3.依頼
このたび漫画化されることになりました。
詳細は活動報告にて!
ある日の昼下がり、俺はブラートの露店で遅めの昼食を取っていた。
硬めのパンに野菜や肉を挟み込んだサンドウィッチを頬張る。昼時の混雑時を終え、余った材料でブラートが作ってくれたものだが、これがなかなか美味しい。
使われている食材は、『ジャイアントチキンの肉』と『タリス草』をはじめとする野菜食材だ。どれも始まりの街ダラス周辺で手に入る低ランクアイテムである。
ダラスから外に出かけて野宿でもする場合、こういった食材アイテムを現地で手に入れて調理する機会は多い。俺も幾度となくそういった経験はある。
しかし、同じ食材を使っても俺が作るのとブラートが作るのとでは、やはり味が全然違ったりする。流派のアシストのおかげで包丁さばきはもちろん、食材の火の通り具合なども詳細にわかるらしい。さすがは調理系流派の使い手だと言えよう。
「ふう、やっぱ調理士が作るとうまいな。俺が作ってもこうはならないよ」
サンドウィッチを片手に俺がしみじみと呟く。
「そりゃ、それが取柄だからな。調理系の流派を習得してれば、アシストに任せるだけでどんなやつでもそこそこうまいものは作れる。それ以上を目指すならちょっとコツが必要だろうけどな」
ブラートは俺に背を向けたまま返答してきた。彼は俺を放置して、先ほどから一人でずっと片づけと夕方への仕込みをしているのだ。
「へぇ、そのコツっていうのは?」
俺の質問に対し、ブラートはチラリと振り返って目線を向けてくる。
「ん~、一言じゃ説明し辛いな。俺ら調理士は流派の違いはあれども、アシストやスキルの恩恵で、巧みな包丁さばきができたり、食材の火の通り具合なんかもわかったりするんだ。そのままアシストに身を任せていれば、決まった分量の食材を使ってレシピ通りの料理ができる。でも、食材アイテムも毎度毎度同じ品質とは限らない。食べる人だって、その時の環境だって違うかもしれない。そこらへんを考慮して、上手くアシストに乗せられるかってところかね」
「なるほどね。アシストに頼り切りじゃダメだってことか」
今度は俺の返しにも振り向かない。そのまま作業をしながら頷いていた。
「特に味なんてものは好みがあるからな。アシストに頼り切りの料理だと、個性の薄いものになりがちでどうも大味なんだよ。それでも一応レシピ通りには作れるから、皆それなりにうまいとは言うけど」
「ふ~ん、そういうものか。でもそんな大味だなんて感じた経験はないな」
俺が首を捻っていると、ブラートは小さく笑いながら振り返る。どうやら作業が終わったらしい。
「ここらで料理系の露店巡りしてみると、結構わかるもんだぞ。皆が皆、研究熱心ってわけでもないからな。でもまあ、お前はほとんどうちの店にしか来ないからわからないんだよ」
「へいへい、腕の良い調理士が親友のおかげってわけですね」
「そういうこった! もっと俺の事敬ってもいいんだぞ」
俺の棒読み科白に対して、ブラートは大きく胸を張った。
やがて、どちらかともなくお互いに笑い出す。
こうして昼下がりにブラートの店で食事を取るなんて、以前の俺ではまずなかった。というのも、最近俺のライフサイクルが変わってきているのだ。
これまではダラス近辺で日帰りができるダンジョン、特に『死者の洞窟』で戦い続けていた。しかし、『バルド流剣術』の奥義【心眼】を得てから俺の生活は急変したのだ。
今までならば勝てるはずもないと思っていた数々の強敵との激戦、新たに現れた派生流派『真バルド流剣術』、そして生まれ変わった俺の相棒。
己の実力に対して認識を改めた俺は、少しずつ行動範囲を広げていくことにしたのだ。だが、そうするとさすがに日帰りで出かけるには無理が出てくる。
ダンジョンの難易度が上がってくると、それに比例して始まりの街ダラスからの距離は遠くなってしまう。
実は今回もとあるダンジョンを目的に遠出をして、昨夜戻ってきたばかりなのだ。そのため、休息を兼ねて今日は朝から修練場でひたすら反復訓練を行っていた。
