫んでいる。
高ランクダンジョンではこういった光景はあまり見かけられなかったが、ここでは違う。まだまだ装備と人数のゴリ押しで攻略可能な中ランクダンジョンなので、即席のパーティでも十分機能するのだ。
それに、ダンジョンに挑むプレイヤーのそもそもの母数が違うという点もあった。
グランドクエスト攻略は終盤に差し掛かっていると聞く。
だが、現存するプレイヤーの内訳はというと、最も多いのは中ランク……このシシルク大森林クラスのダンジョンに挑むプレイヤーだろう。
高ランクのプレイヤーなど、全体から見れば一握りに過ぎない。ましてや、攻略の最前線に立つ者となると言わずもがなだ。
だからこそ、彼らは多くのプレイヤーたちから注目を集める。大半は、憧れと尊敬と期待だろう。だが、当然妬みもある。良くも悪くも、台頭するにつれ目立つようになるのだ。
最近はどうも高ランクプレイヤーに縁があった俺だが、ギルドにも所属していなかった身からすると本来ならばそうそうあり得ない事態だったと言える。
客観的に見れば、装備も実力も彼らに見劣りしないものになった。ようやくそのことを自覚してきたわけだが、長いソロ生活と迫害のせいで未だに違和感は拭えない。
まあそれを埋めるためにも、こうしてせっせとダンジョン巡りに励んでいたりするのだったりする。
大体の準備はダラスで済ませてきているため、このまますぐにでもダンジョンに突入しても問題はない。それでも、ここまでたくさんのプレイヤーで栄えていると少し散策をしてみる気になった。
ソロで時間の制限もないので、ここまでの旅路の休憩も兼ねて広場を巡る。
露店はダンジョンの前ということもあって、やはり回復アイテムや食料品といった消耗品を扱っているところが多いようだ。それに加えてシシルク大森林で獲得できる素材アイテムの買取もよく目に付く。
始まりの街ダラスなどの都市部での買取価格に比べると若干割安ではあるが、わざわざ都市部まで戻らず現地で換金できるメリットを考えると悪くない話だ。
特に肉などの食品アイテムは加工しなければ耐久度の減りが早い。干し肉といった長期保存が可能なアイテムへの加工が難しい戦闘系流派のプレイヤーたちは、その場で簡単な料理に調理して消費してしまうことが多く、ダンジョン攻略が長引いて耐久度の減りがあまりに酷ければ捨ててしまうこともある。
そういったアイテムを割安とはいえ換金できるのは、戦闘系流派のプレイヤーにとってはありがたい。もちろん生産系プレイヤーにとっても仕入れ値が抑えられて利益が大きくなるので旨みのある話だった。
また、露店の他にも広場のいたる所ではプレイヤーが雑談を交わしていた。
「よし、準備オッケーだね。今日はどこまでいこうか?」
「ん~、この前痛い目に遭ったし、大人しくシシルクエルク狩りでいいんじゃないかな」
「確かにね。じゃあ、今日はそれでいこうか。皆、それで良い?」
「おうよ!」
「うわ、サーベルバニーの牙があと二本足りない! これじゃ、新しい槍が作れねぇ!」
「え、足りなかったのかよ。でも、あと二本か……仕方ない俺の分譲ってやるよ」
「マジで!? 助かる!」
「ゴールデンボアでないかな~。これだけ通ってるのに未だに見た事ないんだよね」
「そりゃツイてないな。まぁ、俺も一度しか見たことがないけど」
「ほんとアイツ出てこないよね。はぁ、あの肉どんな味なんだろ。一度で良いから食べてみたい」
「同感だ」
広場を歩くにつれ、様々な会話が耳に入ってくる。
有益な情報はないかと耳を凝らしていたが、特に引っかかるものはなかった。
多少なりともゴールデンボアの大量発生について情報を手に入れられるかと思ったが、甘かったようだ。ここでの会話では、それらしいものは見当たらない。
ブラートも常連からの極秘情報だと言っていた。これが嘘だという可能性はひとまず置いておくとして、この情報を手に入れているのはまだまだ一部のみということなのだろうか。
よく見れば高ランクプレイヤーらしき者もちらほらと目に留まる。マントなどで身を包んでいるので詳細はわからないが、明らかに周囲の中ランクプレイヤーとは一線を画する雰囲気の装備が垣間見えたりするのだ。
ギルドメンバーの手伝いなどで、高ランクプレイヤーがランクの低いダンジョンへ訪れることも多々あるので、一概に彼らがゴールデンボアの群れ狙いとは言い難い。
