14冊目「みなさんギルド名の由来を考える」
「それじゃあ、質問ですー、〈D.D.D〉って、何の略なのですかー?」
「……え?」
〈エルダー・テイル〉日本サーバ最大の戦闘系ギルド、〈D.D.D〉。
新人育成部隊の大規模戦闘演習が終わったその後で、雑談に興じていた「ざ・らいとすたっふ」の一員、厨二ことクーゲルに投げかけられたのは、新人プレイヤー、ユズコのそんな質問だった。
ギルドネームの由来など、厨二は聞いたことがない。
ギルドネームは大抵が、ギルドマスターの好み、独断と偏見でつけられる。ただ、大規模ギルドとなればそれなりの由来があるか、ギルドの特色をうまく表現していることが多いのも事実だ。
たとえば、〈D.D.D〉とならぶ日本サーバの戦闘系ギルドを例にあげるならば、〈黒剣騎士団〉は大規模戦闘でギルドマスターのアイザックが入手した最強クラスの大剣、苦鳴を紡ぐものにちなんでギルドネームを改名している。〈シルバーソード〉も、己を武器に準える様は「考えるよりまず戦う」という切り込みギルドの趣旨にぴったりだ。〈西風の旅団〉にしても、驚異的な機動力、フットワークの軽さを誇る少女たちの様子をうまく表しているギルドネームと言えるだろう。
その中において〈D.D.D〉は、その名前からギルドの色が見えないという意味で異色だった。
表記から何らかの略語であることは想像できるが、ギルドのサイトにも由来は記載されていないし、クラスティやリチョウといった古参のメンバーがそのことについて語ったのも聞いたことがない。
「ね、何の略なのですかー?」
「……そ、それはだな……」
厨二の思考が高速回転する。
わからないものはわからないと言うのも手、というかそれが正道ではあるのだが、直前に「俺はギルド若手で一番の事情通」的発言をした直後の手前それは非常にカッコ悪い。
そして、カッコよいかカッコ悪いかというのは、厨二にとっては極端に高い優先順位に据えられる問題なのであった。
「あ、ごめんなさい、ご存じなかったのですか?」
「い、いや! そんなことはない! 知っている。知っているぞ! ただちょっとのど元まで出掛かって出てこないだけだ!」
「そうですかー。……ゴザルさんは御存知ですか?」
苦し紛れの厨二の反応を信じたのか、ユズコはあっさりと引き下がって話の矛先を別のメンバーへと移した。
新たな標的になったのは、厨二といつもつるんでいる、ゴザル、俺会議、MAJDE、ユタの中堅スタッフたちである。
「さあ。拙者も実際わからんでゴザル」
「俺国会図書館的には全会一致で過去の名作リスペクト、ドキドキダイナ……」
「言わせるかーっ!!」
「んー? そこの高校生。なぜにアレでナニなネタにツッコミを入れられるんだオイこの思春期! むっくりスケベ! 俺議会に証人喚問を要求する!」
「な……っ。別にテメェの言うことだからろくなことじゃねぇと思っただけだよっ!」
「ほほーう。ユタにも人並にそっちへの興味は残っていたでゴザルか。善哉善哉」
「テメェゴザル何言ってやがるーっ!?」
叫ぶようなユタのツッコミに反応したか、演習後で雑談に興じていた新人たちがわらわらとユズコ達の元へと集まってきた。
「ユズちゃんがまた天然台詞で先輩方を抉ってる?」
「……はあ。またユタさんが叫んでるよ。大変だなあ」
