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2014-05-22

[]投げっぱなしキャッチボール

はじめに

ブログはしばしばかつて実際に起こったことを元ネタとしつつも、「大事なことは話が面白くなることだ、私は事実よりも娯楽性を重んじる!」というシロイの歪んだ信念によって、事実をある程度改変しています。なのでしょっちゅう「フィクションと思ってお読みください」と断りを入れているわけなんですが、今回はややノンフィクションよりに感じていただきたいと願う、その程度には勝手な人間です私は。


昔のこと

何年も前のこと。

その日飲み会帰りの私は、電車の中でぐっすりと眠りこけてしまいました。

「寝過ごしてますよ!」

耳元で誰かが叫び、びっくりして飛び起きたら、

「ほら、乗り換えはこっち!」

とその誰かが言って私の手を引っ張り、誘導されるままに折り返し電車に乗り込んで、気が付いたら見知らぬ男性と二人、隣り合って座っていたわけです。

その男性はものすごくにこやかな人で微笑みながらじっとこちらを見つめており、私は何が起こったのか把握しきれずやや呆然としながらも

「ありがとうございました」

と頭を下げました。


「どういたしまして」

「助かりました」

「助けましたからね。ぼく、○○駅で降りる予定なんで、それまではあなたを助けてあげます。酔ってるみたいですからね」

「ご心配お掛けして申し訳ありません。本当にありがとうございます」

「もうお礼はいいですよ。他の話をしましょう」

「はい。えーっと、ずいぶん遅い時間ですけど、お仕事から帰られるところですか?」

「いいえ」

「金曜ですし、飲み会帰りとか?」

「はい。友人と飲みました」

「楽しい週末で何よりですね」

「楽しかったとは言ってませんよ」

「す、すみません。なにか嫌なことでもあったのですか?」

「いいえ」

「? 結局どんな飲み会だったんですか?」

「ふつうの飲み会でした」

「ふつう……」

「はい。ふつうです」

「私も今日は友人と飲んだ帰りです」

「なんで?」

「え?」

「なんでそんなに飲み会の話ばっかりするんですか? 酒がそんなに好きなんですか?」

「そういうわけではありませんが……」

「なら飲み会の話はやめましょう」

「そうですね、すみません」

「まあいいでしょう。気をつけてください。別の話を」

「別の話? ええっと……あら。面白いデザインの腕時計をされていますね」

「そうですか」

「なかなか見たことないですよ。この時計はどうされたんですか?」

「買いました」

「どこで買ったんですか?」

「店で」

「そ、そうですよねー、買うと言ったら店ですよねー、薄々そうじゃないかとは思っていました。どちらのお店で買われたんです?」

「さあ。忘れました。どこかの店ですよ」

「……」

「ちょっと」

「はい」

「なんで黙るんですか」

「あ、いや」

「何か話してくださいよ。ね? お話しましょうよ」

「お話したいんですか? 私はてっきり……」

「てっきり?」

「なんでもないです。お話ですよね、お話……ああそうだ。最近見た映画なんですけど」

「ぼく、映画みないんで。興味ありません」

「そうですか。本とかマンガはお読みになります?」

「ほとんど読まないですね。好きじゃないです」

「なるほど。休みの日とかは何をなさっているんですか?」

「いろいろです。いろいろ」

「そ、そうですか。ええっと、それじゃあ……明日は何かご予定でもおありですか」

「仕事です」

「飲んだ翌日にお仕事なんて大変ですね。休日出勤ですか?」

「世の中には土日が休みじゃない仕事だってありますから」

「ごご、ごめんなさい。おっしゃるとおりです。どんなお仕事をなさっているんですか?」

「パティシエです」

「パティシエ! いいですねえ、私、甘いもの大好きです」

「はあ。それで?」

「えっ、えーっと、つまり、甘いのが好きだからこそ、パティシエは素敵な職業だと思っています。そういうことを言わんとしていました」

「そうですか」

「大変なお仕事なんでしょうね。どんなご苦労がおありですか?」

「いろいろありますね。簡単は言えません」

「そ、そうですか、そうですよね……あ、そうだ今の時季ですと、どんな期間限定のお菓子がありますか?」

「いろいろありますね」

「寒い季節だし、たとえば栗を使ったお菓子なんかありそうですけど?」

「栗も使いますね」

「栗も? 他にはどんなものを?」

「まあ、それもいろいろですよ」

「そ、そうですか、いろいろですか……いろいろ……いろいろかあ……」

私はうつむきました。


(弾まなくても腰を折られても話を続けなきゃいけないって、辛いな。そろそろ限界だよ)

私が途方に暮れたその時アナウンスが流れました。

「次はー○○駅ー」

ついに電車は男性が降りる予定の駅に到着したのです。私は思わず、その日一番の笑顔を浮かべました。

「今日はお世話になりました。お気をつけてお帰りくださ」

「降りませんよ」

「へっ? あれ、だってここが最寄りなんですよね?」

「そうですけど、降りるのやめました。せっかくですから、あなたの降りる駅まで一緒に行ってあげます」

「いやいやいや! そこまでして頂くのは申し訳ないです! どうぞお帰りください!」

「遠慮しないでください」

「遠慮してないです。本当です。まったく遠慮してません! それにどうせ私が降りるのってこっからすぐの△駅ですから! ついてくる必要ないですから!」

「なら△まで行きます。決めました」

「決めないでくださいよ! ぜひともお帰りにって、あああっ」

無情にもドアが閉まって電車が動き出しました。

「そんなあ」

呆然とする私に向かって、男性が言いました。

「まあまあ。それより、なにか話でもしましょうよ」

そう言われた瞬間の絶望が深すぎたせいか、私の記憶はここでいったん途切れます。

○○駅から△駅までのみじかい時間、何を話したのか全然思い出せないのです。その前にしていた会話は異常に細かく覚えているくせに。


その後結局△駅まで着いてきた男性は、なぜか私と一緒に電車をおり、人が多かったのと酔いが残っていたせいで私はそのことにしばらく気付かず、suicaをカバンから出そうとした私の右腕が何かにひっかかり、横を見たらニコニコしながらなぜか件の男性が私の手を握っていたのでした。

