このあたりは高速道路や鉄道の要所だ。秋田方面、青森方面、八戸方面、そして三陸海岸から集まった路線が盛岡で束ねられ、東京に向かう東北自動車道や東北新幹線に合流するのだ。市内中心部には北上川がゆるりと流れ、かなたには岩木山も見える。小岩井農場も町の郊外にある。
そんな盛岡市には元来豊かな食文化があることで知られている。わんこそば、冷麺、じゃじゃ麺などとりわけ麺類が豊富な土地だ。市街地にはそれらを食べるお店がたくさんある。
そんな盛岡だが、商業文化の中心地は盛岡駅前ではなく町はずれのイオンモールにある。つまりジャスコだ。だが、イオンモール盛岡もイオンモール盛岡南も、フードコートやレストランの一覧を見ると、わんこそば屋などの岩手料理の店屋は一つもないようだ。
もっというと、両イオンモールともそもそもテナントが、ほぼすべてが全国チェーンであり、代わり映えがしない。紫紺染と呼ばれる伝統衣装を扱う店もなければ、南部鉄器を入手する手段もない。伝統工芸をモダンにしつらえたグッズを作る店でも出せばクールジャパンなのに、そんな要素は一切ないのだ。
盛岡駅には「イオンモール送迎バス乗り場」があるという。バス停にはでかでかと「イオン色とイオン書体」で書かれた看板が掲げられ、やってくる車両はワオンのキャラクタ―の描かれたイオンモール・ラッピングバスだ。盛岡市街地には創業150年近い地元の由緒あるデパートがあるというが最近苦戦気味のようだ。
当然、買い物は便利な方が良い。古い百貨店と違い、イオンは広大でテナントが多く、駐車場もディズニーランドみたいに巨大な場所が用意されていてタダで止められる。おまけに高速道路のインターや巨大な国道沿いだから渋滞もほとんどない。
そして、市街地から多くの人がイオンに分散することで消費経済の軸がイオンに掌握されてしまうのだが、それに伴い、麺料理店のような土地の文化の担い手はどんどんしぼむわけである。商店街が衰退すれば、それだけお祭りの質も落ちる。長期的に見ればかけがえのない故郷の損失である。
なお、これはたまたま盛岡を引用したに他ならないが、他の都市でも同様傾向があるのだ。秋田市のイオンモールには「比内地鶏のきりたんぽ鍋」を提供する料理店は無いようだし、「まげわっぱ」専門店もない。浜松の浜名湖のほとりにあるイオンモールだってそんな場所に立地しながらうなぎ屋はない。
全国チェーンしかないから観光客がわざわざ足を運んで行く価値もない。しかし、イオンができてからは、ヤンキーやマイルドヤンキーとなった市民はそのイオンに一極集中するのみで、秋田も浜松も中心街は伝統的なデパートを失ってシャッター街化が顕著だという。地方都市のイオンの乱立には文化的な植民地支配を感じてならないのだ。
イオンモールに行く地方人がどんなモチベーションかは知らないが、全国チェーン店しかないということは虚しいことに他ならない。なぜなら、同じものは他所の街にいくらでもあるからだ。
そしてクオリティも低い。イオンモールにあるユニクロやGAPなどのファストファッションはすぐダメになってしまう。デパートで買う上等な服の方がかえって長持ちしてコスパがいいのである。イオンの家電量販店はハンパに品ぞろえが悪い。大型書店も、売れるものしか置かないため品ぞろえがスカスカで、街中の古びた小さな書店の方が文庫本などの陳列のクオリティが高いともいう。
イオンをにぎわす地方人たちは、自覚もないうちにベストコモディティを獲得する裏でかけがえのない機会を失っていることになる。
他方、イオン系ではない首都圏のショッピングモールはどうか。
東京スカイツリーにある「ソラマチ商店街」は、和風のつくりをしていて、テナントは地元の店舗が大半だ。文字通り商店街なのだ。下町で培った文化が最新スポットの中に息づいているのである。
横浜の赤レンガ倉庫はその建物自体が明治時代の歴史遺産で、代替不可能な地元名物だ。テナントはチェーン店も多いが、崎陽軒をはじめとする横浜土産を扱う店舗もいくつもある。
