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ビジネスパーソン研究FILE

掲載日:2011年11月18日

Vol.146 自分なりの切り口で多くの人に伝わる報道を

記者生活初日に大事件が発生! 夜討ち、朝駆け、現地取材に奔走し、目の回る日々を送ることに

和田さんが記者の仕事に憧れを持つようになったのは小学生のころ。女性記者が戦場リポートをするテレビ番組を見たことがきっかけだった。「普通では行けないような場所に出かけ、多くの人の声を聞くことができる」と感じ、就職活動でも記者の仕事のみを目指したという。 「記者職で採用された時には、本当にうれしかったです。とはいえ、入局直後の研修で自らカメラを回すこともあると知り、自分にちゃんとできるのかという不安も感じました。1カ月後、長野放送局に配属され、警察の取材を担当することになりましたが、やはり不安でいっぱいでした(笑)。記者の仕事には特別にマニュアルがあるわけではなく、取材方法も人それぞれ。『自分なりの方法を見つけるように頑張らなくては』と心構えをしていきました」

しかし、記者生活初日に大事件が発生! 和田さんの担当する長野中央警察署の管内で殺人事件が起きたのだ。上司であるデスクからの指示で、和田さんは被害者の自宅周辺の取材を行うことになった。
「カメラマンと現地で合流し、さっそく周辺住民の反応を取材することになりました。デスクからは『被害者の顔写真も重要だ』とも言われていたので、一軒一軒訪ねていき、何とか取材を遂行。あまりにも突然でパニックになりそうでしたが、『とにかく言われたことをやるしかない』と必死でした」

さらにその後、和田さんは捜査情報の取材のため、警察幹部の自宅前で帰りを待つことに。
「記者の仕事には『夜討ち、朝駆け』というものがあります。これは、捜査の情報をいち早く入手するために、夜中と早朝に捜査関係者を自宅前でつかまえて取材するもの。結局、深夜1時まで待ち、先輩から教えてもらった質問項目をそのままぶつけてみましたが、反応はイマイチ…。原稿につながるような情報ではありませんでしたが、初日から幹部との関係を築く第一歩を踏み出すことができました」

翌日も、早朝から警察幹部の自宅前で取材した後、現場に戻って周辺住民の取材にあたり、不審者がいなかったか、容疑者に該当しそうな人物はいるかなどを聞いて回った。 「見ず知らずの人の家を訪ね、いきなり話を聞くなんて初めての経験でしたが、皆さん協力的に話してくれて。『意外と受けいれてくれるものなんだな』とホッとしました。この後、夜に再び警察幹部の自宅前で帰宅を待って取材。目の回るような日々が過ぎていきました」

地方ではこのような大事件が起きることは珍しく、取材の多くを占めるのは交通事故や窃盗などの犯罪だという。地方局の事件担当記者は、警察の情報や関係者の話をもとに1日2〜3本の原稿を作成し、朝・昼・夜のニュースでタイムリーに放送していく。和田さんが初めて原稿を書いたのは、赴任3日目のことだった。
「1分半くらいの短いものでしたが、デスクからは『ここについての取材が足りない』と何度も指摘を受けました。何を質問すればいいのかもわからない状態でしたが、必要な情報がなければ原稿はつくれない。警察署に何回も電話し、必死で質問していきました。落ち込むヒマなんてとてもなかったです(笑)」

とはいえ、取材に飛び回る日々は肉体的にもつらく、そのうえ、取材したことも1分半程度の短いニュースにしかならない。やりがいをなかなか感じることができなかった日が続いていた入局1年目の秋、和田さんは10分間のニュース企画を手がけることになった。 「長野市でピッキングという窃盗犯罪が連続発生した情報を入手しました。被害の詳細を取材するうちに、犯罪の手口や被害をどうすれば防げるのかを伝えたいと考え、ニュース企画に取り組んだんです。企画では、被害者の方に協力していただいて、ご自宅で被害に遭った状況や心境を取材させてもらったり、鍵屋さんに対策を聞いたりすることで、ニュース原稿だけでは伝え切れない情報を伝えることができました。ニュースでも記者の取材実感やメッセージをよりダイレクトに伝えられる方法があることを知り、仕事の面白さを実感。さらに大きなやりがいを感じるようになりました」

