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米国の諜報機関NSA(国家安全保障局)から大量の最高機密文書を持ち出し、ロシアに身を潜めるエドワード・スノーデン(30)。彼から資料を託されたジャーナリストが、ついにその全容を明かした。世界24カ国で同時発売される衝撃の著作の中身とは――。

暴露―スノーデンが私に託したファイル―
グレン・グリーンウォルド、田口俊樹/訳、濱野大道/訳、武藤陽生/訳



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 パソコンを乗っ取ってデータを盗み見、携帯電話を遠隔で操って盗聴器として動作させる。スパイ映画もかくやの技術が今や実際に使われているという現実を、5月14日発売の『暴露―スノーデンが私に託したファイル―』(グレン・グリーンウォルド/田口俊樹他訳、小社刊)は容赦なく読者の眼前に突きつける。

 NSAが行っていた「国民総監視」の事実が報じられ、世界に激震が走ったのは昨年6月。CIAとNSAという2大諜報機関に在籍歴のあるスノーデンが持ち出した機密文書の一端を、英紙『ガーディアン』が報じたことがきっかけだった。

 NSAは自国の大手通信会社ベライゾンに数千万人の利用者すべての国内外通話履歴を毎日提供させ、グーグルやフェイスブック、ヤフー、アップルといったインターネット関連企業9社からも、個人の検索履歴やチャット、メールの通信記録などを収集していたという内容である。

 アメリカは「プリズム」と呼ばれるこの秘密活動を通じて、全世界を対象に無制限とも言える情報収集を行っていたことが白日の下に晒されたのだった。さらに、同盟国を含む38カ国の大使館や国連の本部、EUの代表部まで盗聴している事実が報じられ、オバマ政権が深刻な外交上の問題を抱えるにいたったことは周知の通りだ。


スノーデンから機密文書を託されたジャーナリスト、グレン・グリーンウォルド
 これら一連の報道を手がけたのが本書の著者グリーンウォルドだった。彼が今回、新たに明らかにした米国の「手口」は、ほとんど「犯罪」と言っても過言ではない。

 NSAは、ルーターやサーバーなどの機器が出荷される直前に、マルウェアと呼ばれる監視ソフトを密かに仕込んで新品として送り出す。そのことを知るよしもない無邪気な購入者は、通信内容をすべて差し出す形になる。米国内外のコンピューター10万台以上がすでに完全な監視下にあると言い、一方でフェイスブックやGメールなどに関しても、NSAはユーザーのあずかり知らぬところで「裏口から出入りできる方法」を保持している。中国製のネット関連機器について「スパイウェアが仕込まれている」と被害者ぶって何度も警告を発してきた米政府の、まさに「闇の顔」である。

 米国は「バウンドレス・インフォーマント(際限なき情報提供者の意)」と称されるこうした仕組みを用いて、世界中の人々がやりとりするEメールや通話データを追跡。その能力の凄まじさは、1カ月間にメールを970億件以上、通話を1240億件以上収集したという過去の“実績”が物語っている。

 無論、盗聴に関しても抜かりはない。有線電話、携帯電話、衛星通信は言うにおよばず、従来、傍受は不可能と言われていた光ケーブルによる有線データ通信にまでその手は伸びており、もはや彼らの監視の目を逃れる術はないほどだ。しかもそれは、スパイ映画のように「特定の誰かを標的として」ではなく、「日夜、淡々と、通常業務として」継続されているのだ。

 著者が明かした、スノーデンに対する取材手法もまた、実にスパイ映画を凌ぐほどのものがある。

■「相手が誰であっても」

 彼はスノーデンがロシアに入国する前の香港滞在中、ドキュメンタリー映画作家のローラ・ポイトラスとともに現地のホテルの一室にこもり、スノーデンヘの極秘取材を敢行した。

 取材時、携帯電話は遠隔起動を避けるために電源を切って冷蔵庫に入れ、盗聴を警戒してドアの下の隙間にいくつも枕をあてがい、電子機器にパスワードを入力する際には盗撮を防ぐべく毛布を被ってキーボードを叩いた。これら保秘の仕方は過剰にも映るが、スノーデンは誰よりも“敵”のやり口を知っていた。

 本書によると、スノーデンは2009年、日本に派遣されている。一説には青森県にある米軍三沢基地が“赴任先”で、そこにはNSAが運営する通信傍受システム「エシュロン」の設備があると言われている。

 そこで彼が見たものは、例えば「無人機(ドローン)によって殺される運命にある人々の監視映像」であったり、「ネット上に打ち込まれる文字をリアルタイムで監視してい」る光景だったりしたという。そうした高次の機密へのアクセス権を持っていたスノーデンは、のちにDIA(国防情報局)の対中国防諜コースでサイバー防諜の講師までつとめた。彼のサイバー・セキュリティに関する能力の高さこそが皮肉にも、内部告発に必要な情報を得る際にも役立ったというわけである。

 つまり、巷間言われてきたような「たまたま機密情報に触れてしまっただけの青年」などではなく、歴とした上級サイバー工作員であったスノーデン。彼は次のように語っている。

「自分のデスクから一歩も離れずとも、Eメールアドレスさえわかればどんな人間でも監視対象とすることができました。相手が誰であってもです。あなたやあなたの会計士から、連邦判事や大統領にいたるまで」

 日本ではほとんど知られていないが、キース・アレキサンダーという陸軍大将がいる。米国防総省に属するNSAをブッシュJr.政権時代から9年にわたって率い、「アメリカ諜報史上最強の長官」と呼ばれた男だ。彼の戦略はただ一つ。

〈すべてのデータを収集しなければいけない〉

 表向きは「テロ対策」であったはずのNSAの情報収集活動は、実はこの号令の下で端から歯止めを失っていたのだ。本書は一例として、2010年に国連安全保障理事会でイラン制裁決議が採択されるにいたるまでの裏事情を暴露している。詳細は譲るが、米国は理事国である日本、フランス、ブラジル、メキシコの各国に対してスパイ行為を働き、自国に有利になるよう決議を導いたという。

 このようにして得られた情報の一部は、「秘密クラブ」で共有されているともいわれる。米、英、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのアングロサクソン系国家からなる諜報同盟国クラブ「ファイヴ・アイズ(5つの眼)」だ。彼らは相互に情報交換を行っており、他方、日本や韓国はもとより、ドイツやフランス、イスラエルやEU、国連でさえも監視対象としている。

 オバマ大統領は「史上最も透明性の高い」政府を目指すと訴えて当選を果たしながら、実際のところはむしろ彼ら「当局」の背中を積極的に押している。オバマ政権は「内部告発者を史上最も多く逮捕した」政権なのだ。ドイツのメルケル首相の携帯電話が盗聴されていたように、各国要人の個人情報はもとより、外交政策から経済情報、企業の投資活動などにいたるまで、今日も大量のデータが蓄積され、分析にかけられているのである。

 著者グリーンウォルドは、

「スノーデンのもたらした文書の数々は、最終的にひとつの単純明快な結論に私たちを導いてくれる。合衆国政府は、世界じゅうの電子通信プライヴァシーを完全に取り除くことを最終目標とするシステムを構築したということだ」

 と改めて指摘しているが、スノーデンはこう語ったという。自分の目的はNSAの能力をぶち壊すことではなく、「そのシステムが存続すべきかどうかを人々に問いたいのです」と。

 冷酷な監視国家を描いたG・オーウェルの『一九八四年』を例にとるのも陳腐な、真に恐るべき世界が招来されようとしている――。

 l00点を超す機密文書を載せ、迫真の説得力で全貌を綴る同書を手に、漂然としない読者はいようか。

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