グルメの面でも横浜らしさが豊富だ。横濱たちばな亭のようないかにもハイカラご当地なお店もあれば、その辺のイオンモールにはお目にかかれない飲食店がテナントの大半だ。ちなみに私はここに来る度に「馬車道アイス」を楽しみにしている。日本のアイスクリーム発祥の地である横浜の明治時代のアイスを今っぽくアレンジしたもので、これがサーティワンアイスよりもはるかに美味しい。
もう数えきれないほど行き倒している私の地元のモール。茅ヶ崎市と藤沢市の境目にある「テラスモール湘南」は、典型的なショッピングモールなのだが、ここのフードコートは「潮風キッチン」という名前だ。だがそこには、ケンタッキーやはなまるうどんやらあめん花月などのイオンのテンプレテナントは一切存在しない。あるのはみな茅ヶ崎・藤沢・鎌倉ゆかりの飲食テナントで、しらす料理のみならずモダンな店舗も多い。基本はただのフードコートだが、じゅうぶん観光客を案内できるレベルだ。ガチンコラーメン道で活躍した故・佐野実氏による集大成的店舗「野の実」もある。佐野氏がラーメン店を最初に創業したのは湘南海岸だったそうだ。
1階の「湘南マルシェ」にはソラマチ商店街同様、湘南各市の地元の商店街の店を集めている。たとえば濱田屋は茅ヶ崎の下町にある老舗の弁当店で、ショッピングモールの進出事例はこれがはじめてだという。ほかにも、湘南特有のテナントはいくらでもあり、イオンモールでは定番でもあえて誘致してない店舗が多く、消費文化のまともなレベルを保っている。ヤンキーホイホイのゲーセンもない。
このような事例をいくらでも見てきた首都圏に育った人間からすると、商店街が廃れてショッピングモールが栄える上で、地元の文化を継承できない地方都市はとてもヤバく思えて仕方がないのだ。しかも、スカイツリーができたことで隅田川を挟んだ浅草が廃れたわけではないし、横浜駅前も藤沢駅前も今も栄えていることを考えると、地方都市のイオンの威力はハンパなくでかいこともよくわかる。ショッピングモール時代と地元文化の両立は都市部の特権なのかもしれない。
ちなみに、「イオンモールが建たないような」概ね人口20万人に満たない片田舎はむしろ強みがあるのではないだろうか。
車を少し飛ばせば、中核市・特例市以上の地方都市のイオンモールに日帰りで行ける便利な時代であるし、市内にイオンタウン・イオンスーパーセンターがあればそこでほとんど現代的な買い物を済ますことができるし、郷土文化の集積地としての道の駅もある。道の駅は伝統的な産業の雇用を維持しつつ、その資源を生かした文化創りの拠点にもなっていて、他所からきたドライバーや観光客のみならず地元のカップルがデートにたむろしていたりもするのだ。 だが、中核市・特例市以上の地方都市には市内に道の駅が一つもない場所が大半である。住民にとってもよそ者にとってもわかりやすい「郷土の拠点」が寂れきって時期に全部が廃墟になるであろう市街地しかないのだ。
もっといえば片田舎ほど、もともと濃い文化資源を持っていて、若者や中高生でもお祭りを積極的に楽しんだりする傾向がある。先祖代々の地縁社会があるため、郷土の教養は家庭や地域や学校教育を通じて後世に伝えられる。
地方都市にイオンが乱立するようになって10年余。今思うのは、文化的な喪失のダメージが特に強かったのは人口20万以上~でっちあげ政令市(新潟や浜松、岡山、北九州など)レベルの地方都市だったのではないだろうかということだ。自他ともに認められる片田舎のほうが、むしろ道の駅の発展や、新潟の農村での「大地の芸術祭」や瀬戸内海の離島での「瀬戸内国際芸術祭」のような文化イベントも活発化しているように思える。県庁所在地よりも片田舎市のシャッター街のほうが、廃墟の隙間にオシャレでモダンな店屋があったりもするのだ。そのくせ、美しい日本のふるさと風景は壊れていない。この10年で服装が極端に変わったのも片田舎ではなく県庁所在地の人たちだ。みなイオンモールで服を買っていることだろう。
土着の文化を否定し、近代化を伴う高次元で一律的な文化によって地域の人々の常識そのものを覆すというより方は、日本が戦前に台湾や朝鮮や南洋諸島などで行った植民地政策のやり方ととても似ている。しかし、台湾がどこの列強に支配されようが少数民族の文化を絶やされなかったように、そうした「大きな不可抗力」がある中には小さな文化ほど底時からを発揮するようにも思える。