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異界の魔術士 作者:ヘロー天気

???編

狭間世界のカルツィオ大陸





 一夜明けて混乱も治まり、落ち着きを見せる王都フレグンスの街並み。

 王都大学院では朝から大掃除と修繕に駆り出された学院生達が校内に設置されているランプの交換や、暴走する恐れのある魔術式の道具を安全な保管場所に移したりと、慌しい一日の始まりを迎えていた。
 古代遺跡の仕掛けがある地下倉庫は壁が開いたり閉じたりしながら床がスライドを続けており、危ないのでそこだけ立ち入り禁止にする注意書きの札をぶら下げたロープが張ってある。

 どうせ彼方此方修繕するなら古いカーテンなども換えてしまおうと大掃除に各教室の改装も混じり、大学院の校舎内は少しばかり模様替えも行われたのだった。

「ふう、やっと一息ついたねー」
「偶にはこういうのも悪くありませんわね」

「お、ルディがデレた」

 朔耶の突っ込みに『ち、違いますわっ』とツンデレ返すエルディネイア。大学院の一階サロンにてテーブルに集まり雑談を交わす何時ものメンバー、エルディネイアチームの面々。慣れない清掃作業に四苦八苦したおっとり系お嬢様なルーネルシアがぐんにゃりしている。

 空気も入れ換えられて小ざっぱりした雰囲気のサロンは、昨日からの異変について話題にしている院生達も多く、『家のランプを新しくした』とか、『新しい調理器の購入を検討している』などの会話が目立つ。

 狭間世界からの影響により魔術式の製品は動作異常が起きる為、いま市場では代替製品が売れていた。魔力石には異変の影響が見られず、石寄せによる竈や暖房は問題なく使えるので、魔力石に関連する商品の売り上げが伸びているのだ。
 同じく魔力石を使うサクヤ式製品の売り上げもまた、貴族達を中心に伸びている。資産が庶民派な中流以下貴族は魔力石を使う従来の竈や調理台などを新調し、上流貴族などのお金持ちはサクヤ式を購入するといった具合に。

「いやぁ今回は本当に大儲け……大事(おおごと)になったよね〜」
「今、本音を口にしましたわね?」

 エルディネイアの突っ込みに数字の3を裏返したような口をしてそっぽを向いてみたりする朔耶。普段は空気を読まないドーソンが『機械車競技場の大会が中止になったらしい』という話題を振ったので、そちらに食いつく。

 車両を構成する動力の一部に魔術が使われているティルファ式機械車は、動力部分の動作異常で暴走するなどのトラブルが出ており、グラントゥルモス帝国やフレグンス王国の出資で建設された機械車競技場は暫く閉鎖される事になったらしい。

「そういえばティルファとか街中魔術式だらけだから大変だったみたいね」
「ティルファの機械車を試験導入してたサムズの工事現場もだよ」

 暴走する人員輸送車両を竜籠の竜が体当たりで止めてくれたらしい。多少の怪我人は出たが、まだ瓦礫の撤去と整地の続くスラム跡地で暴走を食い止められたので、街の住人が撥ねられるような事態には至らなかったようだ。
 ちなみに、暴走機械車を止めたのは口元の少し欠けた鱗が特徴的な竜だったそうな。

「ナイスだわピーちゃん。でも、うーん……一時的な事だろうから暫く使わなきゃ大丈夫だろうって思ってたけど、そうでもないのかなぁ」

 以前に比べて一般人の生活空間にも魔術式が浸透して来ているので、少し不便になるという程度の問題では済まないのかもしれないと思い始める朔耶。地球で言うなれば電子機器が一斉に誤作動を起こすようなものである。

『前に太陽フレアの影響で電磁波が云々ってタカ君が言ってたような』

 もう少し注意を深めてみようかなと、警戒レベルの引き上げを検討する朔耶なのであった。






 アーサリム地方のアーレクラワ周辺に出没する魔獣で、比較的大人しかったモノに少し気性が荒くなった傾向が確認されているが、これは嘗て魔族(ヨールテス)の実験で人工的に作られた生物だけに、魔術式製品が影響を受けるのと似た状態なのではないかと推測されている。
 竜籠を引く竜達には特に問題は出ていない。ただ、魔力を乱す何らかの力の流れを風のように感じているらしく、時折り双星を見上げては眼を細めて喉をごろごろ鳴らしている様子が窺えた。


