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ログ・ホライズン二次短編集

アキバ日誌 ~ギルマスさんたち卓を囲む~

作者:津軽あまに
 本作は、麻雀を題材としております。
 麻雀のルールをご存知ない方にはよくわからない単語が数多くあると思いますが、ご容赦ください。
 また、原作書籍五巻以降の時系列の物語ですので、ご注意ください。
 
(どうして……こうなった?)

 その正方形をした世界は、一言で形容するのであれば「死地」だ。
 自分が何の気なしに持ち込んでしまった「それ」が引き起こした事態に、カラシンは戦慄していた。
 熱気。静寂。意地。計算。予測。直感。
 0.56㎡の小さな空間に、むせ返るように濃密なモノが混在している。
 改めて、自らを囲む3人に、カラシンは視線を移した。
 一人は、神経質そうな眼鏡の青年。
 〈円卓会議〉の立役者にして、新興ギルド〈記録の地平線〉のギルドマスター、シロエ。
 一人は、引き締まった体躯をカジュアルなスーツに包んだ涼やかな偉丈夫。
 日本サーバーで最大の戦闘系ギルド、〈D.D.D〉のギルドマスター、クラスティ。
 一人は、まだ表情に幼さの残る、女性と見まごうばかりの少年。
 小規模ながら、ハーレム系ギルドとして知られる〈西風の旅団〉のギルドマスター、ソウジロウ。
 いずれも、この〈エルダー・テイル〉において、無数の修羅場を潜り抜けてきた猛者だった。

(どうして……どうしてこうなっちゃったんだ?)

 カラシンとて、勝算がなかったわけではない。
 いくら戦場で超人的な活躍を見せるこの3人であっても、所詮はほぼ同年代の青年である。
 であれば、場数を踏んでいる分、この勝負は自分に有利であると、そう思って挑んだのだ。
 それが。

「……ロン。イーペーコー、役牌2、ドラ。満貫です」
「ちょっと待てっ、なんだ、その待ちーっ!?」
「見事な誘導だな。これがヘンリエッタ女史の言う『真っ黒シロエ』の本領かい?」
「シロ先輩の〈完全管制戦闘(フルコントロール・エンカウント)〉はこんなものじゃありませんよ」

 カラシンは、完全に状況認識を失敗していた。
 ここは雀卓(せんじょう)。しかも、一線級のバケモノが集う、悪鬼羅刹の巣の類であったのだ。

 
 ◇  ◇  ◇

 
 〈円卓会議〉の事務所が置かれたギルドホールの一室。
 打ち合わせを終え、11ギルドのマスター何人か雑談に興じる中、カラシンが取り出したのは、麻雀卓と雀牌。
 趣味人の作り出した新製品の紹介と、息抜きを兼ねて、そして何より少し自信のあった麻雀で最下位の人間に罰ゲームと称した仕事の押し付けを行なおうという目論見の元、彼はその場にいたメンバーで卓を囲み……。

「……はい、ツモ。メンゼン、チートイ、ドラ2です。えーと、点数は……」
「子の満貫、4,000・2,000だね」
「シロ先輩、ごめんなさい。まだ符計算できなくって。最近、ナズナに教えてもらったから、役はわかるんですけどね」

(……親のダブ東アンコを捨てた上、索子混一まで切って筒子混みのチートイ? ……ちょっと待て! 何でそこで俺の当たり牌だけ綺麗に止めてるんだよソウジロウ君!? こっち、筋1巡目で捨ててるよ!?)

 なぜかほとんど「振り込まない」ソウジロウ。
 二重三重の迷彩が陰険なシロエ。
 ずるずると削られていく点棒。

「いや、参ったね、これは」

 せめてもの救いは、和了なし(ノーホーラ)のクラスティだ。
 捨て牌はわかりやすいタンピン狙いで、唯一、カラシンに振り込んだりもしている。
 それ以上にソウジロウとシロエがカラシンから搾取しているので、結果的に最下位は彼なのだが、それでもまだクラスティは逆転圏内である。

 深呼吸をして、改めて彼我の戦力差を分析する。
 カラシンとて、様々な人間をまとめてきた大手ギルドのマスターである。
 人間を観察し、その得手、不得手や特徴を理解することは、彼の特技の一つだ。
 まず、ソウジロウ。
 このとぼけた少年は、何故だか危険牌に対する感覚がすさまじい。
 まるで何かこちらの攻めようという気配が「見えている」ような気さえする。
  だが、麻雀自体はまだまだ素人だ。役作りには無駄が多いし、アタリ牌を漠然と理解できる、という自分の特性を認識していないのだろう。テンパイしたら即 リーチ、というわかりやすい動きをしては、「まずい」とわかっている危険牌を引いて自爆したりもしている。
 ダマテンに徹すればより効率的に戦えるだろうが、気質としては攻撃に重点を置きたいタイプらしい。そのあたりは、まだまだ若い。付け入る隙もある。

 次にシロエ。
 二重三重にかけられた迷彩と誘導で当たり牌を引き出す手腕は恐ろしい。が、迷彩と誘導にコストを払うということは、必然的に手作りの速度を低下させることに繋がる。
 ならば、惑わされる前に、スピードで押し切る。
 そもそも、〈召喚術師サモナー〉としてのカラシンのバトルスタイルも、速度と手数で押し切るものだ。
 クラスティには、このまま黙ってもらえばいい。幸い、オーラスはカラシンの親番。
 1位、シロエ。2位、ソウジロウ。3位、クラスティ。
 逆転には、これ以上ない舞台である。

