サイレント・ジョーカー

 

…ぁ、ぅ……あ。

ビクッとシノの身体が跳ね、押さえきれなかった声が漏れる。

……、あっ…!

僅かに肩に食い込んだ爪に顔をしかめながらも、キバが反応の強かった部位を攻め立てれば、シノはより強くキバの肩を握り締めた。

ぎゅうと締めつけられる指に、キバはそろそろいいかと指を引き抜き、反応を見せる自身を取り出す。

「………キバ…」

 そんなキバの様子を察して、シノが不安気な声を出した。顔を上げれば不安そうな顔。

 シノが不安な表情を晒すことは普段では有り得ない。

 行為による作用であることは明らかで、ある意味紛い物とも言える表情だが、それでもキバにとっては愛しい表情。

そんな表情に欲が昇ってくれば、甘い快楽が欲しくなり、キバはシノの顔を手で包んでそっと囁く。

「大丈夫。すぐ、気持ち良くなるから」

虚ろな琥珀の瞳が、酔った黒の瞳と視線を交わす。

そしてそのまま倒れ込み、より深く、深く交じり合った。 

 

 

 この関係は、雨上がりの洞窟でキバがシノに告白した時から続いている。

 告白という大きな堰を切ってしまって自制できなくなったキバが、シノに許可をもらって行う行為は、愛し合っているとは言い難い。

 事実、過ぎる程キバがシノに愛を囁いても、シノから返されたことは一度もない。

 迷惑ではないと、嫌々ではないと確認はしているが、やはりどこかキバに付き合っている感がある。

 回を重ね、互いに身体が敏感になればなるほど、心が離れていく気がして、キバは虚しさを募らせていた。

 日常生活の中で親しくして心を通わせればいいとも考えたが、自分たちの関係がバレないように意識してしまって、

以前より喧嘩する回数は増している。そのほぼ全てが、キバの一方的な突っ掛かりだ。

 いけないと思いながらも、つい暴言を吐いてしまう。夜にひたすら謝っているから、そのことでシノが怒っている様子はないが。

 目が醒めると大抵すでに姿を消しているシノに、キバは不安で仕方がなくなっていた。

 

 

