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D.D.D日誌 作者:津軽あまに

9冊目「らいとすたっふさんたち爆発する」(中編)

 

 〈西風の旅団〉。
 大規模オンラインRPG、〈エルダー・テイル〉、日本サーバーにおける戦闘系ギルド。
 最近「アキバの街の五大戦闘系ギルド」の末席に名を連ねることとなった、新進気鋭の集団である。
 規模としては、〈D.D.D〉に遥かに劣る。
 〈黒剣騎士団〉のように、成長限界到達(カウンターストップ)を入団条件にする精鋭でもない。
 〈シルバーソード〉のような我武者羅な攻略方針を貫くわけでもなければ、〈ホネスティ〉のような、生産系ギルドとの太いパイプを持つわけでもない。
 実働メンバーは60名程度。
 こうした客観的条件を覆し、彼らは他の先行ギルドに劣らぬ戦果を叩き出し続けていた。
 これだけでも十分に異色なこのギルドを、より異端たらしめているのは、その性別比率。
 〈西風の旅団〉は構成員の9割が女性プレイヤーであるのだ。
 かつて、「プレイヤーとキャラクターがいずれも女性であること」を入団条件としたギルドは存在したが、〈西風の旅団〉は入団条件に特に性別による規制を設けていない。
 そうしたギルドにおいて、この性別構成はもはや異常というべきものだった。

「……さっき叫んでた彼らも、手合せ希望だったんじゃないのかな」

 ポニーテールめいた髪型の小柄な〈武士〉が、周囲の少女たちに確認するように首をかしげた。
 アバターの容姿や高い声から女性と誤解されがちだが、彼はこのパーティの中で唯一の男性。
 〈西風の旅団〉のギルドマスター、ソウジロウ=セタである。

「だとしても、返り討ちにしてやるだけだ。大丈夫、セタ殿。この身に代えてもお守りいたします」
「あー、イサミちゃんずるいっすー! チカちーだって強くなったんっすよ! ソウジロウさんと一緒に大規模戦闘とか半日耐久グレンデル狩りとか、どんなプレイでもOKっすよー!」
「……ぷ、プレイとか……その、そういうのは、よくないとおもいます……あ、でも、ソウさまが望むなら……どんな大変なのも……もありかも……きゃっ」
「うわーお、ウィルっちだいたーん」
「な……っ、ひ、卑猥だぞ貴様ら! 気を引き締めろ! 今日は一年で二番目にセタ殿が襲撃を受ける日ではないか!」
「……で、でも、クリスマス……ですもん。少しくらいは積極的に……がんばります!」
「そうだそうだーっ。っていうか、イサミちゃんもクリスマスデート、嬉しい癖にー。抽選に参加した時点で期待してなかったなんて言わせないっす!」
「わ、わたしは! 親衛隊の一員として、主命を死守すべくだな……っ」
「ふふ、みんな、ありがとう。こんな日にも一緒に遊んでくれるんだもん、嬉しいよ」

 ソウジロウの一言に、パーティメンバーのかしましいやりとりがピタリと止まる。

「ひゃ、ひゃいっ。セタ殿、光栄ですっ」
「うわーい! ほめてもらっちゃったっすよ! ああ、今の録音しとくんだったっす?!」
「……えへへ。わたしの方こそ、しあわせですー……」

 そして、返される三者三様の1オクターブ高い声。
 音に味覚があるとしたら、ホイップクリームに蜂蜜をかけてこしあんをトッピングしてもなお足りないほどのどろっどろの甘さだろう。
 無理もない。
 〈西風の旅団〉に女性プレイヤーが多い理由はなんとも単純。
 その多くが、ギルドマスターであるソウジロウのファンであるからで、そんな彼女達ギルドメンバーにとって、ソウジロウと同じパーティで冒険する機会はデートじみた一大イベントなのだ。テンションが上がるのも当然というものである。
 当然のように、このパーティに所属する3人もまた、理由は違えどもソウジロウに心酔する乙女たちであった。
 この甘やかな雰囲気がたとえ、このハーレム的パーティに嫉妬した男性プレイヤーからの攻撃を受けるきっかけになろうと、彼女達は、二流程度のプレイヤーであればソウジロウへのアピール――ちらりやたゆん、可憐な悲鳴など、武器はそれぞれだが――を意識しながら蹴散らすだけの技量を持っている。
 現に、クリスマスのこの日、これまで彼女達は多くの襲撃(しっと)を跳ね除けていた。
 仮にも〈西風の旅団〉がアキバでも有数のギルドと知って攻撃を仕掛けてくる者たちだ。
 当然のように、襲撃者のほとんどは、それなりに腕に覚えのあるプレイヤーばかりである。
 しかし、無邪気なハードコアプレイヤーであるソウジロウの隣に立つべく修練をしたギルドメンバーの少女たちは、多くが一流と読んで差支えないほどの実力を獲得していた。
 恋する乙女はゲームであろうと強いのだ。

