皇太子殿下はご機嫌ななめ


 

第1話 「ザ○とは違うのだよ。ザ○とは」

 
前書き
銀河英雄伝説の世界に生まれ変わってしまった上に、
不用意な一言によって、いきなり原作ブレイク。頭を抱えながらも生きてます。 

 
 この広い世界はこんなはずじゃなかったと思う事ばかりだ。

 我が名はルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムである。
 銀河帝国皇太子をやっている。
 いやまいったね。
 よりによってこいつかよって感じだ。
 小説にしろ、OVAにしろ、皇太子ルードヴィヒって見たことあるか?
 俺はない。
 エピソードもベーネミュンデ侯爵夫人の子どもを毒殺させたとかぐらいしか知らね。本当かどうか知らんがね。そんなやつになってどうしろというのだ。
 いっそフレーゲル男爵の方がはるかに良いかもしれん。
 ところでなってみて初めて気づいた事がある。
 俺とベーネミュンデ侯爵夫人、つまりシュザンナとは同い年だったって事だ。ヤンと同じぐらいだとばかり思っていた。もしくはキャゼルヌぐらいか?
 おやじー息子と同い年の女を愛妾にすんなよ。このロリコンがっ!!
 不敬罪? 知るかそんなもん。文句あっか?
 俺は皇太子だぞ。
 文句あるならルドルフでも連れて来い。実際来たら、俺の言い分に賛成するだろうがな。
 とはいえ、なったもんはしょうがねえ。
 やるしかあるまい。
 というわけで、銀河帝国皇太子ルードヴィヒはじまります。

 第1話 「ザ○とは違うのだよ。ザ○とは」

 目の前にロールアウトされた人型機動兵器が立っている。
 冗談半分で汎用人型機動兵器を造れと命じたら、本当に造ってきやがった。
 できるもんだな~と思うのと同時に、
 ……どうしようこれ?
 スパルタニアンやワルキューレみたいになるのだろうか……。
 非効率な事この上ない。
 目の前にあるザ○。形もそのままだ。まあこいつは俺のリクエストだからな。その事については他の誰も悪くない。全ての責任は俺にある。
 出来上がってから解ってしまった。艦隊戦が主流の世界でMSは使いどころがない。距離の暴力の前には無力だ。せいぜいワルキューレ代わりだろう。
 ただ門閥貴族には評判が良かった。
 意外だろ? デザインがジ○ン系だからだろうか? しかも一番人気はギャン。どういう事だよ、おい。誰か答えろ。思わず開発責任者の胸倉を掴みそうになっちまったぜ。
 屋上行こうぜ。ひさびさにキレちまったぜ。って感じ?
 いきなりUCの袖付きはどうかと思って、リクエストしなかったが、しておけばよかったかもな。あれ結構好きなんだよ。
 できるんならあれは俺の専用機にするつもりだし。
 それぞれの家の紋章を刻んだ機体が注文されだしたとか、聞いたときに目の前が真っ暗になったものだ。どおりで軍需産業からやたらと贈り物が来るはずだよ。
 八つ当たりだと分かってはいるが――むかつく。
 その上、士官学校での授業でも取り入れられてしまった。
 いきなり原作ブレイクかよ。蝶の羽ばたきってレベルじゃねえぞ。
 銀河英雄伝説じゃなくて、宇宙世紀の世界になっちまった。
 俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。
 よし、自己暗示完了。
 これはこれで使いどころが見つかると思うしな。なんでも使い方次第だ。
 それにロリコンな親父の事だ。アンネローゼにも手を出すだろうし、そうするとラインハルトも来るだろう。まあ来たら、こいつに乗せてやる。ザ○に乗って戦うラインハルト。想像したら笑えてくる。もう原作なんかどうでもいいや。
 なんも考えずに言っちゃった言葉で、原作ブレイクしちゃったし。
 始まる前から終わっちゃったって感じ?
 いや~申し訳ない。
 ごめんね、ラインハルト。お前の出番ないわ。

「殿下」

 うるせえ爺がやってきやがった。国務尚書のリヒテンラーデだ。
 親父は酒びたりでも許されるのに、俺には一々文句を言ってくる。うぜえよ。皇帝になったら、帝国宰相にでもして、丸投げしてやるからな。そして俺は酒池肉林で過ごしてやる。

「なんだよ」
「その物言いは銀河帝国皇太子殿下とは思えませぬぞ。お気をつけなされ」
「へいへい」
「まったく」

 爺は汗を拭きつつ、愚痴りだす。年寄りの愚痴は長いんだ。

「ところで何用だ」
「おお、そうでした。ブラウンシュバイク公爵とリッテンハイム侯爵が、殿下と面会の約束があるとやってきております」
「来たか、よし行こう」

 足早にノイエ・サンスーシを横切る。
 ああもう、ルドルフの野郎。こんだけ広い宮廷を造るんならよ、便利なようにしておけ。のんびり歩いてばかりって訳じゃないだろ。急いでいるときは面倒なんだよ。
 バイクで突っ走ってやりたいぜ。
 文官や女官たちが俺の姿を認めるのと同時に、廊下の端に下がっていく。
 その中を肩で風切って歩く俺。
 こういうところが皇太子らしくないと言われる所以なのかもしれない。
 やたら重厚な扉を人力で開ける。
 自動ドアにしとけよ。皇帝になったら、この辺りも変更してやる。
 中に入ると、若いブラウンシュバイク公爵とリッテンハイム侯爵が、座っていたソファーから立ち上がり、挨拶しようとしてくる。

「挨拶はよい。非公式なものであるし、なにより我らは義兄弟ではないか、今日は我ら三人で胸襟を開き、話し合いたいと思っているのだ」
「はっ」

 二人が揃って返事を返してくる。
 一応この二人って、俺の義兄になるんだよな。勘弁して欲しいぜ。
 堪忍、堪忍や。許してたもれ。

「さて、いきなり本題で悪いが、卿らは現在の銀河帝国の現状をどう思っているのだ?」
「現状でございますか?」
「うむ。自由惑星同盟との長きに渡る戦争。それにともなう財政赤字。門閥貴族達の在り方。いまや銀河帝国は未曾有の危機の中にあるといっても過言ではない」
「自由惑星同盟……叛徒どもの事をそのように呼んでも」
「ブラウンシュバイク公爵。いや、オットー。建前はどうであれ、我ら三人は現実を見ようではないか。叛徒と呼んではいるが、奴らは国を運営しているのだ。敵をまともに見ようともせずに勝てようはずもない」
「それは確かに」

 リッテンハイム侯爵が額に浮かんだ汗を拭いつつも、返事を返してくる。ブラウンシュバイク公爵の方はなにやら真剣に考え込んでいる。
 内心ではどう答えたものかと思っているのだろう。
 しかし現実を直視しなければならない。今のままではダメだ。
 それだけは確かだ。
 戦わなきゃ、現実と。

「まず持っていっておくが、私が皇帝になった暁には、貴族に対する課税も視野に入れている」
「なっ」
「そ、それは」
「貴族に対する課税は息を飲むほど、衝撃を受けるものなのか? そうでなければ立ち行かんところまできているのだぞ。卿らもうすうす解っているはずだ」
「しかし貴族達の反発は必至でございましょう」

 リッテンハイム侯爵が言ってきた。
 この髭が。ちっとは現実を見ろ。貴族どもの思惑だけで進むと思うなよ。

「だからこそ、帝国でも一、二を争う大貴族である卿らに話しているのだ。知恵を出せと」
「貴族は帝国の藩屏でございますぞ」
「ならばそれにふさわしい働きを見せてもらおうか。それとも俺を暗殺するか? かまわんぞ。だが自分達に都合のいい皇帝をつけてみても、帝国そのものが自壊してはどうしようもあるまい。話はそこまで来ているのだ」
「殿下を暗殺など」
「そのような事は決して」
「私は卿らの帝国に対する忠誠心を信じている。信じてはいるが、それだけではなく、わたしの持っている危機感をも共有して欲しいのだ。これからも続く帝国のために」

 ■ノイエ・サンスーシ 皇太子の間 オットー・フォン・ブラウンシュバイク■

 リッテンハイム侯爵とともに皇太子殿下に呼び出された。
 それ自体に不自然なところはない。
 義兄弟でもあるし、皇太子殿下としても我らと交わる事で、地盤を強化しようとしているのだと思っていたからだ。
 だが皇太子の口から出た言葉に、背筋が震えるほどの衝撃を受けた。
 帝国の現状。
 それは我らが認識している以上に、切迫していた。
 人、金、物。何もかもが足りない。
 行く末も暗い。
 長きに渡る戦争と我ら貴族が帝国を蝕んでいる。
 これから目の前におられる皇太子殿下は、貴族達をいかに淘汰していくかを考えておられる。生き残りたければ協力しろと突きつけているのだ。
 目の前にいるこのお方は、先を見ている。
 銀河帝国の未来だ。門閥貴族として一家のみの繁栄を求める事を、このお方は許しはしないだろう。暗殺してもよいぞ。と嘯かれたが、代わりに帝国を背負うなど考えただけでも恐ろしい。
 このお方、ルードヴィヒ皇太子殿下いがいに帝国を背負えるお方はおらぬ。
 我らは藩屏として協力してゆくほか道は無い。
 隣に座るリッテンハイム侯爵も青ざめた表情を浮かべ、皇太子殿下を見つめている。
 内心では帝国の未来に対し、私と同じように恐れているのだろう。

 ■ノイエ・サンスーシ 薔薇園 フリードリヒ・ゴールデンバウム■

 ルードヴィヒがなにやら動き出しているようだ。
 この帝国をどうにかするつもりらしい。
 予にはできなんだが、あやつならばどうにかするであろう。幼い頃からそうであった。あやつには他の者とは一風変わった処があったのだから……。
 それにしてもザ○は大いに笑わせてもらった。 

 

第2話 「認めたくないものだな。自分の若さゆえの過ちというものを」

 
前書き
戦艦も欲しいと思う今日この頃。 

 
 第2話 「やっちまった」

 ここのところ毎日、ブラウンシュバイク公爵やリッテンハイム侯爵が顔を見せにやってくる。見るたびに顔色が悪くなってきた。
 あいつらもあいつらで色々現状を調べているのだろう。
 ざま~みろってんだ。
 士官学校を卒業した俺はノイエ・サンスーシで執務を行っている。なんでこうなった。宇宙に行きたかったのに。ザ○だって乗りたかった。
 専用機も出来てるというのに、俺のクシ○トリアぁぁぁぁ。帝国の白い悪魔と呼ばれたかったんだ。白い機体じゃないけど、イゼルローンの悪夢でもいいぞ。
 ちっ、あの爺が余計な事を言いやがったからだ。
 リヒテンラーデ侯クラウス。やつが俺を地上に縛りつけようと画策したのだ。重力に魂を引かれている爺がっ。
 親父も親父で、好きにさせてやれといっときながらも、リヒテンラーデの言うなりになりやがるし。なんていうか、ちょーむかつくーってやつ?
 まあそれはさておき、ちょっと近況報告。
 原作ブレイクしているとはいえ、ちょっち気になってラインハルトの事を調べようとして、まずはキルヒアイスの実家を調べさせた。
 お隣さんだからな。場所はすぐに分かったのだが……。
 その後がいけない。
 いけないのだ。
 また同じ事をしでかしてしまった。
 原作ブレイク再び。
 お忍びでラインハルトの顔を見に行ったさい、アンネローゼを見て、

「ほー結構美人だな」

 と言ったのが悪かったぁー。
 アンネローゼは親父のところではなくて、俺のところにやってきてしまったのだ。
 ザ○の時と同じじゃねえか。
 なんも考えてなかった。不用意な一言がどんな結末を迎えるのか、ザ○の時に学んだはずだろ。俺ってやつぁ~どうしてこうなんだ。
 そしてラインハルトのあの目。
 対象が親父じゃなくて、俺になったんだなー。
 がっでむ。さのばびっち。ふぁっくゆー。
 ぶっちゃけていえば、アンネローゼは好みではないんだ。どっちかというとフレデリカ・グリーンヒルとかエヴァの方が好みだ。ヒルダはラインハルトにあげよう。引き取ってくれるとありがたい。
 寝取りも寝取られも興味はねえ。
 その上俺はまだ嫁さんもいないんだぜ。嫁さんいないのに、寵妃はいるってどういう状況だよ。本妻いないで愛人ばっか。ろくなもんじゃねえ。
 八つ当たりと分かってはいるがっ!!
 腹立つからラインハルトをホモ野郎にくれてやって、調教してやろうか? ついでに赤毛もセットでくれてやる。ふたりまとめてくれてやるわっ!!
 私は一向にかまわんっ!!
 誰かラインハルトを調教したいと思う者を募集するぞ。
 我こそは、と思う者はぜひ応募してくれ。
 宛先はこちら……。
 なんて一人芝居をしてたら、リヒテンラーデの爺がやってきて、ばっちり見られてしまった。
 あの呆れたような目。
 ちょーむかつくー。

 ■ノイエ・サンスーシ 皇太子の間 リヒテンラーデ候クラウス■

 ルードヴィヒ皇太子殿下がまた奇矯な行動をなされている。
 この方を見ていると人というものは、二面性を持つものなのだと思わされるのだ。
 門閥貴族の雄であるブラウンシュバイク公爵家。リッテンハイム侯爵家。そのどちらも自主的に税制改革に乗り出したという。貴族の有識者のみならず、平民たちとも意見を交し合っているらしい。
 その噂は帝国全土にと広がり、貴族達は渋々と、平民達は好意的に受け止めている。
 貴族達が皇太子殿下を恐れ多くも何とかしようと思っても、ブラウンシュバイク家やリッテンハイム家がそれを許すまい。殿下とのあいだにどのような会話があったのかまでは知らぬが、帝国は変わろうとし始めている。
 いうなれば、平民達の誰か何とかしてくれという思いを、皇太子殿下が受け止めたのであろう。
 名君の器だ。
 だが同時に妙に子どもっぽい部分もおありになる。
 汎用人型機動兵器がそれだ。
 ザ○とか言っておられたが、皇太子殿下を乗せるわけには行かぬであろう。
 皇太子殿下がいなくなれば、改革は頓挫するのだ。暗く澱み、停滞し続けていた帝国にようやく、明るい希望が見え始めているというのに。平民達の不満も爆発するやも知れぬ。認めるわけにはいかぬな。
 それにしても“帝国の白い悪魔”や“イゼルローンの悪夢”などと、どこからそのような呼び名をかんがえているのやら……。あのお方は、ご自身が皆の希望を一身に背負っているという自覚に乏しいのだ。まったくもって困ったお方だ。

 ■幼年学校 ラインハルト・フォン・ミューゼル■

 姉さんが後宮に連れて行かれた。
 さるやんごとなきお方の下へと向かうらしい。その相手というのが皇太子だそうだ。
 ここのところ帝国を改革しようとしているらしいが、やはり皇太子も腐りきった貴族どもと同じだったのだ。
 何がこれからは良くなるよ、だ!!
 皇太子などに何ができる。
 やつも腐りきっている貴族だ。必ず姉さんを取り戻してみせる。

 ■皇太子の間 ルードヴィヒ・ゴールデンバウム■

 ふと背筋に怖気が走った。
 誰かの恨みが俺の元へとやってきているらしい。
 ふむ。ラインハルトだな。
 いい度胸だ。俺に喧嘩を売ったことを後悔させてやるぜ。俺は親父みたいに甘くはないし、優遇もしてやらんからな。欲しければうぬが力で時代を創るが良いわぁー。
 俺の嫌がらせから逃れる事ができるのであればなぁー。
 けっけっけ。
 まあ冗談はこれぐらいにして、ベーネミュンデ侯爵夫人に子どもができたらしい。
 俺の回りでもその話題が聞こえている。
 原作どおり、毒殺しようかとも思ったが、やめておく。甘いといわれようとも、ガキを殺すのは嫌だ。生まれてくるのが男か女かは知らんし、知りたくもない。
 男で帝位が欲しければ、くれてやる。こんな崩壊寸前の帝位で良ければな。
 俺ならやるといわれても、欲しくはない。
 でも俺は皇帝の息子に生まれちゃったからなー。しょうがねえよなー。皇太子だしなー。
 生まれてくる赤ん坊は神様が、まだ人間を見捨てていないというメッセージを携えてくるという。あれの子どもが大きくなる頃には、もう少しマシな帝国を遺してやれるだろう。
 そっからはお前が何とかしろと、押し付けてやろう。早く大きくなれよー。
 そして俺はお気楽な生活を満喫してやるぜ。ビバ、酒池肉林。
 夢は広がる。空高く。
 生まれてくるのを待ってます。
 祝電を打ってやろうかと思ったが、爺に止められてしまった。

「乱を起こすような真似はおやめ下さい」

 だとー。本気で祝福してるんだがな。
 誰も俺の事を分かっちゃくれない。さーびーしーなー。くっすん。
 
 ところで原作組じゃないが、ザ○のパイロットに面白い連中が集まってきた。
 アルトゥル・フォン・キルシュバオム少尉を筆頭に、
 ミヒャエル・ヴルツェル少尉。
 グスタフ・シュタム少尉。
 ユリウス・ツヴァイク少尉。
 ヨハン・ブラット少尉の計五名だ。
 士官学校のザ○パイロット一期生だ。こいつらにはまずイゼルローンに行って貰おうと思っている。そこでザ○の運用に関して研究をしてもらう事になっているのだ。
 まあ最初はワルキューレにおんぶにだっこだろうがな。
 使い物になってくれれば良いんだが……。
 俺もイゼルローンに行ってみたい。というかやはり一度ぐらいは、行かねばならんと本気で思っている。皇太子として艦を率いていかねばならなくなるだろうし、皇太子親征をせねばなるまい。

 そしてまたもや近況報告。
 MSのデザインをいくつか、いやかなり出してやっていた。まあその中の試作品ができたというので見に行ったら……。
 よりによってジ○ング。
 しかも足の絵まで描いていたというのにっ。

「足なんか飾りですよ。偉い人にはそれが分からんのです」

 と言いやがった。
 お前も転生者かぁー。
 思わず殴り飛ばした俺は悪くないと思う。
 そのあとでアプサラスなんかどうだ? と聞く俺も大概だと思う今日この頃、まる。 

 

第3話 「余の顔を見忘れたかっ」

 
前書き
MS開発局は皇太子の道楽。
原作で言うところの、グリンメルスハウゼン艦隊みたいな扱いですね。 

 
 第3話 「祝、原作組登場」

 いえーいーどんどんぱふぱふー。
 やってきました。このときが。とうとうきましたこの時が。
 そう、わたしは三年待ったのだー。
 原作組の登場です。
 私の目の前には、未来の双璧こと。
 ウォルフガング・ミッターマイヤー君とオスカー・フォン・ロイエンタール君がいます。
 皆様、盛大な拍手でお迎え下さい。

 いや~別に、原作とは関係ないところで出会ったんだけどね。
 徳田新之助を気取って、護衛の女性を一人つけて、オーディンの街中を歩いてたら、うちの護衛がどこぞの兵士に絡まれちゃったんだよ。

「おう、うちのもんに何してくれてんだ」

 と凄んでたら、二人がやってきて助けてくれたってわけ。
 しかもどこの所属かは知らないが、相手はカストロフの家臣だ。目をつけられると厄介な事になるから気をつけろ。と忠告もされてしまった。
 名乗ってやろうかしら?
 いやいやここで名乗ってはおもしろくない。
 また今度の楽しみにしておいてやろう。
 それにしても二人ともいい奴らだ。気に入ったぞ。目を掛けてやろう。帰ったら軍務省に連絡しておこう。君のところにはいい青年がいるねって感じ?
 こういうのも結構、好きなんだよなー。

 とーこーろーでー。いままで気づかなかったが、一つとんでもなく厄介な事が分かった。
 あちし、銀河帝国皇太子なのね。それでね、下手にあの女の子かわいいね、などと口にするとだ。
 問答無用で連れてきちゃうんだよ。役人どもが!!
 親父のところに愛妾が多いはずだよ。ありゃ半分以上、九割がた役人連中が押し付けてきたもんだったらしい。しかもだ、断るとその子ら殺されちゃうかもしれないんだよ。
 そこに自分の意志はない。
 恐ろしいだろー。帝国の闇ってやつだ。
 グリンメルスハウゼン……お前いったい今まで、何してた?
 覗き魔で、コレクターで、貴族の醜聞を集めてきたくせに、それぐらいの事、押さえつける事もできなかったのか?
 親父も親父だ。無気力ぶって目を逸らしていただけだろう。俺としてはそれぐらいで連れてきたら、ぶっ殺すぞ。ぐらいの気持ちで睨みつけたら、誰も連れてこないようになったがな。
 パーティーで見初めたっていうんなら、見てみぬ振りしてやってもいいが、親父の下にも連れて行くなと言い聞かせるのは、ちと苦労だった。

 ■ノイエ・サンスーシ 皇太子の別館 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

 ここに来てからというもの、バタバタとした生活も、ようやく落ち着いたような気がします。
 皇太子殿下に初めてお会いしたさい、一言、悪かったなと仰られたのには驚きました。私をここに連れてきた役人達の言っていた、皇太子殿下が見初めたらしいというのは、どうやら勘違いだったようです。
 皇太子殿下が仰るには、下手にあの女の子かわいいね、なんて言うと問答無用に、連れてきてしまうそうです。

「本当に悪い事をしたと思ってる。お前だって好きな奴の一人ぐらい、いただろうにな」

 そう言われても私には好きな人というのは、いませんでしたし、どう答えていいのかも分かりませんでした。ただこれからは勝手に連れてくるなと、お命じになったというのを、メイドたちから聞き、私の方こそ、皇太子殿下の迷惑になっている事を知ったわけです。

 ■皇太子の間 オットー・フォン・ブラウンシュバイク■

 ルードヴィヒ皇太子殿下の下に私はオイゲン・リヒターとカール・ブラッケの両名を連れて行き、紹介した。二人とも貴族でありながら、自ら貴族の称号である“フォン”を外している変わり者だ。しかし皇太子の目はどことなく冷たい印象を受ける。
 冷笑という表現がふさわしいように思えるほどだ。
 彼らの語る改革案を聞いた皇太子殿下は、

「絵に描いた餅は食えん」

 と仰られ、机上の空論を述べる暇があるなら、憲法の一つも考えて来い。と言い放った。

「……憲法」

 二人の呆然とした表情をわしは生涯忘れる事はないだろう。
 わしとしても同じ思いだ。
 それにしても憲法とは……。まさか皇太子殿下ご自身の口から語られるとは、思ってもみなかった。皇帝主権の専制国家である銀河帝国。それも皇太子殿下が自らを縛るであろう憲法を考えて来いとは、いやはやこのお方は、どこまで先を考えておられるのか?

「貴族領の直接税を下げ、領民に余裕を持たせる事によって、間接税の税収を上げる。それぐらいの事ならガキでも思いつく。さらに貴族からも税金を取れば、一石二鳥だ。だがそれだけでは、オーディンに近い、大貴族達はともかく、辺境は苦しむだけだ。間接税は一律だからな。力の弱まった貴族では辺境開発はできん。じゃあどうする。俺がお前達に求めるのは、そこだ。よく考えてから出直して来い」

 産業基盤の拡大。インフラ開発。確かに考える事は多々ある。
 平民達の権利の拡大はやるべき事をやってからだ。権利はあっても、食えなきゃどうしようもあるまい。皇太子殿下らしい、お言葉だ。

「首都オーディンで道や橋が必要かと聞かれれば、いらんと答える者も多いだろう。生まれたときから揃っているからな。しかし辺境では、お前達が有って当たり前と思っているものすら、無い状況だ。ちっと現状を甘く見てないか、うん?」
「せ、戦争を……や……め……」

 リヒターが俯き、顔を真っ赤にして呟いている。小さすぎてよく聞こえん。

「そう思うのなら、戦争を止める理由を考えろ。止める方法を持って来いっ!! 永久にとは言わん。五年か十年でいい」

 皇太子殿下には聞こえたのか?
 五年か十年、戦争を止める方法。確かにそれだけの時間が有れば、帝国もましになるだろう。しかし本当にそうだろうか……わしにはそうは思えぬのだが。
 皇太子殿下はどう思っておられるのだ。
 顔色を窺ってみても、一向に読めぬ。普段は喜怒哀楽の激しいお方なのだが……。

 ■皇太子の間 ルードヴィヒ皇太子■

 まったくばかばかしい。
 この泥沼の戦争の中で、どうやって改革をやっていくか、悩んでいるというのに。夢のような改革案を持ってきやがって。
 それができるんなら、誰も苦労はしねえよ。むかつくから官打ちしてやろうか?
 お前がやるか? できるのか?
 原作のラインハルトのように貴族を滅ぼして、財産没収しても、戦争を続けりゃ、きれいさっぱり無くなるだろうが。
 戦争もできるだけコストパフォーマンスを重視して、やらねばならんのだ。
 その中には人命も含まれている。うまく使えば、歩も金になる。飛車や角にもなれるさ。それに下手に戦争を止めても、今度は国力が回復した同盟と戦う事になる。
 国力を回復したいのは、帝国だけじゃない。向こうも同じだ。
 あいつらの経済をガタガタにして、こちらだけ回復できれば良いんだがな。どっちにしても産めよ増やせよ地に満ちよ。の時代だ。人が少なすぎる。

 ■MS開発局 ルードヴィヒ皇太子■

 さてと、あいつらもいなくなった事だし。
 俺の心のオアシス。
 るんるんとばかりに、MS開発局にやってきました。

 何か最近、ここの連中のノリがおかしい。戦艦造っている奴らとはまったく違う。向こうはもっと真面目だったぞ。
 ここ本当に銀河英雄伝説の世界だよな~? 自信がなくなってきたんだけど。

「本日は特別ゲストもおられます」
「誰だよ?」
「オフレッサー上級大将閣下です」
「へっ?」
「ザ○とは違うのだよ。ザ○とは」

 野太い声に振り返ると、そこには青い機体。
 男らしいシルエットに肩の角がチャームポイントな。
 そう、グ○だった。
 あれ乗ってんのオフレッサーかよ。

「皇太子殿下~。こいつを装甲敵弾兵にも配備してもらえませんでしょうか?」
「いるのかよっ!!」

 どうせならお前とリューネブルグともう一人ぐらい集めて、黒い三連星やってろよ。ド○を配備してやるから。そっちの方がよっぽど似合うぞ。

「皇太子殿下」

 陰鬱な声に振り返れば、奴がいた。
 正論で固めたようなドライアイス。オーベルシュタインだ。
 なぜここに?

「卿は?」

 知ってて知らない振りー。義眼の調子がおかしいらしい。チカチカしてやがる。

「パウル・フォン・オーベルシュタイン中佐であります。以後お見知りおきを」
「うむ。どうやら義眼の調子がおかしいようだが、戦傷を受けたのか?」
「いえ、生来のものであります」
「なるほど」

 なぜここに来たのかは知らんが、こいつをどうしようか……。
 そうだ、こいつにあれをさせよう。劣悪遺伝子排除法の廃法を考えさせよう。こいつなら、考え付くんじゃねえか?
 まあとりあえず、お前のMSはギャンな。ついでに壷も用意してやろう。

「いかがなされましたか?」
「劣悪遺伝子排除法」

 ぼそっと口にすると、オーベルシュタインの体がほんの僅か、強張った。

「ルドルフ大帝の御世であれば、生まれたときに殺されていても不思議ではない。それだけに内心、鬱屈したものがあるだろう」
「いえ、そのような事はございません」

 しらっとした顔で言いやがる。この狐め。

「そうか、俺でさえあるというのに、卿にはないと申すか?」
「はい」
「あの法は廃法にしたいと、俺は本気で思っている。だが、俺としても理由なくして、廃法にはできん。大帝が作った法だからな。しかし理由、大儀があれば、廃法にできる」

 無言で俺を見つめているな。男に見つめられても嬉しくない。綺麗なおねえちゃんがいいなー。

「理由を考えて来い。卿なら、身に沁みているだろう。いい案ができたら俺のところにもってこい。いいな」
「はっ、命に従います」

 ■MS開発局 パウル・フォン・オーベルシュタイン■

 本気、だろうか?
 しかし、もし仮に、本気だとすると……この私の手で、劣悪遺伝子排除法を廃法にできる。
 この私の手で……。 

 

第4話 「お願い、アンネローゼさん」

 
前書き
ザ○の使い道は、いくつか考えています。
一つぐらいは、派手な見せ場を作ってあげたいなー。 

 
 第4話 「なんという離間の計」

 皆様、初めまして。
 アンネローゼ・フォン・ミューゼルでございます。
 皇太子殿下の寵姫をやっております。

 皇太子殿下の後宮にやってきていらい、毎日、朝早くから皇太子の間に出勤し、机を磨く事から一日が始まります。
 皇太子の間には毎日毎日、たくさんの方々が来られ、私はその度にアポの確認をし、資料を渡して説明を致します。その合間に電話応対があり、各省庁から送られて来た資料をコピーしては纏めます。
 もう一人ぐらい寵姫が欲しいと痛切に思う毎日です。
 皇帝陛下の寵姫の方々も、忙しい毎日を送っておられるのでしょうか?
 皇帝陛下ともなると、きっとお忙しいでしょうし、寵姫の方々も私よりも、忙しいのでしょうね。
 あ、申し訳ありません。
 皇太子殿下がお茶を出すように仰っておりますので、失礼致します。

「殿下」
「なんだよ」

 リヒテンラーデの爺が呆れた顔で、つかつかとやってきやがる。

「殿下は寵姫をなんと、心得ておられるのですか?」
「寵姫は寵姫だろう」
「寵姫はお茶汲みOLではございませんぞ」

 せめて秘書ぐらいは、言ってやれよ。じじい。
 スーツ姿に黒いパンストのエロ秘書とかさー。

「どこのAVですかっ」
「配給はノイエ・サンスーシ。販売はフェザーンか?」
「ええい、だまらっしゃい。今日という今日は、皇太子殿下に意見を申しますぞ」
「いつも言ってるじゃねえか」
「いいえ、申します」

 爺の説教がうるさい。
 やれ、皇太子の間がいつの間にか、オフィスに変わってるとか、調度品がスチール棚になっているとか、挙句の果てにはこのファイルの山はなんですかと、きたもんだ。

「書類は管理職の天敵だ。いつの間にか山となりやがる」
「官僚がいるでしょうがぁー」
「決裁を求めてくるんだよっ、その官僚が!!」

 見ろ。この判子を。いつのまにか磨り減ってるんだ。
 辺境からの嘆願書もあるし、なんだこれ? イゼルローンへの補給に関する決裁まで、俺のところに来てやがる。これぐらい軍務省に持っていけー。
 帝国三長官はなにしてんだ。
 やる気あんのか、ゴラァー。
 じじいー。てめえもしらっとした顔で、書類を持ってくんじゃねー。

「わたくしめは所詮、無任所の国務尚書でございますから、帝国宰相である皇太子殿下に、決めてもらわねばならないこともあるのです」
「なった覚えはねー」
「おや? すでに皆から帝国宰相と認識されておりますが?」
「皇太子殿下、凄いんですね」
「アンネローゼまでそう言うかー」
「違うんですか?」

 きょとんとした表情を浮かべるアンネローゼ。
 原作の面影がまったくない。原作の儚げな美人はどこにいったのか……。
 妙にアグレッシブになりやがって、ラインハルトに見せてやりたい、この姿。
 ああ無常……というやつだな。
 そのうち、アンネローゼもMSに乗せてやるからな、楽しみにしてろよ。けっけっけ。
 どんな機体がいいかなぁ~。

 ■ノイエ・サンスーシ 後宮 シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ■

 今日、皇太子の間で寵姫の募集がなされました。
 わたくしのところにも、募集要項が書かれた書面が回ってきましたが、これはいったいどういう事でしょうか……?
 基本、平日八時から十七時まで、拘束八時間。休憩あり、多少残業あり。各種保険完備。急募、若干名。委細面談。明るい職場ですと書かれていますね。
 これは本当に寵姫の募集なのでしょうか?
 わたくしのところのメイドたちも、面接に行ってきていいですかと、聞いてくる始末です。皇太子殿下はいったい、何を考えているのでしょう。まったく困ったお方です。
 ああ、こんな事を考えていると、お腹の子に悪いですね。胎教に良い音楽でも聴きましょう。

 ■皇太子の間 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

 ようやく面接も一段落しました。
 もの凄く人が集まって、もうたいへんな騒ぎだったんですよ。
 近衛兵の方々が列を誘導しておりました。皇太子殿下は机の上で眠っておられます。

「俺は寝る」

 とだけ仰って、高いびきです。
 それにしても、やはり軍関係者が多かったです。女性兵士のあの血走ったような目。思わず背筋が震えてしまいました。
 貴族のご令嬢の方々もおられましたね。
 推薦状を持ってきた人もおりましたし、皇太子殿下の人気の高さを思い知りました。
 さすが皇太子殿下です。わたくしも鼻が高いです。
 ところでジーク……あなたまで、なぜここに来たのですか?
 あなたは男の子でしょう? 寵姫にはなれませんよ。それにラインハルトはどうしたのですか?

「ラインハルト様は……」

 そう言ったまま、ジークは目を逸らしてしまいました。
 いったいどうしたというのでしょうか……。

「そういえば、女装した男の子が一人いたな……金髪のかわいらしい子だったが、結構目つきはきついものがあったぞ」
「皇太子殿下、起こしてしまいましたか?」
「いや、かまわん。ジークとやら、お前も女装するぐらいの工夫をしてみせろよ。ラインハルトのように、な」
「まさか……ラインハルトが、そんな~」
「冗談だ」
「皇太子殿下、ひどいです」
「すまんすまん」

 ほっとしました。皇太子殿下の冗談だったのですね。ですよね?
 ですがジーク、なぜあなたは真っ青な表情をしているのです?

 ■ジークフリード・キルヒアイス■

 皇太子殿下が新たに寵姫の募集をするという噂を聞き、ラインハルト様は大いに怒っておられました。アンネローゼ様をむりやり奪っておきながら、また別の女性を毒牙に掛けようとする、皇太子殿下に対する怒りです。
 そしてなんとか工夫して、皇太子の間に忍び込んだものの、あまりの人の多さに目が回りそうになり、私は恥ずかしながら、アンネローゼ様に助けていただきました。
 しかしながらアンネローゼ様のスーツ姿が眩しくて、まともに見ることすらできないのです。
 それにしても自ら望んで、寵姫になりたがる女性がこれほどまでに多いとは……。
 驚きを禁じえません。
 そしてアンネローゼ様はたいそう忙しそうです。
 寵姫というものは、これほどまでに忙しいものなのでしょうか?
 これではまるで、どこかの事務員のようではありませんか。
 寵姫とはいったい、どういうものなのでしょう……。
 私には分かりません。

 ■ラインハルト・フォン・ミューゼル■

 皇太子を見た。
 たくさんの女性に囲まれ、にやけていた。
 やはり貴族というものは、腐りきっている。
 前線では、たくさんの兵が死んでいるというのに、奴は後宮で遊んでいる。
 やつらは腐っている
 腐りきっている。
 ルドルフ大帝が墓から起き上がって、奴らを焼き尽くしてしまわないのが、不思議なほどだ。
 俺は奴らを滅ぼして、宇宙を手に入れる。
 ルドルフに出来た事が、俺に不可能というわけではないはずだ。
 ところでキルヒアイスはどこだ?

 ■皇太子の間 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

 ジークが皇太子殿下と話しているうちに、ブラウンシュバイク公爵様とリッテンハイム侯爵様が、皇太子の間にやってこられました。
 お二人とも、ジークを見ると少し驚いたような表情を浮かべます。
 皇太子の間に子どもがいるのが、そんなに不思議でしょうか?
 ジークはかなり緊張していますね。
 そんなに怖がらなくても、大丈夫です。
 ああそうそう、ジークにも紹介してあげましょう。

「ジーク、こちらにいらっしゃい」
「はい、アンネローゼ様」

 てくてくと近づいてきます。

「ジーク、こちらの方々は皇太子殿下の義兄弟に当たる、ブラウンシュバイク公爵様と、リッテンハイム侯爵様です。ご挨拶しなさい」
「ジ、ジークフリード・キルヒアイスと申します。軍の幼年学校に所属しています」

 ジークも緊張して、声が震えています。

「うむ。オットー・フォン・ブラウンシュバイクだ。ジークフリード君は皇太子殿下とは、どういう関係なのだね」
「アンネローゼの弟の友人だ。よくしてやってくれ」

 ジークの代わりに皇太子殿下が返事を返しました。その言葉を聞き、リッテンハイム侯爵様が一歩、足を踏み出しました。

「ウィルヘルム・フォン・リッテンハイムだ。よろしく、ジークフリード君」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 ぺこりと頭を下げるジーク。いい子ですね。

「ジーク、軍の士官学校を卒業したら、俺のところに来いよ。近衛士官に推挙しておいてやるから、な。よく学び、よく遊べよ。今のうちだぞ、遊んでいられるのは。たくさん友人を作って、後悔しない様にしておけ」
「そうですな。これからの帝国は、若い者達の力が重要になってきますからな。ジークフリード君の様な少年には、今のうちによく学んでおいて貰わねば、なりませんな」
「まったくもってその通りですな」

 ブラウンシュバイク公爵様がジークの頭を撫でながら、笑っています。
 公爵様は大柄でいらっしゃるし、手も大きいので、ジークの頭がぐらぐらしているみたいです。
 リッテンハイム侯爵様も笑っておりますし、良かったです。

「アンネローゼ、今日はもう、上がっていいぞ。ついでにジークを送ってってやれ」
「はい」
「ジークはお土産に、チョコレートケーキでも、持って帰れ。アンネローゼのお手製だ。久しぶりだろう?」
「はいっ、ありがとうございます」
「お前、元気だなぁ~」

 皇太子殿下の笑い声が部屋に広がりました。
 殿下の笑顔は結構好きです。
 
 

 
後書き
感想で指摘してくださった方々に、この場をお借りして、お礼を申し上げます。
修正は連休中にしますので、しばらくお待ち下さい。 

 

第5話 「そんな大人は修正してやる」

 
前書き
皇太子のところは、事務員としてはブラック企業。
事務員を募集しても、きっと、誰も来ない。 

 
 第5話 「装甲擲弾兵ザ○」

 ■皇太子の間 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

 皆様、アンネローゼでございます。
 喜ばしい事に、皇太子殿下に新しい寵姫が増えました。
 なんと、二人も。
 ああ、これで皇太子の間でのお仕事も、少しは楽になるでしょう。
 うれしいです。
 しかしながら……。
 喜びを表していますと、なぜだか分かりませんが、リヒテンラーデ候がなにやら、生暖かい目で見てくるのです。失礼な方だと思いませんか?

 さて本日の来客予定の方は、っと。
 ふむふむ。オフレッサー上級大将閣下ですね。たしか、このお方は、装甲擲弾兵総監だったと思います。
 今日も一日、新しい寵姫の方たちと力を合わせて、頑張っていきたいと思います。

 ノックの音が聞こえます。
 今朝一番の来客者ですね。新しい寵姫であるエリザベートさんが、扉を開けに向かいました。
 エリザベートさんは、二児のお母さんなんですよ。さすがに落ち着いていらっしゃいます。
 お子様は、皇太子殿下の乳母だった方に、預かっていただいています。皇太子殿下のお屋敷に、託児所があるんですって。乳母の方も、まだまだ若い者には、負けませんよと頑張っておられます。
 扉の向こうには、二メートルはありそうな、大柄な男の方が立っております。

「装甲擲弾兵総監のオフレッサー上級大将であります。皇太子殿下の命により、出頭いたしました」

 体つきに負けないほど、大きな声です。

「お、よく来てくれた」

 皇太子殿下が、気さくにお声を掛けます。
 大きな声でしたので、皇太子殿下の下にまで、声が届いたのでしょう。
 エリザベートさんに案内された。オフレッサー上級大将閣下が、しゃちほこばった動作で、皇太子殿下の下まで、歩いていきます。

「失礼致します」
「ま、楽にしてくれ」
「恐縮であります」

 大きな体を縮こまらせた閣下が、大きな手のひらで、汗を拭いました。

「さて、さっそく本題に入るが、卿も知っているだろう。MS開発の件だ」
「はっ、グ○が配属される事ぐらいでしたら、聞いております」
「ド○だ。いや、その話ではない。MS部隊、そのものが装甲擲弾兵団の所属になることが決まった。卿に預ける。鍛えてくれ」
「自分の下にですか」
「そうだ」
「しかしながら、宇宙艦隊の所属にした方が、宜しいのでは、ありませんか」
「その事も考えた。当初はワルキューレと混合で、配属しようとも考えたが、それではどちらが上かで揉めそうなんだ。そこで、MSのほうを装甲擲弾兵団の所属にすることに決めた」

 皇太子殿下のお言葉に、閣下もしきりに考え込んでいるみたいです。
 実のところ、MS部隊をどこの所属にするかで、かなり揉めておりました。
 なんと言っても。皇太子殿下の肝いりで始まった開発です。使える使えない以前に、欲しがる部署は多々あり、殿下に対して、恩を売ろうと考える者も多いみたいでした。

「自分の裁量に任せていただけるのでしょうか?」
「任せる。だが、磨り潰すような真似はするな。これは装甲擲弾兵自体にも言えることだがな」
「了解いたしました」

 ■ノイエ・サンスーシ 薔薇園 フリードリヒ■

 今日、珍しくルードヴィヒがやってきた。
 何事かと思えば、劣悪遺伝子排除法を廃法にしたいと言うてきたのだ。

「お前の好きにすれば、良かろう。万事任せる」
「良いんだな、親父」
「構わぬ。その代わり、帝国宰相になってもらうぞ」
「しゃーねーなー。引き受けた」
「しかし非公式ながら、皇帝と皇太子の会話ではないな」
「馬鹿親父と馬鹿息子の会話だろう? 韜晦が過ぎるぜ」
「なにを言う。わしは五十年以上も韜晦を続けてきたのだ。お前よりも年季が入っておるわ」
「馬鹿の振りも飽きたか?」
「なんの。まだ飽きておらぬ。死ぬまで続けて見せるわ」
「俺は親父ほど、我慢強くなくてな。せいぜいあがいてみるよ」
「足掻くだけ、足掻いてみせよ」

 ルードヴィヒが立ち去ったのち、我が子ながら、よくぞ強く育ってくれたものだと思う。
 あやつはわしを我慢強いと言うたが、わしはあやつほど、強うなれなんだ。
 すまぬの……不甲斐ない父親で。

 ■ノイエ・サンスーシ 黒真珠の間 リヒテンラーデ候クラウス■

 オトフリート三世陛下の先例に習い、ルードヴィヒ皇太子殿下が、帝国宰相の地位に就かれる事となった。

「ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムである。これから帝国の有り様を一新する事になるが、皆の者。心せよ」

 短いお言葉のあと、黒真珠の間に集まった貴族、百官を無言で睥睨するお姿は、かのルドルフ大帝を思い起こさせるものがある。貴族達の戦々恐々とした怯えようは、笑いを噛み殺すのに苦労するほどじゃ。
 皇太子殿下から、一段下がった左右に、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候が、神妙な面持ちで両脇を支えるように控えている。
 さて、このお方が帝国をどのように変えていくのか、楽しみでならぬ。
 それにしても、暑いの~。

 ■皇太子の間 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

 あーあっちー。
 久しぶりに黒真珠の間に行ったぜ。
 このくそ暑いのに、マントを着込むはめになろうとは、思ってもみなかった。
 空調利いてなかったぞ。
 いやがらせか?
 いやがらせなのか?
 親父の嫌がらせだろう、きっと。
 親父のときは、がんがんに利かせてるからな。
 惚け老人と親父が、にやにやと笑っているさまが目に浮かぶぜ。

「たいへんですねー。わたしも皇太子殿下の晴れ姿を見てみたかったです」
「見て、おもしろいもんじゃねーぞー。アンネローゼ」
「それにしても、さっそく。新聞の一面に載ってますよ。皇太子殿下のお姿」
「意外と儀礼服、お似合いですねー」
「お~いエリザベート。そりゃないだろう。ふだん似合ってないってか?」

 おばさんは遠慮がねーよなー。
 寵姫なら寵姫らしく、なんというのか、こー控えめにさー。
 あそこで真面目に仕事をしてる、マルガレータのように一歩下がるって気持ちはないのか?

「一歩、どころか五、六歩下がっておりますよ」
「それでかよ。旦那がかわいそうに思えてきたぞ」
「大丈夫です。わたしも一歩、下がっていますから」
「アンネローゼまで、言うかー」

 ■皇太子の間 ラインハルト・フォン・ミューゼル■

 皇太子が帝国宰相になった。
 それはともかくとして、なぜか俺とキルヒアイスが、皇太子の間に呼び出されたのだ。
 いったい何の用があるというのだろう。

「お、よく来たな。エリザベート、用意はできてるな」
「はいはーい。できてますよー」
「マルガレータ」
「了解です」
「かかれ」
「ヤー」

 部屋に入った途端、皇太子の新しい寵姫である二人の女性が、俺を捕まえた。
 にやにやと笑う皇太子。
 何をおもしろがってる。
 キルヒアイスはおろおろとしてるし、姉さんは……。
 姉さんは、なぜかハンカチを取り出して、振っているー。

「姉上ー」
「ラインハルト、がんばってー」
「いったい何事ですかー」

 二人の女性に捕まった俺は、奥の部屋へと連れ込まれ、女装させられてしまった。
 やはり、皇太子は以前の事に気づいていたのだ。
 なんといやな奴だ。
 俺を笑い者にする気なのか。
 皇太子の前に引きずり出された俺を、姉さんがじっと見ていた。
 姉さん、そんなに見ないで下さい。

「よく似合うぞ。ま、今日は一日。アンネローゼの手伝いをしていけや。ラインハルトちゃん」

 ぐぬぬ、よくもこのような辱めを、皇太子め。

「かわいいですねー」
「なんだか、なみだ目になってますよ」

 二人の女性が口々に言い合っている。
 なにがそんなに楽しいのだ。不愉快だ。キルヒアイスもそんな奴らと仲良くするんじゃないっ。

「最近、忙しくて疲れていたからな。たまにはこんな楽しみがあっても良かろう」
「ラインハルト、似合ってるわ」
「姉上まで……」

 姉さんは、皇太子の下へ連れ攫われてからというもの、変わってしまった。
 皇太子のせいだ。きっと、そうに違いない。 

 

第6話 「ささやかな祝杯」

 
前書き
はやくザ○を活躍させたい。
今日この頃……。
フレーゲル男爵とオフレッサーのファーストネームって知ってる人、いますか?
エンサイクロペィア銀河英雄伝説にも載ってないんです。 

 
 第6話 「ここからが始まり」

 皆様、アンネローゼ・フォン・ミューゼルでございます。
 皇太子殿下が正式に、帝国宰相の地位に就かれた事によって、宰相府が開かれる事になりました。
 これはオトフリート三世陛下いらいの事だそうで、オーディン中が大騒ぎになっております。

 帝国宰相はもちろん、ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム皇太子殿下。
 帝国宰相代理にクラウス・フォン・リヒテンラーデ侯爵。
 この方は元々、帝国宰相の代理の国務尚書をなさっておりましたから、

「やる事は変わりませんな」

 と仰っています。そういう物なのでしょうか?
 閣僚の顔ぶれも変化があるそうです。
 まず、財務尚書のオイゲン・フォン・カストロプ公爵を、更迭するという話もちらりと、耳にしました。

「叩けば、ほこりが出るだろう。というか、とっくに埃を手に入れているんだろう? 一気に片をつけるぞ」

 皇太子殿下とリヒテンラーデ候の話し合いは、とても怖いものでした。
 まさか皇太子殿下に、あのような恐ろしい一面があるとは、思ってもいませんでした。普段のお姿からは想像もできません。
 他にも内務省とか人が変わるらしいです。
 帝国三長官と呼ばれる方々はどうなるのでしょう。あまり軍関係は皇太子殿下も、わたし達にはお話してくださりません。
 以前改革案を話されていた、カール・ブラッケさんとオイゲン・リヒターさんも一応、宰相府に呼ばれているのですが、あくまで一応、だそうです。
 皇太子殿下いわく、あいつらの改革案は、地に足がついてないそうです。政権にお灸をすえるとかいって、実際には国民の方が、お灸をすえられたという話もあるそうなのですが、分かりませんね。
 埋蔵金なんか期待するなよー。と呟いておられたのが、印象的でした。
 まあこれ以上のことは、わたし達にはお話してくれません。
 まだ決まっていないのかもしれませんが……。

 ■ノイエ・サンスーシ 宰相府 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

 お昼過ぎのことです。
 エリザベートさんとマルガレータさんは、食事に出かけられていました。
 部屋の中には、ブラウンシュヴァイク公爵様とリッテンハイム侯爵様とリヒテンラーデ侯爵様が集まっております。

「今日は、例の者を呼んでいる。卿らも同席せよ」
「劣悪遺伝子排除法の件ですな」
「そうだ」

 しばらく致しますと、規則正しいですが、控えめなノックの音が聞こえました。
 立ち上がって扉を開けましたら、顔色の悪い、そして悲壮な表情を浮かべた男性が、立っておりました。

「パウル・フォン・オーベルシュタイン中佐であります」

 抑揚の少ない声です。
 どことなく陰気な雰囲気が漂っていました。

「よく来た。良い案はできたか?」

 皇太子殿下がそう、お声を掛けられますと、中佐はその場で、片膝をつきました。

「申し訳ありません。いまだ、良い案ができておりません。無能非才の身。皇太子殿下のご期待に添えませんでした。如何なる処分をお受けしても、お恨み申しません」

 声が震えています。
 リヒテンラーデ侯爵様たちは、顔を見合わせています。
 ただ皇太子殿下のみ、中佐をまっすぐに見下ろしていました。

「本当にそうか? 良い案が浮かばぬのなら、浮かばぬで、私の状況を利用する事を考えただろう。遠慮はいらぬ。言ってみるがいい」
「殿下?」

 ブラウンシュヴァイク公爵様が、おずおず口を開くのを、皇太子殿下は片手で制し、

「構わぬ。言え」

 ともう一度、命じました。

「皇太子殿下は、帝国宰相閣下に就任されるさい、帝国の有り様を一新されると仰られました。劣悪遺伝子排除法は、旧来の帝国を象徴するものとして、まずはこれを廃す……。ここからが始まりである」

 血の滲むような声というのは、こういうものを言うのでしょうか?
 部屋の片隅で聞いていた私ですら、身が震えてしまいます。

「良かろう。卿の具申を聞き入れよう」

 皇太子殿下が勢いよく立ち上がりました。
 こういう時の皇太子殿下は頼もしいです。行動が早いのです。

「国務尚書。黒真珠の間に貴族、百官を集めよ。陛下にも臨席を願う。全宇宙に勅命を発する」
「はっ」

 さすがにリヒテンラーデ侯爵様は、殿下の事をよく知っているらしく、あっさりと行動に移りましたが、他のお二方はおろおろとされています。
 これぐらいでおろおろされていますと、皇太子殿下に付き合っていられませんよ。
 私の方が心配になってきます。

 ■ノイエ・サンスーシ 黒真珠の間 リヒテンラーデ候クラウス■

 帝国宰相就任いらい、さほどの間を置かずに、貴族や百官が再び集められた。
 特別に許可されたスタッフ達が忙しそうに、カメラを備え付けている。
 これから皇太子殿下が勅命を発するのだ。
 如何なる内容なのかと、戦々恐々な貴族達の顔色ときては、おぬしらそれほど、怯えるようなまずい事をしておるのかと、問いたくなる。
 見よ。皇帝陛下の余裕を。
 ワルキューレは汝の勇気を愛す。伴奏が流れ出すのと同時に、皇太子殿下が玉座の前に立たれた。
 そして陛下に一礼をし、我らの方に向き直る。

「勅命である。
 銀河帝国第三六代皇帝フリードリヒ四世の名において、これを下す。
 劣悪遺伝子排除法は、旧来の帝国を象徴するものとして、これを廃すものとする。
 銀河帝国第三六代皇帝フリードリヒ四世。

 よいか、皆の者。ここからが始まりである。
 これから帝国を改革してゆく。
 皆の者、そう心得よ。
 
 勅命に不服があれば、即刻、自領に戻り、戦の準備に入るが良い。
 陛下の代理人たる帝国宰相が、全軍を持って、それを討伐する」

 あいも変わらず、一旦動くとなると、苛烈になるお方じゃ。
 これで貴族たちも迂闊には、動けまい。
 まあもっとも、劣悪遺伝子排除法は、どこの貴族も表立って言わなんだが、廃法にしてほしいと願っておったからのう。
 どの家も、我が家にそのような者が生まれては、一大事と怯えておったわ。
 皇太子殿下が強権を持って、廃止してくれて、胸を撫で下ろしている者も多かろう。
 それにしても眩しいのう。
 カメラに写されておられる皇太子殿下は、もっと眩しかろうが。
 この度の勅命は、帝国全土、フェザーンのみならず、叛徒どもにも伝えるのだ。奴らの驚く様が目に浮かぶようじゃ。

 ■オーディン郊外 オーベルシュタイン邸■

 本日を持って、劣悪遺伝子排除法は廃法となった。
 長かった。
 生まれつき障害を持つ私は、全ての者達に忌避されてきた。
 だが、今日からは違う。

「ご主人様。おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。卿もともに飲まぬか? 祝杯を上げたいのだ」
「承ります」

 私はこの様なことを口にする人間であっただろうか?
 口元が笑みを浮かべているのが分かる。
 そうか、私も笑えるのだな。

 ■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

 そういや、すっかり忘れてたが……。
 ヤンの噂をまったく聞かないなー。今年の九月の半ばぐらいにあるはずの。エル・ファシルの戦いもなかったみたいだし、あれ? エル・ファシルの英雄じゃなくなった?
 うわー。こいつは困った。ここんとこ、遠征も戦闘もやらせなかったしな。スルーしすぎた。
 大人しくしとけって言っておいたのが、間違いだったか?
 フェザーンの自治領主はルビンスキーじゃないし。というか原作前だしなー。それともまさか……ルビンスキヤの方なのか? だったらどうしよう……どうもしないけど。
 まあなんと言っても、ラインハルトちゃん。まだ一〇才。もうすぐ一一才か?
 本気で原作前に終わりそう。
 それにしてもラインハルトは、一々反応するし、突っかかってもくる。からかいがいのある奴だ。けっけっけ。
 アンネローゼに会いたければ、女装必須な。と言ったときの表情と来たら、マルガレータいわく、いじめたくなる様な目だったらしい。
 エリザベートはジークの方がかわいいらしいが、そういやラインハルトいがい、ジークの事をキルヒアイスとは、呼ばないよな。俺も呼んでねーしな。
 ミッターマイヤーもロイエンタールもまだ、大尉だし、あれ?
 ロイエンタールは中尉に格下げされていたよな。
 カストロプ討伐。
 誰に任せるべきか。俺が行こうかな? 行っていいよね。
 どーせ、アルテミスの首飾りもないしー。ちょろいってかんじー。

「ダメです」
「ダメです」
「却下です」
「ダメに決まっとりましょうが、がぁー」

 うちの寵姫三人に加えて、じじいまで、ダメだししてくるとは、お前達には……。
 帝国宰相に対する敬意というものは、ないのか。
 ひどいやつらだ。 
 

 
後書き
感想の返信のやり方を覚えました。
mapleはレベルが、1上がったって感じですか?
今まで分からなかったんです。 

 

第7話 「逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ」

 
前書き
あってて、良かった原作知識。 

 
 第7話 「ばか、ばっか」

 ――やばい。
 その声を聞いた瞬間、本能が“それ”を悟った。
 硬い声だった。
 隣にいるラインハルトとジークの両名も、本能で理解したのか、身を硬くしている。
 二人を連れて、各省庁へ出向いた帰りだ。
 宰相府の扉を開けた途端、エリザベートとマルガレータの冷たい視線が、まるでレーザーのように俺を射抜いた。
 この時点で嫌な予感はしていた。
 ただ、アンネローゼの姿が見えず、

「アンネローゼは?」

 と聞いた。
 女二人は、無言のまま、奥の部屋を視線で示す。
 怯えた表情のジークと、どことなく腰の引けているラインハルトを従え、奥の部屋へと向かった。
 ノックをする。

「どうぞ」

 短い言葉。
 ラインハルトが俺にしがみついてくる。
 ええい、いずれ獅子帝と呼ばれるだろう男子が、そんなことでどうする。
 うるうると潤んだ瞳が俺を見つめていた。
 扉を開け、中に入る。
 な~んだ。何もないじゃないか……。アンネローゼも笑顔だし。でもちょっと表情が硬いかな?
 ほら、もっと。スマイルスマイル。
 脳が認識を拒否している。

「きゃっきゃ」

 いてはならないものが、そこにいる。
 だが、俺の目には見えない。

「皇太子殿下」

 アンネローゼはむっくりと立ち上がる。
 お前、いつのまにそんな威圧感を身につけたのだ。
 その手に持っている“もの”はなんだ!!
 鋭く光っているぞ。
 とても鋭利そうだ。
 そしてよく切れそうだった。

「あねうえ~」
「アンネローゼさまぁ~」

 ラインハルトとジークの絶叫の中、アンネローゼが俺に凭れかかる様に、倒れこんだ。
 熱い感触が腹に突き刺さった。
 生暖かい感触が広がる。

「……裏切ったんですね」

 アンネローゼが囁く。
 違う。と言おうとして、口元から溢れた血が、それを遮る。
 遠ざかる意識の中、ああ、赤ん坊の泣き声が聞こえる。

 ■ノイエ・サンスーシ 宰相府 ラインハルト・フォン・ミューゼル■

「……殿下。皇太子殿下ってば、起きてください」

 まったく。この皇太子は、執務中に居眠りをするとは。いいかげんな奴だ。
 どうしてこの俺が、こんな格好でいなければならないんだ。
 自分の格好を見下ろして、再び怒りが湧き起こってくる。
 すべてこいつの所為だ。
 ここのところ、さんざんこいつに、振り回されている。
 なにが、ラインハルトちゃん、だ。
 むかつくやつだ。

「早く起きろ」
「う~んう~ん」

 なんだ。魘されているのか?
 いい気味だ。

「は~や~く~。起きろと言うのにっ」
「お疲れなのでしょう」

 キルヒアイス。お前は優しいな。
 しかしこの男に、そんなものは不要だ。
 ゆさゆさと揺さぶる。
 ほんとは殴ってやりたい。
 ハッと身を硬くして、皇太子が起き上がった。
 周囲をきょろきょろ見回して、

「アンネローゼは」

 と聞いてくる。
 第一声がそれかっ!!
 腹が立ったので、無言のまま、視線だけで奥の部屋を示す。

「そうか」

 皇太子はそれだけ言うと、奥の部屋へと向かった。
 どことなく顔が引き攣っていたように思うが、いったいどうしたというのだ。
 まったく。忙しいのは分かるが、夜、ちゃんと寝ないから、居眠りするんだ。困った奴なんだから。
 ふんっだ。

 ■ノイエ・サンスーシ 宰相府 ジークフリード・キルヒアイス■

 奥の部屋へと向かう皇太子殿下を、ラインハルト様が心配そうに見送った。
 宰相府へと出入りするようになってからというもの、ラインハルト様は、しんぱいするような表情をお見せになる。今も怒っているように見えて、実は心配しているのだ。
 帝国宰相になられてからの皇太子殿下は、私の目から見ても忙しそうだ。
 膨大な問題が皇太子殿下の両肩に、圧し掛かっている。
 どこから手をつけて良いのかすら、分からない。
 アンネローゼ様をむりやり奪った男。
 そう思っていた。
 しかしその男は苦しんでいる。帝国の重圧に、問題に、だ。
 一つの問題に手をつければ、それ以上の問題に直面する。

「俺は宇宙を手に入れたいと思った。だが、宇宙を手に入れるという事は、あの男が直面している問題に、俺も直面するという事なのだな」

 ラインハルト様はそう呟かれていた。

 サイオキシン麻薬。
 現在、皇太子殿下が直面している問題だ。当初は、とある貴族がらみの問題だった。収入よりも明らかに派手な生活をしていた。
 内情は借金で苦しんでいると思われていたが、どうもおかしい。
 高利貸しと呼ばれる商人達が、噂しあっていたそうだ。
 それをオーベルシュタイン大佐が聞きつけ、調べさせた。
 この方は宰相府の事務局長をされていて、皇太子殿下に信頼されている。有能な人物だと思うが、少し近寄りがたい雰囲気がある。見た目ほど嫌な人物ではないと、分かってはいるのだが、少し苦手だ。
 調べた結果、でてきたのが、麻薬密売だった。
 しかも軍も絡んでいる。
 軍内部の検査さえ、ごまかす事ができれば、どこへでも行ける。
 途中で調べられる事もない。
 麻薬を運ぶのに都合が良かったのだろう。
 それでも一隻だけの犯行なら良かったのだ。しかし一個艦隊が絡んでいるとなると、大問題だ。貴族が率いる艦隊。それが麻薬の密売をしていた。
 ブラウンシュヴァイク公爵様の怒号は、今でも耳に残っている。

「あいつらみんな、火あぶりにしてやる」
「やれ、やれー」

 と当初は、煽っていた皇太子殿下だった。
 しかしあくまで、軍の一部だったが、上から下まで少しずつ絡んでいたとなると、そうも言っていられなかった。
 帝国三長官が揃って、責任を取って辞任すると、申し出てきたときには、書面を彼らの目の前で破り捨て、床に叩きつけた。

「辞めるって言うならよー。全部終わらせてからにしろやー。ごらぁー」

 もの凄く言葉遣いが悪かった。
 皇太子殿下とは思えなかったほどだ。
 私と共に部屋におられたラインハルト様も、皇太子殿下の言葉に、深く頷いておられた。
 人事異動すら、ままならない。
 変えても変えても、問題が収まらない。どいつもこいつも少しずつ係わっていたのだ。それどころか違う問題まで浮上してくる始末。
 ああ、私も皇太子殿下の言葉遣いが、うつってしまったかもしれない。

「下級士官で、出来の良いのがいたら、そいつらを上に上げてしまえっ!! 構わん、二階級特進させてでも、だ」

 無茶言うな、と思ったが、それぐらいしなければ、収まりそうも無かったと思う。
 そのせいだろうか、艦隊指揮官から分艦隊指揮官まで、平均年齢がかなり下がったそうだ。総入れ替えしてやる。とまで言っておられた皇太子殿下だったが、ミュッケンベルガー元帥のお顔を立てて、年内に出征する事をお認めになられた。

「これでダメだったら、総入れ替え、な」

 本当なら、ごたごたしてる時に、出征なんか、させたくないんだが……。
 と、辛そうに仰られていた。
 そしてそうこうしているうちに、問題は軍だけではなくなった。
 内務省、司法省、典礼省、宮内省、財務省なども絡んでいたのだ。
 帝国全土を揺るがす大問題に発展した。
 もはや関係してないのは、宰相府のみといった感じだ。

 ■ノイエ・サンスーシ 宰相府 リヒテンラーデ候クラウス■

 宰相府の一角で、オーベルシュタイン大佐が書類に目をやっている。
 無表情な印象を受けるが、最近、この男の表情が読めるようになってきた。
 少し辛そうだ。
 まさかと思っているのだろう。
 私としても、同じ気持ちだと思う。
 まさか、これほどの大問題に発展するとは、思ってもみなかった。
 余計な事をしおってと、愚痴の一つも言いたくなるが、言っても始まらん。
 オーベルシュタインと席を並べているのは、オイゲン・リヒター、カール・ブルッケ、マインホフ、ブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒ、ウルリッヒ・ケスラーなどだ。
 前の連中はともかく、マインホフとシルヴァーベルヒとケスラーは皇太子殿下が直接連れて来い。と仰ったのだ。シルヴァーベルヒは、どうせ辺境辺りで燻っているだろう。ケスラーはあの老人の配下であったが、いいから連れて来いと。有能な男たちではあるが、皇太子殿下は、いったいどこから知ったのであろうか?
 そして……あの連中。
 階級も低く、まだ若い連中じゃった。
 ウォルフガング・ミッターマイヤー。
 オスカー・フォン・ロイエンタール。
 アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト。
 エルネスト・メックリンガー。
 アウグスト・ザムエル・ワーレン。
 フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト。
 この六名を呼び出した皇太子殿下は、私と帝国三長官を前にして、彼らに向かい、

「お前ら、二階級特進。いや全員、准将な。先払いだ」

 と仰った。
 部屋中に緊張が走り、皆を代表して私が、そのような事をなさっては、軍の統制が、と申したが、

「だったら、これはと思う者を、俺の前に連れて来い。紐付きでない、有能な奴らを選んでやったんだ。ミュッケンベルガー。こいつらを卿に預ける。宇宙艦隊の再建を急げ」

 皇太子殿下に怒鳴りつけられてしまった。
 しかしながらここで引いては、殿下の為にならないと思い、皇帝陛下にも具申致したところ、皇帝陛下は、「ルードヴィヒの好きにさせよ」と申される。
 渋々ながら、ミュッケンベルガー元帥に伝えると、元帥は軽く頷き、

「軍に対する信頼を取り戻すべく。尽力します」

 いつもの元帥らしくない気弱な口調で言った。
 三長官も身を縮こまらせておったし、皇太子殿下の怒りの大きさが、どれほどのものなのか、かえって思い知らされたわ。

 ■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

 奥の部屋から、赤ん坊の泣き声が聞こえる。
 エリザベートのこどもだ。二人もいれば、そりゃ~うるさかろう。
 乳母が風邪を引いて、寝込んでしまい。仕方ないとばかりに、ここに連れてきたらしいが、普段聞かない赤ん坊の泣き声のせいで、悪夢を見てしまったぜ。
 なんであんな夢を見たんだか……。
 ガキに責められてるような気がしたんかね?

「皇太子殿下、ようやく眠ってくれました」

 アンネローゼが嬉しそうに言う。
 こどもが好きなのかもしれない。確かによく眠っている。

「寝てるときの顔は、天使みたいだがな~。かわいいもんだ」

 いっぱい泣いとけよー。大人になったら泣きたくても、泣けんからなー。
 さてと、ぷにぷにしたほっぺたをつついて、癒された事だし、仕事に戻るとするか……。
 あーもー、頭いて。俺も泣きてーよ。 
 

 
後書き
皇太子殿下がやさぐれだしてる? 

 

第8話 「こどもの名前」

 
前書き
調べても分からなかったので、
フレーゲル男爵は、ヨアヒム・フォン・フレーゲルとします。 

 
 第8話 「ひどい男もいたもんだ……」

 ウィルヘルム・フォン・リッテンハイムだ。
 ここしばらくのところ、帝国では問題が多発している。
 今まで闇の中に隠れていたものが、表面に噴き出してきたものと、思われるのだ。
 ふっ、帝国を代表する大貴族と自認していながら、これまで問題にも気づいていなかったとは、皇太子殿下に、鼻で笑われるはずだ。
 このリッテンハイム、汗顔の至りである。
 特に妻のクリスティーヌには、

「しっかり、なさいませ」

 と、尻を叩かれる有様。
 ルードヴィヒ皇太子殿下のように、嵐に立ち向かう気迫が、私には足りないと、思われているのやも知れぬ。
 その事をブラウンシュヴァイク公爵に話すと、わしの方も似たようなものだと、自嘲気味に漏らした。

「さすが、ご兄弟よな……」

 ルードヴィヒ皇太子殿下と、我々の妻は兄弟だ。
 やはり似たようなところがあるのだろう。

 ■ノイエ・サンスーシ 宰相府 ラインハルト・フォン・ミューゼル■

 ごたごた続きの帝国で、珍しく良い知らせが入ってきた……らしい。
 それが本当に、良いのか悪いのか、誰にも分からない。そんな知らせだ。
 ベーネミュンデ侯爵夫人が子どもを産んだ。
 元気な男の子だ。
 マクシミリアンと名づけられた、その子がどうなるのか……。

「マクシミリアン様を担ぎ上げようとする者は、今のところいないでしょうね」

 キルヒアイスはそう言う。
 俺もそう思う。だが、あの男がこのまま改革を進め、帝国が今よりもマシな状況になったとき、担いで利用しようとする者が、現れるかもしれない。

「まあ、その頃には俺が皇帝になっているか、あの男が皇帝になっているだろうな」
「ラインハルト様……」
「安心しろ。ここに他の者はいない」

 そうなのだ。ここのところ俺とキルヒアイスが二人っきりでいると、部屋に入ってくる者がいない。それどころか、入ってきても……。

「どうぞごゆっくり~」

 などと、にまにました笑みと言葉を残して、立ち去っていく。
 いったいなんだというのだ。
 きっと、全部。あの男の差し金だ。そうだ。そうに違いない。
 腹の立つ奴だ。
 ちょ-むかつくーって感じー?
 だめだ。あの男の口調が、うつってしまったようだ。

 ■ノイエ・サンスーシ 後宮 シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ■

 こどもは無事、産まれてきた。
 出産という大事に、心身ともに気力も体力も根こそぎ、使い果たしたような気持ちであり。無事、産まれてきてくれて、良かったという思いもある。
 母子共に落ち着くまでは、遠慮しておこうという。皇太子殿下の伝言を、帝国宰相代理であり国務尚書の、リヒテンラーデ候が伝えに来た。
 そのさい、皇太子殿下の贈り物として、銀のスプーンをお持ちくださった。
 メッセージカードには、マクシミリアン・ヨーゼフ・フォン・ベーネミュンデ。と書かれている。
 マクシミリアン。
 皇帝陛下がお付けになられた、この子の名だ。
 しかしまさか、皇太子殿下が、この名をお認めになるとは思っていなかった。
 反対するだろうと、侍女達ですらひそひそと話をしているのも、知っていた。
 晴眼帝
 再建帝
 と呼ばれる名君の名前なのだから……。
 この名をつけるということは、帝位を争うつもりがあると、そう受け取られても否定し切れない。
 陛下にもっと平凡な名をつけてほしいと、懇願したい気持ちがあった。
 あの皇太子殿下と帝位を、争うつもりは、私にはなかった。
 とても勝てるとも思えない。

「マクシミリアン・ヨーゼフ様の後見人は、皇太子殿下がなられると、恐れ多い事ながら、陛下と殿下が、お決めになられたそうです」
「まさか……それはまことですか? まこと、皇太子殿下が、そう仰られたのですか?」

 リヒテンラーデ候はわたくしの前で、頷きました。
 その時、わたくしの目から、涙が溢れてしまったのです。

「皇太子殿下のお言葉を申します。
 マクシミリアン・ヨーゼフ・フォン・ベーネミュンデをかの名にふさわしく、育てるように。
 とのお言葉です」
「確かに承りました……殿下によろしくお伝え下さい」

 リヒテンラーデ候が屋敷から立ち去ったあと、わたくしは急いで、マクシミリアンの下へ駆け寄りました。
 すやすやと眠る我が子を見ながら、再び涙が溢れます。

「マクシミリアン。聞こえますか? あなたのお兄様はあなたをお守りくださると、そう仰ってくださったのですよ。良かったですね」

 ■ノイエ・サンスーシ 薔薇園 フリードリヒ四世■

 シュザンナに子が生まれた。
 男の子だ。
 名をどうしたものかと考え、ルードヴィヒを呼んだ。

「シュザンナの子の事じゃが……名をどうしたものかと、な」
「マクシミリアン・ヨーゼフ」
「ルードヴィヒ? 本気か」
「これからどうなるかも分からん。あの子が育つかどうかもな。だが、一つ言えることは、どうなろうともあれは、俺の弟だ。あいつがまともに育ってくれたら、俺と同じように帝国を背負う事になる。その為にもしっかり躾けておいてもらわないとな。肉体的にも、特に精神的にもだ」
「本当に良いのか?」
「ああ、あいつの後見人には俺がなろう。できるだけの事はしてやるさ」

 ルードヴィヒがそう言って笑う。
 強いのう……。
 立ち去る間際、ルードヴィヒが振り返り、にやりと笑った。

「ああ、そうそう。俺にはあと二人、弟みたいな奴らがいるんだ。金髪と赤毛の、な。マクシミリアンが、あいつらと仲良くできるといいな~楽しみだ」
「わしにも会わせろ。お前の弟なら、わしには息子だろう」
「そのうちになー」

 ■宰相府 リヒテンラーデ候クラウス■

「殿下、このリストはなんですかな?」

 皇帝陛下との謁見を済ませた皇太子殿下は、私に一通のリストを渡してきた。
 なんじゃこれは?
 軍人のリストか?

「卿からミュッケンベルガーに伝えて、ミュッケンベルガーから俺に、進言するようにさせろ」
「なんでまた、そんな面倒な真似を?」
「毎回毎回、俺が強権を振るってばかりいるとな。ミュッケンベルガーが軽く見られるようになる。それは拙い。だから今回は、あいつが探してきた人材を、俺に認めさせたという形を取ろうと思う。顔を立ててやらんとな」
「はは~なるほど」

 確かにこのままだと、ミュッケンベルガー元帥の命令が軽く見られるか……。
 皇太子殿下に言えば、命令が覆るとでも思われては一大事。そうなれば、それこそ統制が保てん。

「強権は非常時だからこそ、有効だ。平時は平時の命を下さねばならん」
「三長官にも伝えましょう」
「ああ、そうしてくれ」

 とまあこんな会話の翌日。
 ミュッケンベルガー元帥から、皇太子殿下に通信が入ってきた。
 宇宙艦隊総司令部から、掛けておるな。他の者にも聞かせるつもりじゃろう。

「帝国宰相閣下。お渡ししたリストをご覧いただけたでしょうか?」
「ああ、見た。中々の連中だな」
「では、
 エルンスト・フォン・アイゼナッハ
 カール・ロベルト・シュタインメッツ
 カール・グスタフ・ケンプ
 コルネリアス・ルッツ
 ヘルムート・レンネンカンプ
 以下の五名を、先の六名と合わせ准将とし、宇宙艦隊再建に向け、訓練に入りたいと思います」
「元帥の意見には聞くべきものがある。卿に一任する。宇宙艦隊再建は元帥にしか出来ぬ。期待している」
「はっ」

 うむうむ。背後で様子を窺っておった連中も、ミュッケンベルガー元帥の威厳が戻ってきたのを、理解したじゃろう。
 それにしても元帥も殿下も役者じゃのう。
 しらっとした顔で、演じるわ。
 うん? こらこらラインハルトにキルヒアイス。気になるのも分かるが、顔を覗かせるでないわ。
 ふ~通信が切れたあとで良かったわい。

 ■宰相府 ジークフリード・キルヒアイス■

 通信が終わった。
 元帥の表情には晴れやかなものがあった。
 皇太子殿下のお気持ちが伝わったのだろう。信頼は未だに消えていない。
 それが分かっただけ、良かったと思う。

 宰相府で皆、集まりお茶を飲んでいると、ブラウンシュヴァイク公爵様が、見知らぬ男性を連れて入ってきた。私やラインハルト様よりも少し年上だろう。

「皇太子殿下。こやつは、ヨアヒム・フォン・フレーゲルと言いましてな。妹の子です」
「ヨアヒム・フォン・フレーゲル男爵であります。皇太子殿下、初めまして、よろしくお願いします」

 緊張しているのか、固くなっているみたいだ。

「ああ、よろしく。フレーゲル男爵。まあ、ゆっくりしていけ」

 皇太子殿下は鷹揚に笑ってみせる。
 この余裕が欲しいと思う。皇太子殿下もまだ、二十歳そこそこだというのに。
 しかし見過ごせない一幕があった。
 フレーゲル男爵にお茶を持っていく羽目になった、ラインハルト様にフレーゲル男爵が見惚れていたのだ。

「ありがとう。フロイライン」

 そう礼を言う男爵の目は、ラインハルト様に釘付けになっていた。
 最初は、皇太子殿下の侍女だと思い、興味があるのかと思ったのだが、どうも違うみたいだ。
 そしてなにかにつれ、ラインハルト様に話しかける。
 最後には、手を握る始末だ。
 困惑していたラインハルト様は、ブラウンシュヴァイク公爵様達が帰られると、皇太子殿下に向かって睨みつけた。
 いけない。爆発しそうになっている。

「お、お前のせいだぁ~」

 とうとう爆発した。ラインハルト様が皇太子殿下に、飛び掛っていく。

「甘いわ」

 ひょいっという感じで、ラインハルト様を取り押さえ、ヒザの上に押さえ込む。

「はなせ~」

 じたばたと暴れている。

「悪い子にはおしおきだな」

 皇太子殿下がラインハルト様のおしりを叩く。
 そりゃ~もう、ぺしぺしと。
 身を捩り、顔を真っ赤にさせるラインハルト様。
 なんだか楽しそうな雰囲気が漂っている、不思議だ。
 ところでマルガレータさん。
 鼻息を荒くして、はぁはぁするのは止めて下さい。怖いです。 
 

 
後書き
ラインハルトとキルヒアイスは、弟みたいなもの。
皇太子殿下は、ラインハルトをいじるのが大好き。 

 

第9話 「手は届く。目は届かない」

 
前書き
第4次イゼルローン攻略戦が、年表に載ってなかったので、勝手に設定しましたー。 

 
 第9話 「一人分の人生」

 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。
 
 この世界に転生してからというもの、ずいぶんらしくない事をしている。
 元の世界では、かなり好き勝手に生きてきた。
 自分さえ良ければいい。
 他人の事など知った事じゃない。
 己一人の我が身がかわいい。
 死にたきゃ勝手に死ね。
 一人分の人生で、誰かを背負うなど、まっぴらごめんだった。その俺が……なんで、帝国なんてもんを背負っているのやら。
 皇帝になりたいか?
 なら勝手になれよ。
 喜んで譲ってやるぜ。こんな崩壊寸前の、帝国でも良ければ、な。
 原作で、ラインハルトは貴族達を滅ぼして、同盟を倒して、地球教を滅ぼして、皇帝になった。
 それでローエングラム王朝がどこまで、続いたと思う?
 俺は二代目で、崩壊したと思う。
 いや、ヒルダがいるから、実質三代目か?
 笑えるほど、ひどい有り様だ。ここまでとは思っていなかった。
 原作よりも、ひどいんじゃないか……。それとも原作でも同じだったか?
 親父……フリードリヒ四世が無気力になるはずだ。
 俺も酒でも飲んで、現実逃避したいぜ。こんな帝国、自分の子どもに継がせたいなんて、親父だって思わなかったろうよ。
 俺もそうだ。
 原作で、シュザンナの子どもを殺したのが、皇太子でも貴族でもなくて、皇帝だったとしても、俺は不思議に思わんね。
 そして俺が後見人にならず、ほっといたら、お前がどこまで生きていられたか?
 来年の今頃には、死んでんじゃねえか?
 母親のシュザンナいがい、誰もお前が生まれてくるのを望んでいなかった。
 父親である皇帝ですらそうだ。
 誰に殺されても、不思議じゃない。
 誰からも生きる事を望まれていない。そのうち、ロイエンタールのように、母親からも避けられるようになるんじゃねえか……目に見えるようだ。
 哀れなもんだ。
 しょうがねーよなー。俺、兄貴だしなー。ま、俺ぐらいは味方でいてやる。
 俺が後見人になった以上、お前に手を出すって事は、俺を敵に回すって事だ。俺は甘くはないぜ。
 だから、せめてまともに育ってくれよ。ラインハルトやキルヒアイスと、仲良く出来るぐらいにはな。今より少しはましな帝国を、遺してやるからよ。
 でないと、ラインハルトに滅ぼされるぞ。
 それとも俺に滅ぼされたいか?
 好きな方を選べ。

 ■ノイエ・サンスーシ 後宮 シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ■

 マクシミリアンに会うために、皇太子殿下が訪れました。
 さきほどからマクシミリアンの寝顔を、ジッと見つめておられます。
 何を思っているのでしょうか?
 どことなく、寂しそうな目をしていらっしゃいます。
 そしてマクシミリアンの頭を撫で、こちらに振り返りました。

「皇太子殿下、マクシミリアンの後見人になっていただき、感謝しております」

 本当にそう思います。
 皇太子殿下がなって下さらなかったら、この子はそうそう生きていられなかったでしょう。
 皇太子殿下のご威光のみが、この子を守る楯です。

「気にする事はない。それより、マクシミリアンを立派に育ててやれ。貴族の馬鹿息子にはするなよ。後は本人の才覚次第だ。期待しているぞ」
「……はい」

 後は本人の才覚次第……おそろしいお言葉です。
 才覚がなければ、切り捨てる事も辞さないのでしょう。もしくは人畜無害な子。いてもいなくてもいい子。この子の立場をわたくしに、はっきりと伝えられました。
 ただそれだけに、皇太子殿下はマクシミリアンに、同情しておられるのでしょう。
 冷酷さと優しさを、同時にお持ちになって、それを表す。
 不思議なお方です。

 ■宰相府 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

 皇太子殿下は、後宮から戻ってきてからというもの、ベランダで外を眺めておられます。
 珍しい光景です。
 いつもは忙しくしておられる方が、なにもせず、ただ風景を眺める。
 本当は風景など、見てはおられないのでしょう。
 テーブルに置かれているシャンパンも、手に持ったグラスも、中身は一向に減る様子がありません。ぼんやり手に持ったグラスを、くるくると回しています。
 何を見ておられるのか……。

「……皇太子殿下」
「うん? ああ、アンネローゼか」
「何をごらんになっているのですか?」

 ほんの少し、首を傾げて、わたしを見ています。
 なんだか元気がなさそうです。

「……一人分の人生」

 皇太子殿下が、ぽつり零されました。
 また、どこか遠くを見ています。
 一人分の人生ですか?
 どういう事でしょうか?

「俺はずっと、自分の両手が届く範囲が、幸せであれば良いと思っていた」
「自分の両手の届く範囲」

 私は自分の両手を広げてみます。いがいと広いかもしれません。それとも狭いのでしょうか?

「皇太子っていうのは、帝国の端から端まで届くんだな。知らなかった。帝国二百五十億の人間。その全てに、手が届いてしまう。目は届かないのに」
「皇太子殿下は、帝国宰相閣下ですし」
「目が届かないのに、手が届く。自分の言葉が大勢の生活を変える。変えてしまう。望もうと望むまいとな。だというのに、たった一人の赤子にすら、目が届かない」

 ベーネミュンデ侯爵夫人のこどもの事でしょうか?
 マクシミリアン・ヨーゼフ・フォン・ベーネミュンデ。

「あの子を守るのに、名前一つしか、与えてやれない」
「たった一つの名前で、守れるのではありませんか?」
「そうかもしれんな。そう考えると、皇太子のご威光というのも、大したものかな?」

 殿下が笑いました。でも……どこか、寂しそうな笑みです。
 早く元気になって欲しいです。
 いつもの殿下。
 強気で、行動が早くて、明るい。そしてどこか楽しげな。

「しょうがねーなー。俺、皇太子だしなー。帝国宰相になっちまったしなー。落ち込んでてもしょうがないか、はぁ~」
「殿下?」
「あがくだけ、あがいてやるさ。なーラインハルトにキルヒアイス。そこに隠れてないで、出て来いよ」
「ラインハルト、ジーク。もう~」

 振り返ると、二人がひょこっと顔をだしました。この二人も殿下の様子が、気になっていたのでしょうか?