 息を殺して、手牌を確認する。
 目的を変更する。当初の目的は、一位になって、普段頭の上がらない他のギルドマスターたちにいいところを見せようというものだった。しかし、今必要なのはラスを引かないこと。ラスの罰ゲームさえ誰かに押し付けることができれば、最低限の勝利は宣言できる。
 いける。いけるのだと、カラシンは自分に言い聞かせた。
 麻雀とはつまるところ、必要な牌と不要な牌を流通させる行為である。
 そして、流通に必要なのは、個々の商品だけを見る目ではない。
 商品を生み出す環境。商品を生み出す生産者。商品を売買する商人。商品を使用する顧客。
 その一連の流れを見通してこそ、商売であり、だからこそ「流通」。
 生産ではなく、冒険でなく、流通こそに特化したギルドのマスターとして、この勝負、負けるわけにはいかない。

「リーチ」

 ソウジロウが動いた。彼の勝利条件は1位。尊敬する先輩に勝つことなのだろう。
 この勝利条件の違いが、カラシンの望んでいた「機」だった。

「こっちも、リーチだ!」

 親である以上、高い点数は望まない。薄利多売。意識するのは、チャンスの多さ。
 ソウジロウが鉄壁であるならば逃げられない状態から攻める。
 シロエが誘導をかけるなら、揺れようのない状態に自分を追い込む。

「カン」

 ここで、静かだったクラスティが動いた。
 暗槓。遅い。オーラスで高めを狙う必要はあるだろうが、このタイミングでそれは悪手以外の何者でもない。
 そして、麻雀において得てして悪手こそ、流れを変えるものなのだ。
 ソウジロウが、引いた牌を見て形のよい眉をひそめた
 取った。
 確信めいた直感。
 河に捨てられたそれを見て、カラシンは宣言する。

「ロンっ! リーチタンピンドラが……裏あり! ドラ5! 親倍満直撃で2位浮上だ! クラスティさん、ナイスアシストで……」

 だが。

「ロン。 三色のみ。すまないが、頭ハネはありだったね?」

 頭ハネ。
 ある捨て牌に対して複数の人間がロン宣言したとき、その牌を捨てた者から反時計まわりに最も近い者のみが和了す(あが)ることができるという規定である。
 つまり。

「……半荘終了。ラスは、カラシン君ということになったね」

 緩く唇を歪めるクラスティを見て、カラシンは理解する。
 ここにも一人、「ラスにならないこと」を勝利条件としていた者がいたこと。
 しかも、カラシンのように旗色を見て変更したのではなく、最初から。
 ……いや。

(ちょっと待て。よく考えたら、これ、変じゃないか?)

 クラスティの捨て牌を確認する。
 この牌。どう見ても、クラスティは、ソウジロウがリーチする前にあがっているはずだ。
 しかも、相当に高い役で。

(……こっちの上がりを読みきって、その上で、ソウジロウ君からこぼれることを読んでた? いやいやいや、なんだその読み。心でも読んでるのかこいつ!?)

「……うー、悔しいなあ、シロ先輩に一矢報いれるかと思ったのに……」
「勝負は時の運だからね。それに、ソウジロウが負けたのは僕じゃなくて、クラスティさんだと思うよ」
「私は最下位争いに必死だったのだけれどね。まあ、楽しめたよ、カラシン。ご愁傷様」

 クラスティとシロエの意味ありげな物言いに、カラシンは背筋が寒くなる思いがした。
 これは、考えられる限り、ほぼ最善の順位だ。
 この勝負には、多くの〈円卓会議〉スタッフの目があり、結果は瞬く間に関係ギルドに広がる。
 ここでクラスティやソウジロウが一位になっては、ただでさえやっかみを受けやすい彼らが、完璧超人のレッテルを貼られて好感度を下げることになりかねない。
 人間はどこか欠点があったり、敗北したりする方が人を寄せ付けやすいのである。
 対して、シロエは〈円卓会議〉において自分から進んで嫌われ者を演じている節もある。
 彼の役作りは必要であるが、あまりに報われない姿勢であるのも事実だ。
 簡単なゲームにおいてくらいは、彼に花を持たせる方がバランスがよい。
 そして、カラシン自身。

 正直に言えば、カラシンはここ最近、ほんの少しだけ仕事に余力がでてきたところだった。
 天秤祭がつつがなく終了し、〈大地人〉商人達との交渉の山場も無事越えた。
 西のきな臭い動きは気になるが、アキバの街の物の動きは安定してきている。
 可能、不可能のレベルで言えば、罰ゲームとして〈円卓会議〉の事務量を多少増やしても、対応はできる。
 だが。そこまで考えたとして。
 そうなるように、実現できるように、点数や戦局を調整することなど、できるだろうか。
 しかも最後に、カラシンの大逆転が頭ハネでぬか喜びだった、なんて、あまりに「観客受けを狙った展開」で。
 流れを読む、などというレベルではない。
 そんなことができる人間がいたら、それはもう、人間ではなく、妖怪の類である。

「……寿司の人、回転しろー……」
「何か言いましたか?」
「いいえ、なんでもありません……」

 カラシンは知らない。
 その感想は既に、彼が先日見惚れた〈大地人〉の姫が、この青年に対して抱いたものと同じであることを。
 世はすべてこともなし。
 戦場がどこであろうと、アキバの11ギルドマスターたちは、平常運転なのであった。
 

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