それでも全く可能性がないとは言えないので、彼らの動きには少し注意していよう。
しばらく広場を見て回った俺は、そろそろダンジョン突入のための準備を行う。
広場の隅で比較的プレイヤーが少ない場所を見つけると、そこに陣取って次々と装備を具現化した。
現れたのは特徴的な美しい蒼い装甲。リンたちに貰った『ブレイブシリーズ』だ。
「!?」
「うわぁ、あれって『ブレイブシリーズ』!?」
「もしかして全パーツ揃ってる!? すげぇ」
アイテムカードの具現化の輝きに目を向けた周囲のプレイヤーから感嘆の声が漏れる。
さすがにレア装備として名高いだけはある。目聡いプレイヤーは興奮を隠さずにこちらを見つめていた。
今回の攻略はこれを装備して行くつもりである。
というのも、シシルク大森林はプレイヤーが非常に多い。さすがに『龍鎧スサノオ』を装備していくと目立ち過ぎてしまう。ブラートの話によると、最近の俺のソロ活動のせいで妙な噂が流れているようだ。いずれは知られることかもしれないが、わざわざこんなところでネタばらしをすることもない。
それに今回は中ランクダンジョンということで、『ブレイブシリーズ』でも十分な装備だろう。本来なら高ランクダンジョンでも十分使用に耐え得る装備なのだ。
現れた装備を手早く身に着けていく。最後にはキースに貰ったマントを羽織る。
なるべくプレイヤーの少ない場所で、短時間で戦闘準備を整えたつもりだが、さすがに周囲の興味を全く引かないわけにはいかなかったようだ。
『ブレイブシリーズ』の各パーツを具現化した時から感嘆の声は聞こえていたが、それは今も続いている。
「どこのギルドの人かしら。高ランクの人がこんなところに来るなんて」
「どうせまたギルドメンバーのお守り役なんじゃないの? それにしても『ブレイブシリーズ』全部揃えてるなんて相当な猛者だけどさ」
「もしかしてトップギルドの人かなぁ。他にも誰か来てないかな」
「あれ? あの人どっかで見たことがある気が……」
周囲の声を気にせず、俺は歩き出す。長居をして、俺が『師範代』だと知って接触してくるプレイヤーでもいると面倒だ。
早々に立ち去ったおかげか、幸いにも追ってくるプレイヤーはいない。
だが、道行くプレイヤーからも時折視線が集まる。マントの隙間から蒼い装甲が見えているからだろう。
以前クーパー鉱山に行ったときは、リンたちも一緒だったので俺だけが注目されることはなかった。しかし、こうしてレア装備を身に着けて一人で歩くとこれまでとの違いがよくわかる。
装備に見合う実力が広く知られていれば、問題はない。しかし、俺の代名詞はそれとは真逆だ。今の時点で注目されても厄介事しか寄ってこない気がする。
俺は足早に広場を後にすると、そのまま大森林の入口へと向かった。
「グルル……」
鋭い牙を剥き出しにして、俺への警戒の唸りをあげる三匹の黒い獣たち。俺を中心として、それぞれが等間隔で取り囲んでいる。
見た目は大きな狼といった感じだろうか。その毛は真っ黒で、夜の闇に紛れ込まれると通常は見つけ出すのが難しいだろう。
俺を睨みつける目は真っ赤に血走り、開いた口元からは盛大に涎が零れ落ちている。
ブラックハウンド。シシルク大森林では比較的出現率の高いモンスターだ。
大抵が二、三匹の群れで行動し、敵を見つけると、現在の俺のように取り囲んで襲いかかる。
攻撃手段は体当たりと噛み付きしかしない。しかし、一旦噛み付かれると中々離してくれず、その間に他の個体がどんどん攻撃を加えてくる。上手く引き剥がせないと、身動きが取れなくなって嬲り殺しの目に遭う。
なので、なるべく組みつかれるのを回避しながら距離を取って戦うのがセオリーらしい。
俺のようにソロで戦う者にとっては、厄介な相手ではあるだろう。
俺は剣をーー『迅剣テュルウィンド』を構えて、静かに敵の動きを探る。
『龍剣ヴァリトール』も今回はお休みだ。属性攻撃がまだ不要なこのダンジョンでは、『迅剣テュルウィンド』でも十分な装備だろう。
属性攻撃は強力だが、それに頼り切りになってしまうのも問題だ。あくまであれは奥の手であり、俺を支えているのは『バルド流剣術』なのである。
ブラックハウンドたちは、唸りながらゆっくりと俺の周囲を円を描くように回っていた。だが、それもやがて終わる。
俺の視界に赤い攻撃予測軌道が映った。
―――来る。
俺の意識が加速する。
「ガアアァァ!!」
