福島をどう描くか:第1回 漫画「いちえふ 福島第一原子力発電所労働記」 竜田一人さん
2014年05月22日
そもそも実際の現場で事実を確かめることすら、大変なんですよ。現場で流れているうわさを聞いて、何かが起きたとされる場所まで自分が確かめにいったらうわさとは全然違う、なんてこともありました。この話は今週号の「モーニング」に描いています。やっぱり現場でも分からないのに、外からだと余計に分からないこともあるのではないか、と感じていました。
−−大上段に構えた話よりもディテールに力を込めている印象があります。
◆自分が面白いと感じたところを描いていくと、ディテール(細部)になっていきます。大づかみの部分よりも、細かいところを見ている方が面白かったなあ。これも今週号で描きましたが、あの現場では「KY」といえば「危険予知」なんです。普通は「空気が読めない」ですよね。今週の「週刊現代」に描いた話も建屋の中からトイレに行くという、細かいネタですからね。こうした話にも書きたい話が多くて。ちょっとした話なんですけど、外から一番わからないのはこういう日常の部分なのかなと。
−−これが竜田さんの放射線管理手帳ですか。
◆そうです。預金通帳みたいなんですよ。職歴もちゃんと書かれていますよ。被ばく量もここに記録されています。ここでだんだんたまっていって20ミリシーベルト近くになっていますよね。これで現場に行けなくなったわけです。手帳を作業員同士で見せ合うことはないですね。
−−実際の現場とイメージが違う部分は多いとあらためて感じます。
◆四六時中緊張して働いているわけではないですよ。ギスギスしてもしょうがないし、リラックスして働ける環境も大事です。やっぱり、廃炉作業を終わらせるためには誰かが働き続けないといけないので。
「いちえふ」に描いたように私が福島に行ったのは「高給と好奇心とほんの少しの義侠(ぎきょう)心」。仕事に困っていたし、どうせ働くなら被災地、そして福島で働きたいと思っただけです。この漫画を通じて、現場で働いている人の顔が想像できるようになってほしいなと思っています。親近感とは違いますけど、どういう環境で働いているかは分かってほしいという思いは込めています。レッテル貼りをしたり、大所高所に立ったりしているだけでは解決しない問題が現場にはまだまだあると思うのです。