行動人類学者が「うた」を分析!『うたのしくみ』
posted by Book News 編集:ナガタ / Category: 新刊情報 / Tags: 音楽, 歴史, 人文書,
今回は、『うたのしくみ
』をご紹介します。
本書の著者は、滋賀県立大学で教授をつとめる人間行動学者で、きわめて秀逸かつ重要なアニメーション論『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか
』など幅広い著作と、極北かつ極上のポップスを追求し好事家の支持を集めるバンド「かえる目」のボーカリストとしても活躍している細馬宏通氏。ちなみに「かえる目」の音源はここで試聴できます。
本書は、そんな著者が様々な音楽を題材に分析を繰り広げたエッセイをまとめたもの。語り口は飽くまで軽いのですが、圧倒的に「深い」その理解が読みながら心と頭にスゥっと入ってくる感じが快感です。これを読んでから音楽の聞こえ方がグッと深まることはまず間違いないでしょう。まずは目次の時点で既に面白さが伝わってくるので、今回は目次から紹介していきます。


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本書の著者は、滋賀県立大学で教授をつとめる人間行動学者で、きわめて秀逸かつ重要なアニメーション論『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか
本書は、そんな著者が様々な音楽を題材に分析を繰り広げたエッセイをまとめたもの。語り口は飽くまで軽いのですが、圧倒的に「深い」その理解が読みながら心と頭にスゥっと入ってくる感じが快感です。これを読んでから音楽の聞こえ方がグッと深まることはまず間違いないでしょう。まずは目次の時点で既に面白さが伝わってくるので、今回は目次から紹介していきます。
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本書の目次は次の通り
はじめに
1 サンバがサンバであるからには ジョアン・ジルベルト「サンバがサンバであるからには」
2 やさしさは成就する 荒井由実「やさしさに包まれたなら」
3 青春のしずめ方 荒井由実「卒業写真」
4 歌はどこから始まるか ザ・ブルーハーツ「人にやさしく」
5 語りと歌のあいだ 幼稚園唱歌「お正月」
6 ことばの先で待ち伏せて aiko「くちびる」
7 ヴァースと替え歌 アメリカ民謡「いとしのクレメンタイン」
8 歌になる理由 ジュディー・ガーランド「虹の彼方に」
9 歌って、サム 映画『カサブランカ』より「時の過ぎゆくままに」
10犬と太陽 岡村靖幸「Dog Days」
11ハイ・ディ・ホーのゆくえ キャブ・キャロウェイ「ミニー・ザ・ムーチャ―」
12それでは歌っていただきましょう ザ・ビートルズ「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」
13歌を売る歌 「アレクサンダーズ・ラグタイム・バンド」
14韻のゆくえ ポール・サイモン「恋人と別れる50の方法」
15深く深く 二階堂和美「いのちの記憶」
16ブルースがおりてくるまで ベッシー・スミス&ルイ・アームストロング「セントルイス・ブルース」
17感電する足 チャック・ベリー「メイベリーン」
18「メンフィス・ブルース」が指し示すもの 「メンフィス・ブルース」
19音楽をきく順序 ザ・ローリング・ストーンズ「サティスファクション」
20どこでもない国の入り口 カルメン・ミランダ「チャタヌガ・チューチュー」
音楽書評・コラム・CD評・ライナーノーツ
「あまちゃん」オリジナル・サウンドトラックをきく
「LOVEマシーン」モーニング娘。
「ポリリズム」Perfume
「マカロニ」Perfume
「セイル・アウェイ」ランディ・ニューマン
笑う観客 チャールズ・ローゼン『ピアノ・ノート』&吉田秀和『之を楽しむ者に如かず』書評
「ピョンコ節」雑考
歌を育てたカナリアのために 初音ミク
金属の肺、のびあがる体 松本隆のドラムと詩の生理
高田渡『系図』ライナーノーツ
針先と指先 大谷能生『貧しい音楽』&北里義之『サウンド・アナトミア』書評
浜田真理子+大友良英 NEW JAZZ SMALL ENSEMBLE SPECIAL ライブレビュー
「聞くこと」を揺らすテクノロジー 大瀧詠一の諸活動にみる「どこにもナイアガラ」現象
パワーズ・オブ・十
はちみつぱい『センチメンタル通り』ライナーノーツ
…とこんな感じです。知っている名前がちらほら、でも知らない名前もたくさん、という感じじゃないでしょうか。今回はこの中から、例によって独断と偏見でいくつかピックアップして紹介していきたいと思います。
「歌を育てたカナリアのために 初音ミク」は、言わずと知れた初音ミクの「育て甲斐」について、そして「歌」を育てるということについて書かれている文章です。初音ミクに「歌わせる」ことが、なぜ「初音ミクを育てる」ということになるのか。そしてその意味についての洞察に富む短い文章でした。