獰猛な咆哮をあげ、正面のブラックハウンドが猛スピードで突っ込んでくる。彼我の距離は瞬く間に消えた。
しかし【思考加速】を起動していた俺には、その速度も焦るほどのものではない。時間の流れが遅くなった世界で、ゆっくりと前へと踏み込む。
【見切り】によって表示されたブラックハウンドによる攻撃予測軌道は、真っ直ぐに俺の喉元へと伸びていた。元々、特に捻った行動は取らないモンスターだ。単純に、俺の致命傷となる箇所へと最短距離を詰めているだけだろう。
目前に迫る牙を冷静に観察しながら、俺は手元の剣を下段から閃かせる。
華麗な剣身が勢いよく振り抜かれ、その軌跡はブラックハウンドの首を真下から通過した。
「ギッ!?」
短い断末魔の叫びと共に首が舞う。断面から溢れる血が、飛沫となって俺を汚す。
防具製作の材料にもなるブラックハウンドの毛皮だが、俺の攻撃力をもってするとそれほど抵抗は感じなかった。
勢い付いたブラックハウンドの身体は、首を失っても止まらない。そのまま俺の横を滑るように転がっていく。
やがて勢いを失って止まり、その場で大きな血溜まりを作り始めるも、それをゆっくり確認する暇は俺にはない。
先鋒が倒されたのを歯牙にも掛けず、残り二匹のブラックハウンドが死角から襲い掛かっていたのだ。
さすがに中ランクダンジョンでのモンスターなので、完璧に息の合った攻撃タイミングとは言い難い。加えて俺には【心眼】もある。当然この二匹の動きを俺は把握していた。
上段へと振り抜いた動きをそのまま横への動きに変える。俺の身体は独楽のように回転し、鋭い横薙ぎの一撃を放った。俺の纏うマントが遠心力でフワリと舞う。
斬撃は、一匹のブラックハウンドの頭部を直撃した。硬い頭骨も、しっかり刃筋を立てているためにほとんど抵抗を感じない。真っ二つになった頭部が俺の視界の端に映る。間違いなく即死だろう。
しかし、二匹目はそう上手くはいかなかった。中途半端なタイミングのズレが敵にとっては功を奏して、斬撃はブラックハウンドの胸元を浅く切り裂くにとどまる。この程度のダメージでは、こいつの攻撃は止まらない。
最後の一匹の牙が俺に迫った。だが、こうなるのはわかっていた。斬撃を振り切る前に剣の柄から離していた左手が、一瞬遅れて唸りをあげる。
蒼い装甲を握り込んだ左拳が、馬鹿みたいに大口を開くブラックハウンドの口腔へと叩き込まれた。
「ギャン!?」
牙と他の何かの骨が砕ける音を響かせながら、ブラックハウンドは吹き飛ぶ。結構力を込めて殴ったせいか、ブラックハウンドの身体は、何度も地面をバウンドして最後には大きな木の根元に激突して止まった。そのままピクリとも動く様子はない。
殴り終えた後、すぐに剣を構え直し周囲の様子を探る。
特に異常な物音も聞こえない。視界の端に映る【気配察知】の簡易レーダーにも焦点を合わせるが、他にモンスターの反応はなかった。
戦闘終了のようだ。
構えを解き、剣を一振りして血糊を飛ばすと腰の鞘に収める。
そして、三匹の死骸の元へ行ってそれぞれカード化を行った。
煌きと共に戦闘の残滓が消えていく。
俺の手元には数枚のアイテムカード。ブラックハウンドから得られる素材アイテムだ。
「毛皮に牙だけか」
戦利品を眺めて、ポツリと呟く。
手元のカードには、さっき見た通りの黒い毛皮の絵柄と真っ白で見るからに鋭そうな牙の絵柄が描かれていた。カードに書かれた名称はそれぞれ、『ブラックハウンドの毛皮』と『ブラックハウンドの牙』。
一応装備製作用の材料にはなるらしいが、作られるのは中ランクで通用する程度の装備だ。俺からすれば換金用アイテムと大きな違いはない。
聞いた話によると、レアドロップアイテムとして稀にアクセサリーを落とすらしいが今回はハズレのようだ。そんな簡単にレアドロップは出ないだろう。
アイテムカードを腰のポーチにしまい込むと、俺はダンジョンの奥へ向かって歩き始めた。
まだまだ先は長い。一応ダラスで地図は仕入れて来ているのだが、そこにはゴールデンボアの情報なんかは当然書いてはいない。虱潰しに探して行くつもりだ。
さすがに入口付近で現れるなんて情報は今までないようなので、目安としてなるべく奥の方を探索するつもりである。
しかし、ここはかなり広大なダンジョンとして有名だ。それに洞窟のような明確な壁で区切られたダンジョンではない。手に入れた地図も大雑把な通路と広場を記してあるに過ぎないのだ。