「キバ!ぼーっとするな!」

 凛とした声に呼ばれてはっと顔を上げると、四方八方から手裏剣とクナイが飛んでくる。

 間に合わない、と思ったと同時に身体に無数の刃が突き刺さり激痛が走る。

「――っ解!!」

 しかしそれを気合いで我慢し、チャクラコントロールを敵の手から取り戻すと、刺さっていた手裏剣もクナイもすぅと消えて痛みも退く。

 幻術だ。

 急いで木の陰に身を潜め、赤丸を見やった。

「赤丸、怪我ねぇか」

 無傷の相棒にほっと息をついてから、ズキンと足に痛みを覚え見ると切り傷から血が滴っている。どうやら、本物が混じっていたらしい。

ちっ、と軽く舌打ちをして、次の攻撃は喰らうまいと鼻にチャクラを集中させた時。

「今日はこれまで!」

「……え…」

 敵…もとい紅の声に、驚いて思わず太陽の位置を確認する。まだ太陽は頭上にあり、演習を終了させるには早い。

 訝しく思いながらも紅の元に集合すると、かなりの強面で紅が3人を見下ろした。

「お前たち、やる気あるのか?」

 紅の冷ややかながら怒りを含んだ口調に、ヒナタはびくりと肩を竦め、キバは顔をしかめ、シノは眉を寄せた。

「特にキバ。集中しなさい。もしさっきのが本物だったら死んでるぞ。シノ、お前は最近詰めが甘い。

ヒナタ。キバとシノにつられてどうする。二人が駄目なら、あなたがしっかりしなさい」

 それぞれに言い含めてから、紅は「解散」と言って姿を消した。

 気まずい沈黙の中、8班はそれぞれに散らばっていく。

「シノ」

 暫く歩いていると、ふと呼び止められ、そちらを向くと紅が居た。

「何か」

手招きをされて、シノが紅に歩み寄ると、紅は身を屈めて訊ねた。

「キバと、何かあったの?」

「……何もありません」

 口調が穏やかになったところから、現状への純粋な心配が垣間見られる。

 そんな紅に嘘を吐くのは申し訳ないと思ったが、事実を述べるわけにはいかないと、シノは少し間を置いた後、表情を変えずにきっぱり言った。

 その答えに訝しげな顔をして紅はシノの顔をじっと見据えたが、そこから何かを読みとることは流石にできなかった。

 ポーカーフェイスにおいて、油女一族に敵うものは無い。

 それでも諦めきれずに言葉を続ける。

「最近、妙な喧嘩が多いわ。キバが空回ってるのはいつものことだけど、以前より指摘が細かい。

前は気にしてなかったことまで。何だか、あんたへの意識が強くなった気がする」

流石担当上忍というべきか。はたまた女の勘は怖ろしいと言うべきか。

鋭い指摘に、胸元に付けられた赤い跡が疼いたような気がして、シノは僅かに顔を襟の中に埋めた。

「あんたもそうよ。シノ。キバと修行させると、以前より攻撃が甘くなった」

 やっぱり何かあったんでしょう、とじっと見てくる紅を、シノは黙って見返した。

 流石によく見ている。

 いま指摘されたことは全て事実だが、それを認めてしまうわけにはいかない。

 これ以上追求されるのは危険だと考えて、シノは真っ直ぐ向けられる紅い瞳に向かって答えた。

「そうですか。以後気を付けます」

まだ不服そうな上司を一瞬認識してから、逃げる心持ちで踵を返してすたすたと歩き出した。

教え子の去っていく後ろ姿を見送りながら、やはり簡単には答えてくれないか、と紅は息を吐く。

 シノに当たる前にヒナタ、キバにも当たってみたが、ヒナタは本当にキバとシノにつられただけのようで何も知らなかった。

 キバは、何かあると態度で表しはしたが口を割らなかった。

 シノには、もともと情報を聞き出す期待もせず、念のために声を掛けたに過ぎない。

仕方ないと、最後の切り札を出す。

 再び呼び止めればまだ何かと振り返るシノに、紅は言った。

「このままだと、任務に支障がでる。心当たりが無くても、一度キバと話しなさい」

 その言葉にシノは、「はい」と答え一度会釈をして去っていった。

「任務」という言葉に反応を見せずとも反応したであろう。 

 キバとシノの間の問題は、二人に解決させるしかない。

 こう言っておけば、シノがなんとかするだろう。

暫く様子を見ることを決めて、紅もその場を後にした。

  

 

 しかし、その数日後、紅の不安は的中することとなる。 

その日、第8班は特別任務に赴いたシノを欠いてCランク任務に就いていた。

内容は、農村に出没する野生の狼の退治

気性が荒く、既に数人の死傷者が出ていて、早急な対処が要求された。

とは言え、狼一匹だ。

キバ、ヒナタの二人の実力であれば、簡単な任務に分類されるはずだった。

しかし。

集中力の欠如は、時に重大なミスにつながるものだ。

「キバくん!」

 ぼうっとしていたキバの耳に飛び込んできたヒナタの声。

 はっと振り向けば、狼が、牙を剥き飛び掛かる。

「キバ!!」

遠巻きに窺っていた紅の声。

飛び散る鮮血に、赤丸が吠えた。

 

 

特別任務で8班の任務から外れていたシノは、葉に隠れて木の枝上で父親の指示を待っていた。

 不意にざわりとうねった感覚に、何も言わず灰色の空を見上げる。     

今にも降り出しそうな空模様に眉を寄せ、こんな天気の日は意味もなく不安な気持ちが生まれると、僅かに息を吐いた。

不吉な予感など、シノは信じていない。

虫の知らせという言葉はシノにとっては不確かなものではなく、きちんとした理由と裏付けのある報告だ。

それでも、何故かざわつく感じが拭えない。

やはり、戻ったらキバと話を付けなければ、と心を決めた。

キバとの関係は、好ましくないとわかっている。

いつまでも、このままではいられない。

しかし、そこから脱却するいい考えが浮かばないのだ。

熱を帯びた黒い瞳に見つめられ、切ない声で求められると、拒むことはできない。

耳元で甘く囁かれる度に、心が揺らぐ。

しかし…。

「シノ」

 無意識に目を閉じて思考の淵に沈んでいたシノが、名を呼ばれてはっと顔を上げれば、父親がいつの間にか戻ってきていた。

「行くぞ」

 待っていた指示に、無言で頷く。

 とにかく、この問題は里に帰ってからだと、頭の片隅に無理矢理押し込んだ。

 

