挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
D.D.D日誌 作者:津軽あまに

13冊目「厨二さん解説する」

 

 人気MMORPG、エルダーテイルにおける、日本サーバー最大の戦闘系ギルド〈D.D.D〉。
 そのスタッフメンバー、〈妖術師〉リーゼ率いる新人教育担当部隊……「俺会議」やリチョウは教導部隊と呼んでいる……の大規模戦闘演習が終了し、メンバーたちが三々五々に散っていく。
 力尽きて早々にログアウトする者、今回の経験をまとめるために作業に入る者、獲得したアイテムを整理する者、そして、ログオンしたまま興奮さめやらぬままに雑談に興じる者。
 先ほどまで連携して動いていたのが嘘のようなてんでばらばらな様子。これもまた、〈D.D.D〉の一側面である。
 熟達の大規模戦闘(レイド)経験者が7人も参加という、教導部隊の作戦としては珍しい編成もあり、戦果は快勝といっていいものだった。
 自然と雑談の調子も軽やかで明るいものになる。

「ユズコちゃん、カード獲得おめでとうでゴザルよ!」
「えへへ、わたしの班にはMAJIDEさんと俺会議さんがいましたし、みなさんのおかげですよー。それにしても、山ちゃん先輩たち、すっごい人気ですねー」
「クール天然の三佐さん、姐御ボケの黒巫女、背伸びツンデレ全開のお嬢。3人が3人とも、根はお人よしな世話焼きとくりゃあ、そりゃ人気も出るだろうさ」
「俺会議さんも3人のファンなのですかー?」
「はっはっは、当然! 全俺三分の計で分け隔てなく愛を注いでいるともさ! 具体的に俺衆議院が黒巫女、俺参議院が三佐さん、俺貴族院がお嬢担当だトカ!」
「うわー、相変わらずさわやかにダメな発言ですねー」
「ぐはっ、相変わらずほわほわにエグる発言だよなー」

 珍しく教導部隊の演習に参加した〈D.D.D〉名物のお祭り男たち「らいとすたっふ」の4人と、新人〈召喚師〉の少女、ユズコ。
 彼女が体験入団してきたとき以来の知り合いである一同の和やかな会話に、極端に冷めた声が割って入った。

「……オマエら、ほとんど罰ゲームとか謹慎状態とかだって自覚がカケラもねーのな」

 抑揚のない声の主は、新人育成部隊の副隊長、ユタ。またの名を「ツッコミの」ユタ。
 別に彼がいじめられっ子を卒業して走り屋への道を”踏み出(デッパツ)”しちまったぜェ的な経歴を持つからではなく、単に周囲のボケには律儀にツッコミを入れねば気がすまないマジメな性格であるからつけられた二つ名だ。
 「らいとすたっふ」のメンバーの半分近くと同期であることから、ユタは暴走しがちなメンバーの悪友にして、貴重なストッパー役でもある。
 だが、そんなユタの言葉に、「らいとすたっふ」一同はきょとんとしたような反応を返すだけだった。

「……罰ゲームMAJIDE!?」
「気づいてなかったのかよ!? このタイミングで最前線の攻略外されてるとかでわかれよ! あと、処分言い渡したときの三佐さんの完ッ壁に抑揚ナッシングな口調で! 俺、うちのガッコの教育指導が三佐さんじゃなくてよかったって心底思ったぞっ!」
「はっはっは、我々の議会(ぎょうかい)では御褒美です。実際虫とか呼ばれたい的な!」
「さながらあのオーラは凍える炎……心の鋼を鍛えるには、あれか、リーゼ嬢のツンデレ嫉妬オーラくらいの業火でなければな」
「お嬢や三佐さんが別エリアだと思って言いたい放題だなテメェら……」

 まったく応えた風にも見えない連中に、ユタは盛大にため息をつく。
 「ざ・らいとすたっふ」による〈西風の旅団〉ギルドマスター襲撃事件の後、どういう交渉がギルドマスター間であったのか、両ギルドの関係は表立って悪化することはなかった。
 しかし、ともすれば日本サーバー有数の戦闘系ギルドによる対立を生みかねない行動をとった彼らに何のお咎めもないはずもなく。
 結果として、普段ならば最前線の攻略に借り出されるはずの彼らは、対外的には目立たないところでの活動ばかりを高山三佐から割り振られていた。
 情報統制を敷いた上で表面的な活動を減らすことで、ほとぼりを冷ます意図だろう。
 そんなわけで「ざ・らいとすたっふ」のメンバーたちは、新人育成部隊の手伝いという、彼らとしては比較的地味な動きをとっていたのであった。

