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辺境の街にて 作者:ヤマネ

プロローグ

 思い返してみれば、初めてこの世界に足を踏み入れたのはもう10年も前の事なのだ。

 当時、高校受験を終え中学生としての最後の1ヶ月を過ごしていた私は、合格祝いにと親に買ってもらったパソコンでこの世界最大級の多人数同時参加型オンラインRPG〈エルダー・テイル〉のプレイヤーとなった。

 大学受験や卒業論文に就職活動。忙しい時期にまで無理をして遊び続けるようなことはしていないけれど、私はこの〈エルダー・テイル〉という世界にはまった。一筋縄ではいかないゲーム内のデータを調べては仲間と走り回り、見て回り、試して回り。一筋縄ではいかない他のプレイヤーと協力したり、交渉したり、時には争ったり。
 それはまさしく私にとって胸踊る冒険の日々だったのだ。

 とはいえそろそろ引きどきだ。ゲームって年でもないだろう。オトナの女なのだ私は。

 〈エルダー・テイル〉を始めた当初から私を引っ張りまわして引っかきまわしてくれた迷惑な友人が、合コンで彼氏をつかまえて、「ゲームなんてしてる暇なくって~」とか言って最近ログインしないことに焦っているわけではないのだ。断じて。
 ちくしょう勝ち誇りやがって。コスプレイヤーでネトゲ廃人なこと隠してるくせに。

 半年ほど前から仕事が忙しくなり、所属していた大手戦闘系ギルドからは3ヶ月前に脱退している。サーバーで1,2を争うような大手ギルドの一員として〈大規模戦闘〉(レギオンレイド)のようなハイエンドコンテンツを楽しむ権利を有するには、それなりの時間を〈エルダー・テイル〉内で過ごし、自分のキャラクターを強化し、ギルドの活動をサポートする義務が発生するのだ。少なくともそうでいなくてはならないと私は考えてしまう。

 現在の私は、ギルド未所属の1日おきくらいにはログインするけれども、たいして熱心ではないソロプレイヤーというところ。寂しい気もするが私が居なくなっても迷惑を掛ける人はいないだろう。フェードアウトという感じで丁度いい。

 というわけで、〈エルダー・テイル〉に12番目の追加パックが当てられるという区切りの良い今日、私はこの世界から去ること決めたのだ。


 ◆


(さてと、では最後に、っと)

 システムメニューから、フレンド・リストを呼び出し、目当ての人物を探しだす。
 現在ログイン中の表記がある特に親しい友人は2人。
 主な知り合いには既に挨拶のメッセージを送っているが、特に深く関わった仲間とはやっぱり最後に話をしておきい。

 その2人のうち、〈エルダー・テイル〉を始めて最初に所属したギルドからの付き合いで、数少ない私以上のゲーム歴をもつ年長の先輩の名前をまず選択し、念話機能を立ち上げる。

「・・・というわけなのです、にゃん様。そろそろ潮時かと思いまして」

「クシっちに面倒を見てもらおうかと思っていた賢くて良い子がいたんですがにゃぁ。そういう理由ならしょうがないですにゃ」

「私は自分のことで精一杯の未熟者ですよ。とても他の人の面倒を見れるほどの器量なんて、無いです」

「ん~。クシっちは一度、客観的に自分を評価しなおした方が良いとおもうにゃ。それはそうと、古い仲間がまた一人、去ってしまうのですかにゃ。仕方のないこととはいえ、寂しくなりますにゃ~」

 にゃん様の声色は相変わらず穏やかで、ほっとする雰囲気を持っている。語尾はあれだけど。
 適度な距離を置きつつ、見守ってくれているようなにゃん様の持つ雰囲気には、最後まで随分と甘えさせてもらってしまった気がして、申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。

「わがままを言わせてもらえば、そう引退など決め付けてしまわにゃいでほしい所だにゃ。ちょっとお休みくらいの気持ちの方が、当分戻ってこないのだとしても、気分も楽だと吾輩は思うのにゃ~」

 うう、にゃん様にそんなことを言われてしまうと気持ちが揺らいでしまうし、涙ぐんでしまう。

「う~、ではお休み、ってことにしておきます」

「吾輩はまだ、この世界でごろごろしてると思うのにゃん。顔を出したときには声をかけてくれると嬉しいにゃ~」

「はい。にゃん様もお元気で」


 ◆


「駄目です、認めません」

 最後に話をしておきたかったもう一人、にゃん様と同じギルドに所属していた頃からの後輩ちゃんで、私も3ヶ月前まで所属していた大手戦闘系ギルドの中心人物の一人でもある冷静な真面目っ子からは、なんともらしくない言葉が返ってきた。

「そもそも私は、クシ先輩のギルド脱退理由にも納得していません。追加パック適用を機に先輩を必要とする情報調査や、外交活動、戦闘行動などが多く発生することが予想されます。ギルドへの復帰を打診しようとしていた矢先、引退などともっての他です」

 そのりくつはおかしい。
 いつもの冷静キャラは何処にいったのだ、山ちゃん。なにがおきた?