 

 しかしそんなシノの考えとは裏腹に、里に戻れば事態は思わぬ方向へと転がっていた。

 里に着いたのは夜で、キバに会うのは明日だと考えていた矢先、家に紅からの伝言があった。

 キバが昨日任務で負傷し、入院しているとのこと。

具合の程度はわからないが、紅がわざわざ伝言を残したということは、良くはない、ということだ。

 とはいえ、見舞う時間はとうに過ぎている。

 シノは、ざわりと疼く感覚に堪えきれず、胸元を握り締めた。

 

 

静まり返った夜の病棟。

しっかりと戸締まりされていた窓の鍵がひとりでに回り、鍵が開く。

 そこから黒い固まりが飛び散ったかと思うと、がらりと窓が開いた。

 しんとした病室に音もなく忍び込んだ者は、怪我人の様子を見て険しい表情を浮かべたが取り敢えず生きていることに小さく息を吐いた。

 ふと見渡して首を傾げる。

 赤丸の姿がない。

 彼も手傷を負って、ここではなく獣医の姉のところにいるのだろうかと考えを巡らせた。

 再びベッドに横たわるキバに視線を向ければ、痛々しい包帯に思わず手が伸び、すっと撫ぜる。

「お前はなぜ、いつも俺の居ぬ間にこうなる?」

 呟いて、苦笑を浮かべようとしたが失敗した。

 今回は大丈夫だった。しかしもし…。

もしもの事など考えてはいけないとわかっていても、考えてしまう。

キバの手を握れば、ぬくもりに堪らなくなってその手の甲に唇を落とし、頬に当てる。

「……」

 キバと心の中で呟くと、頬に涙が一滴伝った。

 失いたくないと、己の中の何かが言う。

 胸がぎしりと軋む。

しかし、明日には告げなければならない事がある。

「………、ノ…?」

 ふとした音声にシノがはっとして顔を上げれば、うっすらと開いた目蓋の奥に、光を宿した眼がこちらを見ていた。

 