「なあ、ラインハルト。宇宙を手に入れるという事は、手が届くのに、目が届かない。そういう状況になるって事だ。そしてその重みに耐えるって事だ。自分の手の長さに気づいて、怯えるなよ」
「なっ。そ、そんなこと……」
「ま、気にすんな。いずれ分かるさ。さー問題を片付けていくか」

 ■宰相府 リヒテンラーデ候クラウス■

 軍務省が知らせが入ってきた。
 叛徒どもが懲りもせず、イゼルローンへと攻め込むらしい。
 いそいで宰相閣下にお知らせする。

「懲りねえなー。これで何度目だ?」
「四度目ですな」
「そんなにイゼルローンが欲しいかよ。あんなもん、壊すだけなら簡単だろうに。石ころ拾ってきて、ぶつけりゃいいんだ。一〇個も投げれば、十分だろう」
「そう簡単に壊されては、たまったものではありませんな」
「小惑星をぶつける気ですか?」
「いかんか? いくらでも落ちてるだろう。投げりゃ飛んでくぞ。あとはほっとけば、勝手に当たってくれる。当たらなくても、当たるまで何回でもやりゃいいんだ。艦隊率いて、来るよりは労力はかからんしな」
「艦隊も石を投げつけられれば、怖いですね。ラインハルト様」
「流星群をすり抜けろと、言われるようなものだからな」

 皇太子殿下の余裕には、こちらの方が驚かされる。
 この方をアッと驚かしてみたいものじゃ。

「じじいが、裸踊りでもしたら、驚くさ」
「絶対にしませんぞ」

 そう言いつつも、皇太子殿下がアンネローゼの方を見ましたな。
 おおー。ラインハルトがその前に、立ちふさがったわ。
 それにジークもじゃ。息が合っておるのー。

「見たくもねえな。とこかくミュッケンベルガーに増援に向かわせろ。ああ、ついでにオフレッサーに言って、例の連中も連れて行け」
「ああ、あの連中ですか、ようやく初陣ですな」
「役に立ってくれるといいが……あっ」
「なんですかな?」
「連中に一発だけ、レーザー水爆ミサイルをバズーカ砲にして、持たせてやろう」
「意味無いですぞ」
「なくて構わん」

 いったい何を考えているのやら……。
 しかし楽しげでは、ありますな。

「俺も行って良い?」
「却下です。かわいこぶってもダメですぞ」
「俺のクシ○トリアに乗せろぉぉぉぉ」
「駄々を捏ねてもダメです」
「帝国宰相命令だー」
「諫言いたしますぞー」

 ほれ見なさい。ラインハルトとジークが、呆れたような目で見ておりますぞ。
 大人って、どうしてこうなんだろうという目で、見ております。
 こどもに呆れられる宰相というのは、どうでございましょうや。

「知るか、そんなもんっ!! 大人の方が我が侭なもんなんだ」
「ばか、ばっか」
「うわ~。ラインハルトではなく、ジークに言われてしまいましたな」
「ジークぅ~」
「キルヒアイス。言いすぎだぞ」
「そうだそうだ。ラインハルト、よく言った」
「いくら本当の事でも、だ。真実は時に、人を傷つけるんだ」
「お前まで、なんだよー」

 うん? アンネローゼ。どうしたんじゃ?
 目が怖いぞ。

「殿下、諦めてお仕事しましょうね」
「え、え?」

 おお凄いぞ。アンネローゼ。皇太子殿下を強引に引きずって行ったわ。
 お諦めになって、お仕事に勤しむ事ですな。
 問題は山積みなのです。 
 

 
後書き
落ち込む事も多いけど、皇太子殿下は元気です。 

 

第10話 「あえて言おう。ショタであると」

 
前書き
嘆く、皇太子殿下と、作者。
投稿するの忘れて、寝ちゃってた。 

 
 第10話 「まともなやつはいないのか byルードヴィヒ」

 軍務尚書エーレンベルク元帥、帝国軍統帥本部長シュタインホフ元帥そして、宇宙艦隊総司令長官ミュッケンベルガー元帥の三名は、顔を付き合わせていた。
 フェザーンからもたらされた、自由惑星同盟がイゼルローンに、五個艦隊という大軍を持って、攻め込むという情報が原因であった。

「まったくこのような時期に」
「この様な時期だからこそ、攻め込んできたのだ」

 軍務尚書エーレンベルク元帥の言葉に、ミュッケンベルガーは苦い物を噛んだように、顔を顰め、言い返した。

「我らがいがみ合っていても、どうしようもなかろう。どうするのだ?」
「イゼルローンに増援を送るほか、あるまい」
「いや、そうではない」

 と、帝国軍統帥本部長シュタインホフ元帥が、他の二人を見回しながら、言う。

「ではなんだ?」
「皇太子殿下は、どのように仰っておられるのだ。それが気になる」
「皇太子殿下は、行けと。ミュッケンベルガーを増援に向かわせろ。ついでにオフレッサーに例のMS部隊を連れて行かせるように、との事だ」
「増援の規模は?」
「そのような事は、仰っておらぬ」
「殿下に、そのような事まで、決めてもらわねば、動けぬとでも言うのか?」
「私としては、三個艦隊の動員を考えている」

 ミュッケンベルガーが低い声で言う。呟きとも唸り声とも思えるほど、低い声だった。

「そうだな。せっかく殿下に准将まで用意していただいたのだ。連中の働きも確認せねばなるまい」
「うむ」
「では、三個艦隊でよいな」

 こうして増援は、三個艦隊と決まった。
 駐留艦隊と合わせ、同盟と同数であった。

 ■宰相府 マルガレータ・フォン・ヴァルテンブルグ■

 叛徒たちがイゼルローンに攻め込んでくるというので、軍関係者が色めき立っています。その中で宰相府だけは、いつも通りの雰囲気を保っていました。
 まったく動揺の色を見せない。皇太子殿下のお蔭かもしれません。
 落ち着いていると言おうか、動揺しないというよりも、度胸が良すぎるのかもしれませんね。

「俺も行きたかったなー」

 そう呟いては、アンネローゼに睨まれています。
 意外とアンネローゼって、束縛系?
 世話好きの女は、たいがい、そうですけどね。
 皇太子殿下の姿が見えないときには、不安そうに、そわそわしてる事もあるんですよ。殿下は多分知らないでしょうけど、ね。
 それにしても、変われば、変わるもんよねー。
 あの、アンネローゼが。

「俺のクシ○トリア……」

 とも、皇太子殿下が呟いています。
 皇太子殿下の専用機だそうです。
 四枚の大きな盾? 羽? 見たいな物をつけた機体なんですよ。
 ザ○よりも少しだけ、明るい感じの緑色。ザ○はダークグリーンですし。
 ですが、皇太子殿下が、クシ○トリアと呟くたびに、アンネローゼが小さく、壊してやろうかしら、などと囁くのが怖いです。そのうち本当にやりそうですわー。
 隣の席のわたしの事も考えて欲しいです。
 エリザベートは、ジークを見ては、にやにやしてますし。
 まともなのは私だけと、断言しても宜しい。
 あえて言いましょう。
 私のみが正常である。と……。

「おい。いきなり立ち上がって、なに自己主張してやがるんだ?」

 うおう。皇太子殿下の突っ込みが入りましたー。

「そうですよ。ラインハルトを見て、はぁはぁしてるくせに」
「ほほう。では、ジークを見ても、にやにやしていないとでも?」
「ガキ見て、にやつくな」
「なに言ってるんですかー。ラインハルトにジーク。かわいい男の子がっ!! 二人もいるんですよー。圧倒的じゃないですかー。我が宰相府は」
「へ、へんたいだー」

 なにを失礼な事を。皇太子殿下といえど、許しませんよ。
 うんうんって、エリザベートも頷いてますよ。
 あっ、なんですか? その呆れたような目は?
 そしてアンネローゼを指で、呼んでますね。

「アンネローゼ。しばらく席を外していよう。ヘンなオバサンになっては、いけないからな」
「……はい」

 うん、まー。しおらしい顔をしちゃって。アレは絶対、ないしん、うきうきしてるに違いない。
 わたしには分かる。
 皇太子殿下と二人っきりで、どこ行く気よー。
 リヒテンラーデ候に告げ口してやるぅ~。

「そんな事まで、聞きたくないですな」

 不意をつくな。このじじい。
 年取って、気配を隠す術を身につけたか、これだからじじいは、嫌なの。

「ところで、皇太子殿下は、どこへ行かれたのですかな?」
「今頃は、アンネローゼとしっぽりと」
「ほほう……」

 にやりと笑うな。じじい。
 じじいが笑っても、かわいくないぞー。

「なにを言うのだ。これでも今を去ること、五十年ほど前。当時のわしはぁー。紅顔の美少年として、近隣でも有名だったのだ」
「歳月って、怖い」
「ふふん。貴様らの夢を打ち砕いて、くれようぞ。これを見るが良い」

 そう言って、リヒテンラーデ候は自分の席の、引き出しから一冊のファイルを取り出しました。
 中に収められているのは、ご幼少の頃の皇太子殿下の写真。

「うわー。なんて、つぶらな瞳」
「か、かぁいいー」
「こんなにかわいい少年が、あの皇太子殿下になるなんて……」
「今の精悍な雰囲気が、どこにも感じられない」
「いったい何があったっていうの?」
「そうじゃろ、そうじゃろ。男は変わるものなのじゃ。いまにシークも、皇太子殿下のように、ふてぶてしさを身につけるはずじゃ」

 高笑いをするじじい。
 おのれー。ってあれ? いま、わたし、やばい事に気づいちゃった。

「なんでー。リヒテンラーデ候が、皇太子殿下のご幼少の頃の写真を持ってるの?」

 ま、まずい。私、消されちゃうのかしら……。

「な、なにを言うかっ、陛下に命じられて写真を撮ったのは、わしじゃ。予備ぐらいは、持っておるわ」

 顔を真っ赤にしても、説得力ないぞー。
 ハッ。そうか、そうだったのか……。

「リヒテンラーデ候、貴方も同士だったのですね」
「ち、違う。わしは、正常じゃ。まともじゃ」

 エリザベートがもう、何も言わなくていい。とでも言いたげに、リヒテンラーデ候を見つめました。自分に正直になった方が楽になれます、よ。

「ラインハルト派ですか? それともジーク?」
「どちらかというと、ジークかのう」
「語るに落ちるというお言葉は、ご存知?」
「おのれ、謀ったな。エリザベート」
「いえいえ、とんでもない。同士リヒテンラーデ候」

 貴方は良い上司だったが、貴方の性癖がいけないのだよ。

 ■宰相府 ラウンジ アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

「あいつらって……」

 席に着くと、皇太子殿下は疲れたように、ぼそっと仰いました。
 同僚の性癖に、わたしも疲れてしまいます。
 わたしは正常ですよ。皇太子殿下。

「そうであって欲しいよ」
「はい」
「ラインハルトたちは、しばらく呼ばない方がいいかもな」
「そうですね~」

 ふふふ。ラインハルトには、悪いけれど、しばらく皇太子殿下は独り占めね。
 計画通り。ふふふふふふふ。

「あれ?」
「どうかしましたか?」
「いや、なにか寒気が、な」
「それはいけません。今日のところはゆっくりと、おやすみになるべきです」
「そうだな。明日は軍関係に、激励に行かなきゃいかんしな」
「ええ」

 ■オーディン 幼年学校 ジークフリード・キルヒアイス■

 ラインハルト様の背中が、ゾクッとしたように、震えました。
 どうしたのでしょうか?
 なにやら辺りを見回しています。

「キルヒアイス。ばかばかしいと思うが、嫌な予感というものを、感じたのだが……」
「また、皇太子殿下が悪巧みをしているのでは?」
「そうかもしれない。あれさえなければ、いい奴なんだが……」
「ラインハルト様は、皇太子殿下の事、お嫌いですか?」
「い、いや。嫌いではないぞ。嫌いでは……」

 どうしたのだろう。どことなく顔が赤いのですが……。

「そういうキルヒアイスはどうなのだ?」
「私は皇太子殿下の事を尊敬していますよ。問題から逃げずに、立ち向かっておりますし。帝国の事を真剣に考えているのは、皇太子殿下でしょう」
「うん。歴代の皇帝がみな、奴のようであれば、帝国はもっとマシになっていたはずだ」
「戦争もなかったかもしれませんね」
「そうだ。このような無意味な戦争など、なかったはずだ」

 そう仰りつつも、目は衣装ダンスの中を、彷徨っておられます。
 最近、女装に対して、拒否感がなくなってきているのでは?
 かなり心配になっているのですが……。
 ラインハルト様はいったい、どうなってしまうのでしょう。これもまた、皇太子殿下の策略でしょうか?
 いつのまにか、皇太子殿下に染められてしまっていますね。
 しかもそれに、ラインハルト様は、気づいておられないっ!!
 恐るべし。皇太子殿下。
 怖いお方だ。 
 

 
後書き
宰相府の行く末が心配になって来ました……。
こんなはずじゃ、なかったのに。 

 

第11話 「戦いは数だよ。兄貴。by家業再建中のルードヴィヒさん(自営業 二十歳)」

 
前書き
インドアサバイバルな毎日を送る。
皇太子殿下。その心の叫び。 

 
 第11話 「帝国の剣。その切っ先」

「今日これから、ここにいる兵士諸君は、帝国辺境部を越え、イゼルローンへと向かう」

 今日これから、イゼルローンに向け、増援に赴く兵士達を前に、帝国宰相。ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム皇太子殿下が、激励を送っている。

「帝国はいま、改革の真っ最中だ。諸君の中には、辺境から来た者もいるだろう。首都オーディンと辺境の落差に、驚いた者もいると思う。辺境に対する援助、インフラ対策。産業振興。それらを阻害している原因の一つは、イゼルローンである」

 壇上の背後で皇太子の言葉を聞きつつ、帝国軍三長官。内閣閣僚たちが、はらはらとしながら皇太子を見ていた。

「イゼルローンは最前線である。すなわち戦場に程近い、場所にある辺境には、投資が集まりにくい。これは厳然たる事実だ。いつ、イゼルローンが陥落するかもしれない。そのような場所に、大事な金を出したくない。そう思うものも多い」

 兵士達の目が皇太子に突き刺さる。
 内心の苛立ちをぶつけたい。そう思っている。

「投資しても、叛徒どもがくれば、破壊されるだろう。すなわち無駄になる。金を捨てる事になる。いやだ。そんなのは嫌だ。そう思う者たちの気持ちも分かる。そして辺境に生きる者たちの気持ちもだ」

 だったらどうするというのか、どうすればいいのか……。
 誰にもそんな答えはない。

「ではどうする? 現状に甘んじているか? これから先も、ずっと。違うだろう? そうじゃない。そう言いたいか。ならば、やるべき事は一つ。イゼルローンが落ちぬ事を示せ。
 諸君は帝国の剣。剣の切っ先。
 自分達の背後には、剣すら持たぬ者たちがいる事を忘れるな。イゼルローンが落ちれば、真っ先に死ぬのは、辺境の者である。敵はイゼルローンで食い止めよ。いいな。――以上だ」

 ■宰相府 事務局 オイゲン・リヒター■

「宰相閣下は、辺境に宇宙港、および水耕プラントの建設をお決めになられた」

 オーベルシュタイン大佐が、強張ったような無表情な顔で言う。
 この男は、あいもかわらず、ぎこちない男だ。笑おうとしているのだろう。だが、笑みに慣れていない。だからぎこちなくなる。しかしながら私は、この男の事が嫌いではない。
 沈着冷静でありながら、決して冷酷ではない。民衆を憂う事は、この中の誰よりも強いのだ。

「しかし、宇宙港も水耕プラントも、既にあるのではないか?」
「シルヴァーベルヒ。辺境にある物は、すでに耐久年数をとうに過ぎて、何時壊れてもおかしくないぞ」
「それに大規模な農園設備も必要だな。人数は少ない。土地は余っているはずだ。開墾さえすれば、かなりの収穫を見込める。土地も荒れてないしな」
「人の手が入っていないから、滋養が多いのだ。皮肉な事に」

 抑揚の少ない声だ。歌でも歌って練習するべきだ。

「叛徒どもが来れば、破壊されるがな」
「それがどうしたというのだ?」

 ジルヴァーベルヒが皮肉げに言うのを、ばっさりと切り捨てたな。こちらの方がよく似合う。

「いかに叛徒どもが破壊しようとも、帝国は辺境を見捨てぬ。宰相閣下のお言葉だ」
「それを卿は信じているのか?」
「卿こそ、信じていないのか?」

 いかん。どうもこの二人は、ぶつかりすぎる。頭が良すぎるのだな。だから考えすぎて、ぶつかる事が多くなる。

「食い物を与えてやるから、黙っていろというのか」
「飢えた者を前にして、権利を与えてやる。だから勝手にしろとでも、言いたいのか?」

 だから卿らがぶつかって、どうするというのだ。
 分かった。この二人似ているのだ。だから反発しあうのだな。
 周囲を見れば、我関せずとばかりに、自分の仕事に勤しんでいた。卿らも少しは、この二人を抑えようとは思わんのか?
 せっかくケスラーが、皇太子殿下の意思を伝えるために、辺境に赴いているというのに。

 ■宇宙艦隊総旗艦ヴィルヘルミナ アルトゥル・フォン・キルシュバオム中尉■

 自分の乗るザ○を見ながら、ずっと考えている。
 なぜ、皇太子殿下は自分に、レーザー水爆弾頭を与えたのだろうか、と。
 これを持って、私にどうしろというのか……。

「キルシュバオム。ここにいたのか」
「ヴルツェルか……」

 背後から声を掛けられ、振り返るとヴルツェルがいた。
 手には安酒を持っている。高級士官が飲むような酒ではない。街場の居酒屋で、飲まれるような度数の高い酒だ。だが、俺達にはこちらの方が似合うのだろう。
 薄いブラウンの髪が、暗いハンガーに紛れ、黒髪のように見える。

「ザ○を見ていたのか?」
「ああ」

 うんっと、差し出された酒を受け取り、一口飲んだ。
 キツイ。あいかわらず、キツイ酒を飲んでいるな。

「出征する前に、な。故郷のクラインゲルトから子爵様が連絡してきた。笑えぬな。俺のような高々中尉ふぜいに、帝国貴族であるクラインゲルト子爵が自ら、頼むだとさ」
「……そうか」

 ヴルツェルもザ○を見上げている。
 何を思っているのか……。

「皇太子殿下の言ったとおりだ。オーディンに来てはっきり分かった。辺境と中央では、これほどまでに違うのだという事が。辺境では皇太子殿下の改革に、かなり期待をしているらしい」
「だろうな。俺の故郷も同じだ。貧しい辺境で終わりたくなくて、オーディンの士官学校に入った。こいつに乗る事になるとは、思ってもいなかったが」
「もっと早く、改革をしてくれていれば、良かったのにな」
「それは……」
「分かってはいるんだ。皇太子殿下といえど、なんでも勝手に出来る訳じゃない。あの方、俺達よりも年下なんだ。まだ二十歳になったばかりだろう」
「士官学校を飛び級したぐらいだしな。オーディンの帝国大学に進まなかったのが、不思議なくらいだ」

 ザ○を見上げていたヴルツェルが、振り返って、俺の方を見た。
 怖く思えるほど、真剣な眼差しだ。

「いかに叛徒どもが破壊しようとも、帝国は辺境を見捨てぬ。この言葉を信じたい」
「皇太子殿下、いや帝国宰相閣下のお言葉か」
「そうだ。俺にどれほどの事が、できるのか分からん。だが、成すべき事を成したい。こいつに乗ってな」

 成すべき事か……。
 私の成すべき事とは、いったいなんであろうか?
 私は何をなせば、良いのか。

「あ、そうそう。皇太子殿下のところにいるケスラー中佐が、途中で俺達と分かれ、クラインゲルトに向かうそうだ。辺境開発のことで、皇太子殿下から指示があるらしい」
「ほう。通りで、学者らや技術開発者が、乗り込んでいると思った。連中、皇太子殿下の指示できたのか」
「辺境の施設も、いいかげんガタがきてるからな。修理するのか、改良するのか、それとも作り直してしまうのか、その辺りを調べるそうだ。クラインゲルト子爵だけでなく、他の貴族達も、惑星クラインゲルトに集まっているらしい」

 ■宰相府 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

 なだれが起きてしまいました。
 書類のなだれです。
 辺境からの嘆願書だけでも二十星系分以上あります。それもそれぞれ、分厚い束になっていました。どれほど嘆願したい事が多いのでしょうか?
 皇太子殿下は、それぞれ優先順位を上げて出せ。と仰っていましたが、それでも書類が減るわけではありません。その上、各省庁からの決裁を求めるものもあります。
 こういうものは、電子データではいけないらしく。紙の書類として回ってきます。
 それぞれの惑星の嘆願書が混ざらないように、わたし達も気を使います。
 それなのに……。
 なだれが起きてしまいました。
 また一から、分け直しですー。

「猫の手も借りたい。ラインハルト……は、いなかったな。まあいい、事務局に誰か行って、あの連中を呼んで来い」

 皇太子殿下のお言葉に、マルガレータさんが走っていきました。
 もう~宰相府内は走ってはいけないんですよ。
 それにエリザベートさん。他の方が来るまでに、上着を纏ってくださいね。最近、エリザベートさんってば、透けて見えるような服を着ているんです。
 最初は、ボタンが取れて、胸元がはだけていたのに、殿下はまったく気づかずに、いたことが原因らしいです。
 女のプライドを著しく傷つけられたらしく。
 殿下をアッと驚かしてやる、と言い始め、だんだん過激になってしまいました。
 でも、それを無視する皇太子殿下も相当だと思います。
 アレは絶対、分かってて無視してるんですよ、きっと。うんうん、わたし以外の女性に目もくれない。素晴らしい事だと思います。皇太子殿下。

「アンネローゼ。にやついてないで、手伝ってよ」
「はーい。マルガレータさん」

 わたしは戻ってきた、マルガレータさんのそばに向かいました。

「閣下」

 急いでやってきたらしい、オーベルシュタイン大佐が、書類の山を見て、引いています。
 この方の引き攣った表情というのを、初めて見ました。

「殿下」

 シルヴァーベルヒさんも引き攣っています。

「書類を溜め込みすぎです」

 おお~お二人の声が揃いましたー。

「好きで溜め込んでねー。俺は毎日、二、三百枚は決裁してるぞ。それなのに、減らねーんだよ。お前ら、書類出しすぎだー」

 殿下が、そう言ったあと、ご自身の印璽に目を落としました。かなり磨り減っています。手書きではこなし切れず。印璽を押していますが、それですら、もう三つ目です。
 各省庁レベルで判断できるものは、ともかく。改革に関するものは、上の判断を仰ぐ事になるんです。そしてその上というのが、結局、皇太子殿下しかいない。

「親父ー。てめえも仕事しろー」

 TV画面に向かって、皇太子殿下が怒鳴り声を上げました。目下の者が在宅のままTV通信を送る、という習慣は帝国にはないのです。ましてや、いかに皇太子殿下といえど、相手は皇帝陛下です。
 不敬と取られても、致し方ありません。
 しかし陛下も殿下も気にした風がないです。

「そちに任せる。良きに計らえ」

 しらっとした口調で、陛下がお答えになりました。
 さすが親子です。
 こういうところは似ておられますね。
 そしていそいそと、TV通信をお切りになりました。

「親父め。あの薔薇園。そのうち、丸焼きにしてやる」

 ジャムにしてやるとか、オイルを取って売りに出そうとか、さんざん毒づいたあと、殿下は再び、オーベルシュタイン大佐やシルヴァーベルヒさんに手伝わせつつ、書類の山を築き、決裁を再開しはじめました。
 しかしながら、書類整理を始めたオーベルシュタイン大佐とシルヴァーベルヒさんのお二人が、内容を見ながら、ああだ、こうだと議論を始める始末。

「あっ」

 皇太子殿下の頬が引き攣っています。

「お前ら、手伝いに来たのか、邪魔しに来たのか、どっちだー」

 皇太子殿下の怒鳴り声が、部屋に響きます。
 今日も、宰相府はいつも通りでした。
 ここ最近、こんな毎日です、まる。 
 

 
後書き
また、寝てた。
さいきん、眠いのさー。 

 

第12話 「時空のたもと」

 
前書き
調べても分からなかったので、アルノルト・フォン・オフレッサーにします。
ようやく、ザ○が活躍しました。
あとは白銀の谷ぐらいかなぁ~。
ヴァンフリートはどうしよう? 

 
 第12話 「後宮。それは寵姫たちの集うところ」

 フリードリヒ四世じゃ。

 最近、息子の事で悩んでいる。
 まったくあやつと来たら、わしの事を、馬鹿親父だのアル中だのと、さんざん好き勝手言いおって、皇帝に対する敬意というものが感じられん。
 一々もっともじゃから、わしもあまり文句は言わぬが、それにしてもあやつを、アッと驚かせてやりたいものじゃ。
 泡を食って慌てふためくところが、見たい。どうしても見たい。
 何か良い案がないものじゃろうか……?

「のう。グリンメルスハウゼン」
「そうですな~。後宮というのは、どうでございましょうや」
「ほほう、後宮とな」
「左様でございます。皇太子殿下もまだ、お若い。美姫に囲まれては、さすがに慌てふためく事でありましょう。それに美姫に振り回されるところなども、良い見物だと思われますな」
「良い案じゃ。ふむ」

 リヒテンラーデ候を呼んで、ルードヴィヒに後宮を造るようにさせよう。
 いや、造っておいて、やつに押し付けてくれよう。その方が面白いかも知れぬ。

「それに皇太子殿下には、皇太子妃もお子様もおられませぬ。これでは後継者にお困りでしょう。その上、見目良い小姓を二人、お側に置いておられる。これでは周囲の者に、なんと噂されている事やら。心配ですのう」
「うむうむ。まさしくその通りじゃ。やつめ、驚かせてくれるわ」

 薔薇園の一角で、年寄り達の悪巧みがこうして始まった。

「くっくっく、はっはっは、あーはっはっは」
「ふっふっふ。楽しゅうなってまいりましたな~」

 たちの悪い爺どもであった。

 ■イゼルローン要塞 装甲擲弾兵総監 アルノルト・フォン・オフレッサー■

 叛徒どもが来るまでのあいだに、MS部隊に機雷を設置させている。
 通常、工作船での作業なのだが、ザ○のやつらは一機で工作船と同等の働きを見せる。

「うむ。使える」

 ミュッケンベルガー元帥もしきりに頷いておられる。
 重機並みの力に、人型の利点だな。器用に指が動く。自分の指を見つめた。この指に重機と同じぐらいの力があれば、大抵の事はできよう。
 イゼルローンに来るまでのあいだにも、こいつらは戦艦の補修をしてきたからな。慣れたもんだろう。うまくすれば戦闘中でも、簡単な補修ならできるようにもなるかもしれん。

「設置が終わり次第、やつらを要塞に戻すように」

 元帥がオペレーターに指示する。
 さあ、来い。叛徒ども。
 ザ○を見れば、驚く事だろう。

 ■第四次イゼルローン攻防戦 アルトゥル・フォン・キルシュバオム中尉■

 双方の放つ光芒がこの海域を染め上げる。
 十八メートルの巨人達が、戦乙女たちに混じり、戦場を駆け巡っていた。
 戦艦の主砲ほどではないが、ワルキューレよりも高出力のレーザーを手に持ち。敵機を撃ち抜く。叛徒どもは、我々の存在に戸惑っているようにも思える。
 味方の戦艦の陰から駆け抜け、隙を狙い打撃を与えるのだ。
 戦場は混乱を極めている。
 敵も味方も入り乱れ、トールハンマーを撃つことすら出来ない。
 混戦。
 すぐ目の前に敵戦艦が迫っていた。
 一キロを越える巨体に撃ち込む。狙いをつける必要さえない。
 どこを狙っても敵に当たる。

「中尉」

 部下の悲鳴に、レーダーの反応。
 後ろかっ。
 急上昇しつつ、敵機に銃を向ける。

「ふんっ。背後を撃てぬとでも思っていたのか?」

 敵スパルタニアンとは違い、ザ○は自由に狙いを付けられるのだ。
 爆散してゆく敵機を見ながら、そう小声で漏らした。
 だがエネルギーがあと少ししかない。

「キルシュバオム隊は近くにいる空母に戻れ、補給を行う」
「了解」

 ヴェヒター曹長に続いて、他の者も続く。
 五機のザ○が格納庫に入ると、それだけで圧迫感がある。

「燃料補給と銃のエネルギーパックも交換しておいてくれ」
「他の者は、今のうちに飯でも食っておけ」

 メカニックには補給を、部下には飯を。指示する。
 どちらも補給する事には変わりがない。飯かエネルギーかの違いだけだ。

「キルシュバオム中尉。凄いですね。戦艦1。巡洋艦2。スパルタニアン5ですよ」
「わたしが凄いのではない。ザ○が凄いのだ。しかし褒められるのも悪くない。ありがとう」

 ダメだ。あのような物言いをするべきではなかった。
 悪気はなかったであろう相手だ。しかもメカニックを敵に回してどうするというのだ。
 私もまだ、未熟ということか。

「気にせんでいい。初陣の兵士とは余裕のないものだ」
「はっ」

 年配のメカニックがそう言って、声を掛けてきた。
 そう言ってもらえると、少しは気が楽になる。放り投げられた飲み物に口をつける。
 その時初めて、喉が渇いていたことに気づいた。

「俺もこの年になって、こんなごついやつを弄れるかと思うと、嬉しくってな~」

 ザ○を見上げながら、そんな事を言う。
 その言葉に少しだけ笑った。

「ひでえ混戦だ」

 ついさっき入ってきたばかりの、ワルキューレのパイロットが叫んだ。

「上の連中はうまく行ってると言ってたが」
「連中、どこ見て言ってやがるんだ」
「艦隊運動そのものは、うまくいってるからよ~」

 戦闘の推移そのものは帝国軍に有利に運んでいる。確かに上の連中の言うとおり、上手く行っているのだろう。しかし我々から見れば、混戦しているとしか思えない。
 目の前に敵の戦艦が横切っていくのだから……。
 そう目と鼻の先だ。
 ザ○でも行ってこれるほどに。

「どっちが勝つと思う?」
「帝国に決まっている」
「ふん。所詮新兵だよな~」
「どういうつもりだ。貴様」

 思わずワルキューレのパイロットの胸倉を掴んだ。

「そりゃ~イゼルローンは落ちないだろうよ。だけどよ~損害は帝国の方が多いかも知れねえぜ。それで勝ったって言えるのかよ」
「そ、それは……」

 パイロットの顔が歪む。
 恐怖心だ。こいつもまた、怯えているのだ。怯えているからこそ、このような物言いをする。

「敵の旗艦をよ~。撃沈してやりたいぜ。そうすりゃ~やつらも逃げるだろうよ」
「ならば、貴様が行って来い」
「ちっ」

 やつは逃げるように立ち去った。
 その後姿を見ながら、やつの言った言葉を思い返す。
 敵の旗艦を撃沈してやりたい。そうだな。しかしワルキューレの武器では、フィールドに阻まれ、旗艦を撃沈する事などできまい。
 もし……できるのであれば、そうとうな破壊力を持った武器。
 戦艦の主砲のような。もしくは――レーザー水爆を叩き込むぐらいか。

「私の成すべき事か……」

 往けるか? やれるのか、この私に。

「補給が終わりました」

 さきほどのメカニックが声を掛けてくる。
 それに頷きつつ、さっきは悪かった。と返す。強張っていた笑みが緩んだ。
 まだ若いな。私よりも年下だろう。こんな子どもまでが、戦場に出ているのだ。
 覚悟は決まった。

「キルシュバオム隊は、敵旗艦を討つ」
「――中尉」
「ついて来れぬと言うならば、ヴルツェルのところへ行け。やつなら、無下にはしまい」
「自分は付いていきます。自分も辺境の人間ですから」

 ヴェヒター曹長が言った。力強い声だ。

「そうか、我、凶か愚かは知らぬ。ただ一路奔走するのみ。往くぞ」

 ■イゼルローン要塞 アルノルト・フォン・オフレッサー■

 うん?
 MS部隊のなかで一隊だけ、飛び出していく連中がいる。
 何をするつもりだ。

「まさか……いかん、連中を連れ戻せ」

 連中、叛徒どもの群れに飛び込んでいくつもりか?
 まったくどうしようもない奴らだ。貴様らがやらんでも、帝国は勝つ。
 状況は有利に運んでいるのだ。
 見ろ。新しい分艦隊を、その指揮官達を。
 連中はうまくやっている。有能な奴らだ。帝国軍は良い指揮官を得た。
 初陣の兵が無理をせんでもいいのだ。

「ザ○が五機。敵、下方に向かっています」

 オペレーターが悲鳴を上げる。
 司令部にいる誰もが、連中のやろうとしていることが、分かったのだ。

「本気か?」

 ミュッケンベルガー元帥ですら、呆然と口にする。
 そして、

「攻撃を強めろ。叛徒どもがザ○に気を取られているうちに、だ」

 ザ○の連中を諦めた。
 そうだ。総司令長官とはそういうものだ。損害を一々気にしていては、勤まらん。
 そういうものだ。
 だがわしは、どうしても連中の動きを目が追ってしまう。
 連中は装甲擲弾兵なのだから。

「よしっ!!」

 思わず、声が出た。
 巧みに敵の攻撃を避けつつ、近づいていった連中が上手い位置についた。
 そうだ。その位置ならやれる。やれるのだ。
 だがこれで連中は戻ってはこれんだろう。間に合ってくれればいいが……。

 ■第四次イゼルローン攻防戦 アルトゥル・フォン・キルシュバオム中尉■

 近づくにつれ、敵が増える。
 ふっ、私は何を当たり前の事を思っているのだ。

「ええい。邪魔だぁ」

 コックピットの中で叫ぶ。
 ついてきた連中もなんとか、持っているようだな。
 しかしもういい。ここまででいい。

「お前達は、もう戻れ。後は私一人でいい」
「中尉」
「命令だ。戻れ」
「――ご武運を」
「ああ」

 連中が戻っていく。
 そうだ。それでいい。
 あいつらはイゼルローンまで、帰れるだろう。
 いや、そこまでは持たんでも、どこかの空母に拾ってもらえる。
 星が光っている。
 容赦なく叩きつけられるビームを避ける。
背中につけたレーザー水爆弾頭を構えた。

「成すべき事を為す。ただそれだけだ」

 喉が鳴る。
 指先が震えた。

「喰らえ」

 思わぬ叫びが、喉から飛び出た。
 一筋の光が叛徒の群れを貫いた。
 一瞬の後、爆発が巻き起こる。
 彼らの叫びが私の元まで、届いてくるかのような幻聴を、聞いたような気がした。
 振り返った。
 イゼルローンが遠い。
 流体金属が戦火を映し出して煌いている。
 美しい。
 そう思う。

「もう、あそこには戻れぬな」

 見上げれば、叛徒どもの艦隊が混乱していた。
 私はここだ。
 ここにいる。
 敵を取ろうとは思わんのかっ!!
 それとも、そんな事すら思いつかぬほど、混乱しているのか!!

「不甲斐ない奴らだ!! 私はここにいるのだ。貴様らの敵がいるのだ」
「キルシュバオム中尉。そんなに喚くな。さっさと来い」

 通信に耳を澄ませば、装甲擲弾兵の強襲上陸艇がすぐ近くまで、来ていた。

「さっさと来い。総司令長官閣下はトール・ハンマーを撃つおつもりだ。巻き込まれるぞ」

 ■イゼルローン要塞 グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー■

 モニター越しに広がる爆発。
 叛徒どもの艦隊。
 その中心近くで、爆発が起こった。
 混乱している。

「今だ。全艦隊を下げよ。トール・ハンマー発射用意」

 あのザ○も巻き込まれるだろうが、それは覚悟の上のはず。
 許せとは言わぬ。
 貴様はよくやった。
 巨大な光の暴力が、混乱している叛徒どもの艦隊に撃ち込まれた。
 艦隊にまさしく穴が開いたな。
 歓声が司令部に沸き起こる。
 いつもであれば、浮かれるな、とでも叱責するところだが、まあ良い。

「追撃はなさいますか?」
「いや、かまわぬだろう。連中もほうほうの体で逃げておるしな。あまり追い詰めては、窮鼠、猫を噛むともいう」

 とにかく勝ったのだ。
 帝国軍の圧勝だ。
 近年稀にないほどの勝利だ。
 それで良い。 
 

 
後書き
次は第四次イゼルローン攻略戦の続きかな~。
シトレはこの時期、まだ校長してるし。
ルビンスキーもまだ自治領主じゃないし。
でもそろそろ同盟側に“やつ”がでてくる。
 

 

第13話 「アレクシア・フォン・ブランケンハイム登場」

 
前書き
アレクシア・フォン・ブランケンハイム。
皇太子殿下は隠していた訳ではありません。
殿下にしてみれば、毎日顔を合わせているものですから、言うまでもなかったんですよね。
そばにいるのが普通になっていましたから……。
意外とお坊ちゃんなところもある皇太子殿下です。
無論、皇帝陛下は彼女の存在を知っていました。
リヒテンラーデ候も、グリンメルスハウゼンもです。 

 

 第13話 「恐怖。恐るべき、性質の悪い爺ども」

 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。
 
 深夜、寝ようと思い、自室に戻ると。
 こどもが俺のベッドで寝ていた。

「こはいったい何事ぞ」

 ずいぶん気持ち良さそうに寝てやがる。
 いくつぐらいだ。
 どう見ても、一桁どころの話じゃねえぞ。
 いったいどこの子どもだろう?

「おい。起きろ」

 ゆさゆさと揺り起こす。
 瞼を擦りつつ、女の子は目を覚ました。
 そして俺の顔を見て、ハッとしたような表情を浮かべる。

「お嬢ちゃん、お名前は?」
「マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマーです」
「いくつ?」

 そう問うと小さな指を広げた。
 五歳であった。

「マルガレータお嬢ちゃんは、どうしてここにいるのかな?」
「皇太子殿下の寵姫になったの。だからここで皇太子殿下を待っていなさいって」
「誰がそんな事を?」

 ないしんイラッとした。
 どうせ、こんな事を考えるのはあいつしかいない。
 あのくそ親父め。
 なに考えてやがんだ。
 本気で薔薇園、焼くぞ。

「……リヒテンラーデ候」

 思わぬ人物の名が出た。
 ふぁっくゆー。さのばびっち。
 あのくそやろう。一発殴ってくれる。

 ■宰相府 リヒテンラーデ候クラウス■

 カツカツと足音も高らかに、部屋に近づいてくる者がいる。
 こんな夜中に、この様な真似をして許される者。
 皇太子殿下しかいない。
 どうやら部屋に向かったらしいのう。
 そして会ったか……。

「覚悟はできてんだろうな」
「何の事やら、さっぱり分かりませんな」

 内心の怒りを表すように、殿下は小指から順に指を折り。今度は人差し指から指を、最後に小指を締め。親指を添えた。
 そして構える。
 今にも拳を打ち込もうとしていらっしゃる。

「遺言はあるか?」
「陛下のご命令です」
「やっぱりか、あのくそ親父」

 殿下が拳を振るった。
 ものの見事に空気を叩く。
 叩かれた空気が音を立てて震える。
 おお、お見事でございます。
 衝撃がここまで伝わってきましたぞ。

「皇帝陛下におわしましては、皇太子殿下に後宮をお持ちになるようにとの、ご命令です。断れば、勅命を下すとのお言葉もございます」
「言うに事欠いて、あの~くそ親父め。五歳のガキを後宮に入れろだとぉ~」

 ふぁ~っくゆー。
 最近、聞いておりませんでしたが、殿下の口癖がでましたな。
 よほどお怒りのご様子。

「左様でございます。また、年若い者は例の、劣悪遺伝子排除法に関連する者たちですな。いかにあの法がなくなったとはいえ、問題のある者を娶ろうという者はおりますまい」
「だから俺に面倒を見ろと?」
「はい。平民ならばともかく。貴族達には不名誉な事ですからな。しかしながら皇太子殿下の後宮入りならば、口さがない者も、表立っては何も言えませぬ」

 ほほう。殿下が考え込んでおりますな。
 ここが殿下の良いところであり、弱点でもあります。敵に対しては苛烈になられても、冷酷にはなりきれぬ部分がおありになる。
 口調の割りに育ちが良いのです。
 だからこそ、陛下から後宮を造ると打診された時点で、問題のある者を入れるように差し向けたのですぞ。殿下の子を産む者なら、他にもおりますからな。
 アンネローゼとか、アンネローゼとか、アンネローゼとか。……いや、もう一人おりましたな。
 わしには分かりますぞ。
 あの女は、ベーネミュンデ侯爵夫人と同類でございます。
 そしてもう片方は、あのラインハルトの姉。
 なにをしでかすか分かったものではありませんぞ。くっくっく。
 一つ間違えると、刃傷沙汰を引き起こしそうなところがありますな。
 思い出すと背筋が震えます。そうそう、アンネローゼの部屋を用意しておいてやらねば。
 アンネローゼがあの女性と会った時を思うと、わしも皇帝陛下と同じように楽しみになってきましたぞ。
 ま、もっともいかに女達が争うとも、皇太子殿下には手を、危害を加える事はないでしょうな。

 ■宰相府 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

 皇太子殿下の後宮設置が発表されました。
 ぐぬぬ。なんということでしょう。
 このような暴挙が許されて良いものでしょうか……?
 ましてや、それを主導しているのがリヒテンラーデ候ともなれば、わたしの怒りは、今にも爆発してしまいそうです。

「アンネローゼ。そのように恨みがましい目をするでないわ」
「そうですかぁ~」

 私もいれろぉ~。とばかりに睨みます。

「そなたの部屋は、真っ先に用意してあるわ」
「おお、やっぱりそうですよね。うんうん。当然ですよね」

 毎朝、殿下を起こしてさしあげて、一緒に執務室へ向かいましょう。
 いつでも一緒。
 ふふふふふふふふふふふふ。

「怖いのう」

 なにやらリヒテンラーデ候がぶつぶつ言っていますが、そんなの無視です。無視。
 めくるめく幸せな日々が私を待っている。

 ■イゼルローン要塞 アルノルト・フォン・オフレッサー■

 窓の外には宇宙空間が映っている。
 星々の煌き。
 その中を戦乙女と巨人が駆け抜けた……。

 MS部隊がようやくイゼルローンに戻ってきた。
 よくやったと、褒めてやりたいところだが、そういう訳にもいかんのだ。
 独断専行は軍にとって厳に戒めねばならん。
 それがどれほど危険なものなのか、やつらは知らんのだろう。
 新兵なのだ。
 今回が初陣。
 大目に見てやりたいが、致し方あるまい。
 しかしながらミュッケンベルガー元帥は、やつらを処分する気はないと仰っていた。

「彼らも必死なのだ。なにせ皇太子殿下の肝いりで始まった部隊だからな。そして私は彼らのような者は――嫌いではない」

 ミュッケンベルガー元帥にしてみれば、最大級の譲歩であろう。
 やつらは皇太子殿下の肝いりだという事を、鼻に掛けておらんからな。それどころか我が身を捨てて、勝利を得ようとする。その姿勢は認めざるを得ん。
 好感が持てる。
 今回の勝利で、分艦隊の指揮官。MS部隊。その両方ともが、結果を出した。
 分艦隊の指揮官達もミュッケンベルガー元帥の指示を守っておったし。
 軍の威信も守られた。
 良い事なのだろうな。

「アルトゥル・フォン・キルシュバオム中尉。出頭致しました」
「来たか」

 振り返った先に、アルトゥル・フォン・キルシュバオム中尉が立っていた。
 良い風貌になった。
 オーディンを発ったときとは、大違いだ。
 自分の口元が攣りあがっていくのが分かる。つかつかとキルシュバオム中尉のそばに近寄り、思いっきり殴りつけた。
 床に倒れたキルシュバオム中尉に指を突きつける。

「卿は、敵旗艦を撃沈した。そのことはよくやったと褒めておこう。
 しかしだ。
 独断専行は軍にとって、厳に戒めねばならんのだ。
 貴様の行動が、味方をどれほど危険な目に合わせるのか、分かっているのか!!
 良いか!!
 二度は許さん。
 良いな」
「はっ。肝に銘じておきます」
「よし行け」

 立ち上がったキルシュバオム中尉は敬礼をして、部屋から出て行こうと一歩踏み出した。足はふらついていない。いい根性だ。度胸もいい。
 その背に声を掛ける。

「しかし、その胆の太さが装甲擲弾兵には必要だ。卿は良い装甲擲弾兵になるだろう」
「はっ、ありがとうございます」
「うむ」

 キルシュバオム中尉が立ち去った後、自分の拳を見つめた。

「奴め。俺の拳をまともに受けて、立ち上がってきた。十分だ。奴はモノになる」

 あいつならMS部隊を纏められる。
 MS部隊のトップは決まったな。

「期待しているぞ。アルトゥル・フォン・キルシュバオム“少佐”」

 ■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

 第四次イゼルローン攻防戦の報告書が軍務省から上がってきた。
 それほど枚数は多くない。
 表紙を合わせても、六枚だ。

「イゼルローンの悪夢かよ……」

 アルトゥル・フォン・キルシュバオム中尉の事がそのように表現されていた。
 確かに敵旗艦を撃沈すれば、そう呼ばれるだろうな。
 同盟にとっては、悪夢としか言えないだろう。
 取られた。
 俺がそう呼ばれたかった。
 くそ~っ。これで残るは、帝国の白い悪魔ぐらいだな。
 赤い彗星はやだな~。
 戦慄のブルーでもいいけど。
 クシ○トリアを白く塗りなおそうかな?
 それにしても……。
 まさかという思いがある。
 レーザー水爆弾頭を渡したときに、例のイメージがなかったといえば、嘘になる。
 しかし本当にやるとは、思っていなかった。
 できるとさえ、思っていなかったのだ。
 それをやりやがった。
 たいした野郎だ。二階級特進を申請されているが、それも当然か。
 帰ったら、佐官教育を受けさせねばな。
 そして分艦隊の指揮官たちにも、研修を受けさせるか?
 急造だったからな。受けさせた方がいいだろう。それにしてもさすが、原作組だよな。あっさり艦隊を指揮しやがった。
 あ、なんか俺、泣きそう。
 てやんでい。まけてたまるかよ~だ。

 ■皇太子本邸 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

 夜になりました。
 まだ皇太子殿下は本邸に戻ってきておりません。
 今のうちに皇太子殿下のお部屋に忍んでいましょう。
 ふふふふふふふふふふふ。

「ミューゼル様。どちらへ向かわれるのですか?」

 背後から声を掛けられてしまいました。
 いや~んって感じです。
 寵姫がどこに行くって、皇太子殿下のところに、決まっているじゃありませんか。
 振り返った私の前に――女が立っていました。
 私と同じ長い金髪。ですが眼は緑色。
 光度を落とした廊下に、女の姿がくっきりと浮かび上がっています。
 整った顔立ちにすらりとした体型。その肢体を包み込んでいるのは、皇太子殿下の衣装にも似た儀礼服。
 いかにも皇太子殿下付きの女官の一人でした。
 ですが、瞳の奥にめらめらと燃える嫉妬の炎。
 それが皇太子殿下に対して、特別な感情を抱いている事を雄弁に物語っています。
 聞いてない。
 こんな女の事を、私は聞いていなかった。
 目の前が真っ暗になりそうです。

「どこって、皇太子殿下のお部屋です」

 負けません。負けませんからね。

「失礼ながら、ここは後宮ではございません。皇太子殿下の私室でございます。寵姫の方に御用があれば、そちらのお部屋にお渡りになるでしょう。壁一枚。廊下一つですが、後宮と執務室が別けられている様に、私室と後宮も別けられております。寵姫の方にこちら側に来る権利はございません。お部屋にお戻りを」

 女は優雅に一礼して見せました。
 ちょーむかつくーって感じ?
 あらやだ。私も皇太子殿下の口調がうつってしまいました。

「ですが……」
「お戻りを」

 ぎらりと光る眼差し。
 自分の喉がごくりと鳴りました。

「あ、あなたのお名前は?」
「わたくしはアレクシア・フォン・ブランケンハイムと申します。ブランケンハイム男爵家の次女でございます。アンネローゼ・フォン・ミューゼル様」

 この女とは不倶戴天の敵同士になる。
 私はこの時、はっきりと解りました。
 お互い譲り合う事は、ないでしょう……。
 しまったと後悔します。
 こんな女がいることを知っていたら、後宮に入らなかった。秘書のままでいれば、自由に皇太子殿下の私室にも出入りできていたはずです。
 そうであれば、この女にも私を止める事など出来なかった。
 失敗しましたぁ~。 

 

第14話 「シスターToブラザー」

 
前書き
ラインハルトが……。
 

 
 第14話 「あんなに一緒だったのに」

 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。
 皇太子本邸には親父も知らない秘密がある。
 親父は皇太子の立場をすっとばして、皇帝になっちまったからな。知らないのも無理はない。
 ゴールデンバウム王朝の歴史の中では、変人奇人も多々いた。
 そして世の中には、コレクターとかマニアとか呼ばれる人種がいる。
 聞いたことのある奴もいるだろう。
 四百十年物のワインの事を。その年は当たり年で、ワインの出来が良かった。
 しかしながらそれを超えるものも、またあるのだ。
 それが三百九十一年物のワインだ。

「いや~壮観だねえ~」

 ずらりと並んだワイン。
 地下に設置されたワイン倉に並ぶ。三百九十一年物のワインの棚。
 親父の兄貴が集めたものだ。
 当時の皇太子が、な。
 さてと、二本ばかり持っていってやろう。
 驚くだろうな。

 ■宰相府 ウルリッヒ・ケスラー中佐■

 辺境から戻ってきたと思ったら、皇太子殿下に招かれた。
 私の隣に座っているのは、オーベルシュタイン大佐だ。
 二人揃って呼ばれるなど。
 珍しい事もあるものだと、部屋の中を見ながらそんな事を考えている。
 珍しいといえば、部屋の中に誰もいないというのも珍しい。
 たいがいは誰か、残っているのだが……。
 人払いをしたのだろうか?

「よ、待たせたな。久しぶりにしたものだから、ちょっと手間取ってな」

 皇太子殿下はそんな事を言いつつ、手に持ったデキャンタを翳して見せた。
 芳醇な香りがここまで漂ってくる。
 かなり良い物なのだろう。私などには到底手が出せないような。

「ま、いつもいつも前置きなしというのも、芸がないと思って、こんな物を用意したが、まずは飲め飲め」

 そう言って皇太子殿下が自ら、グラスにワインを注いでくださる。
 私とオーベルシュタイン大佐が顔を見合わせ、頷きあった。

「では」

 オーベルシュタイン大佐がグラスを軽く翳す。
 皇太子殿下が頷き、私達は一口飲んだ。

「すごい」

 思わず声が漏れる。
 このようなワインなど飲んだ事がない。
 以前、四百十年物のワインを口にしたことがあるが、それよりも上だ。
 これはいったい……。
 隣に目をやると、オーベルシュタイン大佐も、眼を瞑って味わっているようだった。
 飲み干してしまうのが惜しいと思える。
 しばし余韻に浸っていると、殿下が再びグラスに注いで下さった。

「閣下。このワインは?」
「三百九十一年物だ」

 オーベルシュタイン大佐の問いに、殿下はさらりとお答えになる。
 三百九十一年物?
 まさか、もう無いと思われているあれかっ。
 最近では、噂になることすらない。
 幻の逸品。
 わたし達が驚いていると、殿下は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「凄いだろう。親父も飲んだ事ないらしい。ざま~みろ、ってとこだ」

 皇帝陛下ですら飲んだ事のないワイン。
 思わず手が震えた。

「さてと、驚いてもらえた事だし。本題に入ろうか」

 殿下の表情からいたずらぽさが消え、真剣な面持ちになる。

「はっ」

 二人して、姿勢を正す。

「サイオキシン麻薬事件からこちら、卿らには調査してもらっていたが、どうも地球教が絡んでいるらしいな」
「はい。地球教徒が所持していたという報告も来ております」
「近いうちに連中のアジトに、一斉捜査に入ろうと思う。ケスラー中佐には陣頭指揮を取ってもらうつもりだ。今回は憲兵隊ではなく。最悪の事態を想定して、装甲擲弾兵を、一個師団投入する」
「そ、それはいささか、大仰に過ぎないでしょうか?」
「早計に兵を動かしますと、かえって民衆を驚かせる事になるかと」
「大げさか? だと良いんだが……。大げさにしすぎて笑われる方が、準備が足りずに取り逃がすより、マシだと思ったんだがな」

 皇太子殿下はいったい何を、恐れていおられるのだろうか?
 憲兵ではなく、装甲擲弾兵を動かすなど、それほどの相手ではないはず。

「閣下は何を懸念しておられるのですか?」

 オーベルシュタイン大佐が問いかけた。
 殿下の様子に不審を覚えているのだろうか? このように思う事自体、不敬なのだろうが。
 やはり聞いておかねばならないと思う。

「古今東西、という表現がある。今も昔も右も左も世界中ということだが、悪党よりも自分が正義だと、信じきっている奴の方が、えぐい真似をする。自分が正義なら、他は悪。悪魔に同情などいらんということか……」

 殿下がどこか遠いところを見ているように思えた。
 オーベルシュタイン大佐も同じ事を思ったのだろう。殿下をジッと見つめている。

「分かるか? 奴らにとっては俺達は悪魔に当たる。舐めてかかると痛い目に合うぞ。戦場で敵の下に突入すると思うぐらいで、ちょうど良いかもしれん。それにサイオキシン麻薬を、使用しているのかもしれんしな。えぐいぞぉ~ヤク中を相手にするのは」

 可能性としてはありえる。
 今度は皇太子殿下ではなく。私達のほうが考え込んでしまった。
 そうすると皇太子殿下のお考えが分かってくる。治安維持部隊の一環である、憲兵ではなくて。つまりは実働部隊を投入。そして投入するなら装甲擲弾兵が最適というわけか。
 確かに市街戦及び地上での作戦行動において、装甲擲弾兵以上に錬度の高い部隊はない。
 もしかすると皇太子殿下は、私達以上に地球教を、問題視しておられるのだろうか?

「オフレッサー装甲擲弾兵総監閣下が戻り次第、協力を要請いたします」
「そうしてくれ。次の問題としては、オーベルシュタイン大佐」
「はい」
「卿にはしばらく内務省に出向してもらう。劣悪遺伝子排除法が廃法になったとはいえ、内務省の連中はいまだに意識改革が進んでいないようだ」

 それは確かにわたしも感じる事だ。
 一朝一夕にはいかない問題だが……。殿下が改めて口にするその意味はなんだ?

「俺としては近いうちに、同盟に囚われている兵達を帝国に戻すため、捕虜交換を持ちかけるつもりだ。ただなぁ~いまの内務省では、戻ってきた帰還兵達を監視しかねんし。最悪、しょっぴいて尋問するかもしれんのだ。それは困る。そこで卿に監察官として監視してもらいたい」

 なるほど。オーベルシュタイン大佐を、監察官として出向させるか。大佐なら連中の動きを見過ごす事などありえまい。そして内務省は、皇太子殿下からの警告として受け取るだろう。

「御意。謹んでお受けいたします」

 オーベルシュタイン大佐は神妙な面持ちで返答を返す。

「ケスラー中佐には、戻ってきて早々、仕事を押し付けて悪いと思うが、俺の元に来たのが運のつきと諦めてもらおうか」
「いいえ、決してそのように思ってはおりません」

 殿下も返答に困る物言いをされる。
 ふと横目で大佐の様子を窺うと……。
 オーベルシュタイン大佐が笑いを堪えている!!
 少し見ないうちに、人間味が増したみたいだ。大佐がこのようになるとはな。驚きだ。

「話は以上だ。ああ、三百九十一年物のワインが後一本残っているから、事務局に持ってかえって、他の連中にも飲ませてやれ」
「はっ」

 オーベルシュタイン大佐が受け取った。
 うむ~三百九十一年物か……他の連中の驚く顔が目に浮かぶ。

 ■幼年学校 ジークフリード。キルヒアイス■

「うう……。姉上、お止め下さい」

 夜中にふと目を覚ますと、ラインハルト様が魘されていた。
 うわ言のようにアンネローゼ様の事を口にされている。
 皇太子殿下の後宮設置が発表されたのだ。
 アンネローゼ様の事を思うと、魘されるもの致し方ない。

「……皇太子……こっちだ。はやく……いっしょにっ」

 様子を窺っていると、どうもおかしい。
 アンネローゼ様の心配をされているようでは……ないのか?
 それにしても、ラインハルト様。
 ここは宰相府ではありませんんし、皇太子殿下がいる訳でもないというのに。
 なぜ、そのような格好をされているのですか?
 あえて、なにがとは、申しませんが。
 ラインハルト様は、お変わりになってしまわれた。
 アンネローゼ様。
 ジークは挫けそうです。

「ラインハルト様。起きてください。どうされましたか」

 揺さぶって起こすと。
 ラインハルト様は一言。

「いっしょににげよう」

 と叫んで、飛び起きました。
 冷や汗を掻いておられます。
 一緒に逃げよう?
 皇太子殿下とでしょうか?
 それともアンネローゼ様とでしょうか?
 どちらの事を仰っているのか、わたくしには分かりません。
 はあはあと息を荒げて、ラインハルト様が、こちらを見ました。

「……キルヒアイス」
「いかがなされましたか? 魘されておいででしたが」
「聞いて。キルヒアイス。あ、姉上が……姉上が、皇太子を襲う夢を見た」
「はあ?」

 皇太子殿下が、アンネローゼ様を襲うのではなく?
 アンネローゼ様が、皇太子殿下を襲う夢?

「本当なの。本当に見たの。姉上が皇太子に襲い掛かっていた」
「それは包丁とかを、持ってですか?」
「違う。……裸だった」

 はあ? そちら関係ですか?
 しかしながら、逆ではないのですか?
 はあ、確かにアンネローゼ様が襲っていたのですね。

「そうだ。そうなんだ。そして皇太子が助けを求めていた」

 ははあ~。だから一緒に逃げよう、ですか……。
 あの皇太子殿下がねぇ~。
 女性に襲い掛かられて、助けを求めますかねぇ~。迎え撃ちそうですが?

「なぜ、この様な夢を見たのか……。分からない。分からないんだ」

 ラインハルト様が、両手で肩を抱き、頭を振っておられます。
 わたくしには、ラインハルト様のほうが、分からなくなってきました。
 アンネローゼ様。
 ジークはどうすれば、宜しいのでしょうか?
 本当に分からなくなってしまいました。
 ラインハルト様が、すがるような目を、していらっしゃいます。

「明日、皇太子殿下にお会いしに参りましょう」
「そ、そうだな。その方が良いな」

 ですから、どうしてそんなに、嬉しそうなのですか?
 ……やはり。
 アンネローゼ様。
 ジークは挫けそうです。 
 

 
後書き
この世界は、こんなはずじゃなかったと思う事ばかりだ。
 

 

第15話 「フッ、坊やだからさ」

 
前書き
キャラクターは揺れ幅が大きい方が良いですよねー。 

 

 第15話 「見ろ。あれが諸悪の中心だ」

 フリードリヒ四世である。
 以前ルードヴィヒから聞いた。
 弟のような二人がやってくるというので、楽しみにしておった。
 薔薇園にはお茶の用意もしてある。

「は、初めまして。ラインハルト・フォン・ミューゼルと申します。皇帝陛下」

 おお、金髪の方か。声が上ずっておるわ。
 して中々にかわいらしい子じゃ。隣にいる赤毛の方もかわいいがのう。
 それにしても内になにやら、秘めたものがありそうじゃな。才気もある。これは中々の逸材じゃ。ルードヴィヒがおらねば、こやつに任せても良かったかもしれん。

「ジークフリード・キルヒアイスと申します」

 目つきも凛っ、としておるわい。
 それに引き換え、ルードヴィヒのかわいげのない事と言ったら、ため息がでるわ。

「黙れ、アル中」

 ほれ、口を開けば、この始末じゃ。
 育て方が良かったのやら、悪かったのやら……。少なくとも親を敬う、という一点においては、間違えたわ。
 執務室でのあのねこかぶりとは、うって変わっておる。

「一応、敬意は払ってやってるつもりだがな」
「それでか、のう?」
「アル中なのは、事実だろう。毎日毎日浴びるほど、飲みやがって」

 なにを言うか、日に三本しか飲んでおらんわ。
 それに二人が、目を丸くしておる。
 これが皇帝と皇太子の会話かと、な。

「日に三本も飲めば、立派なアル中だろう。ラインハルトにジーク。こんな大人になってはいけないぞ」
「うむ。確かに、ルードヴィヒのような大人に、なってはいかんな」

 ■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

 今日、ラインハルトとジークを連れ、親父に会いに行った。
 まあ、親父は二人を気に入ったようだった。
 なにかあれば、力になってやろうというほどに、な。
 それ自体は、良かったのだろう。しかしまさか親父があんな事を言い出すとはな。

「ラインハルトにジーク。二人に申し渡しておく事がある。今はルードヴィヒが帝国の再建を致しておる。しかしこの先、何が起こるやも知れぬ。もしも、もしもじゃ。ルードヴィヒが志半ばで、倒れたときは、お主らがルードヴィヒの志を継ぐのじゃ。そなたらはルードヴィヒの弟のようなものじゃ。わしにとっては子も同然。良いな」

 まったく、そこでなぜ、わしがやるとは言えんのだ。親父め。
 ガキに押し付けんなよ。
 それにしても……ラインハルトにジーク。
 お前たちはどうして、俺の後ろに隠れているんだ?
 ラインハルトの視線の先を、眼で追う。
 ふむ。アンネローゼがいる。あいもかわらずシスコンかと思ってたのだが、どうも様子がおかしい。
 ラインハルトがアンネローゼを見て、怯えている!!
 おまけにジークもだ。
 こはいったい何事ぞ。
 う~む。
 アンネローゼの方を観察してみる。
 見た目は変わっていない。
 だが雰囲気は確かに変わった。
 前から思っていた事だが、原作のイメージはもはや、どこにもない。
 あの儚げな薄幸の美人というイメージだ。
 妙にアグレッシブになりやがって。
 そういう意味では、アンネローゼも変わったよなぁ~。
 そして今では、肉食系女子になってしまった。
 うわ~。すごい変わりようだ。
 もしかして、こいつら……綺麗で優しいお姉ちゃんが、イケイケになった事に怯えてんのか? 俺を慕っているというよりも、姉ちゃんが怖いからって、俺の背中に隠れてんじゃねえか。
 ええい。不甲斐ない奴らよ。
 大和撫子など、もはやおらんのだ。
 貴様らには、覚悟が足りない。
 ラインハルトの意外な弱点かも知れんな。
 女性関係に弱い。
 とはいえ、ラインハルトもまだこどもだし。ジークもか。
 生々しい女は、苦手なんだな。

「どうしたの。ラインハルト、ジーク」

 ラインハルトがビクッとする。
 お前なぁ~。自分の姉ちゃんだろう。
 そんなに怯える事はあるまい。
 取って食われるわけじゃなし。
 まさか、いや、そんな事、あろうはずがない。
 考えろ。考えるんだ。原作でのラインハルトを。
 原作では、姉ちゃん、姉ちゃんとシスコン丸出しだった。それだけならまだいい。しかしラインハルトから別の女の話を聞いた事が無い。
 強いてあげるなら、ヒルダだけだ。それにしても大抵は政治関係だったな。
 はは~ん。なるほどなるほど。
 ラインハルトにとって、アンネローゼは理想の女性なんだな。
 そして、俺はラインハルトの理想、つ~か幻想を打ち砕いた。というわけか。
 ふっ、笑ってやる。
 現実なんてひどいもんさ。男も女も生きてんだ。生々しくってどこが悪い。
 ちっとばかり甘やかしすぎたか……?
 いつまでも俺のところに、居させる訳にはいかんようになったな。
 ちょっと他人の飯を食って来い。
 かわいい子には旅をさせろともいうし、な。

 ■宇宙艦隊司令部 ウォルフガング・ミッターマイヤー■

 皇太子殿下の下にいたという幼年学校の少年が研修で、俺のところに来る事になった。
 ラインハルト・フォン・ミューゼルというのだ。
 当初は、どうしたものかと思ったものだが、ラインハルトは頭が良い。
 俺の言う事を、きちんと把握して行動する。
 それどころか俺の言う事を先回りすらするのだ。

「今日のところは俺の家で、飯でも食っていけ」
「宜しいのですか?」
「ああ、エヴァも楽しみにしてるからな」

 そうして家に連れて行ったら、ラインハルトはエヴァを見て、呆然としていたのだ。

「どう思う? メックリンガー」
「どう思うと聞かれてもな」

 メックリンガーは首を捻っている。
 卿にも分からんか?

「それは、アレだろう。俺にも覚えがあるぞ。あれぐらいの年頃の男は、だな。年上の女性というものに憧れるときがあるのだ」
「ビッテンフェルト。卿にもそんな頃があったのかっ」
「卿らは俺をどう思っていたのだ?」
「しかしだ。ビッテンフェルトの言う通りかもしれんな。かくいう私も、時折すれ違う女性の姿に胸をときめかしたものだ」
「メックリンガー。卿にも覚えがあるのか?」
「ああ、あったとも」
「会いたさ、見たさに、用もないのに道をうろうろしたりな」
「そうだな。ミッタマイヤー。気にする事は無いと思う。麻疹のようなものだ」

 ■宰相府 ジークフリード・キルヒアイス■

 キルヒアイス。俺は悟ったのだ。
 姉上が変わってしまったのは、皇太子のせいだと。
 夕べ、研修先のミッターマイヤー准将の家に行った。そこでミッターマイヤー准将の奥方と出会ったのだ。
 まるで以前の、皇太子の下に連れ攫われる前の姉上のようなお方だった。
 あのような女性は確かにいるのだ。
 姉上もそうだったはずなのに!!
 俺は何を呆けていたのだ。呆けていた俺を見て、やつは笑っていたのだろう。
 めらめらと、この胸に燃え上がる怒りの炎を、奴にぶつけてやりたい。
 やつが、やつこそが、諸悪の大元だ。
 確かに、皇太子としては優秀であり、有能でもあるのだろう。
 しかし個人としてみれば、ろくでなし以外の何者でもない。
 ええい。腹が立つ。
 呪縛から解き放たれた俺は、もう二度と奴に負けぬ。
 あんな大人には絶対にならないからな。
 キルヒアイスも気をつけるんだぞ。
 油断は禁物だ。

 ラインハルト様からの手紙には、皇太子殿下に対する怒りが、行間から溢れてきそうだった。
 しかしながらそんな事は、最初から分かっていた事でしょう。とも言いたくなる。
 アンネローゼ様ですら、気づいていた事にお気づきなっていなかったとは、私の方が呆然とする気持ちです。
 ですが、ようやくラインハルト様は復活なされた。
 喜ばしい事です。
 ですが……。寵姫として集められたはずの女性たちが、宰相府に集まっています。
 机も増えました。
 寵姫とはいったい何なのでしょうか?
 私には分かりません。

「わたくしはこの度、皇太子殿下の秘書官に任命された。アレクシア・フォン・ブランケンハイムと申します。よろしくアンネローゼ・フォン・ミューゼル様」
「がるるー」

 新しく来られたアレクシア様とアンネローゼ様が睨みあっています。
 胃が痛いです。

「ジーク。大丈夫?」
「大丈夫ですよ。マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー様」
「マルガレータでいい」
「はい。マルガレータ様」

 マルガレータ様はまだ五つの女の子です。
 時折、宰相府に顔を出されます。後宮にいても退屈なのでしょう。
 にこにことする笑顔がかわいらしい女の子です。

「私もマルガレータよ。ジーク」

 黙れ、このショタ。
 いけない。わたしも皇太子殿下の口調がうつってしまったようです。
 本当に油断は禁物のようですね。
 気をつけることにしましょう。 
 

 
後書き
アニメならOPが変わる頃かな? 

 

第16話 「カストロプ討伐」

 
前書き
マクシミリアンはコミック版から持ってきました。
設定はごっちゃになってます。
というかOVA版のマクシミリアンは、なんかいや。 

 

 第16話 「おらがザ○は○○一」

 リヒテンラーデ候クラウスである。
 現在、帝国の財務尚書はオイゲン・フォン・カストロプ公爵だ。
 まったくこの男と来たら、財務尚書になってからというもの……。
 私腹を肥やす事ばかり考えよってからに。ルーゲ司法尚書にもしっぽを掴ませずに、あれやこれやと財を貪っておった。
 いっそ見事という他ない。
 ところが皇太子殿下が、帝国宰相の地位に就任したのと同時に、奴のしっぽを捕まえろ。との指示が下った。
 あんな男に、帝国の財布を任せておけんということだ。
 皇太子殿下の指示を知ったらしい。オイゲンも大人しくしておれば、良かったものを。
 ついつい油断したらしいのだ。
 オーディンを逃亡し、領地に逃げ帰る途中で事故に遭いよった。

 ■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

「わざと逃がしたな」
「はてさて何の事やら、私、如きには分かりかねますな」
「まあいい。息子がいたろ? そいつに不正に溜め込んだ財を返せば、家は残してやると言っておけ」
「素直に従いますかな?」
「利口ならな。利口なら従うだろう。雌伏の時だ。また復活するときを待つ」
「それが分かりますかな?」
「分からんだろうな」

 分かるんなら、自分から財を返還するだろう。その方が長い目で見れば、得だ。自分と父親は違うと言い張れる。
 さて、と。誰に向かわせるかな?
 選り取りみどりというのも、悩むもんだな。
 誰にしようかな~。
 ビッテンフェルトでも良いんだがな。アルテミスの首飾りもないし。どうしようかな?
 よしエルネスト・メックリンガー。君に決めた。ついでにジークを連れて行かせるか。
 何事も経験だ。俺の代わりに見て来い。

 ■惑星カストロプ ジークフリード・キルヒアイス■

 皇太子殿下のご命令により、カストロプ公爵を討伐する事になった。
 私はメックリンガー准将の従卒として参加している。
 最初は私達の前に、マリーンドルフ伯が説得に向かったのだけど、捕まって監禁されたらしい。
 皇太子殿下曰く。

「無理に行かなくても良かったのに。マクシミリアンは馬鹿だから、行っても無駄になるはず」

 だそうだ。
 現在、カストロプ公爵領を支配しているのは、マクシミリアン・フォン・カストロプという人だ。
 何という名前だったか知らないけど、マクシミリアンの妹の艦隊を撃破した。
 メックリンガー准将が一応、降伏勧告をしたのだけど……。
 その時の様子は詳しく言いたくない。
 あんな少女にひどい事をする。
 アレを見たら、皇太子殿下が口の割りにどれほど私達を、かわいがってくれていたのかが、理解できる。皇太子殿下はあのような真似はなされない。

「マクシミリアン・フォン・カストロプ。宰相閣下のお言葉を伝える」
「ふふん。なんだというのだ。言いたい事があるなら、皇太子にここに来いと伝えろ」
「――お前は犬の餌だ。喰い殺されろ」
「なにっ?」

 メックリンガー准将が通信を切ると同時に、命令を下した。

「強襲上陸艇、突入せよ」

 艦隊から強襲上陸艇が突入していく。
 地上に近づくにつれ、その中からザ○が飛び出していった。
 肩に取り付けられている盾に描かれている三つ首の猟犬。
 ケルベロスというらしい。私は知らなかったのだが。ミヒャエル・ヴルツェル大尉率いるMS二個中隊の紋章だ。
 ヴルツェル大尉あの、アルトゥル・フォン・キルシュバオム少佐とともにイゼルローンで活躍したそうだ。
 昇進して、今は大尉になっている。

「さあ、野郎ども。皆殺しの雄叫びを上げて、戦いの犬は解き放たれた。俺達の出番だ」

 嬉しげなヴルツェル大尉の声が艦橋にも響いた。
 この人も口が悪いなぁ~。
 どうしてこう、皇太子殿下に関わる人たちって、口が悪いんだろうか?
 不思議でしょうがない。

「略奪。暴行の類は一切許さぬ」
「分かってますって。俺達は猟犬で、ぶたじゃねえっ!!」

 メックリンガー准将の言葉に、ヴルツェル大尉が怒鳴り返した。
 平然と言い返す辺り、良いんだろうかと思うけど、准将は苦笑しているだけで、叱責する様子はなかった。
 地上に降りたザ○たちが戦車を蹴散らしながら、神殿みたいなマクシミリアンの居城を取り囲んだ。片膝をついて、大型ブラスターを構えた体勢で止まった。
 ザ○は基本的に宇宙用なんだけど、陸戦にも、極地用にもなるそうだ。派遣される場所によって装甲他、改造されるらしい。
 おらがザ○は○○一。とか言ってたけど、なんだったのか?
 皇太子殿下は時々、よく分からない事を言い出す。

「マクシミリアン・フォン・カストロプ。周辺はザ○が取り込んでいる。大人しく降伏すればよし。さもなくば、猟犬が吠えるぞ」

 メックリンガー准将が再び、マクシミリアンに降伏勧告をした。
 マクシミリアンの顔が歪む。

「犬の分際で」

 憎々しげに吐き捨てた。

「俺達は獲物を追い込む猟犬だ。雄叫びを聞いてみるかい?」

 ヴルツェル大尉がブラスターを上に構え、撃った。
 ビームが雲をかき消す。
 そして再び照準を、マクシミリアンがいる地点に決める。
 モノアイが赤く光った。

 しばらくして、中から人々がでてきた。
 最初はマクシミリアンだと思ったんだけど、違うみたいだ。
 マクシミリアンの周囲にいた人たちらしい。

「我々は暴虐な支配者から解放された」

 と言ってる。
 それを聞いたときのメックリンガー准将の眉が、ほんの僅か顰められたけど、何事もなかったように応対してる。
 ザ○を降ろした強襲上陸艇が戻ってきた。
 今度は兵士達が地上に降りてくる。居城を捜索するそうだ。
 こういう時に略奪とか、暴行が起きるそうなんだけど、ザ○の目が光ってるから、どうしようもないらしい。

「ま、もっともそれが当然なのだが、中々にうまくいかないものだ。今回は彼らが見張っていてくれるから、安心だがね」

 そう言ったときのメックリンガー准将の目が細められていた。
 よっぽど信頼しているんだな~と思った。
 口は悪いけど、信用できて頼りになる鋼鉄の猟犬。
 それがミヒャエル・ヴルツェル大尉率いるMS二個中隊だそうだ。
 あっ……兵士達に守られるようにマリーンドルフ伯がやってきた。

 ■宰相府 アレクシア・フォン・ブランケンハイム■

「第一回、どうして俺をクシ○トリアに乗せてくれないのか、を問う会議を始める」

 皇太子殿下がまた、おかしな事を言い出しました。
 呆れてものが言えないとはこの事です。
 ですが……駄々を捏ねられても困りますので、説明しましょう。
 当然、それはわたくしの役割でしょう。
 アンネローゼ“如き”には、渡しませんよ。

「殿下? ルードヴィヒ皇太子殿下は、帝国宰相でもあります。戦争は兵士達がおります。殿下に戦場に出てもらうよりも、国内で改革をしてほしいと、帝国臣民みながそう願っているからです」
「俺は乗りたいと言っているんだ」
「駄々こねないで下さい。こどもですか!!」
「大人の方が我が侭なものさ。ふっ」

 無駄に格好つけないように。
 憂いを秘めた目をしてもダメです。
 まったくこの人は……。
 だいたいですね~。時々ヘンな事を言い出すんですから。
 ストレスでも溜まっているんですか?

「毎日毎日、書類とにらめっこばかりしてて見ろ。ストレスだって溜まるさ。俺もストレス解消したいんだ。良いじゃないか、俺も宇宙に行かせろよ」
「オーディン上空なら良いですよ」
「それでも良い。そしてクシ○トリアに乗るんだ」

 失敗しました。
 迂闊でした。リヒテンラーデ候の視線が突き刺さります。
 皇太子殿下は嬉々として、俺のクシ○トリアぁぁぁとか、言ってやがります。
 どうしてくれましょうか?
 はっ、そうです。アンネローゼ。クシ○トリアを破壊してきなさい。

「ご自分でどうぞ」
「わたくしにこの手を汚せと言うのかっ」
「あらそいはいけないわ。にくしみはにくしみの連鎖をうむだけよ」
「うわー。うざい女ー」
「お前ら、楽しそうだよな~」

 はっ、皇太子殿下が呆れたような笑みを浮かべて見ておられる。
 おのれー。アンネローゼのせいに決まっている。

「他人のせいにすんな」
「黙れ。金髪の魔女」
「自己紹介ですかぁ~」
「むかつくなぁ~おんなわぁ~」
「お互い様ですわぁ~」
「意外と似たもの同士かもしれませんな」
「うむ、そうだな」

 皇太子殿下とリヒテンラーデ候が頷きあっているっ!!
 このままでは誤解されてしまう。
 心底反発しあっているのが、分からないのでしょうか?
 やはりこの女は、わたくしの敵です。

「それはこちらの台詞です」
「はっ。寝言は寝てから言いなさい」
「殿下と一緒だから言いませんですぅ~」
「へっ。寵姫になっていらい、唯の一度もお渡りのない女の癖に」
「あなたもないでしょうがっ!!」
「あたしあるよ」

 マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマーが爆弾発言をしよったわ。
 いったいいつの間に?
 皇太子殿下?
 これはいったいどういう事ですか?
 返答次第では……ふっふっふ。

「ああ、そういえば、乳母がまた風邪を引いたときに、絵本を読んでやったな」
「うん」

 は、はははは。そういう事ですか……。
 心臓に悪いですわ。

「では、そういう時には皇太子殿下ではなく。わたくしに言いなさいね」
「わたしわたし。わたしに言うんですよ。殿下と二人で読んであげます」
「どっちもやー。殿下がいい。じゃなかったらジーク」

 このがきゃ~。その年で、もう男が欲しいか。
 マルガレータ。――恐ろしい子。

「と、言うか。そなたらが怖いのじゃと思うぞ」

 黙れ、このじじい。

「年よりは引っ込んでなさい」

 ああ、アンネローゼ。よく言いました。
 そして盛大な自爆。見事です。
 皇太子殿下が引いています。
 わたくしの勝ちですわー。おーほほほ。 
 

 
後書き
アンネローゼVSアレクシア 

 

第17話 「捕虜交換」

 
前書き
皇太子殿下ってば、フラグ立てすぎ。 

 
 第17話 「ひどいわ。あんまりよ……」

 リヒテンラーデ候クラウスである。
 宰相府には、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候が来ていた。
 今日は皇太子殿下が、お考えを相談するらしい。

「そろそろ自由惑星同盟に、捕虜交換を申し出ようと思う」
「捕虜交換でございますか?」
「居候を食わせていくのも大変だしな」

 皇太子殿下の物言いに、ブラウンシュヴァイク公が軽く笑う。

「確かに」

 リッテンハイム候ですら、苦笑いを浮かべた。

「まあそこで、帰還兵をどこへ置いておくか、なんだがな」
「どこへ、ですか?」
「ああ、皆がみんな。オーディン出身じゃないし、帰るところがある奴ばかりでもない。行く当ても帰る当てのない奴もいるだろう。そういう奴らに行く当てぐらいは、与えてやろうと思ってな。どこか良い処は無いか?」
「ヴェスターラント辺りはどうですかな?」
「ヴェスターラントか……」

 どうなされたんじゃ?
 何か思い煩っておられるようじゃが。ヴェスターラントでは行かぬのであろうか?
 確かにブラウンシュヴァイク公の係累に連なるところじゃが、決して悪い事ばかりではありませんぞ。自ら呼び込んだ以上、ブラウンシュヴァイク公には庇護する義務が、発生いたします。

「そうだな。ブラウンシュヴァイク公。卿に任せる」

 皇太子殿下が何を考えておられるのかまでは、分かりかねますが、ブラウンシュヴァイク公だけでなく、リッテンハイム候もいるのですから、そうそう悪くはならんでしょう。

 ■宰相府 アレクシア・フォン・ブランケンハイム■

 皇太子殿下が捕虜交換を、フェザーンにいるレムシャイド伯に申しつけた。
 レムシャイド伯は叛徒の弁務官を通じて、話を持ちかけたらしいのだけど、この弁務官というのが、無能を絵に描いたような人物らしい。
 フェザーンに女をあてがわれて、懐柔されているそうですが、そんな男を懐柔して何か得があるのだろうか?

「自分の手に余るのであれば、さっさと本国に押し付ければいいものを」
「下手なくせに、自分の手柄にしたいんだな」

 よくある事だ。と、皇太子殿下が吐き捨てる。

「いかが致しますか?」

 リッテンハイム候が殿下に問いかけてきた。
 この方は奥方にお尻を叩かれているらしく、ここ最近俄然やる気を出している。
 今回も特使として、いざとなれば叛徒どもの首都に出向くとさえ、言い出していた。
 考え込んでいた殿下が、何か思いついたらしく。
 にやぁ~っと笑う。
 あ、あれは嫌がらせを思いついたときの表情だ。
 よく皇帝陛下の下へ出向くときに見せる表情だ。
 その度に、わたくし達は胃が痛くなるのです。
 いまもちょっと胃が痛くなりました。

「イゼルローンから、あえて自由惑星同盟と呼ぶが、そちらと帝国側に向けて、全回線を使い。通信を送るようにさせろ」
「イゼルローンからですか?」
「そうだ。内容はこうだ」

 ――帝国宰相ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムの名において、捕虜交換を申し出る。交渉のテーブルにつく気があれば、イゼルローンに向けて返答されたし。
 なお、フェザーンを通じての返答は無用。そちらの弁務官は女をあてがわれ、懐柔されている模様。そのような者とは話にならぬ。
 もしフェザーンを通じて話をしたくば、弁務官の首を替えよ。以上。
 帝国宰相、皇太子ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム。

「うわ~」
「おいおい、そんなに引くような内容か? 当然の事だと思うが」
「向こうが替えますか?」

 リッテンハイム候が心配そうに言った。
 思わず、うわ~っと声を出してしまいましたが、わたくしも侯爵と同じ事を思います。

「さぁ~どうかな? だがな捕虜交換の交渉がうまく行かないのは、お前らのせいだと言い張れるぞ」
「ああ、だから辺境側にも回線を開くのですな」
「しかも理由をそちらの弁務官が懐柔されているからだ。と言い張れますね」
「まあ替えたら替えたで、気に入らない奴が来たら、次も替えろと言えるようになる。向こうの人事権に口を挟んでやるぜ」

 それが目的ですか?
 捕虜交換のついでに、叛徒たちの人事権に介入しようなんて……。
 向こう側も皇太子殿下の目的に気づくでしょうね。だからこそ、替えたくても替えられない。
 そしてこちらは無能者が相手なら、どうにでも出来る。

「だとするとイゼルローンを通じての交渉になりますな」
「それでいい。事務的に終わらせてやろう。そん時は、フェザーンの政治的な地位はガクッと下がるがな。フェザーンは帝国の領土であり、自治権を与えられているに過ぎぬ。与えたものなら、取り上げる事も可能だ」
「建前上は確かにその通りですが、フェザーンが反発したら?」
「討伐する。売られたケンカは買ってやろう。占領してやるぜ」

 え、えぐい。さすが皇太子殿下、やり口がえぐい。
 でも皇太子殿下らしいやり口です。いがいとひどい男なのですよ。
 そのせいでいつもわたくしたち女は、泣かされてばかりです。

「そうだ。そうだー」

 ほらごらんなさい。
 アンネローゼですら、そう言っているではありませんか?

「お渡りがないのは、どういうことだー。待ってる方の身にもなれー」

 ああ、残念ながらお渡りがないのは、当然でしょう。
 なぜなら、そう、なぜならば。わたくしの下へと来てくださるからです。
 そうでございましょう?
 ねえ、皇太子殿下?

「混ぜるな。危険というやつだな」

 なにやら皇太子殿下がぼそっと呟かれました。

 ■フェザーン 高等弁務官事務所 ヨッフェン・フォン・レムシャイド伯■

 本日、皇太子にして帝国宰相閣下たる。ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム皇太子殿下の声明が、全宇宙に向けて発せられた。

「今頃は同盟の弁務官も、慌てふためいている事だろう」

 全宇宙に恥を晒されたのだからな。
 それにしても皇太子殿下ときたら、やる事がおもしろい。
 普通ならなんとか交渉しようとするものだが、あっさりと無視なされた。これでフェザーンも今までのように大きな顔は出来ぬ。
 無能……役に立たぬと判断されてしまったのだ。
 次に皇太子殿下がどうでてくるのか……。
 さすがにいきなり、自治権を取り上げたりはすまいが。自治領主の首を挿げ替える事ぐらいは、言い出されるだろう。
 そして拒否すれば、どうなる?
 独立の、自由の、気質のといってみても。
 建前上、フェザーンは帝国の自治領に過ぎぬ。帝国宰相である皇太子殿下に本気で、上から命ぜられれば、従うほか術がない。
 本来はそうならないように、うまく立ち回るのが、自治領主の役割なのだがな。
 同盟に足を引っ張られたな……。
 これからはフェザーンも殿下の顔色を伺うことになろう。
 地位と血統。皇帝陛下との関係。その上、軍と帝国内最大級の大貴族であるブラウンシュヴァイク公爵家、リッテンハイム候爵家を従えているのだ。
 強い。いや――強すぎる。
 こうなると誰もが次に考えるのは、暗殺だろう。
 帝国と同盟、この二つのパワーバランスが傾きすぎている。同盟側との戦争よりも、なんとかして皇太子殿下を亡き者にしようとするはずだ。
 フェザーンの動きはしっかりと監視しておかねばならぬな。

 ■自由惑星同盟 ジョアン・レベロ■

「皇太子の声明を聞いたかね」
「弁務官が無能だというのは知っていたが、帝国側から指摘されるとは」

 シトレが皮肉げに言う。笑い事ではない。
 とうとうあの皇太子が帝国内ではなく。フェザーンと同盟にも手を打ってきたのだ。

「軍としてはどう考えているんだ?」
「軍としては……いや、それを考えるのが政治家の役目だろう」
「フェザーンを屈服させに来てるのだろう」
「だろうな。ただ純軍事的には、今の現状をしばらくは維持すると思われる」
「なぜかね?」
「気づいていたか? あの皇太子が帝国宰相になってからというもの、外征を行っていない」
「イゼルローンで同盟軍は、ほぼ壊滅したが」

 私がそう言うとシトレの口元が歪んだ。だが気を取り直したように、再び口を開く。

「こちらから出兵しない限り、帝国側は出兵しないとアピールしてきているのかもしれん」
「だとすると和平も可能だ。あの皇太子となら和平交渉も可能かもしれん」
「そして和平もしくは休戦が成立すれば、それは長期間に渡ると考えられる。今の皇帝は健康状態が悪い。確実に次の皇帝は、ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。あの皇太子殿下、まだ二十歳そこそこだろう」

 百五十年近く戦争を続けてきて、ようやく和平交渉の目がでてきたか。

「しかし取り扱いには注意が必要だぞ。あの皇太子、怒らせると怖い。今回のフェザーンに対するやり口を見たろう」
「皇太子の人となりはどうだ? 情報部は調査しているんだろう」
「そうだな。報告では二面性が強い。この場合、公人と私人。公的な面と私生活の面だがね。例えば、あえて例えばの話をするが、メイドに自分のケーキの苺をつまみ食いされても、激怒する事はないだろう。列に割り込みされてもね。しかし軍の物資をちょろまかしたりすると、それがほんの僅かであっても、処分は苛烈なものになる。温情は期待しない方がいい」

 つまり私生活では寛容。公務は厳格ということか……。まともだな。ようやく帝国にもまともな後継者が現れたのか。
 どうにかしてあの皇太子が和平を考えているうちに、交渉に入る事が出来れば良いんだが。
 帝国宰相に就任するとほぼ同時に、劣悪遺伝子排除法を廃法にしたことといい。税制改革。貴族領に対する課税。辺境開発。このままいけば、帝国は国力を回復するどころか、増大する。
 翻って同盟は、社会疲弊がひどくなっている。
 だがまだ間に合う。
 今ならまだ間に合うんだ。
 戦争を止める事さえ出来れば……。

 ■MS開発局 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

 久しぶりに。本当に久しぶりにここにやってきました。
 MS開発局よ。私は帰ってきたー。
 おーれーのクシ○トリアぁ~。
 るんるんとばかりにクシ○トリアを見に行くと、隣に見慣れない機体があった。
 あれ?
 まさかあんなものが、あろうはずがない。

「ちょいと、お聞きしますがね。“あれ”はなんだ」
「いや~さすが、皇太子殿下。お目が高い。あれは我がMS開発局が試作いたしました機体。その名も雄々しく、ア○ガイです」
「あははは。そうか、ア○ガイかぁ~」
「そうです。ア○ガイです」
「そんなもん、どこで使うんじゃぁ~」

 思わず殴ってしまった俺は悪くない。
 しかもズゴ○クじゃなくて、ア○ガイかよ。潜水用のMSなんぞ作るなよぉぉぉぉ。
 使い道ねえだろうがぁ~。

「男の浪漫です。貴族の嗜みといっても宜しい」
「お前ら、浪漫を求めすぎだ」
「こういうものがあって欲しいな。あってくれたほうが楽しいな。
 我々は浪漫派なのです」 
 

 
後書き
今までいろいろな銀英伝の二次を読みましたが、書いてて思ったのは。
本気を出して強気になると皇太子殿下って、一番立場が強いんですね。
皇帝以外、誰も表立って逆らえない。
そしてフリードリヒ四世にしても、皇太子がやる気を出すと、ラインハルトに目を掛ける理由がないという。すっごい状況。 

 

第18話 「舞台にすら立たせてやらない」

 
前書き
皇太子殿下はとってもひどい男なのです。 

 
 第18話 「宰相閣下はろくでなしですぅ~」

 リヒテンラーデ候クラウスである。
 陛下から密かに皇太子殿下の身辺を警護する者たちを用意せよ。との厳命が下された。
 その意を受けたあの老人は、かつての部下であったケスラー中佐に人選させたらしい。その事についてはわしとしても懸念しておったので、まったくもって問題ない。
 ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候も同様である。
 彼らとしても皇太子殿下の安全対策は急務であった。したがってこれほどまでにはやく問題解決に動くなど、考えだにしなかったほど素早く物事が動いた。

「仕事もこれほど速く進んでくれるとありがたいのう」
「まったく持ってその通りですな」
「確かに、仰るとおり」

 己のいった言葉に、三人で頭を抱えてしまったわ。
 まあ頭を抱えていても仕方があるまい。
 そろそろケスラーが護衛役の女性兵士を連れてくる頃合じゃ。

「クラリッサ・フォン・ベルヴァルト少尉であります」

 ケスラー中佐に連れてこられたのは、まだ新米少尉だった。明るめのブラウンの髪を短くそろえている。まだ幼さが残っておる顔つきじゃのう。
 思わず、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候の顔を窺ってしまったわい。

「ベルヴァルト少尉は射撃の腕と捕縛術の達人です。役目が護衛である以上、戦略や戦術に長けている者ではなく。格闘戦に優秀な者を選びました」

 我らの懸念を察したのか、ケスラー中佐がベルヴァルト少尉を選んだ理由を申した。

「ふむ。常に装甲擲弾兵や近衛兵隊を連れ歩くわけにもいかぬ」
「出来ましたら、一個師団を貼り付けておきたいぐらいですがな」
「いったい、どなたの護衛でありますか?」

 ベルヴァルト少尉が不安そうに言ってくる。さすがに近衛兵隊だの装甲擲弾兵を一個師団貼り付けたい。などという相手だ。不安にもなろう。

「ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム皇太子殿下じゃ」
「て、帝国宰相閣下でありますか?」
「皇太子殿下は常に暗殺の危険に晒されておられる。それらの計画を防ぐために、クラリッサ・フォン・ベルヴァルト少尉には、寵姫という名の秘書として皇太子殿下の身辺を警護してもらう」
「はあ……。ところでケスラー中佐。寵姫という名の秘書とはなんでありますか?」

 ベルヴァルト少尉の言葉に我らは顔を見合わせてしもうた。
 確かに知らぬ者にとっては、おかしく聞こえよう。
 寵姫は寵姫で、秘書は秘書である。
 皇太子殿下のように、寵姫に事務員のような真似をさせるほうがおかしいのだ。
 常識的に言って。

「以前、皇太子殿下が寵姫を募集した事は知ってるか?」
「はい。確か基本、平日八時から十七時まで、拘束八時間。休憩あり、多少残業あり。各種保険完備。急募、若干名。委細面談。明るい職場ですと書かれていました」
「それじゃ。事務員を募集しても来そうになかったので、寵姫募集で釣ったのじゃ」
「自分のような下級貴族や平民ならば、たくさん来そうですのに」
「と、思うじゃろうが! 勤務地がノイエ・サンスーシなものじゃから中々来ないのじゃ」

 お蔭で人手不足なのじゃ。
 いかんいかん。つい愚痴を言ってしもうたわい。

「では、これから皇太子殿下の護衛に当たってもらおう」
「はっ」

 見た目とは裏腹にさすが、軍属じゃ。しっかりしておるわ。

 ■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

 ちょっと前にフェザーンにかましてやった。
 自治領主の分際で舐めた口を利くからだ。いい度胸してやがる。
 今頃は次の自治領主を選んでいる頃だろう。
 いよいよでてくるか?
 アドリアン・ルビンスキー。黒狐が。
 俺としてはルビンスカヤを希望したい。はげのおっさんはいやじゃ。
 それともいっその事、帝国側から自治領主を押しつけてやろうか、けっけっけ。
 ……いや、冗談ごとじゃなく。今ならいけるかもしれん。
 強引に首を替えさせるんだ。むしろさらに一歩踏み込むべきだ。こちらの息のかかった人物を自治領主に据える。おかしな事でも、意外なことでもあるまい。
 それを防げなかった方が間抜けなのだ。
 ふむ。こうなると誰を向かわせるか、それが問題だな。
 誰か、か……。
 そうなるとシルヴァーベルヒ。
 こいつぐらいか。原作では帝国宰相とか、ほざいていたぐらいだ。やれるだろう。
 おもしろくなってきた。楽しいね~。強引にねじ込んでやろう。
 楽しみといえば、近々宇宙に行くのさー。
 思えば、初めてなのだ。
 士官学校時分に宇宙航海実習があったはずなのだが、当時の校長に泣いて、行っちゃダメと縋られたのだ。もっともこんな口調じゃなかったが。
 そんなに俺を地上に縛り付けておきたいのかよ。
 どいつもこいつも。まったくよー。
 とはいえ初めての宇宙。楽しみでしょうがない。

「楽しみだな~」
「殿下ってば、まるでこどもみたいに」
「はしゃいでいますね」

 お留守番のアンネローゼとアレクシアは口では、にこやかに話しつつ、目が笑っていなかった。
 最初はそんなに俺が宇宙に行くのが嫌か? と思ったものだったが、実は違ったらしい。
 原因はあれだ。
 クラリッサ・フォン・ベルヴァルト少尉とその部下十数名。
 全て女性兵である。十人以上、二十人近くいるだろう。一小隊全員乗り込んで来ていた。彼女達が俺と共に宇宙に向かう。やったね、明日はホームランだ。
 とは、なんのCMだったろう?
 なにかで見た覚えがあるのだが……思い出せない。
 取るに足らないことだけど、妙に引っかかる。こういうのってあるよね。

 ■宰相府 クラリッサ・フォン・ベルヴァルト少尉■

 自分が宰相閣下の護衛として、宰相府にやってきてから早いもので、もう五日になります。
 近くで見る宰相閣下は、想像していたのとは少し違いました。
 鋭利な刃物のような方だと思っていたんです。頭が良くって、鋭い感じ?
 ですが実物の宰相閣下は、よく冗談を言うし、出入りしているジークフリード・キルヒアイス君をよくからかいもします。
 強気で明るくて楽しげで。……そして少し寂しげなところがおありになります。
 皆さんがお帰りになった後、ときおりお一人で残られたりするんです。
 そういう時は決まって書類を見つめてため息を漏らしています。自分が顔を出すとしらっとした表情に戻られますが、ずいぶん悩んでいるようでした。
 やはり帝国宰相閣下ともなると悩み事も多いのでしょう。

「ふふん」
「がるるー」

 何を揉めておられるのかは存じませんが、アンネローゼ様とアレクシア様は、よく言い争いをなされます。
 お渡りが無いと漏らされますが、宰相閣下がお二人の下へお渡りになられない理由がなんとなく分かります。きっと、気が休まらないからでしょう。
 こうしてお二人が騒いでいるところを、ご覧になるのは楽しいのでしょうが、二人っきりの時でさえ、同じように騒がれてはたまらない。そう思われているのではないでしょうか?
 うまく行かないものです。
 マルガレータさんやエリザベートさんはショタですし。
 よくラインハルトくんの写真を見ては、ため息を吐いています。ラインハルトくんはアンネローゼ様の弟らしいのです。よく似ておられますが……ですが、分からないのはマルガレータさんが見ているラインハルト君の写真は、女の子のようです。
 いったいどうなっているのでしょう。
 謎です。
 エリザベートさんはジークくんに構いたがりますし、嫌そうにしているジークくんが気の毒になりました。
 でも、ジークくんはマルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー様をかわいがっております。
 仲が良いんですよ。
 宰相閣下は微笑ましそうになさっていますし。いずれはジークくんにマルガレータ様を下賜されるかもしれませんね。
 ジークくんは平民で、マルガレータ様は伯爵家ご令嬢ですが、宰相閣下のお声があれば、大して問題にもなりません。この年から宰相府に出入りを許されているのです。将来有望な少年です。
 あっ、宰相閣下が時計を気にしておられます。
 誰かとのお約束があるのでしょうか?

「ブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒ。入ります」

 よく言えばラフ。悪く言えば雑な格好をした男性が入ってきました。
 宰相府の事務局にいるシルヴァーベルヒさんです。
 よくもまあ宰相閣下の前でも、そんな格好ができるものです。もっとも宰相閣下はお気になされていないようですし、構わないのでしょう。

「お、よく来たな。待ってたぞ」

 宰相閣下が気さくにお声を掛けられました。

「はっ」

 シルヴァーベルヒさんがきびきびした動作で、宰相閣下の机の前に立たれます。

「さっそく本題だ。卿はフェザーンの自治領主になる気はないか?」
「自治領主?」

 フェザーンの? 自治領主ぅ~。
 隣で聞いていた自分のほうが驚いてしまいました。

「強引に首を替えさせるんだ。さらに一歩踏み込むべきだ。こちらの息のかかった人物を自治領主に据える。おかしな事でも、意外なことでもあるまい。それを防げなかった方が間抜けだ」
「確かにそうではありますが」
「という訳で、卿が行ってこい。大変だがやりがいはあるぞ。帝国と敵対しない限り、自由に辣腕を振るってよい。卿に一任する。ただし地球教には気をつけろ。取り込まれるなよ。いいな」
「おもしろそうですな。やります」

 シルヴァーベルヒさんが不敵な笑みを浮かべました。
 この方たち、何という事をやろうとしているのでしょうか? フェザーンを取り込むどころか、奪おうとしています。

「当面の敵は……」
「アドリアン・ルビンスキー」
「知っていたか?」
「今の自治領主の娘と結婚していますからね。次の領主になるつもりなんでしょう」
「そうだろうな。行って、踏み躙って来い」
「了解いたしました」

 さ、宰相閣下。ここのところ考えておられたのは、これですか?
 通りで悩んでおられたはずです。

「フェザーンの身包み剥いでやろうぜ」
「ついでのおまけに同盟もですな」

 こ、怖い。怖い人たちです。
 戦場とはまた違った怖さがあります。自分は場違いな気がしてきました。 
 

 
後書き
独立国家でない以上、宗主国から何かと口出しされるもの。
自治権は万能ではないのです。 

 

第19話 「趣味のお時間」

 
前書き
皇太子殿下が動くと、それだけで大勢の人間を巻き込んでしまいます。 

 

 第19話 「あわわ、何という事を」

 宇宙、それは広大な……。
 ちょっち、やばいセリフを吐きつつも、俺はいま宇宙に飛び出している。
 オーディンを出発したのだが、付き従っているのは半個艦隊。五千隻である。

「大げさすぎやしないかい?」

 思わず、司令官のレンネンカンプに言ってしまった。

「そんな事はございません。これでも少ないぐらいです」

 ヘルムート・レンネンカンプ。
 この半個艦隊を指揮している。ヒゲのおじさんだ。
 イメージとは違い、まあまとも。
 少なくとも嫌がらせを喜ぶような印象はない。というか、良くも悪くも真面目すぎるんだな。
 そしてそのひげのおじさんは、少し苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
 原因はあれだ。
 クラリッサ・フォン・ベルヴァルト少尉とその部下十数名。
 全て女性兵である。十人以上、二十人近くいるだろう。一小隊全員乗り込んで来ていた。
 同盟と違って基本的に、艦隊に女性兵は乗ってないからな~。
 司令部だけでなく、各部署の男どもが、どこかしら浮ついているように見えるのが、気に入らないのだろう。気持ちは分かる。しかし如何ともしがたい。
 そして、なんとぉ~イゼルローンの悪夢こと。アルトゥル・フォン・キルシュバオム少佐と、鋼鉄の猟犬こと。ミヒャエル・ヴルツェル大尉が同乗している。
 いやんいやん。サインでも貰おうかしら?
 この二人が俺のMS模擬戦の相手を務めることになっている。
 ……いやがらせか?
 あのくそじじいども。
 俺がMSに乗って、この二人相手に勝てるわきゃ~ねえだろがよ。相手はMS乗りのなかでもトップエースと呼ばれるやつらだぞ。操縦技術で勝てる気がしねえ。
 嫌がらせにも程がある。
 少しは花を持たせてやろうとか、そんな優しい気持ちはないのか?
 これだから重力に魂を引かれているじじいは、困るんだ。
 やはり、あれの封印を解くときが来てしまったのか……。
 あれだけは手を出しちゃいけないと、MS開発局の連中にも口を酸っぱくして、言い聞かせたというのに、連中は作ってしまったのだ。
 悪の囁きに耐え切れなかったのか?
 俺も耐えられそうにない。

「いや、まだだ。まだやれる」

 やる前から気持ちで負けてどうする。
 俺のクシ○トリアがザ○に負けるものかっ

 ■オーディン上空 クラリッサ・フォン・ベルヴァルト■

 宇宙空間を三機のMSが飛び交っています。
 宰相閣下のクシ○トリアが四枚の羽を広げ、螺旋を描くように、キルシュバオム少佐のザ○に向かっています。
 速い。めちゃくちゃ速いです。
 ワルキューレ以上?
 さすが宰相閣下の専用機。
 並みじゃありません。ですがキルシュバオム少佐は最小の動きで避けた。すっごいです。
 よくもまあ、あんな動きができるものだと思う。
 生身の格闘戦の動きをMSで再現するなんて、MSも馬鹿に出来たものじゃありませんね。避けられた宰相閣下がほぼ直角の動きを見せ、キルシュバオム少佐に襲い掛かる。
 それを避けるキルシュバオム少佐。

「きゃっ」

 モニターが一つ破壊されました。
 宰相閣下がモニター用の衛星を踏み台にして、攻撃したようです。

「喰らえ」

 練習用のビーム砲が、キルシュバオム少佐に向けられる。
 しかしそれすら、かわされてしまう。
 宰相閣下は確かに速い。動きも機敏です。感覚も良く。操縦技術も確かでした。
 でも、それだけです。
 並み以上ではありますが、一流どころには及びません。
 自分も格闘を学んできたので判ります。
 素質はあっても、経験が無い。練習量も足りない。才能の持ち腐れというところでしょうか?
 三人の動きを見ていると、宰相閣下がMSに乗って、戦場に出たがった理由が理解できます。
 悔しかったのでしょうね。
 皇太子殿下ではなくて、ただのMS乗りのパイロットだったら、かなり活躍できたでしょうに。
 才能はある。
 でもそれを発揮する場所がない。
 立つ事すらできない。
 他の人たちが活躍しているところを、指を咥えて見ていることしかできない。
 ものすごく悔しかったでしょう。
 なまじ才能がある分、悔しさもひとしおのはず。

「だが、宰相閣下を戦場に立たせるなど、できるはずもない」

 レンネンカンプ准将が、しみじみと仰りました。
 そうです。宰相閣下は帝都にあって、帝国の改革をなさってもらうべきお方です。
 戦場になど、立ってもらっては困る。

「お諦めいただくしかない」

 何をとは、レンネンカンプ准将も仰りませんでしたが、仰りたい事は理解できます。
 二百五十億の帝国臣民が望むのは改革。
 決して戦場に立って華々しく活躍する事ではない。

「宰相閣下も分かっておられるでしょう」
「うむ。駄々を捏ねられても、本気で仰っておられない」
「でも時には言いたくなるのでしょうね」
「愚痴を零したいときは、誰にでもあるものだ」

 ■オーディン上空 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

 うおう。勝てねえ。
 こいつら凄すぎる。ニュータイプかよ。
 感覚が鋭い。
 後ろに目があるって感じ?
 油断も隙もねえな。
 やはり、封印の一つを解くしかない。
 やりたくはなかったが……。
 仕方あるまい。仕方ない。仕方ないのだ。

「いけ。ファンネル」

 この世界、ニュータイプなんぞいないからな。
 サイコフレームもねえし、こんなもの必要ないんだが、男の浪漫。
 その一言であの連中、終わらせやがった。
 アルテミスの首飾り。あれの応用。
 自動追尾装置付き。浮遊砲台。
 パチ物のファンネル。
 四枚の羽から二十基のファンネルが飛び出していく。
 避けられるものなら、避けてみろ。けっけっけ。
 そしてあっさりと二機とも撃墜された。
 ある意味、二十対一だからなぁ~。当然といえば、当然だ。
 しかし空しい。
 空しすぎるぜ。
 こんなんで勝っても嬉しくねえ~。
 うわ~むちゃ悔しいぞ。
 やはり、封印など解くべきではなかった。

 旗艦に戻ったが、俺は軽く落ち込んでいた。
 やるんじゃなかったという思いがある。
 やめときゃ良かった。
 あいつらにも悪いことしたな……。
 お詫びに、もう一つの封印を開けてやろう。
 聞いて驚け、見て驚け。

「おい。例の封印を解くときが来たのだ」
「か、閣下。まさか、あの、封印を解くと仰るのですか?」

 開発局の連中が蒼白となった。
 普段、浪漫とかほざいているわりに、軟弱な奴らよ。

「いいから解け」

 キルシュバオム少佐とヴルツェル大尉が、興味津々といった感じで見ている。
 他の連中もだ。
 旗艦のハンガーに置かれていた機体。そのベールがとかれる。
 中から現れたのは、白い機体だ。

「宰相閣下。これはいったい?」

 二人の驚いた顔。さすがに驚いているようだ。
 ザ○とは明らかに違うタイプだからな。これに比べれば、クシ○トリアはまだ、ザ○の系統だ。
 姿を現したのは、そうガ○ダム一号機と二号機である。しかもフルバーニアン。高機動タイプと重武装タイプ。
 ジ○ン縛りで開発してきたというのに、これに手を出しやがったのだ。
 出しちゃいけないと言ってきたのに……。SEEDやDESTINYじゃないだけマシとしようか? サイコフレームもなしにユ二○ーンを作るのは無意味だからな。

「ところでなぜ、これに手を出した?」
「浪漫です」
「ええい、その一言ですべてが許される時代は、もはや終わったのだ」
「ではもう一言。趣味です」
「てめえら~」
「MS開発局は、圧力に屈せず叫ぶのだ。浪漫は全てを超える、と。セクサロイド作らないだけ、マシと思ってくださいな」
「誰がそんなもん、造れといったぁ~」

 オーバーヘッドキック。
 俺が手技だけと思うなよ。蹴りも使えるのだ。
 ほれ見ろ。女性兵士が引いてるじゃねえか。
 ところでおい。どうして旗艦に乗員してる兵士達、お前達の目が、意味深に光るのだ?
 おいったら、おい。なぜ目を逸らす?

「こっち、見ろよ」
「いえ何も……」
「何も考えておりません」

 まあいい。追求してやらないだけの、優しさはあるつもりだ。
 そっとしておいてやろう。武士の情けだ。

「まあいい。キルシュバオム少佐、ヴルツェル大尉。卿らはこの機体に乗って動かしてくれ。テストしたい。好きな方を選んで良いぞ」

 本当はマラサイとか、あの辺りを出したかったんだが……こいつらがっ!!
 一号機に乗ったヴルツェル大尉。
 ところでキルシュバオム少佐、なぜお前が二号機なのだ。
 理解に苦しむのだが?
 二号機は重武装タイプだぞ?
 そんな装備で、大丈夫か?

「問題ありません」

 宇宙空間に飛び交う白い機体。
 けっ、どうせこいつらなら乗りこなすと思っていたんだ。
 どうせ、どうせ。へっ。

「宰相閣下、拗ねちゃだめです」

 クラリッサ・フォン・ベルヴァルト少尉に窘められた。
 うわっ、めっちゃ悔しい。 
 

 
後書き
たまには趣味でストレス発散。 

 

第20話 「麻薬撲滅宣言」

 
前書き
かわいそうだけど、同盟にはごたごたしててもらいましょう。
そして嘆く。皇太子殿下と作者ふたたび。
また寝てた。 

 

 第20話 「第五代自治領主 ブルーノ・フォン。シルヴァーベルヒ」

 フェザーンに送ったシルヴァーベルヒが第五代自治領主に就任した。
 アドリアン・ルビンスキーも頑張ったらしいが、最後は宗主国である帝国の意向が、ものを言ったそうだ。
 当たり前だ。 
 遠慮する気など、はなからなかった。
 シルヴァーベルヒに命じて、ルビンスキーの動向と居場所は把握させている。
 向こうもこのまま燻っている気はないだろうが、俺もあいつをいつまでも自由にさせておく気はない。

「で、何か見つかったか?」
「ええ、よほど慌てていたのでしょうな。地球教と接触していた痕跡が残っていましたよ」
「サイオキシン麻薬は?」
「さすがに現物はありませんでしたが、地球教徒が持っている事は分かっていたようです」

 画面の向こうで、シルヴァーベルヒがにやりと笑う。
 こいつも俺の事が分かってきたようだ。

「それはつまり……」
「第四代自治領主と、その後継者であるアドリアン・ルビンスキーは、サイオキシン麻薬の存在を知っていながら、何の手も打っていなかったという事になります」
「帝国本土でサイオキシン麻薬の問題が発覚し、大慌てしていたというのに、か? ずいぶん余裕だなぁ~。フェザーンには関係ないと思っていたと?」
「その根拠はいったい、なんだったのでしょうか?」
「地球教の存在だな。帝国でも軍のみならず、地球教徒が持っていたし、な」

 まあ繋がっているんだろう。やっぱり。宗教を隠れ蓑に麻薬密売か……。
 あいつらどう、弾圧しようかと考えていたが、この辺から攻めよう。宗教弾圧というと、すぐに腰が引ける奴らが多いからな。理性ではなく、ただ単に嫌がる奴も多い。
 それが向こうの思惑通りだと気づかずに、だ。
 ばっか、みてぇ~。

「どう致しますか?」
「第四代自治領主とルビンスキーの身柄を拘束せよ。容疑はサイオキシン麻薬密売。フェザーンのトップと後継者が、麻薬の存在を知りつつ、警察組織を動かさなかったんだ。繋がっていたと疑われても致し方あるまい。寝耳に水ではあるまいし、帝国の騒動を知りつつも放置していた。容疑としては十分だろう」
「証拠が出ますかね?」
「なくて構わん。これより帝国は地球教を麻薬密売組織と断定し、その撲滅を宣言する。地球教に繋がる者は例外なく、捕らえよ」
「例外なくですか?」
「そうだ。老人だろうとガキだろうと、だ。どうせ連中はこの二つを盾にしてくるだろうが、一切認めるな。死に掛けの老人だろうと捕まえて来い」
「同盟側が抗議してくるでしょう。どう致しますか?」

 ははは、思わず笑っちまった。
 同盟が抗議してきたら?
 そんな事決まってらぁ~な。

「麻薬組織ごと、同盟に押し付けてやれ。お前らにくれてやるから、好きにしろと言っておけ」
「本当にいいんですか?」
「構わん。ただし今後、同盟は麻薬組織と結託し、帝国側に麻薬を蔓延させようとしている事になる。そんな連中を認めてやる必要はない。ないが、同盟が自ら麻薬組織です、と。宣言するんだ。それ自体は認めてやろうではないか。関係を改善する必要はないがな」

 どうした?
 顔色が悪いぞ。何か悪いものでも食ったか?

「あ、さ、宰相閣下……貴方は自由惑星同盟の掲げる看板を、叩き落すおつもりですか?」
「俺は民主共和制そのものは、否定しないが、麻薬組織は否定する。それだけだ」

 利用できるものは何でも使いますよぉ~。
 こっちが回復するまで、連中にはガタガタになっててもらおう。
 さあ~今のうちに、帝国の改革を進めるぞぉ~。

「と、いう建前ですな」
「ま、そういうとこだ」

 ■宰相府 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

 帝国全土に宰相閣下の麻薬撲滅宣言が発せられました。
 フェザーンの先代自治領主と叛徒たちが、帝国に麻薬を蔓延させようとしてきたと言っています。サイオキシン麻薬の騒動から、まだ一年も経っていません。
 あの時の恐怖が甦ってきたみたいです。
 オーディンでも、地球教徒のアジトが一斉捜査され、銃撃戦になったそうです。
 さすがは装甲擲弾兵です。立てこもっていた地球教徒たちを有無を言わせず、押し込んでいきました。テレビやニュースでも銃撃戦の模様が映し出され、この時ほど装甲擲弾兵の姿が頼もしく思えた事はありません。
 これによって地球教の目的が明らかになり、オーディンでも地球教に対する反発が強くなってきました。

「怖いのう」

 リヒテンラーデ候がそう漏らします。
 わたしも同じ事を思っていたら、アレクシアさんも顔色が悪いです。

「わしが怖いのは、皇太子殿下よ。これほどまでに、恐ろしいお方だとは思わなんだ」
「殿下が?」
「そうじゃ。皇太子殿下は、叛徒どもをお前らは共和主義者ではなく、麻薬密売人だと言い放ったのだ。民主共和制という看板を地に叩きつけられたのだ」
「それって……?」
「今後やつらは何を掲げて戦うというのか?」

 リヒテンラーデ候はそう言って、身を震わしました。

「では、今のうちに改革を進めるとするか、のう。忙しいしな」
「書類も溜まってますしねぇ」

 実のところ、宰相閣下の宣言を宰相府の皆はさほど、信じておりません。というより、殿下から知らされていたのです。こうやるからねって。
 ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム候などは、ため息を吐いておりました。

「まったく、捕虜交換もあるというのに……」
「十万人規模なのだぞ」
「名簿だけでもてんてこ舞いだ」

 フェザーンからもたらされた情報では、イゼルローンを攻めるという話もあったそうです。
 話、潰れたようですけど。
 ブラウンシュヴァイク公がこの忙しいのに、来るな。と吐き捨てておられました。

「まったく連中の選挙とやらも迷惑なものだ」

 リッテンハイム候も眉を顰めています。

「捕虜交換が潰れても良いというのか? 連中はっ」
「圧力を掛けてるつもりなんだろうが、うっとうしい」

 最近、このお二方も口が悪くなってきました。
 皇太子殿下に関わると、みんな口が悪くなってしまうようです。

 ■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

 あ~忙しい。
 あれもこれもと飯食ってる暇もねえよ。
 いまだかつて帝国宰相で、机に向かってパンを齧りながら、仕事してる奴って俺ぐらいじゃね?

「おい。この水、運ぶ奴の書類はまだか?」

 氷の惑星から、水運んで砂漠を緑化しようというやつだ。
 それと、貴族連中の持ってるザ○を戦わすって博打の許可証申請。

「博打と宝くじは胴元が儲かるようになってんだ。帝国主宰でやるぞ」
「場所はどこで?」
「グループごとに各辺境でだ。トーナメント方式だからな。Aブロック、Bブロックって具合にする。辺境貴族に通達しとけ。観光客を引き寄せるいい機会だとな」
「出場資格はどうしますか?」
「平民、貴族問わずに、出ていい。いや、二十才以下の者限定と以上の者の二つ作る。アマチュアとプロってやつだな。プロ部門は、現役の軍人もでていい。ガキは各学校の代表を選ばせて、帝国全土最強を決めさせる。こういうのはガキの方が盛り上がる」

 高校野球みたいなの作りたいんだけどな。
 なんで野球が無くなったんだ? それにフライング・ボールって本当に人気あんのか?
 俺、見たことねえぞ。やってるやつも知らねえし。
 原作でもユリアンぐらいじゃね? 他にいたっけ? ああ、ポプランがいたか、同盟だけだな。帝国でも人気ってあったが……誇大広告だ。JAROに訴えんぞ。ああ、ないか。

「それと辺境同士を結ぶ、輸送航路は?」
「ああ、それもあったな。辺境だけじゃ輸送艦も大して維持できんからな。軍から払い下げる訳にもいかねえし……。特産物があれば、いいんだが。かといって今のままじゃ、農産物も売れない。売っても輸送費のほうが高くつく。儲けがない状態だ」
「どうしましょう?」
「う~んう~ん。あ、イゼルローンに向けて輸送させろ。イゼルローンは五百万人所帯だ。軍の輸送艦もある。輸送費が大して掛からん。なにせ軍相手だからな。当分はそれでしのいで貰おう。はやく特産物を作れって、言っとけ。なんならオーディンから、学者を派遣してやる」

 だいたい辺境の星系だけでも2千以上あるんだ。
 今まで何してやがった。
 何もしなかったつけが出てきてやがる。まったく。大体だな、各星ごとに、自己完結できてても、おかしくないんだ。
 泣くぞ。泣いていいかっ!!

「忙しいんですから、泣いてる暇なんかないです!!」
「泣かねえから、はやく書類持ってこいっ」

 アンネローゼがてんぱってる。
 他の連中も似たようなもんだ。ブラウンシュヴァイクが、頭にねじり鉢巻してる状況っていうのも凄いもんがある。良いんだか悪いんだか、俺が認めないと、計画自体がスタートしないっていう状況。これがトップダウンの限界なんだろうな。
 かといって、良きに計らえって訳にはいかねえしな。
 俺の理想の自堕落な酒池肉林はどこへいったぁ~。

「ヴァルハラにでも、行ったんじゃないですかぁ~」
「はい。追加です」
「あいよっ」

 眼の前に積まれる書類の山。
 各星に一枚としても、辺境だけで、二千枚にもなる。

「貴族が税金が高いと文句を言って来てます」
「三度の飯を二度にしとけ。それから平民の税金は上げんなよ」

 元々平民の税金を高く設定しすぎなんだ。その状況では、物が買えないだろうがっ。
 物が買えなきゃ、経済が回らねえんだよ。貴族だけが買っててもしょうがねえ。現状では豊作貧乏になってるとこがあるんだ。
 人が少ない。
 じつはそれが最大の問題だ。
 辺境じゃあなぁ~。惑星一個に二百万人ぐらいしか住んでねえとこもあるんだ。
 二百万人だぞ。どこぞの地方都市よりも少ないじゃねえか。
 それで一回会戦すると、二十万人から三十万人ぐらい死ぬ。
 パイが小さくなりすぎだ。
 フェザーンを手に入れたのも、それが理由だ。
 帝国産の食い物を同盟側に売りつけてやるぜ。なんせワインやシャンパンなんかの酒類は、こっちの方は品質が良いんだからな。意外な事実。
 それを利用しないでどうするよ。

「燃える商魂。売り上げ向上。それが私の生きる道」
「殿下。いつからフェザーン商人になったのですか?」
「うっせえ。所得倍増計画じゃ」

 宰相のやるこっちゃねえってことぐらいわかっとるわー。 
 

 
後書き
皇太子殿下のような生活。
わたしは絶対、いやです。ごはんぐらいゆっくり食べたい。 

 

第21話 「二十四時間、戦えますか?」

 
前書き
軍需、軍備に頼り切ると戦争してないと。
どうしようもない状況になっちゃう。
頭を抱える皇太子殿下です。 

 
 第21話 「無給、この恐るべき言葉」

 毎日毎日、夢の中でさえも強制労働の日々……。
 ああ、大神オーディンよ。
 この報われぬ、受難の日々は、いったいいつまで、続くのでしょうか?

 本日は給料日である。
 アンネローゼ達がホクホク顔で、明細を見ていた。
 そして俺に給料はない。
 ないの。
 本当に無いの。

「がぁ~っでむっ」
「うおっ」
「な、なんですか?」
「いきなりどうしたんです?」

 部屋にいた連中が、俺の叫び声に振り返る。
 ラインハルトですら、眼を丸くしていた。

「俺にも、給料をよこせぇぇぇぇぇぇ」
「なにを言ってるんですか?」
「給料って、貰ってるんじゃ?」
「……ないのか?」

 口々に言ってくる連中の中で、ラインハルトだけが近づいてきて、心配そうに言う。
 こいつも化粧がうまくなったよな~。意外な才能だったかな?
 天才性は軍事だけじゃなかったのかっ!!
 それはともかく、さすがに給料がないとは、思っていなかったらしい。
 机の上を見せる。
 そこにあるはずの給料明細がない。
 本気の本気で、俺に給料はないのだ。
 これが帝国宰相の現実だ。
 羨ましいか?
 えっ、羨ましいか?

「私達も無いですな」
「さよう」

 ブラウンシュヴァイクとリッテンハイムの二人も頷く。
 その言葉に愕然とする軍人達。
 有体に言えば、エルネスト・メックリンガーとヨハン・フォン・クロプシュトックだ。

「無礼を承知で、お聞きしますが、それはどういう事でしょうか?」

 ヨハン・フォン・クロプシュトックが皆を代表して聞いてくる。
 こいつの父親とブラウンシュヴァイクはなにやらあったらしいが、俺が産まれる前の事だから、ぶっちゃけ一々気にしてられない。

「我ら門閥貴族は、それぞれ支配地である星系がある。そこからの収入が、卿らの言うところの給料になる。卿のクロプシュトック侯爵家も同じであろう」
「宰相閣下は、銀河帝国皇太子殿下でもあるから、帝国から予算が出ている。それが皇太子殿下の収入になる」
「つまり、ここにいる三人は、どんだけ働いても“給料”は無いんだ」

 あまりの現実に、他の者達の顔色が蒼白となった。
 解ったか。
 貴族が中々働きたがらないのが、一生懸命働いても、働かなくても収入は同じ。
 この状況で馬車馬みたいに働いてる俺達は、ある意味、ばかだろう。

「ラインハルト。どうして貴族が自家の繁栄のみを願うのか、わかったか? 自家の繁栄は給料が上がるのと同じだ。帝国のために働いても、収入は増えない。ましてや、帝国改革など職務としてある訳ではない」
「そんな貴族達をどう動かしていくのか」
「誰もが、ただ働きは嫌がる。当たり前の事だが」

 俺と大貴族たちの言葉に、誰もが口を閉ざす。

「そこで、帝国に貴族院を作ろうと思う。議会ってやつだな。貴族達は各星系の領主でもある。そいつらに自分たちのところだけでなく。帝国全体を有機的に結びつけて、儲ける事を考えさせる」
「どうせ、宮廷で似たようなことをしているのだ。場所が変わるだけよ」
「公になれば、領民の目もあろう。誰も恥は掻きたくない。領民にうちの領主は馬鹿だと思われたくは無かろう」

 まずは貴族院を作る。今まで無かったのが不思議なぐらいだ。
 内閣はあるくせに。ところで内閣はなにしてんだ?
 働けよ。おいっ。
 しかしよほど議会に嫌悪感を持っていたのだろう。
 とはいえ、五〇〇年も経てばそうも言っていられない。

「平民にも政治参加の機会を持たせるべきだ」

 ブラッケがそう喚く。
 まったく。

「卿はすぐそれだ。貴族ですら今から議会を作ろうというのだ。はい、そうですかと平民達が政治に参加できるのか? どうしていいのか、分からなくなるだけではないのか?」
「卿が平民達の権利拡大を願っているのは、理解しよう。だがまだ時期尚早だ」

 ブラウンシュヴァイク公がブラッケを諭すように言う。
 そしてその後を、引継ぎリッテンハイム候もまた、口を開いた。

「言いたい事は解るが、何事にも原因があり、過程が存在し、結果を生み出す。まずは一歩だ。いきなり結果のみを求めるな」

 俺が纏める。でないと話が終わらない。
 お前、それをゴールにしてるみたいだが、そこはスタートラインだぞ。
 分かってんのかね、それが。
 舞台の幕を開けるための、準備期間みたいなもんだろう。
 舞台よりも準備の方が手間がかかるもんだ。
 ただ、こいつらの誰も平民の権利を踏み躙る気はないようだ。
 それに気づいていない、カール・ブラッケは地に足がついていないと、思われても仕方ないのではないか? メックリンガーたちは、そう思っているように見えるがな。

 ■宰相府 ヨハン・フォン・クロプシュトック■

 宰相閣下が帝国に貴族院を作ると言い出した。
 このお方のことだ。
 きっとなさるのだろう。
 本当に帝国は変わる。雰囲気だけでなく、制度として変わる。今でさえ、帝国の変化を実感しているのだ。それはさらに加速するだろう。
 軍人としては不本意ではあるが、ここ一年ばかり戦争が無い。
 第四次イゼルローン攻防戦ぐらいか。大規模な戦闘は。
 オーディンにも人が溢れている。
 戦争が無いために、戦死者が出ていない。
 その為にどことなく雰囲気が明るい。人の顔にも笑顔がある。

「とはいえ、この先戦争も起こさねばならん。同盟も放って置くわけにもいかんからな」

 このお方は戦争がお嫌いなのだろう。
 好きな者はいないが……。
 だからこそ、無駄な戦闘はしたくない。そう思っておられる。

「やらずに済めば、それに越した事はないんだが、そうも言ってられん」

 そう仰る。
 私は、私が宰相府に呼ばれた事に驚いている。
 私はヨハン・フォン・クロプシュトック。クロプシュトック侯爵家の男子だ。
 父はフリードリヒ四世陛下を、公然と侮辱していたそうだ。
 その息子を宰相府に呼ぶ。
 皇太子殿下は豪胆なお方だ。

「使えるものは何でも、誰でも使う。一々気にしてられるかっ」

 明るく、大胆で、そして強い。
 まこと、次期皇帝にふさわしい。父ですら、ルードヴィヒ皇太子殿下には眼を見張っていた。

「あのお方が、オトフリート五世陛下の皇太子であったなら、誰もが認め。帝位争いそのものが起きなかっただろう」

 父、ウィルヘルム・フォン・クロプシュトックの言葉だ。
 そう父にすら、言われる皇太子に興味が湧いた。もっともそうであったなら、フリードリヒ如きが至尊の地位につく事など無かった。と吐き出したが。
 そして来てみて、さらに驚いた。
 なんだ。この仕事の量は……?
 この量をこなせというのか?
 私を殺す気かと、言いたくなったが、ここでは誰もが平然とこなしている。
 もう、すっかり慣れきっているのだな。
 まだ幼いラインハルトでさえ、平然としている。
 最初は侍女だと思ったものだ。
 皇太子殿下の命令だそうだ。
 いささか不満げに言うラインハルトに、思わず笑いそうになってしまった。
 怒ってはいても、女装に嫌悪感が無い。
 染まっているなぁ~。
 本人は気づいていないようだが……。

「卿の領地、クロプシュトック領では領地経営がうまくいっているようだ。その辺りを領地経営の見本としたい。ブラウンシュヴァイク公爵やリッテンハイム候爵のところは大きすぎて、見本になりにくいのだ」
「それは宜しいのですが、なにも自分のところでなくても?」
「辺境は人口が少ない。他の貴族のところでうまく行っている所は、そもそも惑星の環境が良い。悪いところは、経営もうまく行っていない。後は分かるな」

 なるほど、父は社交界を追われてからというもの、領地経営ぐらいしかやるべき事が無かった。
 苛烈な圧政を行わず、経営はうまく行っている。
 皮肉な事に領地に引っ込んでいた時間が、今の帝国に必要とされているのか。

 使えるものは何でも、誰でも使う。一々気にしてられるかっ。

 確かに皇太子殿下の仰るとおりだ。
 社交界を追われていた貴族であろうと、必要ならば呼び寄せる。
 一々気にしてなど、いられない。
 好き嫌い言っていられる余裕は、今の帝国にはない。

「皇太子殿下の特権よな。全ての貴族に命を下せる」
「それが出来るのは、ルードヴィヒ皇太子殿下ぐらいだが」
「今までは気が弱かったのだ。帝位につく為に周囲の顔色を窺いすぎてきた」

 ブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム候爵がひそひそと話していた。
 確かに。
 その通りだった。
 ところがルードヴィヒ皇太子殿下のように、

「帝位が欲しけりゃくれてやる。その代わり現実見ろよ」

 などと突き放してしまわれると、帝位につく事を誰もが躊躇う。
 現実に気づいてしまえば、これぐらい怖い地位は無い。
 その帝位を皇太子殿下が背負ってくださるというのだ。
 貴族としては、こんなにありがたい事はない。
 その結果、誰も皇太子殿下に逆らえなくなった。
 おもしろい。楽しいお方だ。
 この方の作る帝国が見たくなってきた。 
 

 
後書き
俺の拳が真っ赤に染まる。お前を倒せと轟き叫ぶ。
ザ○ファイト。
ア○ガイがシャ○ニングになってしまう。 

 

第22話 「奴が来る(シ○アじゃないよ)」

 
前書き
とうとう妖怪がでてくるぅ~。
ある意味、皇太子殿下にとって最大の敵です。 

 
 第22話 「本日、未熟者」

 軍務尚書エーレンベルク元帥である。

 わたしと帝国軍統帥本部長シュタインホフ元帥そして、宇宙艦隊総司令長官ミュッケンベルガー元帥の三名は、顔を付き合わせていた。
 軍関係も忙しくなってきた。
 ざまぁ~みろと笑う宰相閣下の高笑いが聞こえてくるようだ。
 宰相閣下のご命令にて、地球討伐軍が派遣される事になった。
 その数、二個艦隊。
 内訳としては、攻撃用に一個艦隊。調査用に一個艦隊。
 憲兵から、装甲擲弾兵まで師団単位で派遣される。

「連中の策謀を徹底的に調べ上げよ」

 この落とし前は、兆倍にして叩き返すぞ。
 なんなら地球ごとふっとばしてもかまわん。閣下のお言葉だ。
 皇太子殿下は麻薬が大嫌いだそうだ。
 我らも嫌いではあるが、あそこまでの怒りを持っていない。
 いや、持てないと言った方が、より正確だろう。
 心のどこかで、他人事のような気がしている。
 それが余計、皇太子殿下の怒りに火をつけているのだ。

「フェザーンに対するなさりようも、サイオキシン麻薬が関わっていたからだろう」
「それさえなければ、もう少し緩やかなものになったのではないか?」

 オーディンの街中で、ルードヴィヒのあほーっと叫んでも、皇太子殿下なら、ぼけーっと言い返して終わらせるだろう。
 話はそこで終わりだ。
 捕まる事も無ければ、尾を引く事も無い。
 ご自分の事には寛容になられる。

「街中での噂もまことしやかに、囁かれているそうだ」
「宰相閣下に対するものだな。どんなものがあるのだ?」

 聞いたところによると、口調が悪い。というのが大半らしい。口喧嘩はしたくない。負けそうらしい。帝都の貧しい者達からすら、口調で負けそうと思われる宰相というのは、如何なものか?
 後は、ザ○は格好良いか、悪いかという話が二極化している。

「だいたい、ザ○ファイトというのはなんなのだっ!!」
「そうだ。あの話が発表されていらい、貴族どもが争って、購入したMSの改造に乗り出しているぞ」
「出場規則は決まっているのだ。金に飽かせて改造したとしても、試合そのものに出れないかもしれんのにな」
「どこぞのバカな貴族が我こそは、帝国の騎士と名乗っているらしいぞ」
「馬鹿が、帝国騎士(ライヒ・リッター)はすでにあるわ」

 いやいや、そんな事よりも。
 叛徒どもに対する今後の計画だ。

「また選挙とやらが、近いらしい」
「またかっ」
「あれがあると、出征してくるからな」
「皇太子殿下が、同盟の選挙予想を研究させておるらしい。あいつとあいつが当選したから、出征してくるだろうとかな」
「情報部に何をさせているんだ」
「だが、当たるところが怖いぞ。しかも噂を流して、選挙妨害までさせておるらしい」
「その上、こっち側から人を選んで、選挙に立候補させようとまで、仰っておられる」
「本気でやる気なのか」
「やるんじゃないかなぁ~」

 戦争をやるまでもなく。同盟を滅ぼそうとしておられるのだろうか?
 軍としては出るな。と言われれば、おとなしくしているしかない。

「出征時期はこちらで決める。勝手に動くな、だそうだ」
「ま、動くときは苛烈になられるだろうが」
「イゼルローン周辺での遭遇戦ぐらいらしい」
「小競り合いか……」
「捕虜交換もあるからな」
「あれが終わるまでは、奴らもおとなしくしておるだろう」
「そうか? 私は出てくるような気がしているのだが」
「ミュッケンベルガー元帥はそう考えているのか?」

 ミュッケンベルガー元帥が、深刻そうな表情を浮かべ頷いた。
 どういう事かと問うわたしに向かい、

「宰相閣下は戦争に消極的だと思われているのだ。曰く、臆病だとな」
「馬鹿か、そいつは。本気で臆病ならば、フェザーンにも地球にも手を出そうとはなさらぬ。いや、それ以前に、改革などなさらぬわ」
「下手に改革などすれば、帝国中の貴族を敵に回していたのだぞ。それだけの覚悟がおありになる皇太子殿下が臆病だとっ?」
「見たいものしか、見ておらぬのだ」

 ■自由惑星同盟 統帥作戦本部 ジョアン・レベロ■

 目の前にシトレが苦虫を噛み潰したような、表情を浮かべ腕を組んでいる。

「本気でイゼルローンを攻略するというのか?」

 ぼそりと呟く言葉には嫌悪が滲んでいた。

「なぜ今なのだ?」

 もう一度、囁くように問う。
 士官学校の校長から現場に復帰して初めての作戦行動だ。
 それがイゼルローン攻略。
 苛立つのも分かるというものだ。

「選挙と支持率。こう言えば分かるか?」
「仮初めの休戦状態が終わるな」
「ああ、あの皇太子殿下が作り出した休戦状態だ。一年、いやもうすぐ二年になるというのに、たったそれだけしか持たなかった」
「しかも同盟側からそれを破るのか? 帝国に戦争理由を与えるようなものだ」
「戦争をするより、捕虜交換と和平交渉をした方が支持率も上がるだろうに、な」
「まったく。どうしようもないな」
「あの馬鹿女め」

 今の状況がまったく分かっていない。
 もし仮にあの皇太子殿下が本気になったら、フェザーンからも攻めてくるんだ。
 帝国は着実に改革を進めて、有利な状況を作り出しているというのにっ。
 同盟は何も変わっていない。
 変える事すら決められない。後手後手に回りすぎている。

「軍人である以上、行けと言われればどこへでも行くが」

 諦めが漂うような口調だな。
 イゼルローンを取れたとしても、それでどうするのか?
 フェザーン回廊から帝国は攻めてくるだろう。
 そしてこちらは帝国辺境を攻めることはできない。いま帝国辺境は改革の真っ只中だ。それを潰されでもしたら、辺境の人間の憎悪は同盟に向かってくるぞ。
 占領したとしても、レジスタンスになるのは目に見えている。

「考えてみれば、うまい手を使うな」
「辺境開発と同時に、同盟に対する盾にしようというのだろう」
「例えば、地味だった女性が綺麗になってきても、手は出せないというところか」
「手を出せば、怖い男が出てくるし、女性自身もこちらを嫌うだろう」

 いちゃいちゃしているところを見せ付けられるだけだ。
 それならいっそ、見ない方がいい。

「ところで話は変わるが、あのヨブ・トリューニヒトが、フェザーンの弁務官として向かうという噂は本当なのか」
「ああ、本人が希望したらしい。主戦派のくせに何を考えているんだか」
「分からないという事は怖いな」
「ああ」

 ■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

「くそっ、やられた」

 思わず頭を抱えちまったぜ。
 まさか奴が、フェザーンに来るとは予想もしてなかった。
 いや、そうか……国内問題から逃げやがったな。
 一年か二年、身を隠すつもりだろう。フェザーンに。
 レムシャイドとシルヴァーベルヒのコンビで、あのヨブ・トリューニヒトの相手はちょっときついか? 手玉に取れると思われたのだろうな。しかもある意味、フェザーンは安全だ。捕虜交換もある。手柄も立てやすい。条件が揃ってやがる。

 俺もまだまだ、未熟だ。あ~情けねえ。
 くっそぉ~誰を助っ人に向かわせるか、誰だ。誰がいる。
 申し訳ないが、オーベルシュタインぐらいしか、思いつかねえ。あいつもいま、内務省で嬉々として働いてるというのに、陰謀家としての能力が必要になってきた。
 ヨブ・トリューニヒトの為に、舞台を整えてやったようなもんだ。
 むかつくー。
 あの妖怪が……とうとう出てきやがった。
 同盟で権力争いしてりゃ~いいものを。それだったらやり様はいくらでもあるんだ。

「俺がフェザーンに行く訳にはいかんよな」
「皇太子殿下? 何をそんなに心配しておられるのですか?」

 アンネローゼが首を傾げる。その隣でアレクシアも同じように首を傾げていた。

「化物級に性質の悪い奴が、同盟側の弁務官になりやがった」
「化物級ですか?」
「本気で対抗しようとしたら、リヒテンラーデのじじいを持っていくしかない。それぐらいの奴だ」

 はっきり言って、あれと比べたらラインハルトなんぞ目じゃねえ。
 原作でもあいつに勝てた奴はいないんじゃないのか?
 ロイエンタールが銃で撃ってお終いにしたが、直接手が出せない以上、厄介すぎる相手だ。選挙妨害して、落選させたのが、ここに来てやばい問題となって返ってきた。

「とにかく、内務省に出向しているオーベルシュタイン“少将”を呼べ」
「少将ですか?」
「ああ、フェザーンに向かわせる以上、それぐらいの権限は持たせてやらんと、どうしようもなくなるだろう。これでも低いと思っているぐらいだ。本当なら元帥ぐらい与えてやりたい」

 三対一になってくれよ。
 仲違いすんなよ。
 三人寄れば文殊の知恵とも言う。それだったらなんとかなるか……。
 第五次イゼルローン攻略戦が始まるというのに、厄介な話だ。
 これでヤンまで出てきやがったら、今までのようには行かなくなるな。やつも士官学校出たてだろうからまだ、大丈夫だろうが……。

「ちっ、くっそぉ~。どうしてくれようか」

 本気で俺が直接、相手できりゃぁ~な。
 帝国には指揮官と司令官は豊富にいても……いや、そうか、発想を変えりゃいいんだ。

「ブラウンシュヴァイクとリッテンハイムを呼ぶんだ。大至急な」

 そうだ。宮廷で陰謀を繰り広げているような連中に潰しあいさせよう。
 まともに相手をしようとするから、おかしくなる。
 足の引っ張り合いや、嫌がらせは得意だろう。
 ヨブ・トリューニヒトもバカな貴族の相手は、いささか辛かろう。
 バカな貴族は予想の斜め上を行くからな。
 利用するつもりが、かえって足を引っ張られる。
 せいぜい馬鹿の相手を務めてくれ。
 頼むぞ、ヨブ・トリューニヒト。 
 

 
後書き
皇太子殿下は“利口”な人じゃありません。どっちかというと“馬鹿”それも大馬鹿です。
皇太子殿下を主役にしようと考えたさい、どういう性格にしようかと、悩みました。
わたしは適当な曲から、主役のイメージを作るんですよね。
皇太子殿下の元になった曲は、中島みゆきの「本日、未熟者」です。
もっとも、こういう性格でもない限り、自ら立とうとはしなかったでしょうね。
酒池肉林だってやろうと思えば、できたんですから。父親みたいに。
 

 

第23話 「ドキッ、寵姫だらけの宰相府(ラインハルトもいるよ)」

 
前書き
貴腐人なアンネローゼと宰相府の寵姫たち。
 

 
 第23話 「人に歴史あり?」

 アレクシア・フォン・ブランケンハイムでございます。

 今朝は珍しく皇太子殿下が、皇太子の間で朝食をとられています。
 何ヶ月ぶりでしょうか?
 皇太子殿下がゆっくりと食事をしている処を見るのは、ここ一、二年ばかり、急いで食べるか、それとも食事を取らないことも多かったのです。
 お体を心配しておりました。

「あ~本当に久しぶりだなぁ~。ヴァイスヴルストも」

 皇太子殿下はヴァイスヴルストがお好きなのですが、午前十時を回ると食べないという風習を守っており、その結果数ヶ月ぶりという事になってしまいました。
 皇太子殿下の現状を物語っていますね。
 以前はこれほど忙しくなかったのですが……。
 帝国の改革。
 それがこれほど大変なものだとは、わたくしには想像できませんでしたよ。皇太子殿下は分かっておられたようですが、だからこそ今まで誰もやりたがらなかったのでしょう。
 それでもなお、皇太子殿下は改革に乗り出された。

『一生分の勇気を使い果たした気分だ』

 そう笑って仰ります。
 そう言って笑う皇太子殿下が、わたくしは好きです。
 思い返せば、わたくしが皇太子殿下付きの女官になったのは、もう十年も前のことです。
 皇太子殿下とわたくしは同い年です。
 初めてお会いしたときの皇太子殿下は、夜宴の会場の片隅で、ジッと貴族達の様子を窺っていました。どことなくイラッとしたご様子で、見つめながら何かを考えていました。
 今なら何を思っていたのかが、分かります。
 分かりますが、皇太子殿下は迷っていたのかもしれません。
 改革を断行するか、それとも何も考えずに、その饗宴の中で埋もれてしまうのか、を。
 ときおり皇太子殿下が仰る、自堕落で酒池肉林な生活という言葉は、もしかして選ばなかった選択肢。その中で生きる皇太子殿下の事ではないでしょうか?
 あの時、ああすれば良かった、こうすれば良かった。
 そう思う事は誰にでもあるでしょう。
 まだ幼かった頃、饗宴の席で、皇太子殿下と皇帝陛下の視線が合う事が度々ございました。
 親子ですもの。陛下も皇太子殿下の事をお気になされていたのでしょう。その度にイライラしていた皇太子殿下のご様子に、どこか楽しげな目をしておられました。
 そして皇太子殿下が自ら、改革に乗り出されたときの、あの嬉しそうな目。

「ルードヴィヒの好きにさせよ」

 と仰る際の喜びに満ちた口調。
 どこか疲れたような印象のあった陛下が、楽しげに仰るのは、皇太子殿下の事だけです。
 そして皇太子殿下は帝国宰相となり、帝国全土にそのご意向を届かせております。

「皇太子殿下が動くという事は、帝国が動くという事じゃ」

 リヒテンラーデ候がその様に言い。
 ブラウンシュヴァイク公爵、リッテンハイム侯爵という帝国でも、二大巨頭の大貴族どころか帝国軍すら皇太子殿下の命に従う。

「帝国とは本来、このように動けるものだ」

 ブラウンシュヴァイク公爵も奥方様にお尻を叩かれながらも、改革に邁進しています。

「貴族達を纏めるのは大変だが、遣り甲斐はある」

 リッテンハイム候爵は、自慢の口ひげを整えつつ、楽しげに話されておりました。
 この方々は陛下のご息女。皇太子殿下の姉上達を奥方に迎えられていますから、皇太子殿下とは義兄弟なのです。
 フリードリヒ四世陛下が望まれた、理想の帝国の姿がここにあるのかもしれません。
 帝国宰相である皇太子殿下が決断し、臣下が実行し、帝国が動く。
 意向とご威光は帝国全土に広がり、臣民がそれを仰ぎ見る。
 もしかするとルドルフ大帝ですら、今の皇太子殿下の事をさすが我が子孫と、お褒めになるかもしれませんね。
 帝国の現状には眉を顰めるでしょうが……。
 
 ああ、皇太子殿下がヴァイスヴルストを食べ終わり、プレッツェルを千切っています。
 そろそろ食事の時間も終わりでしょう。
 料理を作っていた者達が、柱の影から心配そうに、皇太子殿下を見守っております。
 なにをそんなに……と思いましたが、彼らからしてみれば、食事を取らない皇太子殿下のことが、心配なのでしょう。
 皇太子殿下がお倒れになる=改革が遅れる。
 という図式が彼らの脳裏で、成り立っているのかもしれませんね。
 自分達にできる事を、と思っても身分の低い彼らにはさしたる事もできません。そのためせめて食事ぐらいはと考えても、皇太子殿下は中々食事を取る時間も取れない。
 だからでしょうか、今朝の食事の力の入り具合は……。
 朝食ですから凝った物ではありませんが、もの凄く丁寧で手間が掛かっています。
 皇帝陛下の食事でさえ、ここまで手間を掛けないでしょう。それも朝食に。
 慕われるというのは、こういう所に現れてくるものなのでしょうか?

「うまかったな。……では、今日も馬車馬みたいに働きますかっ」
「はい」

 席を立った皇太子殿下にわたくしも従いました。
 さて、皇太子殿下の仰るように今日も一日頑張りましょう。
 彼らの期待を裏切らないためにも。

 ■宰相府 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

 今朝は皇太子殿下とあの女が一緒に部屋に入ってきました。
 あの女の笑顔がにくい。
 ムカつきます。
 この怒りを仕事にぶつけるわたしは、なんて健気なのかっ!!
 目の前にある書類。
 なんですか、これ? 
 この貴族用の金融機関というのは。金利も低いですね。まああっても不思議ではありませんが。

「返済率が低すぎるっ!!」

 これが財務省から殿下のところに来たということは……。
 はは~ん。財務省の役人では貴族達に返済を迫っても、身分を盾に踏み倒されがちなのですね。
 殿下のご威光で貴族達に迫ろうとしているのでしょう。

『皇太子殿下のご命令です』

 それを切り札にしようという事でしょうか?
 借金の取立てすら、殿下に頼らねばならないとは、役人が情けないのか、それとも貴族達が横暴すぎるのか……どちらも貴族階級でしょうに。
 腹が立ちます。
 これは皇太子殿下の要決裁っと。
 次は……。
 ほほう~汚職ですか。
 軍の基準以下の軍用レーションが配給されているらしい?
 軍の食事というのは、伝統的にまずいらしいのですが……。
 ふむふむ。中抜きされているらしい、と。そしてリベートを貰っているのは基地の大佐。ヘルダーさんですか?
 だから、どうして軍内の汚職問題まで、皇太子殿下に決裁してもらわなければ、ならないのかっ。
 帝国三長官はいったい、何をしてるんですかぁ~。

「がぁ~っでむ」
「うぉっ。アンネローゼ、何騒いでんだ?」
「アンネローゼさん、はしたないですよ。まったく恥ずかしい人ねぇ~」
「こじゅうとめがっ」
「誰がこじゅうとめですかぁ~」
「だから、なんなんだ?」
「これ見てくださいよぉ~」

 わたしは書類を振り回しつつ、皇太子殿下の席まで向かいました。

「ほー。軍の汚職問題か」
「どうして汚職に関するものまで、殿下に決裁を求めるんですかぁ~。ただでさえ忙しいのに」
「こらこら、よく見ろ。これは内部告発だ。こいつ、いまその基地にいるんだ。軍務省に書類出したら、即、ばれるだろうが」
「あ、そうか。だから皇太子殿下に知らせてきたんですね」
「別ルートから調べて欲しいんだろうな。直接監査が入ると、下手すりゃこいつの口を塞ぎかねん」
「どうなさいますか?」

 小姑であるアレクシアさんの言葉に、皇太子殿下がしばし考え込んでおられました。
 やがてお顔を上げられ、仰ります。

「MS開発局の連中がな。ザ○の耐久試験をしたがっていた。宇宙空間ではなく、極寒地帯、すなわち氷や雪山での試験だ。ここ氷の惑星なんだろ。ちょうどいい、連中の試験のついでに監査に入らせろ。MS実験のついでということでな」
「なるほど、どこの惑星でもザ○の実験ともなれば、疑いませんね」
「何も無いような基地に監査に向かうのは、定期監査でもない限り誰かの密告を疑われますが、ザ○のついでと言われれば、そんなものかと思われますか」
「ただし、基地側にはザ○の実験を行うとだけ、伝えておけ」
「了解です」

 わたしは部屋で雑務に従事しているラインハルトを呼びます。
 今日の服装は、クリーム色の薄い絹のメリヤスの少女用ドレスです。
 ネックラインとスカートは、緑のサテンのバイアステープで装飾されているんです。スカートの前面はプリーツ。背面には細かいギャザー。背中の白い留めひもがかわいらしい。
 わたしが選んであげました。
 きゃぁ~ラインハルト。とってもかわいいわ。
 ところがラインハルトってば、最近わたしの事を怯えるんですよ。失礼だと思いませんか?
 ああ、以前はこんな子じゃなかったのにぃ~。
 よよと泣き崩れるわたし……。

「姉上、わざとらしい泣き真似はやめてください」
「ずいぶん生意気な口を叩くようになりましたね、ラインハルト」
「姉上もお変わりになってしまいましたし、ね」

 どうやら親離れならぬ、姉離れが進んでいるようです。
 良い事なのでしょうが、すこし寂しい気もします。
 しかしラインハルトの皇太子殿下を見る目。
 その目が少し気になります。何がとは申しませんが、何かが気になる。そんな感じです。
 う~む。どうしたものでしょうか?
 ふと、ジークの方を見ると、マルガレータちゃんと仲良く遊んでいました。
 幼い女の子を手玉に取るなんて、ジーク。貴方も変わってしまったのですね。

「腐った妄想してないで、何の用ですか、言ってください」
「ラインハルト、この書類を事務局に届けてください。オーベルシュタイン少将が戻ってきています。あの方に渡すのですよ。他の方ではいけません。いいですね」
「はい」
「腐った妄想に関しては、いずれきちんと話し合いましょうね」
「遠慮します」
「ラインハルトっ!!」

 まったくラインハルトにも困ったものです。
 どうしてあんな風になってしまったのでしょうか? 以前は姉さん、姉さんとわたしの後ろをちょこちょこ付いて来たのに……。

「アンネローゼ様が貴腐人になってしまわれたからです」

 遠くの方でジークがなにやら、ぼそりと呟き、マルガレータちゃんが首を傾げて、ジークを見つめていました。二人ともすいぶん生意気になってしまったようです。

 いったいどうしてでしょうか?
 わたしには分かりません。
 マルガレータさんとエリザベートさんが、呆れたような目で見ています。
 不思議ですねー。

 ■宰相府 マルガレータ・フォン・ヴァルテンブルグ■

 アンネローゼがまたもや、おかしな妄想に耽っている。
 初めて会った頃はまともな女性だと思っていたのに、いったいどうしてこうなってしまったのか?
 不思議でなりません。
 エリザベートの方はいまだ、ジークを見ては、はぁはぁしてますし、この先宰相府はどうなってしまうのでしょう……。
 特にエリザベート。(独身のアンネローゼはどうでもいいです)
 彼女は二児の母なんですよ。
 家でもこんな感じなのでしょうか? 
 こどもの教育に大変悪いと思います。
 これだからショタはっ。

「おまえもなー」

 皇太子殿下の突っ込み。
 聞いていないようで聞いている殿下。
 うかうかと愚痴も零せませんね。
 ですが、いいんですか、皇太子殿下?
 私は知っている。
 皇太子殿下とアレクシアさんができているという事をっ。

「べつに秘密でもねえし」

 ですよねー。
 一〇才ぐらいのときから一緒にいたんですから、そうなっても不思議じゃないですよねー。
 ですが、士官学校時代のご乱行は如何なものかっ!!

「あ、それかぁ……」
「あの頃はひどかったですね。そりゃもう~えらいことになっていました」

 ひどいときは十又、二十又は当たり前。といった感じでしたね。
 しかも別れる理由が、全員覚えきれねえ、ですからひどいもんです。

「あの頃は荒んでたからな……。で、何で知ってんだ?」
「皇太子殿下の乳母からお聞きしました」
「あのばあさんっ、なに話してんだ」
「あのばあさんっ? あの方まだ四十代ですよ?」
「えっ? そんなもんだっけ? ほんと、小さい頃から知ってるもんだから、もっと年上かと思ってた」
「皇太子殿下の乳母をやっていた頃は、二十二、三だった筈です」
「ということは、四十二、三か……」
「ですねー」
「まあバカな話は、これぐらいにして仕事に戻るぞ」
「了解ですー」

 乳母の方からお聞きした皇太子殿下のお話はまだあるんですが、そのうちにばらす時も来るでしょう。アンネローゼの反応が楽しみです。
 くっくっく。
 今のうちに夢だけ見てなさい。
 ただ、士官学校時代同室だった友人が、サイオキシン麻薬で亡くなったそうです。
 あの当時も、密売組織を炙りだそうとしたらしいのですが、皇帝周辺の貴族達に止められてしまったそうです。
 当時はまだまだ覚悟が決まってなかったそうで、皇太子殿下も眼を瞑ったらしい。
 でも、絶対見つけてやろうと思っていたんですね。
 サイオキシン麻薬関係は全部、潰すと言っていましたから。

 ■ミューゼル家 セバスチャン・フォン・ミューゼル■

「……クラリベル」

 酒に逃げる事しかできない私を許してくれ。
 娘と息子を失った。
 相手は皇太子殿下だ。
 断る事などできようもない。
 しかし、しかしだ。

「息子のあんな姿は見たくなかった!!」

 酒に逃げるしかない。
 私達の子は姉弟ではなく、姉妹だったのか?
 もう自信が無いんだ。

「教えてくれ、クラリベル」

 そしてアンネローゼはわたし達が出会った頃の、君に似てきたよ。
 私は怖いのだ。
 君に似てきたアンネローゼがっ!!
 皇太子殿下はご無事だろうか?
 心配なんだ。皇太子殿下を守ってくれ。
 クラリベル……。 
 

 
後書き
アンネローゼにこき使われるラインハルト。
なんだかシンデレラぽくなってきました。 

 

第24話 「戦争目的、戦略、戦術」

 
前書き
無駄な裏設定。
若い頃のミューゼル家御当主はラノベのへたれ主人公ポジション。
奥方はヤンデレぽかったりする。
事故の真相は? 

 
 第24話 「い・や・が・ら・せ」

 リヒテンラーデ候クラウスである。

 ミュケンベルガー元帥から例の准将達を、少将に昇進させたいとの希望が皇太子殿下に出された。
 どうやらあの連中に、戦力を持たせる事によってイゼルローンでの戦闘を、有利にしたいのかも知れぬ。

「宇宙艦隊総司令長官は卿である。卿の見識に任せよう。他の長官達と相談した上で決めよ」

 皇太子殿下の返答は実にあっさりしたものであった。
 あまり軍の職権に横槍を入れるのは、まずいとのお考えなのであろう。
 確かに皇太子殿下が強権を振るってばかりじゃと、帝国宰相のみならず、帝国三長官をも兼任する事になってしまう。
 前例がない訳ではないが、今の状況ではまずかろう。

 そうこうしているうちに第五次イゼルローン攻略戦を前に、両回廊周辺を警戒していた艦隊が、同盟側と遭遇したという報告が届いた。
 皇太子殿下曰く。

「流星群のふりして逃げる奴が出てくるかもしれない。注意するように」

 との命が下り、帝国軍は十分に警戒しつつ包囲殲滅せんとしたらしい。

「叛徒達の指揮官が死兵となって、帝国軍に襲い掛かり、自らを盾にエル・ファシル住民を逃がした模様」
「なん……だと……」

 その報告を聞いたときの皇太子殿下の愕然とした表情は見物じゃった。
 いやいや、そうも言ってられん。
 皇太子殿下はなにやら、必死に考え込んでおられる。

「いかが致しますか?」
「追撃は無用。艦隊はイゼルローンに帰還し、兵を休ませよ」
「御意」

 しばらくそっとしておく事にしようかのう。
 思考の邪魔をしてもいかぬ。

 ■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

 エル・ファシルというから、指揮官はアーサー・リンチだと思ったんだが、違ったのか?
 それとも同じ人物が、違う動きをしたのだろうか?
 状況が変われば、気持ちが変わる。気持ちが変われば、考えも変わる。考えが変われば、行動が変わる。壮大な思考のドミノ倒しだな。
 これでヤン・ウェンリーが来るかもしれん。
 いや、その前にどこぞの収容所に向かう事になるのか?
 それとも第五次イゼルローン攻略戦に参加してくるか。もし仮に参加するとなれば、総旗艦に乗り込むだろう。参謀の一人としてな。
 今度はザ○による旗艦狙撃はできんだろう。
 やつらも警戒しているはずだ。
 同じ手が二度も通じるとは思えん。
 ザ○の狙撃が前回ではなく、今回だったら……。
 いやいや、そんな事を考えてはダメだ。思考が後ろ向き過ぎる。彼らはよくやった不満に思う事などない。
 平行運動による攻略など、しないだろうな……。
 したらバカ丸出しだ。
 艦隊と艦隊の距離が近いほど、ザ○が有利になる。こっちはワルキューレにプラスしてザ○があるからな、単純に考えても、戦闘機としては二倍の戦力だ。スパルタニアンだけでは不利だ。
 増援艦隊を増やすか……。
 だが狭い回廊内では大軍は自由に動けんか?
 多けりゃ良いってもんでもない。
 ラインハルトに聞いてみようか、いや、ガキに頼っているようじゃダメだな。

「フェザーン回廊を使うか、理由はバカな貴族ということで」

 よし、これでいこう。

 ■軍務省 帝国軍統帥本部長シュタインホフ元帥■

 軍務尚書エーレンベルク元帥と私そして、宇宙艦隊総司令長官ミュッケンベルガー元帥の三名は、顔を付き合わせていた。

「宰相閣下から、増援艦隊は四個艦隊との命が下った」
「四個か、多いな」
「よほど警戒なされているのだろう」
「それとは別に、さらに別の四個艦隊でフェザーン回廊を通り、イゼルローン回廊の出口を塞げとの命もある」
「計八個艦隊の動員か、よくぞそこまでなされる」
「しかし大丈夫なのか、奴らも警戒しよう」
「皇太子殿下には、フェザーンにはバカな貴族をまとめて派遣する事になっているそうだ。そいつらを降ろした後、イゼルローンに向かえとの事だ」
「なるほど、大規模な挟撃かっ!! しかも理由がバカな貴族が駄々をこね、艦隊で送らせたという事にするのか……」
「送るリストを見せてもらったが、連中ならさもやりかねんと思えるところがみそだな」
「イゼルローンに攻め込んでくるというのに、戦力を削ぐような真似をするバカな貴族。しかも自分の見得のためだけに……」
「かつての帝国ならば、あっておかしくない理由よ」
「さぞ叛徒どもも、迷うであろうな」

 ■宰相府 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

「ラインハルト、戦争目的と戦略と戦術の違いが分かるか?」
「戦争に勝つための作戦と戦闘に勝つための方法の差だろう」

 皇太子殿下がラインハルトとジークを相手に話しています。
 おそらく皇太子殿下は、ラインハルトに話しながら、ご自分の考えを纏めているのでしょう。

「それじゃあ今一、分かりにくいな。それではたとえ話で説明してやろう」
「うむ。聞いてやろう」

 こくんっと頷く、ラインハルト。かわいいー。

「例えば行きたい学校がある。こいつが戦争目的。その為の大事なテストがある。それに受かる事、これが戦略目的だ。そして問題を解く事、これが戦術になる。ところがな、テストの途中で難しい問題に当たる事がある。解くために時間を掛けすぎると、必要な得点が得られなくなるかもしれない。問題は解けるかもしれないが、テストには落ちる。こうなるとどうなる?」
「つまり戦術的には勝利したが、戦略的には敗北。戦争目的は達せられない」
「その通り。そして補給は戦術的に勝利を得るために必要な物資だ。この場合、テスト勉強だな。必要なだけの勉強をして、戦術的勝利を得るために準備する。補給を軽視する事は、テスト勉強をせずにテストに受かるさと嘯く事だ。バカバカしいだろう?」
「確かにな」
「この当たり前な事が分からん奴らが多すぎるんだ」

 補給もそうだが、同盟の奴ら、何を目的にイゼルローンが欲しいんだ?
 原作で、ヤンがイゼルローンを落としたら、和平交渉ができると思っていたがそんなの無理だろ?

「それでな~。同盟は何が目的で、イゼルローンに攻めてくるんだろうな?」
「戦争に勝つためだろう?」

 ラインハルトが何言ってんだ? という表情で皇太子殿下を見つめています。
 むしろ、ジークの方があれっ? ていう表情を浮かべていますね。

「ああ~」
「おっ、ジークは気づいたか?」
「えっ?」

 なんとなくラインハルトが悔しそうな目で、ジークを見ましたよ。こういうところは、まだまだこどもですねー。う~んう~んっとラインハルトが考え込んで、ハッと顔を上げました。
 おお~気づいたようです。わたしには分かりませんが。

「フェザーン」
「そうだ。帝国はフェザーンを手に入れた。二つある回廊を二つとも手に入れてるんだ。イゼルローンを落としても、両方から攻められると、戦力的に劣る同盟では支えきれん」
「もし仮に皇太子殿下が同盟の指導者ならどうしますか?」
「ほっとく」
「はあ~っ?」

 二人の声が綺麗に揃っちゃいましたよ。
 どうしたんでしょうね?

「フェザーンに置いた弁務官に、散々帝国のやり方をぼろくそに罵りさせつつ、自分からは絶対攻めない。迎え撃つだけだ。それも三倍の戦力でな」
「それは消極的では?」
「そうかー。三倍の戦力で、ふるぼっこしちまうとな。二、三回も会戦すると帝国は戦力を整えるのに時間が掛かって、攻め込む力を失うぞ」
「フェザーンは?」
「フェザーンは、帝国軍の戦力増強のための金を使わされて、内部で反乱が起きるだろうな。そうなると鎮圧のために、軍を派遣するようになる。これでまた外征の余裕がなくなる」
「それじゃあやっぱり、イゼルローンを落とした方が良いんじゃないか?」
「なんで? 落とすと両方から攻められるぞ。イゼルローンがあるから、フェザーンは金を生み出す場所として保護する必要ができるんだ。無駄にフェザーンを潰す必要はないだろう?」

 う~ん。わたしも今一皇太子殿下の仰る事が分かりません。
 今の状況でもフェザーンから回廊を抜けて、同盟に攻め込めますよね? 事実皇太子殿下は今回、フェザーンを抜けてイゼルローンに回り込もうとしていますし。

「すまない。よく分からない」
「すいません。わたしもです」

 ごめんなさい。わたしも分かりません。

「あのな。二正面作戦をするって事は、フェザーン回廊が戦場になるってことだ。そうなるとフェザーンに被害が出る。抜けるのと戦場になるのは違うぞ」
「いや、それは分かるんだ。でも現状では同盟にも戦力に余裕があるだろう?」
「もちろん」
「だったら、どうして?」

 ラインハルトがほっぺたを膨らまして、皇太子殿下に詰め寄ります。
 肩を掴んで揺さぶってます。
 駄々を捏ねてるようでかわいいー。

「だから、最初に言った戦争目的はって話になるんだ」
「戦争目的?」
「そっ、戦争っていうのは、手段であって目的じゃないぞ。何を目的に戦争するんだ?」
「そりゃあ~帝国を倒そうと?」
「倒してどうする?」
「併合するんだろう?」
「同盟にそんな余裕はない。国力の違いってやつだな。帝国には貴族の私兵というもう一つの宇宙艦隊がある。なりふりかまわず戦争するとな。正規艦隊十八個に貴族の私兵が十八個艦隊。これら全てを相手にする事になるぞ。そこまで相手にはできんだろう? だから同盟は総力戦では勝てないんだ。だったら防衛戦をするしかない」

 皇太子殿下の言葉にラインハルトとジークが悩んでいます。
 確かに総力戦では同盟は帝国に勝てません。防衛戦しかないのも分かります。ですがそれとイゼルローンを落とさない方が良いというのが、繋がらないんです。

「やっぱり、よく分からない」
「すいません。わたしもです」
「しょうがねえ。答えを言うとな、たいした話じゃないんだ。これは心理的なもんだ。イゼルローンを落とされると、帝国では取り戻すかそれともフェザーン回廊を使うかという選択を迫られる。イゼルローンがそうそう落ちないのは、同盟が証明している。なら金の卵を産むガチョウであるフェザーンを潰してでも、同盟の首都を落とすしかないんだ。そして今なら、最大三十六個艦隊を動員できる。イゼルローンに向けて、十八個艦隊。そしてフェザーンから十八個艦隊で攻める事が可能になる」
「け、桁が違いすぎる……」
「うわ~」
「たった一年で、同盟を占領できる。その後イゼルローン回廊を塞ぐ。それで終わりだ」
「だったら今まで、どうしてその手を使わなかったんだ?」

 わたしも同じ事を思いますよ、皇太子殿下。

「貴族達の戦力を吐き出させることができなかったからだ」
「ああ、そうか。でも今ならできる」
「……宰相閣下のご威光」
「皇太子の命令で全ての貴族を動員させることができる」
「ま、そういう事だ。だからな、無駄にフェザーンを潰す事を躊躇わせるようにしときゃ~。戦場はイゼルローンに固定される。そこでふるぼっこしときゃいいんだ」
「帝国を支配できない以上、防衛戦しかなく。その為には戦場を固定しておく方が良い」

 ラインハルトが呟いています。
 ジークの目がどことなく虚ろになりました。

「戦争目的ですか……」
「そして帝国も戦争目的を変える必要がある。俺は同盟の人間を農奴に落とすつもりはないからな。農奴にしても意味がないんだ」
「意味がない?」
「農奴は生産者ではあっても、消費者ではないんだ。パイは増えない」
「ああ、消費者というパイか……」

 皇太子殿下がコーヒーに口をつけました。
 ラインハルトとジークも目の前に置かれてあった、ホットチョコレートをがぶ飲みし始めました。
 もう~二人とも。お行儀が悪いですよ。以前よく作ってあげた時は、そんな風に飲まなかったのに。

「いま俺が同盟に対して、嫌がらせじみた事をしてるだろ?」
「確かに嫌がらせだと思う」
「ラインハルト様」
「いや、構わん。確かに嫌がらせだ。それら全ては同盟の人間から権利を取り上げるための布石だ」
「布石になるのか?」
「なる。選挙のたびに遠征してくるのも、麻薬の事も。お前らに統治を任せて置けない。一人前扱いして欲しければ、もう少しマシになってからだ。と言って取り上げる」
「そんな事したら反乱が起きるぞ」
「起きるだろうね。だがそれがどうした。甘ったれたガキに阿る必要は感じない。罰を与えるたびにそう宣言する。もう少しまともになってから物を言えってな。自分達がまともにならない限り、一人前扱いはされない。自業自得だと」

 うわ~。やり口がひどい。
 完全に子ども扱いする気ですね……。しかも一人前になった事を自分達で証明させる。
 そんな事できるのでしょうか?

「それがアーレ・ハイネセンの説いた。自主・自律・自立だろう。それが向こうの自己主張じゃないのか? 自らの主張を証明しろと言ってるだけだ」

 意外と皇太子殿下って怖い人なんですね。
 
 

 
後書き
皇太子殿下はひどい男なのです。
こんなの絶対無理な無茶振りですー。 

 

第25話 「いま、そこにある危機」

 
前書き
嘆く皇太子殿下と作者、三度。
もう何も言うまい。 

 
 第25話 「設計主義? それがなにか?」

 マルガレータ・フォン・ヴァルテンブルグでーす。

 皇太子殿下がおかしくなってしまいました。
 何がおかしいかって?
 まず宰相府に帝国の映画監督を、何人か呼び出したんです。
 大体ですね、帝国産の映画ってあんまり面白くないんですよ。妙に堅苦しいっていうの? 政治的、教育的メッセージ性が強いっていうのか……。

「さてっと、卿らを呼んだのは他でもない。映画を撮って貰う。それもカラッと明るい奴だ。コメディーでも恋愛でも、なんなら俺をコケにしたようなのでも良い」
「宜しいのでしょうか?」
「問題ない。戦争続きで暗い世の中だ。せめて映画や娯楽ぐらいは明るくないとは」
「しかし内務省からは規制が……」
「構わん、やれ。内務省には俺から言っておく。冒険活劇というのも良いな。見てて楽しいやつ。ぐだぐだと暗い奴はダメだ。多少のエロも許可する。しかし知恵を絞れよ」
「本当に宜しいのですか?」
「問題ないと言ってるだろう。今後、帝国は変わっていく。いずれ規制も撤廃させる。映画だの娯楽を作る側が、その空気を読めなくてどうする。ただし……」

 皇太子殿下がそう口にしたとき、彼らの表情にやはりという色が浮かびました。

「ただし……。俺でも大貴族でも、映画の中でコケにするのは構わん。だがコケにするのは立場が上の者、強いほうを標的にしろ。下のほうへ弱いほうへと行くんじゃねえぞ。あの手の奴は見てて、イラッとくる」
「はあ……」

 とまあこんな感じでした。
 他にも小説を書いている人たちとか、音楽家の人とか、とにかく、娯楽系の人たちを呼んでは、規制緩和するからとにかく楽しい奴を作れと命じていました。
 後は技術系の人たちでしょうか?

「フェザーンを通じて、同盟の工作機械を手に入れてやる。軍事のみならず、民生関係も品質を高めろ」

 などと言っています。
 それらは多岐にわたっていました。
 赤ん坊のミルクから、女性の下着に至るまで、なんて言うのか……。
 手当たり次第といった感じです。
 カール・ブラッケさんが驚いて、皇太子殿下に詰め寄ったぐらいです。

「閣下はいったい何をなさろうとしているのですか?」
「今から十年を目処に、民生品、工業系の品質で同盟を上回る事を目指す」
「十年ですか?」
「それだけありゃ何とかなるだろう? 今まで軍事関係ばかりに力を入れすぎてきた。技術力そのものは帝国も同盟も大差ない。そこで今後は民生品にも力を入れる」
「それは設計主義というものです」
「そうだ。その通り、計画経済だ。だからなんだ?」
「うまく行くわけが」
「お前はあほか、方向性を変化させただけだ。この程度でガタガタ抜かすな。お前といい、他の連中といい。どうも理念が先走りすぎて、現実を見てないよな。シュターデンを笑えんぞ」
「計画経済でうまくいく訳がない。」
「だから十年と期限切ってんだろうがっ!! はい、そうですか、では自由主義経済でやっていきますって言ってられる状況かっ」
「それは……。」
「十年後の帝国を想像してみろ? 話はそれからだ。行ってよし」

 カール・ブラッケさんが皇太子殿下に、部屋から追い出されてしまいました。
 最近の皇太子殿下は、経済関係に口出しし始めています。
 イゼルローンの事もあるのに……。

「イゼルローンの事は心配してない。ミュッケンベルガーもいるし、他の連中もいる。ただなあ~経済関係はちょっとな」

 ■フェザーン自治領主 ブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒ■

「それで宰相閣下は十年後の帝国を考えろ、と言われたのだな」
「そうだ」

 画面の向こうでカール・ブラッケが憤っている。
 まったく、宰相閣下もご苦労な事だ。
 オーディンにはこいつらしかいない。頭が痛い事だろう。

「では、答えを言ってやろう。宰相閣下はすでに戦後を考えておいでなのだ」
「戦後?」
「そうだ。同盟との戦争が終わった後でくるもの。それは旧同盟とでもいうべき、属国の誕生だろう。彼らの持つ民生品の品質に今の段階で勝てるか?」
「さ、さあ~それは?」
「卿らは、オーディンで何しているんだっ!! 宰相閣下のご苦労を支えようという気がないのかっ。夢のような改革を語っているだけで、何かを為しているかのような気になっているのか」

 あ、ダメだ。こいつ、改革論をぶちまける事はできても、実行力がない。
 人を集め、衆知を集め、実現させるような企画力もない。
 それ以前に人を惹きつける魅力が足りない。
 言われた事しかできない。
 命じられなければ何も作り出せない。
 良くも悪くも、宰相閣下のように強引に状況を引き寄せる力と、一歩踏み込む強さがないんだ。
 今なら分かる。なぜ宰相府に事務局などという部署を作ったのか。
 俺なら経済関係だ。
 オーベルシュタインなら、内務関係を一任できる。
 こいつらは事務処理担当だったんだ。
 下手に経済関係とか、内務関係の部門を作れない。

「戦後に起こるのは、経済という名の争いだ。それに退役するだろう軍人達に、与える職はあるのか?」
「民間に移るはずだ」
「その民間に職があるのかと、聞いているんだ」
「あるだろう」
「あるだろうとか、あるはずだ。ではダメだと、宰相閣下はお考えなのだ。卿が市井の人間ならばそれでもいい。しかし帝国の中枢にいるならば、そんな考えではダメだ」
「それは……」
「そこで言葉に詰まるな。宰相閣下がただの趣味で、ザ○ファイトなどというものを、やろうとしていると思っていたのか? あれだって戦後を見越した策だぞ。貴族の私兵としての艦隊は廃止する。その代わり、帝国軍として各星系に駐在させるおつもりだ。領地内の治安は、艦隊ではなく。地上部隊で十分になる。領民の暴動など、ザ○で十分対処可能だ。治安の象徴してのMSになる。そしてザ○ファイトを行う事で、ザ○の力を知らしめる」

 まったく。先に先に考えている宰相閣下が、目の前におられるというのに、何も学んでいない。
 これではラインハルトやジークの方がよほど物を考えている。
 あいつらは宰相閣下の片腕になる連中なんだ。
 あーオーベルシュタインに会いたい。
 あいつとなら、ぶつかる事も多かったが、まともに会話ができた。

「いいか、戦争を止めるだけなら、今すぐにでも交渉を開始すればいい。向こうが受けるか受けないかは分からんがね。ただ経済戦争で勝てると思っているほど、宰相閣下は楽観視されていない!!」
「それは市場に任せるべきことだ」
「任せた結果が、今の状況だろうがっ。無意味な自主規制。暗黙の了解。知ってたか? 帝国に娯楽や映画に関する規制はない。内務省もこの手の連中を捕らえた事もない」
「ばかな」
「なんとなく、そう思っていただけだろう。誰もがあると思い込んでいる。それを撤廃するのはどうすればいい? 強引に作らせるしかないだろう。ないものでもあると仮定し通達して、宣言するしかない。本来そういった事を、調べ、分析して宰相閣下に、進言するのが卿らの役割だろうが、仕事をサボってんじゃねー」

 そのうちこいつらではなく、アンネローゼ様たちの方が改革の旗手と、呼ばれるようになるかもしれんな。後宮から改革を進めたとか言われるようになる。
 実際、そうなりかけている。
 宰相閣下が改革を進めるために、後宮に有能な女性を集めたと噂されているんだ。
 そんな状況を恥ずかしいとは思わんのか。
 公平な税制と、法整備。政治参加だけで話が終わるほど、単純ではあるまい。
 このまま行けば、戦争は勝ったが、経済では負けたという事にもなりかねん。
 そうなれば帝国の方が経済的植民地になってしまうのだ。

「宰相閣下の持つ、危機感が理解できていないのだな。困ったものだ」

 俺とオーベルシュタインが抜けた後、こんな風になってしまっているのか……。
 ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム候がいるだけ、まだマシかもしれんが。
 負担は大きいだろうな……。

 ■宰相府 アレクシア・フォン・ブランケンハイム■

「ぱんぱかぱ~ん。わたくし、アレクシア・フォン・ブランケンハイムは懐妊しました」
「解任になるのですか? 良かったです」
「懐妊したと言っている」
「誰の子ですか?」
「皇太子殿下のこどもに決まっているでしょうがぁー!!」
「い、いたい……」

 はっ、いけない。思わず書類でアンネローゼの頭を叩いてしまいました。
 いけませんね、あまり感情を乱しては、お腹のこどもによくありませんね。

「はやく大きくなるのですよー」

 お腹を撫でつつ、言い聞かせます。

「ぐぬぬ、ガッデム」

 まあ、どうした事でしょう。
 アンネローゼの目がぎらりと光ってしまいました。
 まさか、お腹のこどもを……。
 ああ、やめてぇ~。

「あ、どうしたんだ?」
「皇太子殿下ぁ~」
「うおっ、なんだ。いったい何があった。ラインハルト、説明しろ」
「実は……」
「でんかぁ~」

 アンネローゼがまるで幽鬼のようです。
 まさに魔女のように見える。

「ああ、皇太子が捕まってしまったぁー」
「ラインハルト様、その棒読み口調はなんですか?」
「もういいんだ、ジーク。もう色々と諦めた」
「アンネローゼ様が皇太子殿下を引きずって」
「なにがあったんだぁー」
「がんばれよぉー」
「ラインハルト、助けろー」

 ああ、皇太子殿下がアンネローゼに連れ攫われていきますぅ~。
 ラインハルト、貴方の姉でしょう。なんとかしなさい。

「ラインハルト様が……笑っています。まさに冷笑!!」

 なんという姉弟。
 あ、悪魔です。ミューゼル姉弟は悪魔ですー。

「姉上は、皇太子に押しつけてしまおう。それがいい。そうするべきだ。我々が被害を受けないうちにっ!!」
「ラインハルト様は変わってしまわれた……」
「たーすーけーろー」 
 

 
後書き
恐るべきラインハルトの豹変。 

 

第26話 「文民統制」

 
前書き
皇太子殿下の自己評価はあんがい低いんです。 

 
 第26話 「ぼくの将来の夢」

 ジークフリード・キルヒアイスです。

 皇太子殿下に呼ばれ、宰相府に来てみれば、皇太子殿下しかいませんでした。
 あいかわらず窓を背に、重厚な黒壇の机で書類を見ておられます。改めて部屋の中を見回すと、意外と落ち着いた雰囲気が漂う部屋です。
 口調に釣られ、ついつい勘違いしがちですが、皇太子殿下は案外上品なお方です。
 良くも悪くも宮廷育ちなのでしょう。

「よく来た、ジーク」

 皇太子殿下はひどくお疲れのご様子。
 いったい何があったのか、わたしにはまったく分かりませんし、分かりたくありません。
 ただ一言。
 ざまー。

「言いたい事は分かるぞ。だが今日は、そんな事を聞きたい訳じゃない」

 そう言って、皇太子殿下は机の上に目を落としました。
 そこには、軍の幼年学校から回ってきたらしい書類が、置かれています。

「なんでしょうか?」

 思えば、わたし一人が皇太子殿下に呼ばれるというのも、おかしいような気がします。
 ラインハルト様は呼ばれていません。

「なあジーク。お前、幾つだ」
「十二歳です。もうすぐ十三になります」
「そっか~。もうそんなになるか、俺のとこに来て二年になるもんな」

 感慨深げに皇太子殿下が仰りました。
 わたしの年齢がどうかしたのでしょうか?

「成績は良いな。出席日数の少なさは……仕方ないか。ところで軍の幼年学校は、十五歳で卒業だ。その後どうする? 士官学校に行くか? それとも普通校に行くか? 帝国大学に進学して、経営学なんか学ぶのもいいかもな」
「いったい、どうしたというのですか……」

 突然の事にびっくりします。
 急に将来の事を聞かれてしまいました。

「そろそろお前達の将来の事も考えてやらんとな。ジークの両親は、教師になって欲しいそうだが」
「わたしの両親に聞いたのですか?」
「ああ、一本の通信で事足りるからな」

 うわ~。皇太子殿下が自ら、わたしの両親に連絡を取った?
 銀河帝国皇太子にして帝国宰相でもある方が、平民である両親の下に連絡を取る。
 さぞ父も母も驚いた事だろう。

「ラインハルトさ――」
「ラインハルトは関係ない!」

 バシッとした口調でした。
 まるで官僚や軍に命じるときと同じ口調です。
 わたしは躊躇いました。
 ですが、皇太子殿下は、

「なあ、ジーク。お前とラインハルトは同一人物じゃない。あいつはお前じゃないし、お前はあいつじゃない。いまはまだこどもだ。だからいつも一緒でもおかしくないが、いつまでも一緒という訳にはいかんぞ」
「それは……」
「ラインハルトがどう思うとかじゃない。ジークフリード・キルヒアイスがこの先、大人になったとき何をしたいのか、だ」
「わたしは……分かりません」

 宰相府に来る前は、ラインハルト様とともに、アンネローゼ様を救いたいと思っていました。
 ですが、今は何をしたいのか、それすら分からないのです。

「まあ、いい。卒業まではまだ間がある。だがちゃんと考えておけよ。時間を止めるために、時間を浪費するなよ。いいな」

 皇太子殿下の声は優しく、わたし達の事を、本当に考えてくれているのが分かります。

「はい」

 わたしはそう言うしかできませんでした。
 将来何をしたら良いのか、わたしは何をしたいのだろうか?
 これまで考えた事もなかったのです。

 ■宰相府 マルガレータ・フォン・ヴァルテンブルグ■

「このぼけーっ!!」

 怒号が部屋中に響き渡りました。
 ラインハルトの叫び声です。
 部屋に入ってきたかと思うと、いきなりです。
 いつも以上に気合の入った女装姿。化粧もばっちりでした。
 ああ、それなのに。それなのにー。

「いきなりなんだ?」
「キルヒアイスになにを言ったぁ~。すいぶん悩んでいるんだぞ」
「将来についてだ」
「キルヒアイスは、ずっと……」

 ラインハルトがそこまで言ったとき、皇太子殿下が頭をぺしっと叩きました。

「ラインハルト。お前もちゃんと、自分の将来の事を考えておけ」
「俺は軍に入って」
「お前が士官学校を卒業する頃には、戦争は終わってるかもしれんぞ。軍の規模も縮小する事になるだろう」
「幼年学校を卒業したら、すぐに」
「ラインハルト。高々幼年学校を卒業したぐらいで、一人前になれると思うなよ」
「うるさい、うるさい、うるさーい」

 皇太子殿下がパシッと再び、ラインハルトの頭をはたきました。

「軍人になりたいというなら、止めたりはせん。普通科に行って別の職業につくのも良いだろう。だが、幼年学校を卒業したぐらいで、実戦に投入させるほど、俺は甘くないぞ」
「がるるー」

 うわー。さすが姉弟。
 アンネローゼにそっくりです。
 皇太子殿下はしらっとした表情で見ているのが、がっくりです。
 あんなにかわいい子が、上目づかいで見ているというのに。
 皇太子殿下は分かってない。
 まったく分かってない。
 ぽかぽかと皇太子殿下の肩を叩いているラインハルト。
 ううー。なみだ目なのはかわいいです。

「ぶれないわねー。マルガレータは」

 エリザベートが肩を竦めました。
 なにを言うか、貴方もショタの癖に。
 ジークを嘗め回すように、見てるくせにー。

「ラインハルト、かわいいわよ」
「あ、姉上……。そのすっきりした表情は?」
「ふふっ、あーはっはっは」

 アンネローゼの高笑い。
 恐ろしい女よ。
 あれはまさしく肉食獣の笑み。

「あ」
「い、いたい」
「なにやってんだか」

 おお、皇太子殿下がアンネローゼの頭を、ぽかりと叩きました。
 両手で頭を押さえたアンネローゼも、正気に戻ったようです。
 叩いて直るとは、アンネローゼ、恐るべし。
 それはそうと問題は、ラインハルトです。
 なみだ目でジトッと皇太子殿下を上目づかいで睨んでいます。
 うむ。かわいい。

「あ、マルガレータの口元に涎が」

 なにを失敬な、きみぃー。
 失礼な事を言うものではないよ。
 ラインハルトがかわいくないとでも、言いたいのかね?