「厨二師匠、今度はどんな天然ボケ仕込んだンでやんしょうか? 〈D.D.D〉名言大賞に新たな1ページが?」
「はっ、これは噂に聞くMAJIDEさんの生MAJIDEを拝聴できるチャンス……っ!?」
いくらバカ話ばかりのノリとはいえ、中堅スタッフメンバーに直接話しかけるのは新人たちにとってもハードルが高い。
が、同じ駆け出しであるユズコが混じっていることで、その抵抗も緩和されることになったらしい。気がつけばエリアにたむろしていたメンバーの大半が人だかりを作っていた。
なんのかんのと言われても、彼らはこのギルドの中でもそれなりに注目されているプレイヤーたちなのだ。
「どうしたでやんすか、ゴザル先輩、ユズコ嬢」
「〈D.D.D〉のギルド名って何の略だろうー? って話なのですよー」
「ぁー、俺も気になってたかも」
「そういや聞いたことないなあ」
誰もが口には出さないものの、一度は考えたことがある話題だったのだろう。
一人が皮切りに適当なことを言い出したのをきっかけに、めいめいが勝手な想像を挙げていった。
「デロデロ道中とか」
「 Death Dead Die……死んで覚えろってことさ」
「どんだけスパルタ方針だよ?!」
「あれだよ。古典にちなんで、 ダンジョン&ドラゴンズ……あ、1個たりね」
「ディスティニーとかつけとけばいいんじゃね?」
「迷宮と竜の運命……うむ。美しい。これで正解ではないか?」
「ぁー、厨二さんのお墨つきがついたってコトは違いそうでやんすね」
「な、何だその論理の飛躍は! 失敬だぞ!」
騒ぎが騒ぎを呼び、気がつけば他のエリアにいたギルドメンバーまでもがこの話題に参加していた。フレンドを対象としたプライベート通信機能を使って知り合いに聞く者まで現れ、もはや事態は大喜利の様相を呈し始めていく。
「どきどきデート大作戦!」
「どこの安いドラマだーっ!?」
「でっどりーどらいぶどらぐーん」
「HAMA語MAJIDE!?」
「だって どうしよーもない……丼」
「うまいこと反論を語呂合わせしようとして、心が挫けたのがよくわかる語尾でゴザル丼」
「あはは、可愛らしいですねー……丼」
「ドリル! ドライバー! ダイヤモンドカッター!」
「テメェはダンジョンでトンネル掘って恩讐の彼方に駆け抜けろっ!」
「イブセマスジーか!? 蟹光線か!?」
「……いや、普通に菊池寛でゴザルな」
「ダン・ダンダダ・ダンダンダン」
「不死身のサイボーグだか、虫の姫様のテーマかどっちかわかんねえよ! ……けほっ」
「ユタさんフルボッコです丼」
「ツッコミの達人でゴザルからなあ……」
周囲で次々と繰り出されるボケをことごとくツッコミで切り捨てていくユタ少年だったが、いかんせん多勢に無勢。声を嗄らして思わず咳き込んだ。
ネットの世界は広大であるが、基本的にボケ:ツッコミの比率は7:3くらいであることが多い。
特に暴言でなくツッコミを適切に条件反射でいれられる才能とは、総じて貴重な存在なのである。
「……OK、そろそろマジメに考えよう。ユタがツッコミ過ぎてぶっ倒れたら、リーゼさんの機嫌がストレスでマッハだ」
「実際ツッコミは資源でゴザルしな」
「んー、デス・ダンジョン・ダイバーとかどうだ? 俺達決死隊ー! みたいな」
「おおー。あるかも」
「クラスティさんはもっとオサレ系じゃね? Dream Drug&Drop 夢をつかみとれ、みたいな」