 キバは、一瞬夢かと思った。

シノが居て、しかも自分の手を握って、しかも…。

頬に当てていた手が動き、指がそっとシノの頬を拭う。  

「泣いてんのか」

「泣いてなど、いない」

そう返されたが、触れた指先は確かに濡れた。

「強情っ張り」

 へへ、と思わずキバが笑う。

「見舞いは?」

「そんなものは無い」

冗談めかして問えば、間髪入れずに答えられる。

こんなやりとりを前にもしたなと思えば、あれはサスケ奪還任務後だった。

あの時も、任務帰りそのままの格好でシノがやってきて、そう言っていた。

 シノの頬から手を離し体を動かせば、痛みはあるが酷くはない。やられたのは左肩だけか、とぽんぽん叩きながら確認する。

 あの時、目の前に狼の鋭い牙を見た時は一瞬噛み殺されるかと思ったが、赤丸が横から狼の胴体に噛み付いてくれたお陰で致命傷から外れたのだ。

 そして左肩に食らい付いた狼の首筋に一発たたき込めば、地に転がってのびた。

 犬使いが、狼に噛まれるなど面目丸つぶれだな、と苦笑を漏らす。 

「あーあ。また紅先生に叱られるな」

自嘲気味に言うと、シノが言う。

「詳しいことは知らないが、自業自得だろう」

確かに、とキバは苦笑を深めたが、ふと真顔に戻ってシノを見た。

何かと思ったシノに、キバが呟く。

「腹減った」

「…………」

 一瞬、沈黙。

それから、シノが呆れたような声で応える。

「朝まで待て」

その言葉に、そう言えば暗いなとキバは今更気付いた。

そして、シノが今ここにいるおかしさにも。

「そういやお前、何で…いんだ?病院だろ、ここ。しかも夜で…え?」

「忍び込んだ」

混乱するキバに、シノがあっさり簡潔に言う。

は?と暫く理解出来なかったキバだったが、だんだん飲み込めてくると、思わず笑みが浮かぶ。

「お前が?」

「そうだ」

「……お前も悪くなったな」

「だれのせいだ」

「俺のせいか?」

 くっくと喉で笑って、キバは手を伸ばしてシノの頭を掴み抱き寄せた。

シノの匂い。声。感触。死ぬ思いをしたせいか、どれもこれも新鮮に感じる。

「ああ…腹減った」

再び漏れる言葉。シノが「だから…」と返そうとするのを遮って、キバはシノの耳元に囁きかけた。

「バーカ。お前を食わせろって言ってんの」

シノが一瞬の間をおいて身を引こうとしたが、キバは逃さない。

「怪我が」

「飢餓のが深刻」

 三食の食事にありつくのと変わらぬ自然な動作で、いただきます、と口にし、シノの唇に己の唇を合わせる。

 しかしそれを、シノが押し返した。

「何だよ。忍び込むまでして来てくれたのにダメなのかよ」

 今まで形だけでも拒否されたことは無かったため、少し傷付いたようにキバが言うと、シノはキバを見下ろしながら感情の籠もらない声で言う。

「もう、やめよう」

「………は?」

 キバはシノの言葉をすぐに理解出来なかった。

しかし心には予感かそれとも怖れていた節があり、すぐにズンと押しつぶされそうな感覚に見舞われる。

キバは僅かに顔を強張らせ、それでも引きつった笑みを浮かべて声を絞り出した。

「…………え…何を」

「この関係を、だ」

 絞り出した、震えたキバの声に、シノが淡々と応える。

キバの眼が徐々に見開いていく。

呼吸が浅く、動悸が激しくなり、心に鈍い痛みが走る。

目頭が熱くなり、泣く、と思った。

「何、だよ…急に……」

ぐっと眉を寄せ、泣きそうなキバの頭をシノはあやすように撫でながら諭す。

「お前のことは、嫌いじゃない。本当だ。だが、このままではいけない。なぜなら、俺達にはそれぞれの家がある。

跡を継ぐ者としての、役目もある。それは油女、犬塚両家にとって、そして里にとって大事なことだ」

「ウチには姉ちゃんがいる!お前のところだって、血系限界じゃねーんだから別にお前が継ぐ必要ねーだろ?!誰か他の奴だっていいじゃねーか!」