「アーサリム地方で古い部族の言い伝えや、帝国が発掘品と共に発見している古代の文献で解読できたモノの中にも、今回のような現象を記したモノが見つかっているようです」

「それって、昔にも今回と同じ事があった訳ですよね」

 "禁断の書庫"に収められているティルファの古い文献にも、それらしい記述のモノがあったと語る中央研究棟所長のブラハミルト。
 最も被害が大きかったと聞くティルファの様子を見に訪れた朔耶は、挨拶ついでに今回の騒動についてブラハミルト所長にも意見を求めてみた所、先述のような色々な情報を教えてくれたのだ。
 その中で、ブラハミルトが示した一つのユニークな見解が朔耶の印象に残った。

 もしかしたら、朔耶の世界で魔法という存在が御伽噺(おとぎばなし)の産物と化して科学技術が発展していったのも、嘗て発展した魔法技術文明がことごとく今回のような異変によって崩れ去り、破壊と創造の経験が成熟された教訓となって、未来と子孫達に託されていった結果なのかもしれないと。

「何れ必ず崩壊するから、別の道を選べって教訓かぁ」
マジュツノ チカラニタイスル ヒトノイフハ イニシエヨリ タクサレシ キョウクンナノカモ シレヌ

 神秘への畏怖は自然への畏怖に通じるものがあると語る神社の精霊。
 人々が自然を恐れぬ振る舞いを始めた時、思いもよらない災害でしっぺ返しを食らうように、魔術のように便利な力も使い方を誤れば破滅を招く。もっとも、それは科学にも言える事だがと神社の精霊は付け加えた。

「確かにね……」

 街の復興で建設ラッシュのように沢山のクレーンアームや作業用足場の塔が伸びている"知の都ティルファ"の雑然とした街並みを眺めながら、朔耶はぽつりと呟いた。


 ティルファの復興作業を見学した後、朔耶は帝国の様子を見に飛んでバルティアを激励したり、カースティアの孤児院を訪ねてアマレストと子供達を励ましたり、サムズのエバンスで作業現場の陣頭指揮をとるアンバッスを応援したり、その際、王都から派遣されている最近身体つきも良くなってきた水道事業の教習生である貴族の若者に慈愛の笑みを送って青褪めさせたり。
 また、クルストスの孤児院やアマガ村にも立ち寄るなど、一日中オルドリアの空を飛びまわって活動したのだった。


「ただいまー、あ〜疲れた……」
「随分バテているなマイシスター」

 これを飲むが良いと滋養強壮ドリンクを差し出す兄。近くのコミケ会場に参戦した時の余りらしい。

「なんか色んな情念が混じってそうだけど……一応、ありがと」

「飯はどうする?」
「向こうで食べてきた」

 "裏技"も体調を崩すぎりぎりまで使ったので精神力も限界だ。お風呂に入れば今日はもう休もうと、朔耶は着替えを取りに部屋へと戻る。すかさずお風呂の温度をチェックに行く兄。甲斐甲斐しく朔耶の世話を焼いてポイント稼ぎに余念がない兄殿であった。




 月と星明りに浮かび上がる薄暗い街道。両脇に逸れると何処までも続く草原の海が闇の如く広がっている。

『――風の街道かぁ。ここが起点になるのも、お馴染みになってきたよね』

 精霊の視点でオルドリアの大地に立つ朔耶。何か気に掛かる事や問題を残してきた時などにも見やすい夢内異世界旅行。空を見上げると、例の双星が更に距離を縮めた状態で浮かんでいる。

『あれって、こことはまた別世界の影なのよね』

 狭間の世界で大地を司るという大きな精霊同士の融合。その余波によって引き起こされる今回の影響。二つの星はまだ融合してはいないので、あれが一つになるまでは魔術式製品への障害は続くという事だ。