こうして実際にダンジョンを歩いてみると、想像以上に通路を通路として区切っている木々の壁には穴がある。やろうと思えば隣の通路に突き抜けて行くことも可能だろう。
もしかするとこうした抜け道が、ゴールデンボアが群れる秘密の場所へと続いているのかもしれない。
手元の地図と【気配察知】の簡易レーダーを交互に睨みながら慎重に俺は進んだ。
進むにつれ、様々なモンスターが襲いかかってくる。
立派な角を持つ鹿のようなモンスター、シシルクエルク。まるで刃のような巨大な牙が特徴の巨大ウサギ、サーベルバニー。獰猛なイノシシ型のモンスター、シシルクボア。そして、ブラックハウンド。
情報通り、動物型のモンスターばかりが出現する。おかげで肉や毛皮、それに牙なんかがどんどん溜まっていた。
カード化のおかげで嵩張らないのはありがたいが、アイテムカードもそこまで薄いものではない。あまりに量が多いとポーチも一杯になってしまう。
備えとしてリュックサックを持ってきているが、これを使うと動きに支障が出る。戦闘になれば当然投げ捨ててから、応戦となるがその手間だけでもソロの俺には隙となる。安全を考えると、可能ならば使いたくないのが俺の心情だった。
野宿した時には、せいぜい肉を盛大に消費するようにしよう。これを見越して、食料アイテムの用意は幾分控え目でここにやってきたのだ。
そんなことを考えながら進んでいると、進行方向の通路の脇にある茂みの辺りにモンスターの反応があることに気付く。どうやら隠れての待ち伏せのようだ。しかし、俺の【気配察知】を欺けるほどの隠形ではなかったようで、視界端の簡易レーダーにはしっかりとモンスターの反応点が輝いている。
俺は【心眼】視界で注意を払いながら、慎重に進んでいった。
やがて、反応のあった箇所の近くに来ると突然茂みが揺れる。そして、何かが勢い良く空中へと飛び出した。
「キィッ!」
甲高い叫びをあげて、ウサギのような外見のモンスターが上空から飛び込んでくる。ウサギのようなと言っても、そんな可愛らしいものではない。形こそウサギだが、驚くほど大きく、その口元からは凶悪なほど研ぎ澄まされた二本の牙が突き出ている。
シシルク大森林のモンスター、サーベルバニーだ。
ウサギらしい自慢の脚力でプレイヤーの頭上まで跳び上がり、鋭い牙でこちらの首や頭部といった急所を狙ってくるのがこいつの常套手段だった。
急所攻撃はプレイヤーから最も恐れられているものだ。いくら高ランクプレイヤーといえども、急所に直撃をくらえば致命傷となる。おかげで、たかが中ランクダンジョンなどと侮ることはできない。
ブラックハウンドの群れも厄介だが、このダンジョンで一番の脅威と言われているのがこのサーベルバニーだった。
勢い良く繰り出された牙の一撃を俺は左腕で難なく掴み取る。
確かに当たれば脅威ではあるが、しっかり攻撃を認識できていれば対処はそう難しいものではなかった。
奇襲をしたつもりなのだろうが、【心眼】と【気配察知】を併用する俺に死角はない。こいつの存在も、攻撃のタイミングと動きも文字通り手に取るようにわかっていた。
牙を掴まれたサーベルバニーは、宙に浮きながらもなんとか逃げ出そうとジタバタと手足を泳がせる。しかし巨大な牙が災いして、手足は空を切るばかり。
残念なことに、ここを掴まれるとサーベルバニーは一気に無力化するのだ。もちろん大型犬並みの大きさで凶暴なウサギを抑え込めるような筋力パラメータは必須である。
俺はかなり筋力パラメータが高いようなので参考にはならないが、一般的にこのダンジョンを適正とする前衛系プレイヤーの筋力パラメータ程度あれば十分らしい。
こうして見事にサーベルバニーを捕獲した俺は、すぐさま右手の『迅剣テュルウィンド』を突き込む。ドスッと鈍い音を響かせて、美しい剣身がサーベルバニーの身体を貫通した。場所はちょうど胸の辺りで急所に近い場所ではある。しかし、剣が胴体を貫通するほどのダメージともなると、このランクのモンスターでは攻撃された箇所を問わず致命傷になる。
実際、サーベルバニーはビクリと何度か身体を震わせた後、突如身体を脱力させた。倒したようだ。
左腕で掴んだままなので、そのままカード化を行う。
眩い輝きの後に、左手には一枚のカードが残った。
「おっ」
カードの絵柄を見て、思わず声があがる。『サーベルバニーの牙』だった。