つい無心となって剣を振っていたらこんな時間になってしまったわけだが、昼の混雑は避けるつもりだったので、結果としてこうしてゆっくりと食事ができている。
混雑のピークを終えたこの時間帯でも、たむろしているプレイヤーはまだまだ多い。そんな彼らに混じって、俺とブラートはだらだらと雑談を重ねていた。
「そういえば、あの噂はもう聞いたか?」
「噂? どんな噂だ?」
二人で席に着き、飲み物を片手に何気なく通行人を眺めていると、ふと思い立ったようにブラートが尋ねてきた。
噂と言われても心当たりのなかった俺は、思わず聞き返す。最近はダンジョン攻略に夢中になっているせいで、始まりの街ダラスを離れることも多い。
おかげで、以前ほどダラスでの流行りなどに敏感ではないのだ。
「お、まだ知らなかったのか。結構騒がれてるんだけどな」
俺の返答に対し、彼は意外そうな顔を見せる。
俺は首を捻った。
そんな騒がれているようなことがあったのか。
「例のプレイヤーの噂……本当に知らないか?」
「例のプレイヤー……?」
なんだろう。なんだか嫌な予感がする。
俺が戸惑う様子を尻目に、ブラートはニヤリと笑った。
「なんでも、最近高ランクダンジョンをソロで踏破する謎のプレイヤーがいるって話さ。そんな馬鹿げた話、普段なら信じるわけがないんだが……目撃情報がちらほらあるんだよ」
どこかで聞いた話だ……ますます俺の嫌な予感が強まる。
「と言っても、早朝や深夜の人気のない時間帯でしか目撃されてないそうだ。おかげで、そこまで目撃者は多くない。話によると、そいつは認識遮断効果付きの装備で全身を覆っているせいで、どこの誰なのかが判明してないそうだ。そして、ソロで高ランクダンジョンに挑むだけあって、アホみたいに強いらしい。目撃した連中も驚きで声を掛ける余裕もなかったって言うからな。そいつについてわかっているのは、全身黒ずくめで重装甲の鎧装備、そして恐らく剣術士だろうってことだけ」
そこでブラートが言葉を切った。
身に覚えがありすぎて、思わず俺の動きが挙動不審になる。
そんな俺を面白そうに見つめながら、彼の話は続いた。
「一説によると、モンスターハウスを悠々と突破してただの、ダンジョンボス相手に無双してただの……更には、どうやってかソロの剣術士なのに属性相殺をやってのけたなんて話もある」
ここ最近の行いを思い出してみる。
どれも数回、なんて所じゃないほど経験していたりした。
……正直、新しい玩具を手に入れてはしゃいでいた感は否めない。
なんせSランクのユニークアイテムで、しかも精霊武装なのだ。今まで悩みの種だった属性攻撃を、思う存分迎撃できるのである。俺の気分が乗りに乗るのも仕方がないだろう……多分。
くそう、これも新しい相棒が悪いんだ。
「おかげで、本当にそいつがプレイヤーなのかって議論が湧いてな。一部じゃ新手のイベントNPCだって騒いでる連中も出る始末さ。だけど、そこまで騒がれてるのに肝心のそいつの名前もわかんないんじゃ不便だってことで、そいつに名前がつけられたんだ。その名は……」
ブラートは意味ありげに笑みを深めると、声を潜めてボソリと呟いた。
「『黒騎士』」
「ブフゥゥッ!!」
ブツブツと自己弁護を繰り返していた俺だったが、その”名前”を聞いて思わず口に含んでいた茶を噴きだす。
ブラートはその飛沫を華麗に回避すると、眉を顰めて俺に抗議した。
「汚いぞ、師範代」
「ゴホッ! ゴホッ! す、すまん。いや、そうじゃない。なんだその名前は!?」
盛大にむせながら俺は彼に問い質す。
予想外の展開に混乱してしまう。
「誰もそいつとコンタクトを取れたやつがいないからな。名前もわからないせいで、誰かが勝手に名付けたらしいぞ。他にも『黒の狂騎士』だの、『漆黒の騎士』だの、『黒マント』だの呼ばれてけどな。結局は巡り巡って、今じゃ『黒騎士』で定着してるみたいだ」
ブラートの返答を聞いて、俺は頭を抱えた。
人目を避けて行動した結果が、まさかこんなことになるとは……。
