原 英史経済の死角

2014年05月09日(金) 原 英史

兵庫県養父市は日本農業とアベノミクスの起爆剤となるか ~シンポジウム「養父市の挑戦:国家戦略特区で日本農業はどう変わるか?」を終えて

文/ 原 英史 株式会社政策工房代表取締役(政府「国家戦略特区WG」委員)

アベノミクスの行方は不透明だ。特に、第三の矢に関して、「いつになったら飛ぶのか」「もう折れてしまったのでは」などと厳しい見方が少なくない。

期待を何とかつなぎとめているのが、昨年の臨時国会で創設された「国家戦略特区」だ。

特区の具体的な場所として、今春、6つの区域が決まった。「東京圏(東京都のうち9区、神奈川県、成田市)」「関西圏(大阪府、兵庫県、京都府)」「沖縄県」「福岡市」「新潟市」「養父市」だ。

「東京圏」「関西圏」は順当なところ。「沖縄県」「福岡市」「新潟市」もまだそんなに違和感はないが、問題は「養父市」だ。

養父市といっても、どこだか分からない読者もいるかもしれないが、兵庫県の北部にある。「日本のマチュビチュ」「天空の城」として最近話題の竹田城がある朝来市と、志賀直哉「城崎にて」で有名な城崎温泉のある豊岡市に挟まれた、人口2.6万人の市だ。

ここが、「中山間地の農業改革拠点」として、わずか6つの特区の一つに選ばれた。

なぜ、北海道などの大農業地域を差し置いて、養父市が選ばれたのか?
たった人口2.6万人の養父市で、「国家戦略」として何ができるのか?

多くの人の頭の中には、クエスチョンマークが渦巻くと思う。

中には、「こういう案件は、たいてい政治決着のはず。何らかの理由で、強力な政治力を使ってプッシュしたのでは」などと勘繰る向きもあるかもしれないが、全く違う。

疑問を解き明かすため、筆者が理事を務めるNPO法人万年野党(会長:田原総一朗)で、4月21日、シンポジウム「養父市の挑戦:国家戦略特区で日本農業はどう変わるか?」を開催した。

〔左から〕コーディネーターの磯山友幸氏、パネリストの岡本重明氏、広瀬栄氏、新浪剛史氏、竹中平蔵氏

パネリストとして、特区、農業改革、養父をめぐる、ど真ん中のプレイヤーたちが並んだ。

●竹中平蔵(慶応大学教授): 国家戦略特区のもともとの提案者であり、政府の産業競争力会議民間議員のほか、今年1月からは国家戦略特区諮問会議民間議員も務める。
●新浪剛史(ローソン代表取締役社長CEO): 竹中教授と同じく産業競争力会議民間議員であり、農業分科会主査として農業改革の司令塔役。
●広瀬栄(養父市長): 言うまでもなく、今回の主役。
●岡本重明(農業生産法人新鮮組代表取締役): 「TPP賛成、改革派農家」の代表格として、TV番組等でもおなじみの愛知県田原市の農業者。今回は地域を超え、養父市の国家戦略特区提案に共同提案者として参画した。

実は、筆者自身、政府の国家戦略特区ワーキンググループの委員を務め、養父市の選定に関わった一人だが、本稿では、筆者以上に"張本人"と言ってよい、上記パネリストたちの言葉を引用しつつ、以下の疑問に答えていきたい。

1)そもそも国家戦略特区とは何なのか?
2)養父市はなぜ国家戦略特区に選ばれたのか?
3)養父市で具体的に何をやるのか?
4)日本農業とアベノミクスの行方にどう関わるのか?

1)そもそも国家戦略特区とは何なのか?

国家戦略特区はもともと、政府の産業競争力会議で成長戦略(アベノミクス第三の矢)を議論する中で、民間議員の竹中教授らが提案したものだった。その原点となる考え方について、シンポジウムでの竹中教授の基調講演から引用してみよう。

竹中教授:私は、2001年から2005年まで4年半、経済財政政策担当をやらせていただきましたが、その間、成長戦略なるものを1回も作っていません。その後から、成長戦略を毎年政府が作るようになり、政府が成長戦略を作るようになって、日本の成長率は見事に下がりました。成長戦略といっても、そんな打ち出の小槌のようなものはないということです。

結局のところ、成長戦略とは、付加価値を見出す企業・民間部門ができるだけ活動しやすいように規制を緩和すること、そして、法人税や公共料金など負担をできるだけ軽くすること。それしか、王道の成長戦略はありません。規制緩和と法人税減税が、成長戦略の胆です。・・・

では、規制改革はうまく行っているのか。そこに日本の非常に悩ましい問題があります。日本には岩盤規制と言われる規制がある。長年こんな規制はおかしいと言われながら、そこに政治勢力があって、ビクともしない。・・・それを何とか突破しなければ成長戦略はできません。そこで、去年の4月に提案したのが、国家戦略特区なのです。

