ぐるりみち。

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「私」で「俺」で「ワシ」にもなる「僕」と一人称の話

「俺」になれなかった大人達へ。「僕」が「自分」になれた日 - それでもブログが好きだから

 

 読みました。一人称が結構な頻度でブレブレになる僕です。

 

 日本語の魅力、というか「分かりやすさ」のひとつとして、一人称の豊富さが挙げられると思う。英語では「I(アイ)」に限定されてしまうけれど、日本語では〈僕〉〈私〉〈俺〉〈自分〉あたりがメジャーで、〈儂〉〈某〉〈我〉なんてものまである。

 

 言ってしまえば、一人称なんてひとつの記号に過ぎない。等しく〈私〉を表す言葉であって、基本的に、他の余計な意味は付いてこない。厳密には、使い分けることによって身分差なんかを表す場合もあるようだけれど。

 

 けれど、一人称ひとつ取ってみても、それが与える印象は看過できない。男性が〈俺〉と言うと気が強そうに感じるし、女性が〈僕〉と言うと中性的な印象を覚える。

 小説や漫画、アニメなどの創作作品においては、一人称の存在感が特に大きい。一人称を登場人物ごとに別にすることで、小説では誰が話しているのか分かりやすくなるし、一種の“キャラ付け”にもなる。「ボクっ娘」とか最高だよね!ぐへへへへ。

 

 そんな「一人称」について。それぞれが与える印象と、自分が自然と行なってきた使い分けを見直して、まとめてみました。

 

 

いつでもどこでも使える!スタンダードにして最強の〈私〉

 一人称と言えば、真っ先に挙げられるのが〈私〉。英和辞典で「I」を調べてみても、たいていは「私は〜」といった形で取り上げられており、現代においては一人称の基本となるものですね。

 

 〈私〉と書いて、〈わたくし〉〈わたし〉と読む。

 

 〈わたくし〉は、公の場で使う“べき”言葉とされ、畏まった場面では使うことを“強要”されている…らしい。男女に関係なく。そうしなければ、「マナーがなっとらん!」「礼儀知らずめ!」と白い目で見られてしまうかも。

 

 〈わたし〉は、〈わたくし〉から「く」が省略された形。おそらく、現代日本において、誰もが認める「一人称」の代表格。基準。スタンダード。いつでもどこでも、どんな場面でも使える、スーパー一人称。きゃー!わたしさーん!抱いてー!

 

 〈わたし〉を砕けた言い方にすれば、〈あたし〉。さらに砕けば、〈あたい〉になる。元となる単語の「音」を省略することによって、砕けた言い回しになる表現。あたいったら最強ね!

 

 僕自身が〈わたし〉を使う場面は、ぶっちゃけほとんどありませぬ。就活時代は、後半はめんどくさくなって〈僕〉と言ってたし、営業員時代も、稀に〈わたくしども〉と言うくらいで、親しいお客さん相手だとたいてい〈僕〉でした。

 なーんか、〈わたし〉と話している自分の姿がピンと来ないというか、違和感しか感じないので。わたしたわしわたわたたわしわたし……。

 

使用例:

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「はじめてですよ…この〈私〉をここまでコケにしたおバカさん達は……」

→戦闘力530000の宇宙人がお怒りになる時にどうぞ。おこなの?

 

男性の主要一人称だけど、女性もOK!穏やかさを感じる〈僕〉

 男性の一人称と言えば、〈僕〉〈俺〉のふたつが一般的だと思われます。どちらが多く使われているか、というのは分からないけれど、普段から〈私〉と言っている人よりは、これらのいずれかを利用している人の方が多いんじゃないかと。

 漫画やアニメでの使い分けを見ていると、同じ“男性らしい”一人称ながら、それぞれ異なった印象をもたらしているように感じる。

 

 〈僕〉に関しては、どちらかと言えば、生真面目、繊細、控えめ、中性的といった、おとなしい性格を想起させるもの。

 いつも元気いっぱい、活発でひゃっはー!と外を飛び回っているよりは、図書室で本を読んでいる方が似合いそう。仲間を引っ張るリーダーシップを発揮するよりは、サポート役に徹する参謀役のイメージ。……参謀は、〈私〉の方がそれっぽいかな?

 

 そんな、どことなく落ち着いた、穏やかさを持った〈僕〉という一人称は、人によっては距離感を感じるものかもしれない。〈俺〉とか〈ワシ〉とかを使いながら、ガンガン距離を詰めてくる人の方が、好感を覚える場合は多いかも。

 

 僕自身にとっては、ブログの地の文でも主に〈僕〉を使っているように、幼い頃からいっちばんよく使ってきた一人称でござります。リアルでは、〈僕〉が出たり〈俺〉が出たりするけれど、頻度は〈僕〉の方が多め。

 特に意識して使っているつもりはないんだけど、やっぱり最もしっくりくるのが〈僕〉なので。僕は僕であって、僕が語る僕もやはり僕なのです。

 

使用例:

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「〈ボク〉にホコリをつけたのは親以外ではキミが初めてだよ」

→第4形態にまで変身できる宇宙人が、相手をそれとなーく褒める時にどうぞ。 

 

捕捉:女性が使う、一人称としての〈僕〉と〈俺〉

 また、数は少ないけれど、女性でも〈僕〉や〈俺〉を使う人は一定数存在する。自分の周囲でも、グループごとに1人はいたし、特に違和感なく周囲からも受け入れられていた。ある調査では、女性全体の5%ほどが、「男性向け」とされる一人称を使っているそうな*2