あだ名なんて『師範代』だけで十分だ。
これではますます人前に出られなくなってしまう。
「一体そいつは何者なんだろうなぁ……どう思うかね? 師範代君?」
真面目な顔で考え込むふりをしながら、ブラートが俺へとたずねてくる。その様子はなんともわざとらしい。
現に、彼の口元には隠し切れない笑みが浮かんでいる。我が友ながら小憎らしい仕草だ。
「くそ、わかってるんだろうが。そいつは俺ですよ。俺!」
観念した俺は、悪態をつきながら投げやりに答えてやった。もちろん周りに聞かれないように小声でだ。
それを聞いた途端、彼は待ってましたとばかりに大口を開けて笑い出す。
「うははは! やっぱりそうか!」
突然の馬鹿笑いに周囲の注目が集まった。思わず視線を周りに巡らせると、何事かとこちらを窺う多数のプレイヤーと目が合う。
「馬鹿! 声がでかい!」
慌てた俺は笑い続けるブラートの首を掴むと、一緒に勢いよくテーブルに伏せた。
そのままの状態で【心眼】を使い周囲を見渡していると、しばらくは怪訝そうな顔をするプレイヤーたちがいたが、すぐに視線を戻してくれたようだ。
昼下がりとはいえ、まだまだ喧騒の大きい時間帯である。こうして突然騒ぎ出すプレイヤーも少なくはない。大人しくなれば、皆すぐに興味を失ってくれるのだ。
「クク、思わず大声をあげちまった。すまんなぁ、『黒騎士』君」
「殴るぞ、お前」
からかうブラートに、すかさず俺は睨み付ける。しかし、彼は俺の視線などまるで気にしない。むしろ、俺が反応を示せばそれだけ喜ぶ始末。
ここは耐えるしかない。
俺はしばらくブラートにからかわれながら歯噛みする必要があった。
「それにしても、お前まだソロで活動してるのか。この前のギルド連合に参加して実力は見せたんだろ?」
ようやくブラートが落ち着いたところで、ふと彼は疑問を口にした。
ブラートには俺が強盗プレイヤー襲撃戦に参加したことを伝えてある。
姐さんの店で新装備を受け取った後に、彼の露店へと足を運んで説明したのだ。
「まあな。でも実際に目にしたのは数人だ。他は結果を聞いただけ。あの時の様子じゃまだまだ疑われてる感じだったよ。やっぱり、実際に見てもらわないことには”初心者流派”のレッテルは剥がれそうにないな」
そう語りながら、俺はギルド連合による襲撃作戦の帰路を思い出す。
リンたちやハヤトたちは俺のことを認めてくれたが、結局『シルバーナイツ』の他のメンバーからは未だ懐疑的な視線が大多数であった。
さすがに三年もかけて根付いた先入観というのは、なかなか覆すのが難しいらしい。それはなにも『シルバーナイツ』のメンバーに限らず、一般的なプレイヤーの共通見解だろう。
だが、それでも以前に比べると街中であからさまにこちらを見下してくるようなケースは減った気がする。襲撃作戦の少し前、クーパー鉱山では『ブラッククロス』のメンバーにも俺の実力は見られている。その辺りからも情報として出回っている可能性はあった。
こうしたトップギルドからの情報となると、多少は効果が大きいのかもしれない。
……問題なのは、逆に以前にも増して強い敵意を向けられることがたまに見受けられることだ。
『やがてはお前に対し憎悪に似た嫌悪を抱くようになるだろうな』
ゼファーの言葉が脳裏を過ぎる。
彼の語った予言じみた内容。俺はそれを否定できない。現に、その片鱗は現れつつある。
今はまだ敵意を向けてくるだけだ。しかし、今後は一体どうなるのか……。
僅かながらも俺の胸中に不安は育っていた。
「なるほど。確かにあの『バルド流剣術』で高ランクプレイヤー相手に勝つっていうのは、俺でもピンとこないからな。なまじほぼ全員がチュートリアルで『バルド流剣術』を体験しているからこそ、理解し難いのかもしれん」
「ああ。他流派に比べると、初期はほんとに差が大きいからな。おかげでパーティ組もうにもハブられることになったんだし……そう考えると、やっぱりすぐに認められるってわけにはいかないか。まだ変な言いがかりをつけられてないだけマシかもしれない」