つまり、キーワードは、「岩盤規制の突破」。そのため、地域を限って実験的に突破しようということだ。もっとも、こうしたアイディアは本邦初ではない。かつて小泉内閣で設けられた構造改革特区や、民主党政権で設けられた総合特区もあった。今回の国家戦略特区はどう違うのか。

竹中教授:国家戦略特区の枠組みは、今までのものと根本的に違います。今までの特区は、東京都なら東京都、養父市なら養父市が国に「こういう規制緩和をしてください」とお願いし、国が上から目線で「これはやっていい」「これはやってはダメ」と決めるものでした。今度は、養父市なら養父市の区域会議を作って、そこに国の代表の特区担当大臣、地方の代表の養父市長、民間の代表が入る。区域会議が、さながらミニ独立政府のように、自由にものを決められる仕組みなのです。

2)養父市はなぜ国家戦略特区に選ばれたのか?

成長戦略という視点で、農業と特区がどうつながるのか、そこで養父市がなぜ選ばれることになったのか、再び竹中教授の基調講演から引用する。

竹中教授:日本の国土面積の9分の1しかないオランダは、世界第2位の農産物輸出国であることをご存じでしょうか。(日本の農産物には大きな潜在力があり、)実は日本がそういう国になれるはずです。何とかそれを実現したいという思いが、成長戦略を議論する中でありました。

農業には非常に強い岩盤規制があります。分かりやすい例として、普通の株式会社が農業に普通に参入できない、農地の所有ができません。・・・(そうした規制のもとで、農業従事者の減少と高齢化が進行し、)このまま何もしなければ日本の農業は崩壊する状況にあります。しかし、強い潜在力は持っている。そこに規制がある。これを、特区と結びつけて解決したいと考えました。

そこに手を上げて登場したのが養父市です。農業関係者からはいろいろな反対意見もありますが、養父市長は、これをやらなければ、自分たちのまちも生き残れないし、日本の農業は潰れてしまうという危機感で、農業委員会の機能を市町村が担うという提案をされた。思い切った農業改革をしたいという熱意と改革姿勢に、私たちは非常に強く感銘を受けました。

・・・養父市が市長を先頭に、非常に思い切った改革をし、日本の農業が持っている潜在力を発揮しようとする。すると、そういうところに、新しい農業生産法人や新しい流通の会社が入ってきて、全体として力を発揮する。市長ががんばっているところに民間事業が参入してくるという、この化学反応のダイナミズムが、私たちが養父市に着目した大きな理由です。

3)養父市で具体的に何をやるのか?

まずは、養父市の広瀬市長の発言から引用してみる。

広瀬市長:養父市は、中山間地域、つまり、営農上は条件があまりよろしくない地域に位置しています。・・・経営規模は小さく、さらに担い手も高齢化し、後継者不足で耕作放棄地が増えてきています。耕作放棄地を農地に再生し、そこで生まれた地域固有の農産物を高付加価値化することで、都市、将来は海外に販売し、地域の農業を産業として維持したい、というのが今回の提案です。

そのためには何が必要か。農地の流動化、所有権移転を、円滑かつスピーディに行わなければなりません。そのために、農業委員会の持っている農地移転に関する権限を、行政に移管していただく。農地流動化を進めることで、多様な担い手が生まれます。今いる担い手が経営規模を拡大することもできるし、企業や、(農業生産法人要件の緩和を通じて)農業生産法人が参入することも円滑になります。

注目すべきは、養父市のプランは、現状を何とか維持したいという「守りのプラン」ではないことだ。将来的には海外輸出まで見据えた、気宇壮大なプランを支えるのが、農業生産法人新鮮組の岡本社長の掲げる「ふるさと弁当構想」だ。

岡本社長に言わせれば、米の価格は60kgで11,500~12,000円だが、おにぎりにした途端、1個100円で計算しても144,000円になる。だから、素材のままで売るよりも、高付加価値化が重要だ。地域の素材と地域の調理方法を生かし、オンリーワンの「ふるさと弁当」に仕立てあげれば、世界で戦うことができ、地域に収益をもたらす商品になる・・という構想だ。

シンポジウム会場で披露された「ふるさと弁当」の試作品
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岡本社長:日本のふるさとにいるおばあちゃん方の微妙な味加減は、世界に誇るべきもの。日本の素晴らしい素材を使い、伝統料理や新しい調理方法、最先端の冷凍技術を生かして、地域で弁当を作れば、世界に向けてオンリーワンの商品を提供できる。

今日用意している養父の弁当は、養父でなければできない材料がいっぱい入っています。日本は、北海道から沖縄まで、さまざまな食材、さまざまな地域の特性があります。地域の顔を弁当の形でオンリーワン商品として世界に出す。そこまでやりたい。

そのために何が邪魔か。ただ単に規制です。・・・自分たちの県にいると、やりたくてもできない。だから養父と手を組むことにしたのです。

当日会場では、「養父ふるさと弁当」の試作品が陳列された。蛇紋岩地帯でとれる温石米、養父発祥の高級山椒「朝倉山椒」を使った炊き込みご飯、ヤマメの甘露煮など、地域の特産品がつめこまれている。

4)日本農業とアベノミクスの行方にどう関わるのか?