「そうはいかない。俺は跡継ぎだ。今更一族の信頼を裏切るわけにはいかない。それに…。それ以上に、このままでは俺達自身にとって良くない」

「どういう、意味だよ」

「紅先生に言われたろう。お前は集中力が散漫になっている。今回の失態も、そのせいだろう」

「それは…それはぁ!」

キバは思わずがばっとシノの肩を掴む。

痛みに顔を歪めたが、そんなことにかまってはいられないとばかりにきっとシノを睨み付けた。

「お前が!いつもいつもいっつも!嫌いじゃない、嫌じゃないって!でも、全然好きだって言ってくれねーから!!俺…不安で…っ!」

感極まったように一度言葉を切ってから、キバは続けた。

「家のこととか、俺のこととか、いいから。そんなのいいから。お前はどーなんだよ?シノにとって俺は…何なんだよ…?」

「…………」

 睨み付けながら、涙目のキバに、シノは困ったように眉を寄せた。

 なんと答えたらいいかわからず、黙り込んでいると、キバはそれを言い難いのだと捉え眼を鋭くさせる。

「言えないってか…?」

「!」

掴んでいた肩を放したと思うと怪我をしていない右腕で左側からシノの頸根を押さえ込みベッドに半身を押し付ける。

 シノは頸を押さえ付ける腕を掴み抵抗するが、びくともしない。

「力で俺に敵うと思ってんのか?」

「――――くっ―」

「言えないなら、力ずくで言わせてやる。お前の本音、聞かせろよ」

 キバの眼に鋭い光が宿る。

 その、まるで野生の獣のような眼にシノは思わず気圧されそうになるが、何とか気を持ち直してその眼を見つめ返した。

本音……。それは、言いたくとも言ってはならない、禁句。

言ってしまえば、そこから何もかもが腐っていってしまう、怖ろしい言葉。

「……………確かに、力だけでは、無理だな…」

そう言うと、ベッドからはみ出ている足をひょいと持ち上げ、負傷しているキバの左肩に踵を落とす。

「痛ってぇ!」

キバが思わず体を引き離すと、シノは落ち着いた様子で起き上がり窓辺に立った。

「おま…怪我人になにしやがる!」

「怪我人ならそれらしく、大人しくしていろ」

左肩を押さえ今度は別の意味で涙目になっているキバに、からかう様子もなくシノは言い、窓を開ける。

冷たい夜風が吹き込み、シノの髪を揺らし、感情の高ぶりによって火照ったキバの顔をひんやりと撫でる。

「待てっ!逃げんなっ」

 キバはばっとベッドから飛び出し、今にも窓から去ろうとするシノに後ろから抱き付いた。

「キバ…俺はもう、お前には付き合えない」

ズキリと、胸が軋む。

「これ以上は、お前をダメにしてしまう…」

ふっと、風が止んだ。

ひたと喉元にあてられたクナイに、息を飲む。

 キバの手元に武器はなかったはずだ。

「お前、そんなものどこから…」

 はっとして自分のホルスターに手を当てたシノに、キバが嘲笑を浮かべる。

「お前、最近詰めが甘いよな」

 首筋を這う舌の感触に、思わず背筋がゾクリとする。 

「……それで、どうするつもりだ」

 それでも冷静を装い、シノが問うと、キバは少し黙ってから、静かに、応えた。

「里のため。家のため。俺のため……ふざけんなよ?そんなズルは認めねぇ。嫌なら嫌だって、言えよ。

もう面倒臭くなったんなら、そう言えばいい。なんでもいいから、お前の気持ち聞かせろ。それ聞いたら…諦めるから。でなきゃ…」

ズキと走った痛みに僅かに眼を細める。

 喉から滴る血を、キバの舌が掬う。

「お前殺して、俺も死ぬ」

 低い声が、喉元から響く。

それでも沈黙を守るシノに、キバはぐっとクナイを握る手に力を込めた。

「なあ、シノ。もう、とめらんねーんだ。どんどん好きなってく。お前なしじゃ、もう、ダメなんだ…。

でも。でもさ。身体だけの関係はもう耐えらんねーよ。俺は、お前の」

 

心が知りたい。

 