「いやだから私、最近そんなにインできてないでしょ。いまの活動量でしゃしゃりでるのは私的にはちょっと心苦しいし、他のギルメンの心象も悪いでしょうに。大人数まとめるにはそれなりの規律というかTPOというかは守らないと。贔屓される人は居ない方がいいのは明白じゃないかい?」

「ギルド立ち上げ初期からの功労者であるクシ先輩の活動が多少減ったところで、文句を言うメンバーなどいません。むしろ私が言わせません。復帰の打診も私の独断ではありません。隊長(ミロード)からも強く要請を受けています」

 まてまてまて。どうどうどう。

「私はフツーの目立たない一般人だった思うんだけど、功労者って私なんかしたっけ?」

 まじでおぼえがありません。

「『神託の天塔』攻略の際にホネスティとの共同戦線を成立させたのは誰です?」

「いやそれは、アインス先生とは旧知だったし、いっちょやってみる? とか煽ったら勝手に盛り上がっちゃっただけだし」

「『死霊が原』の精霊山への突入口を発見したのは?」

「それ、にゃん様と遊んでたときに偶然みつけただけだし、おまけに茶会に先こされちゃったじゃん」

「『九大監獄』の別働隊を指揮して戦線崩壊を立て直したのは?」

「あれは指揮してた子が回線落ちしてバタバタしちゃった間だけじゃん。まあ、出しゃばっちゃったな、恥ずかしいとは今だに思うけど」

大規模戦闘部隊(レギオンレイド)における戦域哨戒(フィールドモニター)班の立案、立ち上げを行ったのは?」

「それは山ちゃん。私は横からちゃちゃ入れてただけだし」

「それにも異を唱えたいところですが・・・。だとしても、その私に〈エルダー・テイル〉の遊び方やパーティー内での立ち振る舞いや楽しさを1から教えてくれたのは誰ですか?」

「だって、山ちゃんは私にとって初めてできた後輩だったし。先輩としてはかわいい後輩の面倒を見るのはあたりまえではないかい?」

 というかそれギルド関係なくないか?

「っ!、それは置いておいて、引退したとして、先輩他に趣味なんてないでしょうに。何かする計画でもあるんですか?」

 むむ、人を無趣味なゲーオタみたいに言いおってからに。私だってうら若くはもうないかもしれないけれど、れっきとした乙女なのだ。のはずなのだ。

「・・・合コン行って彼氏作ったり、デパートでウィンドウショッピングしたり、青山でスイーツ食べてブログに載せたりとか?」

「ふっ、合コンで酔っ払った挙句、開発言語の優劣とか何とかで相手と言い合って胸ぐらつかむような人が何スイーツとか言ってますか。寝言は寝てから言うものですよ先輩」

 あ、ちくしょう。鼻で笑いやがったな!

「いやあれは、中途半端な知識しかないくせに、あれはダメだとか、これはダメだとかいうダメ男がだな! っていうか何で山ちゃんがそれ知ってるし!?」

「ヤエ先輩が嬉しそうに電話で話してくれました」

 ヤエ、またおまえか。

「ああ、なるほど。またヤエ先輩に変なこと吹きこまれてトチ狂ってるんですね先輩。大丈夫、私が話きいてあげますから。とりあえずギルド参加の承認ボタンを押してください。いま申請出します」

 山ちゃん、おまえもか。
 子供あやすみたいに言うな。

 ん? 念話申請のベル?

「あ、ちょいまち山ちゃん。なんか念話申請きたから、ちょっと切るよ」

「先輩! 話は終わってません! 今何処ですか? すぐにそっちに行くので逃げずに・・・」


 ◆


「やっほ、クシ。おひさ~」

 むむ、その声はヤエか。っていうか目の前に来たこのちっこい妖術師(ソーサラー)っぽい格好のコレか。またキャラ変えたな。
 ちょうどいいところに来た。ちょうどさっき問い詰めたいことが出来たところだ。

「なんだヤエ、彼氏さんとやらに振られて戻ってきたのか? メールしたとおり私は今日までだぞ。それからだな、さっき山ちゃんに・・・」

「私が振られるわけないじゃん。彼と色々お互いの話してたらさ、彼も昔〈エルダー・テイル〉やってたことあったらしくってね。それじゃ2人でまたキャラつくり直して始めてみよっか~って話になったわけよ」

「ナルホド。キャラを変えないとネナベで廃人だってことがバレるから・・・」

「で、2人で『ラブラブ』で遊んでてレベル40ちょいまで来たんだけどね、レベルは上がるんだけどさあ、お金足りなくて、なかなか装備やスキルが揃わなくってね。だからねっ」

 ラブラブ強調すんな。あとなんか続きは読めた。

「金ヨコセ」

「死ね。氏ねじゃなくて、死ね。衛兵来てもかまうものか。ぶん殴ってやる」

「クシひど~い!お巡りさーん、ここに悪人がいます~」

 ん、何だこのメッセージ?また念話申請?

「あ、クシ先輩、とりあえずギルド再加入を。画面にボタン表示されてるはずです。さあ早く!」

 結局最後までバタバタか、私の〈エルダー・テイル〉ライフ。もういい、このままログアウトボタンをおしてやる。押すのだ!!




 と、思ったのが多分数秒遅かったのだ。
 その直前、世界は暗転し、再構築され、

 私に見えるシステムメニューの中から、ログアウトのボタンが消失したのだ。
12/02/18 久々に読みなおして、気になる部分をちょいと修正
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