お互いに頷き合う。ブラートもかつては『バルド流剣術』の使い手として戦っていただけに、この流派の事情をよく知っていた。
「まあ、ともかく。リンやハヤトたちもいるし、全くパーティを組めないわけじゃない。パーティが必要な時は彼女らを頼るさ」
そう言って俺が肩を竦めてみせると、ブラートはギリギリと歯軋りし始めた。
「ぐぬぬ……リンさんたちと気軽にパーティが組めるだなんて、お前どれだけの男がそれを望んでいるかわかってるのか? 特に最近はリンさん、ミーナさんとお前がやたらと仲が良いなんて噂も入ってきてるんだからな!? 両手に花状態で、しかもその花は極上だなんてほんとに襲われるぞ!」
彼の形相に思わず上体を引いてしまう。
「うぐ……そんなことまで噂になってるのか」
「そりゃそうだろ。トップギルドのアイドルだからな。注目度は段違いだ。ま、俺の一押しのシェリーちゃんに比べれば少し負けるけどな」
「……そうかい」
「うむ! お前は彼女を見たことあるのか? あの可憐な姿を! そう、あれは俺が仕入れのために露店を巡っている時だった……」
シェリーとは確か『銀騎士』三美人の一人だったか? なんでも『シルバーナイツ』専属のの調理士だとか。
ブラートが、なにやらよくわからない話を力説し始める。彼の勢いに押され、俺は乾いた相槌を打ち続けた。
彼の長い話を聞いた結果、結局は「シェリーちゃんは俺の天使!」というのを言いたかっただけらしい。
俺は一応同意しておいた。未だにシェリーなるプレイヤーを見たことがないのだけれども。
テンションが上がり過ぎて見えなくなっていたブラートの意識が、ようやく舞い戻ってくる。
「しかし、リンたちとのこともそんなに噂になってるならしばらくはまだソロかな」
とりあえず脱線した話を戻す為、俺がそう語るとブラートは心配そうに眉を顰めた。
「おいおい、噂には聞いてるがそんなソロばっかりで本当に大丈夫なのか?」
「ああ、新装備のおかげでな。実際ソロでもそんなに困ってないんだ」
そう言いながら俺が取り出したのは一枚のアイテムカード。描かれているのはもちろん『龍剣ヴァリトール』だ。
それを見てブラートが唸る。
「精霊武装ってやつか。俺もお前に聞くまで全く知らなかったよ。奥義を得た鍛冶士しか作れないんだって?」
「姐さんによるとそうみたいだな。もっとも、重要な材料アイテムの入手方法がわからなくて未実装だと思われてたらしい」
精霊武装を見事に作り上げた姐さんだったが、未だにその成果を公表はしていない。恐らくは俺のことを考えて公表を差し控えているのだと思い、それとなく尋ねてみたのだがどうやら違うらしい。
彼女には彼女なりの思惑があるようで、理由をたずねても「秘密です」と微笑んで答えてくれなかった。
とりあえずは俺も姐さんに倣って、精霊武装に関しては親しいブラートやリンたちを除いて口をつぐむことにしている。
「ともかく、こいつのおかげで俺でも属性攻撃への対処ができる。あとは、しっかり回復アイテムを持っていけば意外となんとかなっちゃうんだよ」
『龍剣ヴァリトール』のカードを片手に俺が胸を張る。
「……いくら装備が良いとは言っても、そんな芸当ができるのはお前くらいだと思うぞ。普通はモンスターハウスやダンジョンボスを一人でなんとかしようだなんて思わん」
そんな俺へ、ジト目のブラートが冷静にツッコミを入れてきた。
彼の言い分はもっともである。俺のやり方が異端だとは重々自覚しているが、それでもなんとかなってしまうのだから仕方がない。
「まったく……調子に乗って無理はするなよ」
呆れながらも最後にはブラートはそう言ってくれる。
彼は昔からそうだ。なんだかんだで俺を心配してくれる。
彼がまだ『バルド流剣術』の使い手だった頃からそうだった。口癖のように最後には俺たちにそう語っていた。
「ああ」
だからこそ俺も、いつものようにそう返す。
今でこそ違う道を歩んでいるが、かつては同じ道を共に歩んでいた同志だ。このやり取りはずっと変わらず続いている。きっとこれからも続くのだろう。