 

 女性が使う〈僕〉や〈俺〉に関しては、母親が良い顔をしない場合が多いようにも思う。「ボクっ娘」である友達に聞いてみると、“女の子らしく”することを強制、矯正されて育ってきた、という話をよく耳にする。

 心理学的にも、男性への憧れや、自分の知る“女性”(多くは母親)になりたくないという心情から、“男性らしい”一人称を使う女性の存在は論じられているとか。別に「女の子は使っちゃダメ!」なんて決まりはないんだし、自由にすればいいと思うんだけどな。

 

 というか、二次元三次元に関係なく「ボクっ娘」好きの身としては、それを差別して排斥するなど言語道断。許せぬ。いいじゃん!ボーイッシュ女子!かわええやん!キュンキュンしちゃうもん!いいぞ、もっと広まれ!

 

親しげな一人称No.1!強さと近さを感じる〈俺〉

 私的な場面での一人称と言えば、やっぱりこちら、〈俺〉。〈僕〉に関しては、相手が極度に気にしないタイプの人であれば、公私どちらの場面でも使えると思うけれど、〈俺〉はほとんど完全にプライベートな場面でのものかと。「キャラ付け」は別として。

 

 穏やかさを感じさせる〈僕〉とは対照的に、〈俺〉と聞いて想起されるのは、親しさや近さ、遠慮のなさ。あるいは、強さや活発さ、積極性、男性的な面などなど。

 ちょっと悪い見方をすれば、同等、あるいは格下の相手に使うようなパターンも否定はできないかと。良くも悪くも、話す相手の“評価”が無意識に入り込んでいることは否めない。親しい相手か、どうでもいい相手か。両極端ねー。

 

 僕自身が〈俺〉を使う場面は、ふとした瞬間にぽっと出てくる感じ。そこそこ酔っ払ってるときとか、めっちゃテンション上がって無遠慮になってるときとか。

 また、中学・高校生時代は、〈僕〉よりも〈俺〉を使う頻度の方が高かったです。思春期ならではのアイデンティティ形成の過程でそうなったのか、男子校という環境がそうさせたのか。共通するのは、身体的に動きまわったり、友達とバカ騒ぎしているときは常に〈俺〉だったと思う。

 

 あと、最近は〈俺〉と同じくらいの頻度で〈ワシ〉も使うようになりまして。

 

 愛知県に住んでいた時期があったので、その頃にいつの間にか刷り込まれたのか、創作作品に影響を受けたのかは分からないけれど、気付いたら〈ワシ〉になってた。

 というか、いろいろな土地で過ごしたせいで、“なんちゃって方言”が混ざりに混ざって、微妙にカオスな状態になっていなくもない。「わしゃあそれに賛成じゃあ」だの「飲みぃ行くべ」だの「どうすっぺ?」だの。どげんかせんといかん。

 

使用例:

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「お…〈オレ〉は宇宙一なんだ…!だから…だから貴様はこの〈オレ〉の手によって、死ななければならない…!〈オレ〉に殺されるべきなんだーーーっ!!!」

→敗北し、激おこプンプン丸と化した宇宙人の叫びとしてどうぞ。

 

「一人称」によるキャラ変

 さて、ここまで見てきた某フリーザ様のように、その時々で一人称を変えることによる印象の変化、というのは、なかなかバカにできないものなのではないでしょうか。

 

 最初は〈私〉で礼儀正しさを見せつつ、見え隠れする〈俺〉を演じ、〈僕〉によって自分らしさを示し、再びの〈俺〉でガチギレ具合を表現する。あれ?そう考えてみると、僕の一人称の使い分けって、フリーザ様と酷似してね?私の戦闘力は0.53です。ゴミめ……。

 

 「一人称を変えたら彼女ができました!」なんてことにはならないとしても、ちょっとした気分転換として、普段は使わない呼び名で自分を呼んでみるのもおもしろいかもしれない。

 周囲からすれば「おっ?」となるだろうし、ある種の新鮮さも感じられる。あ、でも、いい大人が自分の名前を含めて「◯◯ちゃん」と呼ぶのはちょっと……。なんとも言えない気分になるし、場合によっては、穏やかな僕ちゃんでもイラっとしちゃうぞっ☆

 

 あと、「一人称」について考えてみて思ったのが、創作作品における使い分けを比較してみるのも、結構おもしろそうだなー、というもの。

 『遊☆戯☆王』の武藤遊戯なんか、表と裏で典型的な違いが現れているし、普段はダメダメな『新世紀エヴァンゲリオン』のシンジきゅんが、賢者タイムで〈俺〉って言っちゃう感じとか。『コードギアス』の枢木スザクが、焦りや怒りで〈俺〉になるのも、生々しくて好感が持てる。

 

 ある一人の人間に関しても、様々な性質や性格を持っているわけだし、別々の「一人称」ごとの“キャラ”があると考えてみても、おかしくはないかもしれませんね。……って、中学生くらいの時に考えていたようなあばばばば。

 

 

参考:

 一人称 - Wikipedia

 ボク少女 - Wikipedia

 語源由来辞典

 フリーザ様の名言集

 

一人称小説とは何か−異界の「私」の物語 (MINERVA 歴史・文化ライブラリー)

一人称小説とは何か−異界の「私」の物語 (MINERVA 歴史・文化ライブラリー)