「実は高山女史あたり発案でDear Dungeon Divers(親愛なる探索者諸君)、とかどうよ」
「いいなそれ! 三佐さんに言われてみてえ!」
「どうしました?」
白熱した話題に不釣り合いな、淡々とした口調。
エリアに入ってきたのは話題の人、〈D.D.D〉の中核スタッフメンバー、高山三佐だった。
軍服然とした装備で統一されたアバターと、硬質な言葉づかい、その無駄のない行動から、ゲームの中ですら彼女の周囲では自然と雰囲気が引き締まる。
他ギルドからは「軍曹オーラ」とも呼ばれる、高山三佐の放つ気配。
彼女のプレイヤーが保育士で保育園に勤めていることは周知の事実であるが、そう言われなければ軍属と勘違いされてもおかしくない物腰だ。
彼女がそこに立っているだけで収集のつかない雑談が見る間に沈静化する。
それを見て、直前まで躍起になって火消に回っていたユタは盛大なため息をついた。
「……こういうトコがお嬢と三佐さんの違いだよなあ」
「今日はずいぶん解散に手間取っているようですが。何かありましたか?」
「いえっ、三佐さん、状況、問題ありません!」
「作戦後の小休止、雑談に興じていただけでやんす!」
隠れ親衛隊がなぜか敬礼のポーズで返答する。
高山三佐のファンクラブ構成員は、皆が申し合わせたかのようにアバターの動作ショートカットに敬礼を仕込み、軍隊口調をマスターした、無意味に統制された集団だった。それは、教導部隊に所属するような新人でも例外ではないのである。
「それならば構わないのですが。随分と騒がしいようでしたから。……また、リーゼさんを話の肴にしていたのですか? だとしたら褒められたことではありませんが」
「あー、違うのですよ、山ちゃ……高山センパイ。〈D.D.D〉のギルドネームの語源ってなんだろうと話していたのですー……丼」
「なんですかその太鼓でも叩き出しそうな語尾は」
「お気になさらずです丼。あ、高山センパイは御存知ではないですかー?」
「いや、ユズコさん。三佐さんも中途入団組でゴザルし、そこらへんはわからな……」
「もちろん知っていますが」
「そう。だから知って……あれ?」
あっさりとした回答にどよめきが起きる。
それはすぐに、高山三佐の言葉の続きに耳を澄ませる沈黙に変わり、
「「誰でも」「どきどき」「ドラゴン退治」です」
思考の空白を示す沈黙になった。
「「「……………」」」
(お、おいっ、三佐さんが全力でボケてきたぞ?!)
(っていうか、それ、〈D.D.D.D〉でゴザルよねっ?!)
(つ、ツッコミいれないと寒いのか? でも高山さんにツッコミとか全俺会議でも不信任決議案な超ハードル高ェ議案!)
(誰か! クシの姉御を呼べ! そうでなけりゃ、リーゼのお嬢でもいいから!)
「あはは、先輩、それじゃ〈D.D.D.D〉じゃないですかー。というか、アルファベットなんだから、日本語の略って変じゃないですかー?」
停滞した静寂を切り裂いたのは、ユズコだった。
彼女はとてとてと高山三佐へと歩み寄ると、よりにもよって裏手ツッコミの動作を叩き込む。
津波の直前に潮位が下がるような勢いで、周囲にいたプレイヤー全員の体感温度が低下した。
(全力で真っ向から切り込んだーっ!?)
(っていうか厨二とか俺会議へのリアクションとノリが変わってないぞ!?)
