2007年12月26日

波のようなもの

語らないように、封印されている感じの時があります。
そういう時、同じようにメッセンジャーの役割の方も、
静かに黙っていることがあったりして、

そういう波のようなものがあります。

なぜ時々、メッセンジャーたちが封印されるのだろう?と
考えていたのでした。
それで、もたらされてた答えは、

これは私たちが思っているよりも
大きな流れのうねりのようなものなのだろうなぁということ。
目に見えない存在を知らせる段階は終わり、
もう在ることは分かったでしょう?
今度はそれはどんなことなんか、よく消化してみよう、ってことかな。

消化っていうか、発酵っていうか、醸造っていうか、
寝かして待つ時間。

確かに、人が何かを自分のものにする時、
またはより素晴らしく変容する時、
青虫が蝶に変わる時、
そんな時間は必要だものね。

情報を入れたら、続々と入れるばっかりじゃ、
染み込んでいかないで、流れちゃうんだよね。
染み込むことに専念する時間って必要だよねー。

そんな発酵時間を経てきて、
素晴らしく変容しはじめた人を見つけて、
そんな時間も必要なんだって、実感しました。

いよいよシフトチェンジは進んでいるんだわ。
そして、とても多くのガイドたちが、この流れを見守っているのね〜。

posted by 和香 at 02:20| この世の仕組み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月23日

メッセージがいっぱい

目に映るすべてのものがメッセージって。
そういう歌がありましたよね。
最近つくづくそう思う。
身の回りのものから、出来事から、人から、本から、
ブログから、テレビから、映画から、メッセージだらけ。

波動が上がると、どんどん精度が上がって、更に頻度もあがって、
ものすごく分かりやすいピッタリのサインが、
ジャストのタイミングで目に映るようになってきます。
しかも、分かるまで、受け入れるまで何度も何度も。
いろんな方向からメッセージがやってくる。

次々に課題がやってくるので、ちょっとタンマ。
と、躊躇してると、大変なことになります。
最近は、私と私の周辺と強く繋がっている人が増えてきてしまって、
そういう人たちにも躊躇していることが、
影響してしまうということが分かりました。

先日も、ちょっと前々からの課題と分かっていることを、
大変面倒くさいので後回しにしていたら、
たて続けに、敏感な体質の二人から、
「自分でなんとかしてください。」
「とぐろ巻いてますよ。」というようなメッセージが伝言されてきました。
それも、自分でもそう感じていて、取り組まなくちゃと思っていた、まさにその頃に、
彼らは私についてのメッセージを精霊から受け取り、
伝えないでいると催促されたり、具合が悪いことになって
言わざるを得ないようになったりしたらしいです。

それだけじゃなくて、自分が人に伝える言葉さえ自分へのメッセージ。
しばらく自分の課題とシンクロするリーディングばっかり・・・。
少し前に自分がもらったメッセージが、そのまま出てきたりする。

はぁ〜・・そんなに念を押さなくたっていいじゃないの。
なんて、思ったりもしましたが。
私は世界と繋がって対話しながら生きている。そういうことなのね。
そりゃ、もう、疑いようがないくらいの度重なるメッセージ。

波動が上がると、学びのスピードも加速します。
でも、切り換えも早く出来るようになるから、大丈夫。

そうそう、メッセージの読み方は特別な能力はいらないものもあります。
すべては思いの反映ですもの。現実に現われてくるのです。
それを読み解けばいいんです。

例えば、だんなとの口論でむっとして家事をしていたら、
小指の先をぶつけてしまいました。
「些細なことです」ってメッセージです。
ま、そうよね。って。
それで切り換えれば、それでいいんです。

ちょっとしたハプニングも、トラブルも事故も病気も、すべて何かのサイン。
状況やどこがどんな症状なのかを調べると、今の気づきのヒントが見えます。

だから、ただ痛み苦しみを取り除く、癒す前に、ちょっと考えてみてください。
なぜ、それが起こったか?何を伝えようとしているのか?
苦しみや痛みを伴うことこそ、どうしても伝えたいメッセージであることが多いです。
理由なく起こることは、何一つないんですから。
そこに、大きな気付きのヒントが隠されています。

posted by 和香 at 23:05| この世の仕組み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

波動を上げていきましょ!