「テメェらちったァ反省しろぉぉぉぉ! お嬢の怒りの炎と三佐さんの絶対零度で熱疲労破壊とか喰らうのオレなんだからなっ!」
「炎と氷が両方そなわり最強に見えるでゴザルな」
「何だそのご褒美烈風正拳突き改! むしろなんたるラッキースケベ! 最高俺裁判所が死刑判決を申し渡す!」
「なんでスケベっていうかいきなり確定判決かよっ! 思いっきり巻き添えじゃねぇかーっ!?」
「む。それは聞き捨てならんなユタ。ゴザルはキミの……」
「黙れでゴザルよボールペン」
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!? ボールペン折るべし! ドイツ語専攻爆発すべし! 悪逆の友人を除かねばならぬ!」
「オレの話を聞けぇぇぇぇぇっ!」
「みなさん仲良しですねー」
「どこをどう見ればそういう結論になるンだーっ!」
「今の天然(ボケ)女の子(ユズコ)さんでゴザルよ?」
「ぐはっ!?」

 ゴザルのからかうような口調に、ユタが言葉を詰まらせる。
 ユタにとって、女性に対して語気を強めるのは原則として「ルール違反」だからだ。
 諸事情により女性全般に苦手意識のあるユタであるが、それは「嫌い」なのではなく、あくまで「苦手」であるに過ぎない。
 相手が悪質なプレイヤーでない限りにおいて、敬して遠ざけるというのがユタの女性に対するスタンスだった。
 むしろ、彼は女性への言動には極端に気を使い過ぎる傾向がある。暴言やセクハラめいた発言はおろか、語気を強めることもほとんどない。ごく僅かな例外を除いては。

「す、すまん、ユズコさん……ついこのバカ相手用のリアクションをしちまって……」
「あはは、お気になさらずですよー。今日のわたしはカードをもらえてごきげん殺人事件なのでありますー」
「いや、すまない、ユズコさん。たとえが激しくよくわからないんだが」
「……女の子相手だとツッコミに切れがないでゴザルね」
「MAJIDE」
「ほっとけっ! テメェらはボケに歯止めがないからこっちもエスカレートすんだよっ!」

 軽口を叩きあう男性陣を横目に、ユズコはアイテムメニューの〈メッセージカード〉を見ながら、ぽつりと呟いた。

「でも、なんでわたし、今日カードいただけたんでしょうー。わたしより活躍してる人、いっぱいいるのに。女子だからって気を使ってもらっちゃったのかなー」
「それはないだろう。三羽烏はそれぞれの”チカラ”を生かし、評価の観点をずらしてカードを配布している。ただ、共通しているのは3人全てが、ただ純粋に実力を評価しているということだ。そう。太陽と月と星が、大地のそれぞれ別の領域を照らすように……」

 黒のマントを翻し、朗々と答えるのは、「厨二」こと〈妖術師〉クーゲル。
 実年齢は不詳であるが、心はいつでも14歳とご近所でももっぱらの評判の筋金入りな気障ロールプレイヤーであった。

「勝手な属性付与するなよ! 漫画キャラかっ!? 今の「力」は絶対、クォーテーションマークでカタカナ書きだったよなーっ!?」
「”チカラ”MAJIDE!?」
「チューニさん、相変わらずの耽美ロールですねー」
「いや、ユズコちゃん、あれは耽美じゃない、厨二だ。あと、月と星は割と同じトコ照らしてるよな」
「ふぉぉぉぉぉっ!? いいでしょ! 太陽と月ときたら星なの! 魔動な力の世界観的に!」
「さすが叫ぶ詩人のボールペンことポエミー山崎でゴザル」
「だからボールペン違ぇぇぇぇぇぇぇっ!! 山崎って呼ぶなあぁぁぁぁっ!!!」

 気取ったテノールボイスが一転、甲高い叫び声に変わる。
 独自の美学や美意識と無駄に響くテノールボイスを持ちながらも、彼が痛カッコイイ系二枚目ロールプレイヤーではなく、どたばた賑やかなネタキャラと評価されてしまうのは、このあたりのいぢられ耐性の弱さに起因していた。
 このため、どれほど彼が美意識の粋を凝らした発言をしても、面白キャラがなんか面白言動をしていると認識するだけで、その意味をまともに理解するような者はほとんどいないのが現実である。

「それより、チューニさん、三羽烏さんの”チカラ”って、どういうことですかー?」
「って、ユズコ殿、そこスルーせずに拾うでゴザルか?!」
「興味あり気な対応MAJIDE!?」

 だが、そんな厨二の台詞をスルーしないどころか、あまつさえ話を広げようとした人物がいた。
 空気読めない少女として名を知られる新人(ニュービー)、ユズコである。
 その反応に気をよくしたか、厨二は無駄に黒のマントを翻すと、咳払いを一つ。
 さながら、古くからの伝承を吟じる語り部のような素振りで語り始めた。

「一の黒翼は未来の司。その"チカラ"は『確約された十秒間(テンカウント・エンカウント)』。権能は先読み。起こりうる可能性を認識し分析し、最適化された戦術を弾き出すのが彼女の法則外異能(スキルアウトシステム)
 二の黒翼は現在の司。その"チカラ"は『睥睨する瞳(オーヴァーゲイズ)』。権能は並列思考と広域認識。複数の事象を逃さず幅広く認識し、状況を正確に把握するのが、彼女の法則外異能。
 三の黒翼は過去の司。その"チカラ"は『焚書されざる図書目録(アンブレイカブルライブラリ)』。権能は知識の蓄積。記憶の海を自在に泳ぎ、必要な情報を即座に汲み上げるのが、彼女の法則外異能。
 三対の黒翼は我らが至宝。時の三女神の落とし子たる」
「「「「…………」」」」