この牙は高ランクダンジョンでも通用する武器の材料になることで有名だ。そのせいなのか、他の素材アイテムに比べてドロップ率も明らかに低い。これのためだけにシシルク大森林に篭るパーティもいるくらいだ。
今回は中々ツキがあるのかもしれない。
他にも倒していたモンスターのドロップアイテムを回収しながら、ほくそ笑む。
そんな事を続けながらダンジョンを進んだが、やはりと言うべきか、そう簡単にはいかなかった。
幾多のモンスターを撃破するものの、肝心のゴールデンボアには全くお目にかかれない。群れの位置なんてものは見当も付いていなかった。
そもそも本当にそんなものはあるのだろうか。ブラートの情報に対して若干の疑心を覚える。
しかし、慎重に探索しながら進んだせいもあって、まだまだ全てを周ったわけではない。
とりあえず日も落ちて暗くなってきたため、今日の探索は取り止める。
いちいちダンジョンを出るのも面倒なので、ダンジョン内の適当な広場の隅で休憩用の拠点を作ることにした。ちょうど今、良い場所を目にしていたのだ。それにそろそろ空腹を感じていたので、食事もしたい。
ポーチから拠点作成用の各アイテムカードを取り出す。そして、次々と具現化していった。
まずは拠点作成の必需品、『結界符』。奇妙な絵柄のような文字が書かれた薄い木板だ。これを拠点の広さに応じた枚数を周囲に設置することで、認識遮断と簡易的なモンスター除けの効果を持った結界魔術を張ってくれる。
紋章式魔術士のいないパーティや、俺のようなソロプレイヤーには欠かすことのできないアイテムだ。
今回は俺一人分のスペースがあれば良いので、四枚も使えば十分だろう。ちなみに以前リンたちにお礼として貰った大量のアイテムの中にあった『結界符』である。彼女たちの用意したアイテムはどれも最高級のものばかりだったので、これも当然高級品だ。
俺が昔から使っていた安価な『結界符』に比べて、認識遮断能力もモンスター除けの効果も大きく強化されていた。これならば昔ほどヒヤヒヤしながら休む必要もなさそうだ。拠点として決めた場所の周囲で力強く輝く『結界符』を見ながら、俺は満足そうに頷く。
こうして安全地帯を設定し終えると、中に潜り込んで寝袋の設置や食事のための調理器具なんかを用意していく。
あらかた用意が終わると、周辺から集めた手頃な石を積んで簡単なカマドを作った。そこへ石と一緒に集めておいた燃料となる枯れ木を放り込み、マッチを使って着火する。ゲームの世界観からすると火打石を使って火を起こすべきなのかもしれないが、『エデン』では簡易着火アイテムとしてマッチが実装されていた。俺としてはありがたい限りだ。
カマドに火が入ると、用意してあった小さな鍋に水と香草、調味料などを適当に放り込んで火にかける。さらに鍋には、今日手に入れた肉をナイフで切り分けながら落とし込んだ。
それとは別にいくつかの串に肉を刺して、火のそばに立てかける。もちろん塩や胡椒を忘れずに振りかけておいた。
食材はどれも、調理士ではない俺でも調理できるほどアイテムランクが低い。それでも火が通り始めて漂って来る香りは、中々俺の食欲を刺激してくれる。
夕飯が出来上がるまで、俺は何をするわけでもなく森を見ていた。周囲は日が落ちたせいで、すっかり夜の帳が下りている。俺の目の前にはカマドの火が赤々と輝いていたが、その光も『結界符』で区切られた領域の外までは届いていない。
木々の隙間から垣間見える遠くには、ボンヤリといくつかの灯火のようなものが見える。こんな夜でも探索を続けるプレイヤーがいるのだろう。
夜は視界の悪さやモンスターの活発化もあって、昼間と比べるとかなり危険だ。おかげで狩りを行うプレイヤーは激減する。しかしそのリスクを飲み込めば、他のプレイヤーに気兼ねなくモンスターを自由に狩れるメリットはあった。
俺のような事情がなければ、大抵のプレイヤーは己の死と得られる利益を天秤にかけて身の安全を選ぶのが実情だ。大きな収穫を得られようとも、死んでしまっては意味がない。
ふと、狼のような遠吠えが聞こえた。応えるように別の方向からもいくつか遠吠えがあがる。距離は遠い。恐らくはブラックハウンドだろう。
静かな夜の森ではよく響く。安全地帯にいるとはいえ、敵地のど真ん中にいることに微かな肌寒さを感じた。ブルリと身体を震わせる。