「高い気持ちを持ち続けるのが難しいのだけど、どうしたらいいの?」と
友人からメールが入りました。
この人は最近、スピリチュアルの扉を開けたばかりの人です。
でも、もう長く精神世界を勉強して、生活に取り入れている人でも、
ちょっとしたことで、気持ちのバランスを崩してしまうことがありますよね。
今回は波動をあげることについて、お話しましょうねー。

なんて、実は難しいことじゃないと思うんです。

美しい風景、自然、それから音楽や絵など芸術に触れて、感動すればいいんです。
できるだけ、神さまが作られた波動の高いもの=自然の美しさがいいと思います。
海や森や空など。出来るだけ手の加えられていない自然なら、なお望ましい。
人の創ったものならば、無機質なものよりも、自然なもの。
音楽なら実際に目の前で鳴る音や声がいいし、
絵なら実際に描かれたものがいいと思う。

美しさ、清らかさ、柔らかさ、優しさを感じるものがいいです。

難しいことを考えると、分からなくなってしまいます。

ただ、より明るい方へ、暖かいほうへ、高い方へ。
気持ちを向ければいいんです。それだけです。
そうでない方を見てたら、波動はどんどん落ちてしまいます。
そうすると、気持ち悪いもの、暗いもの、寂しいものに囚われてしまいます。

それが、気持ち悪いものを見ないコツだと、私はNさんから教えてもらいました。

ラジオと一緒なんだって。周波数を変えればいいんだって。
悪霊や怨霊よりも、精霊や神仏を感じたければ、
チューニングを、変えればいいんです。
テレビと似ているともいえますね。
チャネリングなんて言葉は、まさにチャンネルから来ているんだものね。
より美しく、清らかで、暖かく、明るい、高みからの光にチャンネルを合わせて行きましょ。

ただ気持ちを切り換える。それだけのことなんです。
難しく理屈を考えてしまうと、出来ないかもしれない。

たとえば、嫌なことがあって、怒りや憎しみが湧き出すことがあっても、
人を羨ましく、妬む気持ちが湧いてしまっても、
(原因は解読済みで思い癖の場合ね。そうでない場合は原因を解読すること)
これは思い癖、囚われていてはいけないんだ。と決意して、
原因を確認したら、流してしまう。トイレにでもね。ジャーっと。
それから気分を切り換える。
美しいものに触れて、その世界に気持ちを誘われてしまってください。
心の中で思い描くだけでも効果があります。
庭に出て植物に触れるだけでもいいです。

波動が高い人というのは、心に美しい風景を持っている人です。
美しいものと繋がっている人です。

そういう人になると、その人がいるだけで、
職場の雰囲気が明るく変わる。家の中が居心地がいい。
その人と空気を分かち合いたくて、人が寄ってきます。
シンクロが頻発し、神さまからのギフトも増えます。

さ、波動をあげていきましょう!

posted by 和香 at 23:03| この世の仕組み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月21日

花のようになるために

ある時、散歩しながら、神さまのお話に耳を傾けていました。
人は何度もくり返し生まれては死に、また生まれてくるというお話。
その時、道端にブルーレースという花が美しく咲いていました。
その花は、放射状にエネルギーを放っていました。
それがまた美しい愛のエネルギーなの。
人が花に癒されるのは、花が純粋な愛を放つ存在だからです。
あぁ、なんてきれいなんだろうと、思ったら、
神さまがこう言うのです。
「このようになるためにあなたは何度も生まれてくるんですよ。
花のように、どこにいようと、誰に見られるかということも関係なく、
どんな場所で、手折られようとも、周りの全ての存在に、
全身全霊で、愛を表現することです。」

人は何度も、生まれては生き、死んでは生まれて、人生を繰り返しています。
体は一回分しか持たないのだけどね、魂は死なないの。
でも、体を持ち、この世に生まれ、人と出会い、
苦しみ、悲しみ、耐えて、時には怒り、
時には優しさに触れ泣いて、愛されて笑い、
あらゆる経験をして、豊かに優しく強くなるのね。
そして花のように、無条件に愛を表現する存在になるんだね。

花、というか植物は、いつも神さまと繋がっている存在でもある。
だから、どんな情況でも悲嘆にくれたりしないんだそうです。
生きて役割を担い、愛を表現できれば、それだけで喜ぶ存在。
花みたいに抵抗しないってことじゃなくて、
岩をも裂いて芽吹いてくる。その強さの方を見てね。


そんな風になるために、この世という仕組みの中に、
何度も生まれて、生きることを学んでいる。

それにしたって、この世には、酷いことが満ちている、と思える。
でもね、こんな酷いことはないくらいの酷いことを受け止めると、
魂は、強く光り輝くの。

強く輝くために、一生懸命生きている私たちを、神さまは見守っている。
苦しいこと、悲しいことに出会っている時こそ、見守っていてくれてる。
多くの守護霊たちが、寄り添って、励ましてくれている。
ただ、そういう時って波長が違うので、感じられないんだけどね。
だけど、必ず、そばにいるから。

