入局2年目、和田さんは県警本部の担当に。警察取材の責任者を任され、入局1年目の新人2人とチームを組むことになる。「自分が情報を取ってこなくてはニュースを出せない」と感じ、肩に責任が重くのしかかったが、この立場を経験したことで、迅速かつ正確に情報を入手することの大切さがわかったという。
「入局1年目のころは、『どんなに早くニュースを出せたとしても、結局は他社が追いかけてくるものだし、視聴者にとってはわずかなタイムラグなど意味がないのでは?』と思っていました。ですが、事前に捜査情報をきちんと入手できると、事件の背景や問題点など、全体像がしっかり理解できるようになるんです。ニュースというものは、『出すタイミング』次第で視聴者に興味を持ってもらえるかどうかが変わってきます。だからこそ、早くから事件や問題の全体像やポイントを把握し、世の中の動きに合わせてタイムリーに発信することが大事。素早く的確な情報収集は、そうした取材力を身につけるために必要なものだと気づきました」
その後、入局6年目に東京の報道局・社会部に異動。警視庁の方面担当を1年経験した後、厚生労働省班に所属となる。
「長野にいたころは県内のニュースが基本でしたが、東京では全国区。取材でかかわる人が多く、ニュースそのものの影響力も大きいと感じましたね。また、事件の発生率も高いので、『東京ってこんなに忙しいのか』と驚きました。事件が多い分、在籍記者も多いので、自分の取材がニュース原稿になる可能性は低くなりましたが、記者としてやるべきことは同じ。地道に取材を続けていきました」
和田さんに大きな転機が訪れたのは、「生活情報プロジェクト」に移った入局8年目のことだった。さまざまな部から記者を集めた新規プロジェクトに携わることになったのだ。
「これまでにない『新しくて面白いこと』をやってほしいという部署でした。何をやってもいい一方で、当時は取材の足場をまったく持たない部署だったため、難しさを感じましたね。自分なりに考えた結果、『若い世代が関心を持てるような問題を探ってみよう』と。ライフスタイルや時代感覚の変化を切り取るという、新機軸が開けました」
最初に手がけたのは、「貯蓄に走る若者」をテーマにした企画。長引く景気の低迷が続く中、20代の若者の貯蓄額が増えている点に着目し、消費への関心の薄さや強い将来不安など、その考え方やライフスタイルの変化を追った。
「短い時間の中で、自分なりの視点で社会や時代を切り取り、そこに共感してもらったり、何らかの一石を投じていく。自分の切り口で勝負するため、今の視聴者が見たいものは何か、私自身の伝えたいことは何かをじっくりと考えるようになりました。視聴者からダイレクトに反響をもらうことは難しいけれど、取材した人々から『面白かったよ』という言葉をもらえたことがうれしかったですね。自分が日ごろから感じていることをベースに問題提起できる。この仕事の醍醐味だと思います」
2011年の7月、和田さんは「あすの日本プロジェクト」のメンバー入りを果たす。閉塞している今の日本の状況をどう打開していくかを伝え、今後の日本の在り方を模索していくこのプロジェクトには、和田さんを含め、16名の記者が取り組んでいる。
「それまでは個人に対する取材をしていきましたが、このプロジェクトは日本全体の未来を考えるという壮大なものです。政治部や社会部など、さまざまな部から記者が集まり、『明日の日本に対し、どんなビジョンを描くか』という議論を重ね、真剣に取り組んでいます。大型番組にかかわることができ、やりがいはさらに大きくなりました」
現在、2011年12月に放送予定の番組制作に取り組んでいる和田さん。最後に、記者という仕事に対する思いを語ってくれた。
「今この瞬間に取り上げるべきこと、興味を持ってもらえることは何かを考え、独自の切り口を探すことには、生みの苦しみがつきまといます。ですが、自分だからこそ発見できた問題を全国に発信し、多くの人々に何かを感じてもらうことができる。自分なりの視点で世の中や時代を切り取った番組を世に出した瞬間には、大きな喜びがあります! 大切なのは、取材した人々の思いや背景まで感じ取り、それを形にしてテレビの向こう側にいる人々に伝えていくこと。少しでも世の中が良い方向に変わってくれたならと思うんです。これからも時代の変化に合った、意味のある情報を届けていきたいと思います」