取材した内容をメモとして文書化。整理してまとめながら自分の切り口を考えていき、今後必要になる取材についての構想も練る。

東京に異動後、新機軸の企画制作を手がけ、仕事の醍醐味を知る。現在は大型番組の担当に

入局2年目、和田さんは県警本部の担当に。警察取材の責任者を任され、入局1年目の新人2人とチームを組むことになる。「自分が情報を取ってこなくてはニュースを出せない」と感じ、肩に責任が重くのしかかったが、この立場を経験したことで、迅速かつ正確に情報を入手することの大切さがわかったという。 「入局1年目のころは、『どんなに早くニュースを出せたとしても、結局は他社が追いかけてくるものだし、視聴者にとってはわずかなタイムラグなど意味がないのでは?』と思っていました。ですが、事前に捜査情報をきちんと入手できると、事件の背景や問題点など、全体像がしっかり理解できるようになるんです。ニュースというものは、『出すタイミング』次第で視聴者に興味を持ってもらえるかどうかが変わってきます。だからこそ、早くから事件や問題の全体像やポイントを把握し、世の中の動きに合わせてタイムリーに発信することが大事。素早く的確な情報収集は、そうした取材力を身につけるために必要なものだと気づきました」

その後、入局6年目に東京の報道局・社会部に異動。警視庁の方面担当を1年経験した後、厚生労働省班に所属となる。 「長野にいたころは県内のニュースが基本でしたが、東京では全国区。取材でかかわる人が多く、ニュースそのものの影響力も大きいと感じましたね。また、事件の発生率も高いので、『東京ってこんなに忙しいのか』と驚きました。事件が多い分、在籍記者も多いので、自分の取材がニュース原稿になる可能性は低くなりましたが、記者としてやるべきことは同じ。地道に取材を続けていきました」

和田さんに大きな転機が訪れたのは、「生活情報プロジェクト」に移った入局8年目のことだった。さまざまな部から記者を集めた新規プロジェクトに携わることになったのだ。
「これまでにない『新しくて面白いこと』をやってほしいという部署でした。何をやってもいい一方で、当時は取材の足場をまったく持たない部署だったため、難しさを感じましたね。自分なりに考えた結果、『若い世代が関心を持てるような問題を探ってみよう』と。ライフスタイルや時代感覚の変化を切り取るという、新機軸が開けました」

最初に手がけたのは、「貯蓄に走る若者」をテーマにした企画。長引く景気の低迷が続く中、20代の若者の貯蓄額が増えている点に着目し、消費への関心の薄さや強い将来不安など、その考え方やライフスタイルの変化を追った。 「短い時間の中で、自分なりの視点で社会や時代を切り取り、そこに共感してもらったり、何らかの一石を投じていく。自分の切り口で勝負するため、今の視聴者が見たいものは何か、私自身の伝えたいことは何かをじっくりと考えるようになりました。視聴者からダイレクトに反響をもらうことは難しいけれど、取材した人々から『面白かったよ』という言葉をもらえたことがうれしかったですね。自分が日ごろから感じていることをベースに問題提起できる。この仕事の醍醐味だと思います」

2011年の7月、和田さんは「あすの日本プロジェクト」のメンバー入りを果たす。閉塞している今の日本の状況をどう打開していくかを伝え、今後の日本の在り方を模索していくこのプロジェクトには、和田さんを含め、16名の記者が取り組んでいる。
「それまでは個人に対する取材をしていきましたが、このプロジェクトは日本全体の未来を考えるという壮大なものです。政治部や社会部など、さまざまな部から記者が集まり、『明日の日本に対し、どんなビジョンを描くか』という議論を重ね、真剣に取り組んでいます。大型番組にかかわることができ、やりがいはさらに大きくなりました」