「!!!!??? ななななななな、なんなんななんなんですかああっ」

急いで手を引きもどす私。

「送ろうと思いまして」

「ももも、もういいかげんにしてください! たのんでないですよね頼んでないですよね、頼んでないですよね! 送らないでください! 勝手に送られることの方が嫌ですよ! い! や!」

私が語気を荒げても、男性は相変わらずニコニコしています。

「じゃあ、お茶しましょうよ」

「はああああ? おちゃああああああ?」

「だって。せっかく縁があって、話もあんなに盛り上がったのに、ここでお別れなんてさみしいじゃないですか。ね? あと一時間くらい、駅前コーヒーでも飲みましょうよ」

頭の中であれほど大量のクエスチョンマークが飛び交った瞬間て、人生でもそうはなかったな、と思います。

それはひょっとしてギャグで言っているのか

盛り上がった? どこが? 何が? どうしてそう思った? 盛り上がるの定義ってなに? そもそも私たちは本当に同じ言語使ってる?

ぶつんと頭の中で何かが切れました。

「ぐっすり寝てたじゃないですか私、だから寝過ごしたんですよ、知ってるじゃないですか!」

「むちゃくちゃ眠いんですよ、とにかく寝たい、帰宅したい、どこでもドア欲しいんですよ!」

「あと一時間帰れないとか拷問ですか陰謀ですか怨恨ですか!?」

「というわけで帰ります! さようなら! さようなら!」

私は半ば叫ぶようにしながら人ごみの中を猛ダッシュして改札に向かいました。

最後にちらっと振り返ると、男性が改札の手前で踵を返し、ホームの方に歩いていくのが見えました。


そして2014年

「お、シロイ、何書いてんの?」

「まだ途中なんだけど読む? ちょっとした思い出なんですけどね」

数分後、セキゼキさん(仮名)は苦笑いを浮かべて言いました。

「いやいや、初対面の人にこんな対応する人間いないっていくらなんでも。話の盛りが過ぎる」

「セリフ全部を一言一句カンペキに覚えてるわけじゃなし、長くなりすぎるからあちこち削ったし、脚色ゼロとは言えない。認める。ただ、『ふつうの飲み会です』とか『買いました』とか『店で』とか『いろいろです』とか『栗も使いますね』とか、そういうセリフはそのまんま。どれもあまりに取り付く島のない返答だから、ものすごく印象強くてさ。何年経っても覚えてるわけ」

「え? じゃあ思ったよりずっとリアルな話? あ、そういえばずっと前に電車で話が弾まない人に会ったとかなんとか言ってたけどコレ?」

「そうそう! 覚えてるんじゃーん」

「覚えてるけど……ごめん、見知らぬ人と会話が弾まないのは当たり前だろとか思って、なんかこういう話だとは思っていなかった」

「遅ればせながらわかってもらえたようで嬉しいよ。うん」

「でもさー、黙ったら『話をしましょうよ』と言われたとかゆーのはさすがにありえないだろ?」

「ないよね? ないと思うよね? いや私もね、あー初対面の人間とはあまり話したくないんだろうなあと思って、黙ったんだよ。馴れ馴れしくして悪かったなとか思って。そしたら『話しましょうよ』とか言われて、いや『話してくださいよ』だったかな? まあとにかく会話続行を促されて、大困惑したわけ!」

「え、じゃあその人は本当に会話したがってたわけ?」

「だと思うんだよねえ……ずっとにこにこしてこっち見てたし……でもなあ、だったら普通もっと向こうも会話を盛り上げようとするよねえ? どう話を振っても素っ気ないし、なにかとこっちの話を遮るし、本当に何をしたいのかわからなかったなあ。いま思い返してもわからなすぎて、ちょっと怖い」

「あ、そうか。わかったぞ」

「え、すごい、何がわかったの?」

「その人さあ、ホントはシロイの知り合いなんだよ。でもシロイがそれに気づかないくらい前後不覚に酔ってて、それでわけわからないキャラになりきってからかってたんじゃないの?」

「それはない。そこまで酔ってないし。話している間に酔いがどんどん覚めたしね」

「ダメかあ。記憶もあるし会話もできてるし、確かに泥酔してたわけではなさそうだなあ。うーん、でもさあ、そう考えないと辻褄あわないっていうか、逆に怖いっていうか……」

「怖い? 何が?」

「だってさーなんでそいつはシロイが乗り越しているってことに気づいたの?」

「あのね、起こされたのが××駅だったの。終点なのに降りないで寝てたから、気づかれたんだと思うよ」

「××駅って、けっこう大きなターミナル駅だよね。あそこで乗り換える人、いっぱいいるよね? ……なのになんでシロイがどの電車に乗るべきなのかわかったの?」

「!? い、言われてみれば……」

「知り合いなら乗り換える路線も知ってるよなあ、と思ったんだけど。違うならなんでわかったんかね?」


なんていうか、ほんとに。あの人なんだったんでしょうか。マジで。

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