『あそこには視点を寄せられないのかな?』

 精霊の視点からは島に視える双星に意識を向けて探ってみる朔耶。すると一瞬霞みかかった視点が晴れ、気が付けば見た事もないような巨大都市を頭上に見上げていた。足先の方には森林や平原が広がる緑の大地と真ん中に湖らしき青。
 上を見ても下を見ても高い所から見下ろしている視点に平衡感覚を失い、平常心が乱れて夢から覚める。

 朔耶は夢内異世界旅行から覚める直前まで視ていた上の巨大都市と下の自然溢れる大地の双方に、人の営みを感じ取った。

「!っ――今のって……」
イマ サクヤガミタモノハ ハザマノセカイニ ソンザイスル セイレイノダイチ ダソウダ

 神社の精霊がフレグンスの精霊から伝えられたという、狭間の世界でそれぞれ別個に存在する大地、狭間の世界を漂う大陸である事を教えてくれた。

「……そっか、別世界の大地って、そこに人が住んでても別におかしくないわよね」

 世界と世界を繋ぐ通り道の世界と聞いていたので、そこには精霊しか存在しないモノと思っていた朔耶は、自分の思い込みを省みた。
 聞けば答えてくれていたであろう神社の精霊も、態々朔耶の思考を読んでまで間違った認識を正すような干渉は行わない。自身を正すのは基本的に自分自身の判断と選択に委ねられている。
 夜中に目を覚ましてしまった朔耶は寝付けるまでの時間、狭間の世界について色々と聞いてみる事にした。


 狭間の世界に浮かぶ精霊に見守られし大地。それらの大地が融合するという現象は、その大地を見守るとても大きな精霊同士が融合して一つの存在になる現象。

 狭間の世界に存在する大地から夜空を見上げた時、その星のように見える一つ一つの光点が近くにある別の世界であり、狭間の世界での出来事はそれら近くの別世界にも影響を及ぼす。
 時に人々の価値観など個人や大衆の意識にも触れる場合さえあるそれは、影響を受ける世界にとって、良いものになるか、悪いものになるか、現時点では分からない。

『えっ あたしレティに大した事にはならないから大丈夫って言っちゃったんだけど』
イマノ ジテンデハ ソレデ マチガイナイ

 それはつまり、これから良いものにも悪いものにもなる可能性があるという事らしい。勿論、良いものにも悪いものにもならない、どちらでもない結果になる可能性もある。

『そういう事は早く教えてよ……』
マッタク カクショウノ ナイコトダ

 人々の意識が変わるかもしれない等と、悪戯に不安を煽るような内容を無闇に伝える真似はしない、という神社の精霊の答え。それは日頃から有象無象より向けられている些細な悪意を無視しているのと同じ事。

「うーん。もし調べられるんなら、詳しく調べてみようか……あそこに飛べたりは出来ないの?」
フカノウデハ ナイガ モクヒョウガ サダマラヌユエ ドコニアラワレルカ ヨソクガツカヌ

『ああ、最初の頃に傭兵団のテントに落ちたり、春売り通りに出たり、アンバッスさんの上に落ちたりしたようなモノね』

 夢内異世界旅行で見たように空中に出て直ぐに飛べば問題ないのでは? と朔耶は提案する。
 以前、アーサリム方面へ向かおうと銀月の牙傭兵団の団長ブラッド・パーシバルの持つ御守りを目標に飛んだ所、竜籠で移動中だった為に空中に出てしまった事があるが、直ぐに飛んで事無きを得た。
 始めから高い所に出れば、変な場所に出ても空の上なので何処でも同じだろうという発想。

『あそこに飛べるって事は、精霊の力ってあそこでも使えるんでしょ?』
ソレハ モンダイナイ ダガ テンイスルニハ ヒトツ モンダイガアル

 何時ものように自宅の庭からいきなりという訳にはいかないらしい。一度、実際にあの世界へ渡る事が出来れば、次からは庭を出発点にして行く事も出来るが、あの世界に渡る為の通り道となる"道しるべ"が必要なのだという。

『それって、魔術とか精霊術が盛んなオルドリアにならあるのかな?』
コチラノ セカイニモ アル

『え、あるの?』

 双星の影響で魔力の流れが活発になっているせいか、西南方向にその気配がよりハッキリ感じられる場所があるのだと神社の精霊は語る。ただし、ここからでは少し距離があるそうな。

『そっか、じゃあ明日辺りお兄ちゃんに乗って行って見よう』
アニドノニ ノルノカ?