現在、2011年12月に放送予定の番組制作に取り組んでいる和田さん。最後に、記者という仕事に対する思いを語ってくれた。 「今この瞬間に取り上げるべきこと、興味を持ってもらえることは何かを考え、独自の切り口を探すことには、生みの苦しみがつきまといます。ですが、自分だからこそ発見できた問題を全国に発信し、多くの人々に何かを感じてもらうことができる。自分なりの視点で世の中や時代を切り取った番組を世に出した瞬間には、大きな喜びがあります! 大切なのは、取材した人々の思いや背景まで感じ取り、それを形にしてテレビの向こう側にいる人々に伝えていくこと。少しでも世の中が良い方向に変わってくれたならと思うんです。これからも時代の変化に合った、意味のある情報を届けていきたいと思います」

番組チームのメンバーと打ち合わせ。進捗状況を報告し合い、番組制作全体の動きや、今後の取材予定などの情報を共有する。

和田さんのキャリアステップ

STEP1
2001年 長野放送局時代(入局1年目)
入局後、東京にて同期の記者60名と一緒に1カ月間の集合研修を受ける。原稿の書き方や現場でのリポートのやり方、カメラの回し方などを学ぶ。長野放送局に赴任後は、県内22の警察署を担当。夜討ち、朝駆けの取材を繰り返し、地道に信頼関係を築いた結果、赴任の6カ月後には強盗傷害事件について独自の情報を入手することができた。自分の収集した情報がニュース原稿となる喜びを感じる。一方で、事件の被害者の家族に対してインタビューをすることもあり、つらい状況にある人々に踏み込んだ話を聞かねばならず、「記者というのは大変な仕事なのだ」と痛感。
STEP2
2006年 報道局・社会部時代(入局6年目)
東京の報道局・社会部へ異動。1年目は警視庁の方面担当となり、渋谷、品川方面などで事件取材に駆けまわることに。渋谷警察署の管内では、芸能人絡みの交通事故や窃盗事件なども多く起きるため、民間放送局に先を越されてしまうことも。2年目には厚生労働省の担当チームに入り、年金や介護問題などの企画制作を手がけていった。
STEP3
2008年 報道局・生活情報部時代(入局8年目)
新しい報道を目指すプロジェクトのメンバーとなり、自分なりの切り口が試される企画制作を手がけることに。若者世代の将来への不安や、共働き女性の子育てに伴う家族形態の変化など、さまざまなテーマに取り組み、10分枠の企画を制作していく。また、30分枠の番組「クローズアップ現代」の制作をチームで手がけ、高齢者の男性が妻を亡くした後に孤立してしまう問題について取り上げた。2009年より生活情報プロジェクトが生活情報部へと組織変更。
STEP4
2011年7月 あすの日本プロジェクト時代(入局11年目)
「あすの日本プロジェクト」の担当メンバーとなる。現在は、2011年12月に放送予定の「税と社会保障」をテーマとした番組をつくるため、取材と情報収集を続けている。

ある一日のスケジュール

10:00
出社。メールチェックと返信。
10:30
経済学者や経営コンサルタントなどの専門家に取材のアポ入れ。
12:00
取材先の大学教授を訪問。一緒にランチを取りながら情報収集。
15:00
シンクタンクの金融系専門家に取材。税と社会保障についての社会的動向をインタビュー。
16:00
経済学者に取材。税と社会保障についての世の中の状況や今後の予想をインタビュー。
18:30
週一回の全体打ち合わせに参加。業務連絡と、次の番組企画の方向性について話し合う。
20:00
取材した内容を取材メモにまとめ、頭の中を整理する。取材メモはチームのメンバーにメールして情報共有。22時に退社。

和田さんのプライベート

気分転換のために、年に一度は必ず海外旅行へ。これまでにプーケットやハワイ、中国の上海などを旅している。写真は2009年9月に訪れたヨルダン・シリアにて撮影したもの。生活情報部の先輩と一緒に旅した。
入局2年目から乗り続けている愛車。休日には首都高などをドライブしてリフレッシュする。「昔から運転は好きで、よく1人でドライブしていました。頭の中を空っぽにできるので、気分転換できます」。
ボディメイクのためのパーソナルトレーニングを始めたのは2年前のこと。週に一度のペースで続けている。今ではカラダをリセットするために欠かせない習慣。
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取材・文/上野真理子 撮影/早坂卓也 デザイン/ラナデザインアソシエイツ

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