(これが……死をも恐れぬ天然の勇気……っ)
ユズコお嬢の手りゅう弾でキャッチボールでもするかのような発言に、高山三佐が硬直する。
そして、次に漏れたのは。
「……あれ? 言われてみれば……いや……ですが……」
今まさにその事実に気付いたとばかりの、心底意外そうな声だった。
「気づかなかったのですかー? というか、明らかに冗談っぽい話ですけど……」
「し、 仕方ないではないですか。そうだとクシ先輩から聞かされていたので……いや、別に私はクシ先輩の言うことだから無条件に信じたとかそんなことは決してなくて、ただ、誰もが積極的に大規模戦闘などの最先端コンテンツに参加できるようにというこのギルドの方針にぴったりだから、そういうものだと思ったので あって……ああもう先輩っ、冗談なら冗談だとわかるように言ってほしいですっ!」
とりとめのない言動。慌てると簡潔に物事を口にできなくなるのは、高山三佐の癖である。
彼女は自分を落ち着かせるように大きくため息をつくと、言葉を継いだ。
「し、仕方ありません。かくなる上は私が直接、隊長に由来を聞いて……」
「どうかしたかな?」
「っ! ……隊長。いつの間にか背後にいるのはやめていただけますか」
息を呑む程度の反応で済んだのは、クールな彼女の面目躍如というところだろう。
いつの間にか高山三佐の後ろに立っていたのは無骨な鎧に身を包んだ威丈夫。
巨躯でありながら細面と眼鏡のアクセサリで知的な印象を残したアバター。〈D.D.D〉のギルドマスター、クラスティその人だった。
「失礼。随分と楽しそうな話だったものでね。それで、何か御用かな?」
高山三佐の非難めいた言葉にも、全く動じた様子はない。
常に平静に、冷静に、沈着に。
ボイスチャットが主流の〈エルダー・テイル〉で、感情を全く気取られないポーカーフェイスならぬポーカーボイスをどんな事態でも貫くことができるのが、この巨大ギルドを束ねる青年の強みだった。
これ以上注意しても馬耳東風と割り切ったか、高山三佐はすぐに話題を元へと戻す。
「……〈D.D.D〉というギルドネームが、何の略称か、という話です」
「ああ、そういう流れか。以前櫛さんにも聞かれたね。……「誰でも」「どきどき」「ドラゴン退治」、だ」
あっさりとした回答。
ぱっと高山三佐の口調に精彩が戻る。
もしもアバターにプレイヤーの感情がダイレクトに反映されるのだとすれば、〈狼牙族〉である彼女の耳と尻尾が全力で振られていたであろう。クール彼女としては珍しい感情表現だった。
「やはりそうでしたか!……そうですよね! ヤエ先輩ならともかく、クシ先輩がそうそう人を騙すとも思えません! ほら、皆さん。やはりこれで間違いなかったのですよ」
「なるほど。英語じゃなくて、日本語だったのですかー。捻ってますねー。空中三回転捻りですねー」
他の誰かが言うならばともかく、ギルドマスターが口にした言葉である以上疑う理由はない。
そう判断した女性陣に対して、スタッフメンバー男性陣の反応は対極だった。
(いやちょっと待てそこの2人! そこで何で陰険眼鏡が面白がってるという結論にならないかな!)
(マスターの中の人がすっごいいい笑顔でにやにやしてるのが目に浮かぶでゴザル)
(クラスティまじ鬼畜! GJ! もっとやれ!)
いっそコミカルと言えるほどの高山三佐の反応を見て、周囲のメンバーは改めて実感する。
真面目そうな声色と丁寧な口調で真意こそ窺い知れないが、相手の心を読み取った上で、面白おかしい方向へと事態を転がしていくのが、天下の〈D.D.D〉のギルドマスターの一面であるのだと。
(……もしかして、三羽烏の人気ってさ。クラスティさんの演出もでかくないか?)
(み、認めないでゴザルよ! 拙者のこの熱きパトスまでもマスターの手のひらの上だとかおもひでを裏切るなら! 少年が神話になって残酷な天使がアンチテーゼでゴザルアバーッ!)
(……ゴザル。いいから再起動してこい。頭を)
かくて、〈D.D.D〉命名の由来は藪の中。
(……しかし、さすがはクラスティの旦那。なんたるウケナガシ・ジツのワザマエか! 全俺クランが嫉妬した! ……はっ!)
(どうした、俺会議? また下らぬことでも思いついたかい?)
(〈D.D.D〉って、「誰にも」「どうにも気」「取られない」……つまりクラスティさんの性質のことだったんだよ! なんだってーと俺MMR!)
(……「黙れ」「ドヤ顔」「どうでもいい」でゴザル)
(「だが……ラプラスの」「デーモンの如きマスターの知能はもはや」「デウスエクスマキナの域と言える」)
(……「誰か!」「どうにかしてこいつらをっ!」「黙らせてくれーっ!」)
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