リンたちとはまた少し違う関係。これが親友というものなのかなと思う。
……親友と言えば、よくその単語を持ち出して騒いでいた奴がいたのを思い出した。
「そういえばまだバルド流に皆がいた頃、なんとも暑苦しい奴がいたよな」
懐かしくなってふとそんなことを零す。
だが、それを聞いたブラートは怪訝そうな顔をした。
「ん? そんな奴いたか?」
「え? いただろ? しつこいくらいに『俺たち親友だろ』なんて言って騒いでたじゃないか」
「……聞き覚えがないな。勘違いじゃないか? そもそも俺とお前以外の連中とは親友と呼べるほど深い仲じゃないだろ。あいつら他流派にいったら音沙汰無しじゃないか」
ブラートにそう言われ、俺は若干混乱する。
「いや、確かにいただろ? 確か名前は……」
思わず名前を告げようとして気付いた。全く名前を思い出せない。それどころか顔や体格すらも思い出せなかった。
首を捻って悩む内に、ただの勘違いなのではと思い始める。
「あれ? やっぱり勘違いかもしれない」
「だろう? あの時にそんな奴いたらさすがに俺も覚えてるよ」
さらなるブラートの言葉に、俺は頷いた。確かに彼が全く覚えていないというのはおかしい。
やはり俺の勘違いか……しかし、どこでそんな科白を聞いたのだろう。
なんともモヤモヤが晴れず悩む俺だったが、ブラートはまるで気にせず顔を近づけて囁いてきた。
「ところで、今まで結構ソロでダンジョンクリアしてきたんだろ? なら、かなりレアアイテムとか溜め込んでるんじゃないか?」
「そりゃ、なんだかんだで結構溜まったね」
とりあえず悩みは棚上げして、返答する。思い出せないのは気持ちが悪いが、ここまで覚えてないということはどうせたいした話ではないのだろう。
「おおう、いいねぇ。今日は持ってきてないのか?」
ブラートの瞳が期待に染まる。プレイヤーとして、やはりレアアイテムは気になるらしい。正直俺も気持ちはよくわかる。
かつての俺たちにとって、高ランクダンジョンで手に入るレアアイテムなど夢のまた夢だったのだ。
彼の期待に応えるべく、腰のポーチからカードの束を取り出した。
それを彼に渡してやると、嬉々としてめくり始める。
「かなり分厚いな……おお! 『ディバインクロス』に『ヴァルブレード』か。それに『ナイトメアエッジ』……ん? 『緋影剣』まであるのかよ!?」
カードを眺めていたブラートから驚きの声があがった。
今、彼が口にしていたのは武器アイテム、それも剣系アイテムの名前だ。さすがにユニークアイテムでこそないものの、どれもがダンジョンボス撃破によるドロップアイテムとしてしか手に入らないレアアイテムである。
これらのアイテムは、ダンジョンボスを倒したからといって必ずしも手に入るわけではない。相応のドロップ確率があるのだ。
それに通常はパーティで戦うために、戦闘後のアイテム分配で勝ち取らなければならない。
だが幸か不幸か、俺はひたすらソロで戦い続けていたのでドロップアイテムは全て自分のものである。おかげで、比較的楽にこのラインナップを揃えることができた。
ブラートに渡したアイテムカードが、こうして剣系アイテムばかりなのも理由がある。
自分の装備としては、もはや最高ランクのものを手に入れているだけに、いくらレアアイテムとは言っても武器や防具といったアイテムは俺の中で価値は薄い。特に他流派の装備となると尚更である。
鎧などの防具にしても『龍鎧スサノオ』がある上に、予備としては『ブレイブシリーズ』があれば十分だった。元々、防具の耐久度の減りは武器に比べるとそれほど早くない。それに俺の戦闘スタイルを考えると、最悪は剣さえあればなんとかなる。
そういうわけで、必要ないアイテムをどんどん処分していった結果、あの剣系アイテムの束になったわけだ。
ブラートもかつては『バルド流剣術』の使い手として剣を装備していただけに、この種のアイテムには詳しい。
俺の渡したカードの束がどんな価値を持っているのか、彼はきちんと理解してくれていた。