この世の仕組みに、カルマというものがあるけど、
これは悪いことをしたら罰を受ける、ということじゃないと思う。
理解の足りなかった分は、もう一回、追試受けてるのよ。
でもね、何度でも追試受けられるから、大丈夫。

私が前回お話した結婚で、一番つらかった時、
それとリンクする前世の記憶が蘇ってきた。
それは、南洋のどこか、戦争のさなか、
私は年端もいかない少女だった。
兵隊につかまり、大勢の兵隊たちの性のはけ口として、
粗末な小屋の中に幾日か分からないほど、軟禁されている。
どうしてこんなことが起こるのか?
虐げられる自分の姿はあまりにも、惨めで、哀れで、無力だった。
動けない体を動かして、なんとか隙をついて、脱走するが、
でも、ほどなく追われ、捕まり、その場で殺されてしまった。

そのビジョンが見え、生々しく感じるその少女の短い人生に、
しばらく受け止めかねて、吐き気を感じた。

前世を見る時、いつも”その時に関連している”前世を見る。

何が何だか分からないまま、虐げられ、自由も得ないまま死んでしまった。
その時に残った思いが、
人はこんな風に力づくで支配され、虐げられちゃいけない。
もっと尊厳がある。どんな人間にも。自由に生きたい。
という思い。

だから、今生で、あの体験が起こったんだって、理解した。

尊厳と人間らしさと自由を。
今度は死なないで、ちゃんと手にしなくちゃ。

それに気付き、私は、ちゃんと手に入れた。
私のカルマが昇華されたのでした。
だから、私は、もうあんな目には遭わない。

そして、花のような強い愛に、一歩近づいたわけです。
posted by 和香 at 15:50| この世の仕組み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

みんな光に包まれている

前回の日記をアップする前に、
また、キテレツなことを書いてしまった。
みんなにドン引きされたらどうしよー?と、ちょっと不安になったけど、
書きなさいと言われて書いたものだからなー。必要な人もあるのかもしれない。
と、思いきってアップしました。
みなさん、思いのほか受け入れてくださって、ほっとしました。
いや、引いた人もあったかも〜。私もう”キテレツ人”扱い?それは最初から?
ん〜…仕方ありません。それも受け止めなくてはいけませんかねー。
ぼやきはこのへんにして、今回の本題に入りましょう〜。
今日もキテレツかもしれません。

ある時、気付いたのですが、
どうも、他の人には、空から降ってくるキラキラ光る、
光の粒子のようなものは見えないらしい。
見える人もあるらしいけど、多くの人ではないらしい。

人や木や動物やモノも、光を放っていたりしますが、
これは最近流行っているオーラのことじゃないかと思います。
光のベールのように見えます。みんな包まれてます。
私は光っているというのが分かるだけで、それで診断なんて出来ませんが。
確かにその時の調子で強弱があります。
メッセージを受けている時は、ことさら強い光を感じます。
これは私のというより、私の精霊の光が、重なるからでしょう。
目が覚めたばかりなども、強く瞬いています。
あちらの世界に行って帰ってきたばかりで、その余韻が残っているからでしょう。

そういえば、この降ってくる光はなんだろうと、ある時、精霊に尋ねると、
これは神さまの愛のエネルギーです。と精霊は答えた。
なるほど、と思った。
絶えず雨のように私たちに降り注ぐ光は、私たち自身が放つ光と溶け合う。
私たちに力を与えてくれているように。

またある時、この世に起こる悲しい出来事、空しい出来事を思い、
どうして神さまはそのままにしておかれるのだろうか?と問うと、
家を持たず、屋根の無いところで寝起きする人たちの姿が見えた。
そして、彼らの上にも、天上から光は溢れるほど降り注いでいた。
守護霊は彼らと供に、寄り添うように、時を過ごしている。
お見捨てになっているわけではないのだ。
神はどんな人にも、どんな時にも、惜しみなく愛を注いでいる。
共にすべてを味わっているのだ。
この世に絶望は、ないのだ。
と、私は、この時に学んだのです。

そういうわけで、
神さまは、いつも愛とともにそばにいるのだから、
気がねなく、思いきり、苦しんだり、泣いたり、喜んだり、笑ったり、
人生修行に励まなければね。

posted by 和香 at 15:49| この世の仕組み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする