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第38回

美味しんぼの真実

2014年5月25日

 愛読していた漫画をめぐる記事が、当サイトでも話題を呼びました。小学館の「週刊ビッグコミックスピリッツ」に連載の「美味(おい)しんぼ」で、東京電力福島第1原発を訪れた主人公らが原因不明の鼻血を出す場面があったことに端を発した侃々諤々(かんかんがくがく)の論議です。

 中でも「『美味しんぼ」登場の医師 『すべて事実。抗議は被災者に失礼』」には、多くの方からアクセスがありました。
 この記事で取り上げたのは、「美味しんぼ」に「岐阜環境医学研究所長」として実名で登場し、原発事故や震災がれきと鼻血の関連性を指摘している元岐阜大助教授の松井英介医師。松井医師は本紙の取材に、「すべて事実。実際に異変を感じている人たちがいる」と主張。福島県や大阪市などの抗議には「〝事実無根〟というのは、その人たちに失礼だ」と反論しました。サイトにアップするや、賛否両論がツイッター上で渦を巻きました。

 「松井医師、彼のコメントを報じた中日新聞、両方とも素晴らしい。嘘と隠蔽ばかりの政府・与党と大違い」「この先生、凄いわ!命懸けてるわ!みんなで守らんと、明日消されてもオカシクないわ」「ずっと巨人ファンで中日が一番好きじゃなかったけど、そう言うわけにもいかなくなってきた」…。
 こんな声の一方で、「中日新聞って泥舟に乗ってあほかと。あんたたち業界トップの読売医療・科学に比べて、レベルが低すぎ」「根拠のない鼻血を大々的に取り上げて医学知識なさ過ぎ。美味しんぼと一緒に沈め。福島のため」「こんな根も葉もない記事を載せる新聞の地元に住んでいるのが恥ずかしい」などなど気が滅入るようなつぶやきも。

 甘口、辛口を問わず、いろんな声をいただくのはありがたい限り。でも気になるのが、原発への賛否と結びつけたものが多いこと。本来の福島の人たちの健康に不安はないのかという視点が忘れ去られていると感じました。

 この記事は、現地で医療活動に携わり、漫画に登場した人に、その体験を語ってもらったというだけのこと。それ以上でもそれ以下でもありません。「よく記事にした」と褒めていただくほどのことではなく、「原発反対をあおるのはけしからん」とおしかりを受けるものでもないと考えます。

 個人的には、漫画の主人公が福島に取材に出かけただけで鼻血を出し、それが放射線によるものと関連づけた描写には、違和感を覚えます。唐突すぎる、と。福島に何度も取材に出かけた同僚にも聞いてみました。「鼻血が出たことあるの?」と。答えは「いいえ」でした。でも彼は続けました。「個人差があるのかもしれませんが」と。

 確かに、医学的には否定的な見解が圧倒的です。それでも、そういう経験をしている人がいることも事実のようです。現段階では因果関係の医学的な根拠が希薄であっても、事実は事実として目をつぶらず、「なぜ?」を突き詰める必要があると思います。

 「ビッグコミック」最新号は、医師や科学者、作家など13人の見解と、福島県や双葉町など4自治体の抗議文を掲載しています。編集部の見解も含め、読み応え十分です。

 その中で、立命館大名誉教授の安斎育郎氏(放射線防護学)は放射線が人々に与える影響を、身体的、遺伝的、心理的、社会的の4つのカテゴリーに分けて考察しています。このうち身体的、遺伝的の2つについて、放射線医学、放射線影響学といった面から解説し、「『美味しんぼ』で取り上げられた内容は的が外れていると思います」と指摘しました。
 その上で、「放射線と鼻血に関しては、具体的なデータは承知していません。倦怠感に関しては研究はあるが、鼻血については知らない」とも。

 「美味しんぼ」最新号で、主人公の父・海原雄山の言葉が印象に残っています。「医者は低線量の放射線の影響に対する知見はないと言うが、知見がない、とはわからないということだ」

 わからないことは、やはり「なぜ?」を追究しなければ、と考えさせてくれただけでも価値ある問題提起だったと感じます。たかが漫画、されど漫画…。


 当サイトで、18日からの1週間でアクセスが多かったのは次の記事です。

ポール・マッカートニーさん ウイルス性炎症
福島の子 甲状腺がん50人に 「疑い」は39人
抗がん剤投与ミスの疑い 金沢大教授ら3医師、少女死亡で書類送検

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執筆

安藤 正雄

安藤 正雄

編集委員

名ばかりの編集長です。記者であり、病院に勤務したこともあります。医療現場と取材現場、そして読者のみなさんとをつなぐ手助けができればと、サイトの近況をつぶやきます。