カマドを見てみると、鍋はグツグツと煮えたち、串焼きの肉からはジュウジュウと油が音をたてて滴り落ちていた。
そろそろ食べ頃のようだ。
串焼きを一つ手に取り、かぶりつく。熱と肉汁が口の中で溢れ、なんとも言えない旨味が広がった。塩と胡椒は適当に振っているのだが、今回は良い塩梅だったようだ。焼き加減も良い。
肉といえば以前皆で食べた『巨龍の肉』を思い出すが、さすがにあれと比べるとこの串焼きの味はかなり劣る。それでも空腹を訴えていた俺の身体は、素直に旨いと感じていた。
同時に作っていたスープもすするが、こちらも悪くない。スープの温もりが、寒気を感じていた俺の身体をじんわりと温める。
しばらくの間、俺は串焼きとスープを交互に無心で口に運んだ。
食事をしながら俺は、生の実感というものをボンヤリと感じていた。
武器を振るって獣を狩り、その肉を焼いて食らう。一体いつの時代の話かと思う。文明が発達した現在、さらに都会に住んでいる現実世界の俺ではまず体験できないような経験だ。
ここがゲームの世界だという前提があっても、俺の感覚は強い実感を伴っていた。たとえ機械によって生み出された錯覚なのだとしても、俺の主観では現実と変わりはない。
今の『エデン』は、弱肉強食の世界だ。弱いままでは、食われるのを待つしかない。
レオンに無様に敗北した時を思い出す。あの時の苦い思いが湧き上がってきた。
そんな生き方は勘弁である。だからこそ俺は力を望み、大きなリスクを背負ってヴァリトールにすら挑んだのだ。
ただ俺が気付いていなかっただけで、もしかしたら現実世界も真のルールは同じだったのかもしれない。
だとすると、もし現実世界に戻れたならば、俺はそこでも強者たり得るだろうか。少なくともただ無作為に周囲の流れに沿って生きてきた、かつての俺はもういない。
はたして『エデン』の結末がどうなるのかはわからない。たとえゲームだとしても、ここで過ごした三年間は俺にとっての現実だった。楽しいことも、苦しいことも、そして屈辱も。いろいろなことがあった。この経験を無駄にはしたくない。
だからこそ、俺は今後も力を求め続ける。強者として生きていくためにだ。
食事を終えても、俺はしばらくカマドの火を眺め続けた。
シシルク大森林の夜は更けていく。やがて俺は寝袋に包まると眠りについた。

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真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜//
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最終掲載日:2014/05/25 08:00
盾の勇者の成り上がり
盾の勇者として異世界に召還された岩谷尚文。冒険三日目にして仲間に裏切られ、信頼と金銭を一度に失ってしまう。他者を信じられなくなった尚文が取った行動は……。サブタ//
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最終掲載日:2014/05/28 10:00
勇者様のお師匠様
両親を失いながらも騎士に憧れ、自らを鍛錬する貧しい少年ウィン・バード。しかし、騎士になるには絶望的なまでに魔力が少ない彼は、騎士試験を突破できず『万年騎士候補//
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最終掲載日:2014/05/24 00:00
この世界がゲームだと俺だけが知っている
バグ満載のため、ある意味人気のVRゲーム『New Communicate Online』(通称『猫耳猫オフライン』)。
その熱狂的なファンである相良操麻は、不思//
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最終掲載日:2014/04/01 00:30
デスマーチからはじまる異世界狂想曲
アラサープログラマー鈴木一郎は、普段着のままレベル1で、突然異世界にいる自分に気付く。3回だけ使える使い捨て大魔法「流星雨」によって棚ボタで高いレベルと財宝を//
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最終掲載日:2014/05/25 18:00