「うお! 『ホロウフラグメント』!? これって確か非実体系モンスターがうようよいるアビスの谷のボスドロップだろ? こんなところまで攻略してたのかよ」
不気味な意匠の剣が描かれたカードを手に、ブラートが唸る。
彼の言う通り、その剣は高ランクダンジョンであるアビスの谷のボス、『カオスシード』のドロップアイテムである。
出現するモンスターがほぼ全て非実体系モンスターであるというこのダンジョンは、武術系流派のプレイヤーにとって鬼門ともいうべき場所だ。
精霊武装である『龍剣ヴァリトール』を手にした俺だからこそ攻略できたが、それでも常に属性攻撃を維持しなければならないのでかなり苦労した覚えがある。
「ああ、さすがにあそこは大変だったな。でも苦労した甲斐あって、かなり精霊武装の使い方が身に付いたよ」
当時の苦労を思い出して、しみじみと俺は語った。
そんな俺をブラートはジト目で見つめる。
「そんな大変だなんて言葉で済む状況じゃなかったはずだろ……そして相変わらずの訓練馬鹿め」
彼に対して、俺は苦笑いで答えるしかない。そんな状況でも己の成長を模索する俺は、確かに訓練馬鹿と言われても仕方がなかった。
「それにしても、そこまで実績を積んでいるのならあれを頼めるか……」
ブラートが突如何事か考え込むように呟く。
「なんだ? 何か頼み事か?」
「……そうだ。お前の実力を見込んで、ちょっと頼みたいことがある」
彼が俺に頼み事など珍しい。一体何だろうか。
「俺にできることなら喜んでやるよ。ブラートには世話になってるしな」
「はは、そう言ってもらえるとありがたい。頼みっていうのは、とある食材アイテムを仕入れてきて欲しいんだ」
「食材アイテム?」
調理士としての彼を考えると、ある意味当然の依頼だった。
「そう、欲しいのはあるモンスターの肉なんだがな……シシルク大森林は知っているか?」
シシルク大森林――始まりの街ダラスのはるか南に位置する巨大な森のことだ。内部は大きく成長した木々によって迷宮のように入り組んでおり、動物系モンスターの巣窟となっている。
探索すれば宝箱が見つかることもあり、立派にダンジョンの一つとして数えられていた。
ちなみに非実体系のモンスターは出現しないので、ランクとしては中ランクのダンジョンに位置づけられている。
「確か南方にあるフィールドダンジョンだろ? イノシシだのシカだの動物系モンスターが豊富っていう」
俺の返答を聞いて、ブラートはその通りとばかりに頷いた。
「さすがに知ってたか。実はな、そこにちょっとしたレアモンスターが出現するんだ」
そこまで言われて俺はピンとくる。
というか、シシルク大森林のレアモンスター、そして食材アイテム。これだけのキーワードが揃っていれば出てくる名前は一つしかない。
「ゴールデンボアか」
その肉が非常に美味として名高い、あるモンスターの名を口にした。
ゴールデンボアはその名の通り黄金の毛並みを持つ大きなイノシシで、シシルク大森林でしか出現しないが、滅多に出会うことができないと聞く。
おかげでドロップアイテムであるゴールデンボアの肉は、希少価値が高く市場に流れれば調理士たちがこぞって買い争うらしい。
「お、なんだ。そこまで知ってたのかよ。もしかして行った事あるのか?」
その呟きに、意外そうな顔をブラートは見せる。
俺はかぶりを振って答えた。
「いや、まだあそこは行ったことがない。近いうちに行こうかと思って、いくつかのダンジョンは下調べしてあるんだ。それに、ゴールデンボアはレアモンスターとしてはかなり有名じゃないか」
「それもそうか」
俺の説明に納得したように彼が頷く。
「だけど、確かそのモンスターって出現確率がかなり低いんだろ? 頼まれたからには努力してみるが、すぐには手に入らないと思うぞ」
俺が名を言い当てた時から感じていた懸念を伝えると、ブラートはニヤリと底意地の悪そうな笑みを浮かべた。
そして、チラリと周囲を見渡すとおもむろに俺の耳元へと口を寄せる。