『お兄ちゃんの車に乗って行ってみよー』
ウム

 精霊の突っ込みを軽く流すと、朔耶は明日に備えて再び眠りにつくのだった。




 翌朝早く。

 中古ランドクルーザーの助手席に乗り込んだ朔耶は、早速"精霊ナビ"で兄をナビゲートして車を走らせた。車体にはフレグンスの精霊神殿に所属する聖騎士団の紋章ステッカーがさり気無く貼られていたりする。

「隣町の隣町くらいか」
「だと思う、車ならそんなに遠くない距離みたい」

 あの世界の精霊の力が働いた痕跡を追って車を走らせる事およそ一時間、雑然とした下町風住宅街を抜け、閑静な高級住宅街を更に上へと抜けていくと、やがて山の上に建つ古い神社の境内にたどり着いた。

『ここ?』
ウム チカクニ コンセキガ ノコッテオル

 境内には先客が一人。朔耶より少し年上くらいの若者がベンチに腰掛け、ポータブルゲーム機で遊んでいる。『転移する所を見られるのは不味いなぁ』と、どうしたものかと迷う朔耶に、兄が機転を利かせた。




 快適なプレイ環境である普段人の来ない神社の境内に、珍しくやって来た二人連れ。大学生くらいにみえる男女が腕など組んで敷地内をうろうろしている。女性の方は長い黒髪が映える中々の美人さんだ。
 デートの邪魔をしては悪いと空気を読んだ先客のゲーム機青年は、ゲーム機を鞄に仕舞うと、そそくさと立ち去った。

「ミッションコンプリート」
「本当に効果あるとは」

 何だか追い出したみたいで悪いことをしたような気分になる朔耶。

「良い人でよかったな、性格悪い奴だと梃子でも動かなかったとおもうぞ」
「男の人って……」

 とりあえず、向こうの精霊の力の気配を辿って転移出来る場所を探すと、程なく"道しるべ"が見つかった。何の変哲もない場所の地面に目印の丸を描く。

「どのくらいで戻ってくる予定だ?」
「んー、とりあえず一回向こうに行って、直ぐ戻ってきて、それから家に帰って庭から行くって方法を考えてるんだけど」

 何か不測の事態が起きる事も考えて携帯電話を持っていく。兄はこれから仕事場に向かう予定なので、長時間ここで待っている訳にもいかない。仕事帰りにここへ立ち寄り、朔耶を拾って帰宅するという段取り。

「早めに戻ってきたら電車で帰るから、その時は電話入れるね」
「おっけい、気ぃつけてな」

 周囲に人影が無い事を確認すると、地面に描いた円に立って世界を渡る準備にはいった。

『じゃあ、よろしく』
ウム

 "道しるべ"を頼りに世界移動の座標を合わせ、転移先に移動した黒の精霊とコンタクトを取る。すると"道しるべ"の気配を持つ転移目標に出来るほどの魔力が集まった強い目印が見つかったので、神社の精霊はその周辺の上空を狙って朔耶を転移させた。

 朔耶の姿が唐突に消えた事で"世界渡り"を確認した兄は、神社の境内を後にした。




 転移と同時に魔法障壁で包み込まれた朔耶の身体は、その世界の空中に浮かんだ。眼下に広がる白い砂浜と青い海。その海の先は途中から縦に伸び、もう一つの大陸へと繋がっている。

「なにこれ、凄い!」

 双星の片方と思しき世界の空に現れた朔耶は、そこで垂直に繋がった二つの大陸を目の当たりにして驚愕の声を上げた。この世界の精霊から情報を得た神社の精霊より、ここは『カルツィオ』と呼ばれる大地である事が告げられる。

「とりあえず写真! 激写っ 激写っ」
サクヤヨ……

 ピンポロポンッ ピンポロポンッ と携帯で写真を取り捲る朔耶に、神社の精霊は『やはり血は争えぬか……』などと呟くのだった。





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