不本意なセックスを強要される事は、そりゃ当り前の事として教える訳じゃないけど。絶対悪として不本意な事で死より辛いとか、教え込むのもまた違うようなするんですよ。
不幸にもそういう目に遭った人が、強い酷い恥を感じて自殺しちゃったり、心を病んじゃう程のトラウマに感じさせるような教育って良く無いと思うんだけど。そのへんどういうバランスを取るべきなんだろう?
恥じゃ無いし、汚されてもいないよって、きっちり教えないといけないと思うんだけど。
不本意なセックスを強要する側のその犯罪性を強調する時に、過剰に屈辱であると強調しすぎているような気がするんですよ。それが結局、多くの被害者の為になっていないような気がする。
そんなこと教え込まれてるの?誰に?母親?
同意だけど、それを公に「教育」としてスタンダード化すると、今度は加害者側のハードルも下がるという問題がある気がする。「イヌにでも噛まれたと思ってさあ…」と加害者が言う...
犯罪者の罪の意識に影響する事もありますか。「被害者にとって悲劇ではあるが、絶望には値しない」って教えるのは難しいです。道徳観みたいのと結びついているから厄介なんですか...