「それとこれとは問題が違う」
「皇太子殿下に、しがみついているラインハルトは、かわいいではないか」
「だから、問題が違う」

 ■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

「で、同盟は動いたか?」
「まだのようです」

 モニターの向こうで、オーベルシュタインがあいも変わらず、無表情に近い顔で言う。

「そうか、こちらの出方を見てるんだな」
「大規模な挟撃を、警戒しているようです」
「はっ、動きたくても動けない。ざまぁ~みろ」

 けっけっけ。主導権はこちらが手にしておく。
 下手に動けば、泥沼に落ち込む。
 奴らもカリカリしてる事だろう。こっちは動くぞ、と脅しているだけだからな。
 しかし動けば、八個艦隊で袋叩きに合うのは確かだ。
 さて、次の問題は、と。

「トリューニヒトは来たか?」
「そちらもまだです」
「やっぱり、なー」
「やはり?」

 あの野郎もこちらの様子を窺ってやがる。
 来るとしたら、両軍が動いた隙だろう。
 そのタイミングなら、イゼルローン攻略戦にも大規模な挟撃に対しても、無責任でいられる。移動中だったという言い訳をほざくつもりだろう。

「あの野郎はな、恥というものがない。普通の人間なら、恥ずかしいと思う事でも平然とする。その上悪びれる事もない。強かと言えば、言えるだろう。それだけにやりにくいぞ」
「罪悪感のない人間ですか?」
「まあ、そうだ。そして門閥貴族達のように愚かではない。バカじゃないんだ。頭が良くて、恥を知らず、罪悪感のない人間。どうだ厄介だろう」
「確かに、そうですな」
「したがって奴と交渉する際は、最初から妥協点を織り込み済みで、条件を提示しろ。それ以外は事務的に、だ」
「なるほど、そういう事ですか。妥協点を探りあうなという事ですな」
「そうだ。普通交渉の際は、それぞれ飲める妥協点を探りあう。しかし奴には無用だ。最初の条件が一番良い条件。それを徹底しろ。奴に手柄を立てさせるな」
「なら、複数の人間とともに話し合う。それも必要ですね」

 密室で話し合うなど、自殺行為だろう。
 とにかく奴とは、まともに話し合わないことだ。
 後は憂国騎士団とやらがフェザーンでバカをやったら、遠慮なく取り締まれ。

「フェザーンはハイネセンではない。それが分からないのであれば、自業自得と言うものだろう」

 まあどうせ、一月以内で同盟側は動くだろうがな。
 選挙が近いし。軍よりも政治家の方が焦っているだろうよ。
 けっけっけ。
 我慢比べになると、あんがい民主主義というのは弱いからなー。

「閣下は、民主共和制というものをどう思っておられるのですか?」
「うん? 専制主義も民主主義も共和制も、そんなものはただの制度に過ぎない。どれもこれも一長一短ある。俺はブラッケのように民主共和制に夢なんぞ、持ってねえぞ」

 前世では民主主義国家に生まれたが、現実なんてたいしたこたぁ~なかった。
 だからといって皇帝が暴走するのを認める気もねえが、よ。

「ああ、そうそう、オーベルシュタイン。卿にも一つ、考えておいて貰いたい事がある」
「なんでしょうか?」
「今後の貴族の子弟に対する教育だ」
「教育ですか」
「そうだ。貴族に生まれるよりも平民に生まれた方が楽。そう思われるほど、徹底的に鍛え上げる。なにせ平民達にとっては、自分達の統治者になるんだからな。むっちゃ大変だな、そう思われるぐらいでちょうどいい」
「なるほど、教育問題ですか。鍛え方を考えよという事でしょうか?」
「そうだ。ただ厳しくするだけでは、やってられるかと思うか、いじけるだけだろう。その辺りの調整が難しい、と思う」
「閣下のようにですな」
「よせ、俺なんぞ、ろくでもねえよ。俺よりマシな奴にする。まあ考えておいてくれ」
「御意」 
 

 
後書き
叩けば直るテレビのようなアンネローゼ。
いったいなんでしょうね? 

 

第27話 「冷静と情熱のあいだ」

 
前書き
あっちもこっちもみな、たいへん。
お気楽なのは皇帝陛下と茶飲み友達だけ。 

 
 第27話 「リボンの騎士?」

 リヒテンラーデ候クラウスじゃ。
 最近、わしは忙しい。
 いやいや、皇太子殿下が宰相閣下となられてから忙しかったが、それとは別の忙しさじゃ。
 アレクシアが懐妊したこともあって、陛下に報告もせねばならなかったし、アンネローゼの暴走もある。
 まさしく暴走じゃ。
 夜な夜な殿下の寝室に突撃するなど、あってはならん事だ。
 寵姫としてあるまじき事だと、愚考するものである。

「ルードヴィヒの様子はどうだ?」
「殿下におわしましては、平常どおりといったところですかのう」
「ふむ。忙しくしておるのか」
「まさしく」

 陛下とあの老人が話をしている。
 また、なにやら悪巧みを、なさるおつもりか?
 ただでさえ、お忙しい殿下じゃ。
 あまり邪魔をされては困る。
 まったく、皇太子殿下――息子に仕事を押し付けて、悠々自適な生活を楽しんでおられる陛下と、茶飲み友達。この二人が相談していると、ろくなことにはならん。

 ■自由惑星同盟 統帥作戦本部 アレックス・キャゼルヌ■

「なあヤン。お前さんから見て、あの皇太子は何を考えていると思う?」

 モニターの向こうでは、ヤンのやつがおさまりの悪い髪を、なんとか帽子に押し込めている。

「そうですね、先輩。おそらく……あまり軍を動かしたくないのだと思いますよ」
「噂通り臆病だという事は?」
「それはありませんね。あの皇太子、やるとなったら、とことんやるタイプですよ。ただ、今の段階では動かしたくないと、考えている」
「どういうことだ?」
「フェザーンを手に入れた事によって、同盟の航路図も手にいれたんです。もっと効率よく戦えるはずです。レベロ議員が常々主張しているでしょう。兵士を民間に戻して、国力回復に努めるべきだと、あれと同じですよ」
「帝国の方が先に国力回復を始めたって事か?」
「あの皇太子は理想的な専制君主です。目標を打ち立て、行動力も、指導力も、士気を鼓舞する事もできる」

 う~ん、ヤンのやつがこれほど警戒するような相手なのか?
 確かに帝国の改革を進めてはいるが、貴族たちの反発があるだろうに。

「貴族達の反発は、どうだろう?」
「残念ながら……押さえ込めます。あの皇太子は自他共に認める、皇位継承権第一位です。逆に言えば、あの皇太子がいなくなったら、帝国は揺れる。事によったら内乱すらもありえます」
「おいおい、それほどの相手か?」
「現状で、例えばフリードリヒ四世が亡くなっても、帝国はびくともしないでしょう。しかし皇太子が亡くなる事があれば、どうでしょうか? おそらく皇太子の後を巡って争いが起きるはずです。皇太子が強すぎるんです。事実上、帝国のトップですよ」

 確かにあの皇太子は強い。強すぎるといっても良いかもしれない。
 全貴族に命令を下せる。
 そして貴族達は従うだろう。けどな、今までは皇帝でさえ、貴族達の反発を恐れていただろう。
 だから、全軍を動かせなかった。
 この違いはどこから来るんだろうな。

「まず第一に、正統な皇太子である事。皇位を争うような対抗馬がいないんです。第二に、ブラウンシュヴァイク、リッテンハイムという二大派閥を抑えている事。それに平民からの支持も厚い。そして軍も押さえています。ルドルフ大帝以来でしょうね。これほどの権力を握っている皇族は」
「ルドルフ大帝か……。あの皇太子、ルドルフになるつもりなのか?」
「なりたくないと、思っているのかもしれません」
「なりたくない?」

 しかしルドルフそのものだろう。
 絶対的な専制君主なんだろう。
 それでいて、なりたくないか?

「帝国軍三長官を兼任していません。あくまで、帝国宰相ですよ。権力を自分一人に集中させようとはしていないんです」
「うん?」
「文民統制の原則を貫いています。自律、自主、自立。ある意味、アーレ・ハイネセンの説いた理想を体現しているんです、あの皇太子。同盟には皇太子と、対等な政治家はいないでしょう」
「ま、確かに、皇太子と比べると見劣りするな」
「あんな名君はそうそう現れません。そして、本人もそれを自覚している。だからこそ自分一人に権力を、集中させないようにしているのかも」
「怖いな」
「ええ、怖い相手ですよ。いうなれば、誰もが理想とする君主でしょう」
「強く、理性的で、現状をしっかりと見据え、行動する。この人の下でなら今より良くなる。そう思わせる。そんな専制君主か……」
「だからこそ、民主共和制の最大の敵と言えます」

 ■統帥作戦本部 ダスティ・アッテンボロー■

「先輩、キャゼルヌ先輩の様子はどうでした?」
「あいかわらず忙しそうだったよ」
「イゼルローン攻略戦がありますからね」

 あいかわらずですか……。
 うん。まずそうに先輩がコーヒーに口をつけている。
 紅茶党だからな、先輩は。
 どうせ、インスタントなんだから、紅茶があってもおかしくないんだが、軍はコーヒーばかりだ。
 汚職でも絡んでいるんだろうか?

「軍の伝統なんだろう。汚職とは関係ないと思うよ」
「それにしても帝国、動きませんね」
「動いてるよ。動かない事で、同盟を揺さぶってる。たいした戦略家だよ、あの皇太子」

 明確な目的を持って行動する。
 専制君主を見習えとは言いにくいが、こういうところは見習ってもらいたいもんだ。

「確かに、どっしり腰を据えて、国力回復に努め、必要な段階で必要なだけ軍を動かす。本来、文民統制とはこういう事なんだろうね」
「選挙のたびに、おろおろする政治家とは大違いだ。どっちが民主主義の政治家なんだか」
「笑えないね」
「しかし帝国は本当にフェザーンを抜けて、イゼルローンに向かうと思いますか?」

 同盟がイゼルローンを攻めると決めた途端、帝国はフェザーンに向けて貴族を送ると発表した。
 あれはイゼルローンへの援軍だと思われている。
 確かに、そうだとは思うが……。
 いったい何を目的としているんだ?

「おそらくダゴン会戦の再来だと思う。あの皇太子、イゼルローン回廊を、巨大なT字路と見立てたんだ。三方向からの包囲殲滅戦。目の前にはイゼルローン要塞。帝国側からは四個艦隊の援軍、そして同盟側からも、四個艦隊を持って包囲する。背後は暗礁空域。袋小路とはこの事だ」
「うわっ、校長は?」
「シトレ校長は気づいてるよ。だから動いていない」
「ただ、政治家達が煩いようですけどね」
「あからさまに、やろうとしている事が分かっているのに、理解できないとはそれこそ、何を考えているんだか」

 やられるのが分かっているのに、それを理解できない政治家。
 まったくどうしようもないな。
 支持率よりも、選挙よりも有権者の方が、先にいなくなるかもしれない。
 シトレ校長も頭を抱えているだろうな。

「和平交渉のチャンスなんだけどね。いや、交渉しなくてもこちらが動かなければ、向こうは無理に出征する気はないだろう」
「戦争よりも、国内改革ですか?」
「そう、そして国内改革が形になったとき、今度は経済戦争ということになるかもしれないけどね。それでも実際に戦争するより、だいぶんマシだと思う」
「戦死者がでないだけ、はるかにマシですね」

 まったく有能な敵より怖いのは無能な味方ですか。
 主戦派の声が大きいからなー。
 そういえば、憂国騎士団はここ最近、大人しいな。
 いったい何があったのやら?

 ■統帥作戦本部 ジョアン。レベロ■

「軍は大丈夫なのか?」
「大丈夫とは、どういう意味だ」

 しまった失言だった。
 シトレが椅子に座って、腕を組みつつしかめっ面をしている。
 眉間に深い皺が刻まれていた。

「帝国の動きは?」
「ない」

 はっきりとした口調だ。
 しかし苛つきが滲み出ている。

「ない?」
「こちらの動きを見ているのだろう」
「貴族の不満が、そろそろでてきても……」
「甘いぞ。今までの帝国と一緒にするな。不満を露にすれば、問答無用に取り潰せるんだ」
「反乱が起きるとか」
「起きん。いま起こるとしたら皇太子が亡くなった、とかだろう」

 やはり皇太子か……。
 皇太子一人に同盟は振り回されている。

「本当に反乱は起きないか?」
「誰が中心に立って、貴族を纏めるというんだ」
「反皇太子派とか、反フリードリヒ四世派とか、いないのか?」

 あ、シトレが呆れたような表情を浮かべた。
 私自身、馬鹿なことを言っているという自覚はある。

「反フリードリヒ派の代表であったクロプシュトック侯爵の息子が、いま宰相府にいる。帝国改革の一員として活躍しているのだ。息子を蔑ろにされん限り、皇太子に刃向かう事はないだろう」
「敵を取り込んだか」
「皇帝の子を産んだベーネミュンデ侯爵夫人も、皇太子の庇護を必要としている。皇太子には対抗馬がいない。反皇太子派といっても担ぐ相手がいないんだ」
「ブラウンシュヴァイクとかリッテンハイムはどうだ?」
「その二人は、娘だ。しかもまだ幼い。皇太子の敵ではない」
「国内に敵がいない状態か……厄介だな」
「しかもあの皇太子。出征を控えていたんだぞ。それを同盟側が出兵しようとしているんだ。二年、二年も戦争がなく、ホッと一息吐けていたというのに……。帝国側の反感は強いだろう」

 そうだ。同盟側もこのままなし崩し的に、休戦状態を続ける事ができたはずだ。
 軍需産業や主戦派の声に押される形になった。
 もし仮に、あの皇太子が帝国の民衆に「そんなに同盟が戦争したいというのなら、奴らを徹底的に叩きのめしてやれ」とでも言い出せば、いやがおうにも士気が高まるだろう。
 反戦気分など吹き飛んでしまう。
 時期を誤った。
 帝国側から手を出させるべきだった。

「それでもあの皇太子、冷静で我慢強い。実際に軍を動かしていない。こちらの動きを見ている」
「このまま出兵を見送れば……」
「帝国軍も動かないだろうな」
「白紙に戻すべきだ」
「それをするのが、政治家だろう!!」

 ■宰相府 マルガレータ・フォン・ヴァルテンブルグ■

 本日は、宰相閣下の命令によってノイエ・サンスーシで舞踏会が開かれます。
 TVやマスコミ関係者も多数、招かれています。
 私達一応寵姫たちは、最近閣下に呼ばれていた服飾関係者によって、作成された衣装を身に纏っています。
 私達は見世物ですか?
 あ、閣下がマスコミの方と、打ち合わせしているようです。
 何を話しているんだか?

「古来より、寵姫というのは流行の担い手だろう。帝国の変化を見せるにはちょうど良いと思うが」
「帝国女性が狙いですか?」
「今も昔も消費の主役は女性だろう」
「確かに、その通りでございます」
「音楽も今までの重厚な感じではなく明るめにだ。一応、皇室主宰だからな。軽すぎても困るが、重すぎてもダメだ」
「う~む」
「料理もお菓子を主題とする。平民でも手が出るようなものが良い。所詮お菓子だからな。多少懐に痛くても、出せないって程でもない金額だ」
「なるほど。ところで、皇太子殿下のお好みは?」

 むむ。確かに皇太子殿下の好みは気になる。
 アンネローゼの耳が大きくなっていますね。彼女、お菓子作りが得意なんですよ。
 意外な取り柄かも?

「俺の好みか……エルトベアザーネトルテかヘレントルテだな」
「ほほう。中々おもしろいですな」

 これまた両極端な。
 エルトベアザーネトルテって、いちごのトルテですよ。ぶっちゃけいちごのショートケーキ。
 ヘレントルテはワインをたっぷり使ったトルテだし、皇太子殿下の二面性ですねー。
 うわっ、アンネローゼの目がぎらりと光ったぁー。
 怖いから肉食獣のような目はやめて。

「姉上、わたしはチョコレートの方が好みです」
「はいはい」
「うわっ、なんておざなりな」

 うん? 皇太子殿下がこちらを見ましたね。
 どうしたのでしょうか?

「ラインハルト。ちょっと来い」
「なにか嫌な予感がする」
「きっと、女装して出ろって言うんじゃない?」
「マルガレータさん、いくらなんでもそれは……」
「別に女装しろとは言わんから、来い」
「皇太子殿下もそう言ってますし、行ってきます」

 女装せずに済むと、ラインハルトが喜んで向かいました。
 ううー残念。
 見たかったなー。
 と思っていたら、ラインハルトのええっーという声が聞こえてきました。
 なになに? どうしたの?
 興味が湧いてきました。そそっと忍び足で近づきます。

 ふむふむ。ほほー。貴族の子供達と一緒に、テールコート型のジャケットに簡略化したゲートル。昔の軍隊の儀礼服ですねー。を着ろと。
 おおー。それはそれでかわいいかも。
 ブラウンシュヴァイク家のエリザベート様とリッテンハイム家のザビーネ様は、白い花柄のワンピースにブーケときますか?
 幼い女の子ですから似合うでしょうね。
 うむ。かわいい。

「マルガレータがショタだけでなく、ロリにもなった?」

 だーかーらー。エリザベート。
 失礼な事を言わないで下さい。

「本当の事でしょう」

 がぁ~っでむ。
 わたしの周囲の人々はろくでもありません。

「お前が言うなっ」

 なぜでしょう、みなの声が揃ってしまいました。 
 

 
後書き
ヤンが登場しました。 

 

第28話 「帝国の現状」

 
前書き
あれっ? 会議室だけで終わってしまった。 

 

 第28話 「どん底の人々」

 リヒテンラーデ候クラウスである。
 本日はブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム候、クロプシュトック候、ゲルラッハ財務尚書、カール・ブラッケ達、事務局の面々。
 そしてわしが揃って、宰相府に呼び出された。
 集まったのは会議室じゃ。
 天井の高さは二階分。窓辺にはステンドガラスが、天井近くにまで取り付けられておる。
 モチーフは竜退治の英雄の姿。
 優美なU字型のテーブルの奥には、皇太子殿下が古風な黒壇のデスクに両肘を載せ、身を乗り出した格好で我らを見つめていた。
 窓を背に座っておられる。逆光になっているため、シルエットしか分からぬが、いつもの儀礼服ではなく、高級そうなスーツを纏った実業家といった風情じゃ。

「卿らに集まってもらったのは、他でもない。今度の帝国の統治に関する方針を、伝えるためだ」

 両手を合わせ、親指を突き出した姿勢。
 親指に顎を乗せたまま、皇太子殿下が話し始めた。
 空いたいくつかの席の前には、モニターが置かれてある。
 そこに映っているのは、フェザーンにおる連中と辺境にいる貴族達だ。
 アンネローゼなどの寵姫たちが、我らの前にコーヒーを配ってゆく。それを見届けた殿下が再び、口を開いた。

「前もって言っておくと、各有人惑星を統治するのは、貴族だ。貴族がそれぞれの領地を、統治していく事になる。それは今までと変わらない」

 ガタッと椅子の軋む音が聞こえた。
 ブラッケが血相を変えて、立ち上がろうとしておる。

「黙って座ってろ。意見があれば、後で聞こう」
「貴族が……」
「黙ってろと言ったぞ!!」

 皇太子殿下に睨みつけられたブラッケが、顔面を蒼白とさせ、椅子に座り込んだ。
 意見は後で聞くと言われたじゃろう。
 こういう時は大人しく耳を傾けるものじゃ。

「平民たちに、それぞれ代表者を選ばせて、統治させようか。それとも政府から管理者を派遣しようかとも考えたが、二つの理由から止める事にした」

 そこまで言って皇太子殿下は我らを見回した。
 モニターの向こうでは、シルヴァーベルヒがあごを擦って、興味深げに見ておる。オーベルシュタインはなにやら考え込んでおり、辺境の貴族に至っては、うんうんと頷いておった。

「まず第一に、オーディンと辺境では教育に格差がある事。今の段階で代表者を選ばせても、中央に近い連中に、いい様にされて終わりだろう。それは拙い」

 確かにその通りじゃ。
 はっきり言って、オーディンにある帝国大学と、辺境の学校では格差がありすぎる。いや、そもそも辺境には、高等教育を行う大学はないじゃろう。有っても農業、工業系ぐらいか……。
 政治関係はなかったはず。

「今から教育に力を入れても、まずは学校を建て、教師を呼び、教育を施す。いったいどれぐらいの期間が必要だ? そこまでの余裕はないだろう」

 辺境の貴族達が頷いている。
 彼らからしてみれば、現状通りなのだろう。はい、そうですかと平民に権利を与え、代表者を選ばせてもうまくは行かない。それが身に沁みて解っているらしい。

「次に管理者を派遣するという話だが、これはそのまま中央と辺境の争いになる。理由は先ほど、言った通りだ。それに統治に失敗しても、しょせん官僚だからな。失敗が即、収入に直結する貴族とは違って無責任になりがちだ。別の収入があるやつにさせても、今一、必死にはなりきれん。よってこれも却下する」

 ふと気になって、ブラッケの方に目をやると、泣きそうになっておる。
 やはり夢を見ておったのじゃな。平民に権利を与えれば、全てうまくいく。そんな夢のような事が現実にあるものか。
 むしろブラッケ以外の事務局の連中は、真摯に受け止めているようじゃ。結構結構。

「ただ、平民達にも政治には参加してもらう。統治者である貴族は、領地の平民達から選ばれた代表者および専門家たちと協議を行い、政策を実行に移す。惑星単位ではあるが、平民達に自分達の代表を選ばせる。今でも平民達の中心になる奴がいるだろう? そいつらを正式に任命する事になる」

 思わず息を飲んだわ。
 平民達の中心人物を取り込むお積りじゃ。そうなれば平民達も自分達の意見を言う事ができよう。貴族も無視はできまい。その上で統治に協力させる。不平不満は、貴族よりもまず、自分達の代表者に向かうであろう。

「まず、ここまでで何か意見はあるか?」

 皇太子殿下が席におる者たちをぐるりと見た。

「宜しいでしょうか?」

 真っ先に手を上げたのは、オイゲン・リヒターじゃった。

「許可する」
「ありがとうございます。閣下は平民達に政治参加をさせると仰いましたが、今の段階では政治的発言というよりも、貴族へお願いするだけになると思われます。それではとても政治参加とは言えないでしょう」

 リヒターはまっすぐ皇太子殿下を見つめている。
 なかなか良い眼光じゃ。

「残念ながら、そうなるだろうな。しかし自分達の要望を述べる場ができた以上、遠からず意見を述べるようになると思うぞ。人間というのは強かなもんだ」
「しかし貴族による報復、いえ弾圧を恐れて、何も言えないのでは?」
「絶対にないとは言えんな。バカはどこにでもいる。だが正式な代表者である以上、政府に訴える権利を持つ。その時には調査が入る事になるだろう。そして調査は平民が行う」
「はあ~っ?」

 思わず、わしを含め、部屋の中にいた者たち全てが、声を上げたわ。
 すると何ですか?
 統治は貴族。そして平民の代表者と協議。しかし事が起きれば、平民の調査が入る事になる。
 いささかそれは貴族の方に、不利になりすぎではありませんかな?

「いいかよく聞け。統治は貴族が行う。平民は意見を述べる。問題が起きれば、平民の調査が入るが、最終判断は、皇帝もしくは帝国宰相が行う」

 ふむ。最終的に皇帝の意志が判断、決定するのか。
 一番上は皇帝陛下という事か……。
 正統な統治者と正式な調査団。この両者の意見を判断、決定せねばならぬとは、皇帝は強くなければならぬな。意志薄弱では為せぬ事よ。

「基本的には法に則って判断するが、どうせこの手の事は、利害のぶつかりあいだ。訴える権利を持つ者を、一方的に弾圧を加えられるほど、これからの帝国は甘くない。それでもなお不当だと訴えるのであれば、調査が入る。貴族の側も専門家に依頼しても良い。同じ事柄を違う目線から見た場合、様相も異なるだろう。その結果、判断は皇帝にさせる」

 それができぬほど、弱い皇帝など取り替えてしまえ、か。
 それは幼くして即位せねばならなかった皇帝の、後見人にも同じことが言える。

「それができねば、後見人の資格もない」

 皇太子殿下のお考えは、厳しい。
 まず第一に帝国を背負う覚悟を持て、と仰っているのだ。
 それができなかったから、今の帝国の有り様になった。
 皇帝も意識改革をせねばならぬのだ。

「閣下」

 冷静な声が部屋の中に響いた。
 声の主はやはり、オーベルシュタインか。

「宜しいでしょうか?」
「許可しよう」
「では、この様な重大な案件は、一度各自で思考を巡らさねば、答えようもございません。意見の返答は次回にさせていただいても宜しいか?」
「なるほど、卿の意見には聞くべきものがある。俺も少し先走りすぎたな。次回までに意見を纏めておくように。他の者にも命じるぞ」
「御意」

 辺境の貴族達も、ホッとしたような表情を浮かべておる。
 基本的に皇太子殿下の意見に賛成しようが、平民達にも聞いてみなければ、ならぬな。

「では、次だ。こちらも厄介だぞ」

 皇太子殿下が再び口を開いた。
 部屋の中の誰もが緊張しておる。わしとても何を言い出すのかと、戦々恐々じゃ。

「帝国には現在、多数の農奴がいる」

 ふむ。農奴問題か……。
 これもまた厄介じゃのう。

「農工業の効率化を目指すとなれば、農奴たちの身の振り方を考えねばならん。ブラウンシュヴァイク公」
「はっ」

 皇太子殿下に声を掛けられ、公爵も緊張しておるわ。

「公のところにも、農奴は多数いよう。農業、工業を効率化、機械化した際、農奴は必要か?」

 必要かと問われるか?
 うむ。必ずしも必要とはいえぬ。農奴とは基本的に単純労働者じゃ。

「必ずしもいるとは限りません」
「では効率化をした際、大量の失業者が増えるな」

 そうか、農奴を解放すると、大量の失業者を生み出してしまうのかっ。
 ゲルラッハが顔面を蒼白とさせておる。失業問題は、財務尚書としては見過ごせんか。

「人口の少ない惑星に移住させるとしても、現状でさえ、食糧問題は起きていない。むしろ余っているぐらいだ。戦争で大量消費しても、な」
「確かに、効率化してさらに大量の農産物ができたとしても、むしろ余剰となり、値崩れを起こします」

 ゲルラッハが真剣な面持ちで言う。
 う~む。効率化も一概に正しいとは言えぬか……。
 厄介じゃのう。

「エタノール化して代用エネルギーにしても、消費量よりも生産量の方が多いかもしれん」
「突き詰めれば、人口問題に行き着きます」
「財務尚書の言うとおりだ。人口が少ない。これが最大の問題である。他の問題はこれに比べれば、たいした事はない」
「出産を奨励しても、戦争による人口低下、徴兵問題の所為で、出産率が低くなっております」
「どうせ、戦争で取られるんだから、産まなくても構わない。そう思う女性も多いという事だ。百五十年も戦争してりゃあ~そうなるだろうな、むしろ今まで、よく持ったもんだ」

 事務局の連中が頭を抱えている。
 連中は農奴の教育問題だと、考えていたのじゃろう。
 わしもそうだと思っておった。
 しかし皇太子殿下は、人口問題だと仰る。
 生産量、生産品質を向上させても、消費者が少なければ、意味がない。
 これは同盟側も同じじゃろう。

「ただし、農奴解放を行えば、一時的にではあれ消費者は増えるし、人口も増えるだろう。今まで結婚すら考えもしなかったような連中だ。できるとなればするだろう」
「やりますか?」
「やるさ。どうせ今まで、何もできなかったんだからな。できるうちにやろうとする。そして兵士の一部を民間に戻す。男女比が著しく偏っているからな。結婚できない女性も多いんだ」

 結婚できない女性。
 帝国は女余りじゃ。男性が戦争に取られ、少なくなっておる。
 男が戻ってくれば、結婚できる女性も増える。そうなれば少しは出生率も増えるじゃろう。

「今のうちに再び、休戦状態に持っていきますか?」

 シルヴァーベルヒが口を挟んできた。

「そうすると、同盟側も国力を回復させようとするだろう」
「リッテンハイム候の言うとおりだ」

 ブラウンシュヴァイク公が言う。

「同盟を引っ張り出して、叩いておく必要がありますね」

 クロプシュトック候の息子、ヨハンも言い出す。

「同盟側の一〇個艦隊のうち、半数は叩いておきたいな」
「主戦派を煽りましょう。あいつらを煽って見せます」

 シルヴァーベルヒの言葉に、オーベルシュタインも頷いておる。
 この二人、意外と相性が良いらしい。

「やるか?」
「やりましょう」

 皇太子殿下の問いに、シルヴァーベルヒがにやりと笑ってみせる。
 不敵な笑みじゃ。
 皇太子殿下もそうじゃが、こやつも人を食ったところがあるわ。

「では、二年のうちに同盟側の宇宙艦隊を半数は叩く。そしてその間に、帝国は農奴解放と兵士を一部民間に戻す。そして産業の効率化と、出生率の向上。それらは五年を目処にする」
「御意」
「ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候は、帝国の効率化を担当してもらう」
「はっ」
「クロプシュトック候には平民の政治参加を、辺境の貴族達とともに担当してもらおう」
「畏まりました」
「事務局の連中には、ゲルラッハとともに農奴解放とその身の振り方、および法改正」
「御意」
「フェザーン組は同盟を引っ張り出してもらおうか」
「任せてください」

 うむうむ。楽しくなってきたわ。
 基本方針を伝えた事によって、各自やるべき事を認識したようじゃ。
 はて? わしはどうするのじゃ?

「卿は、対ばか親父だ。聞いたぞ、またろくでもない事を考えているようだな」
「知っておられたのか?」
「まーねー」

 それにしても皇帝陛下の事を、バカ親父呼ばわりとは、皇太子殿下以外にはできぬ事よ。
 残念でしたな、陛下。すでに悪事は露見しているようですぞ。 
 

 
後書き
舞踏会のシーンを入れ損ねた。
ラインハルトとフレーゲルの再会とか、ネタはあるのに……。 

 

第29話 「舞踏会という名の物産展」

 
前書き
台風がー。 

 
 第29話 「ああ無常」

 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムです。
 
 給料はなく。
 休みもなく。
 毎日毎日、来る日も来る日も、朝から晩まで働きづめ。
 朝は朝駆け。
 夜は夜駆け。
 帝国宰相と言えば、聞こえは良かろうが……。
 帝国宰相府という名の、ブラック企業に勤めているんだが、俺はもう限界かもしれない。
 つ~うか、心が軋みを上げてるのに、まだ限界じゃない。
 まだいける。
 いけるのだ。
 感覚が麻痺してきたのか、それとも壊れていたのか……。
 まだ限界って訳じゃない。
 それが問題だ。

 給料ねえ。休みもねえ。庭先に時々鳥が来る。予定もねえ。遊びに行くような友達もねえ。
 寵姫は部屋をぐ~るぐる。
 たまに来るのは陳情書。
 おら、こんな生活いやだ。

「殿下? なに歌っているんですか?」
「うう~。もう書類の山を築く生活はいやだ」

 賽の河原の石積みか……。
 一つ積んでは、父のため。
 二つ積んでは、母のため。
 寵姫という名の、鬼がやってきて、書類を崩していく。
 ひどい、ひどいわ、あんまりよ……。
 泣くぞ。

「ええい、泣いてないで働け。馬車馬のように働くのだ」

 ラインハルトが書類で、ばしばし叩いてくる。
 ひどい奴だ。

 ■ミッターマイヤー邸 ウォルフガング・ミッターマイヤー■

 先日開催された、宰相閣下主催の舞踏会の放送を、エヴァと一緒に見ている。
 帝室の舞踏会というと、以前なら苦々しく思ったものだったが、宰相閣下主催ともなると、俄然興味が湧いてくる。
 あのお方がただ単に、贅沢のための舞踏会など、開催されるはずがない。
 しかも帝国全土に放送されるのだ。
 いかなる政治的思惑があっての事か、宇宙艦隊内でも、噂になっていた。

「まあ~あのケーキ、最近話題になっているものです」

 エヴァがはしゃいだ声で話してくる。
 他にも寵姫の着ている衣服や、並んでいるワインなど、俺には分からないが、エヴァには分かるらしい。いちいち驚いたりしているようだ。

「帝国には2千以上の惑星があるのですから、毎年どこかしらの惑星で、ワインの当たり年があってもおかしくないですよね」
「あ、ああ確かに」

 当たり年だというワインがずらりと並ぶ様は、壮観であったが、内心過大評価だと思っていた。
 しかしエヴァの言う事に、確かにその通りだと理解できた。
 二〇〇〇以上の惑星。
 しかもその中でも、ワインの産地は一つではない。
 毎年どこかしら当たり年がある。確かにそうだ。
 だが今までそんな事、考えた事も無かった。
 当たり年というと四百十年物。そういう思い込みがあったらしい。
 そして各惑星の特産物が並べられる。聞いた事もないようなものも多かったが、エヴァはうんうんと頷いていた。
 こういう事は男よりも、女性のほうが反応するものらしい。

「えっ?」

 そんな事を考えていると、エヴァが驚いた声を上げたので、画面を見るとコマーシャルだった。
 しかも女性の下着だ。
 まさか帝国でこの様なコマーシャルが流されるとは……。
 自主規制があったのでは?
 規制緩和をすると開催の挨拶の際、宰相閣下が仰っていたが、なるほどこういう所でも、規制の緩和が為されるらしい。

「はぁ~寄せてあげるのですか?」

 ぼそりとエヴァが呟いた。
 興味津々らしい。だが俺は視線を逸らしてしまう。エヴァの手前もあるし、興味があると思われるのもまずい。
 その後は最近始まったというドラマの宣伝だった。
 伯爵家令嬢とその幼馴染の平民。そして令嬢の婚約者である子爵の三人を絡ませた、恋愛ものだそうだ。毎日昼過ぎに放送されていて、エヴァも見ていると言っていた。
 今日の放送では、辺境で財を築いた幼馴染が、オーディンに帰って来るという、話の流れだったらしいが、その途中で令嬢の父の手によって、兵役に取られてしまうというものだったそうだ。
 エヴァがぷりぷり怒っていた。
 子爵も宰相府! に入って活躍する予定だそうだが、令嬢の周囲は寂しいものになってしまう。
 そこに現れる第三の男。
 女性が好きそうな話だ。
 しかしドラマの中の宰相閣下は、もの凄く上品でかつ鋭利な方だった。
 本物を知っている身ともなれば、首を傾げるような場面も多々ある。ただ、ドラマの俳優よりも本物の方が、意志は強そうだった。
 線の細い優男ではないのだ。宰相閣下というお方は。

「最近よく見かけるのですが、あのお方は?」
「うん?」

 エヴァの問いかけに、画面をよく見ると映っているのは、ヨハン・フォン・クロプシュトックだ。クロプシュトック侯爵家の子息で、宰相閣下の下に召還されてきたそうだ。。父親のクロプシュトック侯爵と皇帝陛下の間には、諍いがあったそうだが、宰相閣下はそんなものは関係ないとばかりに、呼ばれたそうだ。
 俺がそう言うと、エヴァは……。

「宰相閣下は豪胆な方ですね」

 と感心したように頷いた。

「なりふり構っていられないほど、帝国の現状とは厳しいものなのだろう」
「宰相閣下のお体が心配です」
「大丈夫だ。あのお方は鍛えておられる」

 俺も鍛えていた方だが、宰相閣下もかなり鍛えておられるのが分かる。
 筋肉質だしな。書類の詰まった箱を軽々と持ち上げて運ばれるのだ。あれを見たら、いったいどこの誰が、宰相閣下は軟弱だと思えようか?

『巨大な汎用人型機動兵器ザ○』

 ナレーションの声にハッと顔を上げると、ザ○の巨体とザ○ファイトという文字が、画面一杯に映し出されていた。

「これが見たかったんだ」
『巨人が戦う。それだけで壮観だ。現在準備が進められている、ザ○ファイト。
 本日はそれに先立ち、デモンストレーションとして、二機のMSが戦います』

 ザ○のモノアイが赤く光った。
 そして映し出されたのは、どこかの惑星の荒野。
 土埃の舞う中を、三機のMSが近づいてくる。
 一機は、四枚の羽を持った機体。

「あれは宰相閣下の専用機。確か……クシ○トリアと言ったか?」

 まさか宰相閣下が戦うのか?
 いや、宰相閣下は舞踏会の会場におられる。
 審判役か……。
 宰相閣下の専用機を、審判に持ってくるとは中々やるものだ。
 審判の判定は宰相閣下というよりも、皇室の権威を背負っているという、無言の了解を得られる。

「見てください。あれはギ○ンではありませんか?」
「そしてこっちはア○ガイか」

 古の甲冑を思わせるシルエットを持つギ○ンと、きのこのような形をしたア○ガイが、クシ○トリアの左右に姿を現した。

『我こそは帝国の騎士』
『俺の拳がぁ~』

 うん? はて、どこかで聞いたことのあるような?
 誰だ?
 ギ○ンが剣を高々とあげ、ア○ガイは両手の爪を開いたり閉じたりしている。

「もしかしてビッテンフェルトさん?」
「アーッ、あの猪かっ」

 あいつ……なんでア○ガイに乗ってるんだ?
 そしてもう片方は誰かと思えば、ケンプじゃないか? そういえばあいつ元、撃墜王だったな。
 その関係か?

『ザ○ファイト』

 呆けているうちに、試合が始まった。
 ギ○ンの剣をすり抜け、ア○ガイが懐に飛び込む。

「うまいっ」

 左手の爪を開いてギ○ンの顔を覆った。
 そして右手で、腹を突こうとする。

「蹴られちゃいました」

 ギ○ンに蹴られたア○ガイが地面に転がる。
 そのどこかユーモラスな動きに、笑みがこぼれた。隣のエヴァも口元を手で覆っている。
 金属同士の軋む音が、耳に響く。地響きと揺れる大地。そしてその足跡。
 まるでスタンプのように、くっきりと残されるへこんだ跡に、画面で見ていてもMSの重量を感じさせる。
 横殴りに振るわれた爪が、ギ○ンの足を狙う。
 ぎこちなく剣を振るうギ○ン。
 めちゃくちゃに殴りかかるア○ガイ。
 これではまるで……。

 ■舞踏会会場 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

「……ガキのケンカだ。だが、それがいい」

 そうだ。これでいい。
 あの二人を模擬戦のパイロットに選んだのは、こうなるだろうと想像できたからだ。
 キルシュバオム少佐とヴルツェル大尉ではダメだ。
 あいつらは強すぎる。
 奴らほどの操縦技能を持つ者は少ない。卓越した技能の織り成す戦いを魅せようかとも思ったが、素人に毛の生えた連中同士を戦わせることに決めた。
 見ている貴族や平民の中に、あれぐらいなら俺でも、私でもできる。
 そう思わせることが先決だ。
 あまり上手すぎても、気後れするし。参加する連中も増えないだろう。
 それでは困る。
 卓越した技術だけなら、四、五回もやれば、現れて来るものだ。

「それに……」
「それに?」

 隣にいたアンネローゼが、聞いてくる。

「ザ○ファイトは戦争ではない。試合だ」

 楽しくMS同士の試合を眺めていると、ぺしぺしと誰かが俺の背中を叩いていた。
 うん、誰だ?
 ふりかえるとベーネミュンデ侯爵夫人に、抱きかかえられていたマクシミリアンが、小さな手で俺を叩いていた。

「こ、こらマクシミリアン。お兄様を叩いたりしてはダメでしょう」

 侯爵夫人が慌てて、マクシミリアンを抑えようとしていた。
 こいつも大きくなったな。もう一歳だもんなー。
 くりくりっとしたつぶらな瞳が、俺の事をジッと見つめている。人差し指を突き出すとしっかりと握ってくる。まるまるっとした小さな手。
 だが力強い。一生懸命になって握り締めてくる。
 こいつもまた、必死に生きようとしているのだな~。

「元気だな」
「申し訳ありません」

 ベーネミュンデ侯爵夫人が詫びてきた。
 こどもを思う母の姿だ。マクシミリアンが、俺に睨まれるのを恐れているのだろう。
 まあひとつやふたつの赤子の粗相に、目くじら立てるほど、俺の心も狭くない。
 頭をひとつ撫でて、再び前を向いた。
 画面の向こうで、ア○ガイの爪が剣を弾く。
 まさかっ!!

『シャ○ニング――』

 あれをやる気か、そしてそんな機能まで、つけやがったのかぁ~。
 液体金属なんぞ、どっから持ってきやがったっ!!
 あれか、イゼルローンかっ?

『――フィンガー』
「避けろ」

 思わず声が出た。
 ギ○ンが剣を盾に、かろうじて避ける。
 うぉっ、剣が砕かれた。
 うわぁ~威力が強すぎる。調整させねばならんな。
 このバランスブレイカーが。
 SGの世界ではないのだよ。SGの世界では。

「あ、ギ○ンが、ア○ガイを殴りました」
「きっと、中の人が怒ったんだろうな」

 今頃、中で毒づいている事だろう。
 宇宙艦隊内で、殴り合いのケンカでも起きなきゃいいが……。
 頭を抱えたくなった。

 ■ザ○ファイト試合場 アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト■

「卿ら二人とも、抑えろ」
「やかましい。この猪を退治してくれる」
「なにを言うか、俺は真面目に戦っているだけだ」

 三機のみで繋がる通信では、口汚く罵りあう声が、響きあっていた。
 近くで待機していたMS開発局の人間が、放送が終了した事を伝える。
 それと同時に、

「下りて来い」
「おう、やってやろうではないか」

 と言い合う声も聞こえてくる。

「お疲れ様でしたー」

 お気楽な開発局員の声。
 局員の差し出すコーヒーを受け取りつつ、宰相閣下は人選を誤ったのではないか、と問う。

「いや~案外、面白がっているかもしれませんよ」
「そういう物か?」
「綺麗な試合をさせるだけならば、最初からMS部隊の人間にやらせるでしょう。人選は宰相閣下が、ご自身で選ばれましたからね」
「こうなる事も織り込み済みか」
「でしょうね」

 罵りあう二人を見ながら、この話に乗ったのは失敗だったかと少し後悔した。
 頭を抱えたい気分だ。

 
 

 
後書き
イタリアンを食べに行って、スペアリブを注文したら、
ぶりの照り焼きを食べてる気分になった。
味付けそっくり。 

 

第30話 「合成の誤謬」

 
前書き
貴族に大人気なのは実はギ○ン。
そのうちシナンジュを出してやろうと思う。 

 
 第30話 「後世の歴史家を悩ませるお方」

 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム。
 ゴールデンバウム王朝を研究する者にとって、ルドルフ大帝についで、よく目にする名である。
 ルドルフは神聖不可侵という存在を自認し、銀河帝国を創建した事による。
 だが、ルードヴィヒが有名であるのは、その偉業のみならず、これほど不可解な皇帝は、ゴールデンバウム王朝でも唯一といってもいい為である。
 ゴールデンバウム朝にあっては、
 流血帝。
 残虐帝。
 などと呼ばれる者もいたが、彼らは一様に治世においても、その性向は一致している。
 すなわち残虐性と血を好むという悪癖である。
 無論、名君と呼ばれる者も同じであった。
 晴眼帝は、その治世と性向が一致している。
 治世の名君、後宮の凡人と呼ばれる者もいるが、彼らにルードヴィヒほどの謎はない。

 ところがこのルードヴィヒ皇太子(当時)は寵姫を集めると、彼女らに帝国改革を手伝わせ、大胆な軍改革にも乗り出し、さらには経済関係にも着手するという行動をとる。

 ここで多くの者が頭を捻るのである。
 寵姫を集めるのは分かる。
 帝国改革も、問題が山積みしていた当時にあっては、理解もできる。
 軍関係も経済関係も理解の範囲内だ。
 分からないのは、なぜそれを寵姫に手伝わせたのか?
 という、部分だった。

 女性研究者の中には、後宮からの改革と、主張する者もいるが、改革の始まりであるブラウンシュヴァイク公爵、リッテンハイム候爵との会談は、寵姫を集める前だ。
 アレクシア・フォン・ブランケンハイムの存在を指摘する者も、彼女の存在が改革を行わせるものになったとは、証明できずにいる。
 やはり定説通り、ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム皇太子(当時)が自ら立ち上がり、その後で彼女らを集め、改革に乗り出したと見るべきだろう。
 そこで、誰もが悩む問題に突き当たる。

 なぜそれを寵姫に手伝わせたのか?

 という謎である。
 これは今も解明されていない。

 そしてこれ以外にも、多くの謎が残されている。
 その際たるものは、銀河帝国成立いらい、銀河帝国、自由惑星同盟、フェザーン、地球とあらゆる勢力がルドルフ的なものに呪縛され、その脱却、もしくは打倒を意識的無意識的に、目標としていたが、この時代にあってルードヴィヒのみは、その呪縛に囚われていない。
 行動、思想、選択において克服する対象としてのルドルフを、まったく持っていないと思われる節が多々見受けられる。
 これは父親であるフリードリヒ四世とは対照的である。
 フリードリヒ四世は、弱い皇帝であったと評価されている。
 では、なぜ弱いとされたのか?
 仮にも銀河帝国皇帝である。貴族達に対して命令を下される立場にある。貴族が公然と反抗すれば、取り潰せる立場にあった。それは貴族達ですら分かっていただろう。
 にもかかわらずルードヴィヒのような強権を振るう事はなかった。
 現在の研究では、見る目、批評眼を持っていたとされるフリードリヒ四世だが、強権を振るった後、新しい帝国のあり方。ルドルフ的なものから脱却したのちの帝国を創設しえない事を、自覚していたからではないだろうか?
 皇太子(当時)が改革に乗り出した際、フリードリヒは完全に、息子であるルードヴィヒに全権を委譲している。
 皇帝と皇太子は権力的な意味において、対抗し、敵対する存在ともなりえるのだ。
 にもかかわらずフリードリヒ四世は、権力を委譲しているのだ。
 これは見る目の有ったフリードリヒ四世にとっては、ようやくルドルフ的なものを刷新しえる人物が現れた事を認識できたからだと思われる。
 それが自分の息子である事に、フリードリヒ四世は唯一の廷臣ともいうべき、グリンメルスハウゼンにのみ、喜びと共に漏らしている。
 その観点から見れば、克服、脱却する対象としてのルドルフを、持っていないルードヴィヒの再建した銀河帝国は新銀河帝国と呼ぶべきものであり。
 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムは新銀河帝国の初代皇帝とも言えるのである。
 ルードヴィヒ即位以前と即位以後では、明らかに違う帝国を見ているようだ。
 もっともルードヴィヒ以後の帝国はルドルフ的なものではなく、ルードヴィヒ的なものに呪縛されていく事になったのは、歴史の皮肉とも言えるだろう。
 そしてルードヴィヒ以後の帝国は、ルードヴィヒ的なものからの脱却を目指す事になっていく。
 
 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムとは、銀河帝国の皇帝の中で、もっとも不可解な皇帝の名前である。
(とある歴史家の著書より抜粋)

 ■宰相府 クラリッサ・フォン・ベルヴァルト■

「はい、やり直し。訂正を要する」

 はあ~また、カール・ブラッケさんの持ってきた法案を、宰相閣下が突き返してしまいました。
 内容までは、難しくて私には分からないのですが、宰相閣下はお気にいらないようです。
 もう何度目でしょうか?
 今度こそはという感じで、持ってくるのですが、一瞥しただけで突き返しています。

「あの~差し出がましいですが」
「うん?」
「宰相閣下はどこが気に入らずに、読みもせずに突き返すのですか?」

 あれでは、さすがにカール・ブラッケさんが、かわいそうになってきました。

「はるか昔の事だが、女性の服装における運動が起こったことがある」
「はい?」
「まあ聞け。奇抜な、その当時としては奇抜と思われていた服装をしていた女性が、入店を断られたとして、とあるホテルを訴えたんだ。まあ裁判では負けたわけだが、その後で新聞やら本やらでホテル側を散々貶した」
「それとカール・ブラッケさんの法案と関係があるのですか?」
「あるんだ。その記録を読んだときに、もし仮に俺がそのホテルの経営者だとしたら、どういう判断をしただろうかと、考えた」
「ふむふむ。それでどう考えられたのですか?」
「経営者が入店を拒否したのは、常連客が嫌がったからだ。その時、経営者は二つの選択を迫られた。まず奇抜な服装をした女性を受け入れて、常連客を失うか? それとも奇抜な服装の女性を拒否して常連客を、引き止めるかという選択だ。クラリッサならどっちを選ぶ?」

 う~ん、どうしたでしょうか?
 でも、その奇抜な服装をした女性を受け入れても、その女性が常連客になってくれる可能性は低そうですね。だったら……今いる常連客を失うのは痛いです。

「私も拒否するかもしれません。常連客を失うのはお店にとっては、死活問題でしょう」
「そうだな。結局のところ、自分の趣味嗜好を受け入れろ。だが受け入れた結果、お前らがどうなろうが、こっちの知ったこっちゃない。そういう態度が見えてるんだ。で、訴えた女性は貴族らしいぞ。拒否したのは平民だ」
「うわー」

 貴族の横暴ですよ。それっ。
 平民をいじめてるだけじゃないですか?

「それでブラッケの持ってきた法案も、同じなんだ。自分はこう思う。こうである筈だ。だがその法案を執行したとき、どうなろうが知ったこっちゃない。そういうのが透けて見える。いや、そこまで考えても、気づいてもいないのかもな。フォンを外しても、根っこは貴族ということだ」

 だから訂正して来い。と突きかえしている訳ですか?
 読みもしないという事は、チラッと見た部分だけでも、それが透けて見える。その部分を変更していないし、気づいてもいない。
 だからダメ。
 内容の良し悪しは、その次の段階ですか?

「まーねー。いいかげん気づいても、良さそうなんだが……」
「案外、ブラウンシュヴァイク公とかリッテンハイム候とかの方が、先に気づいてしまうかもしれませんね」
「大貴族の方が気づいて、改革を主張してる方が気づかないとは、皮肉だよな」
「そうかもしれませんね」
「良かったよ。ブラウンシュヴァイク公が、あいつらを引き合わせてくれて。気づかないままだったら、いつも間にか法案を決める部署にいて、知らないうちにヘンな法案を通されていたかもしれん」

 宰相閣下が安堵のため息を漏らしています。
 ご心痛お察しします、と言いたいところですが、私如きが口にするのは、身分上まずいのです。
 本来であれば、直答すら許される身分ではないのですから。
 後これは、ラインハルトくんとかジークくんなどは、分からないのでしょうが、殿下は身分。閣下は役職にかかる敬称なのです。
 寵姫であるアンネローゼ様などは、基本的に殿下です。軍関係者や事務局の方は閣下になります。もちろん何事にも例外があって、付き合いの長いリヒテンラーデ候などは入り乱れていますね。シルヴァーベルヒさんなども、性格からか、殿下と呼んだりしてるようです。
 ふてぶてしいですからね。シルヴァーベルヒさんは。
 ただ、どうお呼びしていいのか分からない場合は、殿下とお呼びしているようです。
 基本的に皇太子殿下と呼んでおけば、間違いないですから……。

 ■ノイエ・サンスーシ 薔薇園 リヒテンラーデ候クラウス■

「なんと、ルードヴィヒめ。予の計画に気づいておるとは」
「いささか、皇太子殿下を甘う、見ておりましたな」

 悪巧みを見破られた陛下と老人が、計画の変更を話し合っている。
 いいかげんにしてほしいものじゃ。
 とにかく皇太子殿下はお忙しい。
 暇な老人の相手をしておる暇などありはせぬ。

『このお達者クラブがっ』

 と、皇太子殿下が言っておりましたが、よく分かりますぞ。

『他に何か良い手はないか?」
「後宮はダメでしたな。となると……」
「あるのか?」

 眠たげな様子でありながらも、老人の眼光は鋭く光りよったわ。
 腹立たしい事この上ない。
 重荷を皇太子殿下に背負わせておきながら、好き勝手に為されている陛下も、悪乗りする老人もじゃ。そんな事だから、陛下の予算を減らされてしまうのですぞ。

『カットだ。カット。仕分けしてやる』

 とは、皇太子殿下のお言葉だ。
 新しい財務尚書のゲルラッハも嬉しそうに、皇太子殿下のお言葉を聞いておったわ。
 宮廷の予算を減らしたという話題は、帝国全土に瞬く間に広まり、皇太子殿下の改革のご意志に皆、感じ入っておる。
 それが陛下の悪巧みの所為だとは、口が裂けても言えぬわ。

「殿下のかわいがっているラインハルトを、陛下の下にしばらく置いておくと言うのは、如何でございますかな? きっと落ち込む事でございましょう」
「うむ、あの者か。ルードヴィヒの驚く顔が目に浮かぶわ」

 まったく、ろくでもない事を考えるものじゃ。
 とはいえ、それぐらいで驚く皇太子殿下ではないわ。
 児戯に等しいわ。けっ。
 いかんな。わしも皇太子殿下の口調がうつってしまった様じゃ。

 ■宰相府 ジークフリード・キルヒアイス■

「え、ええー。どうして~?」

 ラインハルト様が驚いています。
 そりゃ~さすがに、皇帝陛下の下へ行けと言われれば、わたしでも驚きます。
 ですが、皇太子殿下はしらっとした表情で、じじいの遊び相手をしてこいと仰られ、手を振ってラインハルト様を送り出してしまわれました。

「いや~ラインハルトが、あのじじいたちの相手をしてくれる事になるとは、よかったよかった」

 晴れやかな表情です。
 爽やかな笑みといっても宜しい。
 皇帝陛下に対して、このような物言いをするとは、そちらの方にも驚きました。
 やはり親子だからでしょうか?
 皇帝陛下と皇太子殿下といえど、親子には違いありませんからね。

「まあ、ラインハルトには悪いけど、しばらく出向しててもらいましょう」

 アンネローゼ様もにこやかに仰います。
 最近、ラインハルト様とアンネローゼ様のお二人は、なにやらおかしな事になっているんです。
 妙にぶつかる事が多くて、困りもの。
 それにしてもアンネローゼ様の今日の格好は、淡い黄緑の、絹の紋織物のイブニング・ドレスです。細身のアンダースリーブの上に付いた、小さなパフ・スリーブ。
 袖口は、あざやかなオレンジ色のベルベットのリボン。前身頃は、張りのあるウエストバンドに向けてギャザーを寄せてる。
 裾の長いスカートには、細いウエストバンド。そして大きく開いた胸元の周囲をニードルポイント・レースの上に袖口と同じように、あざやかなオレンジ色のベルベットのリボンを重ねてあった。
 なんというか、ずいぶん気合の入った格好で……。
 ラインハルト様もそうですが、お洒落というものは、対抗するものなのでしょうか?

「さあ~」

 マルガレータさんも首を捻っています。

「どうなっているのでしょうか?」
「ミューゼル姉妹、もとい姉弟はちょっとおかしい」

 お前が言うなと言いたいです。
 最近ちょっと、ロリに目覚めてね、と言ってた女とは思えない。

「おら知らね」

 と、嘯く皇太子殿下も、ちょっとおかしいと思います。
 ああ、オーベルシュタインさんに会いたいです。
 ケスラーさんがいない今、宰相府関係者では、あの方が一番まとものように思えますから……。

「解せぬ」

 リヒテンラーデ候がぼそりと呟きました。
 あんたもおかしいでしょうがっ!!
 と叫びたい。
 まったくどいつもこいつも。
 帝国は腐ってる。貴腐人だらけの帝国なんか、きらいだー。 
 

 
後書き
大阪に住んでいる従兄弟が、稲川淳二の怪談を聞きに行ったとかで騒いでる。
ちっ、わたしも行ってみたい。 

 

第31話 「文句があるなら、宰相府までいらっしゃい」

 
前書き
皇太子殿下はお悩み中。 

 
 第31話 「会議は踊らない」

 オットー・フォン・ブラウンシュヴァイクである。

 ノイエ・サンスーシに、オーディンに赴在する門閥貴族と辺境の貴族達が一同に集まった。
 二千とも、三千ともいわれる貴族達が一堂に会するなど、今までなかったことだ。
 そして集まった事によって、意外な事実が判明した。
 帝国貴族には、四つの勢力がある。
 一つは私こと、ブラウンシュヴァイク公爵を盟主とする一門。
 二つ目はリッテンハイム候爵を盟主とする一門。
 そして三つ目は……そのどれにも入っておらぬ辺境の貴族達。
 さらには帝国軍という具合だ。
 半円状の会議場の中央、議長席には、皇太子殿下がおられる。
 私、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候の一門が左右に分かれ、中央の議員席には辺境の貴族達が緊張した面持ちで、鎮座している。

「貴族による貴族院議会の発足をここに宣言する」

 銀河帝国皇太子にして、帝国宰相閣下の宣言が発せられた。
 どの貴族も顔に緊張した表情を貼り付けておる。
 この日のために、貴族達は自分の領地の現状と問題を調べていたらしい。
 青ざめた表情は、自身の認識以上に問題の規模が大きい事に、気づいたためのようだ。
 はっ、何を今更と、言いたい気分だ。

 貴族の私兵を半減させる事には、誰もが積極的ではないにせよ。
 賛成した。
 維持費もばかにならん。表向きはどうであれ、内心では憂慮しておったのだろう。
 誰も本心では嫌がらなんだ。
 そして兵士達を民間に戻す、少子化対策についても同じだ。
 この辺りは、共通の問題であるために、異存はなかろう。
 嫌がって弾かれるのも、怖いしな。
 問題は……。

「宰相閣下の仰られる農工業の効率化には、恐れおおい事ながら、いささか反対致します」

 との意見が多いことだ。
 理由は、値崩れを怖がっているのだ。
 消費者が少ない現状に対して、生産量の拡大は過剰生産となり、かえって収入の減少を招く。しかも皇太子殿下が、出征を控えていたために、食料の消費量が前年よりも減っている。
 頭の痛い問題だ。
 こればかりは強権を振るっても意味がない。
 その事は皇太子殿下ご自身が、一番よく解っておられる。

「とはいえ、人口増加策を実行すれば、今よりも人数が増える。そうなればあっという間に、食料危機に陥ってしまうぞ。今から効率化を実行しなければ、間に合わない」

 それもまた、その通りなのだ。
 まるで出口のない迷路を彷徨っているようだ。

「卿らの言う事も分かるが、採算が合う前に、領民の方が飢え死にしてしまうわ」

 喧々諤々といった有り様だ。
 しかしまさか門閥貴族たちがこの様に、帝国の経済に対して議論する事になろうとは、思ってもいなかったぞ。

 ■ノイエ・サンスーシ 薔薇園 フリードリヒ四世■

 珍しい事にルードヴィヒが薔薇園にやってきた。
 何も言わずに小一時間ほど、ジッと薔薇を見つめている。
 何を考えているのやら……。

「……おやじ」

 ルードヴィヒが振り返りもせずに、声を掛けてきた。

「何じゃ」
「皇帝になりたかったか?」

 ふむ。皇帝になりたかったか、なりたくなかったか、と問われるとなりたくなかったな。
 兄も弟もなりたがっておったがのう。

「正直に言うと、なりたくなかった」
「そうだろうな。俺だってそうだ」

 疲れたような声じゃ。
 帝国はそれほどまでに、重いか……。
 帝国二百五十億の人間じゃ。軽いはずがない。
 それでも背負ってもらわねばならぬ。
 そなたは銀河帝国皇太子なのじゃからな。背負う事のできなんだ、わしの言う事ではないが……。

「名も知らず、咲く花ならば……か」

 ルードヴィヒが、咲き誇る大輪の薔薇を眺めながら言う。
 名も知らぬ花々、か。
 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムは名も知らぬ花ではない。
 現在、この銀河において、もっとも有名な花じゃ。
 うん? シュザンナがマクシミリアンを、抱きかかえてこちらに近づいてくる。
 いかぬぞ。それ以上近づいてはいかん。
 シュザンナが軽く頷いて、立ち止まる。
 うむ、それでよいのじゃ。
 帝国宰相の思考の邪魔をしては、ならぬ。
 ルードヴィヒが振り返った。
 あいもかわらずふてぶてしい、可愛げのない表情を浮かべておる。

「もう、良いのか」
「ああ」
「そうか」

 振り返りもせずに立ち去っていく。
 力強い足取りじゃ。
 そうじゃ、それでよい。
 平凡な幸せも、人生も望むべくもない身の上じゃ。
 どうせ咲くなら、いっそ華麗に咲き誇るがよいわ。

「のうマクシミリアン。あれが銀河帝国皇太子、そなたの兄の姿じゃ」

 そなたはあのようになれるかのう。
 ルードヴィヒと、入れ違うように近づいてきたシュザンナ。
 その腕の中にいるマクシミリアンに向かって言う。

「陛下?」
「なにをどうすれば、あのように強靭に育つのか?」

 我が子ながら分からぬ。
 ゴールデンバウムの呪縛から、解き放たれておる。
 大神オーディンが遣わしたとしか、思えぬわ。

 ■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

 TV画面の向こうには、オーベルシュタイン准将がいる。

「閣下、ヨブ・トリューニヒトが、フェザーンに向かっているようです」
「そうか、とうとう動いたか」

 第五次イゼルローン攻略戦は、中止になったな。
 情報部の持ってくる情報よりも、人の動きの方がたくさんの意味を持っている。
 さて、と。ばかな貴族達をフェザーンに送るとするか。
 貴族院にも入れなかったような奴らだ。
 オーディンに置いていても、意味がない。
 ばかな事をしてくれた方が、首を挿げ替える事ができる。
 是非して貰いたい。

「閣下?」
「うん? いや~あいつらの後を、誰に任せるかを考えていたんだ」
「いささか、気が早くはございませんか?」
「そ~か~やるだろ?」
「まあ確かに」

 意見が一致したな。
 けっけっけ。
 ヨブ・トリューニヒト。君に期待しているぞ。
 もっともお前の意思など、関係ないがな。
 ルビンスキーと接触したら、腹抱えて笑ってやる。
 抱腹絶倒、七転八倒。後悔先に立たず。主導権は渡さない。
 せいぜいプロメテウスぶったエピメテウスをやってろ。

 ■ノイエ・サンスーシ シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ■

 ノイエ・サンスーシにラインハルトがやってきました。
 まあ、なんてかわいらしい子でしょう。
 噂では、女装趣味があるとか?
 よく似合いそうですこと。
 そうそう、わたくしも協力してあげましょう。

「ラインハルト。こちらにいらっしゃいな」

 近づいてきたラインハルトに、マクシミリアンを紹介しました。
 ラインハルトは皇太子殿下に、かわいがられているのです。それと同じようにマクシミリアンも、ラインハルトに、かわいがって貰いたいものですね。
 皇太子殿下はああ見えて、マクシミリアンの事を、気に掛けて下さっておりますし。
 多くの人間にたくさんの愛情を貰って育って欲しいものです。

「わわっ」
「そんなに怖がらなくても、大丈夫ですよ」

 ラインハルトがマクシミリアンを抱きかかえようとして、恐々と手を伸ばしています。
 思ったよりも柔らかいので、びっくりしているようですね。
 あまり小さなこどもに慣れていないのでしょうか?
 ぷにぷにと頬をつついています。
 ああ、誰もがやりたがる事ですねー。
 小さなこどもの頬は、つつきたくなるものでしょうか?
 柔らかいし、ぷにぷにしていますからね。

「ちっちゃい手」

 マクシミリアンが、ラインハルトの差し出した手を、握り返しています。
 にぎにぎと力いっぱい握っています。

「ぷくぷくしてる」
「こどもの手はこういうものですよ」
「そういえば皇太子殿下が言っていましたね。この子が大きくなる頃には、もう少しマシな帝国を残してやろう、と」
「よくそう仰っていますね」
「その気持ちが、なんだかよく分かる気がします。この子は自分では何もできないんですよね。生きる事も、行動することも。一方的に守らなければならないぐらい弱い存在」

 まだ幼いマクシミリアンは、自分の意思で行動することができません。
 本気で皇太子殿下が排除する気になれば、いいえ、気にも留めずにいるだけで、たやすく死ぬ。
 それぐらい弱い存在なのです。
 年齢の事だけでなくて、後ろ盾やその立場や境遇など、もです。
 皇太子殿下が、後ろ盾になって下さっているお蔭で、生きながらえているようなもの。

「守ってあげたい。そう思います」
「ラインハルト」
「この子だけじゃありませんが」
「そうですね」

 ■ノイエ・サンスーシ ラインハルト・フォン・ミューゼル■

「た~す~け~て~」

 ベーネミュンデ侯爵夫人がドレスを持ったまま、追いかけてくる。
 皇太子のせいだ。
 絶対にそうだ。
 いったい何を言ったんだ。

「さあ~ラインハルト。あなたの女装趣味の手伝いをしてあげますからね」

 すっごくいい笑顔だ。
 むかつくー。
 俺は着せ替え人形ではないぞ。
 そんな趣味はないんだー。

「またまた~」

 分かっていますよ。と言いたげな笑みを浮かべる、ベーネミュンデ侯爵夫人。
 それは誤解です。
 誤解なんですー。

「かわいいでしょ? この二重のボックス・プリーツを施した襟元のフリル」

 肩を包むケープも用意してありますからね。という笑顔がにくいー。
 どうしてこうなってしまったんだ……。
 やはり、奴の所為だ。
 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム。
 奴の仕業なのだ。

「ちゃんと、アンネローゼさんの願い通りに、用意してあげたんですから着ますよね?」
「あ、姉上ー」

 なにを言ったんですかーっ!!
 まさか姉上の仕業だとは、思ってもいなかった。
 思わぬところに敵はいるものなのだと知った。
 十二才のことだった。

「がぁ~っでむ!!」
 
 

 
後書き
腐っているのは、宰相府のみにあらず。
みんな同じさー。
帝国は腐りきっていたりする? 

 

第32話 「燃える漢の赤いやつ」

 
前書き
幼年学校はもうだめかもしれない……。
 

 
 第32話 「ダメ人間賛歌」

 ラインハルト・フォン・ミューゼルだ。
 はっきり言っておこう。
 俺に女装趣味はない。
 すべてはあの皇太子の陰謀だ。
 みんな皇太子が悪いんだ。そうだ。そうに決まっているっ!!

「自覚のないラインハルト様のお言葉でした」
「キルヒアイスまで、そんな事を言うのか~」

 どうしてみんな信じてくれないのか……。
 わからない。わからないんだ。
 それにしても最近、キルヒアイスが皮肉っぽくなったような気がする。
 自分は被害を受けてないから、のん気にしているのだな。
 それならば!!

「ラ、ラインハルト様……。ドレスを手にどうなされるおつもりです?」
「キルヒアイス。お前も着るんだぁ~っ!!」
「うわー。誰か助けてくださーい。ラインハルト様がご乱心をなされたー」
「お前も女装させてやるぅ~。一緒に恥を掻かせてやろうかぁ~」

 部屋の外に逃げるキルヒアイスを追いかけた。
 途中で幼年学校の同級生とすれ違う。
 どいつもこいつも呆れたような目をしやがってぇー。

「キルヒアイスを捕まえるんだ。これを着せてやる」

 そう言ってドレスを掲げると、同級生達が腕まくりして、よし任せろと言って協力してくれる。
 ノリのいい連中だ。
 ほどなくして捕まってしまうキルヒアイス。
 ふふふ。さあ着ようか……。
 捕まったキルヒアイスが泣きそうな目をしてる。

「お、お止め下さい。ラインハルト様」
「問答むよー」

 ドレスを着せ、化粧まで施して部屋の外に突き出す。
 外から聞こえる歓声。
 ふふふ。これで君もぼくの仲間だ。

 ■フェザーン ブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒ■

 同盟側から、捕虜交換の返答があった。
 ヨブ・トリューニヒトはまだ、フェザーンに到着していない。
 にもかかわらず返答があった。
 これをどう考えるべきか?
 交渉はイゼルローンを通じてせよ。と言っても良かったが、同盟側の弁務官も交代した事だし、交渉の申し出を受けることにする。
 しかし交渉をしているこの弁務官代理が、また無能だ。
 帝国もそうだが、同盟の人材不足は深刻だな……。

「では、捕虜の受け渡しは、イゼルローン要塞で良いですな」
「フェザーンではいけませんか?」

 こいつバカかっ。
 何を好き好んで、フェザーンでやらねばならんのだ。
 ましてや、双方合わせて百万人を越えるであろう捕虜を、乗せてくる輸送船。その大量の船をいったいどこに、停泊させておくつもりだ。
 そして百万人をどこに置いておくつもりなんだ?
 右から左に動かす訳には行かないんだぞ。
 その点で言えば、イゼルローンにはその設備がある。
 攻略戦が起こるたびに、増援艦隊が派遣され、その乗員を住まわせるだけの部屋もある。百万人を許容できるだけの、容量があるのだ。

「フェザーン中のホテルを借りる資金を、同盟側が負担してくれるのでしたら、それでも宜しいが。一体いくらぐらいになるか、見当も付きませんな」
「そ、そんな大金は……」
「でしたら、イゼルローンしかないでしょうな。その際には、部屋代を徴収しませんから、ご安心を」
「自治領主閣下は、ご冗談がお上手ですな」

 慌てて追従を見せる弁務官代理。
 本気で部屋代を取ってやろうか? 宰相閣下であれば、なんと言っただろうか?
 意外と辛辣な物言いをされたかもしれん。
 それとも……目の前で計算機片手に、部屋代を計算されただろうか?
 実際に掛かる費用を、目の前に突きつけられて、ようやく理解するタイプだな。
 仮に一ディナールとして、五十万人で五十万ディナール。
 百なら五百万ディナール。とゼロがドンドン増えていく。
 いったいそれだけの予算が、出てくるものなのか?
 弁務官代理ともなろう者が、その程度の計算もできんのか……。
 それとも帝国側が全額負担してくれるとでも、甘えているのか?
 世の中、そこまで甘くない。

「とまあ、こんな事がありまして、捕虜の受け渡しはイゼルローンという事になりました」
「ま、妥当なところだな」

 宰相閣下が画面の向こうで、呆れたような表情を浮かべている。
 なんと言おうか、ごくごく当たり前と思えることが、分かっていないような連中だと、考えておられるのだろうか……。
 一般常識が通じないとでも言おうか?
 なにかがずれている。
 妙な解釈をする。自分に都合が良い事ばかり考える。
 虫の良い思考をしている。
 それはまるで……バカな門閥貴族の連中と同じだ。

「フェザーンに来てみて、分かった事があります。腐っているのは帝国だけではありませんな」
「選挙のたびに、攻めてくるような連中がまともなはずはあるまい」
「民主共和制とは、いったいなんでしょうかね?」
「理想や理念は立派なんだが、運用するのは人間だからな。そうそううまく行かないもんだ。まあ人間なんか、そんなご立派なもんじゃねえし」

 運用するのは人間だ、か。
 まあ確かに、人間はそれほど大したものじゃない。
 だらしないし、みっともないし、情けない。

「しかしだったらどうして、民主制なんてものができたのでしょうか?」
「そりゃあ~お前、他人には一方的に完璧さだとか、理想だとかを求めるからさ。てめえ自身のことは棚に上げ、他人には偉そうな物言いをしたがる。そんな人間が多いからだ」
「それが理由ですか?」
「ま、そんなもんだろ。選んでやった。票を入れてやった。だから自分には好き勝手に言う権利がある。そう勘違いしたがる奴も多い。多数決とか、衆知を集めるなんてものは、後付けの理想論だ」
「そんなもんですかねー」
「はるか昔から、人物がいない。とか戯言をほざいてきたもんだ。人物がいないなら、自分が立てよ。どいつもこいつも汚いとかほざくなら、てめえ一人でも綺麗に生きてみろって。現に帝国も同じだろ? 改革が必要だ。そう誰もが思ってきたが、実際にやったのは、片手であまるぐらいしかいねえ。ルドルフが悪いと言って動いたのは、アーレ・ハイネセンだろ。あいつが動いたから、同盟ができた。そいつがやらなくても、いずれ他の誰かがやったさ、とか、ほざく奴はただのバカだ。そんな奴の意見を聞いて、なんになる」

 それは分かる気がする。
 不平不満を漏らすのは、誰でもするが、実際に動くのはごくごく少数だ。
 自分の理想を形にするのは、大変だ。
 しかし他人の行動を貶すのは、簡単で楽だからな。
 水は低きに流れる。楽な方に流される。
 同盟の民衆が個人個人が、しっかりと考えて行動するより、政治家を貶す方が楽で、その結果自分の頭で考えようとも、行動しようともしなくなる。
 民主共和制も専制君主制も本質は同じだ。
 結局、上が考えて行動するしかない。
 下の意見を汲み上げないのではなく。汲み上げるような意見がないのだ。
 届かないのではなくて、届けようとはしないのだ。
 自分の考えや意見をしっかりと考え、届ける。それができるのであれば、自分で動いた方が早い。自分が立った方が確実だ。

 ■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

 切れて真っ黒になった画面。
 それを見ながら、ふと考える。
 民主共和制と専制君主制。どちらが良いとも悪いとも言えない。
 言う気もない。
 俺はルドルフもアーレ・ハイネセンの事も嫌いじゃない。
 もちろんラインハルトの事もだ。
 なんだかんだ言っても、原作で実際に動いたのは、こいつらだからな。
 理由はどうであれ、帝国を変えようと動いたのは、ラインハルトだった。
 他の奴じゃない。
 ラインハルトだ。

「考えてみれば、俺が改革に乗り出したのも……こういう持って生まれた性格のせいかもな」

 あいつの行動を批判するのは、簡単だが。だったらお前が動けよと言いたくなる。
 そう言いたくなる性格。
 それが俺の原動力なのかもしれない。
 あ~あ、俺もたいした奴じゃねえな。ま、自覚はしていたが。

「皇太子殿下っ」
「なんだ?」

 ブラウンシュヴァイク公爵が、息を切らせて部屋に飛び込んできた。
 いったい何事だ。
 何か問題でも起きたのか?

「リッテンハイムがっ。ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム候爵がぁー」
「何があったっ!!」
「専用機を買ってしまいました」
「はあ?」
「MSです。MS」

 ちょっと待て。
 リッテンハイム候が自分の専用機を、買っても良いじゃねえか?
 別に問題はあるまい。

「一人だけ抜け駆けしやがって~許せん」
「なに言ってんだ? 欲しけりゃ卿も買えば良いじゃないか」
「殿下。ブラウンシュヴァイク公爵家にふさわしい機体は……」
「ちょ~っと、まったー」

 ブラウンシュヴァイク公が騒いでいたかと思うと、リッテンハイム候爵が部屋に飛び込んでくるなり、叫びやがった。
 まったくどいつもこいつも。
 欲しけりゃ買えよ。
 誰もダメとは言ってないだろ。

「おのれーリッテンハイム。一人だけ買いおってからに」
「ほほう。我がローゼン・○ールが羨ましいのかね。そうだろうそうだろう。あの機体は素晴らしいからな。スタイルといい、色合いといい。我がリッテンハイム候爵家にふさわしい」

 そーかー?
 あれ、そんなにいいかあー。
 俺とは趣味のセンスが違うのだな。
 ギ○ンが一番人気だしな。
 ザ○が一番だろ?
 おらがザ○は日本一。
 いやいや違う。銀河一だ。
 ところで、リッテンハイム候爵よ。
 両手を広げて、天を仰ぐんじゃない。妙に芝居がかった動作だな。
 門閥貴族特有だよな、こういうのってさ。

「あんな鍵爪のどこが良いのだ!!」
「あれはファンネルというのだ。自動追尾装置付きの浮遊砲台なのだよ」

 頭痛くなってきた。
 帝国を代表する二大貴族が、専用機の事で揉めるとは思ってもいなかった。
 しかも開発局の連中、あれを本気で実用化するつもりなのかよ。
 ファンネル。
 意味ねぇー。
 しかしながら、ブラウンシュヴァイク公爵。
 ドリルと鍵爪は男の浪漫だぞ。
 ハッ! いかん。おれも浪漫派に染まっている。
 ぐぬぬ、なんてこったい。

「皇太子殿下っ。ぜひ、我がブラウンシュヴァイク公爵家に、ふさわしい機体を選んでくだされ」
「皇太子殿下のお知恵を頼るなど、卑怯だぞブラウンシュヴァイク公!!」
「ええい、だまれー。殿下ー」

 もうなんて言ったらいいのか、サ○ビーでいいんじゃね。
 あれ、逆襲のシャアにでてきた赤いやつ。
 個人的にはブラウンシュヴァイク公には、ピ○ザムに乗って欲しかったんだが……。
 そして「やらせはせん。やらせはせんぞ」と言って欲しい。
 似合いそうだ。
 ぽちぽちと端末を操作して、映像を出す。
 画面に広がるサ○ビー。

「こいつはどうだ」
「おお、この存在感。そして重量感。肩の盾がいいですな。これにしますぞ」

 はい決定。
 ブラウンシュヴァイク家の専用機は、サ○ビーになりました。
 何か疲れた。

 ■宰相府 クラリッサ・フォン・ベルヴァルト■

 宰相閣下が机の上で、ぐったりとなされています。
 先ほどまでのブラウンシュヴァイク公と、リッテンハイム候の騒動には、私も疲れてしまいました。専用機ぐらい自分で選ぶべきです。

「殿下、大丈夫?」

 マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー様が、ぐったりしてる宰相閣下の頭を撫でた。
 こんな幼い少女に慰められるほど、閣下のご様子は疲れ切っているように見えるのでしょう。
 おかわいそうな閣下。
 ただでさえ、お忙しいと言うのにっ。
 瑣末な問題など、持ち込んでもらいたくない。
 痛切にそう思います。

「殿下、コーヒーをお持ちしました。そして疲れたときは甘いものですよ」

 そう言ってアンネローゼ様が、チョコレートケーキを持ってきました。
 おお、これはっ。
 プリンツレゲンテントルテ。
 はるか大昔にバイエルンの摂政王子、プリンツ・ルイトボルトのために作り出されたというトルテ。一見華やかなのですが、意外とヘルシーな一品。
 中々やりますね。

「ま、それほどでも~」

 こういうところがなければ、アンネローゼ様は理想の寵姫なのですが……。
 肉食系の性格が、全てを台無しにしています。
 前に一度、アンネローゼ様とラインハルト様のお父上から、連絡が来た事があるのですよ。
 開口一番。いきなり、アンネローゼは暴れてないかと、きました。
 いったい家でどんな感じだったんですか?
 あのせっぱ詰まったような物言いは、こちらも心配になるほどでした。
 そこでアレクレア様とアンネローゼ様の関係をお話いたしますと……。

「ああ、もうだめだー」

 絶望に青ざめた表情を浮かべ、絶叫されました。
 その途端、通信が切れてしまいましたが、もしかして今頃、自殺しているんじゃないでしょうね?
 いやですよ、そんなの。
 一度調べさせておきましょう。
 その方が良いです。きっと。ですが……。

「三角関係の物理的解決は、よそでやってくれ。ま、我が家じゃないからどうでもいいが……。育て方を間違えた。二人とも」

 とはどういうことでしょうか?
 ハッ、まさかラインハルトくんも、ですか。
 似た者姉弟なのでしょうかぁ~っ!!
 なんと恐ろしい。 
 

 
後書き
キルヒアイスも巻き込まれてしまいました。
かわいそうなジーク。 

 

第33話 「顔の無い怪物」

 
前書き
ここ最近、時代小説ぽいネタが頭から離れない。
書いてもいいけど、書いたらごっちゃになりそうだし、更新も遅くなりそうだし、で悩んでる。
皇太子殿下もまだまだ終わりそうに無いし。
でも、せっかくネタが浮かんでるんだから、忘れないうちに残しておきたいしで、やっぱり悩む。 

 
 第33話 「わたしの狩り場」

 惑星カプチェランカは銀河帝国の要衝であるイゼルローン要塞から、自由惑星同盟領の方向へ八・六光年を進入した宙点に位置している。恒星の光が地表に達するまで一〇〇〇秒以上を必要とする寒冷の惑星で、一日は二八時間、一年は六六八日からなり、ごく短い春と秋をのぞくと、六〇〇日以上が冬の領域にはいっていた。
 
 さて以前、内部告発があったこの惑星に、MS開発局の連中を隠れ蓑にして、査察が入ることになった。
 それを率いるのはウルリッヒ・ケスラー中佐である。
 彼は、銀河帝国皇太子にして帝国宰相でもある。ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムの下で、便利屋扱いを受けていた。
 彼の不幸の主たる原因は、その力量を発揮する局面が、多岐に渡ってしまうという。一種の器用貧乏な点であった。
 役割を固定できないのだ。
 彼と対極にあるのが、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトだった。
 攻撃一辺倒で、役割的な柔軟性に乏しいが、ここぞと言うときには頼りになる。
 ウルリッヒ・ケスラーは本来、宇宙空間を闊歩するタイプの軍人だが。そのケスラーに艦隊を率いる事なく、ある種の裏の仕事をさせている事を、ルードヴィヒも内心で申し訳なく感じており、それを察知できるほどには、彼もまた人間観察力に優れていた。
 これが彼の不幸の原因である。

「宰相閣下は人の心が言うものがお分かりになる。だがそれでもなお、踏み躙らねばならない時があるのだ。その事に内心、心を痛めておられる」

 これはケスラーの書き残したメモ書きの一種だが、ルードヴィヒの二面性を物語る例としてよく挙げられる。
 ただ後年、ウルリッヒ・ケスラーはルードヴィヒ皇帝の懐刀として重んじられる事となる。

 (-ルードヴィヒ- 顔の無い怪物より)

 ■惑星カプチェランカ ウルリッヒ・ケスラー■

 カプチェランカに降り立った我々をヘルダー大佐以下、カプチェランカ基地の面々が出迎えた。
 さすがに宰相閣下肝いりの部隊であり、開発局だ。
 無碍にはできないのだろう。
 それにMSにも興味があると思われる。
 基地に所属している軍人達が、冬季迷彩を施されたザ○とド○を見て、驚いている。
 近くで見ると、実物よりも大きく感じるのだ。

「足元に気をつけろよ」

 開発局の担当がパイロットに向かって声を張り上げている。マスク越しのためにくぐもった声だったが、それは致し方有るまい。
 そして寒さよりも一際厄介なのが、吹雪である。耐寒防具服を着込んではいるものの、視界の悪さだけはどうしようもなかった。これでもカプチェランカにあってはまだマシなほうらしい。
 それを聞いたパイロットの一人がコックピットで大仰に肩を竦めて見せた。もっともその動作を見た者はモニターで確認作業を行っていたケスラーのみであったが。
 雪と氷を踏みしめるMSの足。
 ぺたんとまるでクッキーの型のように、抜かれているようにも見える。

「大きいな」

 どこかでぼそっと呟かれる声。
 MSを初めて見た者は、みなそう言う。
 照明に照らされたMSが浮かび上がる。元はダークグリーンだ。冬季迷彩用として、白っぽい灰色に塗り替えられている。見慣れない色彩にさすがのケスラーも違和感を感じていた。

「――女だ」

 帝国軍の軍服を纏った女性兵士がザ○から降り立つと、基地の軍人達が一様に驚いた声を漏らす。
 しかも階級は中尉。基地にいる兵士達の大半よりも階級が上である。
 彼女らは劣悪遺伝子排除法が廃法になった際、皇太子殿下の後宮に集められた女性達だった。
 後宮にやってきてからというもの、軍籍を与えられ、MS開発局に所属している。
 そしてテストパイロットに従事してきたのだ。
 それは為すこともなく、ただただ後宮に閉じ込められているよりも、よほどマシだろうとの宰相閣下のお考えによる。

「皇太子殿下の寵姫か」

 ヘルダー大佐の言葉に兵士達が身を硬くする。
 基地にいる誰もが、銀河帝国皇太子にして、帝国宰相閣下に睨まれたくはないようだ。
 一瞬にして誰もが無言になった。
 その中で吹雪の音のみが耳に聞こえてくる。

「ウルリッヒ・ケスラー中佐。遠路遥々ご苦労だった」
「ヘルダー大佐にはご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
「うむ。オーディンから連絡が来ている。MSの実験をするそうだが、できることがあるなら何でも言ってくれたまえ」

 ヘルダー大佐は四〇代前半の、どことなく陰気で不機嫌な印象を与える男だった。眉が両端へむかうにしたがって広がり、唇の色が悪い。目の光にも活力が欠けていた。
 しかもその目の奥に、宰相閣下に対する媚のようなものも含まれていた。こんな基地に閉じ込められているのだ。嫌気も差そうというものか……。
 貴族達の物言いよりも、彼らの態度の方がよほど帝国の現状を物語っている。
 戦争に厭いているのだ。
 口にしない不満。終わりの見えない戦争。百五十年近くに渡る戦争に、誰もが嫌気が差している。現状を見て来いと仰られたのがよく分かる。
 百聞は一見に如かず。とはこの事だ。

 ■宇宙艦隊総司令部 ウォルフガング・ミッターマイヤー■

「卿ら両名にイゼルローンへ向かってもらう事になった」

 ミュッケンベルガー元帥から直々の命令が下った。
 呼ばれたのは俺とロイエンタールの二人だ。
 何事かと思えば、捕虜交換の際の、イゼルローン要塞周辺の警戒と護衛が任務らしい。
 しかも捕虜交換の際には、宰相閣下が直々にイゼルローンに向かい、調印式に出席されるそうだ。

「宰相閣下が直々に、調印式に出られるのですか?」

 さすがにロイエンタールも驚いている。
 元帥は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつも頷いた。不本意なのかもしれない。こう言ってはなんだが、捕虜交換の調印式など、宰相閣下が直接出向かなくても、ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム候でも良い筈だ。

「宰相閣下が直接、捕虜を受け取ってこられるそうだ」
「ですが……」

 俺がそう口にしようとしたとき、元帥が軽く片手を上げて制した。
 そして俺達に向かい、わずかに頷いた。

「卿の言いたい事はわかる。私も同じ気持ちである。できることなら宰相閣下には、帝都に居て頂きたい。だが、だがな。これは帝国改革の一環なのだ。直接宰相閣下が捕虜を受け取れば、内務省も国家治安維持局も手は出せぬ」
「国内対策でしょうか」
「その通りだ。改革に対して理解を示しても、それで自分達の権限を減らされるかと思うと、善悪関係なしに抵抗を示すものだ」

 それらの無意識的な反対勢力を抑えられるほど、改革の実行には強い皇帝が求められるのか。通りで今まで改革ができなかったはずだ。
 元帥の表情が苦渋に満ちている。宰相閣下のなさりたい事に理解を示しても、最前線に向かわれる事は許容しがたいのだ。ああそうか、これが、この感覚が、無意識の抵抗なのか。なんとも厄介な感覚だ。
 元帥は決して宰相閣下に逆らおうとも、改革に反対しているわけでもない。むしろ宰相閣下の身を案じておられる。しかしそれが改革に抵抗するものになりえてしまう。

「万難を排して、宰相閣下の護衛を致します」

 ロイエンタールが力強く言い切った。
 宰相閣下を失う事があってはならん。そうした意志を感じた。いつものどこか皮肉げな口調など、どこにも感じられないぐらいだ。

「うむ。頼むぞ」
「ハッ」

 俺もまた、元帥に対して敬礼を返す。
 二人して部屋を出る。前を行くロイエンタールに声を掛けようと、足を速めたとき、ふいにロイエンタールが口を開いた。

「以前、俺の分艦隊の兵士の一人が、泣いていたことがあった」
「うん?」

 歩きながら話すロイエンタール。何かを思い出すかのように口にする。

「劣悪遺伝子排除法。それが廃法になってからというもの、生まれつき目の見えなかったその兵士の妹は、病院に通うことができるようになって、しかも目が見えるようになったそうだ」
「劣悪遺伝子排除法か……。宰相閣下が廃法になされたのだったな」
「その兵士は泣いていた。よほど嬉しかったのだろう。そういう兵士が艦隊の中にもたくさんいる」
「俺のところも似たようなものだ」
「だろうな。その宰相閣下の護衛に付くのだ。いやがおうにも士気は高まる。むしろ嫌がれば、兵士達の俺達に対する失望は、どん底に落ちるかもしれん」

 宰相閣下のお身は是が非でも守らねばならん。
 そうでなければ、帝国そのものが崩壊するやもしれんからな。
 ロイエンタールは俺にも、はっきりと分かっていない危機感を自覚しているのかもしれん。
 ただ宰相閣下を守らねばらん事だけは理解できる。

 ■自由惑星同盟 統帥作戦本部 アレックス・キャゼルヌ■

「おいヤン。聞いたか」

 ヤンの奴が顔を見せたとき、思わず問いかけてしまった。
 後ろにいるアッテンボローが目を丸くしている。

「なんですか先輩、いきなり」
「いや、すまん。イゼルローンで行われる捕虜交換に、あの皇太子が来るそうだ」
「そりゃすごい」

 アッテンボローが興味津々といった感じで、紙コップに入ったコーヒーを差し出してきた。

「噂の皇太子を直接見る、いい機会ですね」
「ああ、政治家連中が我先にという感じで、捕虜交換の調印式に出たがっているぞ」
「会ってどうするつもりなんでしょうね」
「さあ~」

 実際のところ、会ってどうなるものでもあるまい。
 和平交渉をしようにも、あの皇太子、それほど甘くはないだろう。

「ただ、どういう人物なのか、俺も興味がある」
「ルドルフのようなタイプでしょうか?」
「アッテンボロー、それはないと思うよ」
「そうですか?」
「そうだな、そんなに分かりやすいタイプではないだろう」
「二面性ですか?」
「そうだね。“皇太子の二面性”と呼ばれるものだと思う」

 皇太子の二面性。最近になってハイネセンで、よく話題になる言葉だ。
 冷静さと強引さ。寛容と苛烈さ。我慢強さと行動の早さ。
 どれもこれも相反するものだが、そのどれもが皇太子の中で両立している。
 だから読みにくい。
 次に何をしようとしているのかは、分かってもどれから手を打つのかが読めない。

「厄介な相手だ」

 俺がそう言うと、ヤンがポツリと漏らした。

「皇太子とは心理戦をするべきではないですね。遣り合うのであれば、正面から物理的にぶつかる。これしかないでしょう」
「決戦主義か?」
「他の人物が相手なら、心理戦は有効です。ですが皇太子には、無意味です。戦略レベルで圧倒してきますよ。手も足もでないぐらいまで追い込んでくる。それも我々がまさかと思うレベルです。ここまでしないだろう。ここまでする訳ない。そう思うぐらいまで追い込んできますよ」
「勝敗は戦場の外で決まるか」
「武力行使は、その上での事。分かりやすい形で勝敗を認めさせる手段でしかない」
「皇太子は、そういうタイプですか……」
「少なくとも戦場に引っ張り出す事はできないだろうね」

 ヤンの顔色が少し悪い。
 相手は本物の専制君主だ。
 軍人レベルで勝てる相手じゃない。戦場では勝てない。なにせ戦場に出てこないからな。
 倒そうとすれば、オーディンまで攻め込んでいくしかない。
 そんなやつを相手に、どうやって勝てばいいのか。
 残念ながら、俺には考えても分からなかった。
 ヤンには分かるのだろうか……?
 ジッと考え込むように黙り込んでいるヤンを見ながら、そんな事を思っていた。

 ■宰相府 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

「皇太子殿下、さすがに顔色が悪いですよ。一度ゆっくりお休みになられてはどうですか?」
「そうです。倒れたりしたら元も子もありません」

 マルガレータさんとエリザベートさんが心配そうに言います。
 わたしはそっと皇太子殿下のそばへと近づいて、体を支える振りをしました。

「そうか、今日のところはもう休むとするか……」

 一瞬、殿下がよろけましたね。
 大層お疲れのご様子。ふふふ。

「殿下。さ、わたしが支えますから、お部屋へ向かいましょう」
「悪いな、アンネローゼ」
「いえいえ、これぐらい当然です」

 宰相府の廊下を右に折れ、わたしの寝室へと向かいました。
 いつもなら左に折れて、皇太子の間を通り過ぎて、お部屋へ戻られるというのに、それすらお気づきになっていないご様子。
 ふふふ。計画通り。
 要望書も嘆願書も決裁もいつもなら、わたしが他に回すであろう物でも、殿下に決裁を求めた甲斐がありました。
 アレクシアさんが懐妊していらい、お相手を勤める事ができないのですから……。
 それはもう、わたしの出番でしょう。常識的に言って。

「うん? この部屋は?」

 ちっ。気づいたか、目ざとい方ですね。
 しかしもう遅い。
 ここはわたしの部屋。わたしの狩り場です!!

「ふふふふふふふふふふふ」
「ま、まさか、何をする気だ」
「よいではないかよいではないかー」
「あ~れ~」 
 

 
後書き
連休中に家で、練り切りを作ったらみんな食べられてしまった。
わたし食べてない。
一つぐらい残しておいてやろうという優しい気持ちは無いのかー。 

 

第34話 「税制変更許可」

 
前書き
忙しかった。
とってもとっても忙しかった。
もう疲れたよ、パトラ○シュ。 

 
 第34話 「華の嵐?」

 ヨアヒム・フォン・フレーゲル男爵は、ブラウンシュヴァイク公爵の甥にあたる。
 ラインハルトよりもいくぶん年上で、すでに士官学校に在籍する士官候補生の一員だ。
 門閥貴族らしく、偏狭であり、傲慢でもあったが、士官学校に入学した頃からそうした部分は影を潜めつつある。
 それというのも理由は単純で、皇太子殿下の士官学校時代の噂を、耳にする機会が多々あったからだ。
 成績、席次そのものはたいした事はなかった。
 上から三十番目。
 しかし戦略にかけては、圧倒的に凄かったらしい。
 人を集め、引っ張り上げ、纏める。
 優秀な生徒に作戦を考えさせて、指揮官を動かす。

「艦隊指揮官というよりも参謀タイプ。もしくは宇宙艦隊司令長官だろうな」

 平民ならば、優秀な参謀になっただろう。
 門閥貴族ならば、間違いなく宇宙艦隊司令長官。
 当時の士官学校の校長や教官の言葉だ。
 あれぐらい人を動かすのが、うまい士官はいない。
 そして今は帝国宰相だ。
 あの皇太子殿下に、これほどふさわしい地位はないだろう。

「勝敗は戦場の外で決まる。そして戦闘は勝ってから行う」

 皇太子の言った事で、それを今でも実践している。

 とてもじゃないが敵わない。
 男爵にとっては偽らざる本音だった。
 素直にそう思えたのは、相手が皇太子だったからだ。
 これが平民。もしくは身分の低い者だったら、嫉妬心が沸き起こっていただろう。
 しかし相手は皇太子だ。
 次期皇帝候補の筆頭。
 いかに門閥貴族であろうと、相手が皇太子ともなれば、負けても嫉妬心が湧き上がってこない。
 身分で言えば、最上級。
 卑しい(フレーゲルから見てだが)者とは違う。
 公爵や侯爵でも勝てない相手だった。
 血統主義の銀河帝国にあっても、血統、地位、実力が一致している稀有な例だ。
 自分が負けても仕方が無い。
 プライドを傷つける事無く、認められた。
 その皇太子が帝国を改革すると宣言したのだ。
 協力するのは当然と思えた。

 ■ブラウンシュヴァイク公爵邸 オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク■

「伯父上。フレーゲル男爵領の税率はどうなっているのですか?」
「前と変わってはおらぬぞ」

 突然なにを言い出すのだ。
 いま帝国は改革の真っ最中である。いたずらに税率を変更するなど、許される事ではない。

「いえ、そういう事ではなく。各貴族領で税制改革が始まり、税金が引き下げられました。しかし未だフレーゲル男爵領では、税金が引き下げられておりません。どうなっているのかと士官学校で話題になりまして」
「それはヨアヒムのところだけでは無いだろう。いまだ成人していない貴族のところは、実行されていないぞ」
「それでは困ります。士官学校には、わたしの領内から来ている者もいるのです。帝国改革の旗手として、活躍しているブラウンシュヴァイク公爵家の一門なのですから、これではまるでわたし一人が、改革に反対しているように見えてしまいます」

 それはまずいな。
 確かにわしはフレーゲルの後見人だが、当人の許可なく税率を変更するなど問題があろう。わしとフレーゲルの間だけなら問題は無いが。
 しかし……。これが前例となって、勝手に後見人が税率を変更する者が現れては困る。
 うむむ。どうしたものか……?

「伯父上!!」
「まあ、待て。皇太子殿下にご相談してみよう。話はその後だ」

 ■宰相府 ジークフリード・キルヒアイス■

 ブラウンシュヴァイク公爵がフレーゲル男爵をつれて、宰相府へとやってきました。
 ラインハルト様は、一瞬ビクッとしておられましたが、いったいどうしたというのでしょうか?
 ノイエ・サンスーシの後宮から逃げてきたラインハルト様が、宰相閣下を相手に愚痴を零していたときの事です。

「ひどいんだぞ。ベーネミュンデ侯爵夫人はっ!!」
「ほほ~う」

 ベーネミュンデ侯爵夫人とアンネローゼ様の趣味が合致していたらしく。似たようなドレスを突きつけられていたそうです。
 ラインハルト様の怒りが宰相閣下へと、向かいました。
 ぽかぽか宰相閣下の肩を叩いています。
 体格に差がありますからねー。その上、宰相閣下はとても強いですし。
 以前に見た宰相閣下と不良貴族のケンカは凄かったです。
 なによりもあの不良貴族が、皇太子の顔を覚えていなかった事に驚きました。
 ほんと~にバカな貴族というものも、存在しているのだと思い知った有り様です。

「いいかジーク。スープレックスは投げるのではなく。落とす」

 そして見事なブリッジを描いて、宰相閣下は不良貴族を落としてしまわれた……。
 いったいどこであんな技を身につけられたのか?
 手技、足技に続いて、投げ技まで使いこなすとは、お見事と言わざるを得ません。
 あなたはいったい何者ですか?

「銀河帝国皇太子だ」

 その言葉に呆れかえってしまったのは、秘密です。
 ああ、いけませんね。ついつい目の前の光景に以前の事を思い出してしまいました。
 ぽかぽか叩いているラインハルト様の、右手の指先を摘んだ宰相閣下が、ついっと動かすとそれだけでラインハルト様はくるりと体を一回転させ、右手の関節を極められた。

「いたいいたい。え~い、はなせー!!」
「ジーク、よく見てろよ。人間の関節の稼動範囲と反応は誰しも同じだ。指先一つでも、関節は極められる」
「はいっ」
「二人してなに言ってるんだー!!」

 ラインハルト様がなみだ目になっていますね。

「いけません、いけない趣味に目覚めてしまいそうです」

 マルガレータさん、はあはあしないで下さい。
 それとヘンな事をわたしの振りをして、言わないように。
 これだからショタはっ!!

「あの~皇太子殿下、宜しいか?」
「お、おお。すまんすまん。二人揃ってどうした?」

 埒が開かないと思ったのか、ブラウンシュヴァイク公爵がおずおずと声を掛けてきました。
 いけませんね。すっかり忘れていました。
 そしてフレーゲル男爵の呆けたような表情。
 こそこそっと小声で、宰相府はいつもこんな感じなのかと聞いてきます。

「いつもはもう少しマシですよ。今日はラインハルト様が宰相閣下に、じゃれついているだけです」
「ラインハルト様?」
「はい。あそこで宰相閣下に泣かされている人です」
「え? ええーっ!! 彼女は侍女ではなかったのか?」

 よほどショックが大きかったのか、愕然といった表情を浮かべていますね。
 知らなかったのでしょうか?

 ■宰相府 マルガレータ・フォン・ヴァルテンブルグ■

 ふははははははははははははははは。
 あのフレーゲル男爵の表情。
 おもしろい。
 おもしろいです。
 これだから、貴族達の観察はやめられません。
 女装したラインハルトくんを、女の子だと勘違いしていたんですねー。
 いや~楽しいです。
 それにしてもめったに宰相府に顔を出さない、フレーゲル男爵ですからねー。
 ちっ、そうと分かっていたら、わたし達の手で盛り上げるだけ盛り上げて、落としてやるべきでした。うぬぬ無念。
 いえ今からでも遅くはありません。
 男の子でもいい。と思うところまで、追い詰めてやりましょう。
 そしてラインハルトくんに振られればいいんです。
 人の不幸は蜜の味。
 それが恋愛関係だったりしたら、さいこーです。
 ラインハルトくんとジークとフレーゲル男爵の三角関係。
 思わず笑ってしまうぐらい、楽しい見世物になるでしょう。ぐふふ、ゆかいゆかい。

「ちょいとごめんよ~」
「い、いたい」

 皇太子殿下に頭を叩かれてしまいました。
 怖い顔で睨んでいます。
 わたしの考えを見抜かれてしまいましたか。
 ちっ、まったく聡い人です。

「そういうのは感心せんぞ」
「皇太子殿下は、妙なところで固いんですから……」
「人の不幸は蜜の味というのが、感心せんと言っている」

 ハッ、なるほどなるほど。よく分かりました。
 構わん、やれ。という事ですね。
 さすがは皇太子殿下、よく分かっていらっしゃる。
 そうですね、人様を不幸にするのは良くありませんが……。
 恋愛問題は仕方がありません。
 不幸な結果になる事もあるでしょう。
 ええ、ええ、わたしは全力を持って、フレーゲル男爵の恋の応援を致しましょう。

「それで宜しいな」
「それも人生経験だろう。人生うまく行く事ばかりじゃないさ」

 アイコンタクトで確認しました。
 シラッとした表情で、話す皇太子殿下ですが、とてもひどい男だと思います。
 自分の手を汚さないだけ、えぐい人ですね。

 ■宰相府 ラインハルト・フォン・ミューゼル■

 なんだ?
 背筋がゾクッとしたのだが?
 フレーゲル男爵が呆然とした表情を浮かべ、こちらを見ている。
 ああそうか、勘違いしていたのだな。
 かわいそうなやつだ。
 それもこれも皇太子が悪い。
 皇太子が諸悪の根源なのだ。
 フレーゲル男爵も巻き込まれてしまって不幸なものだ……。

 ■宰相府 ジークフリード・キルヒアイス■

 ラインハルト様がフレーゲル男爵を見つめておられます。
 どことなく憂いのこもる眼差しで。
 見つめられたフレーゲル男爵は、しばらく見つめ合っていたかと思うと、視線を逸らし、頭を掻き毟りだした。
 悩んでおられるのでしょう。
 そう簡単に割り切れるものでもないはず。
 ですが、それを乗り越えて強く生きてください、としか申し上げようもない。
 そして決然と顔を上げ、宰相閣下にフレーゲル男爵領の税率の事を話し出しました。

「各貴族領で税制改革が始まり、税金が引き下げられました。しかし未だフレーゲル男爵領では、税金が引き下げられておりません。これでは領民も改革の実感は得られませんし、不満が高まる一方です」
「ふむ。卿の言う事は一理ある。それでどうしたい?」
「フレーゲル男爵領でも、税率変更の許可を得たいのです」
「許可しよう。いままで当主がまだ幼い、もしくは成人に達していない星系は変更させていなかったが、今後は政府主導で変更していくべきだな。フレーゲル男爵、よく進言してくれた。礼を言うぞ」
「いえ、帝国貴族として当然の事です」

 フレーゲル男爵はそう仰いますが、その当然の事を言い出してきたのは、男爵が初めてです。
 同じような年頃の貴族も多いのですが、誰も自ら、言い出したりはしてきませんでした。
 収入が減るのが嫌なのでしょうが……。
 改革に反対していると思われるほうが、結局は損になるでしょうに。
 ラインハルト様もうんうんと頷いています。
 税率変更の件も、後見人が幼い当主を無視して、勝手に変更しないようにと、考えて動かさなかったのですが、今後は宰相閣下が動かす事になるでしょう。
 それがフレーゲル男爵の進言を基にしてとなりますと、バカな貴族からは恨まれるでしょうが、平民達からは支持されることでしょう。
 さすが改革の旗手。
 ブラウンシュヴァイク公爵の甥だ、と。
 そしてこれからの帝国でも貴族として、生き残る事ができます。
 さすが門閥貴族。生き残ろうとする感覚は鋭いものがありますね。 
 

 
後書き
父は煙管を吸っています。
新しい煙草入れを買ったとかで、海洋堂の妖怪根付を取られてしまったー。
しかも閻魔大王。飾ってたのに。
代わりに友禅和紙の札入れを貰いましたが……。
わたしは騙されないぞ。 

 

第35話 「さあ、こちら側に来るのだ。ラインハルト」

 
前書き
今週も忙しかった。
もうやだー。 

 
 第35話 「夜空の星の瞬く影に」

 悪(ルードヴィヒ)の笑いが木霊する。
 星から星に泣く人の、なみだ背負って宇宙の始末。
 銀河帝国皇帝フリードリヒ四世。
 悪(ルードヴィヒ)に泣かされ続けている、ラインハルト・フォン・ミューゼルよ。
 余が手を貸してやろうではないか。
 のう、ラインハルト。ともにやつをぎゃふんと言わせてやろうではないか!!

 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムです。
 俺はあいもかわらず、引き篭もりの日々。
 もう数ヶ月も、宰相府の敷地から一歩も外に出ておりません。

「こんな事でいいのかっ!!」

 そう自問自答する日々を過ごしています。
 書類の山を切り崩し、嘆願書の森をかき分け、法案の海を乗り越える。
 インドア・サバイバーな、俺。
 人は俺を銀河帝国宰相と呼びます。
 
 これが帝国宰相の日々じゃあ~。
 泣きながらパンを齧った事の無い奴には解るまい。
 ノイエ・サンスーシの囚われ人。
 改革の結果、俺の生活はよくなるのだろうか……?
 よくならないのであれば、夢の希望もありゃしない。
 贅沢は言いません。
 一月に一日でいいんです!!
 休みが欲しい。
 労働基準法を制定するぞー。
 農奴でさえ、十日に一度は休みがあるというのにっ。
 何で俺だけー。
 憎い。
 休みを取ってるリヒテンラーデのじじいと、ブラウンシュヴァイクが憎い。
 親父は親父で、ラインハルトを利用して、何か悪巧みを考えてやがるしよぉ~。
 まったくどいつもこいつも。
 ろくなもんじゃねえな。けっ。

 ■幼年学校 ジークフリード・キルヒアイス■

「キルヒアイス。やつを何とかしなくては、ならないと思うんだ」
「ラインハルト様……」

 幼年学校の寮内で、ラインハルト様が握りこぶしを振り上げて、力説しております。
 話題になるのは、決まって宰相閣下。
 打倒、宰相閣下に燃えるのは結構ですが……。
 そのドレスを脱いでから仰ってください。

「いきなり脱げ、だなんて……」
「悪い意味で、宰相閣下に影響されていますね」

 わざとらしく、頬を赤く染めるラインハルト様に向かい、嫌味ぽく言ってはみたものの。
 ラインハルト様は、一向に応えた風もありません。
 ずいぶん、ふてぶてしくなったものです。

「諸悪の根源である、皇太子をなんとか、とっちめてやろうと思う」
「やめた方が良いと思います。返り討ちにされるのが、目に見えるようですから」
「何ということを……。やる前から諦めてどうするっ!!」

 握ったこぶしをぶんぶん振り回して、力説しておられますが、動くたびにスカートが揺れる。
 そういえば、最近はあまり、ラインハルト様のズボン姿というものを、見てないような気がしますね。
 これでいいのでしょうか?
 わかりません。
 というか、わかりたくありません。
 わたしはまともです。正常です。ノーマルなんです。
 ラインハルト様とは違う。
 同類とは思われたくない。壁に掛けられているわたし用のドレスを睨みつつ、そんな事を思う今日この頃……。
 帝国はどうなってしまうのでしょうか?
 この腐った幼年学校内でも、わたしだけでもまっとうに生きなければっ!!
 両親の願い通りに教師になるべきかもしれない。それとも経営学を学ぶべきか。だけど軍人にならなければ、学費を返還しなければならない。宰相閣下はそれぐらいは、出してやろうと仰ってくださっている。甘えた方がいいのだろうか……。
 悩んでしまいます。
 それにやる気があるのも結構ですが、相手は“あの”宰相閣下です。
 正直言って、ラインハルト様では、勝てそうにありません。

「またおしりぺんぺん、されますよ」
「言うなっ!!」

 ラインハルト様がわなわなとこぶしを震わせて、俯いてしまいました。
 よほど悔しかったのでしょうか?
 しかしながら宰相閣下は、ラインハルト様をからかうのがお好きですし、またラインハルト様も、一々反応するから遊ばれてしまうんです。
 しらっとした顔をしていれば、つまらなくなって、からかってこなくなると思いますね。

「いやだ!! あいつをぎゃふんと言わせてやりたい」
「またまた~」

 無駄な事を、という言葉を飲み込みました。
 その反応がいけないと思うのです。
 からかってくださいと言わんばかりの、その態度。
 実は結構、楽しみにしていませんか?

「そんな事は無い。ないったら、ない」
「ふう~ん。そうですかー」
「なんだ、その目は?」
「いえ、なにも~」

 何というのか……。
 宰相閣下にじゃれついているようにしか、見えませんよ。
 アンネローゼ様に甘えていたのが、そのまま宰相閣下に移行してしまったようです。

 ■フェザーン自治領府 ブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒ■

 フェザーンにバカな貴族と、ヨブ・トリューニヒトがやってきた。
 一目見た瞬間、宰相閣下の仰る事が理解できた。
 まともに相手をしないほうが良い。
 確かにその通りの奴だった。
 バカな貴族の方はトリューニヒトの所へ行っては、交渉の真似事をしているが、バカの考え休むに似たり。トリューニヒトの方が辟易しているらしい。
 ざま~みろって。
 権限も与えられていないのに、交渉の真似事をしている時点で、失点なのだ。
 家が取り潰されるかもしれない、という事も分かっていないらしい。
 バカな、本当にバカな貴族どもだ。
 さ~まとめて潰そう。

「まったく、なにを楽しげにしているのか」
「なにを言う、オーベルシュタイン。これも帝国改革の一環である」
「ただの悪趣味だ。宰相閣下は趣味で人を貶めたりはせぬ」

 まーそうかもしれないなー。
 あのお方は、フェザーン商人のように利に敏い方だからな。

「それにしても同盟側の政治家だけでなく、軍人も宰相閣下と会いたいらしい。捕虜交換の際、会談の場を作って欲しいと、言ってきてるぞ」
「なにを話したいのだ。それによっては宰相閣下も、会談の場を設けることに異存はあるまい」
「宰相閣下の事を知りたいだけだろう」
「ばかばかしい。そのような事では、論じるに値せぬ」

 一刀両断だな。
 あっさりと切り捨てやがった。
 同盟の連中の好奇心のためだけに、忙しい宰相閣下のお時間を取らせるわけにもいくまい。
 オーベルシュタインも熱くなってきた事だし、話題を変えるか。

「ふむ。卿の言う事には一理あるな。その件はこちらでも考えておくが、ところで卿は結婚しないのか?」
「突然なにを言い出すのだ?」

 おや、驚いているな。
 もう少しつついてやろう。

「いや、大事な事だぞ。いま帝国は人口増加、拡大策を講じている。政府の中枢にいる卿が、結婚しないというのは、不忠になるのではないか?」
「障害のある私と結婚しようという女性などおらぬだろう」
「なにを言う。劣悪遺伝子排除法は廃法になったのだ。そのような事は問題にならぬ。それとももしかして卿は、ラインハルトの様な者が好みなのか?」
「違う。違うぞ。私はまともだ。あれは宰相閣下が、ラインハルトをからかって遊んでいるだけだろう」
「そうだろうな。宰相閣下もお疲れだ。ささやかな楽しみがあっても良いだろう」
「ラインハルトは、反応するからいかんのだ。相手にしなければ良いものを」
「だから、からかわれるのだ」
「まったく困ったものだ」

 いかん。話を逸らされてしまったようだ。
 しかしこれ以上は、俺も結婚していない事だし、薮蛇になりそうだ。

 ■自由惑星同盟軍統合作戦本部 アレックス・キャゼルヌ■

「よう、よくきたな」
「キャゼルヌ先輩、お邪魔しますよ」

 ヤンのやつとアッテンボローが揃ってやってきた。
 用件は多分あれだろう。
 あの皇太子の演説。あれを演説と言っていいのかはわからないが。
 つい先日、捕虜交換に先立って、皇太子が同盟、帝国の両方に向けて通信を発した。

『銀河帝国宰相ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。
 帝国と同盟に囚われている兵士諸君。
 ずいぶん長く待たせたが、諸君らは故郷に帰ることができるようになった。
 諸君が出征した時よりも、少しはマシな帝国になったと自負している。
 帝国の兵士達には、不安もあろうが心配しなくていい。
 安心して帰って来い。
 帰還する兵士諸君は、軍に戻るも良し。民間に入るも良し。好きに選ぶといい。
 どこに行こうと、それぞれの階級を一つ上げ、新たな階級に応じた恩給を持って応えるつもりだ。
 帝国は諸君の故郷だ。
 良い思い出もいやな思い出もあろうが、それでも故郷に違いない。
 帰っておいで。俺が出迎えるから。
 そして諸君の顔を見たとき、改めてこう言わせてもらおう。
 おかえりなさい、と』

 これを聞いたとき、驚いたね。
 これが銀河帝国皇太子にして帝国宰相の言葉かと。
 そして本気でイゼルローンまで、出迎えるつもりなのだ。

「故郷に帰っておいで、ですか」
「あれには驚きましたね」
「しかしうまい手だ。政治的な発言ではなくて、郷土心に訴えてる。帰参した兵士達は、皇太子の帝国改革の強力な支持者になるだろうな」

 おや、ヤンのやつが何か考え込んでいる。
 どうしたんだ?

「前から考えていた事ですが……」
「どうした?」

 ヤンのやつ、言おうか言うまいか迷っているようだ。

「あの皇太子。同盟の事を歯牙にもかけていないような態度を見せています」
「相手にしていない? そんな事は無いだろう」
「ええ、内心はどうであれ、対外的には相手にしていないように、見せかけています」
「どういう事ですか?」
「それが分からないんだ。一見して和平を考えているのかとも思ったんだけど、それだけでもないようだし、かといって好戦的でもない」
「だがお前さん、前に言っていただろう。こちらが手も足も出ないぐらい追い込んでくるって」
「ええ、それは確かに今でもそう考えています。ですが……」

 いったいなにを考えているのか、分からないか。
 嫌な気分だな。
 まるで気づかないうちに、首を絞められているような気がしてきた。
 気づいたときには、窒息する寸前になりそうな。
 思わず自分の首筋を押さえた。

「しかし相手にしてないって、どうして分かるんです?」
「同盟の事を話題にして無いからだろう。最初に帝国と同盟の兵士諸君と言ったっきり、同盟の事を出していない」
「あくまで帝国の兵士達を相手に語りかけているんだ」
「そして帝国はトップにいる皇太子にして宰相が、自ら帰っておいでと語りかけた。翻って同盟はどうだ?」
「政治家は支持率と納税者が増えることだけを考えていそうです」
「政府の誰も、帰還兵に帰って来いとは語りかけていない。この差は大きいぞ」
「あの皇太子は人間を分かっているんですね。うちの親父も同じような事を言ってたのを、思い出しましたよ」
「そういえば、アッテンボローの親父さんはジャーナリストだったな」

 人間、人の心か……。
 それを分かっている皇太子が改革を行っている。
 いまよりマシな帝国。いまよりマシな未来。いまよりマシな……。
 未来を信じられるというのは、何よりも強い。
 皇太子の命令一つで、兵達が死地に赴く。飛び込んでいく。
 いまよりもマシな未来を、帝国を作るために。

「こうして見ると、皇太子が出征を控えていたのも、計画通りだったのかもしれません」
「どういう事だ?」
「皇太子は無駄な戦いはしない。無駄に兵を殺さない。必要な段階で必要なだけ軍を動かす。逆に言えば、皇太子が軍を動かすときは、必要な戦いであると思わせることができます」
「なら、兵は文句一つ言わずに戦うだろうな。皇太子の指揮の下に」
「未来を作るために、ですか」

 こ、怖いな。これから同盟が戦うのは、戦争に嫌気が差している軍じゃない。
 未来を作るために死に物狂いで向かってくる軍だ。
 あらためて怖い相手だと思う。
 あの皇太子。この銀河をどうするつもりなんだ。
 怖いと思うのと同時に、それでもそんなにひどい事はしないだろうと、そう思わせるところがある。
 非人道的な行いは許さないだろう。
 たとえ同盟を征服したからといって、やりたい放題な事は認めないはずだ。
 敵にさえ、そう思わせる男。
 敵にすら信用を持たせることができる君主。
 会った事も無い相手なのに……。
 そう思っている自分がいる。

『民主共和制にとって、あの皇太子殿下は最大の敵ですよ』

 ヤンの言葉が脳裏を巡る。
 確かにな。あの皇太子が最大の敵だろう。
 あんな名君が二代も三代も続くわけが無い。必ず暴君が現れる。
 その時のためにも、民衆共和制を生き残らせなくてはならない。
 負ける訳には行かない。
 知らず知らずのうちにこぶしを握り締めていた。
 じっとり汗が滲む。
 そんな俺をヤンのやつがじっと見詰めている。
 これからが同盟にとって正念場なんだな。
 俺がそう言うと、ヤンは軽く頷いた。 
 

 
後書き
電子レンジとフードプロセッサーで和菓子ができるという本を買ってしまいました。
買ったのはいいけど、作ってる暇が無い。
きみしぐれを作るつもりだったのに……。 

 

第36話 「イゼルローンへ」

 
前書き
今週も忙しかったです。
泣いていいですか? 

 
 第36話 「青い流星?」

 ぼくの名はド・ヴィリエ。
 地球は狙われている。

「狙ってねー。サイオキシン麻薬製造をやめろと言っている」


 皆様。お久しぶりでございます。
 ガイアがわたしにもっと輝けと囁いている。
 アンネローゼ・フォン・ミューゼルです。
 だからといって、地球は我が故郷とか、地球を我が手にとかは言いませんよ。
 まあそれはともかく。にっくき、あの女。
 アレクシア・フォン・ブランケンハイムはいま、通院しています。
 といっても、ノイエ・サンスーシ内ですけどねー。
 でも懐妊。
 むかっとしますね。
 最近ではラインハルトまで妙に、皇太子殿下に近づいていますし、どうしたものでしょうか?
 ……安全パイはジークだけ。
 貴方だけは信じていますよ。ね、ジーク。
 しかし、大丈夫。
 必ず最後に愛は勝つ。
 これを合言葉に、よりいっそうの努力を致したい所存です。
 具体的には、皇太子殿下の寝室への突撃をより激しく。
 ですよねー。

 ■宰相府 リヒテンラーデ候クラウス■

「ジークに会いたいのじゃ」

 マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマーが駄々を捏ねておる。
 最近、ジークは宰相府に顔を出しておらんからな。
 寂しいのじゃろう。
 寵姫とはいえ、まだ六つじゃ。
 皇太子殿下も好きにさせてやれと、仰っておられる。
 しかしながら後宮の外に出してやるわけにもいかぬ。
 この辺りはマルガレータ・フォン・ヘルクスハイマーだけの話では無いからのう。それに外に出すとかえって危ない。
 皇太子殿下を狙う者は多い。
 地球教、同盟、バカな貴族。どこに敵が潜んでいるかもしれぬのじゃ。
 その連中が寵姫を攫わぬともかぎらん。
 宰相府内に保護している方がよい。
 エリザベートとかマルガレータなどは、それが分かっておるために、ノイエ・サンスーシの外に出ようとはせぬ。
 帝国が始まって以来、初めてと言ってよいほど、各勢力が一つにまとまっておる。
 纏めておられるのは皇太子殿下。
 誰もが認める正統な銀河帝国皇太子じゃ。
 それだけに狙う者も多いじゃろう。皇太子殿下さえ、いなければ、と。
 歴代皇帝陛下の中で、フリードリヒ四世陛下ほど、安心して後継者に任せていられる皇帝陛下も、おられない。
 運の良いお方だ。
 そして皇太子殿下がイゼルローン要塞に向かって、出発なされようとしている。
 捕虜を迎えに行かれるのだ。
 皇太子殿下自ら、出迎える。
 いまこの帝都で、反乱など起こそうものなら、貴族平民問わず、反乱者を敵と見做すであろう。

「帝国を任せられるのは、ルードヴィヒ皇太子殿下しかいない」

 平民達の噂だ。
 誰もが望む太陽。
 巨大な恒星が、帝国を照らしている。
 老い先短い身とはいえ、未来は明るい。
 そう思えるのは幸せな事なのだろう。こどもらが羨ましいわ。
 のう、マルガレータ。

「おじいちゃんのお話は、長いからきらい」
「何ということを言うのじゃー」

 これだからガキはっ。
 わしもジークに会いたくなったぞ。
 
 ■ノイエ・サンスーシ フリードリヒ四世■

 ルードヴィヒがオーディンからイゼルローンへと向う。
 宇宙港には帝都の臣民が貴族平民を問わず、埋め尽くさんばかりに集まっておる。
 文字通り歓呼の声じゃのう。
 それほどルードヴィヒを見られるのが、嬉しいのか。
 そうか、そうなのか……。
 あれはわしの息子じゃ。羨ましいじゃろう。
 そう言いたい気分だ。
 父親として誇らしいわ。

 ■アレックス・キャゼルヌ■

 帝国の兵士達を乗せた輸送船に同乗している。
 兵士達は不安と期待を綯い交ぜにしたような表情を浮かべているが、それでも故郷に帰れるのは嬉しいのだろう。
 どことなく雰囲気が明るい。
 同盟の兵士達も同じような気分なのだろうか?

「先輩」

 一緒についてきたヤンが声を掛けてきた。
 校長がこの輸送船にヤンを乗せた。皇太子を見てこいとの事らしい。
 それに皇太子の指名もある。
 俺とヤン、そしてアッテンボロー。こいつらも連れて来い、そう言ったそうだ。
 ずいぶん校長は、政府の方から突き上げられたそうだが、皇太子がなにを目的で、俺たちを指名したのか分からない。

「いよいよですね」
「そうだな」

 目の前にイゼルローン要塞がある。
 これほど近くにまで近づいたのは初めてだ。恒星に照らされた流体金属の輝きが、眩しくさえ感じられる。

「ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム。あの皇太子に会えますね?」
「一応、会談の場を設けられるようになったそうだ」

 要塞の方に目を向けたまま話す。
 同盟帝国を問わず、戦艦の残骸が漂う空間。その中を進む。

「無視されるかと思っていましたが」

 それは俺も考えていた。
 政府の申し出だけだったら、無視していただろう。

「向こうには向こうの思惑があるんだろう」
「我々三人を、同席させる理由が分かりません」

 離間を狙ったものではないはずだ。そうするには俺たちの階級は低すぎる。
 政府も頭を捻っていたらしい。
 そしてフェザーンの自治領主であるシルヴァーベルヒ氏に問い合わせた。
 返ってきた返事は、

「後方補給の専門家である俺とエル・ファシルの英雄と、ジャーナリストのアッテンボロー氏の子息に、会ってみたいと言われたらしいぞ」
「そういえば、アッテンボローの父親が、皇太子の記事を書いたそうですが」
「ずいぶん面白い記事だったそうだ。帝国にもこれぐらい書くやつがいれば良いんだが、とも言っていたそうだ」
「皇太子は自分の事を貶されても平気なんでしょうか?」
「どうだろうな。それぐらい気にしないほど、余裕があるのかもしれん」

 自分で言っていても、不思議だが余裕があるよな。あの皇太子。
 鷹揚な男なのか?
 それとも冷酷な男なのだろうか?
 鷹揚さも寛容さも擬態という事もある。皇帝になったとき、仮面をかなぐり捨てて、冷酷さを露にするかもしれない。
 昨夜見た映像を思い出した。
 皇太子を盗撮したものだ。ゆっくりとこちらに振り向く場面。
 母親の血だろう。短めの金髪が軽く揺れていた。琥珀色の瞳が鋭く睨みつける。
 怖い。
 そう思わせるものがあった。
 傲然とふてぶてしく。自分の強さを疑っていない。
 それは皇太子という立場から来るものなのか?
 それとも、本質的なものなのか……。

「おそらく本質的に強さを持っているのでしょう。だからこそ……」
「……改革を断行できる、か」

 あれぐらいの強さを持った政治家が同盟にいれば、とも思うが、そうなると同盟から第二のルドルフが生まれたかもしれない。
 ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム。
 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム。
 もしこの二人が、同時期に存在していたならば、どうなっていただろうか?
 意気投合しただろうか、それとも反発しあっていただろうか?

「どうだと思う?」
「もしかするとルドルフの方が、負けていたかもしれませんね」
「どうして、そう思うんだ?」
「明るさです。あの皇太子、策略を巡らしていても、なぜか明るさを感じてしまう。ルドルフは雷鳴に例えられましたが、あの皇太子は太陽ですよ。イメージ的に、ね」
「雷鳴と太陽か……」
「この二人のどちらの下の方が生きやすいでしょうか?」
「間違いなく、皇太子の方だろうな」
「そう思われるだけでも、皇太子の方が有利でしょう」

 それで和平を考えていてくれれば、ありがたいんだがな。
 そう単純でもないか。

 ■総旗艦ヴィルヘルミナ ウルリッヒ・ケスラー■

 宰相閣下が宇宙艦隊総旗艦に乗り込んでおられる。
 普通、宰相閣下ともなれば、ご自分の船を持っていても不思議ではないのだが、宰相閣下はお持ちではない。

「そのうち専用の船を造るさ」

 そう仰られるが、何時になることやら……。
 あまり興味が無いらしい。
 それはそうと、宰相閣下はお忙しい。
 船旅の中にあっても、帝都から書類が送られてくる。その上、決裁を求められる。
 頭の痛いことだ。
 ヴィルヘルミナの会議室。その一角を陣取って、急遽作られた執務室内で決裁を行っている。
 次々と送られてくる通信。送り返す通信。艦内の通信システムを一部専用として使用しているのだ。
 普段見ることの無い宰相閣下の姿に、司令部の士官達が目を丸くしていた。
 問題の多さ。
 改革の困難さ。
 目の当たりにした現実に、誰もが息を飲む。
 めったに宰相府から出てこない宰相閣下に対する不満も、これで一気に解消されただろう。
 外に出ている暇など無いのだ。

「笑えぬな」

 補佐官として付いてきたメックリンガーも、そう言ってため息を吐く。

「なぜ、改革が先送りになっていたのかが、分かる」
「こうなる事が分かっていたからだろう」
「正直なところ、わたしも遠慮したい気分だ」

 そう言うと二人で、顔を見合わせ乾いた笑いが漏れ出した。
 ときおり訪れる司令部の士官、それも特に下級士官達が、宰相閣下をすがるような目で見ていた。
 この困難さに諦めて、改革を断念しないでくれと願っているのかもしれん。戦場など知らなくてもいい。戦争は自分達が行うから……。
 そう思っているのがはっきり分かる。

「イゼルローンまでの短い航路。その間ぐらいは書類から逃げられると、思っていたんだがな~。儚い夢だった……」

 宰相閣下が落ち込んでいる。
 儚い夢。
 実感の篭る言葉だった。

「なにを仰っています。まだまだこれからです」

 机を並べて書類を読んでいたリッテンハイム候が、宰相閣下に声を掛けた。
 門閥貴族の雄が、宰相閣下と机を並べて改革を練っている。
 その状況にみなが、驚きを隠せずにいた。
 本気なのだ。
 本気で帝国は改革を行っている。
 門閥貴族でさえも、改革を支持している。この二人の姿は、それを端的に物語っていた。

「コーヒーをお持ちしましょうか?」
「ああ、そうしてくれ。砂糖はいらない。ブラックで」

 従卒が、おずおずと心配そうに声を掛けた。
 彼は従卒として付けられた幼年学校の生徒で、名をクラウス・ラヴェンデルというそうだ。ラインハルトと同い年らしいが。

「ブラックは……」
「苦味がおいしいんだ」

 ストレスが溜まると苦味をおいしく感じるそうだが、よほどお疲れのご様子。
 ふと漏らす言葉にも、考えれば意味を読み取れる。
 しかしあの少年は、宰相閣下に対して恐々と接していたものだ。その様子に理由を問いかけると、一言。ラインハルトが……。と言っていた。
 それで分かった。
 ラインハルトのように自分も、女装させられてしまうのではないか、と心配していたのだろう。

「宰相閣下にそのようなご趣味は無いぞ。あれはあくまで、ラインハルトをからかっているだけだ」
「ですよね。ラインハルトが散々文句を言っていたから、心配していましたが、ごく普通の方だと思います」
「無論そうだ。ごく普通のお方だ」

 ふう~疲れる。
 なぜ私が、このようなフォローをしなくてはいけないのだろうか……。

 ■総旗艦ヴィルヘルミナ ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

 ここ本当に、戦艦の中か?
 やってる事、いつもと変わりゃしねえ。
 どこを見ても、書類の山。
 泣けるね。
 書類は管理職の天敵だな……。
 書類を見ていると、頭の中が現実逃避を始めた。
 そしてふと思い出す。
 昔々あるところで、屋根の上で日向ぼっこをしていたねこが、寝返りを打った瞬間。
 屋根から転がり落ちたのを見た。
 ありゃ笑った。
 あの猫の慌てたような悲鳴。
 そして見事にくるっと一回転して、地上に降りた姿。
 そんで恥ずかしかったのか、走って逃げやがった。一回だけ、こちらを見て威嚇しやがったが。
 ありゃ~照れ隠しだろう。
 ツンデレなねこだったなー。

「もうすぐイゼルローンか」

 窓の外に映る流体金属。
 ヤンだのキャゼルヌだのアッテンボローに会える。
 同盟側の原作組を見てこよう。楽しみだな。 
 

 
後書き
今川焼きとか回転焼きとか呼ばれるお菓子を、
10個も作ったら姪たちに食べられてしまった。
一個だけは確保したけど。
お行儀が悪いから、両手に持って食べるのは止めなさいといっても聞かない。
姉の躾が悪いんだ。ちょっと甘やかしすぎ。 

 

第37話 「格好良い皇太子様(見た目だけ)」

 
前書き
久しぶりに早帰りー。
それはそうと皇太子様と周囲の温度差が……。
ひどすぎるかも……。 

 
 第37話 「おもわず出撃したくなるクラシック」

 帝国にもおいしいお店はたくさんあって、グルメ系の情報は人気が高い。
 どこそこのお店はおいしいというやつだ。
 さてわたしこと、ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムは、そういったお店に行く機会が無かったりする。
 ちっ、俺だって行ってみたいよー。
 実際には護衛の警備のといった感じで、店側に迷惑を掛けるものだから、行けないが……。
 メニューを見て、選んだりしてみたい。
 この点では下級貴族や平民達が羨ましい。

 ■イゼルローン要塞 アレックス・キャゼルヌ■

 同盟側の捕虜と帝国側の捕虜が、皇太子よりも数日早く、イゼルローンにやってきた。
 そして俺たちのほうも皇太子より早く着いたのだ。
 皇太子はまだ着いていない。
 事務的な話はあっさり片がついた。
 帝国側と同盟で、どちらの名を上にするか下にするかで揉めたが、皇太子のどっちでもいいとの発言によって、同盟の方が上になった。
 一緒に来ていた政治家が、私が認めさせたのだと意気揚々としていたが、皇太子の次の発言で愕然と蒼褪める事になる。
 ばかは相手にしたくない。
 その結果、会談の場には同席できなくなったのだ。

「校長の言ったとおりだな」
「取り扱い注意ですか」

 そうだ。校長が言っていた。
 あの皇太子、取り扱いには注意が必要だぞ。怒らせると怖い。
 サンフォード議長がむずかしい表情を浮かべ、通り過ぎる。
 帝国側は皇太子がやってきたために、同盟側も同じように議長クラスが来なければならなくなったのだ。そうでなければ、皇太子と対等に近い政治家などいない。
 さすがに軍関係者では問題があると判断したのだろう。しかしヨブ・トリューニヒトはこれを見越して、フェザーンへと赴任したのだろうか?
 だとすると交渉はうまくいかないと判断したのかもしれん。
 その理由はなんだ?
 ダメだ。いくら考えても俺には分からん。

 ところで初めて足を踏み入れたイゼルローンは、巨大都市としての一面も持っていた。
 居住空間だけでなく、都市機能としての一面だ。
 同盟から戻ってきた兵士達が、憲兵の監視があるとはいえ、バーなどの飲み屋に繰り出す事も許可された。
 皇太子の命だそうだ。
 オーディンに戻るまでの間、羽を伸ばしておけという事らしい。
 我先に、黒ビール黒ビールとうわ言のように呟きつつ、歩いていく兵士達を見ながら改めて、帝国も同盟も同じ人間なのだと思い知る。

「なあヤン」
「なんですか?」
「本当に皇太子ってどういう奴なんだろうな?」
「う~ん。どうと言われても」

 ヤンがおさまりの悪い髪を、ベレー帽になんとか押し込みつつも首を捻った。俺たち三人は、イゼルローン要塞内を見て回っている。
 視線の先には、護衛役として先行していた艦隊の兵士達が、規律正しく周囲を警戒していた。

「あれは確か……」
「ミッターマイヤー少将の艦隊ですね」
「隣にいるのは、ロイエンタール少将か。兵士達の士気の高さには目を見張るものがあるな」

 皇太子を狙う者は誰であろうと許さん、とでも言いたげな態度を隠していない。
 これほど兵士達に心酔される皇太子とは、いったい何者なのだろうか。

「うちの親父は、帝国にとって希望じゃないかと言っていましたね」
「希望か……」
「確かにね」

 アッテンボローの親父さんは、そう考えているのか。
 希望。
 帝国のというより、臣民たちにとっての希望。
 門閥貴族にやりたい放題にされて、苦しんできた平民達にとっては、門閥貴族を押さえ、改革を実行している皇太子は希望なのだろう。
 なにせ次期皇帝だ。
 帝国のトップ。
 ルードヴィヒの治世は、今よりも開明的で、自由で、暮らしやすくなるだろう。

「親父は皇太子が豹変しない限り、帝国は安定すると思っているみたいです」

 そうだろう。それが多くの人々の予想だ。だからこそ主戦派の主張よりも、和平を訴える声が大きくなりつつある。
 あの皇太子となら、和平交渉ができるはずだ。
 あの皇太子となら、戦争をやめる事ができるかもしれない。
 そんな声が勢いを増しつつある。今回の捕虜交換は一つのチャンスだ。
 皇太子と直接、話し合える機会が訪れた。
 それをたかだか一議員のために、ふいにするわけにはいかない。あの議員、ハイネセンに戻ったら更迭が待っているな。

「そうか、さて俺たちも、黒ビールでも飲みにいくか」
「おっ、いいですね」
「飲みにいきましょう」

 ■宰相府 ラインハルト・フォン・ミューゼル■

 皇太子がイゼルローンに向かった。
 事務局の連中も一緒に連れて行ったために、宰相府はがらんっとした感じになってしまった。
 皇太子の代わりに、ブラウンシュヴァイク公爵が決裁を行っている。それでもむずかしい案件は、皇太子に見て貰わなければならない。
 頭の痛いことだと思う。
 統治者、改革者として皇太子は有能だ。それは認める。
 だが皇太子が有能であるからこその、問題が現れだしている。
 個々の問題であれば、皇太子よりも有能な人材はいるだろう。だが改革全体を見通せる者がいないのだ。
 それ故に皇太子の代役がいない。
 皇太子ただ一人に、問題が圧し掛かっている。
 もし仮に皇太子が亡くなるような事があれば、改革が頓挫すると思われるほどに。箱入り娘ならぬ、箱入り皇太子にしておきたいと、帝国の上層部が思うのも当然だろう。
 俺が仮に、あくまで仮にだが、簒奪したとしても、同じように思われるのではないか?
 現在の帝国で、皇帝の地位に就く者は、改革を断行しなければならない。
 これは第一条件だ。
 軍事力でも、政治力でもなく。改革を断行する者。
 それを為しえる者。
 これなくして誰も帝位など認めないはずだ。
 俺自身も例外では無い。
 華々しい戦果など、鼻にも掛けられる事などありえない。

「皇太子の敷いたレールに乗るしか、他に手が無いのだろうか?」
「民衆の願いを無視しては、統治などうまくいきませんよ。それとも劣悪遺伝子排除法を復活させますか?」
「バカな。そんな事はありえないっ!!」
「では、皇太子殿下の路線を維持するしかありませんね」
「やはりそうなるのか……」

 キルヒアイスの言った事は、皮肉ではなく。客観的に見ても、そうするしかないと思われた。

 ■総旗艦ヴィルヘルミナ エルネスト・メックリンガー■

 総旗艦ヴィルヘルミナの中を、帝国軍音楽隊によって奏でられる“ワルキューレは汝の勇気を愛す”が響き渡っている。
 音楽隊は宰相閣下のご命令で猛練習をしている。
 松明式典が行われるのだ。

 16世紀の傭兵時代から続く儀式の一つ。
 ツァプフェン(酒樽の栓)シュトライヒ(一撃)という名称は、かつての夜(休息)の合図に由来する。
 その当時、飲食店(酒場)では、酒樽の栓を打った瞬間に酒の提供を止め、兵士達はテントに帰る決まりになっていた。
 その帰営の合図に、トランペットやフルート、太鼓などの演奏が加わり、軍隊音楽による儀式になっていった。

 捕虜を出迎えるのに、この厳粛な格調高い儀式をもって帝国へ帰還させる。
 かつては帰営の合図でもあったらしいこの儀式。
 その指揮者に選ばれた事を名誉に思う。
 宇宙艦隊司令長官のミュッケンベルガー元帥も、松明を持って参加するという。演出といえば、その通りなのだろうが、宰相閣下のなさりようには驚かされる。

 ■イゼルローン要塞 アレックス・キャゼルヌ■

 とうとう来たというべきか……。
 皇太子ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムがイゼルローンに到着した。
 帝国軍宇宙艦隊総旗艦ヴィルヘルミナが入港してきたのだ。
 要塞内は騒然としている。
 駐留していたMS部隊が、整然と左右に分かれ、回廊を構成した。
 姿を見せた皇太子に、誰もが息を飲んで見守っている。

「とうとう着ましたね」
「ああ」

 ヤンの囁き声に頷いたものの、皇太子から視線を逸らせない。
 金色の髪が照明を反射して、王冠を思わせるような色彩を放つ。
 背は高く。体格はすらりとしている。
 遠くからでは、表情まで窺えないが、それでも存在感の強さが伝わってくる。
 あれが、銀河帝国皇太子なのだ。
 そう思うと、自分の喉が鳴る。

「ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。忠実なる我が帝国軍兵士達、約束通り迎えに来た」

 これが皇太子の第一声だ。
 その途端、駐留軍兵士達だけでなく、捕虜達の間からも歓声が沸き起こった。
 我々同盟は、皇太子に三百万人もの陶酔者たちを差し出したのかもしれん。捕虜達は皇太子に忠誠を誓うだろう。
 この瞬間に、それが解った。
 理解してしまった。
 皇太子がゆっくりとタラップを降りてくる。
 その背後には、宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥と門閥貴族の雄、リッテンハイム候爵が付き従い、さらにその後ろには、改革派と呼ばれる官僚達が列を作っていた。
 帝国軍の兵士達が、頭を垂れている。
 威風堂々という表現がぴたりと当てはまる。
 覇気が強いという訳ではないように思える。高圧的な態度ではない。威圧的でもない。
 だが、自然と敬意を払われる。

「帝国の皇太子というのは、これほどのものでしたか?」

 ヤンの声が震えていた。
 その隣でアッテンボローがぼそりと呟いた。

「親父に言われた事を思い出しましたよ」
「親父さん、なにを言ったんだ?」

 思わず聞き返した俺に向かって、アッテンボローが一言、

「位負けするなよ、と言われました」

 と言った。
 位負け。格などということは言いたくない。
 しかし明らかに、軍人レベルでは勝てそうも無い相手だった。

「本物の専制君主だ……。覇道ではなく、王道を歩む王です」

 覇王じゃない本物の王者。
 そんなものがこの世に存在するのか?
 誰もが望む、理想の王。この人に任せておけば、大丈夫。そう思う気持ち。
 ダメだ。
 それではダメなんだ。
 アーレ・ハイネセンは自立、自主、自律を掲げた。
 自分の頭で考えて行動する。それこそが民主主義の原点だ。
 理想の王の下、安寧と暮らす。それはある意味、幸せな事だろう。彼は、皇太子は民主主義を真っ向から否定してしまっている存在だ。
 我々は、同盟は、彼とは相容れない。
 どちらが良いとか悪いという話じゃないんだ。

「甘い、甘美な誘惑ですね」
「楽になれよと囁かれたような気がします」

 ヤンとアッテンボローも、身を震わせていた。
 二人にも分かったのだろう。
 皇太子の持つ本当の恐怖が……恐ろしさが。

「まさしく悪魔の誘惑だな」

 ■イゼルローン要塞 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

 は~るば~るきたぜ~イゼルローン。
 儀礼服にマント。案外肩が凝るんだ。かといって周りの目があるからな、肩を揉むわけにもいかん。厄介なもんだ。
 さて、ヤンとか同盟の原作組はどこかなっと。
 お、いたいた。うん? なんだありゃ?
 深刻そうな表情を浮かべてやがる。いまからそれじゃ先が暗いぞ。
 なんか妙なところで、過大評価を受けてるような気がする。
 やっぱり、威風堂々は止めておいた方が良かったかな?
 もっと軽快な音楽を流させるべきだったか……。
 第九とかでも良かったかもしれない。
 それにしてもイゼルローンはおおきいなー。
 戦艦の残骸も漂っていたし、こんな要塞一つに、ご苦労な事で。
 作った甲斐があったというものなのだろうか……。
 あー。はやくどこかで休みたいなー。 
 

 
後書き
あーはっはっは。
明日も忙しいのさー。
妙にハイテンションになってきた。 

 

第38話 「皇太子殿下の二面性」

 
前書き
ラインハルトはツンデレ。
でも……やんでれにジョブチェンジするかもしれない。
帝国の幼年学校はどうなっているんでしょうね? 

 

 第38話 「会議は踊らない」

 ウルリッヒ・ケスラーだ。
 イゼルローンには、上級大将以上の者のみが、立ち入る事のできる部屋がある。
 もっともそれは建前で、本当は門閥貴族用の応接間だ。
 かつて門閥貴族は、最前線のイゼルローン要塞にあっても、この部屋でサロンの真似事をしたものだった。門閥貴族らしく贅を凝らした豪奢な部屋。
 今この部屋に、帝国同盟の政治家達が集まっている。
 帝国側は宰相閣下。
 リッテンハイム候。
 そして宰相府の事務局の連中が座っている。
 同盟側はサンフォード議長。
 そして数名の男達だ。いや一人女性がいるな。
 名前は確か……ルイ・ホワンだったか。

 ■ジョアン・レベロ■

 目の前に帝国宰相がいる。
 ソファーにゆったりと座って、寛いでいるようにも見える。
 それに引き替え、サンフォード議長の落ち着きの無い態度ときたら、ヨブ・トリューニヒトの方がはるかにマシだったかもしれん。
 いやな奴ではあるが、少なくともこの状況では、議長より頼りになっただろう。

「銀河帝国皇太子・帝国宰相ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。卿らに会えて光栄だ」

 年に似合わず、落ち着いた口調だった。
 我々よりも年下のこの男に、飲まれている。
 生まれながらの支配者。
 確かにそう思えるところがあった。

「自由惑星同盟最高評議会議長・国家元首ロイヤル・サンフォード……だ。こちらこそお会いできて光栄に思います」

 額の汗を拭いながら答える議長。
 情けないとは思うが、笑う気にはなれん。部屋中に漂う緊張感に耐えるのが、精一杯だ。
 ふと隣を見るとホワンが涼しげな笑みを浮かべていた。
 案外女性の方が度胸が良いのかもしれない。
 続いてリッテンハイム候爵が余裕な態度を見せつつ、挨拶を口にした。さすが門閥貴族の風格といったところか……。

「あまり緊張しないでくれ。それでは落ち着いて話もできん」

 皇太子が軽く笑う。馬鹿にしている訳ではない様だ。
 こういう状況に慣れているだけだろう。皇太子を前にして、緊張する者も多いのだろう。それゆえ落ち着かせるために、女官達に飲み物を持ってくるように言いつける。
 恭しく頭を下げて、女官が部屋から出て行った。
 皇太子は無言のまま、こちらを見つめている。
 なにを考えているのか、感情も考えも読めない。視線だけがこちらに押し寄せてくる。この視線に晒された者は、自分を省みるしかないのかもしれんな。
 誰もが無言のまま見つめ合っていた。
 はやくこちらの用件を口にするんだ。まず議長が口を開かないと、我々も黙っているしかないというのに。

「お見合いではないのだから、用件を言ってくれないか? 無駄に過ごせるほど、暇じゃないんだ。用が無いのであれば、席を立たせてもらう」

 そう言って皇太子がすっと立ち上がった。
 若いだけあって、動作が機敏だ。思えばまだ二十代の若者だ。

「お待ち下さい。帝国宰相閣下は、同盟との和平はお考えですか?」

 部屋の中に女性の声が響いた。
 ホワンだ。
 皇太子の視線がぴたりとホワンに向けられた。
 そしてもう一度、席に着く。

「私が宰相となって以来、出征を控えるようにしたが、それでも休戦状態はわずか二年しか持たなかったな」

 イゼルローン攻略の事を言っているのだろう。
 仮初めの休戦状態。
 それを同盟側から破った。シトレの言ったとおりだ。帝国側に戦争理由を与えるようなものだと。

「宰相閣下はそれでもなお、出征を控えておられます。和平の意志があると考えても宜しいか」
「戦争状態は続いている。勝手に都合よく解釈するな。門閥貴族ではあるまいし。卿らは民主共和制国家の政治家だろう」
「ですが、ここ数年、実際に戦闘は行われておりません」

 思わず口に出した。
 皇太子の視線がこちらに向けられる。

「実際に戦闘を行うだけが、戦争ではあるまい」

 取り付く島が無いとはこの事だな。
 冷静だ。
 この皇太子は冷静に状況を見ている。そして着実に手を打ってきている。
 その一例がフェザーンだ。
 帝国にフェザーンを取られた。二つの回廊を押さえられてしまっているのだ。

「とある記者が、宰相閣下の事を“理想的な専制君主を演じている”と書いていましたが、その事についてはいかがでしょうか?」

 ホワン、突然なにを言い出すんだ?
 この場で出すような話題では無いだろう。

「人は誰しも社会的役割を演じている。政治家ならば政治家としての役割だな。そして皇太子なら皇太子としての役割を演じなければならない。脚本がある訳ではないし、カメラがある訳でも無いが、それでも演じているだろう」
「では今の皇太子殿下は、本来の人物とは違うという事でしょうか?」
「それはそちらも同じではないかね」
「私は自然体で臨んでおります」

 皇太子が軽く笑みを浮かべる。哂ったのだ。
 バカにしたような笑みだ。
 ホワンの顔にさっと朱が差した。

「自然体で行える政治とは、楽で宜しいな。羨ましい事だ」

 がつんっと殴られたような衝撃だった。
 ここは帝国と同盟の交渉の場だ。その場において自然体でいられるなど、確かに楽ではあるのだろう。しかし皇太子は、この場の事ではなく。
 政治家としての動きを楽と評した。
 勝手に解釈するなと言いながら、しらっとした顔で勝手に解釈する。
 たいしたタマだ、この皇太子。

「卿らも何か質問は無いのか? せっかく民主共和制の政治家と会えたんだ。質問するといい」

 皇太子が背後を振りかえって、官僚達を見た。
 帝国でも改革派と呼ばれる者たちだ。その内の一人が軽く手を上げる。

「カール・ブラッケと申します。同盟では平民の権利がかなり認められているとお聞きしますが、どの程度まで認められているのでしょうか?」
「同盟においては、主権は国民にあります。国民主権の国ですから」

 サンフォード議長が口を開いた。
 こればかりは自信を持って言えるのだろう。
 皇太子は聞きながら、なにやら考え込んでいる。

「国民主権か……珍しいものを主張しているよな。古い話で悪いが、二十世紀、二十一世紀において最大の覇権国であったアメリカでは、国民主権を主張していなかった。むしろ弱国の方が主張していたような気がするが、所変われば品変わるか」

 こいつ……我々よりもかなり歴史や政治体制を研究している。

「よくご存知ですな」
「民主共和制といえども、強力な指導者を欲する。また必要でもある。それらの別名は独裁者だ。結局最後は誰かが、決断して人を動かさなければならない。ルドルフやアーレ・ハイネセンの様にな。そうでなければ物事が動かない。帝国も同盟も変わらんよ。看板が違うだけだ」
「それでも主権は国民にあります。この点が帝国とは違う」
「それで? この泥沼の戦争について、自由惑星同盟の国民の誰が責任を取ったのだ?」

 なんだ。何が言いたい?
 戦争の責任を、国民に求めるのか?

「それはいったいどういう事でしょうか?」
「主権者が責任を持たずして、誰が責任を取るというのだ。政治家が辞任や落選をすれば、責任を取ったというのは、他国の者にとって何の意味も無い。無責任極まりないな」
 
 国民主権とは、責任は国民が自分で取れ、という事だと、皇太子が言った。
 同盟側だけでなく、皇太子の背後にいるカール・ブラッケなどの官僚達も息を飲む。

「閣下、それは……」
「帝国であれば、皇帝に対して文句を言ってもいい。しかし国民が主権者なら政治の責任は、自分の責任だ。文句の言いどころがない」
「厳しいですな」
「一国の責任者とは、厳しい立場に置かれるという事だ。楽そうに見える者はいても、楽な責任者などおらん」
 
 皇太子とはこういう男だったか。
 帝国二百五十億の臣民を、背負う立場である事を自覚している。
 そしてこちらにも、百五十億の同盟市民を背負ってこの場にいるのだろうと、突きつけていた。
 その上で自然体だと? 笑えるジョークだと言っている。
 だが、和平交渉はできる。できる相手だ。
 席に着くことを嫌がってはいない。
 ぎゅっと眼を瞑り、そして開いた。
 大きく息を吸い、吐く。

「我々は主権者である国民から委任され、国家を運営する立場にあります。その上で帝国宰相閣下の前に立ちました。これより和平交渉を致したいと思います」

 腹の底から声を出す。
 どう、でる? 怒って席を立つか……。いや、立つまい。

「同盟側から攻めてこない限り、現時点において帝国に侵攻の意志は無い」

 これだ。この言葉が聞きたかった。
 帝国に侵攻の意志は無い。皇太子は同盟に攻め込んでこないと、明言した。

「ただし、同盟側から侵攻してきた場合、これを迎え撃ち、さらには同盟をも討伐する」

 ふむ。攻撃してきた場合はやり返す、か。当然だろうな。
 やられっぱなしではないだろう。

「そして図に乗るなよ」

 皇太子の声に怖いものが篭った。
 ぞくっと背筋に冷たい汗が流れる。ミシッと空気が軋む音が聞こえた。まるで部屋中の空気が凍ったみたいだ。

「そ、それは……どういう……意味でしょうか?」

 歯が鳴る。口の中がからからに乾いた。

「例えば、ヴァンフリート。イゼルローン攻略のために基地を作っているだろう。そこに大量の兵器を用意して置くとかな。やがて攻めてくると分かっていながら、暢気に構えている気は無い」

 まずい。軍備の意思を見せた時点で、破棄すると言っている。
 このままでは同盟は動けない。
 だが皇太子は、帝国側から侵攻の意志は無いと明言した。
 そしてそれが破棄される場合は、同盟に責任があると宣言する気だ。
 しかしこちらが動かない限り、本当に帝国が侵攻してくる事は無いだろう。
 有言実行。
 皇太子はそういう男だ。言った以上はそれを守る。
 その点は信用できる。
 あとはどれだけ、主戦派を抑えられるかだな。

 ■アレックス・キャゼルヌ■

 同盟の政治家達が部屋から出てきた。
 どの議員の顔も深刻そうな表情を浮かべている。和平交渉はうまく行かなかったのだろうか?

「先輩」

 ヤンの声が潜められた。
 まずいぞ。いつもは陽気なアッテンボローすら、緊張しているようだ。

「こちらへどうぞ」

 部屋の中から女官らしい女性が現れ、俺たちを部屋へと誘導する。
 部屋の中には皇太子とリッテンハイム候爵がいた。
 二人は俺たちが部屋に入ると、さっと立ち上がり招き入れる。

「ようこそイゼルローンへ。卿らを歓迎する」

 皇太子自らが招き入れるとは驚く。
 アッテンボローのやつが緊張して、しゃちほこばった態度になっていた。

「恐縮です」
「いや、気にしなくていい。卿ら三人に会ってみたかった。会えて嬉しいと思う」

 いったい俺たちの何が、皇太子の興味を惹いたのだろうか?
 よく分からん。身に覚えが無い。ぶつけてみるか……。

「お会いできて光栄ですが、いったいどういう訳で、我々を招いたのでしょうか?」

 皇太子が軽く肩を竦める。
 口元には笑みが浮かび、少し困ったような表情になった。

「ただの好奇心だといったら、笑うかね」
「いえ、笑いはしません。ですが理由が分からないもので」
「いぜん卿の書いた組織運用論を読ませてもらった。中々興味深い内容だと感じたものでね。ぜひ会って見たいと考えたのだ」

 そうか、あれか!!
 しかし帝国の皇太子までが、読んでいたとは思っても見なかった。
 皇太子はヤンの方に視線を向け、エル・ファシルの英雄だな、と確認するように問う。

「英雄と呼ばれる様な事は何もしていませんが……」
「謙遜だな。卿は二百万人もの民間人を救ったのだ。その功績は受け入れるといい。もっとも今の帝国軍が、民間人に暴行を振るうと思われてはいささか困るが」
「はい。兵士達の士気の高さには目を瞠る思いです」

 ヤンの言うとおり、士気の高さは驚くべきものがある。
 しかも規律正しい。
 馬鹿なことを命じる貴族がいなくなったためだろうか?

「さて、ダスティー・アッテンボロー少佐。卿の父親の書いた記事を読ませてもらったが、中々に卓見だな」
「親父……いえ、父の書いたものをお読みなったのでしょうか?」
「ああ、読ませてもらった。そしていつもの様に、親父でいいだろう。私も父の事はくそ親父と言っているからな」
「宰相閣下の父親? ……フリードリヒ四世……陛下?」

 皇太子が皇帝の事をくそ親父と呼んでる?
 まさか……。
 リッテンハイム候に目をやると、候は軽く頷いた。
 本当なのかっ!!
 いや、嘘を言っても仕方ないだろうが、それにしても本当なのか。
 リッテンハイム候が、困ったように額に手をやる仕草を見せた。

「……一つフォローしておくと、決して仲が悪いというわけではない。ただ……皇帝陛下は悪戯好きでね」

 そこでまた、リッテンハイム候がため息を吐いた。

「リッテンハイム候、卿も知っているだろう? あのお達者くらぶの悪巧みを」
「まあ、知ってはいますが……」
「だいたい私に、後宮を持たせたのは、あのくそ親父の悪巧みだ」

 後宮が皇帝の悪巧み?
 どういう事だ? いったい帝国内では何が起こっているんだ?

「帝国では秘密でもなんでもないんだが……皇帝陛下が皇太子殿下を、ぎゃふんと言わせたいとお考えになって、あれやこれやと策を弄しておられるのだ。無駄なのだがね」
「だいたいこどもか、あの親父は? お菓子を見せびらかすように食べてどうする?」
「ありましたなー。あの時は我々の方が呆気に取られたものです」

 我々も呆気に取られていると、皇太子が「いや、失敬」といって態度を改めた。

「まあ事ほど左様に、困った親父というものは存在するものだ。アッテンボロー少佐にはご理解いただけるだろう」
「分かります。よぉ~く、分かります」

 アッテンボローの声にも、実感が篭っていた。
 その後は皇太子の話題に笑ってしまうような場面も見られた。我々との会談は非公式なもののせいか、気さくな面を見せているようだ。
 これも二面性というものか……。

「しかし改革というのは、むずかしいものだ」

 皇太子が呟くように言う。
 改革の主導者がこの様に言うとは、よほど帝国は膿が溜まっていたのか?
 やはり門閥貴族の反発が大きいのだろうか?

「と言いますと?」
「良かれと思ったことでも、よくよく考えると、それを行った際に起きるであろう問題が浮上してくる」
「良かれと思ったことですか」

 なんだ、貴族との対立ではないのか?

「ああ、改革当初は平民達の権利を拡大と効率化を目指そうと思っていたのだが、効率化は大量の失業者を生み出すことにもつながる。ヤン大佐。大佐は後家殺しというものを知っているか?」
「後家殺しですか?」

 話を振られたヤンが首を捻っている。
 俺も初めて聞く言葉だ。そっち系の話ではないはずだ。

「ああ、脱穀における効率化の為の機械でな。正式にはせんばこぎと言うが、それが開発されて以来、人力が必要とされなくなった。それまでは力ではなく、根気を必要とされる作業であったために、女性、特に後家さん、つまり夫のいない女性が、収入を得るために従事していたが、仕事を失ってしまったのだ。誰が悪いという事ではないが、効率化には良い面も悪い面もあるという話だ」
「改革も同じですか?」
「そうだな。貴族と平民という二元論だけでは、計りきれんものがある」

 帝国という巨大な国家を動かすのだ。
 どこかで泣く者もでてくるだろう。それでもやらねばならんというのが辛いところだ。と皇太子が話す。
 改革というものは綺麗事ではない。という事が伝わってくる。
 それにしても皇太子はよく勉強していた。
 俺と組織論について話し、ヤンとは歴史の話。アッテンボローと身内の話で盛り上げる。
 帝国の兵士達が心酔するはずだ。話をしていると引き込まれるような気がしてくる。

 ■オーディン 宰相府 ジークフリード・キルヒアイス■

「やっぱり、ついていくべきだった」

 宰相閣下がイゼルローンに向かっていらい、ラインハルト様がぷりぷりと怒っている。

「特に、従卒にクラウス・ラヴェンデルがついているんだぞ。あれはやばい。やつはまずいんだ」

 まー彼もラインハルト様と同類ですからねー。
 なにがとはあえて申しませんが……。

「従卒なら俺がやってやるのにっ!!」
「女装でですかー?」
「キルヒアイス~」

 わわっ、ラインハルト様が怒って追いかけてきた。
 それにしても簒奪はどうしたんでしょうかねー。

「だって、それ言ってないと、皇太子に負けそうなんだもん」

 あっ、ラインハルト様が拗ねた。 
 

 
後書き
12月です。
12月にはクリスマスがあります。
「今年も一人なのか」と押し寄せてくる焦燥感。
とはいえ、予定は入っており。
友人達と三人で素敵なレストランは却下。
鍋を食べに行きます。
空しいというなー。 

 

第39話 「帝国のグランドデザイン」

 
前書き
前に書いたと思いますが、時代小説のネタのために男性用の着物の着付けを調べていましたら、資料の少なさに愕然としました。
着付けというと女性物ばかりなんですね……。 

 
 第39話 「松明式典」

 ホワン・ルイだ。
 皇太子にしてやられた。
 和平交渉そのものを、戦略に組み込まれてしまったのだ。
 それもこれも私達の認識が甘かった所為だろう。
 戦争を始めるのはたやすい。
 続けるのも……。
 しかし、どういう形で戦争を終わらせるのか、真剣に考えていたのは皇太子だけだった。
 我々は甘かった。
 終わらせなければと考えていたが、終わらせ方を考えてこなかった。
 そこを突かれてしまった。
 迂闊としか言いようが無い。

 ■アレックス・キャゼルヌ■

 帝国宰相は一種の怪物だ。
 自分の心の中にある理想の王を演じきろうとするのは、並の人間にできることではない。
 そしてその役を、実にうまく演じている。
 民衆の理想といっても過言ではないほどに……。
 皇太子を戦場で倒すなど、不可能だ。
 まず出てこない。
 そしてオーディンまで攻め込んでいくのも無理だ。

「帝国製の映画というのは、実につまらない。よくもまあ、あれほど教育性にのみ、特化できるものだと思う。娯楽では同盟に負けているな」
「とはいえ、同盟も最近ではワンパターンと化していて、つまらなくなってきました」
「日常的に戦争があるのに、戦争物など、見たくも無いだろうに。なぜそれが分からないのか?」
「娯楽を政治利用しようとしているんですよ、きっと」
「あっけらかんと、明るく楽しめるものの方が良いと思うのだがなー。作れといっても中々作りやがらない」

 皇太子とアッテンボローが映画の話をしている。
 それにしても皇太子が、明るい映画を作れと命じているのには、驚かされる。娯楽ぐらいは明るいものの方が良いと思う。か、同感だ。

「むしろオペラ関係者の方が乗ってきているぞ。この間、帝国でカルメンが演じられた」
「カルメンですか?」
「ドロドロだろう」
「ドロドロですね」
「やりたいネタがたくさんあるらしい。結構なことだ」

 皇太子が快活に笑う。
 暗さを感じさせない笑みだ。対照的なのが、リッテンハイム候だった。
 私はもっとこう、華麗で重厚な方が好みだと呟いている。

「卿は好みが固いぞ。娯楽ぐらい頭を空っぽにして、楽しめ」

 厳しいのは現実だけで十分だ。
 そう皇太子は言う。その意見にも賛成してしまう自分がいる。
 ヤンやアッテンボローも、皇太子と同意見らしい。
 そして帝国の民衆達も、皇太子の考えに賛成しているのだろう。
 今まででは考えられない状況だ。
 皇太子を見ているだけでも、帝国の未来は明るい。
 そう思ってしまう。
 翻って同盟はどうだ?
 未来は明るいと思えるか?

 ■ジョアン・レベロ■

「うまく皇太子にしてやられたな」

 ホワンがチッと舌打ちをした。
 テーブルに肘をつき、頬杖をついている。少し傾けた首。髪が頬にかぶさっていた。
 だがそれを気にした風もなく。なにやら考え込んでいる。

「しかし侵攻の意志は無いと明言したぞ」
「それを信用しているのか?」
「している。少なくともあの皇太子は、そんなところで嘘は言わんだろう。あれはそういう男だ」
「なるほど。……それはわたしも同意見だ」

 それは明言した言葉か、それとも皇太子の人物に対してなのか?

「なにを考えているんだ?」
「戦争の終わらせ方」
「終わらせ方?」
「あの皇太子は、戦後を考えている。この戦争が終わったあとの事を考え、それに沿って手を打っている」
「戦後か……」

 私には見えてこない戦後が、すでに見えているのか?
 そしてそのために手を打つ。
 一歩も二歩も先を行っている。
 恐ろしい男だ。

「だけど交渉の糸口は見えてきた。わたし達は戦争を止めることを提案していた。しかしそれだけではだめだったんだ。戦後どうするのか、それを提案しなくてはいけなかった」
「それが終わらせ方か……」
「そう、戦後帝国と同盟はどういう関係になろうとしているのか? そこを提案できないのであれば、あの皇太子は統一した方が良いと考えている」

 そうだな。どういう風になるのか分からないのであれば、自分で決められる方が良い。それがたとえ統一という形になっても。あの皇太子ならそう考えるだろう。

「あの皇太子は帝国を、どういう形に持っていこうと、考えているのだろうか?」
「立憲君主制」
「なに?」
「権威の象徴としての皇帝。そして権威と政治と経済の分離。一点集中型のシングルコアではなくて、トリプルコア。戦後帝国は三つの頭を持つようになる」

 ここまでは読めた。そう言ってホワンが頭を掻き毟る。
 あの皇太子、皇帝を帝国の重石代わりに使う気だ。とも言う。

「どういう事だ?」
「問題が起こったときは、皇帝という権威をもって是正する。しかし普段は政治にも経済にも関与しない。貴族と平民の議会の決議を持って帝国を運営する。これが帝国のグランドデザインだろう」
「なるほど政府の上位に位置はしているが、皇帝親政ではなくて、議会制を取り入れるつもりなのか? そして政府や経済の暴走を、強権を持って止める事の出来る存在。それが皇帝か……」
「あの皇太子ならば、それができる。そして暴君が現れたときは、議会で止めろと言っているんだ」
「よく読めたな」
「皇太子の動きを思い返していたら、気づいた。貴族院議会とか、平民の代表を選んだところとかな。統治者としての貴族。意見を述べる場を与えられた平民の代表者。軍関係に対する態度。帝国宰相ではあっても、帝国軍三長官を兼任していない。フェザーンもそうだ。その意味をもっと考えるべきだった」
「えっ?」
「権力を自分一人に、集中させていないんだ!! まったくよく考えているよ、あの皇太子。自分が死んだ後の事まで考えている。国家百年の計だ。本気でそんな事を考え、実践するとは、本物の専制君主の本領発揮だな」

 ホワンがため息をついた。
 聞いているこちらの方が、気が滅入ってくるような深いため息だった。
 あの皇太子は言外に見せていた。銀河帝国皇太子という権威で、ここまで動けると。
 支持率に一喜一憂し、選挙のたびにおろおろする政治家とは根本的に違う。
 専制君主というあり方。それを体現しているのが皇太子だ。
 貴族と平民と軍の支持も持っている。その上で帝国全土を見渡して、決断しなければならない。
 今後銀河帝国の皇帝は、いまの皇太子と同じ態度で、動く事になるか……。

 ■松明式典 ウルリッヒ・ケスラー■

 照明が落とされたイゼルローンの港。
 式壇の上に宰相閣下が立っておられる。スポットライトを浴び、お姿が浮かび上がる。本式の儀礼服にマントを纏う。いっそ華やかとも思えるほどだ。口調の悪さで、ついつい忘れてしまいがちだが、黙って立っていれば顔立ちは整っているのだから、人目を引く。
 各艦隊に沿って迎えに来た兵士達が松明を持って整列している。
 指揮者台の上のメックリンガーが、指揮棒を振った。
“ワルキューレは汝の勇気を愛す”が流れ出す。

「点火」

 宰相閣下が落ち着いた口調で指示された。
 その途端に、松明に火が灯される。まるで火の回廊が作り出されたような印象を持った。
 ゆらめく炎の回廊。
 影もゆらめく。
 帰還兵が乗り込む艦艇にまで続く道。道は炎によって導かれている。

「さあ諸君。故郷へ帰ろう」

 宰相閣下の言葉とともに、帰還兵達が歩き出す。
 総旗艦のタラップの最上段に、宇宙艦隊司令長官のミュッケンベルガー元帥が松明を持って、立っていた。

「よく帰ってきてくれた」

 最初の帰還兵が通り過ぎる際、元帥が低い声で呟くように言った。
 はっとした顔で振り向いた兵は元帥を見たが、元帥は厳めしい表情を浮かべているだけで、自分の聞いた声が本当だったのか、幻聴だったのか判断できずにいるようだ。
 ただ自分に続いて艦に入った者達も、驚いたような表情を浮かべていたために、その言葉が他の者にも聞こえた事を知ったらしい。
 厳めしい表情を崩さない元帥。
 たった一言。
 短い言葉ではあったが、そこに全てが込められていた。
 帝国軍宇宙艦隊は、帰還兵を受け入れる。
 今までのように排斥する事は無い。差別も無い。
 司令長官がそれを宣言したに等しい。

「何をしている。胸を張りたまえ。諸君が恥じ入る必要など、どこにもあるまい」

 ヴィルヘルミナの中で、リッテンハイム候の声が響き渡る。
 スクリーンに映し出される侯爵の姿に、兵士達は再び驚かされた。
 門閥貴族の雄が歓迎の意志を見せたのだ。
 銀河帝国皇太子・帝国宰相ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム。
 帝国軍宇宙艦隊司令長官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥。
 門閥貴族の雄ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム候爵。
 皇太子も軍も貴族も帰還兵を受け入れている。
 今までの帝国ではありえなかった事だ。
 皇太子の言った、
『少しはマシな帝国になったと』

 という言葉は真実だ。
 帝国が変わったことを、帰還兵達はこの時初めて知った。今まではどこか半信半疑であった事が、事実として受け止められたのだ。
 私こと、ウルリッヒ・ケスラーはこの場に居合わせたことを、一生忘れないだろう。

「さあ諸君。我々とともに新しい帝国を作っていこう!!」

 宰相閣下の言葉が聞こえた。
 その途端に歓声が響き渡った。
 彼らはよき帝国臣民になるだろう。
 松明の行進が続く。音楽隊も奏でながら歩き出す。
 一番最後に宰相閣下が総旗艦ヴィルヘルミナのタラップに足を掛けた。
 窓にへばりつくように兵士達が、宰相閣下の姿を見つめている。

「あれが俺たちの皇太子殿下だ。次期皇帝陛下だぞ」

 誰かが呟いた。その声に煽られ、

「ジークライヒ!!」
「ジーククローヌプリンツ!!」

 帰還兵のみならず、艦隊、イゼルローンに駐留している兵士達からさえ、歓声が沸き起こる。

 ■ジョアン・レベロ■

 皇太子が帰還兵を連れて、オーディンへ帰っていった。
 歓声の声がいまだ耳に残っているようだ。

「皇太子の人気は凄いな……」
「彼は正統な皇太子だ。その皇太子が、改革を唱え、実行している。支持しない理由がない」
「そうだな。我々ですら、彼を支持している。このまま和平が成立すればいい、と」

 思わず呟いた言葉に、ホワンが反応する。
 本当に彼を支持しているんだ。銀河の平和のためにも。

「さて、我々も急いで本国に帰らねば。呆けている場合じゃない」
「お、おい」
「今回の皇太子の明言を公表しなくてならない」

 ホワンが急いで同盟の艦隊へと戻っていった。
 息を切らせて追いつくと、ホワンが涼しげな笑みを浮かべて、何事かを再び考え込んでいる。

「どうしたんだ?」
「あの皇太子は侵攻の意志はないと明言したんだ。その事を公表する。主戦派を抑えるために」
「確かにそうだが……」
「だから公表するんだ。公表する事に意味がある」
「公表する事に意味がある?」
「あの皇太子は、銀河で一番注目されている人物だ。そして改革の主導者で、その皇太子は自らの言葉を無視できない。やっぱり侵攻しますとは言えないんだ」
「うん?」
「そんな事を言えば、改革もやっぱりやめます、と言い出すだろうと思われるからな。あれは自らの手足を縛りつけたようなものだ。だから公表する」
「皇太子の動きを牽制するのか?」
「そうだ。そのとおり。牽制する」

 ■総旗艦ヴィルヘルミナ リッテンハイム候■

「宜しかったのですか?」
「何がだ?」
「侵攻の意志はないと明言されたことです」
「構わん。侵攻の意志はない。だが攻めてくれば、これを迎え撃つ」
「攻めてきますか?」
「来るさ。そして今頃、俺の言葉を公表しようとしているだろうな。公表した上で攻めてこさせる。自ら滅びたいと言わせてやろう」

 皇太子殿下が軽く笑う。
 あいかわらず怖いお方だ。
 同盟が気の毒に思えてきた。

「失礼致します」

 ケスラー中佐とメックリンガー少将が揃って部屋に入ってきた。
 二人とも高揚がまだ冷めていないようだ。

「よっ、二人ともよくやった。ご苦労だったな」
「はっ。光栄であります!」

 皇太子殿下の言葉に恐縮している。
 とはいえ、ケスラーはスパイのチェックをしていたし、メックリンガーは指揮者という大役を果たした。二人ともよくやったと言うべきだろう。

「メックリンガー少将。卿は芸術関係に強いそうだが、わたしはその方面には疎くてな。今後も卿の見識に頼る事になると思うが、よろしく頼むぞ」
「光栄であります」

 見事な敬礼だ。
 畏敬の念が伝わってくる。

「ケスラー中佐。帰還兵の様子はどうだ?」
「はっ。見違えたように規律正しくなっております」
「そうか」
「帝国軍人として、恥ずかしくないようにせねばと、思っているようです」
「それは結構な事だ。ミュッケンベルガーはどう思っているのだろうな」
「元帥は苦笑を漏らしておりました」
「まあ元帥らしい。帰還兵は帝国軍人である。それにふさわしい扱いをする様に」
「はっ!!」

 二人が部屋から出て行ったあと、皇太子殿下がぽつりと漏らす。

「帰還兵が帝国軍人として恥ずかしくないようにか、期待して良さそうだな」
「その通りですな」

 皇太子殿下の遣り様がうまくいったみたいですが、殿下は考え込んでおられています。
 いったい何を考えておられるのか?
 帝国全土を考えねばならない立場というものは、中々難しいようで……。
 皇太子でなく良かったと思う事もしばしばだ。
 この様なときはつくづくそう思う。
 それでも皇太子殿下には考えてもらわねばならない。
 むずかしいですが……。
 期待していますぞ、殿下。 
 

 
後書き
ちょっと吐き出し。
百合根巾着を食べたのだれだー。
家に帰ったら無くなってた。 

 

第40話 「番外編 ちょっとだけ前の事」

 
前書き
今回は番外編です。
ハニハニってなんでしょうね? 

 
 第40話番外編 「たまらないぜハニハニ」

「ルードヴィヒ」って知ってるかい?
 昔、銀河系でイキに暴れまわってたって言うぜ。
 長い戦争で、世の中荒れ放題。
 油断していると背中から、ばっさりだ。

「だれが何て言ったって、すべてうまくゆくさ」


 広大なノイエ・サンスーシの一角。
 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムは、ソファーに寝そべっていた。
 昨夜の酒が残っている。
 頭が痛い。
 二日酔いだった。
 中途半端に悩み、どうしようかと決められずにいる。
 本音を言えば、銀河帝国なんぞ、どうなろうと知ったこっちゃない。
 智に働けば、角が立つ。
 情に棹さば、流される。
 意地を通せば、窮屈だ。
 とかくこの世は住みにくい。
 昔……生まれ変わる前、つるんでいた奴が、言っていた言葉を思い出す。
 死ぬっていうのは、好きな人にも、会いたい人にも会えなくなるって事だ。
 だから死ぬのは怖くない。そういう風に生きてきた。
 それはルードヴィヒも同じだ。

「あいつらも俺と同じように、どっかで生まれ変わっているのかね」

 口元に笑みが浮かぶ。
 俺もあいつらも、性根の腐ったろくでなしだったからなー。
 どこに生まれ変わっても、性根は変わっていない。どいつこいつも纏めて、死んだからな。向こうの世界じゃ、清々したと思われているだろう。
 どうしたもんかね~。
 コトッと足音がかすかに聞こえた。
 扉越しにも感じる殺気。
 肌を突き刺す冷たい気配に、ルードヴィヒが反応する。
 考えるより早く、体が動いた。
 素早くクローゼットの中に身を隠す。
 息を殺し、気配を探る。
 男か女か?
 どこにでも皇太子を殺したいと思う奴はいる。
 男も女もそうだ。
 魑魅魍魎の跋扈する宮廷育ち。
 それを心地好いと感じる自分は、やっぱりあいつらと同様の“ろくでなし”なのだろう。
 来たのは女のようだ。
 そうだろうな、宮廷には女の方が入り込みやすい。
 たかが皇太子を暗殺するために、入り込むとはご苦労な事で。
 部屋に入ってきた女が、部屋の様子を探っている。
 ルードヴィヒの姿が見えない事に、眉を顰めているようだ。
 チッと舌打ちをして、部屋から出て行った。
 クローゼットからルードヴィヒが出て行こうとした瞬間、足元から一発の弾丸が転がり落ちた。
 古い火薬式の弾丸だった。
 妙にゆっくりと落下していく。
 なんでこんなもんがと、思いながら動きをみつめる。
 静かな部屋の中、落ちて床と当たり、転がる。
 その音がやけに響いた。
 やばい。
 部屋の外の足音が止まる。
 女も気づいたようだ。
 ルードヴィヒはとっさに、壁に設置された脱出口に目をやる。
 扉がゆっくりと開かれていく。
 振り返ると女官姿の女と目が合う。
 黒い髪。鋭い眼光。引き攣ったような口元。暗殺のために訓練された者特有の、荒んだ気配。
 ルードヴィヒの口元に笑みが浮かぶ。
 楽しげな笑みを見た女の動きが、一瞬戸惑ったように止まった。
 その隙を逃さず、ルードヴィヒは脱出口に飛び込む。
 狭い空間の中を、ガラガラと音を立てて落ちていく。
 頭上をブラスターの火線が通り過ぎていった。
 女も飛び込んでいたようだ。狭い空間を二人が落ちていった。
 一足先に、底に到着したルードヴィヒがそばにあった銃を手に取る。昔使っていた火薬式とは違うが、グリップはスッと手に馴染んだ。

「舐めんなっ!!」

 脱出口に向かって引き金を引く。
 幾重にも重なり、貫く光。
 この程度で死ぬとは思っていない。
 ただ黙って殺されるような甘ちゃんと、思ってもらっては、困る。
 そして再び、ルードヴィヒは姿を隠した。

 ■         ■
 
 女が底に到着した。
 暗い部屋の中にルードヴィヒの姿はない。
 見えなかった。
 舌打ちをした。

「こそこそと逃げ回るとは、それでも銀河帝国皇太子かっ!!」

 女があざけるような声を上げる。
 馬鹿にした声だ。
 だが部屋の中からは、物音一つしない。
 うまく気配を消している。
 バカにされて、それですぐに頭に血が上って、飛び出してくるような門閥貴族のバカ息子と、皇太子は違うようだ。
 それどころか場慣れている。
 女の顔に、初めて緊張が浮かび、首筋に汗が流れ出す。
 一歩、足を踏み出した。
 足のつま先に、鋭い痛みが走った。
 目を向けると、そこには鋲が撒かれている。尖った先を上に向けられて撒かれている。
 殺意。
 女は皇太子が、自分を殺そうとしている事を感じた。
 抵抗しているのではなく。殺し合いをする気なのだ。
 自分が狩る側ではなくて、狩られる側になった事を初めて知った。
 女の顔に怯えが走る。
 足が竦んだ。
 それでも引き金を引く。
 皇太子の姿は見えない。
 だが反射音で居場所が分かった。

「そこかぁ!!」

 女が吠えた。
 痛みを堪え、憎しみに彩られながら、女は走る。
 薬を使っているのか、調度品を素手で、破壊しながら皇太子に向かい走る。
 鏡を打ち壊す。
 銀面が砕け散った。
 女の目に飛び込んできたのは、拳だった。
 みちっと嫌な音が聞こえる。
 骨を砕く音ではない。肉を打つ音だ。
 鼻が潰された。
 呼吸が苦しい。

「がぁっ!!」

 女の足が跳ね上がった。頭上から襲い掛かる。
 皇太子が左腕一本で、女の足を受け止めた。笑みが浮かんでいる。

「ぼけっ」

 軸足を狩られる。
 転がり逃げる女を追いかけ、皇太子の足が蹴りを放つ。
 ぞくりと産毛が逆立った。
 戦慄にも似た気配が背筋を駆け抜ける。
 女は受け止められないと、とっさに判断し、自ら倒れこんだ。
 空を蹴る足が通り過ぎた。
 皇太子の体勢が崩れる。
 軸足を絡めとろうとしたとき、皇太子が飛んだ。
 女の思惑に気づき、逃げたのだ。
 それでも隙ができた。その隙に女は立ち上がる。
 転がる皇太子に向かい、今度は女が蹴りを放つ。
 かわされた。
 同じように倒れこんだのだ。
 だが違うのは、下から蹴りを放ってきた事だ。
 しかし、かわせる。
 女は首を振ってかわす。
 かわされた筈の足が、女の首を引っ掛けるようにして、横転する。
 皇太子が自ら転がった。
 その動きに巻き込まれ、女の体も動く。
 グキッと首の骨が軋む。
 二人して倒れこんだ。
 こんな部屋の中でなければ、抱き合っていちゃついているようにも、見えただろう。
 ただやろうとしていることは、殺し合いである。
 皇太子の肘が女の胸部を打つ。
 ギシッと骨の砕ける音が聞こえた。
 折れた骨が肺に突き刺さり、女は血を吐いた。
 同時に足が跳ね上がる。
 狙いは金的だった。

「ぐぅっ」

 皇太子の口から初めて、悲鳴にも似た声が漏れる。
 拳で足を迎え撃つ。
 指が折れた。女の足の指も折れた。
 勢いを失った足を掴み、捻る。
 靭帯が音を立てて、引きちぎられる。
 女の体が引き攣ったように痙攣していた。
 皇太子が跳ね飛ばされる。

「殺す殺す殺す殺す」

 うわ言のように女が呟いていた。
 口からは血と涎が混じったものが、滴り落ちる。
 奇声を上げる。
 足は奇妙な形に、捩れている。
 とても走れまいと思われるのに、走っていた。
 女をかわした皇太子が背中を叩く。
 倒れ転がった女の手元に、指にブラスターが触れた。
 笑みが浮かぶ。
 蹲った女は、素早くブラスターを抱え込む。
 皇太子は動かずに、その場で立っている。

「けっけっけっけっけっけ」

 奇声とともに振り向いた女の手には、ブラスターが握られ、いきなり引き金を引いた。
 光が皇太子の腹を貫く。

「あ、がぁ……てめえ……やりやがったな。良い度胸だ」

 倒れこんだ皇太子が転がりながらも、ブラスターの火線から逃れようとする。
 それを追いかける火線。
 逃げ回っていた皇太子の手にも、ブラスターが当たった。
 仰向けになった皇太子の手に、ブラスターが握られ引き金を引かれた。
 ブラスターの火線が女の体を貫く。

「……あ、がぁ……」

 火元に向かい、引き金を引いたが、そこにはすでに皇太子の姿はない。
 再び光が女を貫いた。

「知ってたか? 皇帝っていうのはな。古来一番強かったろくでなしの、成れの果てだ」

 皇太子の声が聞こえる。
 皇太子が何かを言っている。
 女に向けられたものではないらしい。
 人一人殺しながら、この場にいない誰かに向かって話している。

「結局、俺もあいつらも性根の腐ったろくでなしだ。なら、ろくでなしはろくでなしらしく。好き勝手にやらせてもらうぜ」

 女が事切れる寸前、そんな言葉を耳にした。

 ■        ■

 ルードヴィヒが血を滴らせながら、地上に戻ったとき、ノイエ・サンスーシはいつも通りだった。
 何も変わっていない。
 貴族は笑いさざめき、いつも通りの魑魅魍魎の跋扈する宮廷でしかなかった。
 皇太子が死のうが生きようが、何も変わらないのだろう。
 いや、皇太子が死んだとき、きっと原作の銀河英雄伝説が始まる。
 ラインハルトやヤン・ウェンリーの活躍する物語。
 ルードヴィヒは壁にもたれながら、そんな事を考えていた。

「悪いが、お前らの出番はなさそうだ。そう簡単に死んでやるものかよ。好き勝手させてもらうぜ」

 そう呟くと、ルードヴィヒは歩き出した。
 広大で壮麗なノイエ・サンスーシの廊下に、血を滴らせながら……。
 自らの足跡を刻むように歩く。
 その後には流れ落ちる血が点々と続いていた。 
 

 
後書き
今週は誰にも取られてないぞー。
といっても、当たり前の事ですか?
性根の腐ったろくでなしさんは、
わたしが某理想郷で書いていた主役の男の子です。 

 

第41話 「変わりゆく人々」

 
前書き
最近急に寒くなりましたねー。
皆様、お風邪など引かれませんように、気をつけてください。 

 
 
 第41話 「人の形、心の形」

 フェザーンからオーディンに向かって、一人の女性が旅立った。
 僧頭の迫力のある豊麗な女性だ。
 一見すれば、美人と称されるだろうが、そう呼ぶには不釣合いな、全身から、他を圧するような雰囲気を漂わせている。
 一種の覇気すら感じさせる女性。

「ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムか……。自らの手で、意志で、歴史を作り出す男。ようやく帝国に、瞠目すべき男が現れたらしい」

 薄っすらと笑みを浮かべ、女性は呟いた。
 女性の名は、アドリアナ・ルビンスカヤ。
 ルビンスキーに成り代わり、フェザーン自治領主の座を虎視眈々と狙っていた。が、後継者と見られていたルビンスキーは、自治領主にもなれず、鬱屈した日々を送っているのに対し、彼女は自ら動き出す。
 フェザーンという巣穴から黒狐ではなく、女狐が顔をだした。

 ■アレックス・キャゼルヌ■

 まったく、やりたいほうだいな皇太子のせいで、いまや同盟は、しっちゃかめっちゃかだ。
 捕虜交換の影響が出始めている。
 いまだハイネセンに到着していないというのに、だ。
 帝国に帰還した捕虜と、同盟に帰る兵士とでは、かなり温度差がある。
 兵士達の同盟に対する不信感は強い。
 誰がどうのという話ではなくて、帝国の兵士達と自分達の扱われ方の差に、不満が出ているのだ。
 皇太子は自国の捕虜を取り戻すべく、自ら動いた。
 翻って同盟はどうだった?
 動いていない。
 皇太子の誘いに乗っただけだ。

「やってくれるな、あの皇太子。サンフォード議長が、帰還兵の機嫌を取ろうとしているらしいが、うまくいっていないようだ」
「そりゃそうでしょう。皇太子は兵の機嫌をとろうとは、していませんからね。あくまでこれからの帝国は、こうなると示しているだけです」

 捕虜になっても胸を張れ。
 恐れるな。堂々としろ。
 帝国は諸君らを取り戻すべく、手を尽くす。か……。

「いぜん、親父が書いた文にこういうのがありました」
「うん?」
「例え同盟が辺境を、いかに破壊しようとも、帝国は辺境を見捨てぬ。この発言に皇太子の、統治者、改革者、そして君主としての姿勢が表れている」
「ああ、あったな。皇太子の発言か」
「怖い発言です。帝国同盟双方に対して、明確なメッセージを放ったようなものですから」

 同盟が辺境に手を出せば、解放軍としての建前を失い。帝国側は門閥貴族の横槍を防ぐ。
 最前線に近い辺境に、資本を投下するのは、誰もが及び腰になっていた。
 だが、この発言以降、資本の投下が増え、辺境の開発は進んでいる。いまや辺境は、改革の見本とでも言うべき位置にある。
 これでは、同盟も辺境を攻められん。平民階級を敵に回す事になる。
 改革を通じて辺境開発を行っている皇太子。その辺境を破壊しようとする同盟。民衆がどちらを支持するのか、これほど簡単な問いかけはないだろう。
 答えなどすぐに出る。
 頭の痛い話だ。

 ■ノイエ・サンスーシ 薔薇園 ジークフリード・キルヒアイス■

 宰相閣下がいない間、私とラインハルト様は皇帝陛下に呼ばれた。
 場所は薔薇園だった。
 陛下の私的な空間。
 ここに呼ばれるなど、門閥貴族でもそうそうないらしい。
 女官に案内され、やって来たら、すでにフレーゲル男爵が席に座っていた。
 ラインハルト様と目があったフレーゲル男爵が視線を逸らす。まだ蟠りがあるらしい。そう簡単には割り切れないのだろう。難しい問題だと思う。

「まあそう固くなるでない」
「はっ」

 陛下がフレーゲル男爵に向かって、鷹揚に話しかけられた。
 こういうところは宰相閣下とよく似ておられる。
 さすが親子というところだろうか?

「ラインハルトとジークフリードも座るとよいぞ」
「はっ」
「はい」

 私達も席を勧められて、腰掛ける。
 なんといおうか居心地が悪い。宰相府とは大違いだ。
 あそこでは誰が椅子に座っていても、気にはしないし、不思議でもない雰囲気が漂っている。

「そなたらを呼んだのは、他でもない。これからの帝国についてじゃ」

 陛下がおもむろに、頷きつつ話し出した。
 それにしても、これからの帝国についてとは……。いったいどういう事だろうか?
 私達は権力者でもないどころか、まだこどもと呼ばれる年だ。

「不思議に思うやもしれぬが、大事な事じゃ」
「と、仰いますと?」

 フレーゲル男爵が一度、私とラインハルト様に目をやってから、陛下に向かって問い返した。

「うむ。いまルードヴィヒが帝国改革をしておるが、ルードヴィヒの代だけで改革が終わるほど、簡単な事ではあるまい。二代、三代と続けていかねばならぬ」
「なるほど、仰るとおりです」

 ラインハルト様と私は、顔を見合わせてしまいましたが、フレーゲル男爵が深く頷きます。

「そして卿らは、新しいこれからの帝国にふさわしい貴族とならねばならぬのだ。それが如何なるものなのか、予にもはっきりと見えておらぬ。じゃが、貴族も変わらねばならぬのは確かじゃ」
「新しい帝国にふさわしい貴族……」

 フレーゲル男爵の声が震えています。
 何を思っているのか?
 しかし平民が変わっていくように、貴族もまた変わらなければならない。
 平民に権利を与えるというのは、そういう事なのだと、陛下が仰っています。
 口には出してはいませんが、宰相閣下もそれを解っておいでなのでしょう。
 それが解らぬほど、愚かな人だとは思いません。

「これからは貴族である事を鼻に掛け、平民を見下す事は許されぬ。そうじゃ、ルードヴィヒだけでなく、帝国そのものが許さぬ」
「では、我らはどのようになるべきなのでしょうかっ!!」
「分からぬ。予には分からぬのだ」

 フレーゲル男爵が、叫びにも似た口調で陛下に迫りました。
 普通なら不敬と取られるだろう態度ですが、その必死な面持ちであるために、私もラインハルト様も何もいえませんでした。

「ただ……克己心が試されるであろう。そして自己を律する事が重要になる。我が侭放題ではいかぬじゃろうな」
「自律、自主、自立か」
「ラインハルト様?」

 ラインハルト様が呟きました。
 それは同盟のアーレ・ハイネセンが説いたという、同盟の精神では?

「ラインハルトの言う通りかも知れぬ」

 陛下が深く頷きます。
 ですが、言うは易く。行なうは難しです。

「そうかもしれない。だけど、見本はある」
「誰だ?」

 陛下がラインハルト様に問いかけました。

「ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム」
「ルードヴィヒか!」
「皇太子殿下!」

 陛下と男爵が異口同音に口にしました。
 驚愕に彩られた声です。ですが、ラインハルト様は、どこか誇らしげな声でした。
 そうです。ラインハルト様にとって皇太子殿下は、兄のようなもの。普段はあれやこれやと反発しても、仲の良い、好きな兄なのです。

「口調を改めさえすれば、確かに見本となる。口調さえ改めれば!」

 ラインハルト様が口を尖らせて言いました。
 素直に認めるのが悔しいのでしょうか? 素直じゃありませんね。
 だけど、皇太子殿下は冷静で、我慢強く、先に先にと考えています。公務は厳格でありながら、私生活は寛容。そして鷹揚でもあります。
 一言で言えば、強い人です。
 精神的にも肉体的にも。その在り様が強さを感じさせる。
 確かに新しい帝国に、ふさわしい貴族像と言えそうでありますね。

「そうか……ルードヴィヒか……」

 陛下の口調もどこか誇らしげです。
 ご自分の息子が見本となりえるのは、嬉しいのでしょう。

 陛下との謁見が終わり、私達は薔薇園から立ち去ります。
 ノイエ・サンスーシの廊下を並んで歩いていると、不意にフレーゲル男爵が、口を開きました。

「私は新しい帝国にふさわしい貴族になるぞ」

 ラインハルト様に向かって話しかけたようにも、自分自身に言い聞かせているようにも見える。

「簡単ではなかろうが、生涯を賭けて成し遂げてみせる」

 フレーゲル男爵が持つ、強烈な貴族としての自負心が、向かうべき方向を見定めたようです。

「ぜひ、そうなって欲しい」
「無論だ」

 ラインハルト様の言葉に男爵が深く頷きました。
 新しい帝国にふさわしい貴族。
 本当にそうなったとき、男爵は誰もが認める帝国貴族と呼ばれる事でしょう。

 ■総旗艦ヴィルヘルミナ リッテンハイム候爵■

「Komm,susser Tod」

 宰相閣下が書類を見ながら、なにやら呟かれている。
 それとも歌っておられるのか?
 それにしても、甘き死よ、来たれとは、ずいぶんやさぐれておられるようだ。

「ちょーむかつくーって感じー」

 遠路遥々イゼルローンまで来たというのに、書類からは逃げられぬ定め。
 やさぐれてしまうのも分からなくもない。
 しかし宰相閣下というよりも、皇太子殿下は不思議なお方だ。
 高貴さと同時に野趣を持っておられる。
 本質的には自堕落な生活を好む。
 成りたいが、成ってはいけない男の見本というべきだな。
 もし真似るとしたら、嵐に立ち向かう強さ。一歩、前に踏み込む力。それだろう。
 それがこのお方を形成する核だ。
 何もせずに皮肉げに笑う男ではない。
 倒れるときは前のめりに倒れる。不様だろうが、情けなかろうが、前に進むお方だ。
 私に息子がいれば、やはりこのお方のようになって欲しいと思う。
 そうならば安心して、リッテンハイム侯爵家を任せられる。ブラウンシュヴァイク公爵も同じだろう。どこかにこのような男がいないものか?
 いればザビーネの夫として、喜んで迎えるのだがな。

 ■宰相府 ジークフリード・キルヒアイス■

「へいっ!」

 宰相府に戻っていた私達を、アンネローゼ様の陽気な声が出迎えた。
 その途端、床にへたりこんでしまうラインハルト様。
 私も足が崩れ落ちてしまいそうだ。
 この頃、アンネローゼ様のはっちゃけぶりが、さらに増してきたような気がする。
 それにしても真っ赤なドレスを纏い、カスタネットを叩く姿にあごが外れそうになった。
 やはりあれか、カルメンを見た影響かっ?

「先ほどまでの爽やかな気持ちが、一気に汚濁に塗れてしまった気分だ」
「ええ、解ります」

 私も同じ気持ちですよ、ラインハルト様。
 自ら、新しい帝国にふさわしい貴族になろうと、決意された人物がいる。
 はっきりとした形もわからず、それでもなお、手探りで、あるべき姿を探し、前に進もうとする高潔な意志。
 その清冽な意志に触れ、すがすがしい気持ちで帰ってきたというのに……。
 台無しです。
 なんてこったい。

「何をへたり込んでいるのですか、ラインハルト?」
「腐った貴腐人なんか、きらいだー」
「腐ったとは失礼な。男の娘のくせに」
「誰のせいですかっ!!」

 アンネローゼ様とラインハルト様がにらみ合っている。

「本当の自分を曝け出しただけでしょう?」
「それこそ失礼な物言いです!」
「自分を偽らなくてもいいのですよ」
「偽っていません!! 姉上こそ、まともに戻ってください。このままでは新しい帝国に、ふさわしい女性になれませんよ」
「何を仰るうさぎさん。これからは女性も自由に生きてよいのです」

 かんらかんらと笑うアンネローゼ様。
 自由の意味が違うと、ラインハルト様が呟かれます。
 そうでしょうね、自由と無秩序は違うでしょう。無軌道無分別な女性では、いけないような気がしますし……。
 部屋の隅でマルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー様が、怯えた目で、アンネローゼ様を見ています。

「ジークぅ~」
「マルガレータ様。大丈夫ですか?」

 思わず駆け寄ってしまいました。

「アンネローゼが怖いの……」
「大丈夫ですよ、ジークがついていますから」
「うん」

 こくこく頷く、マルガレータ様。
 ああ、この腐った宰相府の中にあって、このお方だけでも守って差し上げなくてはっ!!

「ジークは幼女趣味?」
「失礼な事を言わないで下さい!!」

 ひしと、しがみついてくるマルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー様を、背中に庇いつつ、アンネローゼ様に言い返します。
 ああ、なぜ、この様なお方になってしまったのでしょうか?
 前はこんな方ではなかった。
 人は変わる。帝国も平民も貴族も変わっていく。
 だけど必ずしも、良い方向に変わる人ばかりではないのかもしれない。
 その事を今、痛切に感じていました。
 
 

 
後書き
連休中にもう一話ぐらい更新したいなー。
クリスマスの予定は、鍋ぐらいだし!!
やる事ないし。
さみしくなんかない!!
彼氏の愚痴なんか、聞きたくないわー。
けっ!!
気分はクリスマスを通り越して、おせち料理の心配をしてるのさー。 

 

第42話 「ぼくの将来の夢 その2」

 
前書き
クリスマスも過ぎました。
皆様はいったいどのようなクリスマスを過ごされましたか?
わたしは両手に花。ハーレム状態でした(泣)
後書きに続く。 

 

 第42話 「自業自得?」

 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。
 俺だって何もかも解ってるわけじゃない。
 手探りで生きてるのは、みな同じだ。
 俺と他人が違うのは、ただ一点、分かってなくても、分かってる振りをしなきゃいけない、という事だけだ。
 原作知識なんぞ、もはや役に立たない。
 まあ、とりあえず人の名前を知ってるぐらいだな。役に立つと思えるのは。
 考えてると、頭痛くなってきた。
 酒飲んで、寝ちまうか。
 それにしても、普通さー。就業時間ってもんがあるだろ?
 軍にだって、定時っていう概念はあるのに、どうして俺にはないんだっ!!
 定時ってなんだ?
 帰れないってことさ。
 残業も早出もあるんだよ。
 給料もボーナスもないけどな。

 ■宰相府 ヨハン・フォン・クロプシュトック■

 宰相閣下がイゼルローンに出向いておられる。
 私は閣下から託された役目に勤しんでいた。
 平民階級の政治参加に関する課題だ。
 はっきり言って、前途多難というのも、甘いぐらいだ。というのも、平民達が政治参加にそれほど積極的ではないからだ。
 本音を言えば、政治参加に対して、どう受け止めて良いのか分からないのだろう。
 生活が楽になって欲しい。税金を引き下げて欲しい。貴族の横暴を止めて欲しい。
 そういった要望はあっても、帝国の運営など考えた事もないのだろう。
 帝国がいま、どのような状況にあるのか、知ろうともしない。
 改革派というものが、多数に至らなかったはずだ。
 権利には義務が生じる。
 宰相閣下の改革案は、決して平民に、甘いだけのものではない。
 腰が引けているのも致し方ない。
 それでも私は、平民達の意識を変えていかねばならん。その事を父に相談すると、

「そんな事は分かっていた事だ。何を泣き言をほざいているっ!!」

 そう言って叱られてしまった。

「泣き言を言うな!! そんな事では宰相府を追い出されたとしても、わしは皇太子殿下をお恨みはせぬぞ」

 厳しい言葉だ。
 父も帝国の現状を認識しているのだろう。
 それとも領地経営しているうちに、知ったのかもしれん。
 しかも平民達の代表者を選ぼうとしても、企業の代表だとか、実力者を調べると大抵、フェザーンが関連している。
 頭が痛い。
 帝国の経済がフェザーンに、支配されかかっていた事に、ようやく私も気づかされた。
 なるほど宰相閣下が、フェザーンを奪いに動いたはずだ。
 中から食いつぶされたとしても、不思議ではない。
 敵は門閥貴族だけではなかった。
 今更ながら背筋が凍る思いだ。
 しかしどうしたものか……。
 う~む。フェザーンに赴任している、オーベルシュタインに相談してみるか?
 信用も信頼もできる男だ。
 彼なら良い知恵を出すかもしれんな。

 ■宇宙艦隊総司令部 ラインハルト・フォン・ミューゼル■

 宇宙艦隊司令部にお使いを頼まれた帰り、ビュッテンフェルト少将とファーレンハイト少将のふたりとばったり出会った。

「よお、ラインハルト。飯でも食いに行かんか?」

 あいも変わらず大きな声だ。
 人を褒めるときは大きな声で、人の悪口はより大きな声で、とは少将の家訓だそうだが、それにしても大きすぎる。耳が痛くなるほどだ。

「ビュッテンフェルト少将“閣下”が“珍しい事”に、奢ってくれるそうだ。遠慮するな」

 ファーレンハイト少将が“珍しい”と“閣下”の部分を強調している。
 この二人、連れ立って食事に向かうほど、仲が良かったのだろうか?
 正反対のような気がするのだが……。

「ただ飯を無視するほど、俺も人間ができていない」
「皮肉かっ」

 二人の言い合いに頭を抱えたくなった。
 意外と良いコンビなのかもしれない。
 ビッテンフェルト少将に強引に、引きずられるように連れられ、やってきたのは踊る子うさぎ亭という定食屋だった。
 こんな所に来るのは初めてだ。
 店の中に入ると、騒がしい人の声が耳に飛び込んでくる。
 こういうのを活気があるというのだろうか?

「さあ来い。遠慮するな」

 ばしばしと背中を叩かれ、咳き込んだ。
 うぬぬ、なんという奴だ。乱暴な。

「おいおい、ラインハルトは卿と違って、繊細なのだ。手加減してやれ」
「何を言うのだ。ラインハルトも立派な軍人だぞ。まだ幼年学校の生徒だが、これぐらいで根を上げるものかっ! なあ、ラインハルト」
「う、うん」

 思わず頷いてしまった。
 最近、女装ばかりしていて、こんな風に扱われる事がなかったものだから驚いたが、これぐらいは普通の事なのだろう。
 ビッテンフェルト少将が大声で、ウェイターを呼んだ。

「俺はいつもの奴を頼む。卿らは何にするのだ?」
「うむ。この牛肉のソテー黒こしょう風味というのを貰おうか」

 ファーレンハイト少将はあっさり決めた。
 シンプルなステーキというのが、いかにもファーレンハイト少将らしい。
 二人がジッと俺の方を見てくる。
 こんな所に来るのは初めてだし、それにメニューを見てもよく分からない。普通の帝国料理ではないのか?

「このアリゴというのはどうだ?」
「アリゴ?」

 メニューを見ながら悩んでいると、ビッテンフェルト少将がメニューを指差しながら言ってきた。
 アリゴというのはなんだろう?
 ファーレンハイト少将は笑みを浮かべている。
 おかしな料理ではないらしい。

「では、そのアリゴを頼みます」
「うむ。ではそれを」

 ビッテンフェルト少将がウェイターにそう言う。
 料理が来るのを待っている間、二人に将来の事を聞かれた。

「ラインハルトは、いま幼年学校だろう。卒業したらどうするのだ。やはり士官学校に入るのか?」
「しかしビッテンフェルト。卿はそう言うが、ラインハルトは幸運にも、宰相閣下の所にいるのだから、帝国大学に進んで、政治経済を学んだ方が良いのではないか?」
「そうかも知れぬな。宰相閣下の下にいるのだ。いずれは帝国の政治を担うかもしれん。その時のために武官ではなく、文官を目指すのも悪くはないか」

 二人が話し合っている。
 俺はどうすれば良いのだろうか?

「いっその事、国務尚書を目指すのも悪くないだろう」
「おお、国務尚書かっ。リヒテンラーデ候も六十を越えている。後を継ぐ者が必要だな」
「ラインハルト。目指してみてはどうだ? 下手に門閥貴族がなるより、ラインハルトがなった方が良いと思うが」
「うむ。ラインハルトは頭が良いしな」
「そうしろ。そうしろ」

 二人とも俺を無視して、一歩的に決めてしまう。
 勝手なものだ。
 しかし本当にどうするべきか?
 皇太子にも将来の事を考えておけと、言われているし……。
 悩む。
 そうこうしている内に、料理がやってきた。
 ビッテンフェルト少将のいつもの奴とは、豚肉と白いんげん豆の煮込みだった。やたら大きなソーセージが入っている。肉と同じぐらいだろうか……。
 どうやら大食漢らしい。よく食うものだ。
 ファーレンハイト少将はシンプルなステーキだ。
 そしてアリゴとは、これはなんだ?
 深皿の中に黄色っぽいものが、こんもりと盛られていた。
 チーズなのか?

「チーズとじゃがいもを混ぜたものだ」
「……そうなのか?」
「チーズとじゃがいもをひたすら混ぜて、つくるそうだ」

 フォークで掬ってみるとやたら伸びる。
 なんなのだいったいっ!!
 う~む。切れない。
 細く伸びたアリゴをフォークに絡めて口に入れた。
 なんというか……チーズ・フォンジュぽいな。
 味は悪くない。
 しかし食べにくいぞ。喉に詰まりそうだ。
 二人が笑っている。
 腹立たしい。ちょーむかつくーって感じ?
 アリゴと格闘しつつ、腹に収めると、胃が重い。
 腹に溜まったという感じだ。

「はっはっは。ラインハルトには、ちときつかったか?」
「木こり料理だからな」
「知っていたなー」
「知らいでか」

 二人はしらっとした顔で、自分の分の料理を口に運んでいる。
 ううー苦しい。
 重いお腹を押さえながら、店を出た。
 二人とも司令部に戻るそうだ。
 俺は苦しみながら宰相府へと帰っていった。
 いずれ、お返しはしてやるぅ~。

 ■ノイエ・サンスーシ 薔薇園 リヒテンラーデ候クラウス■

「ルードヴィヒのいない間に、新たな策を考えるぞ」
「ほほ~う。良いですな~」

 陛下と老人がなにやら話しこんでおられる。
 また無駄な事を。
 ため息がでそうになるわ。

「おお、そういえば、ルードヴィヒには嫁がおらぬ」
「そういえばそうですな。心配な事ですな~」

 なんとわざとらしい物言いじゃ。

「銀河帝国皇太子に嫁がおらぬとは、この先帝国はどうなってしまうのだ」

 陛下がわざとらしく嘆いて見せる。
 老人も首を振って驚いた振りをしている。

「ここは一つ。陛下が骨を折るべきではないでしょうか」
「やはり父である予が、動かねばならぬか」
「恐れ多い事ながら、今のままですと門閥貴族のいずれかが、殿下に押し付けんとするでしょうな。新しい外戚の誕生でしょうな」
「いいや、それはならぬ。ならぬのだ。新しい帝国のため、予が動かねば」

 わざとらしい小芝居を、見せ付けられているわしの方が疲れるわ。
 それにアレクシアが皇太子殿下の子を産むのじゃ。
 いま急ぐ必要などありはせぬ。

「おお、さすがは陛下ですぞ。これで皇太子殿下も一安心というところですな~」
「うむ。そうであろう」

 二人が笑っている。
 呆れて物が言えぬとは、この事じゃ。

「さて、どの家の娘を選ぶとするかのう」
「それでしたら、不肖、このグリンメルスハウゼンが、これはという娘を、探してきましょうぞ」
「おお、そうしてくれるか」
「お任せくだされ」

 あー頭が痛いのう。
 さっそく皇太子殿下に、報告せねばならぬな。

 ■総旗艦ヴィルヘルミナ ウルリッヒ・ケスラー■

 うん?
 いまなにやらおかしな者が、廊下の角を曲がったような?
 この先には宰相閣下がおられる。
 不審な者を見過ごすわけには、いかん。
 私はそう思い、廊下を急ぐ。
 角を曲がったところで、宰相閣下の驚いた声が耳に飛び込んできた。
 いったい何事だっ!!
 急いで宰相閣下の部屋に飛び込んだ。

「クラウス・ラヴェンデルっ、その格好はなんだ?」
「皇太子殿下のご趣味では?」
「うんな訳、あるかー」

 部屋の中では、かわいらしいドレスを身に纏った、クラウス・ラヴェンデルが宰相閣下に迫っていた。これはいったいどういう訳だ?
 卿には、宰相閣下にそのようなご趣味はないと、言っておいたはずだぞ。

「ぼくの趣味です」
「なんてこったい!! 幼年学校の綱紀粛正が必要だな」

 なんと言おうか、自業自得という言葉が脳裏を過ぎる光景だった。
 宰相閣下、少し悪ふざけが過ぎましたな。
 頭を抱えたい気分で、目の前の光景を眺めるしかなかった。
 そんな私をいったい誰が、責められよう。
 ラインハルトだけではなかったのだ。目の前にいる少年も同じ趣味だったのだな。
 はてさて、どうしたものか……。 
 

 
後書き
友人A「ちょっと酔っちゃった~今日は帰りたくなーい(お泊りの予定でした)」
私「今夜は寝かさないぞ~」
友人B「私という者がありながら~ひどい」

なんて小芝居をしていたわたし達に、クリスマスの風は冷たかった。
来年こそは、ラブラブなクリスマスを過ごすぞと、固く心に誓った三人でした、まる。
とりあえず、来年のクリスマスよりも先に、お正月も三人で過ごします(泣) 

 

第43話 「遭遇」

 
前書き
今年もあと少し。
おせち料理の準備に忙しいです。
好きなものが多くなるのは仕方がないですよねー。
 

 
 第43話 「机の引き出しには胃薬が?」

 リヒテンラーデ候クラウスじゃ。
 皇太子殿下が帰ってこられた。
 いつものように机に向かって、書類を読んでおられる。
 戻ってこられた途端、決裁が早く進むようになった。
 はぁ~。
 こんな俺様な皇太子殿下でも、いなきゃいないで困りもの。
 少し前まで宰相府では、ブラウンシュヴァイク公が、ひいひい泣き言を言っておったというのに。平然とした表情で、こなされている。
 やはりこのお方こそが、実質的な帝国のトップなのだ。
 他に代わりがおらぬ。
 宰相府では、官僚達も寵姫たちもいきいきとした笑顔を見せておるし、活気が戻ってきたわ。やはり、こうでなくてはな。

 ■宰相府 リヒテンラーデ候クラウス■

 宰相府にヨハン・フォン・クロプシュトックがやってきた。
 寝ておらぬのか、疲れていそうなのに、妙にハイテンションじゃ。
 手には大量の書類を持っておる。
 一体なんじゃ?

「宰相閣下、農奴の子らにも、平民の子どもと同じように、教育の機会をお与え下さい。いえ、強制的に学校に通わせましょう」
「強制的にか? ふむ。自発的に通うことは、不可能と見たのだな?」
「はい。自発的に通うのは無理があります。理由は生活を維持するための労働を優先するからです」
「なるほど、強制的にであれば、いやいやでも通うか……。卿だけの知恵ではあるまい? 誰に相談した?」
「オーベルシュタイン少将です」
「あいつか~、そういや少将にも、教育問題の話をした事があったな。うむ、考えていたわけだ。よかろう。やってみるといい」
「はっ」

 クロプシュトックが意気揚々と、足早に部屋から立ち去っていった。
 書類も持っていったわ。何のために持ってきたのじゃ?
 よく分からぬわい。

「クロプシュトックも、よくやっているようだな」
「さようですな」

 帝国では若い者達が、一生懸命考え、動いておる。結構結構。良い事じゃ。
 それにしても農奴の子にも、教育を、か……。
 よほど考えたのじゃろう。中々やれぬ事よ。

 うん?
 宰相府に軍から連絡が来たようじゃ。
 アンネローゼが話を聞いておる。見る見るうちに顔色が悪くなってきたわ。
 どうしたというのじゃ?

「――殿下」
「なんだ」

 アンネローゼの声音が緊張しておる。
 よほどの事態かっ!

「ミュッケンベルガー元帥からです。スクリーンに映します」

 その言葉と共に、宰相府の大画面に宇宙艦隊司令部の映像が映し出された。
 ミュッケンベルガー元帥の表情にも緊張が見える。

「宰相閣下」
「何があった?」
「イゼルローン周辺を警戒していた艦隊が、同盟側と遭遇しました。いかが致しますか?」
「戦闘には入ったのか?」
「いえ、一定の距離を置いておるようです」
「そうか、こちらからは攻撃するな。イゼルローンまで、下がれといえ」
「宜しいのですか?」
「ああ。あえて、戦闘には入らず、引かせる。ただし」

 皇太子殿下の声にこわいものがこもった。
 この声を聞くたびに、身が震えそうになるわ。

「ただし?」
「同盟側が、引くならよし。その場からこちらに向かってくるようなら、駐留艦隊と協力して撃滅せよ。遠慮はいらぬ」

 部屋にいる者達が息を飲んだ。
 わしもだ。
 皇太子殿下は侵略の意志はないと、同盟側に伝えたそうじゃが、構わぬのだろうか?

「本当に宜しいのですか?」
「構わん」

 ミュッケンベルガー元帥が、確かめるように口を開いた。
 それを切って捨てるように、殿下が言い切る。

「こちらの様子を窺っているのか、試しているのかまでは分からん。だが試すような真似をした事を、後悔させてやろう。図に乗るなとは言っておいた。それでもなお調子に乗るなら、痛い目を見せてやる」
「了解いたしました」

 元帥が見事な敬礼をした。それを見届けた殿下が、通信を切る。
 怖いお方じゃ。

 ■自由惑星同盟 作戦本部 ジョアン・レベロ■

「シトレ。帝国軍と遭遇したというのは、本当なのかっ!!」
「本当だ」

 その知らせを聞いた私は、すぐさまシトレに連絡を取った。
 シトレの言葉に目の前が暗くなるようだ。
 あの皇太子はどう動く?

「戦闘には入ったのか?」
「いや、まだだ。それどころか、帝国側は後退を始めたそうだぞ。ゆっくりではあるがな。こちらを警戒しているのだろう」
「だろうな。それにしても引いてくれて良かった。戦闘に入っていたらどうなっていた事か」
「喜んでいる場合じゃない。イゼルローンに動きがあるのだ」

 イゼルローンに?
 どういう事だ。あの皇太子は侵略の意志はないと言ったぞ。適当な嘘を言うような男ではないと思ったが。
 私が考え込んでいると、シトレが恐ろしい事を言い出した。

「あの皇太子を甘く見るな。自分から攻撃を仕掛ける気はないだろうが、こちらの動きを見ている。事によれば、撃滅しにくるぞ」
「……つまり、どういう事だ?」
「引けば良し。引かないのであれば、こちらを叩きのめすつもりだろう。増援を送るべきか、軍内でも揉めはじめている」
「何を言っているんだ。引くべきだっ!!」

 思わず、激昂してしまった。

「引けば、それで済むという根拠はあるのか? 背中を見せた途端、追撃されるかもしれんのだ」
「帝国軍は引いたのだろう!」
「だがイゼルローンでは、駐留艦隊が動き出している」

 あの皇太子、いったい何を考えている?
 艦隊は引かせた。
 だが、駐留艦隊を動かしている。どういう事だ?

 ■自由惑星同盟 最高評議会 ロイヤル・サンフォード■

「ロボス君。帝国軍と遭遇したそうだが、どうすれば良いと思う?」
「引くべきでしょう」

 ロボス君の物言いは淡々としている。
 軍内でも主戦派の代表と言うべき男だが、シトレ君と同じように引けというか……。

「やはりそうかね」
「はい。シトレと同意見なのは、業腹ですが、今は時期が悪い。ここで帝国軍に勝利しても、同盟の方が不利になります。侵攻するなら十分な準備が必要でしょう」

 モニターの向こうにいるロボス君は、落ち着いている。
 私の方がおろおろとしているようだ。
 我ながら情けないな。
 しかし軍の重鎮の二人が引けというのだ。軍としては戦闘に入りたくないのだろう。
 それは政府も同じだ。
 和平の可能性が失われるかもしれん。

「では……」
「しかしハイネセンでも、艦隊の出撃準備をしておくべきです」

 では、引かせようと言おうとした私は、ロボス君の言葉に息を飲んだ。
 出撃の準備だと?

「そ、それは……どういう意図が?」
「あの皇太子にも、プレッシャーを与えるべきと申し上げております」
「プレッシャーか」
「このまま引くだけでは、主導権を皇太子に握られたままです。プレッシャーを与える事で、同盟が主導権を握る。そうするべきでしょう」

 主導権か、確かにあの皇太子が帝国宰相に就任していらい、主導権を握られっぱなしだ。
 ここで同盟側が主導権を奪う。
 やってみる価値はある。
 そんな事を考えながら、私は引き出しを開いて胃薬に視線を落とした。
 そして胃薬にするべきか、頭痛薬にするべきかしばし迷った。

「では……そうしてくれ」
「了解しました」

 有能だなロボス君は。シトレ君もそうだが、同盟軍は決して帝国に劣っていない。
 帝国と同じように、これからは軍を政治の手段として動かすべきだろう。
 無駄な戦争などする意味がない。

 ■宰相府 ラインハルト・フォン・ミューゼル■

「ハイネセンで、動きがあったか」
「はい」

 モニター越しに皇太子と元帥が話をしている。
 同盟側も大人しく引くかと思ったが、首都の方で動きがあったそうだ。
 俺にもこの事の意味は分かる。
 主導権争いだ。
 戦闘に勝利するだけが、戦争に勝つというわけではない。戦争というものは、その大半が戦場の外で決まるのだな。
 ここに来てからというもの、その事を思い知らされてばかりだ。

「ラインハルト様。ラインハルト様なら、どうなされますか」
「俺か、俺なら……」

 キルヒアイスに答えようとしたとき、皇太子が元帥に駐留艦隊に、遭遇した艦隊を迎えに行かせろと命じた。
 そうだ。実際に動かしてしまう。
 向こうは動かしたくても、動かせないだろう。
 準備はできても、動かせないのだ。
 そこを突く。

「宜しいのですか?」
「ああ、出迎えてそれで終わりにする。その時同盟がまだ、艦隊を動員しているなら文句を言う。まあ、動きは止まるだろうがな」

 皇太子の判断は正しい。確かにその通りだ。
 それは素直に認めるべきだろう。
 皇太子から学ぶべき点は多い。皇太子の動きを学ぶ。そうすればただの戦術バカにはなるまい。
 俺も帝国の、いや政治的な戦争の仕方を学ぶべきだな。

 ■自由惑星同盟 作戦本部 アレックス・キャゼルヌ■

 イゼルローンを挟んだ銀河の端と端で、にらみ合いが続いている。
 あの皇太子の考えが知りたくて、ヤンを呼んだ。

「先輩」
「俺もいますよ」
「よお、よく来てくれた。おっアッテンボローも一緒か」

 さっそくとばかりにヤンの奴に問いかけると、思わぬ返事が返ってきた。

「まず、あの皇太子は基本的に帝国宰相ではあっても、軍人ではないんです。武官ではなく文官ですよ。だから武断主義的な思考はしない」
「それって?」

 俺だけでなく、アッテンボローも驚いているな。

「戦場で勝てばよかろうというタイプではないんです」
「なるほど」
「第一に考えている事は、帝国の改革でしょう。戦争など二の次三の次ですよ、きっと」

 それはつまり、和平をも視野に入れて、考えているという事か?

「しかし、そう簡単に和平もできない」
「そういう事だ?」
「同盟と帝国の特性を掴んでいます。戦争が終わったあとの事を考えているのでしょう」

 戦後を想定して、より有利になるように動いているか……。
 レベロ議員やホワン議員が主張している事と一致しているな。

「あの二人は、皇太子の人となりから推測したのでしょうね。私もそうですが」
「あの皇太子、帝国をどうするつもりなのだろう」
「皇帝の重みを維持したまま、立憲君主制に移行するつもりでしょう」

 立憲君主制か……。改めて聞くと凄い事だよな。
 今までの様な専制主義とは異なるものにするつもりなのか。
 それならば、同盟市民も拒否感は少ないだろうな。
 特にあの皇太子だったら、あっさりと受け入れてしまう者も多いだろう。

「それで今の状況はどうなると思う?」
「あの皇太子、駐留艦隊を動かして、迎えに行かせるでしょう。そしてイゼルローンに戻って終わりです」
「うん? それで終わりですか?」
「ああ、アッテンボロー。それで終わらせるだろう。引っ張っても得はないからね。そしてその時まだ、同盟に動きがあれば、それを非難してくる」
「和平をするつもりがあるのか、ですか?」
「そうだろうな」

 後の先、後々の先を取るつもりだろう。
 そして主導権を維持する。
 サンフォード議長も主導権を取りたいのだろうが、うまくいくかどうか……。

「難しいでしょうね。あの皇太子が、専制国家が民主共和制の同盟に勝っているところは、決断力です。即断即決できる部分です」
「う~む。民主制は決断の速さが、専制君主に負けるか」
「軍は政府に指示を仰ぐ。それは同盟も帝国は違いはありませんが、そこから先が違う。特にあの皇太子だったら……」
「トップダウンの強みですね」
「そうなんだ。強権を持つ皇太子には、一歩も二歩も負けてしまうんだ」

 あの皇太子……本当に厄介な相手だな。
 たった一人で、同盟を動揺させる。
 その上、排除する事もできない。
 あの皇太子を排除しても、代わりに出てくるのが、よりひどい奴なら目も当てられない。

「人物的にはまともですからねー」
「そうだね。彼が同盟の人間だったら、友人になれたかもしれない」
「そうだったら、どれほど良かった事か……はあ~」
「先輩、ため息を吐かないでくださいよ」

 アッテンボローに言われてしまったな。
 しかし、そう思わざるを得ないんだ。
 あの皇太子が同盟の人間だったら、と。

 ■作戦本部 シドニー・シトレ■

 帝国が駐留艦隊を動かして出迎えたか。
 こちらの手を透かされたようなものだ。手強い。
 あの皇太子、軍を完全に掌握している。
 彼が帝国のトップに立ち続けている間は、今のような状況が続くだろう。
 帝国は完全に、軍を政治の一部として動かしているのだ。
 これからは目的の希薄な戦闘など、起きないかもしれんな。
 それだけにあの皇太子が、軍を自発的に動かしたときは、今まで以上に警戒が必要になるだろう。
 やりにくい相手だ。 
 

 
後書き
とある人から聞かれたのですが……。
ろくでなしさんと皇太子様は別人ですよ。
この二人は前世で、友人だったんです。
ろくでなしな三人組。

皆様、来年のクリスマスはお互い、頑張りましょう。 

 

第44話 「青天の霹靂」

 
前書き
2014年、初の投稿になります。
今年もよろしくー。

なんかバグがあったみたいで、おかしな事になっていました。 

 
 第44話 「同盟一の無責任男」

 ホワン・ルイだ。
 捕虜交換は終わったものの、その事でかえって同盟の社会不安は、加速しているような気がしないでもない。
 軍を縮小して兵士を民間に戻すべきだ。と常々主張してきたが、戻ってきた兵士を受け入れるだけのパイは思ったよりも、少なかったのだ。
 長すぎる戦争の所為で、少ない人数でも社会が回ってしまっていた。
 人手は欲しいが、払う金がない。
 消費に回される金にも余裕がない。
 結局、軍以外で受け入れられる職がなかったのだ。
 頭の痛い問題だ。
 最高評議会でも、その事を懸念する声がちらほらと聞こえだしている。
 捕虜交換をしないほうが良かったのではないか、そういう声も上がっている。
 どうしたものか……。
 あの皇太子は帝国で、戻ってきた兵士達をどう扱っているのやら?
 頭を抱えていて欲しいと思うのは、どうかと思うが、同じように悩んでいて欲しい。

 ■最高評議会 ジョアン・レベロ■

「この間の遭遇では、戦闘こそ行われなかったが、今後は警戒の強化が必要だ。そのためには軍の戦力の維持が必要になる」

 ヨブ・トリューニヒトがそう発言した。
 この男、しらっとした顔で、フェザーンから戻ってきたと思ったら、いつの間にか国防委員長の地位に就きやがった。
 面の皮の厚さでは、同盟一だな。
 しかし自分の地位を守る事と、得る事ではやり手だ。
 言葉の端々に棘が含まれている。
 捕虜交換したものの、帰還兵に与えるべき職もなく。軍が人を取りすぎている、民間に戻すべきだと主張してきた私とホワンに対して、釘を刺しているのだ。
 うまく言い返すこともできずに、唇を噛み締めた。
 奴のしたり顔がむかつく。
 ホワンが小声で「そうか、奴はこの事に気づいていたのか」と呟いた。
 しかもあの皇太子は、捕虜交換する前から、帰還兵に与えるべき民間職の拡大を構築してきた事を、フェザーンでの調査で知ったと言いやがった。
 知っていたなら早く言え。

「トリューニヒト君。君の意見も分かるが、それよりも今後の事を話し合おうではないか」
「議長、その通りですな。軍としては、年内にもイゼルローンを攻略すべきだと考えております」

 トリューニヒトの言葉に、部屋の中の空気が凍った。
 誰かが捕虜交換したばかりだぞ、と呟く。
 ホワンも唇を震わせている。
 議長もまた、凍りついたように動かない。

「し、しかし……あの帝国宰相は侵略の意志はないと明言したのだ。それなのに同盟側から、攻勢に出るというのか」
「その通りです。失礼ながらその時の交渉を纏めたものを読ませていただきましたが、ひどいものですな。向こうの思惑通りだ。和平という言葉に騙されている」
「どこが騙されているというのだっ!!」
「この条件では、戦艦を一隻修理しただけでも、軍備の準備をしていると、言い掛かりをつけられてしまう。これなら無視した方が良い」
「それは……」
「条件を白紙に戻す。その為の攻略だ。出征だ」

 トリューニヒトの言葉に評議会の連中が傾きだしている。
 サンフォード議長は、おろおろと周囲の様子を窺う。
 くそっ、議長の気の弱さが、部屋の空気を軟弱なものにしている。そしてそれがトリューニヒトを抑えられずにいるのだ。

「ま、待ちたまえ。一旦休憩を取ろう。議決はその後だ」

 議長が珍しく強引に話を打ち切った。
 そして足早に部屋から立ち去っていく。根回ししておきたかったが、ああも逃げるように立ち去られては、どうしようもない。
 せめてホワンだけでも話をしておきたいと思い、二人で部屋から去った。
 トリューニヒトは一人、悠然と腕を組んで席に座ったままだ。
 くそっ、ずいぶん余裕な態度だ。そしてトリューニヒトの周囲に人が集まりだしている。こいつ、議会に集まる前から、根回していたな……。

 ■ロイヤル・サンフォード■

「ロボス君。軍はイゼルローン攻略に賛成しているのかね?」

 私は会議室から足早に立ち去ると、急いでロボス君に連絡を取った。
 いくぶん恰幅の出てきたロボス君は、落ち着いた口調で口を開く。

「小官としては、イゼルローン攻略に反対です。シトレはどうかは分かりませんが」
「シトレ君か……」

 彼が攻略を主導しているというのか!!
 まさか?
 いやしかし、あのトリューニヒトの自信は、軍の賛成を得ているからだろう。
 だが、今の時期にイゼルローンを攻めるなど……できるというのか?

「しかしシトレも積極的には、賛成していないでしょう」
「うん? どういう事かね?」
「委員長の仰る。白紙に戻すための出征には、賛成しますが、その対象がイゼルローンとなれば、反対するでしょう」

 そうか、奴は出征の賛成を得たのだな。
 それをイゼルローン攻略と偽ったのかっ!!
 よし、そこを突けば、抑えられる。

「ですが、出征そのものは賛成すべきでしょう。今の条件は悪すぎる」
「確かに……条件は悪いな」
「同盟の国民感情的に、そのような条件は飲めないと、意思表示するためにも、ここは攻めるべきです」
「なるほど……その通りだ。だが、どういう作戦を採る?」

 私の問いにロボス君は、一つ頷くと口を開いた。

「イゼルローンを攻めると見せかけておいて、帝国軍をティアマトまで引きずり込みます」
「ティアマトか、勝てるかね」
「勝つためには六個艦隊は必要です」
「六個艦隊か、それはなんとかしよう。任せておきたまえ」
「ハッ、感謝いたします」

 私がそう言うと、ロボス君は敬礼で返答してくる。
 通信を終えた私は、再び会議室へと急いで戻った。部屋には全員が戻っていた。
 私が一番、遅かったらしい。
 席につく前に、居並ぶ委員長たちを見回して言う。

「私はイゼルローン攻略には反対だ。しかし出征そのものには反対しない。帝国軍はティアマトで迎え撃つ。そして動員艦隊は六個だ!!」

 一気に言い切った。
 動揺している議員達の中で、トリューニヒトだけが落ち着き払った態度を崩さない。

「議長の意見に賛成します」

 トリューニヒトの意を汲んだ議員達が、口々に賛成してくる。
 トリューニヒトの目の奥にしてやったという色が見えた。
 私は一瞬、この部屋の中に、私とトリューニヒトしかいないような気分に陥った。

「しかし六個艦隊とは……財政が」
「そのような事は、言われるまでもなく分かっている!! だが、やる以上は勝たねばならん。勝つためには財政ぎりぎりの動員をすべきだ」
「さすがは議長閣下。よく分かっていらっしゃる」

 レベロ議員の反対意見を私は断ち切るように言う。
 それに被せるように、トリューニヒトが拍手と共に褒め言葉を発した。
 これで私が、帝国との和平を覆す決断をした事になってしまった。
 トリューニヒトは私の見識に賛成しただけだ。
 なんという男だ。

 ■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

 士官学校でおもしろい奴を発見した。来年卒業する奴だが、素敵なお方だ。
 そう、ナイトハルト・ミュラー様だ。
 きゃー鉄壁ミュラー様ー。すてきよ~。
 なんて喜んでいたら、ラインハルトの冷たい視線が突き刺さる。
 人の心を読むんじゃない。
 じっとりした視線が痛いぜ。

「なにをそんなに喜んでいる」
「いや、べ~つ~に~」
「こっちを向け」
「や」
「や、じゃない」

 きゃ~嫉妬よ~。
 いやんいやん。ミュラーさまの魅力にめろりんきゅ~。

「だ~か~ら~妙な小芝居をするなー」

 ラインハルトが怒っている。
 うむ。怒りっぽい奴だ。カルシウムが足りてないんじゃないか?

「だれのせいだーっ!! むがむが……」

 おお!! ジークがラインハルトの口を押さえた。
 そしてそのままどこかへ連れ去っていく。
 お~い、どこへいくんだ~?

「ふっ」

 うわ~ジークの視線も冷たい。
 いいのさー。どうせ、だぁ~れもわかっちゃくれないのさー。

「華奢で柔でデリケート。その上清楚で可憐で繊細な、この俺様に対して何たる仕打ちだ」
「そんな方は、自分の事を俺様とか言いませんよ」
「繊細かつ大胆不敵」
「性質の悪い男ですねー」

 寵姫たちの毒舌が冴え渡る。
 ふと隣を見れば、アンネローゼが、

「華奢で柔でデリケート。その上清楚で可憐で繊細な、とはまるで、私のことですね」

 とか言ってやがる。
 原作ならともかく、今の君は肉食系でしょうがー。
 対応を間違えたー。
 いったいどこで道を踏み外したんだろ?
 まっすぐ生きてきたはずなのに!!

「ななめに真っ直ぐ来たんじゃないですかぁ~」

 人生、ななめに真っ直ぐかよっ。
 言いえて妙だな~。

「マクシミリアン。あんな風に成ってはいけませんよ」
「うおぅ。いつの間に?」

 ベーネミュンデ侯爵夫人が、アレクシアと幼いマルガレータをつれて宰相府に姿を現した。
 お腹の大きいアレクシアとマルガレータが、よちよち歩きのマクシミリアンと仲良く手をつないでいる。
 おお、歩けるようになったのかー。
 こどもは成長が早いな……。
 しかもやんちゃだ。
 俺の足をぺちぺち叩きやがる。
 ベーネミュンデも止めないし。まあいいけどな。

「にーにー」
「おお、よしよし。がぉ~」

 がぉ~っと脅かすときゃっきゃ言って喜ぶ。そしてマルガレータが、精一杯お姉さんぶっているところなんか、微笑ましいぞ。
 こどもはかぁ~い~ね~。
 膝の上に乗せてやると、俺の真似をして書類を眺める。
 マルガレータもエリザベートもアレクシアや、アンネローゼさえも微笑ましそうに、俺とマクシミリアンを眺めていた。
 ベーネミュンデは俺の膝からマクシミリアンが落っこちないか、心配しているようだ。
 落としたりしねえよ。

「アレクシア。体調はどうだ?」
「順調です」
「そうか、体には気をつけろよ。生まれてくるのは男でも女でもいい。元気な子であったら言う事はない」
「はい」

 嬉しそうに返事を返すアレクシアを横目に、マクシミリアンに声を掛ける。

「マクシミリアンはもうすぐ、おにいちゃんになるんだぞ~」
「にー?」

 本当は叔父さんだけどな。かわいがってくれよ。仲良くな。分かっているんだか、分からないんだか、それでも嬉しそうに喜んでいる。
 
「あっ、マクシミリアン」

 ラインハルトが戻ってきた。
 そして俺の膝に座っているマクシミリアンを見て、うれしそうに駆け寄ってきた。
 マクシミリアンもうれしそうに俺の膝から降りようとする。ラインハルトとマクシミリアン。この二人は仲良くしているようだな。結構な事だ。
 しかしラインハルトのやつ、ベーネミュンデ侯爵夫人の顔を見るなり、ビクッとしやがる。
 よほど怖い目にあったのだな~。
 俺も見たかった。

「こ、こんにちはベーネミュンデ侯爵夫人さま」
「こんにちは、ラインハルト。あいかわらずかわいいですね」
「お、仰らないで下さい。不本意なのですから……」
「まあまあ、そんな事言うものではありませんよ」

 蛇に睨まれたかえるとはこの事かっ。
 あのラインハルトが押されている。ベーネミュンデ侯爵夫人の目が妖しく光ったー。

「おお、マクシミリアン殿下もおられましたか」

 そう言いながら、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候が、子どもの手を引きつつやってきた。その後ろではなにやら疲れた表情のジークもいる。

「エリザベート。ルードヴィヒ皇太子殿下にご挨拶しなさい」
「ザビーネも、しなさい」
「はい」
「はい、わかりました」

 かわいらしい幼女たちが、満面の笑みを浮かべ近づいてくる。
 俺が立ち上がると見上げるように、顔を上げ、スカートをちょこんと摘み、少し舌足らずな口調で挨拶してきた。

「ルードヴィヒ皇太子殿下。エリザベート・ふぉん・ブラウンシュヴァイクです。お会いできて……光栄です」
「ザビーネ・ふぉん・リッテンハイムです。お会いできて? 光栄です」
「ああ、会えて嬉しいよ。二人とも、前に会った時よりも大きくなったな。それにかわいくなった」

 エリザベートにザビーネ、なぜに途中で疑問形になるんだ?
 それにフォンって言いにくいか?
 それにしてもこれぐらいで、照れて赤くなるなんて初々しいねー。
 どこぞの寵姫たちとは大違いだ……けっ。

「ルードヴィヒおじさま? どうされました?」

 おじさま?
 おいおいおい。俺はまだ若いぞ。まだ二十代だ。
 ナウなヤングを捕まえて、おじさまとは如何なものか?

「もうすぐ父親になろうとしておられるのに、なにを仰っておられるのか?」
「まあそう言うな、ブラウンシュヴァイク公。我々も通ってきた道だ」
「そうそう。マクシミリアンなんか、この年でおじさんなんだぞ」
「ああ~そうだったぁー」

 ショックを受けていると、ブラウンシュヴァイクとリッテンハイムの両名が、ラインハルトとジークの肩をがしっと掴んだ。

「えっ?」
「えっ?」

 二人とも目を丸くしている。
 いったい何事だ?
 そして強引に二人を部屋から連れ出していった。

「マルガレータ」
「はっ!!」
「はい?」
「いや、君の方じゃない」

 小首を傾げて問うて来るマルガレータの頭を撫でつつ、我が寵姫マルガレータとアイコンタクト。
 ゆくのだ。デバガメして来いっ!!
 さすがだ。
 さすが、我が寵姫。
 見事な隠行だ。
 あいつ絶対、ストーカーの才能があるよな……。

 ■宰相府 マルガレータ・フォン・ヴァルテンブルグ■

 ふっふっふ。皇太子殿下の意を汲んで、わたしは彼らの後をつけます。
 あの組み合わせなど、珍しいなんてもんじゃありません。
 使われていないはずの部屋に入っていったのを確認すると、その隣の部屋に忍び込み、盗聴。
 聞き耳を行いました。
 ふむふむ。

 ■宰相府 ジークフリード・キルヒアイス■

「ラインハルト君にジークフリード君。二人に相談があるのだ」
「うむ」
「相談とは?」

 ブラウンシュヴァイク公爵様とリッテンハイム候爵様が、真剣な口調でわたし達に話しかけられます。いったい何事でしょうか?

「実は……卿ら、養子にならんか?」
「は?」

 はぁ~?
 今なんと?
 ラインハルト様も驚いたのか、目を見開かれています。

「帝国はこれからバカな門閥貴族の淘汰が行われる。その時、必要とされるのは家柄ではなく、才覚だ。そうなれば貴族同士の婚姻など、難しくなる一方。ならばいっそ、才覚があり将来有望な者と一緒にさせた方が、娘にとっても良いと思うのだ。馬鹿な親心と思うが」
「ブラウンシュヴァイク公の言うとおりだ。幸いな事に娘達はまだ幼い。門閥貴族の悪弊に染まっておらぬ。普通の娘と思い、接してくれれば良い。それに卿らと婚約しておれば、身分など気にもしなくなる」

 婚約ですか?
 わたし達が門閥貴族の代表とでも言うべき、両家の令嬢と?

「卿らはその年で、宰相府に出入りが許されておるほど、宰相閣下に目を掛けられている。我らとしても異存はないのだ」
「年もそう離れておらぬし。卿らを見ていて、将来有望なのは分かっている」
「どうだ。まず婚約という事で」

 いきなりの事で、呆然としてしまいます。
 何と申せば良いのでしょうか?
 分かりません。どうしたものでしょうか?

「陛下のお許しはすでに得ておる」

 な、なんだってー!!
 すでに内諾を得ていると?

「……いきなりの事で、何と言って良いのかわかりかねますが、考えさせていただきたい」

 ラインハルト様が動揺しながらも、そう申されました。
 その隣で私もこくこく頷くのみ。

「ま、確かにいきなりであったな。まだ時間はあろう。だが、この事だけは頭の隅に入れておいてくれ」

 私達はこれで解放されましたが、部屋を出た途端、その場にへたり込みそうです。
 ラインハルト様も同様のようでした。
 それにしてもわたし達が、ブラウンシュヴァイク公爵家とリッテンハイム候爵家の跡継ぎ?
 冗談でしょう……。
 どうするべきでしょうか?

 ■宰相府 マルガレータ・フォン・ヴァルテンブルグ■

 うぬぬ、さすがは門閥貴族の雄。
 将来を見据えて、手を打ってきましたね。
 それにしてもあの二人を家に取り込もうとするなど、見る目はある。
 それにしても……。
 ちっ、これだから身分の高いお方はっ!!
 身分を笠に良い男を持っていこうとする。売れ残った女はどうしろというのかっ!!
 ちょーむかつくー。

 ■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

 マルガレータから報告を受けた。
 やるな~。
 あの二人を取り込むか……。
 本気で門閥貴族を切捨てに掛かってやがる。
 俺の見たところ、ラインハルトとジークの間にさほど差はない。
 天才のなんのと言ってみても、軍事関係以外の点ではジークの方が、ラインハルトに勝っている点が多いのだ。
 それに次の次も睨んでる。
 今の両家と俺の子は血が近すぎる。これでは婚姻など結べまい。
 だがラインハルトの子と俺の孫なら?
 ジークの子と俺の孫……。うむ、ぎりぎりだな。
 血筋がどうのと言う事も、俺と二人の関係を見れば、文句も言いにくいと睨んだか。
 ほんっきで門閥貴族の、生き残り策というものの厄介さを知ったぞ。
 こいつらこうやって五〇〇年近くも生き残ってきたんだな~。
 貴族はしぶとい。
 ある意味、大したもんだ。
 そしてこれが、この決断をできない奴が、滅んでいくか……。
 
 

 
後書き
父の部屋で古い雑誌を見つけまして、
その中にあったナウなヤングというフレーズが妙に気に入ってしまいました。
友人Aに「ナウなヤングに人気なのは、シマムラよぉ~」
と言ったら、鼻で笑われた。
がっでむ。 

 

第45話 「権威と権力」

 
前書き
さてと、わたしは戦争が好きだー。
とか、言いそうにもない皇太子様です。 

 
 第45話 「幸せな時間」

「香辛料をよこせ!
 さもなくば核だ!!」
「……キルヒアイス。何を言ってるんだ?」

 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。
 徳、名誉、恐怖。
 この三つを並べた事からある事に気づく者もいると思う。
 さて、専制主義に必要不可欠な恐怖であるところの、劣悪遺伝子排除法を廃法にしたわけだが、恐怖というものを捨て去る気はない。
 やはり家の中には、怖い存在が必要だろう。
 地震、雷、火事、親父とは至言だ。
 銀河帝国の場合、皇帝こそが怖い親父役にならねばならぬ。
 俺の場合は、強権という形で、それを発している。
 だからといって、毎回毎回、強権を発してばかりだと意味が薄れる。
 伝家の宝刀はここぞと言うときに抜くものだ。
 力がある事を知らせても、そうそう振るうものではない。
 統治者は狂犬ではないのだ。

 ■宇宙艦隊司令部 ヘルムート・レンネンカンプ■

 宇宙艦隊において、自分を含む五名はミュッケンベルガー元帥に見出され、ウォルフガング・ミッターマイヤー達は、宰相閣下に見出されたと言われている。
 だからといって元帥閣下が、扱いを変えているという訳ではない。
 ただ、宰相閣下に見出された者たちと自分達は、明らかに毛色が違うと思われているだけだ。
 向こうは才能と実力はあるが、癖のある連中。
 自分達の方は、よく言えば堅実。悪く言えば、融通の利かない無骨者揃いだ。
 宰相閣下と元帥閣下の違いと言うべきだろうか?
 しかし両者に共通しているのは、その意志の強さだと思う。
 宰相閣下の鋼鉄の意志は、自分ですらたじろぐほどで、次期皇帝陛下ともなれば、ああでなければならないのだ。
 そう考えると、平民に生まれて良かったとつくづく思う。

「し、少将閣下」

 若い女性の声と共に、くいくいと袖を引かれた。
 私は振り向く前に、小さくため息を吐いた。宇宙艦隊司令部の敷地内において、この様な真似をするような女性は一人しかいない。
 いや、それには少し訂正が必要かもしれない。
 訂正しよう。
 私にこの様な真似をする女性は、ただ一人だ。
 クラリッサ・フォン・ベルヴァルト中尉。明るめのブラウンの髪を短くそろえた。まだ幼さが残っている顔つきの中尉だ。中尉に昇進してもう二年になろうとするのに、まだまだ新米少尉と言った印象を受ける。

「ベルヴァルト中尉」

 振り返りつつ声を掛けると、うれしそうにはにかんでくる。
 何がそんなに嬉しいのか?
 女性というものは分からないものだ。

「何用かね?」
「宰相閣下のお使いで、司令部まで来たもので……」

 なるほど、私を見かけたから声を掛けたと、いうことか。
 中尉とは、宰相閣下のご趣味であるMSに乗せろという我が侭を聞いて、オーディン上空まで護衛したさいに知り合った。
 その時以来、妙に懐かれてしまったらしく、見かける度に声を掛けてくるようになった。

「宰相閣下のご様子は如何かね」
「も~あいかわらずですよー。毎日忙しそうで、俺様ぶりも健在です」

 俺様ぶり、か……。
 ここの所、お会いする機会もないが、強気なところは健在というわけだ。
 しばらく話していると、通り掛かったワーレンが、こんなところで立ち話もなんだろう、カフェにでも連れて行ったほうが良い。と言ってきた。
 いかんな、私はこういう所が気が利かないようだ。

「中尉、行こうか」
「はいっ」

 ■宰相府 マルガレータ・フォン・ヴァルテンブルグ■

 うむむ。ここはどう書くべきでしょうか?
 貴公子のような風貌ってよく言うけどさ~。皇太子って本物の貴公子だしね~。古の彫像を思わせる均整の取れた肢体とか、高貴さなんて、元々高貴なお方だし、体つきもバランスが取れてるしねー。こー皇太子を表現するような良い語彙はないものだろうか……。う~む、悩んじゃうな~。
いやいや、ここは皇太子殿下の持つ野性味を押し出した方が良いのかも……。

“高貴さと野性を兼ね備えた皇太子の瞳が、鋭い光を帯びた。琥珀色の視線の先には○○(お好きな人物の名をお入れ下さい)がいる。軽く手招きした皇太子に向かい、おずおずとした足取りで、近づいていく。
 強引に腕を引かれ、倒れこむように皇太子の胸元に飛び込んだ”

「あんた、何書いてんの? どれどれ」
「あ、ダメだってっ!!」

 宰相府の休み時間を利用して、趣味の小説を書いていたというのに、エリザベートに奪われてしまったぁー。
 じーざーす。

「あんたねぇ~」

 呆れたような口調で、エリザベートが小説を返してきた。
 眉が顰められている。はぁ~っと、ため息まで吐かれた。
 なんだいなんだい、そのたいどはぁ~。ちょーむかつくー。その上、無言のまま、わたしに数枚の紙を突きつけてくる。
 なになに?
“皇太子は夜な夜な、飾り窓を蹴破る勢いで店に入ると、居並ぶ美女を荒々しく抱き寄せ押し倒す。その勢いたるや、まるで重戦車を思わせた”

「あんただって、書いてんじゃん!!」
「あたしはノーマルだもん。あんたみたいにホモじゃないからね!!」
「恋愛物と言えー!! あんたのはエロ小説じゃん。これぇ~」
「どこがよー。皇太子殿下ならこれぐらいする。ぜ~~~~ったい、そうに決まってる!!」
「しねえよ」

 その声に振り返ると、皇太子殿下が立っていた。
 うわっ、むっちゃ呆れたような目だ。

「あわわわわ」
「あ、ああああ、こ、これは違うの、違うんですぅぅぅぅ」

 慌てふためいて、小説を背中に隠す。
 はあっというため息が、皇太子殿下の口から漏れた。

「あのな~書くなとは言わんが、大声で喚くな。この手の奴は、隠れてやってろ」
「は、はいっ」
「はいっ」

 そう言って皇太子殿下はご自分の席に戻られた。
 ふう~っ、やばいやばい。
 あやうく絞め殺されても、誰も庇ってくれない状況になるところだった。
 しかし改めて皇太子殿下に目を向けると、う~ん、やはり絵になるお方だと思う。
 強気な俺様キャラだし、絶対攻めに決まっている。
 創作意欲とネタが湯水のように湧いてくる。いける。もう何も怖くない。
 あ~いけないいけない。自戒しなければ……。

「腐女子はこれだから……」

 ぼそっと皇太子殿下がなにやら呟かれた。
 眼を瞑って目頭を指で押さえている。

 ■ノイエ・サンスーシ内庭園 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

 腐女子で貴腐人な寵姫たちの所為で、違う意味で疲れてしまったらしい皇太子殿下が、心を癒すべく宰相府を出て、庭園までやってきた。
 わたしも一緒についていく。
 大きな木の根元に横たわった皇太子殿下が軽く眼を瞑る。
 軽やかな風が心地良い。
 皇太子殿下の髪を風がゆるやかに流れていく。
 わたしはそっと髪を撫でる。さらさらとした髪が指の間をすり抜け、形をかえた。
 口元に笑みが浮かんでしまう。鼻筋から唇を指でなぞる。意外と線が細いのかもしれない。
 ふと以前見た、白い虎の映像を思い出す。
 飢えと孤独が、虎を森林の王にする。お腹が満たされれば、小動物ですら敵ではないように眠りに入り、瞳に宿る光だけが王者の余韻を残す。
 このお方はどこか、孤独な影を引きずっている。多くの人に囲まれていても、孤独な印象を受けてしまう。孤高の王。銀河帝国の皇太子とはこういう風にしか、生きられないのだろうか?
 やりたい事とできる事、やるべき事が違う。人は誰しもそんなもんだ。
 そう自嘲気味に嘯く。
 それが哀しい。

「わたしはずっとお傍にいます。だから貴方は一人ではないんですよ。それを忘れないで」

 そっと囁く。
 髪を撫でていると、くすぐったそうに身じろぎする。
 寝顔だけはまるでこどものよう。笑みが浮かんでくる。
 陽は暖かく、風も心地良い。隣には皇太子殿下がおられる。幸せだと思う。
 こんな時間がずっと続けば良いのに……。
 足音が聞こえてきた。
 そっとため息を吐く。
 静寂が途切れ、いつものような喧騒が始まる。
 皇太子殿下の目が開かれていく。眠りに落ちていた獣が目を覚ます。
 立ち上がり髪をかき上げたときには、いつもの皇太子殿下だ。
 銀河帝国皇太子・帝国宰相ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム。

「おお、ここにおられましたか」
「どうした?」

 やってきたリヒテンラーデ候にむかい声を掛ける。
 強気な態度も鋭い目もいつもと同じ。
 そうして歩き出す。傲然とふてぶてしさすら感じさせる気配を漂わせて。
 さてっと、私も立ち上がって歩き出しましょう。そうでないとあの方を見失ってしまいます。ずっと傍にいると決めたのですからね。

 ■軍務省 帝国軍統帥本部長シュタインホフ元帥■

 軍務尚書エーレンベルク元帥と私そして、宇宙艦隊総司令長官ミュッケンベルガー元帥の三名は、顔を付き合わせていた。

「宰相閣下から、増援艦隊は八個艦隊との命が下った」

 私がそう切り出すと、他の二人が渋い表情になった。

「八個か、多いな」
「よほど警戒なされているのだろう」

 ミュッケンベルガーが渋い表情のまま呟き、エーレンベルクが取り成すように話した。
 うむ。ミュッケンベルガーの懸念も分からなくない。数が多ければ良いというものではないのだ。多ければ多いほど、統制が難しくなるし、指揮官の質、というか人となりが問われてくる。

「だが叛徒どもは六個艦隊らしい」

 それを上回るだけの戦力をご用意していただいた。
 本気でやるなら、質、量とも圧倒せよ、か……。
 宰相閣下のご英断だ。

「うむ。こちらとしては例の者達が中将に昇進しているからな。連中に一個艦隊を指揮させるつもりだ」
「やれるのか?」

 エーレンベルクはどことなく不安そうだな。

「大丈夫だ。有能だよ、連中は。一個艦隊どころかもっと多くても指揮できるだろう」

 ミュッケンベルガーが自信を持って言い切った。
 こちらは不安などないといった表情だ。

「そうかでは、
 ウォルフガング・ミッターマイヤー。
 オスカー・フォン・ロイエンタール。
 アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト。
 エルネスト・メックリンガー。
 アウグスト・ザムエル・ワーレン。
 フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト。
 ヘルムート・レンネンカンプの7名に、ミュッケンベルガー元帥の直属艦隊を含めた、計八個艦隊ということだな」
「うむ。そうなるな」

 私が確認するように問うと、ミュッケンベルガーは頷いた。
 指揮官は揃った。
 後はどのような作戦を採るかだな。

 ■宰相府 ウルリッヒ・ケスラー■

 いつも不思議に思うのだが、宰相閣下というお方は、軍に対してあまり横槍を入れないといおうか、援軍の規模、時期は指定するが、作戦内容までは一々口出しをされない。
 ただ口を出されるときは、軍の様相を一変されてしまう。
 今回の指揮官達もそうだ。強権を振るわれた。だがそれ以後は強権を振るっていない。
 普通といって良いのか分からないが、あえて普通は強権を振るい、変えたのだから、その後は全てご自分の思うとおりにしたがるものなのに、為されない。
 不思議なお方だ。
 確かに宰相閣下は軍や政府の上位に位置されている。
 いかに実働部隊を掌握していても、いさとなれば将官たちの命よりも、兵士達は宰相閣下のご命令に従うだろう。
 これが皇太子という権威、ご威光なのだろうか?
 全てに対して自らの御意志を通す事ができる。権威と権力どちらがより、高位に位置するのか、私如きにはよく分からないのだが……。

「けっ、条件が気にいらねえっていうんならよぉ~。フェザーンの高等弁務官を通じて、交渉に入れば良いのによぉ~。即軍事行動に入るっていうのが気にいらねえ。あいつら何考えてんだっ!!」

 フェザーンから知らされた情報を知った際の、宰相閣下の反応だ。
 確かにその通りだろう。
 仮にもイゼルローンで交渉が行われたのだ。
 二度とできないという訳ではあるまい。
 打診ぐらいはできたはずだ。それを帝国が蹴ったというなら話は分かるが、打診すらしていない。愚かとしか言いようがないな。
 交渉能力がないのか? それとも交渉しようという事すら思いつかなかったのだろうか?
 まさか、こちら側が全ての段取りをつけてやらねば、同盟側は交渉できない、という事か? まるで子どもを相手にしている気分に陥る。
 頭の痛いことだ。

「軍に伝えろ。向こうがやる気というなら潰して来いと、な。増援艦隊は八個だ。今回は容赦してやらねえ」
「ハッ!」
「俺は手を差し伸べた。窓口も作った。だが手を振り払ったのは同盟で、窓口を閉ざしたのも同盟だ」

 宰相閣下の声が低くなった。
 怒りを押し殺しているかのようだ。よほどお怒りのご様子。
 宰相閣下が自ら軍を動かされるのだ。
 報復は苛烈なものになるだろう。
 思わず身が震えそうになった。

 ■宰相府 ラインハルト・フォン・ミューゼル■

 宰相府の大画面に皇太子の姿が映っている。
 出征する軍を前にして、檄を飛ばしているのだ。

「帝国は自由惑星同盟に対して、この戦争を止めるための手を差し伸べた。交渉の窓口も作った!! だが、手は振り払われ、窓口は閉ざされた。交渉など無用という事かっ!!」

 語りかけるように静かに話し始められた声が、だんだん大きくなっていく。
 兵士達が皇太子を固唾を飲んで、見つめている。
 怒りが画面越しにも伝わってきそうだ。直接相対している兵士は、それをより強く感じているだろう。

「連中がどうしても、戦争がしたいというならば、座して攻められるのを待っている帝国ではない。そうだろう!! 連中に我々の怒りと失望を思い知らせてやれ。平和の到来を希求する帝国人の心を踏み躙った事を、後悔させてやれ。あの戦争狂どもをぶちのめして来いっ!!」

 最後には張り上げられた言葉が、兵士達に乗り移ったように感じられる。
 怖い男だ。
 平和を希求するのは帝国。戦争に邁進するのは同盟。という構図を作り出した。
 事実、皇太子の言うとおり、条件が気に入らなければ、フェザーンを通じて交渉をまずすべきだった。
 手間を惜しんだのか、それとも同盟の中での権力争いが原因だったのか、そこまでは分からない。
 ただ同盟は下手を打った。
 茶番でも交渉の真似事ぐらいはするべきだったのだ。皇太子のように……。
 茶番と分かっていながらも、皇太子はフェザーンを通じて、同盟側に打診をしている。
 返事はまだ返ってこない。同盟は一つにまとまっていないのだろう。
 纏める奴がいないのか?

「キルヒアイス」
「はい。ラインハルト様」
「俺は連中のような愚か者にはなりたくない」
「その為には宰相閣下のように、よく見て、よく考えて、よく学ばなければなりませんね」
「そうだな。その通りだ」

 軍の戦力をぶつけ合うだけが戦争ではない。
 その点では、俺も同盟と同じような考え違いをしていたようだ。自戒しなければならないな。
 俺は画面を見ながら、そんな事を考えていた……。 
 

 
後書き
姪っ子たちにお年玉をせびられたー。
ひどいわ……。
よよと泣き崩れるわたし。

執筆中のBGMとしてニコニコ動画をよく聞くのですが、
最近のお気に入りは【鏡音レンオリジナル】ヘタレないでよ!【もうしません】です。
これを聞きながら、妄想を膨らませてます。
後はラインハルトの、月刊 お姉ちゃんといっしょ。
とか、変なネタばかり浮かんで、本編が進まなーい。 

 

第46話 「思惑と読みあい」

 
前書き
こんなはずじゃなかったのに……。
プロットがー。
ラインハルトがー。 

 
 第46話 「まさかのラインハルトのラブコメがはじまる?」

 グレゴール・フォン・ミュッケンベルガーだ。
 宰相閣下が檄を飛ばされた翌日、司令部に出征を一旦止めろ、との命が下った。

「朝令暮改もいいとこだが、うまく乗せられたような気がする。よって様子を見る。軍の方には迷惑を掛けるが、待機していてくれ」

 やはり冷静なお方だ。
 喜怒哀楽の激しいお方だが、単純なお方ではない。
 そうそう罠には掛からぬという事か。

 ■宰相府 ジークフリード・キルヒアイス■

 宰相閣下が机のそばに、ラインハルト様をお呼びになりました。
 いつもとは少し違い、迷っているようなご様子。
 しきりに同盟の情報を探っておられます。
 軍や情報部のみならず、フェザーンにも情報を探らせているようでした。
 いったい何を考えておられるのでしょうか?

「ラインハルト。向こうの思惑はなんだと思う?」
「う~ん。今のこの時期に出征しようという理由?」
「そうだ。しかも前に話した事があったと思うが、同盟の出征を主導しているのは、ヨブ・トリューニヒト。化物クラスに性質の悪い奴だ」
「前からそいつの事を気にしているようだけど、そんなに性質が悪いのか?」
「ま~ね~」

 ラインハルト様が首を捻っておられます。
 宰相府の面々も、お二人の会話に興味津々といった感じ。
 というよりも宰相閣下が、これほど警戒する相手は、ヨブ・トリューニヒトという人物ぐらいでしょう。それだけに宰相閣下のお考えが見えないのです。

「ティアマトまで出てこないような気がするんだ」
「えっ?」
「ハイネセン近辺に六個艦隊を集結させても、それ以上は出ない。あくまで軍事訓練と言い張るつもりかも知れんな」
「あくまで、先に手を出してきたのは、帝国という形にしようという事なのか?」
「ティアマトも同盟領だからな、自領で活動してどこが悪い。そう主張されれば、いささか分が悪い」
「だが明らかに軍事行動だろう?」
「そうだ。だが自領だ。しくじった。反応を見せてしまったぜ。やられたな、くそっ!!」

 考えすぎのような気もしますが、そこまで考えた上で、手を打たねばならないお立場なのでしょう。帝国宰相というものは。
 私やラインハルト様もそこまで考えていませんでした。
 主導権争いというものは、これほど考えなければならないものなのでしょうか?
 ラインハルト様の仰っていた、

「十年、いや五年後にはやつの上をいってみせる」

 と決意されていた事を思い出してしまいました。
 ラインハルト様は気づいておられる。
 帝国を動かすという事に、その難しさに。もし自分が宰相閣下と同じ立場なら、どうするのかを考え始めている。

 ■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

 あのやろう、いったい何を考えてやがる。
 ……帝国の弱点に気づいたか?
 いや、シルヴァーベルヒもオーベルシュタインも気づいている。フェザーンに駐在していたやつが気づかないとは思えん。
 くそっ、時間だ。時間が足りない。
 せめて後三年は、時間が欲しい。ようやく動き出したんだ。一旦動けば、あっというまに追いつく。そうか、それを理解したのか……。
 対抗するより、内から食い荒らそうという事か?
 同盟が帝国に併合された場合、フェザーンどころではない巨大な自治領が誕生する。
 経済規模も大きい。しかも併合ともなれば、そうそう討伐もできん。それどころか保護する義務が生じる。軍事力では圧倒できても、民間レベルでは向こうの方が上だからな。
 こっちの生活水準を、同盟レベルまで持っていかなければならない。
 といっても、決して低いという訳ではないから、厄介だ。まあ、上を見ても下を見ても切りはないからな。どうしたものか?
 頭の痛い問題だ。
 しかも反応してしまった以上は、知らん振りもできん。

「あーもー。いっそ、本気で動かすか……」
「動かすのか?」

 ラインハルトが、机に手をついて身を乗り出す。

「ただし、目標はティアマトではなく、エル・ファシルだ」
「エル・ファシル?」
「そうだ。有人惑星を一つ、占領してしまう。そうなれば嫌でも出てくるだろう」
「確かにそうだけど、良いのか」
「良くはない。爆弾を抱えるようなものだ」

 残念ながら、今の帝国に同盟を併合するような余裕はない。
 軍事力で打ち倒す事はできても、統治する事ができないんだ。政治体制が違いすぎる。旧同盟のあちこちでテロが横行するだろう。そう考えれば、地球教の方がまだマシなぐらいだ。あれの教義をそのまま認める気はないが、麻薬さえ作らなければ、存続を許してやっても良い。というか、麻薬がなければあっさり、支配層が教団から追い出されるだろうしな。
 そうか……。
 あのやろう~こっちが出て来れないと考えやがったんだな。
 脅しても本気で出てこれない。
 大軍になればなるほど、倒した後の事を考えると、やばい。やばいとなれば動けなくなる。
 それを見越して動かす気になったか……。
 しかも倒されても、こちらの懐に入ってくる気だ。原作でもそうだったような気がする。
 帝国でも今は貴族だけだが、議会が作られた。いずれ平民も議会に参加できるようになるだろう。そして立憲君主制に移行しようとしている事も、気づいているはずだ。
 じわじわやられるよりも、急激に変化した方が、同盟側を統治する事は難しくなる。それは巨大な自治領になるだろう同盟を、纏める事が難しくなるという事だ。
 纏めようとすると否が応にも、同盟の首脳達の権限を大きくせざるを得ん。
 権限が大きくなるという事は、巨大な自治領を背景に、帝国の国政に口出しできるようになるという事だ。帝国の議会にも影響力を持つようになる。
 地球教と同じようなやり方だ。内側から食い物にしようとする。

「なるほど……生贄かよ」
「……生贄か」
「ああ、六個艦隊を生贄にして、帝国に併合させて懐に飛び込もうとしてやがる」
「お、おぞましい考えだ」

 ラインハルトの顔に嫌悪感が浮かんだ。
 そうだよな。お前ならそう感じるだろう。その点では俺も同じだ。

「やはり予定通り、軍は動かす。そしてティアマトで出てこない場合、アスターテまで押し出すぞ」

 それでも出てこない気ならドーリア星域まで向かう。そうなればエル・ファシルだけでなく、シャンプールまで支配星域にできる。
 補給先は伸びるが、八個艦隊だ。ヤンが第十三艦隊を持っていない以上、一個艦隊でそれを阻止できる奴がいるとは思えん。つまり向こうも六個艦隊で迎撃する羽目に陥る。
 ごちゃごちゃ考えずに、ぶっ飛ばした方がいいな。
 後はじわじわ追い詰めるだけだ。

「ただし、ヨブ・トリューニヒトがもう一度、フェザーンに逃げてきても、今度は暗殺してやる」

 負けたら嬉々としてフェザーンにやってくるだろう。
 表面上は更迭、しかし内心はフェザーンで帝国側とパイプを作り、そこで一定の勢力を作るために。まったく今の段階で、負けた後の事を考えるどころか、負けさせることすらしようとは……。

「化物みたいに性質が悪いやつか……その通りだな」

 ラインハルトも嫌悪感と警戒心を綯い交ぜにした表情を見せる。

「予定通り叩いて、その後は磨り潰していく。ただ予定とは違って少し早いがな」
「改革だ。改革。時間がない。だから、馬車馬のようにはたらけー!」

 うわっ、ラインハルトの矛先がこっちにも向けられてしまった。
 書類でぽかぽか叩いてくる。
 なんてこったい。

 ■宰相府 ジークフリード・キルヒアイス■

 宰相閣下とラインハルト様の会話を聞いていて、身の毛がよだつような嫌悪感が湧いてきました。
 おぞましいと思ってしまいます。
 宰相閣下が分かっていても、やろうとはしなかった策。

『戦術は道徳から解放されたものであり卑怯も何もない』
『やれば勝つと分かっていても、やってはいけない策もある』

 とは以前、宰相閣下から教わった言葉ですが、この二つは軍人と統治者の差のような気がします。確かに戦いには勝てるでしょうが、その後の統治を考えると、それでもやってはいけない策がある。
 勝てば良かろうだけではいけない。ラインハルト様もそれを感じとられたはず。
 ぽかぽか宰相閣下を、書類で叩いているラインハルト様を見ながら、そんな事を考えていました。

 ■宰相府 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

 予定より一日遅れて軍が出征しました。
 豪華絢爛な陣容だそうで、まあ勝って来るだろうと、皇太子殿下もその点では安心しているご様子。それは良いんですけどねー。
 問題はあれ。
 ジークにべったりとくっついてる、マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー。

「はぁ~」

 と、ジークもため息を吐いています。
 というのも、原因はザビーネちゃん。ザビーネ・フォン・リッテンハイム。
 この子がやたらとジークに懐いちゃって、マルガレータちゃんと、ジークの取り合いをしてるんです。

「もてる男は辛いねー」
「そうですねー」

 両手に花。
 皇太子殿下もにやにやと、三人の様子を見ていますし、楽しいです。
 見てる分には。
 それにラインハルトとエリザベートちゃんの、ぎこちない関係も楽しいです。
 ラインハルトってば、どう接して良いのか分からずに、悩んでいますし。我が弟ながら情けない。
 女の子の一人ぐらいで、おろおろしてどうするのですか?
 きゃっきゃうふうふ、してればいいものを。
 育て方を間違えたー。
 もっと肉食系に育てるべきでしたー。

「アンネローゼが言うと、なんか生々しいわ」

 ぼそっとエリザベートさんが呟きました。
 なんて失礼な人でしょうか?
 私のどこが肉食系だというのかっ!!