《Blade Online》
世界初のVRMMO《Blade Online》のサービスが開始された。しかしプレイヤーを待ち受けていたのはログアウト不能のデスゲームだった――。ゲームに囚われた//
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最終掲載日:2014/04/10 00:00
異世界迷宮で奴隷ハーレムを
ゲームだと思っていたら異世界に飛び込んでしまった男の物語。迷宮のあるゲーム的な世界でチートな設定を使ってがんばります。そこは、身分差があり、奴隷もいる社会。とな//
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最終掲載日:2014/05/22 20:00
最新のゲームは凄すぎだろ
世界初のVRMMORPG「Another World」をプレイする少年はゲームでは無く、似た異世界にトリップしているのだが全く気付く事がない。そんな彼が巻き起こ//
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最終掲載日:2013/09/19 06:00
Only Sense Online
センスと呼ばれる技能を成長させ、派生させ、ただ唯一のプレイをしろ。
夏休みに半強制的に始める初めてのVRMMOを体験する峻は、自分だけの冒険を始める【富士見//
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最終掲載日:2014/05/25 09:51
無職転生 - 異世界行ったら本気だす -
34歳職歴無し住所不定無職童貞のニートは、ある日家を追い出され、人生を後悔している間にトラックに轢かれて死んでしまう。目覚めた時、彼は赤ん坊になっていた。どうや//
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最終掲載日:2014/05/27 19:00
- Arcana Online -
【2012.4.2】本作の書籍化に伴い、第1章~第3章をダイジェスト版へ差し替えました。
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妹にお願いされ、この夏休みはとあるVRMMOのオープンβテスト//
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最終掲載日:2013/05/09 00:47
ありふれた職業で世界最強
クラスごと異世界に召喚され、他のクラスメイトがチートなスペックと“天職”を有する中、一人平凡を地で行く主人公南雲ハジメ。彼の“天職”は“錬成師”、言い換えれば唯//
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最終掲載日:2014/05/27 18:00
こちら討伐クエスト斡旋窓口
自分では全く戦う気の無い転生主人公が、ギルド職員の窓口係りになって、淡々と冒険者を死地に送り出していたが、利用者の生存率が異様に高くて、獣人達から尊敬されたり、//
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最終掲載日:2014/03/13 00:00
理想のヒモ生活
月平均残業時間150時間オーバーの半ブラック企業に勤める山井善治郎は、気がつくと異世界に召喚されていた。善治郎を召喚したのは、善治郎の好みストライクど真ん中な、//
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最終掲載日:2014/05/01 19:00
フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~
魔力の有無で枝分かれした平行世界「アース」。その世界へと、1人の男が落っこちた。「ゲームをしてたはずなのに……」。幸いなことにVRMMORPG≪Another//
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最終掲載日:2014/05/28 00:00