「それがな、常連から仕入れた極秘情報によると今の時期だけたくさんポップしている場所がいくつかあるらしい。さすがにその場所までは教えてくれなかったがな」
「旬ってやつかね~」などと呟く彼を横目に俺は考える。
嘘か真か、謎の男に竜系モンスターには繁殖期があるという話も聞かされたことがある。他の場所でも、それに類似した様々なアルゴリズムが働いているのかもしれない。
現実世界にログアウトできたならば、インターネットを使って攻略情報はあっという間に共有され、検証されただろう。しかし、現状ではそうもいかない。
何もかもが手探りなのだ。グランドクエスト攻略が終盤に差し掛かっていると言われる今でも、それは変わらない。
まだまだこの世界には、解き明かされていない情報がいくつもあるはずだ。今回の件もその一つなのかもしれない。
……と、それはそれで置いておいて。
ゴールデンボアの肉は噂に聞くだけで、口にしたことはおろか実際に目にしたこともない。
非常に美味だというその肉、できることなら食べてみたいとは思っていたのだ。
「つまり、うまくその場所を探り当てればゴールデンボアの肉も簡単に手に入るわけか」
「それにだ、ソロのお前が行けばドロップアイテムも独り占めだから大量ゲットも夢じゃない」
俺とブラートの視線が絡み合う。
依頼の概要はわかった。確かに情報が本当であれば、かなり美味しい思いができそうだ。
シシルク大森林はダンジョンランクとしては中ランク。これまで挑んだダンジョンに比べれば、ソロで潜るリスクも小さいだろう。
俺の気持ちは既に決まっている。だが、あともう一つ詰めるべき話がある。
「もちろん報酬は……」
「ゴールデンボアの肉を使った料理をたらふく食わせてやる。余った分は買い取ろう」
俺が報酬の件を話そうとすると、打てば響くように彼は即答した。
内容は俺も納得できるものだ。だが、彼との関係を加味して、少し付け加える。
「世話になってるし、金は足りてるから買い取りはいらない。食わせてもらえれば十分だ」
「ほう。ならば嫌になるくらい食わせてやろう」
俺とブラートがお互いに見つめ合う。
やがて、どちらかともなくニヤリと笑うと握手を交わした。
「商談成立だな」
「ああ、吉報を期待していてくれ」
のどかなダラスの昼下がり。飲食広場の片隅で、俺とブラートは満足げな表情を浮かべる。
その後もいくつか彼と雑談を交わした俺は、食事を終えたこともあって、旅の準備のためにその場を立ち去った。
次の目的地はシシルク大森林。出発前にもう少し情報を集めていくべきだろう。
それに、ゴールデンボアの集まる場所の探索で長丁場になるかもしれない。いろいろと消耗品を補充する必要もある。
来るべき報酬を夢見ながら、俺はまず馴染みの情報屋へと足を向けた。
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愚直に「最強」を目指す傭兵オルタ・バッカス。しかし20年以上も傭兵として戦場に身を置いていた彼は中々芽を出さなかった。自らの才能の無さを嘆き、鍛練の傍ら才能と//
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最終掲載日:2014/05/25 01:34
ワールドオーダー
なんの特徴もない天外孤独な三十路のおじさんが異世界にいって色々とするどこにでもあるようなお話。最強になれる能力、だが無敵ではない。そんなおじさんが頑張っていきま//
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最終掲載日:2014/02/01 00:00
月が導く異世界道中
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜//
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最終掲載日:2014/05/25 08:00
八男って、それはないでしょう!