「あ、やっぱ、あんたら、姉弟だわ」
「自覚のないところなんか、そっくり」

 失礼な人たちです。
 皇太子殿下、皇太子殿下は分かって下さりますよね。

「足して二で割るとちょうど良いかもな」
「そうかもしれませんねー」
「皇太子殿下までー」

 わたしの周りの人たちって、どうしてこうなんでしょうか? 
 

 
後書き
友人たち三人で飲み会をしました。
わたし達らしく、お店ではなくて、各自食べ物を持ち寄って友人宅に集合。
しかーし、集まった食べ物は焼き鳥に鍋。お酒は日本酒という。
煮える鍋を見つつ、「これじゃ今年もお一人様だよね……」と悩む、飲み会でした。
もっと、こー。お洒落な感じはないのかー。
華やかさに欠けるわたし達です。 

 

第47話 「できる事と、やりたい事と、やるべき事」

 
前書き
風邪を引いた。
頭痛い。熱もある。
もうやだー。
風邪の所為で、気力が湧いてこない。
仕方ないので家で寝てる。
仕事は休んでないけどね……。 

 
 第47話 「人生とは、不条理なもの」

「――ロボス」
「シトレか」

 統帥作戦本部の廊下で、背後から声を掛けられた。
 振り返るとシドニー・シトレが、深刻な面持ちで立っている。こいつも今回の出征には反対だったな。

「出るのか」

 低い声だった。いくぶん震えているようだ。
 無理矢理、感情を抑えようとすれば、この様な声になるのかもしれない。
 この男にしては、珍しい。

「うむ。私が出ねばなるまい。出征に賛成した者の責任だ」

 今回の出征は当初の予定とは、違ったものになってしまった。
 軍を集結させる事で、帝国……いや、あの皇太子から反応を引き出す。その上で向こうから打診させ、交渉させる事で優位に立つ。
 実際に軍を動かす必要などなかったのだ。
 動かすぞ。そう思わせるだけでよかった。
 ティアマトか、アスターテ。それともイゼルローンか、フェザーン、どこに向かうのか我々の方が選ぶ。それが可能だった。
 戦略的優位に立つ。
 主導権を得るとはそういう事だ。
 だが、あの皇太子は打診こそしたものの、強引に帝国軍を動かした。
 しかも激怒した振りをして……。
 あの皇太子がそう簡単に、怒り心頭する様な単細胞であるものか。
 そんな単細胞であれば、帝国の改革などできん。
 冷静だ。冷静であるからこそ、実際に軍を動かさないだろうと思った。そこに交渉の余地がある。

「……しかしあの皇太子、ごちゃごちゃ考えずに動かす方を選んだ」
「繊細かつ大胆不敵な男だ」

 皇太子の二面性。
 迂闊だった。あの皇太子の二面性を甘く見ていた。
 あんな男が部下にいれば、どれほど心強い事か……。

「英雄になりたがる者は多いのだがな。実際に英雄になれる者は少ない」
「英雄など、酒場に行けばいくらでもいる。しかし歯医者の治療台の上には一人もいない。確か、君が目を掛けている者の言葉だったか」
「ヤン・ウェンリーだ」
「そうか、彼は今回の出征には置いていこう。こんな無駄な戦いで失いたくないだろう?」
「すまんな」
「気にするな。後のことは任せたぞ」
「ああ、武運を祈る」
「分かった」

 ■国務尚書執務室 リヒテンラーデ候クラウス■

 皇太子殿下の怒りは、オーディン全土を揺るがした。
 貴族のみならず、平民達ですら怒りに燃えている。
 そう単純な話ではないのだが……。あのお方が中々見せようとはしなかった、扇動者としての側面だ。士官学校時代、あれほど人を動かすのがうまい、士官はいなかった。
 そう評価された所以だ。この能力があれば、平民達を思い通りに動かせただろうに。
 皇太子殿下はそれを嫌っておられる。
 両手の届く範囲が幸せであれば、それで良い、か……。
 銀河帝国皇太子にして、銀河帝国、帝国宰相の両手は銀河の端から端まで届く。
 ゆえに悩んでおられる。人間らしい感情の揺れだ。
 それがかえって人の心に訴える。この方のために動こうと。
 だからこそ平民達は恐れている。皇太子殿下が怒りに燃え、自ら戦場に立たれようとするかもしれないと。

「不思議よな。貴族どもは安全なところで偉そうにしているだけだと、平民達からは思われていように。戦場に出ないでくれと懇願される。そんな皇族というものが存在しようとは」
「そんなお方は、銀河でただお一人。皇太子殿下以外にはおられませぬ」

 財務尚書のゲルラッハがはっきり言う。
 わしもそう思うわ。
 辺境開発。
 農奴解放。
 教育問題。
 人口増大策。
 経済問題。
 規制緩和。
 権利拡大。
 法改正。
 税制改革。
 問題は山積みではあるが、そのどれもが動き出している。
 その上、まだ貴族のみだが、議会が開かれた。
 平民達の要望も訴える場ができたのだ。
 平民の代表者が、各貴族領で意見を纏めだしている。不満はかなり抑えられているのだ。

「意見を聞かないとは言っていない。まずは不満を言うよりも、意見を纏めろ。ですか?」
「皇太子殿下にそう言われては、まず不満は平民達の代表者に向かっている。意見を聞いてくれとな」
「平民の代表者達が、頭を抱えているようですが……」
「致し方あるまい。しかし文句の言いようもない」

 自らの念願が叶ったのじゃ。ただおもしろい事に、辺境の貴族達が税収の中から、優秀な若い者に対して、学費を出してオーディンの帝国大学に通わし、政治や経済を学ばせ出しておるようじゃ。
 選ばれた者たちが、必死になって学んでいるようだ。
 皇太子殿下の懸念を聞かされたらしいしのう。

「中央と辺境の教育格差ですか?」
「うむ。その通りじゃ。このままではいかんと、必死になっておるわ」
「次の世代。次の次の世代。それらが芽を出し始めているのは結構な事ですな」
「その上、負けてはなるまいとブラウンシュヴァイクやリッテンハイムなども、領内の者に対して金を出して通わせ出しているわ」

 貴族も必死。平民も必死で帝国の未来を考えておる。
 これまでなかったほど、貴族と平民の関係はうまく行きはじめている。

「人が集まりだしましたな」
「これからは貴族も、うかうかしていられぬ」
「それにしましても、これまでは平民が身を立てようとすると、どうしても士官学校を目指していたものですが、文官を目指す者が増えてきましたな」

 戦後じゃ。平民達ですら戦後を考え出してきた。
 戦争は終わる。しかも帝国が勝って終わる。いまだなんとなくではあるが、平民達の間でも、そのような共通認識が生まれだしている。
 百五十年近く続いた戦争が終わるのじゃ。
 これは一大転機となろう。
 だからこそ、皇太子殿下には帝都にあって、戦場になど出て欲しくない。

「いま、あのお方を失うわけには行きませんからな」
「無論じゃ」

 いま、皇太子殿下を狙う者がいたら、そやつは帝国を敵に回すであろう。
 それも貴族だけでなく、平民達すら敵に回す事になる。
 叛徒どもはそれを理解しておるのじゃろうか?

 ■同盟作戦本部 ラザール・ロボス■

 部屋に入ると幕僚達が席に座っていた。
 その中に一際顔色の悪い奴がいる。
 アンドリュー・フォーク。士官学校を首席で卒業した中佐だ。
 わたしが席に着くと、いきなり意見を述べだす。
 あいもかわらず、夢見るような意見だ。中身がない。これが士官学校の首席とは、同盟の人材も枯渇し始めているな。

「フォーク君。はっきりと言っておくが、今回はすでに負けている。後はいかに負けを少なくするかが、肝要だ」
「閣下。戦う前から負けたと口に為されるのは、如何なものかと」
「だが現実だ。厳しいが現実なのだ。それを分かった上で、作戦を考えなければならない」
「少官はそうは思いません」

 現実が見えていないのか?
 思わずため息が出そうになった。
 目頭を指で揉みつつ、もう一度繰り返す。

「今回は負けだ。戦略的に敗北した。それをまず理解して欲しい。それからフォーク君、君は自分を特別視したがるが、現実はそう甘くない。人間は誰しも、できる事とやりたい事とやるべき事は一致していないものだ」
「できる事とやりたい事とやるべき事ですか?」

 青筋を立てて勢い込んでいたフォーク君が、一瞬呆気に取られた表情をする。

「そうだ。例えば君は、前線指揮官としては向いていない。参謀としても並みだろう。しかし後方担当、軍官僚としては優れている。君が目指すべき対象はアレックス・キャゼルヌ君だな。覚悟を決めて後方担当として邁進すれば、彼に勝る逸材になるとわたしは確信している」
「しかし小官は……」
「参謀として帝国に、いや、あの皇太子に勝ちたいのだろう。しかし君の特性は軍官僚だ。だからこそ、できる事とやりたい事とやるべき事は一致していないのだ。それはあの皇太子も同じだろう。これを見たまえ」

 そう言って皇太子のファイルをフォーク君の下へ、差し出した。
 そこには皇太子の経歴が、かなり詳しく書かれている。
 それを読んだときの衝撃を、彼にも分かってもらいたいものだ。
 あの皇太子。平民であれば、優秀な参謀になっただろう。門閥貴族ならば、宇宙艦隊司令長官かもしれない。ザクのパイロットとしても優秀だ。しかし戦場には立てない。
 武勲を立てる場所を得る事はない。
 武官として、どれほど優秀だったとしても、武勲を立てる場所を得られないのだ。

「……これは……」
「帝国のトップ。好き勝手、やりたい放題しているように見える皇太子ですら、そうなのだ。ままならないものだよ」

 あの皇太子を比較の対象として、持ってくるのはどうかと思うが、理解しやすいだろう。
 それに例はそれだけではない。

「他にも似たような例はある。例えばヤン・ウェンリー君もそうだな。彼は歴史学者になりたかったそうだ。しかし歴史学者としては並みだろう。参謀として優れていてもね。本人からしてみれば、不本意なものだ」

 そして君は軍官僚だ。
 どれほど前線指揮官として、奇跡の様な勝利を望んでも、叶えられる事はない。
 しかし官僚としては、ヤン君は、君の足元にも及ばないだろう。

「六個艦隊を生き残す。できるだけ、負けを少なくする……。良いでしょう。補給を完全に行い。あの皇太子の思惑を粉砕してやりましょう」

 フォーク君が笑う。
 良い笑みだ。方向性が変わったな。
 そう、やり方こそ違うが、打倒皇太子だ。
 武断主義でない、本質的に文官である皇太子に勝てるのは、同じく文官として優秀な者だ。
 戦場以外で勝つ。
 そしてそれができるのは、軍内では、君おいて他にはいない。
 自覚していないだろうが、君の政治的な手腕だけだ。

 ■クロプシュトック領内 ヨハン・フォン・クロプシュトック■

 天は人の下に人を造らず、人の上に人を造らず。
 しかして人間社会を見渡してみれば、その有様、雲と泥のようだ。
 人の価値は学問の有無にある。

「だから学問に勤めて切磋琢磨せよっ!!」

 農奴の子らを集めて、声を張り上げている。
 いままでの帝国であれば、この様な物言いは政治犯として、捕らえられてしまうだろう。

「しかし今の帝国は違う。帝国は変わったのだ。そしてこれからも変わる帝国にあって、諸君は生きねばならぬ。その時必要になるのは、学問である。いいか、それを忘れるんじゃないぞ!!」

 強引に無理矢理、農奴の子らを学校に通わせる。
 その許可を宰相閣下から頂いた。

「皇太子殿下は、あのお方は! 諸君の将来を考えて下さっている。これは諸君が得た機会だ。無駄にするんじゃないぞ」

 いずれ帝国全土で行われるだろう。農奴の子らに対する教育。
 そのテストケースとして、まずはクロプシュトック領内で行う。予算は親父からぶんどった。
 泣きそうな目をした父から、奪ったのだ。
 未来への投資だ。がたがた抜かすな、と強引にもぎ取ってやった。

『……ヨハン。変わってしまったのか……そんな子ではなかったのに、口も悪くなってしまったのだな』
『ええい。うっとうしい』

 口調の悪さは、皇太子殿下譲りだ。なんか文句あるか?
 農奴の子らの中には、自分の名も書けない者もいるのだ。それではいかん。いけないのだ。
 改革のためなら、老親も泣かす~。それがどうした。文句があるか~。
 領内から集めた教師達も、平民達だ。
 どいつもこいつも希望に溢れている。

「為せばなる。為せねばならぬ。何事も!!」
「ヨハン様はお変わりになられた。あの上品だったお方が、もの凄く、ものすごーく、口調が悪くなってしまわれた」
「ええい、うるせえっ」

 声を張り上げている私の背後で、使用人たちがこそこそ囁いていた。
 ここは壇上じゃ。がたがた抜かすな。
 それより見ろ、農奴の子らを。これから学校に通えるのだ。希望とやる気に満ちているじゃないか。素晴らしい事だろう。
 クロプシュトックこそ、学問の最高府にしてみせる。

 ■ノイエ・サンスーシ フリードリヒ四世■

「後一本、持ってくるのだ」
「いけません。ワインは一日に二本までとの、皇太子殿下のお言いつけです」
「予は皇帝だぞ」
「皇太子殿下のお言いつけです」

 うぬぬ。宮廷の女官達が口をそろえて、予に酒を飲ませないようにしてくる。
 おのれー。ルードヴィヒめ。
 父の楽しみを奪うつもりかっ!!
 なんという、かわいげのない奴じゃ。
 しかし女官達のドヤ顔がむかつくわ。奴に文句を言ってやらねば。
 急いで連絡するのじゃ。

「というわけで、なんとかするのじゃ」
「やなこった。それより仕事しろ。老人でもできる仕事を用意してやる」
「予は皇帝じゃぞ!!」
「俺は皇太子だ。あんま楽ばっかしてると、すぐに惚けるぞ。よいよいになりたくないだろう?」
「うぬぬぬ。がぁ~っでむ」
「やかましい!! 泣くな騒ぐな。薔薇園燃やすぞ」
「予は銀河で一番、不幸な皇帝じゃ~」
「けっ、銀河に皇帝は一人だけだろう。やはり、惚けたな。リハビリがてらに仕事しろ」

 父親をこき使おうとは、なんというひどい息子だ。
 予は悲しいぞ。
 画面の前で泣き崩れても、奴はしらっとした顔をしておる。

「忙しいんで、切るぞ」
「ちょっと待つのじゃ」

 真っ黒になった画面を前に、呆然と立ち竦む予であった。

「ひどい。ひどすぎるぞ。ルードヴィヒめ~」

 皇帝に対する敬意など微塵もない。
 育て方を間違えたわ……。
 人生というのは、不条理なものよな。 
 

 
後書き
最近、三津田信三の本ばかり読んでるせいか、
寝てると魘される。
でもホラーものも書いてみたい。 

 

第48話 「嵐の前触れ」

 
前書き
これからどうなる事やら……? 

 
 第48話 「ここからが始まりだ」

「――皇太子殿下」

 アンネローゼの緊迫した声に振り返ると、僧頭の迫力のある大柄な女性が、扉越しに姿を見せた。
 しかしどこかで見たことがあるような……気がする。
 何者だ?
 脳裏でめまぐるしく、原作の登場人物の名が過ぎった。
 該当者はいない。
 そのはずだ。
 しかし脳内で、警告じみたアラームが鳴り響く。

「アドリアナ・ルビンスカヤさんがお越しになりました」

 アンネローゼが名を告げた瞬間、全身の産毛が逆立った。
 こいつが来たのか……。
 ホワン・ルイが女だったからな。なんとなく嫌な予感がしていたんだ。
 フェザーンから黒狐ではなく、女狐が出てきやがったぜ。

「わかった。連れて来い」

 宰相府内の応接間に案内させる。
 いきなり肩が凝ってきた。気分も滅入ってくる。
 はぁ~ため息も出てきたぜ。
 やな気分だ。

 ■フェザーン自治領 ブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒ■

 民主共和制の実態を見て来い、という宰相閣下の命により、カール・ブラッケがフェザーンにやってきた。
 積極的に同盟関係者と会談を繰り返しているものの、表情は優れない。
 それどころか、だんだん顔色が悪くなる一方だ。
 来た当初のばかばかしいぐらい、きらきらした目の色など微塵も感じられない。

「理想や理念は素晴らしいのだが……」

 ぽつりとそう零す。
 バカが、そんな事は宰相閣下が常々仰っていた事だろう。
 あのお方は我々以上に、民主共和制を知っておられる。よほどお調べになられたはず。その上で、民主制にも共和制にも、夢は持っていないと言われたのだ。

「あのお方は、皇太子殿下だぞ。自他共に認める皇位継承権第一位。次期皇帝陛下だ。そんなお方が帝国改革を主導されているのだ。そのことの意味を考えた事があるか?」
「意味?」

 ブラッケが不思議そうな表情を浮かべた。
 俺の隣に座っているオーベルシュタインが、イラッとした表情を見せる。こいつは頭の回転が速いからな。俺の言いたい事が理解できる。
 だからこそ、そのことの意味を考えてこなかったこいつに、腹を立てているのだ。

「おとなしく口を噤んでいれば、何事もなく、皇帝になれる」

 俺がそこまで言った後、オーベルシュタインが、

「よく冗談めかして口にされる、贅沢三昧、自堕落な酒池肉林すら、当たり前のように手に入るのだ。それらを全て捨て去ってまで、改革に乗り出された。そのことの意味だ」

 そう続けた。
 オーベルシュタインは宰相閣下の事を、心から敬愛している。彼の理想にかなり近い君主らしい。

「それはそうしなければ、帝国が立ち行かないところまで来ていたからだろう?」
「そうだな。今ならまだ間に合う。そう思われたからこそ、自ら立たれた」
「その際、ただ漫然とこのままでは行かない、そう考えたと思うのか? 何を根拠に立たれようとしたのか?」
「貴族の横暴や汚職。それに社会不安や長い戦争だろう?」

 ブラッケが自信ありげにそう口にする。
 オーベルシュタインが、軽蔑を露にした視線を向けた。
 あ、だめだ。こいつ、皇太子という、お立場を分かっていない。貴族の横暴も汚職も社会不安も、すべて平民相手の事だろう。そんな下々の事など、無視しようとすれば無視できるのだ。
 門閥貴族どもが気づかなかったように、現皇帝陛下が眼を瞑っていたように、皇太子殿下も目を瞑ってしまえば良い。
 それだけであのお方の周辺では、何事も起きない。
 のほほんっとしていられる。少しずつ崩壊を続ける帝国。それすら気にも留めない。そんな貴族がどれほど多かった事か……。
 その上、眼を瞑り、見ない振りをしてきた皇帝。皇太子殿下も、その中に埋もれてしまえば良い。下々の事など無視すれば良いのだ。それができる。できたはずなのだ。

「だというのに、あえて下々に目を向け、問題を直視なされた。その時、帝国だけを見たと思うのか? そんな筈はあるまい。同盟の事も、フェザーンの事も見られただろう。社会制度も現状も調べられたはずだ。あのお方は帝国の問題を直視なされたのだ」
「同盟の社会体制や問題点など、とうの昔にご存知だ。卿のように民主共和制に、過度の期待などしておらぬ。だからこそ、現実を見てこいとフェザーンに卿を寄越された」

 オーベルシュタインの声に冷たいものが混じりだした。絶対零度の氷のようだ。だが、ブラッケはいまだ認めたがらない。プライドだ。つまらぬプライドが認める事を拒絶している。
 薄皮のようなプライドが破れ、現実を直視できたとき、こいつは文字通り、一皮剥ける。
 宰相閣下もそれを期待されているのだろう。

 ■自由惑星同盟 ロイヤル・サンフォード■

 アンドリュー・フォーク中佐が私を訪ねてきた。
 今回の出征について相談があるというのだ。私室の応接間で応対したものの、フォーク君は椅子に腰掛けるよりも先に、口を開いた。
 滔々と語られる言葉に、政治家である私ですら、圧倒されてしまう。

「閣下。今回の出征についてですが、なにも帝国軍とぶつかる必要などないのです」

 いきなり何を言うのかと思ったが、聞いているうちになるほどと思えてくる。
 中々に弁が立つ。
 しかし同盟軍は、アスターテまで強行軍で向かい、さっさと戻ってくる。それだけでいい、か。なるほどな。

「誰もいないアスターテで、いつまでも帝国軍が待っていられる訳ではありませんし、かといって有人惑星を占領できる訳も、ハイネセンまで進軍できる訳でもありません」
「腹立ち紛れに、有人惑星を攻撃するかも……しれないだろう?」

 私がそう言うとフォーク君は首を振る。
 そして簡潔に纏めたレポートを提示しつつ、さらに説明を始めたのだ。
 ロボス君を含めた幕僚達で必死に考えた末の、作戦らしい。

「それは有り得ません。相手はあの皇太子です。そのような事を認めるはずもない。今の帝国軍の指揮官は、かつての門閥貴族ではないのです。皇太子に忠誠を誓う平民達です」

 だからこそ、同盟がさっさと戦場から立ち去ってしまえば、否が応にも帝国に帰還するしかない。ましてや有人惑星を占領して、それを維持するには八個艦隊では少なすぎる。
 それが分からぬほど、あの皇太子も帝国軍も愚かではないだろう。
 だからこそ彼らにも、選べる選択肢は少ない。

「それを逆手に取るのです。軍も政治の一環。あの皇太子ならば、今回の作戦の意味を見抜くでしょう」
「なるほど、政治的な意味合いを持たせるのか……。その上で同盟市民に今回の作戦の意味を伝える。あのような条件など同盟は飲めない事をアピールする」

 政治的な意味合いに徹する。同盟は一戦をも辞さない覚悟を持っている。
 そう帝国に突きつける。
 それしか六個艦隊を無傷で残す事はできないというのだな。

「その通りです」
「可能なのか?」

 私がそう問うと、フォーク君は力強く頷いた。
 六個艦隊を出動させながらも、戦わずに引く。その意味を皇太子に考えさせる。
 問題を出す側と解く側。
 どちらが主導権を持っているのかは、明らかだ。
 思わず喉が鳴った。
 やれる。十分成功可能な作戦だ。

「今回の作戦は軍に一任する。やってくれたまえ」
「了解いたしました」

 フォーク君が敬礼をして、部屋から立ち去った。

「はぁ~」

 私は椅子に背を預け、深々と座り込んでしまった。
 一時はどうなる事かと思ったが、なんとか首の皮一枚で、同盟は生き残ったようだ。
 シトレ君にロボス君。
 二人とも中々優秀な部下を持っているようだな。
 大丈夫。大丈夫だ。
 同盟は生き残れる。帝国に併合されてたまるものか。
 なんとしても生かせてみせる。
 これからはトリューニヒトなんぞにしてやられないように、軍と連絡を密にしなければならない。

 ■ノイエ・サンスーシ フリードリヒ四世■

 うぬぬ。なんじゃこの仕事の量は。
 ルードヴィヒから回ってきた仕事だが、やたら多いわ。
 女官達がにこにこ笑いながら、書類を差し出してくる。これを予にこなせと言うか?
 そうなのか?
 ルードヴィヒ!!

「がぁ~っでむ!!」

 許せん。
 許せんぞ。
 ルードヴィヒ。
 予は悠々自適な生活をしたいのじゃ。

「できないんですか?」

 ぼそっと女官の一人が呟く声が、予の耳に聞こえてきた。
 予が睨むとあとずさったが、できないと思われるのも癪じゃ。
 おお、やってやろうではないか。
 予の本気を見せてくれるわ。

 ■宰相府 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

 むかつくー。
 むかつく女でしたー。
 あのアドリアナ・ルビンスカヤとかいう女。
 皇太子殿下に近づこうとするなんて、決して許せる事ではありません。

「そう思うよね、ラインハルトも!」
「あ、姉上。わたしは会っていないので、分かりかねます」
「チッ」
「あ、姉上が、舌打ちするなんて……」
「なんですか~」

 じろりと睨むとラインハルトが、怯えたようにあとずさります。
 ラインハルトには分からなかったみたいです。
 チッ、なんという鈍い弟でしょうか?
 やはり、肉食系に育てるべきでした。
 どうもラインハルトは女性に対して、潔癖すぎるのです。
 その上、女を見る目がないんですね。
 ラインハルトの将来が心配になって来ましたよ。
 姉としてはっ!!

「あんな権力欲に取り憑かれたような女が、皇太子殿下に近づこうとしたのです。どうせ碌な目的ではありません。ええ、ええ、きっとそうに決まっています」
「それで皇太子は?」
「話を聞くだけ聞いて、追い返してしまいました」
「良かったじゃありませんか?」
「良くありません。近づいたという事実が問題なのですっ!!」

 あの女は皇太子殿下に禍を齎す。
 アレクシアさんなど、問題にならないぐらい。厄介な女です。
 あの女に比べれば、アレクシアさんなど、天使といっても良いぐらいでしょう。
 なぜ、それが分からないのかっ!!

 ■統合作戦本部 アレックス・キャゼルヌ■

「よく来てくれた」

 ヤンとアッテンボローが顔を見せた。
 ぜひとも聞いて欲しい話があって呼んだ。

「先輩、なんですか?」
「いきなり呼び出すんですから」

 二人とも呆れたような表情を浮かべている。
 しかしこの話を聞いても、まだ平静でいられるか?

「二人とも、ロボス司令長官が六個艦隊を率いて、出征する話は知っているな?」
「知っています」

 ヤンは不満そうだ。無駄な戦いだと思っているのだろう。
 しかしロボス司令長官に対して、悪感情は持っていないようだ。無駄と分かっていながら、行かねばならない立場に、いくぶん同情的な様子だった。

「戦わずに引けば良いんだ」
「そう、その通りだ」

 アッテンボローの言葉に俺は、思わず同意の言葉を言ってしまった。
 しまった。驚かすつもりだったのに……。

「は?」
「はぁ~?」

 二人とも鳩が豆鉄砲を喰らったような驚いた表情を見せる。

「どういう事ですか?」

 ヤンの声が潜められた。
 アッテンボローも身を乗り出してくる。
 俺の机を囲んで、三人でこそこそと小声で、話し出す。
 まるで悪巧みをしているような気分になった。

「いや、ロボス司令長官率いる六個艦隊は、アスターテまで、強行軍で進軍し、その後、帝国軍と遭遇する前に、撤退する。出撃したという事実のみを帝国に突きつけるんだ」
「それって……」
「まるで……ピンポンダッシュですね」
「しかしうまくいけば、六個艦隊は無傷で帰還できる。今この状況で、六個艦隊も失うわけにはいかない」
「まさしく、奇策ですね」
「そうだろう。俺も聞いたときは驚いたね」
「よほど、ロボス司令長官の幕僚達は必死に考えたんですね」
「いや、大したもんだ。いえ、冗談ではなくて、本気で言ってますよ」

 アッテンボローがいつもの冗談口調ではなく、本気で感心している。
 ヤンも驚きを隠せないようだ。

「一戦もせずに引く。できそうで中々できない事です。しかし帝国に対する政治的な意思表示にはなる。そして同盟は戦力を温存する」
「あのプライドの高い連中がねぇ~」
「自身のプライドよりも、同盟の未来を考えたんだ。はあ~」

 ヤンが深いため息をついた。
 エリート組の本気を見たな。あいつらも中々バカにはできんものだ。
 シトレ校長とロボス司令長官との間にも、協力体制ができたし、サンフォード議長も軍との関係がうまくいき始めている。

「つまり、政府と軍が協力体制をとったという事ですか?」
「そう、そうなんだ。今までのように政府に振り回される事もなくなるだろう。もちろん、軍は政府に対して、正確な報告を提出するようにとの厳命が下されたが、ね」

 今までのようにあの皇太子に、一方的に振り回される事もなくなるだろう。
 同盟は帝国に対抗できる。ようやく体勢が整いだした。
 その実感に身震いする思いだ。

 ■宰相府 オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵■

「卿には、自由惑星同盟首都星ハイネセンに出向いてもらう」
「彼らの首都にですか?」
「そうだ」

 皇太子殿下に呼ばれ、宰相府に出向いた私は、いきなりそう言われ、困惑を隠し切れずにいた。
 椅子に深く座ったまま、皇太子殿下が話し始める。
 このお方は冷静だ。落ち着いている。

「何ゆえにでしょうか?」
「地球教だ。あの連中、帝国と同盟を共倒れにするつもりらしいぞ」
「バカなっ!! いえ、失礼しました」

 声を荒げてしまったが、慌てて謝罪する。
 皇太子殿下の前だった。
 しかし皇太子殿下は気にした風もなく、落ち着いている。

「いや、卿がそう思うのも無理はない。誇大妄想だろうが、本気で策略を練ってきたらしい。そしてその思惑は、今までのところ、うまく行っていた。俺が改革を実行するまでは、な」

 なるほど、皇太子殿下が立った事で、地球教の思惑が外れだしたのか……。
 しかし、それとハイネセンに出向く事と、何の関係があるというのだろうか?

「卿には、対地球教に関して同盟と協議してもらう。帝国だけではなく、同盟側にとっても死活問題だろう。共に共通の敵がいることを知らせてくるんだ」
「話に乗ってくるでしょうか?」
「同盟は帝国と違って、信教の自由を保障しているからな。嫌がるだろうが、地球教はサイオキシン麻薬を製造している。その点を突くんだ。麻薬問題であれば、乗ってくるだろう。サイオキシン麻薬は同盟にとっても、脅威のはずだ」

 皇太子殿下が、以前、サイオキシン麻薬を摘発した際の調査結果を、机の上に投げ出すように置いた。
 帝国にとって機密情報とでも言うべきものだ。
 それを同盟に見せるおつもりか……。
 確かにこれならば、同盟側も無視はできまい。

「皇太子殿下は、その話をどこからお聞きになられたのですか?」
「アドリアナ・ルビンスカヤ。ルビンスキーの影武者だった女からだ」
「それを信用されるのでしょうか?」
「今回はな。手土産代わりに持ってきた話で、嘘はいわんだろう。それにこちらの調査とも合致している」

 アドリアナ・ルビンスカヤ? ルビンスキーの影武者? つまりフェザーンの暗部も動き出したという事か。
 ここにきて急に、色々なものが表に現れだしてきた。
 しかし皇太子殿下は平然とした表情をしておられる。これぐらいの事は予想されていたのだろうか? いや、これらの事を正確に予想していたのでは、ないだろう。
 予想していたのは、色々な者が動き出す。という事か。帝国を改革する。つまり変える。動かす。巨大国家、銀河帝国の暗部を剥き出しにしてしまう。それに呼応するように、あらゆるものが露になる。
 思わず身が震えた。ぞくりと背筋に冷たいものが走り抜ける。

「嵐だ。本物の嵐が吹き荒れるぞ。本番はここからだ。これからが改革の始まりといっていい」

 皇太子殿下が楽しげに笑う。
 ここからが帝国改革の本番。いや……銀河の勢力図そのものを変える、始まり。

「色んな連中が表舞台に登場してくる。喰われたくなけりゃ気合を入れろよ」

 舞台が整い。役者が揃う。抑えられ続けてきた力が行き場を求めて、蠢きだす。
 よ、良かった。このお方が帝国のトップで。
 嵐に立ち向かう気迫。一歩踏み込む強さ。強引に状況を引き寄せる力。
 皇太子殿下はそれをお持ちになっている。
 我々だけでは、喰われて終わりになってしまっただろう。
 生き残るためには、死に物狂いでやらねばならぬ。
 もはや引き返せぬのだ。

「まずは、同盟との協議ですな」
「そうだ。やってくれるか?」
「無論」

 私は、ブラウンシュヴァイク家は生き残ってみせる。
 嵐などに負けはせぬ。負けてたまるものかっ!!

「あと、ラインハルトを連れて行け」
「ラインハルトをですか?」
「ああ」

 確かにラインハルトは我が、ブラウンシュヴァイクの婿に欲しいが、それにしても連れて行けとは……。皇太子殿下のお許しが得られたのだろうか? それなら良いのだが。

「いいでしょう。連れて行きます」
「勘違いするな。ラインハルトは軍事の才能がある。天才といってもいい。同盟に行った際、向こうの軍事的な思惑で、理解できない事があれば、ラインハルトに聞け。あいつなら見抜く」

 ……天才?
 まさか? いや、皇太子殿下はラインハルトに目を掛けている。
 その理由はアンネローゼの弟だからではなく。
 ラインハルトの才能ゆえか……。
 なるほど、あやつもまた、これからの嵐の一風。
 表舞台に上がる役者の一人なのか……。 
 

 
後書き
寒いからおうどんがたべたい。
鍋焼きうどんがいいなー。 

 

第49話 「男子誕生」

 
前書き
ほろよい練乳いちごサワーを飲みつつ、書いていると勢いあまってしまった。
仕方なく半分消した。
あたまいたい。
お酒はほどほどにしましょう。 

 
 第49話 「緊急放送」

「急げ!! 一分一秒が惜しい」

 ロボス司令長官の激が全艦に響き渡る。
 一戦もせずに引く。これが今回の作戦である。
 第五艦隊司令のアレキサンドル・ビュコック中将は、その声を感慨深く聞いていた。
 作戦会議で今回の作戦案を聞いた時の衝撃の余韻が、いまだ五体に残っている。

「なんとも大胆な……」

 一見して臆病と謗られる作戦だ。しかし六個艦隊を無傷で生き残らせるのは、他に術がない。
 それが分かる。ビュコックには分かっていた。
 だからこそ作戦会議で、不満を漏らそうとした司令官達を諫める事すらした。
 ビュコックは明確にロボス司令長官の側についたのだ。
 ロボスから相談を受けたシトレも味方についた。サンフォード議長も同様だ。
 彼らにとって反対する理由はない。
 今回の作戦は同盟政府及び軍首脳陣の合意の下で行われる。

「しかし若い者の中には、分からん連中もおるじゃろうな」
「そうでしょうな。しかし中々良い作戦だと思いますが」

 第九艦隊司令官のウランフが薄い笑みを浮かべつつ、ビュコックに返答する。

「うむ。軍人の名誉よりも、戦力の温存、同盟の存続。それらの危機に見事に対処しておる。中々思い切った策を採ったものじゃ」
「作戦案を提示したのは確か……」
『アンドリュー・フォークという中佐らしい」
「士官学校首席にしては、大胆な策を提示したものですな」
「政治感覚に優れておるようじゃ。一皮剥けたらしいのう」

 あの皇太子に対抗するためには、戦場外で勝負するしかない。
 勝敗は戦場の外で決まる。
 日毎夜毎に一手ずつ、手を打ってくる皇太子に対抗できるのは、政治感覚に優れている者じゃ、とビュコックは内心そう零した。
 同盟軍にもそうした者が表に出てきた。

「味方をしてやる必要がある」
「確かに」

 ■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

「……なんだと……」

 フェザーンから、同盟の作戦が伝えられた。
 戦わずに引くつもりなのか?
 やるな。
 だが誰だ。誰が、そんな作戦を提示して、実行させる事ができる?
 軍人の名誉とか言い出す奴は、いなかったのか?
 それら全てを押さえ込む。押さえ込んだ。

「侮れんな。同盟も手強い」
「いかが致しますか?」
「向こうが戦わずして引くのであれば、こちらも引くしかあるまい。迎撃艦隊はイゼルローンで一旦停止させる。卿は引き続き、同盟の情報を集めてくれ」
「了解いたしました」

 オーベルシュタインとの通信が切れた。背もたれに深く背中を預けたまま、天井を見上げた。
 大胆な策を採りやがる。壮大な無駄働きだが、出撃したという事実は残る。出てきた以上はこちらも出ねばならん。
 しかしさっさと帰られては、どうしようもない。
 あーもー。両軍出動、されど武力衝突はなしか……。
 戦術ではなくて、戦略。いや……政略的な面のみが残る。
 こっちの状況を読んだな。しかしいったい誰が、作戦を主導した事やら……。
 警戒が必要だ。
 フェザーンが所有している同盟の国債を盾に、けつに火をつけても良かったんだが、そうそう使える手じゃねえしな。
 それにしても、よくやるもんだ。
 こんな作戦はヤンじゃねえな。あいつじゃあこんな作戦を思いついても、採用させるような、積極性が足りない。
 となるとほんとに誰だよ。
 あたまいてー。

 ■ノイエ・サンスーシ シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ侯爵夫人■

 アレクシアさんが産気づきました。
 ノイエ・サンスーシ内の医療室での出産です。皇太子殿下に真っ先にお知らせしたものの、宰相府は同盟と戦闘に入るか、入らないのかという問題が起こっており、皇太子殿下は各部署、各地域に情報を手に入れるように申し付けていて、騒然としておりました。

「ラインハルト」

 慌ただしく動いていたラインハルトを呼び止めます。

「ベーネミュンデ侯爵夫人? どうしましたか?」

 ラインハルトもどこかそわそわした態度でした。あいかわらずこの部屋は、熱気というか活気に溢れていますね。

「アレクシアさんが、産気づきました。いま手術室に向かっています。皇太子殿下に知らせて下さい」
「はいっ」

 まあ、ラインハルトもうれしそうですこと。
 意外と子ども好きになったのかもしれませんね。マクシミリアンだけでなく、皇太子殿下の子ですもの、かわいがると思います。

「皇太子、アレクシアさんが赤ちゃんを産むために、手術室に向かったそうです」

 ラインハルトが、宰相府の宰相執務室の壁際に設置されている、モニターの大画面を立ったまま睨んでいる皇太子殿下を見上げながら、声を掛けました。
 よほどの事態なのでしょう。こちらに背を向けている皇太子殿下の背中に、力が篭っているのが分かります。
 それともわたくしが知らなかっただけで、皇太子殿下はいつもこの様に、真剣に向き合っておられてきたのでしょうか?
 二百五十億の帝国臣民を背負う。背負う事ができるお方。マクシミリアンを、このお方みたいになるよう、育てなければなりません。わたくしはまだまだ認識が甘かったみたいです。
 ラインハルトの言葉を聞かれた皇太子殿下は、ラインハルトに向き合っていた目を一瞬、画面に視線を走らせてから、手元にある小さなモニターに手を伸ばしました。
 どこに? という疑問はすぐに分かりました。

「ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。アレクシアが産気づいたようだな」
「は、はい。その通りでございます」

 医師の緊張した返答が、わたくしの下まで聞こえてきます。

「頼むぞ」
「ぎょ、御意」
「最悪の事態に陥った際は、こどもよりも母体を優先せよ。いいな」
「よ、宜しいのですか?」
「ああ、構わん。無理すれば二人とも亡くなる事さえある。どちらを優先させるかといえば、母体の方だ。それを忘れるな」
「はっ、御意」

 皇太子殿下はモニターを切ると、こちらを振り返り、右手を上げられました。
 そして、

「アレクシアには、頑張れとだけ、伝えてくれ」

 と申されました。
 わたくしが一礼をして顔を上げたときには、すでに背を向けておられ、アンネローゼさんやエリザベートさん。リヒテンラーデ候などに指示を飛ばしておりました。
 ご自分の事よりも、帝国の方を優先される。
 いま出征している艦隊は八個。帝国兵士は数百万、いえ一千万人を超える数。。
 それだけの人間の命運を動かす立場とは、これほどまでに厳しいものなのですね。できればマクシミリアンに、この様なことは背負わしたくないものです。
 甘いといわれようともつくづくそう思います。

 ■宰相府 リヒテンラーデ候クラウス■

「イゼルローンと回線をつなげ」
「リッテンハイム候爵。記者連中を宰相府に呼び寄せろ。緊急会見を開く」

 皇太子殿下が、矢継ぎ早に指示を飛ばしておられる。
 同盟の作戦を聞いたときとは大違いじゃ。
 報告を受けた皇太子殿下はすぐさま、宇宙艦隊司令部や軍務省などに連絡を取られた。
 すでに頭の中では次の展開を睨んでおられる。指示の一つ一つに迷いがない。部屋の片隅で、マルガレータと共に、同盟との交渉のための草案を練っていたブラウンシュヴァイク公も、気になるのかこちらにちらちらと視線を投げかけている。

「イゼルローンと通信が繋がりました」

 寵姫の一人が声を上げる。
 皇太子殿下は大画面の前に立たれると、要塞駐留艦隊司令官のヴァルテンベルク大将と要塞司令官のクライスト大将の両名が、まるで猫の子を借りてきたように二人揃って大人しく、モニターの前に立っていた。
 皇太子殿下とはかなり年が離れている。親子ほど違うといっても良いだろう。それが緊張した面持ちを隠そうともせずに、命令を直立不動で待っているのだ。
 相手が皇太子殿下でなければ、情けないと揶揄されるかもしれんが……。
 今この二人を小ばかにできる者はいないだろう。

「今回の作戦は中止、戦闘は回避された。委細は送った文書を読め。以上だ」

 二人は異口同音に御意と返事を返し、敬礼をした。
 緊張にガチガチに強張っていた姿勢が緩む。皇太子殿下はそれを見越したように、迎撃艦隊の兵達を労ってやれと告げる。
 それだけだ。それだけで通信が途切れた。
 今頃向こうでは、ホッと胸を撫で下ろしているはずじゃ。案外怖いからのー。
 通信が切れたのを見計らって、リッテンハイム候が皇太子殿下に近づいてきた。

「皇太子殿下、各マスコミ連中がやって参りました」
「そうか、記者連中に戦闘は回避されたと伝えろ。帝国同盟の双方に緊急速報を流す。まあ強引に攻め込んでやっても良いんだが、策に乗ってやろう。次はないがな」

 次はない、か……。
 向こうの思惑を看破したゆえの発言じゃな。
 そしてそうそう、思惑通りに行くと思うなよ、と緊急放送を通じて、同盟側にも伝える気なのじゃろう。それにしてもここ数年、戦闘が行われぬのう。
 良い事なのじゃろうが……。戦争の行われない生活と言うのも、おかしな気分じゃ。今まで当たり前のように、戦争が行われていた反動だろうか?
 戦争がないという事は、必ずしも良いとは限らぬ。少なくとも統一してしまいたい帝国にとっては、だ。まあ、向こうは向こうで統一などされては堪らぬじゃろうが。

 ■オーディン某所 とある平民家庭■

 徴兵された息子が除隊を目の前にして、攻め込んでくるらしい叛徒との戦争に狩りだされ、イゼルローンに向かっている。
 この戦闘が終われば、徴兵期間も終わる。無事に帰ってきてほしい。
 皇太子殿下が帝国宰相となられてからというもの、大きな戦闘もなく。ホッとしていたのだが、最後の最後でこの様なことになってしまい。
 妻は寝込んでしまった。
 私自身、気力が萎えてしまいそうだ……。
 酒量が増えてしまっている。無事に帰ってきて欲しい。
 居間で酒を飲みつつ、ぼんやりしているとTV画面から、緊急放送のアナウンスが聞こえてきた。
 戦闘が始まったのか?
 胃がキュッと痛んだ。

「自由惑星同盟との戦闘は回避されました。宰相閣下のご命令により、迎撃艦隊はイゼルローンでの補給を終え次第、オーディンに帰還いたします」

 グラスが手から滑り落ちた。
 床の上に琥珀色の液体が広がっていく。それをぼんやり視線が追う。
 いま何を聞いた?
 戦闘は回避された?
 画面の向こうで女性がもう一度繰り返している。
 戦闘は回避された。
 そうか、そうなのか……。
 息子が帰ってくるのか?
 立ち上がろうとして、膝が折れた。床に這い蹲るように進む。

「か、かあさん。戦闘が回避されたぞ。帰ってくるんだ」

 情けなくも無様な格好で、寝室まで向かう。
 女性の弾む声が背後から聞こえていた。

 誰もいない居間の画面で、女性の手元に新しい知らせが届いていた。
 それに目を向けた女性の目が驚きに見開かれた。

「あ、新しい緊急放送です」

 女性の声が上ずっている。ほほも高揚しているのか、赤く染まっていた。

「本日、午後十時二十六分。アレクシア・フォン・ブランケンハイム様が、無事男子を出産されました。元気な男の子です!! 帝国万歳~!!」

 ■帝国某所 とある居酒屋にて■

 客が来ねぇな~。とぶつくさ言っていた店主は、放送を聞いた途端、従業員に声を張り上げた。

「おい、お前ら酒だ。酒の用意をしろっ!!」
「は?」
「なにトロトロしてんだ!! 来るぞ、あっという間に席が埋まっちまうぞ」

 今一反応の薄い従業員達に業を煮やしたのか、店主はもう一度声を張り上げた。

「なんなんです?」
「皇太子殿下になー。子どもが生まれたんだよ!!」

 店主の言葉が終わる前に、最初の客が飛び込んできた。

「おやじー。酒だ。祝杯を上げるぞ」

 放送を聴いた途端、思わず家を飛び出してきたのだろう。中年の男が勢いよく席に座り込む。
 いつもなら店主の顔色を窺うように、おずおずと酒を注文する陰気な男だった。ねずみに似た顔のしみったれた男だと、店主はいつも思っていたものだったが、普段とは違う陽気な声だ。

「帝国万歳!!」

 黒ビールの大ジョッキを掲げて、一気に飲み干す。
 そのすぐ後からも客が飛び込んできた。
 いつもなら店を閉める頃なのだが……。ドンドン人がやってくる。
 どいつもこいつも口々に帝国万歳と、声を張り上げつつ酒を飲み干していった。

「よし、飲もう」

 ねずみ面の陰気な男が、見ず知らずの客と肩を組んで陽気に歌いだす。
 調子はずれな歌だった。
 だが誰も笑わない。
 それどころか一緒になって歌いだした。
 戦争に行った息子を案じる親も、皇太子の子どもが生まれたことを祝う者も、一緒になって歌う。
 あっという間に、お祭騒ぎになってしまった。
 オーディンのあちらこちらで同じようなお祭騒ぎが行われている。それを止める者もまたいなかった。
 
 

 
後書き
連休に京の冬の旅に行って来ました。
祇園に行って、石塀小路を通って、高台寺で秀吉とねね様の木像を見て、
「へい。そこの彼女、お茶しない~」
と声を掛けたら、友人Aに振り返り様、頭をはたかれた。
その後、嫌がるわたしをむりやりひきずり、連行していく友人A,B。
高台寺の茶屋でねちねちと怒られたわたしでした、まる。
秀吉とねねの石像をぺちぺちとはたいていたくせにー。
そしてスルーされる牛。 

 

第50話 「番外編 シンデレラ(ラインハルト)」

 
前書き
今回は番外編です。
お酒を飲んで書いてると、いつもこんな話になっちゃう。
でも、書いてて楽しい。
続かないと思う。たぶん、きっと……。 

 
 第50話 「番外編 銀河餓狼伝説」

 これは番外編です。
 本編とはまったく関係ございません。

 むかしむかしあるところに……。
 シンデレラ(ラインハルト)という少女(男の娘)がいました。
 毎日毎日、意地悪な継母と二人の姉+とある皇太子の仕打ちに、なみだで枕を濡らす日々を過ごしています。

「わたしは意地悪な姉ですー」

 アンネローゼが嬉々として、シンデレラに意地悪します。

「シンデレラさん、窓の桟に埃が残っていますよ」
「小姑かっ!! これだから腐りきった貴腐人はっ!」
「一度はっきり、ナシをつけなくては、いけませんね。ラインハルト」

 アンネローゼの目が鋭く光ります。
 なんという威圧感。漲る覇気。
 もはや原作の面影など、どこにもない。
 ああ、どうしてこうなった……。

「意地悪な姉その二。マルガレータ参上!!」

 マルガレータもまた、嬉々としてシンデレラをいじめては、はあはあしていました。どいつもこいつもヘンタイ揃いな事で、帝国の未来は暗いと思う。

「さーシンデレラ、このドレスを着ましょうね」

 意地悪な継母のエリザベートがドレスを広げて、シンデレラに迫り来る。

「なぜだ。なぜ、こんな事に?」

 ―皇太子殿下の悪巧みに決まっています―
 どこからともなく聞こえてくる、キルヒアイスの声。

「あの、諸悪の根源めっ!!」

 壁際に追い詰められたシンデレラは、いつか簒奪してやると、決意を新たにしました。
 所変わって、こちらはお城(ノイエ・サンスーシ)。

「鏡よ、鏡よ。鏡さん。世界で一番綺麗なのはだあれ?」

 お妃様(ベーネミュンデ侯爵夫人)が、鏡に向かって問いかけていました。

『お妃様(ベーネミュンデ侯爵夫人)です。ですが、シンデレラ(ラインハルト)の方が何倍も美しい」

 お妃様(侯爵夫人)は首を捻ります。
 何か物言いがおかしいような気がしますね。

「世界で一番と言いながらも、シンデレラの方が美しいと言うなんて、それなら最初から、シンデレラの方が美しいと、仰いなさい」

 言うだけ言うとお妃様(ベーネミュンデ侯爵夫人)は、さぁ~役は終わったとばかりに、王子様(マクシミリアン)の下へ向かいました。

「マクシミリアン。お兄様の趣味は分かりませんね?」

 きゃっきゃとマクシミリアンは笑みを浮かべています。

 ―俺の趣味じゃねー―
 どこからともなく、とある皇太子の声が聞こえてきそうでした。

「……おのれ、シンデレラめ。ぼくより綺麗だなんて、認めないぞ」

 部屋の隅で、聞き耳を立てていた男の娘がおりました。
 メラメラと嫉妬の炎を燃やす、クラウス・ラヴェンデル。
 シンデレラとは、同じ幼年学校の生徒です。幼年学校も腐っているようですね。
 はぁ~。
 皇太子のため息が聞こえてきそうです。
 民間のみならず、軍関係も改革すべきだと、決意を新たにする皇太子でした。

「どうしてくれようか?」

 くっくっくと、真っ赤なりんごを片手に高笑い。
 まさしく悪。
 嫉妬の炎に蝕まれた姿は、まるで悪魔に魂を売ったかのようです。

『さあ来るのだ。帝国のダークサイドに』

 フードを目深に被った銀河皇帝フリードリヒ四世が、いやらしい手つきで、手招きしています。

『予こそ、銀河に君臨する暗黒皇帝。全ての者は予の前に跪くのじゃ。あーはっは』

 中二病を発病してしまった皇帝が、ノリノリで高笑いします。
 俺様な皇太子殿下を倒せるのは、もはや勇者(?)しかいない。
 銀河の暗部を従えて、人質片手に高笑い。
 いけいけ僕らの暗黒皇帝。
 諸悪の根源(ルードヴィヒ)を打ち倒せ。

 再び場面は変わり、シンデレラ(ラインハルト)のお家。

「今日はお城(ノイエ・サンスーシ)で舞踏会よぉ~」

 皇太子殿下のお妃選び。
 意地悪な継母(エリザベート)の言葉に、意地悪な姉(アンネローゼ)の目がギラリと光りました。
 餓えた狼のような目。
 銀河餓狼伝説の始まりです。

「さっ、魅せますか」

 綺麗に着飾った餓狼が出陣。
 まるでモーゼの如く、道をゆく人々が左右に逃げてゆきました。
 威風堂々とアンネローゼが進む。
 風雲急を告げるお城(ノイエ・サンスーシ)
 一方、シンデレラ(ラインハルト)は舞踏会に参加せずに済んで、ホッとしていました、が!!

『そうは行かぬぞ、シンデレラ(ラインハルト)。そなたも舞踏会に参加するのじゃ!!』 

 どこからともなく、暗黒皇帝(フリードリヒ四世)の声がぁ~。
 暗黒皇帝(フリードリヒ四世)の魔法(お付の女官達)の手により、ドレスに着替えさせられたシンデレラ(ラインハルト)。

「なぜ、おれがぁ~!!」

 シンデレラ(ラインハルト)の絶叫も空しく、お城(ノイエ・サンスーシ)へと強制連行。
 かぼちゃの馬車ならぬ、ザ○に乗ってやってきました。
 お城(ノイエ・サンスーシ)の正面には、なぜかルドルフ大帝の像が設置されています。
 しかも大帝は剣を握っていました。

『さあシンデレラ(ラインハルト)よ。剣を引き抜くのだ。その剣こそ、ゴールデンバウムに伝わる宝剣(ブリュンヒルト)。諸悪の根源(ルードヴィヒ)を倒す剣じゃ』 

 嬉々とした暗黒皇帝の声。
 いつのまに宝剣なんてものが設置されたのでしょうか?
 選ばれし勇者のみが引き抜くことができるという宝剣(ブリュンヒルト)。それをいま、シンデレラ(ラインハルト)が引き抜きます。
 そこへ襲い掛かるアルフレット・フォン・ランズベルク伯爵。

「ここから先へは通さぬぞ」

 シンデレラ(ラインハルト)は、ゆっくりと宝剣(ブリュンヒルト)を構え、切りかかりました。

「喰らえ。ファイエル!!」
「うわー」

 ランズベルク伯爵は、あっさり倒されてしまいました。
 見せ場すらありません。
 お城(ノイエ・サンスーシ)の片隅で、黒いシルエットがひそひそ話しています。

「ランズベルク伯爵がシンデレラ(ラインハルト)に破れたようだな」
「フフフ。やつは門閥貴族の中でも最弱。シンデレラ(ラインハルト)如きに破れるなぞ、門閥貴族の面汚しよ」
 
 某ブラウンさんとひげの目が妖しく光りました。
 結構、悪役が似合う人たちですね。
 一方、シンデレラ(ラインハルト)は、居並ぶ敵をばったばったとなぎ倒し、黒真珠の間までようやく辿り着きます。
 さすが軍事の天才。

「諸悪の根源(ルードヴィヒ)~」

 シンデレラ(ラインハルト)が叫ぶ。
 壇上に立つ悪に、切りかからんとしたシンデレラ(ラインハルト)が見たものは!!

「あのお方の邪魔する者は許さない」

 すっかり諸悪の根源に洗脳されてしまった親友の姿でした。
 涙を流しつつも親友を打ち倒したシンデレラ(ラインハルト)に近づく、クラウス・ラヴェンデル。手には真っ赤なりんごを持っています。
 しかもうさぎさんに切っていました。

「シンデレラ(ラインハルト)これでも食べて、落ち着いて」

 天使のような笑みを浮かべ、りんごを差し出します。
 シンデレラ(ラインハルト)が一つ摘み上げ、口に入れようとしたとき、

「いけません!!」

 そう叫んで、赤毛がうさぎさんを取り上げ、自らの口に入れてしまいました。
 そして崩れ落ちる。

「毒だったのかっ!!」

 床に倒れた親友を抱きしめ、シンデレラ(ラインハルト)はクラウス・ラヴェンデルを睨む。

「……おのれ、シンデレラめ。悪運の強いやつ」

 憎々しげにシンデレラ(ラインハルト)を睨みつけるクラウス・ラヴェンデル。

「シンデレラ(ラインハルト)様。悪を……倒して……ください」
「キルヒアイス~っ!!」

 シンデレラ(ラインハルト)の叫びが黒真珠の間に響き渡りました。
 いけいけ。シンデレラ(ラインハルト)。
 諸悪の根源(ルードヴィヒ)を倒すその日まで、泣いている暇なんかないぞ。
 アレを倒せるのは、君しかいない。
 そして宇宙に平和を取り戻すのだ。

 
 

 
後書き
友人Bのお部屋にAと一緒に遊びに行きました。
ガラステーブルの上には、なんとぉ~クトゥルー神像がっ!!
「どこで手に入れたの?」
「がらくた市。ニートの息子が持っていたらしいんだけど、お母さんがね、怒ってフリーマーケットで売ってた」
「ふむふむ。なるほどー」

おもむろに、10cmぐらいのクトゥルー神像に向かい、
「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん」
と祈りを捧げるわたしたち。
しかしクトゥルーは来てくれなかった。
「蜂蜜酒が入るんじゃないの?」
「それ、ハスター」
そんなわたしたちに友人Aの冷たい視線がっ!!
「あんたら、ばか?」
がっでむ。
 

 

第51話 「男子の名前」

 
前書き
立ってる者は親でも使え。
とうとう皇帝陛下にも被害が……。
あと、ようやくアンネローゼの専用機が決まりました。 

 
 第51話 「アンネローゼの専用機」

 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。
 この出だしもずいぶん久しぶりだな。まあそれはともかく、アレクシアが子どもを産んだ。
 公務の合間を縫って、色々と名前を考えたが、やはりあいつしかないだろう。
 エルウィン・ヨーゼフ。
 さすがに存在そのものが無くなってしまうのは哀れだ。
 もっとも徹底的に鍛えてやるが。
 同姓同名で、中身は替えてやる。躾のなっていないガキじゃなくて、どこにだしても恥ずかしくない男にしてやろう。
 しかしエルウィンが生まれてから、あちらこちらから贈り物が届いてくる。
 まあ色々あったが、一番驚いたのは……。
 自由惑星同盟……あいつらから送られてきた本だった。
 題名は『権利と自由。-平等を目指して、基本的人権の尊重-』

「嫌味かっ!!」

 それとも皮肉か? いやいや、連中の心の叫びが聞こえてきそうなチョイスだった。
 しかしながら今だけでなく、前世も含めて思うのだが、権利と義務だろう。どうしてこの手の本という奴は、責任とか義務とかが、おざなりになるんだろうな。
 原作でさー。
 ヤンが確か、戦いで負けても国がなくなるだけで、個人の自由の方が大事だとか言っていたが、負けたら農奴に落とされるかもしれないだろうに。
 戦争に負けても、自分達の生活は変わらないと思う根拠はなんだったんだろうな?
 う~む。分からん。
 そりゃラインハルトだったら、無茶な事はしないだろうが、門閥貴族だったらやりたい放題にされるぞ。遊び感覚、狩り感覚で、同盟の市民が殺されても不思議じゃないんだ。帝国の捕虜収容所の悲惨さは知っているだろうにさー。貴族の横暴さもさー知らないのかな?
 なんか妙にのうてんきな発言だよなー。なんでだ?
 自由惑星同盟の成り立ちを忘れてるんじゃねえか? 歴史家志望の癖に。

 ■宰相府 ジークフリード・キルヒアイス■

 宰相閣下に子どもが生まれてからというもの、ベーネミュンデ侯爵夫人はアレクシアさんに付きっ切りになってしまい、マクシミリアン様をよく、宰相府に預けていかれるようになった。
 喜んでいるのはラインハルト様だ。
 よちよち歩く、マクシミリアン様と(子持ちの貴腐人ではない)エリザベート様の手を引き、遊ぶ。
 そしてアンネローゼ様の事を、

「あのお姉さんは怖いから、近づいちゃダメ」

 などと教え込んでいた。
 ああ、どうしてこうなった? あんなに仲の良い姉弟だったというのに……。
 わたしにはわかりません。つ~か、分かりたくありません。

「ラインハルト!!」
「逃げるぞ。マクシミリアン、エリザベート」

 アンネローゼ様が軽くこぶしを握り、腕を上げます。
 きゃっきゃと笑っている二人の手を引っ張って、逃げるラインハルト様。
 いったい何をやっている事やら……。
 はぁ~ため息が出てしまいます。

「大丈夫?」
「大丈夫?」

 ザビーネ様と(決してあのショタではない方の)マルガレータ様がわたしの頭を撫でてきました。
 そしてお互いににらみ合います。
 ばちばちと火花が飛びそう。これこそ、どうしてこうなった。
 声を大にして叫びたい。

「両手に花で結構な事じゃないか、三角関係の物理的解決は、よそでやってほしいがな」

 宰相閣下がこちらをチラッと見ながら、そんな事を言い出す。
 なんてお方だろう。
 極悪非道を絵に描いたような人だ。
 ひどい。ひどすぎる。
 こんなお方を相手にしなければいけない同盟が、かわいそうになってきました。
 きっと向こうも頭を抱えている事でしょう。けっ。
 わたしもずいぶんやさぐれてしまったものです……。
 お父さんお母さん。ジークは悪に染まってしまうかもしれません。

 ■フェザーン自治領 ブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒ■

 皇太子殿下にこどもが生まれてからというもの、帝国は祝賀ムードが漂っている。
 ここフェザーンでも、街中のあちらこちらで、宴会が繰り広げられていた。

「空気が明るいな」
「確かに」

 俺がそう言うとオーベルシュタインも同意する。

「つい先ほどまでの緊迫した空気が嘘のようだ」
「緊張続きだった反動だろう。しかし宰相閣下の話題はどこかしら、明るさがある」
「振り回される同盟はたまったものではないだろうが、あのお方の動きに銀河が振り回される」

 帝国にとっては良い方向に、同盟にとっては悪い方向に振り回されている。
 まああのお方は、銀河帝国宰相だからな。
 帝国にとって良くなるように動くのは不思議な事ではない。

「そのたまったものではない同盟は、先ほどの強行軍の所為で、軍が責められているそうだ」
「ああ、その話は聞いた」

 オーベルシュタインが書類を手に取りつつ、言ってくる。
 同盟にとっては良い手だったのだが、それを理解できない市民とやらが騒ぎ立てているらしい。

「同盟は……いや、これは帝国も同じかもしれないが、戦争とは派手なものだと思っているみたいだ」
「実際は地味で泥臭いものなのだが、な」
「ブルース・アッシュビーのせいだ。あれはまるで大スターのようだったらしい。その印象が強すぎるのだろう」
「分かりやすい形で勝つ。それも完勝する。しなければならない。そんな事はありえないのだが」
「だがやった者がいる。いる以上出来る筈だと思う」
「帝国はそのような感覚が薄れだしている。同盟と帝国では意識がかなり違ってきている」

 確かに帝国ではそのような感覚はない。
 なくなってきている。
 帝国よりも同盟の方が戦争を、ゲーム感覚で行っているのかもしれない。
 いったいどこで差がついたのだろうか……。

「皇太子殿下」
「宰相閣下」

 俺とオーベルシュタインがほぼ同時に口にした。
 俺が頷くとオーベルシュタインが、一つ頷いて口を開く。

「宰相閣下はこの戦争を終わらせる事を、現実のものとして示しておられる。帝国では戦争が終わった後の事を考え出した。貴族や役人だけでなく、平民達ですら、だ」
「百五十年続いた戦争を終わらせるのだ。奇麗事で終わるはずもない」
「それをうすうす感じている者たちと、実感として感じていない者の差だ」
「同盟には強力な指導者がいない。己の意思を通せるような政治家がいない。残念ながら扇動政治家の群れらしい」
「そんな連中を相手にしなければならないのだから、宰相閣下もご苦労な事だ」

 こいつも言うようになったものだ。
 まあそれはともかく、我々もまだ見ぬ王子の誕生を祝おうじゃないか。
 そう言ってとっておきのワインを翳して見せると、オーベルシュタインも軽く笑みを浮かべた。

 ■ブラウンシュヴァイク領 オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク■

「我がブラウンシュヴァイク領も、クロプシュトック領に負けてはならぬ!!」

 壇上で声を張り上げる。
 農奴の子どもらに、強制的に教育を受けさせる。それはクロプシュトック領から始まった。
 宰相閣下の許可を得たヨハン・フォン・クロプシュトックが動いたのだ。
 このままでは後れを取ってしまう。
 負けてたまるものかという思いが、わたしとリッテンハイムを動かした。
 競うように公務の合間を縫って、準備を行い。ようやく形になったのだ。今頃はリッテンハイム領でも同じように声を張り上げている事だろう。

「学問の重要性はわたしとて、十二分に理解しているつもりだ。一歩先んじられてしまったことを、ここに詫びよう。ようやく諸君が学ぶための用意は整えられた」

 農奴の子や貧しい平民の子が並ぶ。
 どの顔にも希望が溢れている。明るい未来を夢見ているのだろう。
 幼い子どもの特権だ。
 壇上の脇で妻のアマーリエが笑みを浮かべている。皇族である妻の存在は彼らには眩しく見えているらしい。
 そうだ。そうなのだ。
 帝国が、皇帝が、あの皇太子殿下が、彼らを見捨てていない事の何よりの証だ。

「古来より、牛を水飲み場に連れて行くことは出来ても、無理矢理飲ませる事はできないという。わたしに出来るのは、ここまでだ」

 壇上から居並ぶ子らを見回す。

「学問という水を無理矢理飲ませる事はできない。だが、飲め。たらふく、貪欲に飲むのだ。それは諸君の血となり、肉となろう」

 息を吸い。呼吸を整えた。
 そしてこぶしを振り上げる。

「これからの新しい帝国を作り出すのは、君たちなのだからなっ!!」

 絶叫にも似た声を腹の底から搾り出す。
 この様な声を自分が出せたなどと、今の今まで知らなんだぞ。
 絶叫の後、アマーリエの拍手が会場に響いた。
 妻の賛辞がなによりの励みだ。わたしは間違ってなどおらぬ。妻が拍手しながら近づいてくる。
 わたしに向かい、頷いた。
 席を譲ったわたしに笑いかけてから、子どもらに向き直る。

「ブラウンシュヴァイク家は、あなた達が学ぶための準備をしました。成績優秀者にはオーディンの帝国大学にも進学させましょう。我こそはと思うのなら、努力しなさい。もし仮にここにいる全員が優秀となったなら、全員通わせても良いのです。狭き門と思わず、精進しなさい」

 わたしと時とは違い、妻のアマーリエに対する歓声の方が大きい。
 まあ、むさくるしい親父が声を張り上げるよりも、見目麗しい女性の方が人気が出ても仕方あるまい。

「あなた、この様な場所で、そんな事は言わないようにしてくださいな」

 ぼそっと呟いた言葉を聞かれてしまったらしい。
 慌てて周囲を見てみると、誰もが笑いを堪えている。いかん、惚気と受け止められてしまったようだ。

 ■リッテンハイム領 ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム■

「見ろ。このローゼン・○ールを。いずれは諸君の代表者が、これに乗ってザ○・ファイトに出場するのだ」

 紫色の機体が日の光を反射して煌いている。

「貴族? 平民? 農奴? そんなもの関係ないっ!! さー諸君、実力を持って、こいつを手に入れるのだ!!」

 銀河最強はこのリッテンハイム領だ。
 そう声を張り上げる。
 ザ○の方が良い?
 練習用のザ○はいくらでも用意してやるわー。
 妻のクリスティーヌが呆れたような表情を浮かべていた。
 どうしてこうなった?
 最初は学問の必要性、重要性を語り、次には彼らの将来について語っていたというのに……。
 勢い余ってしまった。
 ええい。もはや引けぬ。引けぬのだ。
 リッテンハイムは銀河最強を目指す。

 ■オーディン フリードリヒ四世■

 ルードヴィヒとアレクシア、そして誕生した赤子を乗せた地上車がオーディンの街中を走っていく。パレードじゃ。
 歓声の声が大きいのー。
 ちっ、息子の人気には腹は立たぬが、わしに仕事を押し付けている事には腹が立つわ。
 しかも隠れた人材を掘り起こすのに、なぜわしが面談せねばならぬのじゃ。
 予は皇帝じゃぞ。
 立っている者は親でも使えというが、皇帝に対する敬意がまったく感じられぬわ。

「のう。そう思うであろう」
「さようですな~」

 おのれー。リヒテンラーデの投げやりな事と言ったら、ルードヴィヒの悪影響をうけておるとしか思えぬわ。

「そなたはそれでも国務尚書かっ」
「帝国宰相には逆らえませぬ」
「そこをなんとかするのが、国務尚書の役目であろう?」
「皇太子殿下に直接仰られては?」
「あやつに言うても、右から左じゃー」

 予が憤っておると、女官達が台車で追加の書類を持ってきよった。
 いったいこれで何箱目じゃ。多い。多すぎるわ。

「宰相閣下はこの五倍はこなされておられます」

 おのれー。ルードヴィヒめ。
 しかも女官達の目のきらきらしてる事と言ったら、そんなにそなたらもルードヴィヒの事を。

「心から敬愛しておりますよー」
「その半分で良いから、予にも敬愛の情があっても良かろうに」
「愚痴っていても仕事は減らないものです」

 言うようになったものじゃ。
 ええい、さっさと人材を掘り起こして、丸投げしてくれるわー。

「その意気でございますぞ」

 うぬぬ……がっでむじゃ。

 ■MS開発局 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

 ふっふっふ。やってきました開発局に。
 目的はただ一つ。

「これはこれはミューゼル様。いかがなされましたか?」
「わたし専用のMSが欲しいのです。そして皇太子殿下と一緒に、ふっふっふ」

 開発局員がおずおずと挨拶してくるのを押しとどめ、言います。
 言った途端、局員の顔がにやぁ~っと笑みを浮かべました。
 格納庫を見て回りますと、一機のMSが目に入りました。素敵です。皇太子殿下の専用機にも似た四枚の羽。

「これは?」
「ふふふ。さすがはミューゼル様。お目が高い。これこそ、わが開発局が総力を結集して作り出した一品。その名もキュベレイ。ダークワインレッドパールの色彩がミューゼル様に良くお似合いです」
「これにしましょう。これがいいです。ふふふ」
「はっはっは」

 格納庫の中で笑い声が響いていきます。
 アレクシアさんには悪いですけど、皇太子殿下と一緒に宇宙遊泳と行きましょうか。
 MSに乗れるのであれば、皇太子殿下も話に乗ってくるはずですー。
 
 

 
後書き
友人Aにすき焼きを食べに行こうと誘われ、ついていった先は……。
吉○家でした。
確かにすき焼きだけどさー。
Aの趣味はB級グルメめぐりです。
そういえば、おそばを食べに行こうと誘われていった先が、
立ち食いそばだったことも……。
そんなAが最近、恋をしたらしい。
相手の魅力を延々とBを相手に語っていた。
わたしはねぎを噛み締めながら、虚ろな目でそれを見ている事しかできなかった。
なぜならわたしは知っている。
Aの恋のお相手が……火○准教授だという事を。
ちなみにBは京○堂が好きらしい。
まったく持って嘆かわしい。
森○春策の魅力に気づいていないとは。 

 

第52話 「皇太子殿下の切り札」

 
前書き
白酒、もってこーい。 

 
 第52話 「最悪のシナリオ」

 財務尚書のゲルラッハだ。
 宰相閣下のご命令により、フェザーンで泳がせていたバカな貴族達の処分が決定した。
 貴族院にも入れなかったような連中だったが、一応貴族で、貴族全体の約三分の一にもなる数だ。混乱は必至と思われた。
 ところがあっさりと後継が決まり、各領地では混乱もなく終了してしまった。
 肩透かしを食らったような気分でもある。
 新しい領主となった若い貴族達は、皇太子殿下の意志を汲んで改革に動き出している。領民達もそれを歓迎しているようだった。
 無論これには、フェザーンも一枚かんでいる。
 有体に言えば、各星系における借金返済の延長といったものだ。
 さらには政府主導による工業製品の品質向上といったものも含まれている。今までは軍事関係にばかり偏重していた技術力が、民間にも還元され始めたという事でもある。
 平民達の生活水準が底上げされる形で向上してきた。それになにより戦争がなかった。つまり軍にいる男性が、休暇や除隊で民間に帰ってきたという事もある。
 これによって帝国は第一次ベビーブームだ。
 出生率が跳ね上がった。
 それに伴う好景気に沸いているのだ。

「今のうちに設備を整え、技術力を高めておけ」

 とは、皇太子殿下のお言葉である。

 ■自由惑星同盟 統帥作戦本部 ダスティー・アッテンボロー■

 ホーランド少将が、作戦本部の正面玄関前で記者につかまっていた。
 あいかわらず威勢の良い事ばかり言っている。

「どうも軍首脳部や政府首脳たちは、あの皇太子の幻影に怯えていると見える」

 皮肉げな笑みを浮かべ言い放った。
 主戦派の提灯記事を書いている記者たちも共に笑っている。

「そもそもあの皇太子は本質的に文官だ。決して武官ではない。軍人ではないのだ」

 にやにやと笑う記者を前にして、気分が良さそうだ。

「したがって戦場を知らん。戦場の機微というものが解っていない。諸君、あの皇太子が帝国宰相になってからというもの、戦闘が行われていないと言うが、そのことについてどう思う?」
「和平を考えているのでは?」

 問いに答えた記者に向かい、頷いてみせる。
 しかしひとしきり頷いた後、大仰に記者たちを見回して言う。

「ではなぜ、和平交渉をしようとはしないのだ? 和平を望んでいるのであれば、交渉をすれば良いではないか? だがしない。交渉をしようとはしていない」

 うんうんと記者たちも頷いていた。
 そしてホーランドは記者たちに顔を近づけ、囁くように言った。

「それはな、あの皇太子が臆病だからだ。確かに帝国であれば、奴は好き勝手にできるだろう。皇太子という立場に周囲の者達が阿るからな。しかしそんなものは同盟には通用しない。化けの皮が剥がれる事を恐れているのだ」

 バカが、何を言ってるんだ。例え皇太子が臆病だったとしても、直接交渉するのは皇太子じゃない。部下だ。交渉事に強い者を交渉に当てれば良い。
 剥がれるような化けの皮などないんだ。そんな事も分からないのか?

「戦争も同じだ。実際に戦って負けるのを恐れている。帝国改革という看板に傷がつくのを恐れているのだ。だから綺麗事ばかりいう」

 綺麗事?
 帝国改革が、綺麗事だと? 我々同盟は、帝国の圧政に苦しむ民衆を解放するという看板を、掲げている。あの皇太子が帝国改革をして、平民たちが貴族の横暴から開放されるなら、それは歓迎すべき状況だろう。
 それを綺麗事だと!!

 ■宰相府 財務尚書 ゲルラッハ■

「産婦人科の医師たちが悲鳴を上げているようですぞ」
「頑張れ。嬉しい悲鳴という奴だろう」
「まあ、そうでしょうが」

 帝国では、ぽこぽこと赤ん坊が、毎日のように生まれてきている。
 この分では近い将来、人口が倍に増えるかもしれん。
 はぁ~。思わずため息が出てしまう。
 学校を新しく建てねばならんし、それに、ミルクに医療品の増産も必要になる。なんといっても億単位だからな。
 今年一年で、生まれてくるであろう子どもの数は、十億を越える。
 いったいどうなっているんだ?

「二百五十億が、二百六十億になったところで、大した問題じゃない。これぐらいでは、まだまだ足りないぐらいだ」

 と、皇太子殿下は仰るが、教師の数も足りないし。
 保育士も足りん。頭が痛い。

「殿下、書類をお持ちしました。軍務省からです」
「ああ、ありがとう。そこへ置いておいてくれ」

 寵姫の一人が、軍務省からの書類を持ってきた。
 暗い目をしている。黒くて、光沢の薄い目だ。暗い雰囲気に覆われているな。顔立ちはかわいらしいのだが、表情がない。もったいない。笑えばかわいいだろうに。

「冷凍イカはあいかわらず、暗いな」
「殿下、ひどい事を仰る」
「悲しいおめめをした冷凍イカじゃねえか」
「なにを戯けた事を仰るやら。いつか刺されますぞ」
「色恋沙汰で死ぬなら本望だ。後は任せたぞ」
「これまた冗談ばかり」

 冗談はこれぐらいにして、本題と行きましょうか。
 書類を取り上げる。
 この一年で向上したのは、出生率だけではない。
 民生品の質。その品質も向上した。同盟のものと比べても遜色ないほどに。
 税金を引き下げられたために家計にゆとりが出てきた。可処分所得が増えたのだ。しかもそれは皇太子殿下の治世が、そうそう変貌しないと思われているお蔭で、将来に対する不安がさほどない。
 すなわち、

「消費に回される金が増えたと言う事ですかな?」
「景気は気からだ。この手の問題は、結局は気合に左右される」
「精神論ですか?」
「そうかもしれんな。帝国は成長するのだ。してみせる。そういう気概がないと、な。特にトップはだ」

 確かにトップは上を向いていてもらわねば、なりませんな。
 下ばかり見てるトップの下では、息がつまる。

「それに上級財と下級財の問題もあるしなー」
「限界消費性向の問題もですな」
「あたまいてー。まあ同盟よりははるかにマシなんだがな」

 皇太子殿下がカップに口をつけつつ、仰った。
 フェザーンを手に入れたことで、解った事がある。

「帝国は自国建て債務ですからな」
「あいつら、フェザーンに借金してたんだぜ。国債を買い取ってもらっていた。まあそれはいいとして、なんでフェザーンの通貨で借金してんだ」
「フェザーンに条件を飲まされたんでしょうよ」
「自国通貨なら、中央銀行に金を刷らせて、国債を買い取る事もできる。インフレが心配だがな。ところがあいつら、金利まで、向こうに操られてやがる。統一したくないな~」
「嫌気が差しますな。ある意味、門閥貴族と大差変わりありませんな」

 皇太子殿下が頭を抱えて、ため息を吐いておられる。
 統一すると言う事は、同盟の借金を背負う事になってしまう。
 巨大な自治領であり、金食い虫を飼うようなものだ。正直なところ、帝国だけでも厄介なのに、借金漬けの他国など、欲しくない。
 いらんと言って、蹴っ飛ばしてしまえるなら、どれほどありがたいことか……。
 もしそうできたなら、とっておきのシャンパンで祝杯を上げても良い。

「民主主義の欠点を教えてやろうか?」

 俯いていた皇太子殿下が、顔を僅かに上げ、上目遣いで言った。

「なんですかな?」
「自由と権利は、無責任と自分勝手に流されるというところだ。だからこそ、自律、自主、自立を掲げたんだよ、アーレ・ハイネセンは。ところが今の同盟はどうだ?」
「衆愚政治を突っ走っていますな」
「だいたい民主主義は、必ずしも良い政体じゃないしな。運用する人間次第なのは、専制政治も同じだ」
「国民総生産は同盟の方が高いのでは?」
「人口比から来る見た目はな。帝国も生産性そのものは低くはないぞ。低ければ、貴族が遊興に金をつぎ込めるわきゃねえだろう。どうしたって、無いところからは取れない。取るものがそもそもない」
「平民達も趣味に、金を落とせるぐらいですからな~」

 ジークの父親は蘭の栽培が趣味だという。
 蘭も案外高い。にもかかわらず買えるのだ。つまり生活必需品ではなく、贅沢品を買える。買おうと思えるぐらいには、余裕がある。でなければ商売が成り立たん。
 貴族のみを相手にしているだけでは、成り立たないものだ。

「上級財と下級財も厄介だよな」
「まあ確かに」
「安いからといって、下級財とは限りませんからね」
「そうだよな~」

 たとえば、本で言えば解りやすいだろうか?
 ハードカバーの本と文庫本。
 ハードカバーよりも文庫本の方が安い。しかしハードカバーの方は大きくてかさばり、持ちにくい。ちょっと持ち歩いて読むには、文庫本の方が好まれる。
 好む者が多いから売れる。という事は安いからといって、文庫本を下級財と言えるだろうか?
 収入が多いからといって、ハードカバーばかり買うとは限らない。それは値段だけの問題ではないからだ。この場合、値段に差はあるが、両者とも上級財扱いになる。
 頭の痛い問題だ。

「それに基本的に俺は、計画経済には反対なんだ」
「ふむ。そうですか?」
「ただな~。俺が言わないと動かないから言うしかない」
「無意味な自主規制がありますからな~」

 皇太子殿下が皮肉げに笑う。
 昔のルドルフも俺と同じだったかもなと仰る。
 なぜと問う。

「人任せにする奴が多すぎるんだよ」

 ルドルフに任せっぱなしだった。
 あれも頼む。これも頼むばかりじゃ、嫌気が差す。
 そのくせ、一端に口を挟みたがるんだ。
 で、結局。ああ解った。俺がやるから口を挟むな、と口出しできないようにされた。
 ある意味、共和主義者たちの自業自得というやつだとは、皇太子殿下の弁だ。

「まあ、今も昔も世の中を動かすのは、プレイヤーだ。評論家じゃない。自ら動く奴が世を動かす。人がやっているのを見て、偉そうに言う奴らじゃない」

 クロプシュトックの息子なんか良い例だろ?
 と皇太子殿下が笑みを浮かべた。
 確かにヨハン・フォン・クロプシュトックは自ら考え、動いている。その行動がブラウンシュヴァイク公爵やリッテンハイム候爵をも動かす原動力となった。

「とはいえ結局、ルドルフの悪影響が響いている。もっとも今の現状をルドルフが見たら、呆れるだろうがな。歴史は繰り返すと言う奴だ」
「不敬ですぞ」
「それがどうした。こちとら皇太子だ。文句は言わせねえよ」

 やっぱりこのお方の俺様ぶりは、たいしたものだ。大帝相手にも萎縮しない。
 銀河帝国の二代目がこのお方だったら、帝国はどうなっていただろうか?
 案外、大帝とケンカしながらでも、うまくいっていたのではないか?
 それにしてもよく勉強しておられる。

「士官学校に入る前から、改革については考えていたからな。あの頃はかなり勉強したぞ」
「そんな昔からですか?」
「問題を探るたびに、やってられっかという気分に陥ったが……」
「私も頭を抱えつつ、やっております」
「ざまーみろ」
「ひどいですな」
「目を逸らしすぎたからだ」

 俺が頭を抱えている理由が解ったかと、皇太子殿下は言った。
 知りたくなかった。知ってしまったいま、痛切にそう思う。
 それから話が公共事業になる。

「公共事業もねー。熊しか通らない道を作っても意味は……」
「あのなー。結果的に野生動物しか通らなくなっただけだ。計画が立てられたときには、人が住んでいた。それが不便だったから人がいなくなったんだ。経済対策としての公共事業にはな。単一の理由しかないわけじゃないぞ」
「ふ~む」
「人間不便なところより、便利なところの方が良いと思うのは、当然だ。インフラを整えて、便利にしていく。企業誘致のみだけじゃなくて、人口流出を防ぐためにも必要なんだよ。ブラッケにも言ったがな、オーディンで橋や道路が必要かと聞けば、要らないと答える者も多いだろう。しかし辺境では、あって当たり前と思えるものもないのが現状だ。その結果、辺境から人が減って、オーディンには人が増える」
「う~ん」
「となると辺境では、活性化したくても人口そのものが足りなくなる。それを良しとする訳にはいかないだろう?」
「確かにそうですな。やはり頭が痛くなりますな」
「だから頭抱えてるんじゃねえか」

 皇太子殿下が憂鬱そうに笑みを浮かべる。
 ため息が吐きたい気分だ。

「……マズローの自己実現理論」

 ぼそっと呟かれる。
 帝国の格差問題ですか?

「ああ、あれですか?」
「世の中、あの通りに回ってるなんて思っちゃいないが、まあ目安だな」
「そうですね」
「治安は何とかなる。単純労働だが、仕事もできてきた。医療問題は例の劣悪遺伝子排除法を廃法したときに、筋道をつけておいた。教育問題はクロプシュトックに押し付けてやろう」
「千里の道も一歩からです」
「違いない」

 帝国を背負うというのは、こういう事なのですな。
 こう言ってはなんですが、皇族に生まれなくて、良かったとつくづく思います。

 ■自由惑星同盟 統帥作戦本部 アレックス・キャゼルヌ■

 作戦本部の会議室。その一角で、フォーク大佐とホーランド少将がにらみ合っていた。
 短絡的な戦争主義では、皇太子に勝てない。
 そう主張している。

「そもそもあの皇太子が臆病などと、いったいどこから聞きかじってきたんだっ!!」

 ばんっと両手を机に叩きつけ、フォーク大佐が言う。
 目はホーランド少将から外さない。
 睨み付ける視線がいっそう強くなった。

「ではなぜ、和平交渉をしないんだ?」

 せせら笑うホーランド少将に対し、フォーク大佐は一言呟く。

「欲しくないからだ」

 自由惑星同盟など欲しくないからだ。と叫ぶように言った。
 その言葉に部屋の中にいた全員の視線が、フォーク大佐に向けられた。
 誰もが呆気に取られた表情を浮かべる。
 いったい何が言いたいんだと、言いたげな表情だった。

「帝国……いや、あの皇太子は自由惑星同盟など欲しくはないというのか? 大丈夫か、お前?」

 怒りを通り越して、哀れむような口調でホーランド少将が、フォーク大佐を見つめながら言う。
 視線が伏せられぎみだ。
 おかしくなったのでは? という疑問すら湧いてきた。
 だが、フォーク大佐は、そんな視線を気にしたような様子を見せずに、話し出す。

「帝国はフェザーンを手に入れている。フェザーンに買い取られた国債の額。それらは莫大なものだ。借款期限が過ぎているものが大半だ。それを全て返済しろと迫られたらどうだ?」
「そんなものは……」
「いかに戦争しているとはいえ、踏み倒せるか? そんな事をすれば二度と貸してくれなくなるぞ」
「そ、それは……」

 ホーランド少将の口調が弱くなった。
 経済危機。
 その言葉が脳裏に浮かぶ。
 部屋の中にいる我々も、考え込んでしまった。

「しかもフェザーンの通貨だ。返済はほぼ不可能。となれば、頭を下げて同盟の通貨で返済しなければならなくなる。借金を返済しきれるだけの額だ。同盟内はハイパーインフレどころの話じゃないぞ。しかもその時には、フェザーン資本も撤退するだろう。同盟の経済は壊滅状態になる」

 ぞくっと背筋に冷たいものが走り抜けた。
 いつでも同盟を壊滅させる事ができるのだ、あの皇太子は。武力衝突も無しに……。

「そうしておいて兵を動かす。混乱しきった同盟に対処し切れるのか?」
「無理だろう」

 思わず呟いた言葉に、フォーク大佐がこちらに視線を向け頷いた。

「治安維持に軍の力は必要だ。いったいどれだけ動員できるものか……。その上、帝国は一〇個艦隊以上は動員してくるはずだ。一気に終わらせるためにな」

 帝国の正規艦隊が大群を成して、同盟に攻め込んでくる。
 その光景を想像する。体が震えた。
 悪夢だ。
 一気にハイネセンまで進軍される。
 そして降伏か……。
 あっという間に自由惑星同盟は消滅する。
 あの皇太子、こんな切り札を持っていたのか。余裕があったはずだ。

「これが最悪のシナリオだ。それを防ぐために、軍の行動は慎重を期さねばならん」

 フォーク大佐が部屋の中をぐるりと見回しながら話す。
 そして再び、ホーランド少将に視線を合わせ、

「なぜ、それが解らないんだっ!!」

 と叫んだ。 
 

 
後書き
三月です。
ひなまつり。
三人官女ならぬ、わたしたち三人も、明日は飲み会です。
お雛様じゃないところが、けっ。 

 

第53話 「民の竈は賑わいにけり」

 
前書き
ネタがない。
ネタになるようなものがなにもない一週間だった。
うわーん。さびしーよー。 

 
 第53話 「頭が痛い人々」

 カタリーナ・フォン・ヴァルヌスでございます。
 皇太子殿下の寵姫の一人で、ヴァルヌス子爵家の三女です。
 皇太子殿下に冷凍イカと呼ばれたりもするんですよ。
 ひどいと思いませんか?
 ええ確かにわたしは、人より無口かもしれませんが、好きで無口じゃないんです。考えすぎて、考えがまとまる前に、話が終わってしまうんです……。
 泣きますよ。泣いて良いですか?