養父市の挑戦は、日本農業にとって大きな実験になりうる。これは、広瀬市長がいみじくも述べているとおり、養父市は、決して恵まれた環境にはないからだ。だからこそ、養父市が成功すれば、日本農業全体にとって、新たな希望が生まれる。新浪社長の言葉を借りれば、こうだ。

新浪社長:養父市の試みは、やりたい人たちが何でもやってみるということだと思います。今までは、「あなたたちは農家だから、農業をやりなさい」「あなたたちは企業だから、農業をやってはいけない」ということだった。このバリアを取り除き、参加したい人が参加できるようにすることが大きな役割だと思います。・・・

農業の中で競争が起こっていくことが重要です。今回の養父市がやったことで、隣の首長が「俺もやるぞ」といったことも起きる。敢えて岩盤規制によって競争を起こさずにきたのが、農業、医療、介護でした。・・・

中山間地域は、今まで我々も(産業競争力会議で)議論してきたが、大変難しい。平地を中心とした規模の経済を考え、中山間地域はどちらかというと環境上守るということだった。中山間地域をどうするかは、実はアイディアがなかった。中山間地域は日本に4割ある。養父市ではこんなことができるということになれば、これは大変面白い。是非応援していきたいと思います。

そして、養父の挑戦は、アベノミクス全体の牽引役としても期待される。最後に再び、竹中教授の言葉を借りよう。

竹中教授:自然科学の世界では、「テストベッド」という言葉をよく使います。テストベッドでいろいろなことを試してみて、その成果を発展していく。国家戦略特区というのは、テストベッドだと思います。

農業に関しては養父が改革拠点になり、いろいろなところのテストベッドに更につながっていくことを期待しています。・・・

特に2つのことに今後注目してほしい。一つは養父の中でどのようなイノベーションが起きてくるか。・・・もう一つは、(さらに追加的な規制改革のニーズを区域会議から出してもらい、特区諮問会議で進めることで)政策の進化が起きること。政策のイノベーションのテストベッドでもあると思います。

(株式市場で昨年)15兆円の買い越しをした外国人投資家は、「成長戦略なかなか厳しいね」「規制改革なかなか厳しいね」、「しかし、その中で、特区というのは注目できるね」といって、日本全体、アベノミクス全体を見ようとしています。・・・

やっぱり首長がやる気になり、地元がやる気にならないとダメ。その点で心配されるのが東京都です。・・・東京には頑張ってもらわないと、全体として大きな力を発揮できないかもしれません。養父市に東京を引っ張っていってもらいたい、と思っています。

以上、要点を絞って紹介してきたが、大変内容の濃いシンポジウムであり、全容は紹介しきれない。シンポジウムには、パネリストのほか、元・経済財政諮問会議民間議員で、規制改革の世界ではレジェンド的存在である八代尚宏・国際基督教大学名誉教授らも参加され、こうした参加者を交えた質疑応答もあった。

本シンポジウムの配布資料や全体の動画は(日本語・英語の両方とも)、NPO法人万年野党の会員向けサイト(年会費5千円)にて、閲覧することができる(本シンポジウムだけでなく、さまざまな政策テーマでの説明会・シンポジウムなども含む)。さらにご関心あれば、万年野党ウェブサイトをご参照いただきたい。

 

【NPO法人万年野党について】
NPO法人万年野党は、本来、野党の果たすべき役割(政府の監視、政策の対案の提示など)が十分に果たされていないとの問題意識のもと、国会外で「真の野党」を作るべく、今年1月に創設されたNPO法人です。
●会長:田原総一朗(ジャーナリスト)、理事長:宮内義彦(オリックス会長・グループCEO)
●年会費5千円:「国会議員三ツ星データブック」(定期発行)をお送りするほか、会員向けサイトの閲覧、各種シンポジウムやイベントへの優先参加(会員向け料金での参加など)が可能になります。
●活動状況については、万年野党ウェブサイトのほか、現代ビジネスコラム「万年野党活動日誌」でもご紹介しています。
【5月26日・万年野党設立イベントについて】
5月26日18時から、『万年野党"結党"大会 「国会リストラ会議」』を開催します(於:東京タワー傍)。田原総一朗氏・宮内義彦氏・竹中平蔵氏・磯山友幸氏・髙橋洋一氏・ロバートフェルドマン氏ら関係者が勢ぞろいのほか、"三ツ星議員"として表彰される国会議員らも参加予定です。
●詳細および参加申込みはこちらから→ http://yatoojp.com/2014/04/25/919/