再び吹き込む風に、カーテンが翻った。

 シノは下ばかり見ていた視線を漸く上げ、口を開く。

 開こうと、した。

 しかし、乾いた喉から音が出ない。

「……シノ…!」

 キバが、切羽詰まった声を絞り出す。

切なく、辛そうな、声。

シノはすうと冷たい空気を吸い込んだ。

「俺は……お前が…」 

 クナイを握り締めた拳が、震えた。

 ここで、嫌いだと言えば、終わる。

 終わる―――――。

「俺は………」

 先のことを考えれば、今が潮時だ。

この機を逃せば、きっとずるずると続いてしまう。

そうなればキバの集中力を削ぐうえ、傷つけたくない気持ちが先行して本気を出せず、

修行相手を満足に務められずにキバの成長も未来も奪ってしまいかねない。

自分にとっても、甘さや隙をつくることにつながるだろう。

それは、いけない。

絶対に、駄目だ。

意を決して、シノが再び口を開きかけた、その時。

カチン、とキバの手からクナイが床に落ちた。

何だと見れば、キバの眼が何かに釘付けになっている。

キバの目線の先にあるものを見て、シノも思わず固まった。

そこには、『スキ』の文字。

月明かりの中に、黒い文字が浮かんでいる。

それは、間違いなく、寄壊虫だ。

 しかしそんな命令はしていない。

どういうことだと絶句する体の中で、ざわりと疼いた感覚に、シノは思わず頭を抱えた。

 『虫の知らせは、不確かなものではなく、きちんとした理由と裏付けのある報告』。

何度も自問した問いを、命令と勘違いして、律儀に答えをだしてきたのだ。

忠実が故の愛らしい失態。

 暫く頭を抱えていたシノは、はっとしてキバを見た。

 キバは、未だ空に浮かぶ文字に釘付けとなっている。

シノは慌てて蟲たちにもういいと告げ、散らして言った。

「キバ、あれは―――」

 深刻な雰囲気もぶち壊しで、今更の弁解を聞き入れてくれるだろうかと思いながらも言おうとしたシノだったが、ふっと口を噤んだ。

 キバの眼からぽろぽろと溢れ零れる涙に、言葉を失う。

「…………」

「あ、あれ……?」

 漸く我を取り戻したキバが、自身が泣いていることに驚いて慌てて拭う。

 しかし涙は止まることを知らず、どんどん、次から次へと溢れてくる。

「ど…どう、しちまったの、かな…俺……。はは…」

 笑いを零し、泣くキバに、シノはどうしたらいいのかと内心オロオロしながらそれでも行動を起こせずにいると、キバが動いた。

腕を伸ばし、徐にシノを抱き締める。

肩を震わせ自分に泣き縋るキバの背に、シノは他にどうしようもなく腕を回す。

冷たい風が、そよそよと、カーテンをはためかせた。

 

 

 泣き疲れ、眠りに落ちたキバに添い寝して、シノは小さく息を吐いた。

 しっかと上着を捕まえられて、起きるまで放す気配はない。

 結局、寄壊虫のお陰で振り出しに戻ってしまっただけ……否、逆に進展してしまった可能性が高い現状に、再び溜め息を零す。

 しかし何だか、ふっきれた感があるのも事実だ。

 もしキバに別れを告げていても、キバはダメになっていたのではないかと、傲慢な考えさえ浮かぶ。

 それよりは、今の方が良いのではないか、と。

 いけないとは、分かっている。

 決して言ってはいけない禁句。

 しかし。

 誰も聞いていなければ、言っても問題は無いはずだ、と、シノはくーくーと寝息を立てるキバに囁いてみた。

「俺も好きだ………」

 

 

 

 

その後

 

 

「痛って!くそっ、シノ!病み上がりにちっとは手加減しろよ!!」

 キバが復帰して最初の修行はシノとの手合わせ。

 それは、すっかり元に戻った容赦ないシノの圧勝に終わった。

 手加減したらしたで文句を言うキバが、心にもない文句を吐きながら、座り込んだままシノを睨み付けている。

 そんなキバを悠然と見下ろしながら、シノは静かに言った。

「キバ。俺が好きか?」 

 紅とヒナタは、別の場所にいる。

 そよぐ風がシノの髪を揺らし、熱くなったキバの頬を撫でる。

「す…好きだ!」

 突然の問い掛けに吃驚しながらも、キバは反射的に答えていた。

 その答えに、シノが高い襟の下で微笑む。

「……では、せめて俺より強くなれ。俺は、俺より強い方がいい」

 なぜなら、自分より先に死なれるのは嫌だから。とシノは心の中で付け加えた。

キバが目を見開いて、鋭い眼をまん丸くする。

 しかし少しの間をおいてから、挑戦的な、野性的な表情を浮かべた。

「よっしゃあ!次はぜってー勝つ!シノ!覚悟しやがれ!!」

 勢いよく立ち上がり、木陰に休ませていた赤丸を喜々として呼び寄せる。

 このままでいいはずはない。

 しかし。

 もう少しこのままでも問題はないはずだ。

 そしてきっと、これが今の最善策。

 禁句を切り札として隠して。

 上手く使おう。

 大好きな、君のために。

 みなぎる集中力と好戦的な態度で、キバが戦闘態勢に入った。

 シノもまた、微塵の隙もなく、身構えた。

 

 

後書き 

 うちのキバはよく泣くな…。

 そしてこれは裏……なんだろうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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