 ■自由惑星同盟 ロイヤル・サンフォード■

 軍との協力関係を強固なものにした方が良いと考え、フォーク君に骨を折ってもらうことにした。
 彼は私の期待に応えてくれた。
 軍の二大派閥の間を行き来し、シトレ君とロボス君との三者会談の席が用意されたのだ。
 それどころか、叩き上げの将官であるビュコック中将なども参加する事になった。これにはフォーク君だけではなく、ジャン・ロベール・ラップ君も尽力してくれたらしい。ありがたいことだ。

「今日は良く集まってくれた。礼を言う。まあセルフサービスで申し訳ないが、飲み物は各自で取ってきてくれ」

 私がそう言うと、席に座った彼らが軽く笑った。
 そして真っ先に、ジョアン・レベロ君が席を立ち、紙コップにコーヒーを入れて戻ってきた。ホアン・ルイ君もそれに続き、軍人達もそれぞれ紙コップを手に席に戻ってくる。
 モニターの前には、ラップ君とヤン・ウェンリー君が立ち、フォーク君とキャゼルヌ君が、資料を配っている。
 ヤン君とラップ君は親友同士だそうだ。
 仲が良さそうで何よりだと思う。
 この会談のために、フォーク君とキャゼルヌ君の両名が、必死になって資料を用意してくれた。

「いきなりで恐縮だが、さっそく本題に入りたいと思う」

 私の言葉に各自、口をつけていた紙コップをテーブルに置き、向き直る。
 それを見届け、書類を手に取った。

「近年、自由惑星同盟は未曾有の危機に瀕しているといってもいい。違うかね?」
「そう」
「その通りです」

 レベロ君とホアン君が頷きあい、軍人達に目を向けた。
 軍人達もそれぞれ顔を見合わせ、頷きあっている。

「それもこれもあの皇太子が表に現れてからだ。彼が帝国宰相に就任して以来、同盟に対して手を打ち続けてきた」
「帝国改革を優先すると考えていたが、同時に同盟にも手を打ってきている」

 レベロ君が深刻な面持ちで続けた。

「同盟の危機は、戦争だけではない。経済的な意味合いもある」

 年々増え続ける国債の額。費やされる戦費。人口激減。経済の停滞。
 このままでは戦争を続けるどころか、自由惑星同盟そのものの命運が潰えてしまうだろう。止めを刺すのは帝国ではなく、借金だ。いずれはどころか、近い将来借金で首が回らなくなる。
 同盟がデフォルトしたからといって、いったいどこが助けてくれるというのか……。

「このままでは同盟は、各星系ごとに分裂し、小国家群となってしまう」

 軍関係者たちの顔色が悪くなったな。
 彼らは軍人なのだ。経済関係に疎くとも致し方あるまいが、これからはそうも言っていられなくなる。

「それはいささか大げさではありませんかな?」

 ビュコック提督があごを擦りつつ発言してきた。
 私はラップ君に向かい頷くと、ラップ君はモニターを操作して、各星系ごとの生産量の分布及び、人口密度を表示させる。
 国民総生産は十年前と比べ、約三十パーセント落ちている。
 そしてその数字は今も下がりっぱなしだ。
 人口に至っては、百五十億いた人間が今では、百三十億人にまで少なくなった。
 無論、これは戦争だけが原因ではない。病気で死んだ者や事故などで亡くなった者も含まれているが、問題はそこではない。出産率も低下している。
 つまり死ぬ人間が多く。生まれてくる者は少ないという事だ。

「帝国よりも生産効率が高いなどと嘯いていられない」

 帝国はいま、高度成長期に入ったと同盟の経済学者たちが、口をそろえて言い出した。
 なによりベビーブームだ。人口増加して、その需要を賄うために生産性が増加の一途を辿りだした。こんな時、国というものは活気があるものだ。あっという間に生産効率などひっくり返される。
 元々技術力は同程度だったのだ。それが非効率的な規制で阻害されてきた。規制が解除されたら、伸び率は帝国の方が高い。
 それを地力というが、はっきり表に出てきた。

「その原因はなにかっ、あの皇太子だ!!」

 ホワン君がそう言ってテーブルを叩く。

「専制国家の長点は、急激な方針変更と国力増大が可能だという点。それを見事に体現している」

 レベロ君がそれを受けて続けた。
 トップの意志が全てに優先する。そう考えれば、今の帝国の優位性が理解できるだろう。
 逆に言えば、あの皇太子さえいなければ、ここまで追い詰められる事はなかった。
 たった一人の人物に、自由惑星同盟が追い詰められている。帝国から見れば名君なのだろうが、同盟から見れば、悪魔……いや魔王としか思えない。

「我々は未曾有の成長期に突入した帝国と争わねばならないのだ。それがどれほど困難なものか、理解できるだろう?」
「元々国力に劣る同盟ですからな。帝国の国力増大は脅威でしかない」

 ロボス君の発言にフォーク君が軽く手を上げて、発言を求めた。

「どうしたのかね?」

 鷹揚にロボス君がフォーク君に視線を向けた。

「宜しいですか?」
「うむ許可しよう。皆さんも宜しいですな?」

 ロボス君は席についている我々に眼を向け、フォーク君に向かって頷いた。

「ありがとうございます。小官が愚考いたしますところ、最大の問題はあの皇太子の人となりです。もし仮に、仮に同盟が帝国に占領され、吸収された場合どうなるとお考えでしょうか?」

 同盟が帝国に吸収された場合か……。
 ふむ。

「市民の権利と自由は著しく制限される」

 ヤン君が深刻な表情を浮かべ言う。
 我々もまた同じように思う。しかしフォーク君は軽く首を振りつつ、問題はそこではないと言いたげな表情だ。

「確かに自由と権利は制限されるでしょうが、同時に帝国の平民と同じ程度には保証されるでしょう。同盟市民も帝国臣民も同列に扱われる。ですがデモやテロが各地で発生しても、実のところ被害を受けるのは同盟サイドであり、帝国本土は被害を受けない」
「高みの見物を決め込むわけか」

 シトレ君の言葉にフォーク君が頷く。
 各惑星ごとに閉じ込められ、行き来を制限され、その中でテロが横行しても、逃げ場のない同盟市民だけが苦しむ。

「しかしあの皇太子が、そんな状況を良しとするとは思えないが」
「そこです!!」

 フォーク君がキャゼルヌ君に向かって、声を張り上げた。
 びっくりしたような表情を顔に貼り付けたキャゼルヌ君が、フォーク君を見つめる。

「そうなのです。あの皇太子がそんな状況を良しとする訳がない。ここにいる我々だけではない。誰もがそう思う。思っている。我々はあの皇太子に対して、一定の信頼と信用を寄せているんです。相手は銀河帝国の専制君主でしょう。それなのに信用し、信頼している。これは今までなかった事です。自由惑星同盟の成立を考えれば、ありえない事態でしょう」

 フォーク君の言うとおりだ。
 私は心のどこかで、あの皇太子を信用している。信頼もしているだろう。テロや略奪暴行などといった非人道的な行為など認めないはずだ、と。
 周囲を見回してみれば、誰もが頷いている。
 確かに誰もが信用し信頼する専制君主か……。ありえない事態ではあるな。

「しかしそれは別に珍しい事態ではないと思うぞ」

 シトレ君がそう言った。
 軍人であるなら、敵の名将といった相手に対して、賞賛もすれば信用もするのかも知れない。それがあるからおかしな事とは思わないのだろう。

「だがシトレには悪いが、皇太子に対する信用は、それとは何か違うような気がするな」

 ロボス君が首を捻りつつ、考え込む。

「あの皇太子は軍人ではない。帝国宰相であり、はっきり言えば政治家だ。敵国の政治家に対する信頼と信用。異常とは思わんが、不思議な印象がある」

 レベロ君も首を捻る。そうやって誰もが首を捻っている状況で、ヤン君が仮に占領されたとして、

「例えば、選挙権と言った権利はどうなるのでしょうか? 民主主義の根幹とでも言うものですが」

 と言ってくる。

「選挙権か……」

 いつの間にか話があの皇太子になっているな。
 しかし皇太子が同盟を占領した場合、いったいどうする気なのか、どうなってしまうのか、どうなると思っているのか、ここは一つじっくりと話し合ってみるべきだろう。

「選挙権そのものは取り上げたりしない筈だ」
「しかし……」
「取り上げる必要性が薄いんだ」

 ラップ君がそんな事を言い出す。そして何か言いたげなヤン君を制して、フォーク君に向かって頷いた。ラップ君とフォーク君は、協力して会談の準備をしていたからな。二人で何度も話し合ったのかもしれん。
 フォーク君も頷いて、ラップ君の発言を促した。

「どういう事かね?」

 ビュコック提督も興味をそそられたらしい。
 何度もあごを擦って聞いている。

「仮に占領された場合でも、帝国側が直接統治する訳ではないと愚考します。少なくとも占領当初はワンクッションを必要とする筈です。となると同盟側から交渉対象を選ぶ必要があります」
「なるほど、その交渉対象を選挙で選ばせるわけか」

 ホワン君も納得したように頷く。

「しかし同盟側の選挙権を取り上げたりしないという事は、帝国の平民達が不満を持つのでは?」

 レベロ君がそんな疑問を発言する。

「帝国の平民は帝国内での選挙権を行使できるでしょう」
「そして同盟市民は同盟内での選挙権を持っています」

 ラップ君がまず言い、その後をフォーク君が続ける。

「つまりは帝国同盟ともにお互いに選挙権は持っているが、相手側の選挙には口出しできないという事なのか」

 キャゼルヌ君が驚いている。
 シトレ君は何事かを考え込んでいた。だがそのままではいずれ、同盟市民から帝国の選挙権を求める声が出てくるだろう。自分達の支配者なのだ。できるだけマシな人物を選びたいと思うのは当然だ。
 そこまで考えたとき、ぞくっと背筋に震えが走った。

「……つ、つまり、同盟内での選挙権を取り上げ……」
「帝国内での選挙権を求めたとき、同盟内での選挙権を取り上げるつもりでしょうな」

 シトレ君が苦い物を噛んだ様な顔つきで言った。

「しかしどういう建前で、そんな事をするつもりなんだ? 占領当初ならばともかく、ある程度の期間が過ぎてから行えるような事じゃないだろう」

 レベロ君が顔を青くさせて言う。

「帝国臣民は同盟内での選挙権を持ってはいない。にもかかわらず、なぜ同盟市民のみが帝国内での選挙権を有する事ができると考えられるのか? 図に乗るな。あの皇太子ならばそう言うだろう」

 ロボス君がそう言った際、シトレ君とラップ君、フォーク君も頷いた。

「なるほど、権利も自由も同盟国内であれば、さほど制限はされんが、帝国内の国政に口出しはさせんという訳じゃ。当然と言えば、当然じゃろうな」

 ビュコック提督が何度も頷いている。

「しかし帝国と同盟内での往来が活発化した場合、混血問題もでてくるはずだが」

 レベロ君が言う懸念も頷ける。

「ふむ。そういえば養蜂で、別々同士の蜂のグループを一緒にさせる場合、匂いや気配に慣れさせるためだが、巣の間に新聞紙を挟むらしい。いきなり一緒くたにしてしまうと、より小さなグループが全滅させられてしまうからだ。選挙権も同じだろう。混血問題が表面化してからでも、遅くないと考えているのかもしれん」
「最初から与えられても、ありがたみがない。苦労して手に入れたものなら大事にするか」

 シトレ君の発言にロボス君が応じる。

「しかし本気であの皇太子、ここまで考えているのか?」

 ホワン君が紙コップに口をつけつつも言う。
 どこか疲れたような印象だ。私自身も愕然とする思いだ。あの皇太子、我々よりも一歩も二歩も先に先にと考えている。

「考えている訳ではないと思います。あの皇太子ならば、こうなるだろうという希望を思わせているのです」

 ラップ君が言いながら、フォーク君に視線を向けた。
 頷いたフォーク君が後を引き受け、口を開く。

「そしてこれこそが、あの皇太子の一番恐ろしいところです。我々自身でさえ、帝国の支配にさほどの懸念を持っていない。恐怖を感じていないのです」
「強制的に農奴に落とされたり、悪逆非道を行わないだろう。そう思わせるものがある」

 ヤン君が言うと、キャゼルヌ君も頷いていた。

「……帝国の支配を受け入れつつあるのか」
「しかも無意識のうちに、だ」

 レベロ君が肩を竦める。

「以前、ヤン大佐に真綿で首を絞められているような気がすると言いましたが、あの時以上に事態は深刻化していたようです」

 キャゼルヌ君の表情が引き攣っている。
 誰も表情も引き攣っていた。

「――怪物」

 ホワン君が言った。声が震えている。
 あの皇太子は一種の怪物だ。
 いや、生まれながらの専制君主というものか。
 五百年にもわたるゴールデンバウム王朝は、ここに来てルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムという怪物を生み出した。

「ルードヴィヒという名の皇太子は四人もいたが、なぜか父帝に先だって病死したり、暗殺されたりして、一人も帝冠をいただくことができなかった。とされています」
「それがどうしたのかね?」

 ヤン君の言葉にレベロ君が首を捻る。

「ルードヴィヒ皇太子も当然、その事は知っていたでしょう。知っている以上、人はどういう行動をとるでしょうか?」
「亀のようにおとなしく、首を引っ込めて息を潜めていても不思議ではないじゃろう」

 ビュコック提督がそう言い返す。

「にもかかわらず、あの皇太子は表舞台に出てきた」

 ジンクスというものは、なかなかあなどれん。人の行動を縛るものがある。
 にもかかわらず表舞台に出てきた。大人しくしていてもおかしくないというのにだ。

「我々は、あの皇太子を過小評価していたようだ。それともこれも皇太子の二面性だろうか?」

 レベロ君の言葉がずんっと肩に圧し掛かってくるようだ。

「やはり同盟は未曾有の危機の中にいるのだ」

 会議室の中に重苦しい空気が立ち込めていた。
 あの皇太子さえ、いなければ……。
 しかし次にでてくるのは、彼以上の器量を持った人物ではないだろう。
 かつての門閥貴族のように、暴虐無残な人物だったら、それこそ阿鼻叫喚の地獄絵図の出来上がりだ。そう考えれば、まだ話し合う余地がある分、あの皇太子の方が良い、というべきだろう。

「人物的にはまともな男だからな……」

 私がそう言うと、部屋の中で誰かが深いため息を吐いた。

 ■宰相府 ジークフリード・キルヒアイス■

 宰相閣下が窓際でコーヒーカップ片手に外を眺めています。

「民の竈は賑わいにけり、か」

 ふと呟かれる言葉に、何と言って良いのかわかりませんが、不思議な重みを感じるのはなぜでしょうか?
 帝国全土で、赤ん坊が生まれてきているそうです。オーディンでも同様だそうで、ここのところやたら、医療関係者が陳情に訪れるようになりました。
 まあ一言で言えば、ベッドが足りないという事です。ミルクや医療品の増産が決定しましたし、急ピッチで造られているそうです。
 製薬会社が大もうけしているとニュースで言っていましたが、誰も批判はしていないという事です。
 子どもが多く生まれる。
 ミルクや医療品がたくさん作られる。たくさん売れる。
 大もうけ。
 ぼったくっていない以上、文句の言いようがない。

「そんなもん、貴族の施設を使えや」

 あっさり宰相閣下は蹴ってしまいました。
 という訳で、貴族のお屋敷では赤ん坊の泣き声が響く毎日だそうです。ブラウンシュヴァイク公爵家でも、同様です。
 ラインハルト様も対処に借り出され、

「赤ん坊の声でノイローゼになりそうだ」

 と嘆いておられました。
 もうあっちこっちで泣いてるんだぞ。と目を真っ赤にしておられます。

「……それは」
「でも、かわいいからいいけどな」

 うわーラインハルト様がこの様に仰るとは、驚きです。 
 

 
後書き
というわけで、どこかで使おうと思っていた小ネタ。元ネタはCMです。

配役 アンネローゼ。ルードヴィヒ。ベーネミュンデ侯爵夫人。キルヒアイス。

「芭蕉の句には」
「アンネローゼ」
「今更何よ」
「俺が悪かった」
「ばか、寂しかった」
「この泥棒猫」
「働けよ」

 さーこれをどう使おうかな? 

 

第54話 「ラインハルトもご機嫌ななめ」

 
前書き
かわいそうな、やさぐれラインハルト。
 

 
 第54話 「なんてこったい」

 オットー・フォン・ブラウンシュヴァイクだ。
 皇太子殿下のご命令によって我々は、自由惑星同盟の首都星であるハイネセンへ向かう事になっている。
 それにともないラインハルトに久しぶりに実家へ帰って、親に顔を見せてやれと言ったところ、複雑な表情を浮かべよった。
 父親と蟠りがあるらしい。とはいえ暗殺の危険がないとはいえぬ。
 これが今生の別れとならぬとも限らぬのだ。
 死んでから後悔しても遅い、と説き伏せて家に帰らせた。
 帰ってきたラインハルトが、何をどう話し合ったのかまでは分からぬが、帰る前以上に複雑な表情であったのが不思議だ。
 ただ一言。

「姉と母はそっくりだったのか」

 と、ぼそり言ったのが印象的であった。

 ■オーディン ブラウンシュヴァイク邸 オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク■

「アンスバッハ。アンスバッハはおらぬか!」

 ラインハルトを連れてわしは家に帰ってきた。
 自由惑星同盟に向かうための準備が必要だ。いかにラインハルトが皇太子殿下に目を掛けられているとはいえ、実家は貧しい貴族とは名ばかりの家柄だ。
 当然、金はない。
 帝国を代表して敵国に向かう。その為の支度などできようもない。
 着るもの一つにしても、金に飽かせて贅沢すれば良いというものではないが、それでも代表として恥ずかしくないものでなければならぬ。
 見てくれ一つにしても決して疎かにしてよいものではないのだ。ましてやラインハルトは貴族の上に君臨するにせよ、敵対するにせよ、貴族というものを動かす身。
 貴族の在り様や公的なマナーを身につけねばならん。それはラインハルトにとって武器になろう。
 ラインハルトはこの辺りを知らぬ。
 解っていない。
 いや、頭では解っているのだろう。
 しかし実感として感じ取っていない。
 それではいかぬ。
 いかぬのだ。
 わしが教えてやらねばならん。

「公爵様」

 足早にアンスバッハがやってくる。
 我が家のメイド達が何事かと顔を覗かせている。中にはラインハルトに目を奪われている者もおる。まあラインハルトは見た目が良いからな。それもわからぬ話ではない。

「アンスバッハ。こやつが私と共に自由惑星同盟に向かう、ラインハルト・フォン・ミューゼルだ。支度を手伝ってやってくれ」
「はっ」

 恭しくアンスバッハが頭を下げる。
 うむ。ラインハルトに対しても礼をとっておるな。
 一目でラインハルトの立場を理解したようだ。よく気のつく男だ。

「ラインハルト。そなたもアンスバッハに支度を手伝ってもらうようにな」
「は、はい」

 うむ。目を丸くしておるようだが、ラインハルトもそれなりに自由惑星同盟に向かうという事が、どれほどの大事なのか理解しておるようだ。結構結構。

「あなた、どうなさったの」
「あっ、ラインハルト」

 騒ぎを聞きつけたのか、アマーリエがエリザベートの手を引いて、姿を見せた。エリザベートがラインハルトに気づいて嬉しそうに顔を綻ばせる。

「アマーリエ。ラインハルトは私と共に、自由惑星同盟首都星ハイネセンに向かう事になった。その為の支度が必要なのだ。手伝ってやってくれ」
「まあまあ、そうでしたの」

 アマーリエは目を丸くして驚いていたが、ラインハルトに向き直ると、優雅に一礼して見せる。

「アマーリエ・フォン・ブラウンシュヴァイクですわ。初めましてラインハルト・フォン・ミューゼル」

 こうして見るとやはりさすが宮廷育ちだ。
 身のこなし方が洗練されている。思えば皇太子殿下もそうであった。士官学校時代の皇太子殿下は誰よりも貴族らしくあられた。洗練された優雅さを持ち、マナーも完璧だったのだ。
 だからこそ皇太子殿下が貴族の在り様を否定されても、誰もが口を噤まねばならなかった。
 貴族というものを説ける者がいないのだ。

「卿が私に貴族というものを説くのか、ずいぶん偉くなったものだな」

 そう言い返されるのが目に見えている。
 そしていったい誰が、誰よりも貴族らしくあられた皇太子殿下に、貴族の在り様を教える事ができよう。ラインハルトも同じようにならねばならぬ。
 貴族を知り、完璧にこなす。それは武器になる。そうなれば誰も逆らえぬ。
 その上で、貴族を踏み潰す。
 あのお方の悪いところを学ぶ必要はないが、武器は手に入れるのだ。
 それを私が教えてやろう。

 ■ブラウンシュヴァイク邸 ラインハルト・フォン・ミューゼル■

 ブラウンシュヴァイク邸に来てからというもの、やる事は自由惑星同盟に向かうための準備だけではなかったのだ。
 いやこれも準備の一環なのだろう。
 挨拶の仕方。礼の言い方。動作など覚える事は多々あった。
 ブラウンシュヴァイク公爵は二言目には武器を手に入れろと言う。何の事だと思ったが、貴族を相手にしていくために必要な事なのだとすぐに気づいた。
 思えば公式な席であの皇太子が同じように行動していた。
 誰よりも貴族らしく振舞える。貴族にとってはやりにくい相手なのだろう。
 貴族の常識を持って逆らえない。
 貴族は、貴族というものは、などと皇太子の前では口が裂けても口にできない。
 それを誰しもが理解している。
 そのような者になれとブラウンシュヴァイク公は言っている。

「貴族というものを知らずして、動かすのではない。知った上で踏み潰すのだ」

 そうでなければ、気づかぬうちに強かな貴族の思惑に嵌ってしまうぞ。
 そうブラウンシュヴァイク公が言う。
 帝国改革とは、貴族の思惑をいかに自らの望む方向に動かすのか、だ。単純に潰して終わりにはできない。

「それを皇太子殿下も解っておられる」

 少なくとも平民の教育問題が解決せねば、代わりがおらぬとさえ言っていた。
 代わりか……貴族並みに教育水準の高い者。
 フェザーンか、もしくは同盟の者か、どちらにしても帝国を好き勝手にされてしまうだろう。
 それならまだ貴族の方がマシというものだ。迂遠な話だが、必要な事なのだろう。
 そうしてお茶会などというものを屋敷の片隅で行っている。
 俺の前にはブラウンシュヴァイク公。左隣にはアマーリエ侯爵夫人、右隣にエリザベートが座っている。
 皆、上品に振舞っていた。俺より年下のエリザベートすら上品に見える。
 こうして見ると幼年学校で、貴族の子弟に貴族とは名ばかりの貧乏貴族と馬鹿にされていた理由が解る。動きや食べ方など下品に見えていたのだろう。品性はともかく、食べ方などは目立つ部分だ。
 なるほどこういった形式が重要視されるのだな。
 そしていつしか形式が完璧にこなせる事が貴族の嗜みになっていった。
 個人の能力ではなく、形式をうまくこなせる者が上に行く。
 貴族の弊害というものだ。形式もうまくできないくせになどという貴族たちの反感を買うな。人間の感情というものは中々複雑なものだ。どんな良い事でもあいつが提案するなら、反対する。その結果、今より悪くなってもかまわない。笛吹けど誰も踊らずか。
 そういう感情を人は持つ。持っているものだ。
 その点をあの皇太子はうまくやっている。完璧にこなせる、誰よりも、その上で否定するか……。
 なんでもかんでも壊せば良いというものではない。壊した後のことも考えろ。
 そうブラウンシュヴァイク公は教えてくれているのだろう。

 お茶会の後、俺はブラウンシュヴァイク公の書斎に連れてこられた。広い部屋の壁に沿って設置された書棚。それを歩きながら見ていく。
 書棚には代々集めてきた書籍が収められていた。
 中には禁書とされたものさえある。

「良いか、ここには政治経済に関するものが多くある。かつて統一された地球時代のものさえ、な」

 よく読んで学べと言われた。
 五百年前と同じようにこれから銀河は統一される。その時に必要になるのは、かつてと同じ統一された国を運営していくための知識。
 誰も体験した事のない未来。統一国家の在り様を過去に遡って見つけなければならぬ。
 手がかりを見出せ、と言ってくる。

「ここからですか?」
「ここからだ。おそらく皇太子殿下もノイエ・サンスーシの図書から学ばれたはず。学ぶのだ」
「はい」

 天井まで届く書棚を見上げながら返事を返す。
 知識を身につける。身につけなければならない。統一された国の運営など、誰にも分からない。知らないのだ。生まれたときから、いや生まれる前から戦争は続いている。
 平和というものさえ知らない。
 統一国家。
 それが現実のものとなろうとしている。
 どうすればいい。どうやればいい。
 答えは誰も知らない。分からない。
 それでもやる。やっていく。そうでなければあの皇太子には勝てない。
 ようやくあの皇太子が見ているものの一端が見えたような気がした。

 ■ブラウンシュヴァイク邸 オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク■

 私室で一人ブランデーを傾ける。
 ラインハルトはまだ、書斎で本を読んでいるらしい。結構な事だ。後で夜食を届けるように言っておかぬとな。年若く脳も柔らかい。物覚えも良かろう。
 こうして物思いに耽っていると、様々な思いが揺らめく様に琥珀色の中に浮かんでくる。
 ラインハルトに貴族の在り様を教える。
 いや帝王学というものを、だ。
 なぜ、皇太子殿下がラインハルトを傍に置いているのか?
 アンネローゼの弟だからか?
 違う。違うはずだ。
 皇太子殿下はラインハルトの事をなんと言われた。
 ラインハルトには軍事の才能がある、天才と言っても良い。そう言われた。
 才能があるのだ。
 帝国を動かすほどの。帝国を一変してしまえるほどの才能がある。
 だが今のままではダメだ。
 今のままではただ壊すしかできない。
 新しい帝国を作り出すことができない。新しい帝国の在り様が想像できていない。
 これでは皇太子殿下の跡継ぎにはなれぬ。
 新しい帝国など私にも分からぬが、それでも未来の帝国。それを動かす陣営ぐらいは想像できる。
 おそらく皇帝にはエルウィン・ヨーゼフ殿下がなられるだろう。
 帝国宰相はマクシミリアン殿下。
 となれば国務尚書はラインハルトだ。
 キルヒアイスではラインハルトに遠慮するであろう。いや軍務尚書にラインハルトでも良いな。
 それなら国務尚書にキルヒアイスを持ってこれる。キルヒアイスは内務尚書でも良いが。そうなればやはり国務尚書にラインハルトか……。
 マクシミリアン殿下、ラインハルト、キルヒアイス。この三人は仲が良い。
 うまくやっていけるだろう。
 三人がエルウィン・ヨーゼフ殿下を支える事ができれば、言う事はない。
 なによりエリザベートにふさわしい男になって貰わねばな。
 ブランデーの表面に顔が映る。笑みを浮かべていた。

 ■ブラウンシュヴァイク邸 ラインハルト・フォン・ミューゼル■

「公爵様、ここにおられたのですか?」
「うん? おおラインハルトか。どうしたのだ?」

 俺が部屋に顔を出すと公爵は、ソファーに座り込んでブランデーを飲んでいた。父も酒を飲んでいたが、そんなにおいしいものなのだろうか?

「少しお聞きしたい事があります」
「言ってみるが良い」

 公爵の前に座った。
 宮廷闘争というものを公爵はどう考えていたのだろうか?
 門閥貴族の雄としか知らなかったが、昨今のブラウンシュヴァイク家やリッテンハイム家は、帝国改革の旗手として活き活きと活躍している。今となってはそれが妙に気に掛かる。

「それはな、今までは宮廷での位置が、そのまま帝国内での立場であったのだ」
「そうなのですか?」

 宮廷での位置か、そのような事考えた事も無かった。

「私は帝国軍上級大将だ。戦場に出た事はない。しかし上級大将だ。宮廷序列がそのまま軍の位にすら当てはまった。とすれば貴族ならば誰しもが、序列を上げる事を目指すであろう。ブラウンシュヴァイク家も同じであった」

 確かに宮廷序列が軍のみならず、全ての地位に直結するなら、まずは宮廷序列を上げる事を目指す。不思議ではないな。

「そして今までの帝国には確固たる中心がなかった。忠誠心の対象となるべきお方が不在であったのだ」
「それは……」
「なにを驚いておる。現皇帝陛下は灰色の皇帝と呼ばれていた。特に何をしたという訳はない。そういうお方だ」
「それは不敬と取られるかもしれませんが」
「ふむ。確かにそうであろう。しかし誰しもが内心ではそう思っておる。そんなお方に忠誠を誓えるか? 帝国自体に忠誠を誓えても、皇帝陛下には忠誠を誓えぬのだ。行き場のない思いが自家の繁栄を求めた」

 ブラウンシュヴァイク公はブランデーグラスを見つめている。
 不思議だ。俺がこんな話を公爵と話す事になるとは思ってもいなかった。

「言うなれば、行き場のない思いが自分の家に向かったのだな。自家の繁栄こそが自らの忠誠心の証。家に対する忠誠心の現れだと。だがそこに……」
「皇太子殿下が登場した」
「そうだ。ルードヴィヒ皇太子殿下が立たれた。帝国貴族の約半数は歓喜したぞ。自分たちが長年望んだ忠誠心の対象が現れたのだ。ラインハルトは知らぬであろうが、帝国改革がこれほどまでに進んでいるのは、皇太子殿下が主導しておるからだ。望み続けていた君主のお言葉だからだ」

 中心の不在。そして登場。自家の繁栄を望む思いがそのまま改革へと向かっている。

「人間というものは不思議なものでな。自己中心だけでは生きていけぬのだ。心の拠り所というか、自己投影できる対象を欲する部分もある。それは理想であったり、誰かであったりと様々だが、やはり一人では生きていけぬという事か」

 そうかもしれない。俺だってキルヒアイスやあんな風になっても姉がいなければ、おかしくなってしまうだろう。

「宮廷闘争も同じよ。敵がいる。相手も同じような思いを持っておる。敵同士であると共に戦友でもあるのだ。なによりも心強いであろう」
「貴族の中でも好き勝手に振舞っている者もいるようですが?」

 ふいにある女性の顔が浮かんだ。女傑と呼ばれる女性だ。黒い髪と黒い瞳、象牙色の肌の歴然たる美人とのもっぱらの噂だった。

「ヴェストパーレ男爵の娘か」
「え、ええ。そうです」

 そう言うと公爵は皮肉げに笑った。

「あれはな、見世物よ。珍獣の一種だ」
「見世物? 珍獣?」
「そうだ。あれが本当に噂の如き女傑であったなら、ヴェストパーレ男爵家は宮廷で確固たる地位を占めておるはずだ。地位もなく権威もない。そんな相手を持ち上げておるのは相手が無害だからだ。あれのサロンに足を運ぶ者の中で、本気であれに惚れている貴族などおるまい」
「そうなのですか?」
「そういうものだ。あれを見本にするより、ヨハン・フォン・クロプシュトックを手本とした方が良い。あやつは帝国における教育改革を主導しておる。そして大勢を巻き込む力がある」

 なぜだろう。ブラウンシュヴァイク公の言葉に傲慢さは感じられない。
 それどころか切実さすら篭っているようにも思える。

「しかしな」

 公爵が顔を上げ、俺を見つめてくる。
 酔っているとは思えないほど、真剣な眼差しだ。
 思わず姿勢を正したくなるほどだった。

「そなたはヨハン・フォン・クロプシュトックになってはいかん。教育問題のみを主導すれば良いというものではないぞ。帝国すべてを見通さねばならぬのだ。全てをだ。そなたの両肩に帝国が圧し掛かると思うのだ」
「そ、それは……」

 そう言うのが精一杯だった。
 帝国を背負う。その重みがいきなり両肩に圧し掛かってきたような気がした。あまりの重みに呻きたくなる。それでも毅然と顔を上げ、公爵と相対する。

「そうだ。それでいい。そなたにはそれができる。できると思うからこそ言うのだ」

 冗談事ではなく、帝国宰相になるつもりで精進せよと言いきられてしまった。
 いずれは皇帝にエルウィン・ヨーゼフ殿下。帝国宰相はマクシミリアン殿下。国務尚書に俺、そして内務にはキルヒアイス。この四人で帝国を動かす事になる。
 帝国を動かしていかねばならぬと公爵が言う。
 そうか、そうだったのか。俺をブラウンシュヴァイク家に連れてきたのは、自由惑星同盟に向かうための準備だけでなくて、この為でもあったのかっ!!
 これにはおそらく皇太子の意向もあるのだろう。
 それに以前、皇帝陛下に言われた事も思い出してしまった。
 ルードヴィヒの後を継げ、か……。
 いつの間にか、帝国の中心に据えられてしまったのだな。
 できるのか俺に? いやそうじゃない。やる。そうだ。やるしかない。
 愚痴など言っている暇はない。何のかんの言ってもあの皇太子は、問題から逃げずに立ち向かっているじゃないか、やつにできる事が俺にできないはずはないっ!!
 そう思わないとやってられない。いいだろう。やってやろうじゃないか。
 あー皇太子がやさぐれるのも分かるような気がしてきた。
 なんてこったい。 
 

 
後書き
友人Aの家を襲撃。
嫌がるAに襲い掛かり、そして無理矢理……。
「よいではないか、よいではないかー」
「いやぁ~」
「口では嫌がっても、体は正直」
「この体には悪魔が棲んでるのね……」
 それはもう少し色っぽいシチュエーションで使う決まり文句と言いつつ、
 豚まんを差し出す私。
 さー夏に向けて、今からダイエットだー。 

 

第55話 「ジークフリード・キルヒアイスの憂鬱」

 
前書き
皆様、本日はお日柄もよく、ご愁傷様です。 

 

 第55話 「人生七転八倒」

 ラインハルト・フォン・ミューゼルだ。
 ブラウンシュヴァイク家に来てからというもの、学ぶべき事が多々あり、頭の痛い日々を送っている。エリザベートもまとわりついてくるし。ただキルヒアイスもリッテンハイム家で、同じように学んでいるという。
 ああ、俺だけではないのだ。ということがなにやら救いに思えてくるから不思議だ。

 ■フェザーン自治領主室(ランデスヘル) ブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒ■

 ここ最近、オーベルシュタインの顔色がいっそう青ざめ悪くなってきた。
 理由は簡単で、自治領主室内でひそひそと噂話にもなっているほどだ。皇太子殿下の寵姫(笑)が、フェザーンに出向してきてからというもの、何をどう気に入ったのか、オーベルシュタインをやたら構うようになった。
 しかもアンネローゼタイプ。
 肉食系女子の高笑いが自治領主室に響き渡る。
 しかしながら見ている分にはおもしろい。関わりたくはないがね。
 ザ○を従え、書類片手に高笑い。
 いけいけぼくらのクラーラ・フォン・ツヴァイク。
 オーベルシュタインを落としちゃえ。

「何がそんなにおもしろいのだ」

 声が冷たいぞ。
 いやしかし麗しい女性が、向こうから近づいてきているのだ。結構な事ではないか。
 いーなーうらやましいなー。けっけっけ。
 あ、むくれた。めんどうなやつ。

「何を拗ねておられるのですか?」

 声色も涼やかに、金髪美女が自治領主室に入ってくる。
 おお、細身のスーツが身体の線を浮き出させ、見事なプロポーションを際ださせていた。
 やるな。
 見事だ。
 さすが皇太子殿下の寵姫(笑)
 背後に頭を抱えた皇太子殿下のお姿が見えるようだ。
 今頃きっと安堵のため息を漏らしている事だろう。

「いや照れているだけだ。きっと」
「まあ、そうでしたの」

 すっと足音も立てずにオーベルシュタインに近づいていく。
 いったいどこでこれほど見事な隠行を身につけたのだろうか? 士官学校でも学ばせねばならないかもしれんな。
 ストーカー気質の女は怖い。
 オーベルシュタインよ。世のため人のため、なにより自治領主室の平和のために、卿には人身御供になってもらおう。
 そしてクラーラとラブラブになるのだ。
 それだけで自治領主室は平和になるのだよ。
 愛。
 なんとすばらしい言葉だろう。
 部屋のあちこちから漏れる安堵のため息が聞こえるか。
 誰もが卿に期待しているのだ。
 覚悟はできたか?
 宜しい。
 我々は全力でクラーラを応援しているぞ。
 今日も銀河は平和だ。
 遠いオーディンで、皇太子殿下も喜んでおられるに違いない。
 さっそく皇太子殿下にご報告申し上げねば。
 祝電が届くだろう。

「結婚式は派手に行こうぜ」
「何を言ってるのだ卿は」
「まあ、シルヴァーベルヒ様。そんなに派手に成されなくとも……」
「いやいや、ここは派手に行こう。フェザーンを挙げて放送しよう。帝国にも流そうぜ」

 ぐっと親指を上げて見せる。
 恥ずかしそうにはにかむクラーラ。蒼白な表情を浮かべるオーベルシュタイン。
 しかし誰もオーベルシュタインに同情する者はいない。
 誰だって我が身がかわいいのだ。
 フェザーンは一致団結した。
 良い事だ。
 素晴らしい。

 ■軍務省 ウルリッヒ・ケスラー■

 宰相府からめったに出てこない宰相閣下が、珍しく軍務省にやってこられた。
 宰相閣下というお方は、そうそう軽々しく出向かれる事はない。命令系統の遵守ということを大事にされているからだ。
 各省庁のトップに対して命令される事はあっても、その下に直接命令する事はないのだ。
 言うなれば、それぞれ各部署のトップの面子を潰すような事はなさらぬ。
 それだけに直接来られたという事はよほど重要な用件なのだろう。
 軍務省の廊下を堂々と歩かれる姿に、誰もが目を疑う。そして通り過ぎたあとで気づくのだ。
 一見してゆっくり歩いているように見えるが、その実かなり早い。急ぎ足というわけでない。優雅な足取りとすら思えるが、速い。
 宰相閣下の足取りを見た士官学校の格闘技官が、目を見張っていた。

「すごいな。体勢がまったく崩れていない。中心線、いや軸がぶれていないとは」

 そんな呟きが聞こえてきた。
 ただ歩く。
 それだけで格闘の専門家を驚かす。
 いったいどういうお方だ。まだまだ底の見えぬお方だと思う。私には気づかなかった。専門家だからこそ気づくような些細な点。それを見抜く技官の力量もさすがというべきか。
 宰相閣下がさりげなく敬礼をして通り過ぎた。
 畏敬の篭った目で見送る技官。
 実に対照的な光景だった。

「何者だ。この先は……」

 軍務尚書の部屋の前で、警備をしていた兵士の一人が鋭い声で誰何する。
 荒々しいと思える態度だ。しかし宰相閣下だと気づいた瞬間、血の気が失せた。声が小さくなっていく。

「帝国宰相ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。開けてくれるかな」
「りょ、了解いたしました」

 警護の兵を前にして穏やかな声で名乗られた。
 気分を害した様子はない。落ち着いていらっしゃる。慌てる兵とは大違いだ。しかし笑う気にはなれん。私でも突然、宰相閣下が目の前に現れたら慌てるだろう。
 開けられた扉の向こうで、旧式の片眼鏡をかけた軍務尚書エーレンベルク元帥が、机の前で書類を眺めていた。来訪を告げる兵士の声に顔を上げ、じろり睨みつけるように視線を向けてくる。
 その視線の先にあるのは宰相閣下でも私でもなく、警護の兵士だ。
 さきほどの誰何と態度が微かにでも聞こえていたのだろう。
 視線に冷たいものがある。宰相閣下とは対照的だ。

「警護の兵が失礼致しました」

 ゆっくりとではあるが立ち上がりながら、エーレンベルク元帥が言ってくる。
 空気が変わった。
 私の前に立つ宰相閣下の纏う空気が凍りついたように冷たいものに変わる。

「何の話だ」

 答える声すら冷たい。

「宰相閣下を押しとどめるなど許される事ではありません」

 エーレンベルク元帥の語尾が弱い。頬から一筋汗が流れた。

「自らの職務に忠実なだけだ。警護の兵士であれば、相手が何者であろうと見慣れぬ者が近づいてくれば、誰何し押しとどめるは当然。何も失礼な事ではない。卿は良い部下を持っている。ああいう部下こそ大事にするべきだ」

 職務に忠実な兵か、なるほど通りで宰相閣下に気分を害された様子がないはずだ。そして名乗られたのも、おかしな話ではないか……。

「と、ところで今日はどのような用でしょうか?」

 エーレンベルク元帥が露骨に話題を変えてくる。
 それに宰相閣下も気づかれたのだろう。軽く笑みを浮かべソファーにゆったり座られた。その前にエーレンベルク元帥も座る。

「ブラウンシュヴァイク公が自由惑星同盟首都星ハイネセンに向かう」
「知っております」

 ブラウンシュヴァイク公爵がハイネセンに向かうのは、秘密でもなんでもない周知の事実だ。
 護衛は一個艦隊。指揮官はアウグスト・ザムエル・ワーレン。中々堅実な指揮ぶりだともっぱらの噂だ。だがこれだけでは宰相閣下が直接来る理由にはなりえない。
 エーレンベルク元帥も気づいている。頷いて先を促がす。

「さてここからが本題だ。ブラウンシュヴァイク公に同行するのはラインハルトと、ここにいるウルリッヒ・ケスラー大佐。そしてアドリアナ・ルビンスカヤだ」
「あのフェザーンの女狐……」

 エーレンベルク元帥の目が驚愕に見開かれた。
 代表としてブラウンシュヴァイク公爵は当然だが、ラインハルトや私に事務的なものを手配する事務官達、その辺りまでは不思議ではないが、まさかあの女を派遣するとは思っていなかったのだろう。
 元々はアドリアン・ルビンスキーの影だった女だ。信用できないと思うのも不思議ではなかった。

「何を不思議がる? 事はサイオキシン麻薬と地球教に関するものだ。あの女以上に詳しい者など帝国にも同盟にもいまい」
「た、確かにそうではありますが……」
「信用しろとは言わん。あの女が話す内容とこちらが話し合ってきた内容を比べ、分析せよ。詐欺に引っかからないようにするのは、どこで儲けを出すのかということを考える事だ。儲けのない商売など誰もしたがらん。どこかで利益を出す。それがこちらにも利があるのか、利用されているだけなのか、これを分析するんだ」

 宰相閣下の物言いは利に基づいている。
 まるでフェザーン商人のようだ。しかしそれだけに向こうでもやりにくい相手だろう。
 その後はスパイ網の構築と分析。
 宰相閣下が構築された選挙対策本部。
 改めて聞くと驚かされる。
 まさか同盟の選挙にこちらから人を送り込んで、立候補させているとは。

「抜け道なんぞいくらでもあるものだ。利用できるものは何でも利用する」

 薄い笑みを浮かべたまま宰相閣下が言った。
 そして立ち上がる。
 話はこれで終わりらしい。
 たったこれだけの話をする為だけに足を運ばれる。TV通信で終わるような話だが、それではいけないのだろう。
 直接、会って宰相閣下から命ぜられた。
 その形式こそ重要なのだ。

 ■オーディン リッテンハイム家 ジークフリード・キルヒアイス■

 リッテンハイム候爵家に無理矢理連れてこられてしまった。
 ラインハルト様がブラウンシュヴァイク家に連れて行かれたように、わたしもリッテンハイム家にいる。
 ひどい話だ。
 わたしみたいな平民に対するものとは、このように理不尽なものか……。
 じーざす。
 特にリッテンハイム婦人であるクリスティーヌ・フォン・リッテンハイム様に至っては、まるで姑の如きものだった。

「ジークフリードさん、窓の桟に埃が残っていますよ」
「あらなにかしら、このスープ。塩辛いったら、わたくしを高血圧にするつもりかしら?」
「これだから下賎な生まれは、あなたをリッテンハイムの婿とは認めませんよ」

 いったいどこの姑だ。ろくなもんじゃない。
 リッテンハイム候が諫めていたが、婦人は平気なものだ。

「あら、こういうものじゃないの? へんね~最近放送していたお昼のドラマでは、こうだったのだけど……」

 などと言いやがる。
 それにしてもお昼のドラマとは、あれかっ!!
 華の嵐。
 最近放送し始めている。連続ドラマ。通称、昼メロ。どろどろドラマ。
 あんなもんに影響されてやがるのかよ。
 ハッ、いけない。
 私はなんという悪い口調になっているのか……。
 それもこれもきっと宰相閣下の悪影響だろう。
 脳裏に戦え。ファイトだ!!
 という宰相閣下の姿が見えたような気がするが、たぶん幻影だ。
 それにしても宰相閣下ならどうなされただろうか?
 そう言ってみたら……。クリスティーヌ様が真っ青な顔色となり、全身を震わせて怯える。

「ジークフリードさん、あなたは鬼です。悪魔です。血も涙もないのですかっ!! あのルードヴィヒならばなどと言い出すなんて、ひどい」

 よよと泣き崩れてしまった。
 宰相閣下、あなたはいったい姉である夫人をどう扱っていたのでしょうか……?
 考えると怖くなったので、底まで知りたくありませんがっ!
 気にはなります。
 ですが一つ解ってしまいました。
 宰相閣下はまだまともだったんですね。
 俺様ぶりや口調の悪さで、勘違いしがちですが、行動そのものは理性的で、道徳的にも良識の範囲内ですし。
 ……良かった。
 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムが皇太子で。
 夫人がもし仮に男性で皇太子であれば、きっと帝国は崩壊していたはずです。
 夫人達は良くも悪くも、五百年続いた帝国の皇族らしいお方なのでしょう。
 けっ、ろくなもんじゃねえ。
 あーわたしもずいぶんやさぐれてしまったものだ。
 ブラウンシュヴァイク家に行っているラインハルト様も、きっと今頃は苦労なさっているに違いない。
 ルドルフ大帝が甦って、子孫である夫人達を怒鳴りつけてくれないものだろうか?

「ルードヴィヒが現れて、わたくしを足蹴にするというのですか? た~す~け~て~」

 ほんといったい、なにをしたんでしょうか?
 ガッツだぜ。
 全ての障害はただ進み、押し潰し、粉砕する。
 立ちふさがる者があれば、たとえ親兄弟であろうとぶちのめす。
 そこに遠慮などいるものか。
 俺の前に立ちふさがったのが、間違いなのだ。
 ああ、宰相閣下の幻聴が聞こえてくる。
 あのお方の言いそうなことだ。あれぐらい割り切れたら人生楽しいかもしれない。
 あれ? そういえばラインハルト様も似たような部分がある。
 ひょっとして二人とも根っこの部分は似ているのかもしれない。
 意外な発見だ。
 ラインハルト様に言ってみよう。
 たぶん顔を真っ赤にして、否定するかもしれないが。
 宰相閣下は今頃気づいたのか、なんて言いそうです。なんだか楽しくなってきました。

「その笑み、まるでルードヴィヒのようです。こないで~」

 ほんと宰相閣下のように足蹴にしてやろうか? 
 

 
後書き
友人の結婚式に、親戚のお葬式と立て続けに続いてしまい。
休みは全て潰れてしまった。
休んでない。休んでないよ。
両手を壁につけて、呟く日々。
ただでさえ増税前の駆け込み注文が来て、忙しかったというのに。
がっでむ。
 

 

第56話 「くたばれ、皇太子!! (ラップ心の叫び)」

 
前書き
書こう書こうと思いつつも、書いてない。エルフィン・ヨーゼフ君と皇太子様が一緒にいる場面。
かわいがってるとは思うけど、意外と入れるシーンが作れなくて、ちょっと残念。 

 

 第56話 「中に誰もいませんよ」

 アレックス・キャゼルヌだ。
 フェザーンを通じて、あの皇太子からサイオキシン麻薬に関する協議を行いたいとの申し出があった。プラス地球教に対しても同様に協議を行いたいらしい。
 それ自体はこちらとしても異存はない。
 サイオキシン麻薬は同盟にとっても、重大な懸念事項だからだ。
 そして協議の全権大使として、門閥貴族の雄。ブラウンシュヴァイク公爵が派遣されるという。これは皇太子が本気で協議するつもりがあるという、明確なメッセージだともっぱらの噂だ。
 ただあの皇太子が麻薬の協議だけを目的としているとは思えないのだが……。
 まあ考えすぎても仕方がないかもしれない。

 ■統合作戦本部 ジャン・ロベール・ラップ■

 ここ最近、ロボス派のアンドリュー・フォーク大佐とよく話し合っている。
 俺はまあ、シトレ校長派になるのだろうが、いつのまに派閥に入っていたのかと、疑問に思うこと多々だ。話してみるとフォーク大佐も決して悪い人物ではない。いささか独善的な部分があるが、それは人間誰しも同じだろう。多かれ少なかれ独善的な部分はあるものだ。
 フォーク大佐はヤンやアッテンボローとも話しているが、ヤンはどうやらフォーク大佐に対して、壁のようなものを感じているらしい。まあ、あいつは引っ込み思案な部分があるからな。あまり強く自分を主張するタイプじゃないし。
 それにしてもアッテンボローときたら、フォーク大佐に向かっていつものテンポで食って掛かっては、理路整然と言い返され、悔しそうにしている。なにをしてるんだか……。

「ラップ先輩、あいつ妙にむかつきませんか?」

 アッテンボローが憤懣やるせないといった表情を浮かべ、言い放った。
 向こうだって同じように思っているだろうよ。そう思いつつ肩をすくめてみせる。
 まったくアッテンボロー、お前さんが突っかかりさえしなければ、向こうは気にしないだろうに。

「それにキャゼルヌ先輩があの野郎を庇うし」
「はは~ん、お前さん、焼きもちを焼いてるんだろう」

 俺がそう言うとアッテンボローの奴は、そんな事ありませんと大仰に騒いでみせた。

「とはいえフォーク大佐は後方担当としては優秀だからな。キャゼルヌ先輩としても教え甲斐があるんだろう。俺やヤンやお前さんと違ってな」
「まあ、そりゃ分かりますがね」
「ところで、ヤンはどうしてるんだ?」
「ここのところ、あの皇太子殿下に夢中ですよ。皇太子に関する本を読み漁っています」

 あと立憲君主制に関する本も読んでいますと言ってくる。
 なるほどな~。ここのところ皇太子に関する本が数多く同盟で出版されている。かくいう俺も何冊か読んでみたが、おおよそ否定したくても否定しきれない相手という印象が強い。
 特に専制主義国家である銀河帝国を立憲君主制に移行しようとしている。その部分は民主共和制に至る前段階として、静観を保つべきではないかという主張がなされていた。
 何事も一足飛びには行えないのだから、その主張には一理あると思う。ただ皇太子を口汚く罵っているものは、一足飛びに民主共和制に移行しない事を罵るという現実離れしたものだ。

「ヤン先輩は皇太子が、本当に立憲君主制に移行する気があると考えているみたいです」
「なるほど」
「ただそれは、まだまだ先の話だろうとも言っていますがね」
「うん、そうなのか?」
「ええ、帝国改革がある程度形になるまでは、強権を手放すわけにはいかないだろうと」

 その辺りは簡単に言える話ではないな。
 現状は皇太子が強権を振るっているからこそ、うまくいっているのだし。

「しかしあの皇太子が強権を手放すタイミングを間違えると、なりたくないルドルフのようになってしまうかもしれないとも言ってますね」

 権力を手放すタイミングか……。
 あの皇太子の判断力と決断力がうまく機能してくれていれば良いんだが。
 今はまだ若いから、判断力や決断力も衰えていないが、年寄りになってからでは難しいかもしれないな。頭の痛い問題だ。

「立憲君主制に移行しようとしているのは、帝国を背負いきれる人物が、中々いないからじゃないでしょうか?」
「うん? どういう事だ?」

 ふいにアッテンボローがそんな事を言い出す。
 帝国を背負いきれる人物か……。

「あの皇太子なら帝国を背負いきれますよ。ですが皇太子以外に現実問題、帝国を背負える人物はいないでしょう?」
「確かにな……」
「だったらいなきゃいないで、なんとかできる体制をとる。あの皇太子ならそう考えているでしょう。そういうタイプだと思いますね」
「ああーそういや、アッテンボローも皇太子と会ったことがあったな」
「ありゃかなりシビアな男ですよ。戦争だってやらずにすめば、それに越した事はない。ただ同盟側がぐだぐだしてるんなら、さっさと統一してまとめてしまいたい。今のままじゃ同盟に引きずられて帝国まで、にっちもさっちも行かなくなる。それが見えるだけに案外、同盟の態度にイライラしてるかもしれませんね」
「民主主義に対する反発みたいなものは?」
「あーそりゃないです」

 アッテンボローが顔の前で大げさに手を振った。
 その態度に呆気に取られてしまう。だがアッテンボローは実際はもっと厄介かもしれませんよと、言いたげだ。

「そうなのか?」
「専制主義も民主主義も等しく一長一短ある。そう考えていますね。運用する人間次第。かなり割り切った考えをしているようです」
「本当に専制主義国家の皇太子で、宮廷育ちなのか? 俺達より民主主義に対する見識が凄すぎるぞ。専制主義の中で育ったとは思えん」
「洒落になってないでしょう? そんな相手なんですよ、あの皇太子は」

 通りでヤンの奴が、思いっきり警戒しているはずだ。
 民主主義国家に生まれて、専制主義の皇太子に成り上がったと言われた方が、まだ理解できる。フォーク大佐がホーランド少将に向かって、文句をぶちまけたと聞いたが、その理由がようやく理解できた。どうしろというんだ。
 まともにやりあって勝てる気がしないぞ。
 サンフォード議長が胃薬を常備しているはずだ。俺も胃が痛くなってきた。
 腹いたい。どうしよう。

「先輩、大丈夫ですか? 顔色悪いですよ」
「だ、大丈夫だ。ところでお前さん、良く平然としてられるな」
「俺だってようやく持ち直したんですっ!! それを言うならヤン先輩の方が凄いですよ。ハイネセンに帰ってくるなり、皇太子に関する本を読み始めたんですから」
「そうか……くたばれ、皇太子!!」
「いきなりどうしたんですかっ!!」

 アッテンボローは呆気に取られているが、こうでも言わなければ、やってられない気分だ。

 ■ノイエ・サンスーシ フリードリヒ四世■

 新しい人材を掘り起こすべく、面接をしているが、中々これはという人物がいない。
 そして今日も今日とて、ルードヴィヒからダンボールで書類が回ってくる。
 うぬぬ、奴め、余を過労死させるつもりかっ!!
 なんというひどい息子だろう。年老いた父親をこき使うとは……。
 大神オーディンが許しても、余は許せぬ。

「のう。そう思うであろう」

 執務室に居並ぶ女官達に言ってはみたものの、誰一人として返答しようともせぬ。
 がっでむじゃ。
 さらにリヒテンラーデなどは、あからさまに白い目をしておる。
 それが皇帝に対する態度かっ。
 不敬にも程があろう。
 酒も飲ませて貰えぬし……。

「今までが飲みすぎだったのですぞ。少しはお控え下され」
「余は酒が好きじゃ。それがどうした文句があるか」

 そう喚いていると、扉がいきなり開いて、余の不肖の息子が顔を見せた。
 しかも入ってくるなり、

「がたがた喚くな」

 そう言ってくる。書類の詰まったダンボールに足を掛け、ふんぞり返る姿はまるで、悪鬼の如き様子であった。
 余の息子は鬼じゃ、悪魔じゃ。血も涙もないわー。

「働きたくない。働きたくないのじゃー」
「働かざるもの、喰うべからず」
「働くぐらいなら、喰わぬ!!」

 どうじゃ言い返してやったわ。
 ルードヴィヒのあの呆れたような顔。余は何か大事なものを失ったような気がするが、そのような瑣末な事は関知せず。それが皇帝というものじゃ。

「ラインハルト、ジーク。聞いたか、今のセリフを」

 ルードヴィヒが大声を出すと、ラインハルトとジークがひょっこり顔を出してきた。
 二人とも呆気に取られておるようじゃ。

「これが銀河帝国皇帝の言葉だ。なんともはや情けない。いいか良く聞け、これから先、エルフィンなり、マクシミリアンなりがこのような不甲斐ない言葉をほざいた時は、遠慮はいらん。思いっきり蹴っ飛ばしてやれ。俺が許す」

 うぬぬ。ラインハルトが深く頷いておるわ。
 あいもかわらずかわいらしい格好をしてるというのに、ルードヴィヒの悪影響をまともに受けておるのか……不憫な子じゃ。
 それに引き替えジーク、ジークはどうじゃ。そなたは余の味方をしてくれるな。そうであろう?

「働いてください」

 ばっさり切り捨ててきたわ。ひどい、余はそなたらを息子のように思っていたのじゃぞ。
 それなのになんという無慈悲な言葉じゃ。

「味方はおりませぬな」

 リヒテンラーデがそう言うと、女官達も深く頷きよった。
 どいつもこいつも余に対する敬意というものはないのかー。

「ないっ!!」

 ルードヴィヒが断ずる。
 そなたには聞いておらぬ。うぬぬ、どうしてくれようか。

「薔薇園、燃やされたいか? うん?」
「そなたは……そこまで鬼になれるというのか……悪魔に魂を売り渡したというのかー」
「けっ、なにをぬかすか。せからしか、嫌ならはたらけー」
「いーやーじゃー」

 駄々を捏ねていたら、ルードヴィヒが露骨に軽蔑を露にした視線で射抜いてきた。
 そしてさりげなく指を鳴らし、あごをしゃくって言い放った。

「皇帝陛下はご乱心なされた。医務室へお連れして、拷問なり洗脳なりして、性根を叩きなおして差し上げろ」
「ひいぃ~、まさか余の熟れた身体を貪ろうと……」
「気持ち悪い事をぬかすな!」

 実の息子に足蹴にされる皇帝というのは、余ぐらいなものじゃろうな……。
 大帝ルドルフならば、どうなされたであろうか?

「たぶん大帝ならば、そもそもこのような言い争いなどなされなかったでしょうな」
「働くぐらいなら、喰わぬなんて言わなかっただろう」

 リヒテンラーデとルードヴィヒがしみじみと話していた。
 どうせどうせ、余はふんっ。

「ところで今日は何用で来たのだ」
「ラインハルトがハイネセンに向かうからな、ジークがラインハルトの代理を務めることになった。その顔つなぎだ」

 なるほどのう。ラインハルトは外に向かい、ジークは内に向かう。
 案外、適材適所というべきか。
 ラインハルトはブラウンシュヴァイクの下で外交を学び、ジークはリッテンハイムの下で内政を学ぶ。ふむ。ルードヴィヒめ、今からこの二人に英才教育を施すつもりじゃな。
 まったくよく先を考えるものじゃ。
 次の芽を、その次の芽を、わしも育てる事にするかのう。
 そうと決まれば、面接は年若い者を選ぶとするか、今から楽しみじゃ。

 ■宰相府 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

「余が思うにっ!!
 異常者が生息する社会に、未来は無いっっ!!
 例えば、華奢で柔でデリケート。その上、清楚で可憐で繊細な、ナイスバディな女性を寵姫に迎えておきながら、一向に手を出す気配も無く。他の女性に手を出そうとする最低な男がいる。
 このようなケダモノを駆逐する事こそ、人類の統治者たる余の使命であるっ!!」

 ルドルフ(アンネローゼ)・フォン・ゴールデンバウム(ミューゼル)。

「……アンネローゼ。いきなり何を自己主張してんのよ」
「ちょっとやばくない?」
「やばいやばい」

 まったくマルガレータさんとエリザベートさんは、あいかわらず失礼な人たちだと思います。
 わたしがそんな事を言うわけ無いじゃないですか……。

「言ってたじゃん」
「幻聴です」

 わたしの心の声を聞かないで下さい。

「それにケダモノって、皇太子殿下の事?」
「こわいねー」
「こわいこわい」

 だーかーらー人の魂の叫びを聞くなというのにっ!!
 まったくなんて人たちでしょう。失礼極まりない。わたしならこう言います。

「中に誰もいませんよ」 
 

 
後書き
四月はお花見で酒が飲めるぞー。
とか言いながら、お酒に弱いわたし達はやっぱり花より団子かもしれない。
それはさておき、最近職場に新しく入ってきた男性がいるんですけど、この人がまー仕事ができない。というより何も考えていない風に見える。
どうして毎日、同じ失敗をするんだろう……。
まったく同じところで、同じ間違いをする。
どうして? なぜ? 入ってから一月も経つというのに、そんなのおかしいよ。 

 

第57話 「ハイネセン到着」

 
前書き
ネタが無い。
ネタが無い。
そういう事にしておこう。 

 

 第57話 「事前協議」

 ラインハルト・フォン・ミューゼルだ。
 あの皇太子の命令で、ブラウンシュヴァイク公爵とともに、帝国辺境からフェザーンを経由して、自由惑星同盟首都星ハイネセンへと向かっている。
 本当ならイゼルローンを通った方が近いのだが、各地の様子を見て来いとの命だ。
 皇太子は帝国と同盟、そしてフェザーン。この三者を見比べる事で、今後の帝国に必要なもの。これから先、どうあるべきなのか考えろ、と言外に言っているのだろう。
 帝国辺境は皇太子の言っていた通りの場所だった。
 帝国首都星オーディンとの落差に、息が止まりそうになるほどの衝撃を受けた。
 辺境ではあって当たり前と思っているものすら、無いのが現状。確かにその通りだ。各星系開発がさほど進んでいない。確かに今はかなり活気がある。
 しかしだからといって、突然オーディンと同じになる訳ではないのだ。開発は急ピッチで進んではいるが、まだまだ足りない。俺の目から見てもなお、そう思えるほどだ。
 このままではいけない。それがこの地に降り立った事で、どこか他人事、遠い場所の出来事だったのが現実味を帯び、心に突き刺さってくる。
 来て良かった。
 来なければ気づかないままだっただろう。
 ブラウンシュヴァイク公爵も同じように感じているらしい。

「このままではいかぬ」

 短くそう言っていた。
 そして各星でこれほどまでに、と思うほど歓迎された。
 我々の口から辺境の現状を伝えて欲しい。そう思っているのがはっきり分かる。それがいささか辛い。彼らの思いが痛いほど伝わってくるからだ。
 帰ったら皇太子にそう言おう。

『同盟がいかに辺境を破壊しようと、帝国は辺境を見捨てぬ』

 これは皇太子の言葉だが、多分に政治的なものを含む。
 しかしこの言葉が、どれほど辺境の人々の心の支えになっていることか……。
 この言葉通りに、皇太子は行動をしている。だからこそ信頼されている。そしてそれに対する期待と感謝は、言葉では言いきれぬものがあるらしい。
 はっきり言ってめちゃくちゃ皇太子に対する期待は大きいぞ。
 人望があるというのだろうか……。
 いつか俺もそんな風になれるのだろうか?

 ■オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵■

 フェザーンは商業が盛んだ。
 拝金主義と言われるフェザーンだが、内情は苦しいものがあるらしい。これは物質的なものではなくて、精神的なものだろう。
 寄る辺がないのだ。
 私にはそれが分かる。
 金しかない。それだけが自分を自分として安心できる。帝国同盟どちらからも白い目で見られがちなフェザーンならではの事らしい。自分の居場所は金しかない。
 自由の気質のといってみても、そこには苦いものが混じる。それがフェザーンの本質なのだろう。多分にかつての帝国貴族と重なって見える。
 口では帝国の支配に対する不満を漏らすが、皇太子殿下の統治を受け入れている。
 それは皇太子殿下という中心に寄り添いたいという、人間的な弱さ、もろさの現われだろう。帝国の平民達がごく自然と持ちえる安心感が、彼らにはない。ないからこそ憧れが強いのだ。
 やはり強固な中心があるのと無いのでは、精神的な充足感が違う。
 寄らば大樹の陰とはよく言ったものよ。
 銀河には中心になるべきお方が必要なのだ。本来であれば銀河帝国そのものが中心に立つべきであった。それを我ら門閥貴族の思い上がりが、阻害していたのだ。
 銀河を統一するための象徴としての、皇帝か……。
 皇太子殿下が立憲君主制を採用しようとしている理由が分かり始めていた。
 権力などそこそこで良いのだ。
 求心力。それこそが必要である。そしてそれは政治的な制度ではなくて、人物。制度ではなく、人は人についていく。
 法治主義ではなく、専制主義でも、民主主義でもなくて、中心にあってぶれる事の無い大黒柱。皇帝というものは、それになりえる存在なのだ。
 否。
 そうでなければならぬ。
 皇太子殿下という見本が人々にそれを知らしめた。

「そなたもそう思うであろう」

 艦橋の片隅で、フェザーンを見下ろすように立ち竦んでいたアドリアナ・ルビンスカヤに問うて見た。しばらく身動ぎもしなかったが、氷が溶け出すように振り返る。
 その目は冷たく、冷笑を湛えていた。

「残念ながらそうは思わない。確かに皇太子殿下にはカリスマ性がある。ルドルフ大帝やアーレ・ハイネセンのように。しかしそのような者は極々少数だ。誰もが持っている訳ではない。そのような者を中心に据えるほど、あの皇太子は甘くない。だからこそ自分の後を今から考えている」

 自分の後か……。
 確かにその通りだろう。私は艦橋の端に立っているラインハルトに目を向けた。そしてジークにも思いを馳せる。あの二人を鍛えているのは自分の後を継ぐ者を育てるためだ。
 そしてラインハルトも自分の後を育てねばならぬ。やはり教育よの。

 ■自由惑星同盟 ハイネセン ウルリッヒ・ケスラー■

 長い航路を終え、ハイネセンに降り立った。
 やはり空気が違う。
 オーディンともフェザーンとも違う空気。政府の歓迎より記者のフラッシュより、なによりもこの空気そのものが、この星が自由惑星同盟の中央なのだと感じさせた。
 物々しい警護を引きつれ、ブラウンシュヴァイク公爵とラインハルトは明日の協議のために一旦、ホテルに向かった。私と事務官達は本会議を前にして、事前協議をさっそく行うために、会場に向かう事になっている。
 最高評議会ビルの前には、大勢の人間が集まっていた。
 デモの一種かと見まごう程の人だかりだ。どの人間も手にプラカードを持ち、叫んでいる。

「あれは?」

 先導して案内してくれていた兵士に声を掛ける。

「地球教の者達です」

 と短い返事が返ってきた。

「地球教か……」

 帝国ではありえない光景だ。信教の自由を保障している同盟らしいが、帝国では地球教は宗教団体というより、数年前の事件以来、麻薬密売とテロ集団の集まりと見られている。
 同盟ではそこまで認識されていないのだろうか?
 いや、政府上層部は認識していても、それが一般市民にまで浸透していないのかもしれない。
 前途多難だ。
 やはりサイオキシン麻薬を前面に出すべきだろう。
 最高評議会ビルに入ると、中には政治家達が群集を成している。どいつもこいつも愛想の良い笑みを浮かべているが、話す内容には辟易させられた。
 事務官と思い、侮っているのかもしれないが、やけに上から目線だ。
 こいつら本当に自由惑星同盟の政治家なのか?
 疑念すら湧いてくる。だがその中に一人だけ、愛想が良いだけでなく、人を惹きつける魅力のようなものを感じさせる男性がいた。俳優のように爽やかな印象を感じさせるよう計算され尽くした振る舞いだ。
 脳裏に危険信号を発せられた。

「ヨブ・トリューニヒトです。初めましてお会いできて光栄です」
「こちらこそ、ウルリッヒ・ケスラー大佐であります。お会いできて光栄に存じます。トリューニヒト評議会議員殿。確か国防委員会委員長を勤められておりましたな」
「ええ、かの宰相閣下の懐刀と呼ばれるケスラー大佐にお会いできるとは」

 ホールの中がざわついた。
 この男。かなりこちらの現状を調べているようだ。それにしても宰相閣下が一番警戒している人物にいきなり直接会うとは、思ってもいなかった。
 がっしり握手したものの、なにやら恐ろしげなものを感じてしまう。
 周囲でフラッシュが立て続けにいくつも焚かれる。眩い光の中、目の前の男だけが、居心地良さそうに薄い笑みを浮かべていた。
 事前協議には彼、ヨブ・トリューニヒトも参加するらしい。
 取り巻き連中を引き連れている。いや、政治的な同志と言っているが、どこまで本気でいることやら……。

「戦後、帝国と同盟はどのような関係になるべきと、帝国宰相閣下はお考えなのでしょうか?」

 会議室に入り、席に着いた途端、切り込んできた。
 ざわめきが一瞬消え、静寂が会議室の中に張りつめる。だがこれに関しては宰相閣下から、指示を受けていた。何時言い出すかまでは知らないが、必ず聞いてくるだろうとの事だった。

「複数の異なる政治体制をとる国家の存在は、自分を映す鏡のようなもの。互いに尊重しあえるような関係を保ちたい。と、お考えであります」

 実のところこれは、宰相閣下の本心だった。
 頑なに統一国家とせねば、とは考えていない。経済的な問題もあるし、ただあまりに好き勝手する気なら、一から作り直す必要があるだろうとも言ってはいたが。
 民主主義国家の存在は認めても、それが必ずしも自由惑星同盟でなければならない。とはならないのだ。銀河帝国が唯一の専制国家でなくてもいいように。
 新銀河帝国でも、超銀河帝国でもいいのだ。あのお方の割り切り方には、恐れ入る。しかし銀河が統一された暁には、ありあまる軍を持って、外宇宙に向かわれる事だろう。
 銀河全てを支配する為ではなく、人類の希望。新しい世界、外の世界を知るために。遠くへ、より遠くへ、向かう。これからは銀河系の端から端に手を届かせるために。

「そちらから送られた、サイオキシン麻薬に関する調査書を、読ませていただきましたが、本気で地球教が裏で糸を引いていると考えておられるのですか?」
「こちらの考えではなく、厳然たる事実です」
「ましてやそれが、地球の復権を目論むための一環とは……」
「事態を楽観視されているのではありませんか? そんなはずは無い。そこまでしないだろう。人は事実を目にしたとき、まずそれを否定しようと考えるものです。そして手をこまねいているうちに、時間だけが過ぎ去っていく。取り返しがつかなくなるまで」
「それは否定できないですな。時間、それは常に有限ですからな」

 その後、麻薬に関する調査はしても、信教の自由がある以上、帝国の様な強制捜査はできかねる。と言ってきた。
 これも宰相閣下が前もって言っていた事だった。
 帝国では地球教を弾圧できても、同盟ではかれらもまた、選挙権を持つ有権者なのだから、思い切った真似はできないだろうと。数が多くなればなるほど、投票数を意識せざるを得なくなる。彼らの機嫌を損ねれば、落選するかもしれない。そうなれば顔色を窺う羽目になる。
 ああいうやつらは選挙に積極的だからな。圧力団体の出来上がりだ。大多数の有権者ほど、事態を真剣に考えようともせず、高を括って中々行動しないものだ。そして気づいたときには好き勝手されてしまっている。
 宰相閣下はそこまで読んだ上で、協力するのかしないのかを問うて来いと言われた。
 だがそれを突きつけるのは私ではない。ブラウンシュヴァイク公爵の役目だ。
 私の役目はあくまで事前協議の調整である。

 ■ハイネセン ホテル「ユーフォニア」オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク■

 ケスラー大佐が帰ってきた。
 幾分疲れたような表情を浮かべているものの、事前協議そのものはうまくいったのであろう。

「大佐、どうであった」
「やはり、公爵様が止めを刺すことになりましょう」
「そうか……。まったく皇太子殿下はいったいどこまで、民主共和制に対する見識がお有りなのだ」

 不思議に思える。
 私とて屋敷のと書斎でかつての統一国家の書物を読み、民主共和制に対する思想を調べたものであったが、とても皇太子殿下には届きそうも無い。
 いやそうではない。知識としてはひょっとして、私の方が勝っているやもしれん。
 しかし実感が伴っていない。知識のみと経験に裏付けられた知恵との、隔たりを感じる事があるのだ。

「皇太子なら、何を言ってもやらかしても不思議じゃないけど」

 ラインハルトの物言いに、私とケスラー大佐は顔を見合してしまった。

「ふふふ」
「ははは」

 そうして二人して大声で笑ってしまった。
 確かにそうよな。何を言ってもやらかしても不思議ではない。
 大笑いしている我らを、ラインハルトが小首を傾げて見ていた。そのまじめそうな表情にさらに笑みが零れてしまう。
 では明日の会議のために今日はもう、休むとするか。
 ラインハルトも良く休むがよいぞ。
 大笑いしつつそう言って、寝室に向かった。
 ケスラー大佐も同様だ。
 ただ一人、ラインハルトのみが不思議そうな表情を浮かべて首を傾げ、困惑しているようであった。まだまだ子どもよのう。
 これは将来が楽しみだ。 
 

 
後書き
最近もう日焼けした人たちを見かけます。
わたしは黒くならないんですよね。
焼けても赤くなるだけで、黒くなった事が無い。小学校の頃からそうだった。
雪国の生まれですかと聞かれるほど、色が白い。
良いんだか悪いんだか……。
一度ぐらい真っ黒になってみたいなー。
後が怖いけど。 

 

第58話 「舞台に上る者、退場する者」

 
前書き
いっぱい亡くなってしまったー。 

 

 第58話 「同時多発テロ事件」

 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。
 最近、エルウィンと遊んでいない。
 いかん、このままでは母子家庭になってしまいかねん。というわけで久しぶりに遊んでやろう。
 と、まあこう思ったわけだが……。
 考えてみれば、俺も親父と遊んだ覚えは無いぞ。

「そなたは幼い頃からかわいげがなかった」

 人のモノローグにでしゃばって来るな。

 ■最高評議会ビル玄関前 オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク■

 帝国同盟が初めて、お互いの問題に関して協議を行う。
 フェザーンを間に挟んだ高等弁務官同士の腹の探り合いとは違い、公式なものだ。歴史的な出来事といっても過言ではない。
 ホテルから同盟側の警護に守られた我々が到着したときには、同盟の記者たちが玄関先に集まっていた。いくつもフラッシュが焚かれる。
 自由惑星同盟が始まって以来、初めて公式に帝国を代表して貴族がこのビルに入るのかと思うと、身が引き締まる思いだ。ラインハルトも緊張しているようだな。致し方あるまい。
 集まった群衆の中に地球教徒がいる。手はプラカードを掲げ、口々に怒声を浴びせてくる。
 なんとも愚かな事だ。サイオキシン麻薬にさえ手を出さなければ、良かったものを。
 玄関の階段に足を掛けようとしたとき、集団の背後にいた男が、何かを投げ込んできた。

「危ないっ!!」

 ラインハルトを庇い倒れこむ。
 爆発音が耳に劈くように響く。その瞬間、ブラスターの熱線が我が身を貫いた。
 朦朧とする意識の中、飛び散った肉片がまるで雨のように降り注いでくる。
 テロか……。

「公爵様!!」

 身体を揺すぶられた。

「ラインハルト」
「しっかりしてください。すぐに医者が来ます」

 仰向けになった私の視界の隅で、同盟側の兵士達が地球教徒を取り押さえている。

「撃つ前に押さえられずして、何のための警護かっ!!」
「――議長が!」

 困惑とあせりの入り混じった叫び。喧騒。
 議長? サンフォード議長もまた凶弾に倒れたというのか?
 騒ぎ立てる声が煩くて、よく聞き取れぬ。
 そういえば玄関ホールで、帝国同盟の両者が握手するというセレモニーがあったな。
 頭が働かぬ。ここで死ぬわけにはいかぬのに……。
 わたしにはやるべき事があるのだ。
 アマーリエやエリザベート、フレーゲル。近しいものの顔が浮かんでは流れる。私に係わりのある者たち数多の者達が浮かんでは消える。
 そして皇太子殿下。
 見える。皇太子殿下のお作りになる帝国の姿が……。
 みな笑っている。
 その中でラインハルト。なぜ、そなただけが泣いているのだ?

「担架。担架をすぐに!」
「いかぬぞ。泣いてはいかん。宰相閣下に報告するんだ。……あと……帝国……を…頼んだぞ」

 ラインハルトに向かい、そう言う。
 視界がぶれ、赤く染まる。同時に意識が途絶えた。

 ■最高評議会ビル玄関前 アレックス・キャゼルヌ■

 サンフォード議長とブラウンシュヴァイク公爵が地球教徒のテロに倒れた。警護の兵ごとだ。
 いったいどこからあのような武装を手に入れたのか……。
 捜査が入るだろうが、今はまだ分かっていない。
 ブラウンシュヴァイク公爵と共にいた金髪の少年は、報告のために旗艦に向かった。担架に載せられていった公爵をしばらく見守っていたが、顔を上げ、意を決したように堂々と歩き出す姿に、言い知れぬ何かを感じたのも確かだった。
 確か、ラインハルト・フォン・ミューゼルといったか。報告書によれば、あの皇太子の秘蔵っ子だそうだ。帝国には皇太子だけでなく、あんな少年もいるのだと思い知らされる。

「先輩」

 ヤンとアッテンボローが部屋にやってきた。
 その後をラップと連れ立ってフォーク大佐の顔も見える。どの顔も沈痛な表情を浮かべていた。

「ロボス司令長官とシトレ校長は二人で話をするらしく、しばらく席を外すように言われました」
「それで俺のところに来たのか」
「はい」

 ラップがそう言い。みなが頷いた。
 俺はアッテンボローに目配せする。まあコーヒーでも飲んで落ち着くといい。
 サンフォード議長が亡くなった。
 気の弱いところもあったが、和平のために動いていた人物だった。
 軍も協力を惜しまず、ようやく同盟は政治も軍も一つになって動けるようになってきたというのに、最悪だ。議長と皇太子。正反対の人物だが、それでも対話の糸口がつかめかけていた。

「次の議長は……」

 誰だろうか?
 まともな奴なら良いんだが……。

「ヨブ・トリューニヒトでしょう」

 ラップが苦い物を噛んだような渋い物言いで言った。
 考えないようにしていたが、やはりそうか。最高評議会議員の中でも、すでに根回しが済んでいるのだろう。テロを画策したとまでは思わないが、状況を利用するはずだ。

「それにしても今回のテロは……まさか帝国が」
「いえ、それは無いでしょう。あの皇太子はなんのかんの言っても、対話の窓口を閉ざしていない。むしろ銀河系に単一の国家しかない状況に、懸念を持っているはずです。何らかの形で別の政体を持つ国家の存続を図っている」

 フォーク大佐がそう言う。
 驚くべき事にヤンもフォーク大佐の意見に頷いた。

「多様性の維持です。それに民主主義国家のみになる事も問題視している」

 ヤンもそんな事を言い出す。そういや最近、皇太子に関する本をやたら読んでいたみたいだが、皇太子の思想のようなものを探っていたのか?

「色彩で言えば、カラフルである事を望んでいるんです。民主主義一色も専制主義一色も好ましくない。あの皇太子らしいといえば、らしい考えです」
「なるほどな~」

 なんとなく言いたい事は分かる。
 色んな思想があって良い。それは政治体制にも言えることだと、そう考えているのか。思想に関しては同意する者は多いだろうが、政治となればどうしても単一で無いとダメだ、という意見が主流となりがちだ。
 どちらかというと押しの強いフォーク大佐と意固地な部分のある口の重いヤン。正反対ではあるが、そこに陽気なアッテンボローと真面目なラップが加わる事でうまくいっている。
 考えてみれば、おもしろい組み合わせだ。

「ちょ、ちょっと待ってください。今回のテロが地球教の画策した事なら、あの皇太子も狙われている?」

 アッテンボローが慌てたように言い出した。

「まずいぞ」
「そりゃまずい」

 ラップも同じように考え込んだ。
 地球教にとって厄介なのは、同盟ではなく帝国だ。
 その中でも一番厄介で目障りなのは、あの皇太子。ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。
 あいつさえいなければ、そう考えてもおかしくない。

「しかしあの皇太子がテロに倒れるなんて事になったら」
「帝国の後継者問題が浮上してくる。今は皇太子の下で一つに纏まっているが、次の後継者が皇太子ほど英明でも開明的でもない限り、武力による統一を目指すだろう」
「国力を増した帝国が戦争を仕掛けてくる」

 勝てるのかという思いが体を震わせた。

 ■ノイエ・サンスーシ ジークフリード・キルヒアイス■

 目の前で宰相閣下とエルウィン・ヨーゼフ殿下が戯れていた。マクシミリアン殿下も一緒になり、宰相閣下に馬乗りになって、ぽかぽか叩いているところなんか、微笑ましいと同時にざまーという思いが湧き起こってくる。
 いけない。
 わたしもずいぶん性格が悪くなってしまったようだ。
 その様子をこれまた皇帝陛下がにまにましつつ見ていらっしゃる。
 ざまーみろと思っておられるのが、丸分かりだ。ベーネミュンデ侯爵夫人がそんな陛下のご様子を、呆れたような眼差しで見つめていた。
 アレクシアさんは日傘の下で微笑んでいる。視線の先には宰相閣下とエルウィン・ヨーゼフ殿下。暖かい日差しの下、柔らかな芝生の上で楽しそうに戯れる。
 ふと、まだまだ小さかった頃、父や母と一緒に遊んだ事を思い出してしまった。
 思えば遠くまで来てしまったような気がする。小さいときはノイエ・サンスーシに立ち入るなんて、思いもしなかった。

「ふむ。少し休憩するかのう」

 陛下の言葉に、背後で控えていた女官達が近づいてきた。
 ベーネミュンデ侯爵夫人はマクシミリアン殿下を抱き上げ、宰相閣下がエルウィン殿下を小脇に抱え込んだ。なんという持ち方を……。
 きゃっきゃと笑うエルウィン殿下。満面の笑みを浮かべている。マクシミリアン殿下も同じようにして欲しがったが、ベーネミュンデ侯爵夫人はメッというように、人差し指を立ててみせた。
 アレクシアさんは一足先に、陛下の下に向かっていきました。どうやら皆のために飲み物を用意なさるつもりなのだろう。よく気のつくお方です。

「なにをっ!!」

 突然、アレクシアさんの悲鳴のような鋭い声が響きました。
 わたしの所からはアレクシアさんの影になって良く見えません。どうやら女官の一人がスカートの中から何かを取り出そうとしているようでした。

「やめなさいっ!!」

 アレクシアさんの声。陛下が不審に思い、近づいていった瞬間。
 爆裂音が響き渡りました……。
 爆音と共に降り注ぐ赤いもの。わたしの頬に飛び散った飛沫を指で拭う。指先についているのは、小さな肉片だった。
 慌てて周囲を見回しても、アレクシアさんの姿が見えない。陛下は倒れ伏している。

「アレクシア! 親父!」

 宰相閣下が走ってきました。わたしにエルウィン殿下を押し付けると、血の跡を見つめながらも陛下を抱き起こします。
 いったい何が起きた? 人を原型が留めないほど消し飛ばす爆薬。そんなものをどこで? いえ、そうではない。そんなものを抱えて自爆できるものなのでしょうか?
 ああ、わたしはいったい何を考えている。
 そんな事を考えている場合じゃない。ダメだ。頭が働かない。なんだろうこの感覚は。霞が掛かっているように、現実感がない。
 まさか、本当に、アレクシアさんが死んだ……?
 宰相閣下が医師を呼んでいる。何かを叫んでいる。何を言っているのだろう。よく聞き取れない。

「しっかりしなさいっ!」

 頬を張られた。
 目の前にベーネミュンデ侯爵夫人が立っていた。
 目の焦点があう。耳は閉ざせないのに、何も聞こえなかった耳に音が飛び込んできた。

「被害を報告せよ。何人死んだっ。ノイエ・サンスーシ内の全女官の身元を確認させろ」

 爆裂音に急いでやってきた近衛兵たちに向かい、矢継ぎ早に指示を飛ばす宰相閣下。顔が青ざめつつも、口調はしっかりしている。冷静だ。
 エルウィン殿下が泣いている。ぎゅっと抱きしめると、小さな手がわたしの服を掴む。

 ■宰相府 リヒテンラーデ候クラウス■

 ノイエ・サンスーシ内で地球教徒によるテロが起きた。
 陛下とアレクシア、そして数名の女官が亡くなった。しかし不幸中の幸いとでも言うべきか、皇太子殿下とエルウィン・ヨーゼフ殿下、マクシミリアン殿下はご無事であった。
 無言のまま宰相府の廊下を歩く皇太子殿下のお姿は、込み上げる怒りを抑えようとし、かえって青く燃え上がる高温の炎と化したかのようだ。
 だが視線は冷たい。冷たく凍りつき、冷たすぎて触れれば熱く感じてしまうほど、冷たい目。
 宰相府に戻られた皇太子殿下は軍務省に通信をつなぎ、帝国軍三長官を呼び出された。画面に現れた三長官、元帥達は皇太子殿下を前にして、緊張の極みだ。
 まるで新兵のように、がちがちに強張っている。

「勅命である」

 ぽつり皇太子殿下が言われた。
 ――勅命。
 部屋の中にいる者、画面の向こうにいるもの達。それら全てが息を飲む。
 皇帝陛下亡き後、皇太子殿下には勅命を下す権力がある。
 次に皇太子殿下が何を言いだすのかと、固唾を飲んで見つめた。

「帝国軍宇宙艦隊のみならず、地上部隊、憲兵、警察、内務省、それら全てを使い、地球教徒を検挙せよ。全ての支部、集会所を強制捜査せよ。宇宙艦隊は地球へ向かい。総本部とやらを壊滅して来いっ!!」

 なんなら地球そのものを破壊しても良い。
 そう言われた皇太子殿下のお姿に、ルドルフ大帝が重なって見えた。
 一時的な怒りだろう。だが、まだ、皇太子殿下の理性は働いている。これほど怖い事を言いつつも、このお方は唯の一度も、殺せとは命じていない。大逆罪を適応してはいない。

「以上だ」
「ぎょ、御意」

 元帥達の声が震えている。
 皇太子殿下の勅命を噛み締めている。内容を把握しようとしていた。
 そして気づいた。
 勅命は、捕まえろ。調べろ。本部を壊滅して来い。
 まだ大丈夫だ。
 このお方はルドルフ大帝にはならぬ。
 通信を終えた皇太子殿下が私の方に振り返り、葬儀の準備だ、と苦い口調で言った。
 フリードリヒ四世陛下とアレクシアの葬儀。
 帝国を挙げての国葬となろう。そして皇太子殿下は第三七代銀河帝国皇帝となられる。

「――殿下」

 アンネローゼがおずおずと声を掛けてくる。
 手元の画面にはラインハルトが映っていた。ラインハルトの顔色が悪い。
 ……まさか!!
 帝国で地球教徒によるテロがあったのだ。同盟でも同様であって不思議ではない。

「どうした?」
「ブラウンシュヴァイク公爵とサンフォード議長がテロによって死亡しました」
「そうか、こちらも馬鹿親父とアレクシアが死んだ」

 画面の向こうでラインハルトが息を飲む。

「それは……」
「急いで戻って来い。協議は一時中止だ。同盟側にはフェザーンを通じて説明させる」
「はい」

 短く返事を返すラインハルト。
 顔を上げ、真っ直ぐ見返すその目は、これまで皇太子殿下に振り回され、ぶちぶち文句を言っていた少年のものではなかった。
 皇太子殿下に比肩するほどの覇気を感じる。
 こやつの中にあった何かが、はっきりと目覚めた。
 通信を終えられた皇太子殿下が笑う。

「獅子が目覚めたようだな」

 その言葉にラインハルトも、この銀河という舞台に上がってきたのだと気づいた。 
 

 
後書き
さて次で、このお話も終わりになります。
もともと皇太子殿下が皇帝陛下になって終わりにするつもりでした。
だからタイトルが"皇太子殿下"はご機嫌ななめだったんです。
う~む。なんという"俺達の戦いはこれからだ"ENDでしょう。