 無駄にいい声で朗々と語り終えた厨二を包み込むのは、周囲の生暖かいことこの上ない視線だった。

「発言大暴投MAJIDE!?」
「……す、すまん、厨二。さっぱりわからない」
「ユタですら怒鳴りツッコミを避ける気遣いを見せざるを得ないレベルのアレさでゴザルな。俺会議、自慢の共感力とやらでなんとか翻訳できないでゴザルか?」
「無理無理無理! 女の子がちょっと気遣って興味があるよ的発言してくれたのを間に受けて調子に乗って恥ずかしいこと言っちゃう非モテヲタの悲しいサガが全開過ぎてうぐぁぁぁぁぁ!? くそ、俺封印書庫の黒歴史を紐解くなー!?」
「……ぁー、なんか俺会議の地雷っぽい。意外だ」

 騒然となる一同。
 だが、そんな中で、ユズコは全く動じずに、ふむふむ、と頷きを返していた。

「……つまり、クシさんは先読みがすごくてー、山ちゃん先輩は細かいところまで目配りができてー、リーゼさんは記憶力がいいわけですね。三羽烏のみなさんは、すごいのですー」
「ここにも超訳MAJIDE!?」
「俺暗号解析班ですら解析を放棄したアレ発言に普通の言葉を返した……だとっ?」

 そんなどよめきもどこ吹く風。
 ギアがトップスピードに入った厨二はロケットで突き抜けて言葉を続ける。
 完全な厨二ロールプレイモードに入ったクーゲルを止めることは、なまじ笑いを狙った悪ふざけではないだけにツッコミのユタでさえも難しいのであった。

「ああ。確かに三羽烏の”チカラ”は稀有だ。けれど、ユズコさん、君も八羽目の鴉になれるかもしれないと、僕は考えているがね」
「はあ。よくわからないけど、山ちゃん先輩目指して、がんばりますよー」
「高山三佐を目指すならば、君もキャラクターデータに頼らない自分なりの”チカラ”を身につけるといい。おぱんつ騎士の『三角絶対領域(デルタサンクチュアリ)』、ハーレム侍の『一分の見切り(ワンサイドキルサイト)』。マッパー師範の『本来無一物(オールオブナッシング)』……トッププレイヤーは皆、多かれ少なかれ、何らかの法則外異能(スキルアウトシステム)を習得しているものだからね。僕の……否、俺の、『憤怒の魔炎(ラースフレイム)』も、四羽目であるジンガー(マイナー)の『俯瞰全燃焼(バーンナウトオール)』の模倣だが、いつかは一流の”チカラ”に変えてみせる」
「つまり、キャラクターのレベルアップだけじゃなくて、プレイヤーも腕を磨かないと、ということなのですかあ。勉強あるのみですねー」
「散文的に言うならば、そういうことになるな」

 付き合いの長い俺会議ですら翻訳を諦めた絶好調な厨二の独自世界観(アトモスフィア)に、ユズコは一歩も引かずに対応していた。

(……会話成立MAJIDE!?)
(なあ、あの”チカラ”関係のアレ気な技名って、本人が言ってることなのか?)
(ないない。それは絶対ないでゴザルろう。全部厨二ネーミングでゴザルし)
(これがチューニッシュ・センス……。ある意味あそこまで突き抜けるともう何も恐くない!)
(不意打ちでエホウ・アンブッシュ的なフラグ!?)
(ってかやっぱり厨二、この前の西風の娘さんといい、テメェは間延び口調娘さんに弱いのな……)

「チューニさんはここのギルドの色々に詳しいのですねー」
「ふふん。マスターやリチョウ卿には及ばないが、まあ若手組では最もギルドに詳しい男と思ってもらって構わないだろう」

 興が乗った厨二が完全に調子に乗った、その瞬間。

「はいっ、それじゃあ質問ですー、〈D.D.D〉って、何の略なのですかー?」
「……ああ、それはだな……って、ぇ?」

 絶妙なタイミングで投げかけられた疑問に、厨二は完全に素に戻って、絶句したのだった。

 
◇ アイテム紹介 ◇

異能目録(ザ・リスト)

 練磨と研鑚の果て、「突破した」者だけが行使することのできる、世界法則に基づかない異能が記された黒の手帳……という設定の、〈厨二〉クーゲルの私物ノート。〈エルダー・テイル〉のアイテムではない。4号サイズで税込99円。
 彼が実際に目にした、廃人級のプレイヤースキル(彼は「法則外異能」と呼んでいる)がつぶさに記録されている。
 メモされているスキルにはそれぞれ、クーゲル渾身のネーミングセンスでもってつけられた技名がつけられている。
 オフ会のカラオケ屋にこれを置き忘れてクーゲルが半狂乱になった「血のバレンタイン事件」は割と有名。厨二という二つ名がギルド内で定着したのは、この事件がきっかけだとか。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
▲ページの上部へ