タイで軍がクーデターに踏み切った。憲法を停止し、夜間の外出や5人以上の集会を禁じた。マスコミ報道やソーシャルメディアも規制している。

 昨年11月から続く政治的な混乱を収め、これ以上の流血を防ぐことが目的という。

 確かに首都中心部を占拠する街頭デモが終わる気配はなく、総選挙は無効となり、事態収束の見通しは立たなかった。

 しかしだからといって、民主主義の原則にもとる強権発動を是とするわけにはいかない。

 長く混迷する政情不安の引き金を引いたのは、ほかならぬ軍である。06年にクーデターでタクシン元首相を追放し、裁判所や捜査機関に息のかかった関係者を送り込んだ。新憲法を制定し、上院の半数を民選から指名制に切り替えた。

 こうした「改革」を進めても、その後2度の総選挙では、タクシン派政党が勝った。

 今回も反政府派が再び街頭活動を強め、裁判所が選挙を無効とし、インラック首相を失職させた。そして軍の出動である。

 軍は戒厳令を先行させ、仲裁の立場を装ったが、話し合いは1日だけ。結局は反政府派の筋書き通りにことは進んでいる。

 タクシン派の団体はかねて、「クーデターがあれば内戦だ」と軍を牽制(けんせい)してきた。彼らはこの間、都市中間層を中心とする反政府派から選挙結果を否定され、侮辱的な言葉を浴びせられ続けた。その恨みは深い。

 軍がタクシン派の指導者らを拘束し、部隊を展開して力で押さえつけても、抜本的な解決にはつながらない。

 ここで反タクシン色の強い人物を首班にすえ、さらにタクシン派排除の政権運営を進めれば亀裂は深まるばかりだ。

 タイでは1932年の立憲革命以来、多くのクーデターが繰り返されてきた。軍が動き、国王が承認すれば、それで政治状況はいったんリセットされた。

 しかしグローバル化のなかで国民の多くが政治意識に目覚めた昨今、超法規的な手法は通用しなくなっている。国論が二分しているときに国王を巻き込めば、その権威は低下する。

 権力を一元的に掌握した以上、軍は混乱収束へ向けた展望と、民政に戻すタイムテーブルを速やかに示す義務がある。

 日本との関係が深い国だ。4千社近くも日系企業が進出するなど、東南アジアのなかでも経済的に最も近い関係にある。

 日本を含む国際社会は、選挙を尊ぶ民主主義への道筋からこれ以上逸脱しないよう、軍などに働きかけるべきだ。