平凡な若手商社員である一宮信吾二十五歳は、明日も仕事だと思いながらベッドに入る。だが、目が覚めるとそこは自宅マンションの寝室ではなくて……。僻地に領地を持つ貧乏//
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最終掲載日:2014/05/25 22:31
こちら討伐クエスト斡旋窓口
自分では全く戦う気の無い転生主人公が、ギルド職員の窓口係りになって、淡々と冒険者を死地に送り出していたが、利用者の生存率が異様に高くて、獣人達から尊敬されたり、//
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最終掲載日:2014/03/13 00:00
フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~
魔力の有無で枝分かれした平行世界「アース」。その世界へと、1人の男が落っこちた。「ゲームをしてたはずなのに……」。幸いなことにVRMMORPG≪Another//
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最終掲載日:2014/05/25 10:37
盾の勇者の成り上がり
盾の勇者として異世界に召還された岩谷尚文。冒険三日目にして仲間に裏切られ、信頼と金銭を一度に失ってしまう。他者を信じられなくなった尚文が取った行動は……。サブタ//
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最終掲載日:2014/05/25 10:00
ネクストライフ
山田隆司は雪山で命を落とした──と思ったら、見知らぬ場所にいた。
どうも、ゲームの中の世界らしい。
その割には知らない事が多いけど……困惑しつつも、最強クラスだ//
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最終掲載日:2014/04/01 21:46
最新のゲームは凄すぎだろ
世界初のVRMMORPG「Another World」をプレイする少年はゲームでは無く、似た異世界にトリップしているのだが全く気付く事がない。そんな彼が巻き起こ//
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最終掲載日:2013/09/19 06:00
異世界迷宮で奴隷ハーレムを
ゲームだと思っていたら異世界に飛び込んでしまった男の物語。迷宮のあるゲーム的な世界でチートな設定を使ってがんばります。そこは、身分差があり、奴隷もいる社会。とな//
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最終掲載日:2014/05/22 20:00
ログ・ホライズン
MMORPG〈エルダー・テイル〉をプレイしていたプレイヤーは、ある日世界規模で、ゲームの舞台と酷似した異世界に転移してしまった。その数は日本では約三万人。各々が//
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最終掲載日:2014/05/17 19:22
THE NEW GATE
ダンジョン【異界の門】。その最深部でシンは戦っていた。デスゲームと化したVRMMO【THE NEW GATE】の最後の敵と。激しい戦いに勝利し、囚われていたプ//
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最終掲載日:2014/05/11 18:54
Only Sense Online
センスと呼ばれる技能を成長させ、派生させ、ただ唯一のプレイをしろ。
夏休みに半強制的に始める初めてのVRMMOを体験する峻は、自分だけの冒険を始める【富士見//
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最終掲載日:2014/05/25 09:51