なお、本書の前半に収録されているユーミンこと荒井由実の「やさしさに包まれたなら」について書かれた文章では「詞と曲を歌を1人で作る人の身の上には、どんなことが起こっているでしょう。(中略)曲ができあがる前に、その人はきっとできかけの歌を、何度も口ずさみ、少しずつ細部を変えていくだろう」と著者は書いています。これと同じ感覚で初音ミクについて書いているというのが面白い。
aikoの「くちびる」についても分析されています。歌詞のひとことひとことが、それぞれ予想させる「続き」が裏切られていく。その繰り返しのなかで「あなた」と「わたし」が反転してしまう。しかもどうやら2人はとても近い距離にいるようだ、というのです。歌いだしの部分からの本書の記述を引用してみましょう。
「あなたのいない」aikoさんの魅力たくさんあると思うのですが、歌詞ひとつとっても確かにこの「あたし」と「あなた」がどんどん入れ替わるような表現が繰り返され、クラクラしてしまう。その動揺のなかに聴き手である自分自身が巻き込まれてしまうのが魅力的だったんだなあと深く納得しました。
と歌がきこえて、少し途切れる。そのとき、わたしたちは知らず知らずのうちに、そこの先にふさわしいことばを予想しています。「あなたのいない」この部屋だろうか、「あなたのいない」土曜日だろうか。もちろん、一瞬のことですから、はっきりと候補が浮かぶわけではなく、あくまでうっすらですが、いくつかの可能性が、頭の中で絞りこまれていく。
「世界には」
そうきたか。あなたのいない世界には、つまらないことばかり。あなたのいない世界には、今日も人があふれている。はたまた、あなたのいない世界には、もういたくない。次なるフレーズの可能性があわあわと頭を漂います。(略)
「あたしもいない」
そう、あなたがいないのだからあたしもいない、と納得しかけて、きき手は愕然とします。(略)あなたのイマジネーションとしてのあたし、いや、わたしのイマジネーションとしてのあたしが、いま歌い出している。わたしがここから消えたなら、この歌っているあたしも消えてしまう。
たった一行ですでにノックアウトされた頭に、この歌はまだまだきき手を驚かせることばを投げ込んできます。
「震えた唇で」
歌い手は「で」を鼻にかかった独特の声でぎゅっと切り上げます。この隙に、きき手は無意識のうちに、キス、とか、くちづけ、とか、愛を語った、といった、ラブソングの常套句を思い浮かべます。次の瞬間。
「あなたと塞いだ」
とくる。ぎょっとする。これはキスのこと?そうかもしれない。でもそれなら「唇をふさいだ」じゃないでしょうか。「唇」に対して「唇」。そういう対等な関係がキスなんじゃないか。塞いだ、といわれたあなたには、まるでさっきまで穴が開いていたみたいです。さっきまで穴のあいていたあなたは、震えた唇によって、閉じた容器、一個の閉鎖系と化しました。
そして、この歌の白眉は、サビの最初にあります。
「たった今すぐ」
ぐんと声が伸び上がる隙に、今度こそはと無意識にはたらく予想は、会いに来て、とか、どうにかして、などと平凡なことばを思い浮かべるばかりです。そこに
「逢いたいって」
ほらほら、あたしはやっぱり今すぐ逢いたいのだ、やっぱりね。そう思ったわたしに、思わぬ角度からブーメランが飛んできます。
「あなたが思っていて欲しい」
ん?
たった今すぐ逢いたい、ってのは、あたしの思いだよね?あたしの思いだからこそ、たった今すぐ――、とぐいぐい引き延ばしてみせたのじゃないか。(略)
「何もかも置いて」
と、今度こそあたしは何もかも置いてくるのかと思えば、
「ここに来て欲しい」
なのです。あたしは、自分がしたいことをのびやかに歌っておきながら、それをあなたにして欲しい、と言うのです。いま「ここ」から欲望のブーメランを投げて、あなたもろとも「ここ」へ引き寄せようとするのです。そして、ブーメランを投げるほどにあたしとあなたが離れているのかといえば、
「唇に息がかかる」
距離にいるではありませんか。(略)
歌はまだまだ手を緩める様子がありません。aikoの書くメロディは、言いたいことを言い終えたかに見えて、VIIbm7→VIIbm7 on I という転調気味のコード進行に力を得て、それこそ彼女のしゃがみ、伸び上がる動きのように、何度でもうねり、息を吹き返してくるのです。そして、あたしの思いであなたを入れ替えてしまうその狂おしい近さの中で、わたしはいつしか、あなたではなくあたしになっているのです。あなたのいない世界にはわたしもいない。この歌が消えてしまったらあたしは消えてしまうに違いない。
そしてなんと、この細馬宏通氏の「うたのしくみ」連載、第二期が先日開始されたばかり!第二期の最初に取り上げているのはなんとあの大ヒット映画『アナと雪の女王』の「とびら開けて」です。
modern fart | うたのしくみ Season2 第1回「二人でやり遂げる歌」 –とびら開けて–
http://modernfart.jp/2014/05/12346/
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