「いやまあ、若いねえ……。いつものことっちゃいつものことだけどさ」
「クリスマスだからね。愛及屋鳥、彼女たちの甘さも三割増しだ。……ナズナ、君も混ざりたいんじゃないのかい?」
「あたしは、帰ってからたっぷりとね。ほら、ここであたしが出張っちまったら、あの子らの出る幕がなくなっちゃうだろ?」

 ソウジロウを囲む3人の少女たちを少し離れたところで眺めるのは、〈狐尾族〉の〈神祇官(カンナギ)〉と、黒髪の〈召喚術師(サモナー)〉。
 〈神祇官〉が脚と胸元の大きく露出した着物という、極めてキャッチーな格好をしているのとは対照的に、〈召喚術師〉は灰色のローブに無骨な長杖と、このゲームとしてもひどく地味な格好である。
 〈神祇官〉の名は、ナズナ。〈召喚術師〉の名は、紫陽花(アジサイ)
 ソウジロウを取り囲んでいる3人のような若手ギルドメンバーを束ねる、〈西風の旅団〉の中核メンバーというべき2人だった。

「先行者の余裕かい? 泰然自若、えらいじゃないか。それとも、やせ我慢かな」
「そう思わなくちゃ、やってらんないのさー。ま、分が悪い賭けは嫌いじゃないしね。……で、と」

 ギルドマスターとメンバーの賑やかなやりとりを聞き流しつつ、ナズナは後ろを見やった。
 先ほど、彼女たちが男性プレイヤーグループから声をかけられた方向だ。

紫陽花(アジサイ)、どう思う? さっきの、〈D.D.D〉の子らだろ? あそこは規律がしっかりしてるイメージだけどさ。嫉妬に駆られて突撃してくるようなタマかね」 
「あの中の一人は知り合いだ。狐猿……その子は少なくとも、明確な理由もなしに問答無用の殴り込みをかけるような馬鹿ではないはずだよ」
「おー、珍しいじゃないか。男嫌いのアンタが、野郎にマシな評価を下すなんてさ」
「嫌いだよ。ただ、あの子とボクらは顔見知りでね。因縁奇縁というヤツだ」

 ナズナの問いかけに、紫陽花は気怠げな様子で答えを返した。
 緩慢も聞こえるこの口調とは裏腹に、この〈召喚術師〉の思考は絶えず高速で回転していることを、ナズナは知っている。
 時としてその思考回路は理解しかねることも多かったが、味方としては心強い存在であると、ナズナはこの切れ者を評価していた。

「んじゃ、安心していいってことかい……って、何やってるのさ?」
「戦闘準備だけど」

 紫陽花が杖を振るうと、彼女の足元に複雑な光の紋様が描き出される。召喚術による〈無首騎士(デュラハン)〉の召喚。
 全くもって会話の前後に脈絡がないが、これが紫陽花という女の日常である。
 人一倍早い思考に言葉がついていかないのだ。

「……あーもうっ。相変わらずわけわかんないなアンタはっ! ほら、ソウジっ、他の子らも! また襲撃がありそうだよ、警戒しなっ!」

 ナズナは盛大にため息をつき、周囲の少女たちに声をかけた。

「いよいよですねっ!」
「了解っす~。ソウジロウさん、チカちーの活躍と、あとちらりずむを目に焼き付けるっすよ!」
「……うう。わたし、イサミさんやナズナさんみたいに揺れないし、チカちゃんやナズナさんみたいにスカートの裾も短くないし……装備変えればよかったかなあ……」
「ば……っ、そんなことを言っている場合か、貴様ら!」

 賑やかな反応だが、仮にも新進気鋭の戦闘系ギルド。行動は迅速である。
 全員が全方位を視界に入れるよう、位置取りを行った。

「ったく。言ってることとやってることは統一してくれないかい、参謀さん」
「矛盾はしてないよ。あの子は明確な理由もなしに殴り込みはかけない。かけるんだったら、本気になるだけの理由があり、準備万端、勝利するだけの方策を練ってくる。そういう子だってこと」
「……はあ。まあいいや……。で、リソースは大丈夫かい? あんたにゃウィルの〈瞑想のノクターン〉が効かないんだから」
「あと一戦くらいなら。余力十分とはいかないが、最悪一回召喚術を使えれば、ボクの役目は遂げられ……」
「セタ殿! 敵だ!」

 新参の〈武士(サムライ)〉、イサミが鋭く声を上げる。
 瞬間、少女たちの眼前に、小柄なエネミーが「出現」した。
 通常の発生(ポップ)ではない。 
 特殊能力で姿を隠していたものが攻撃状態(アクティブ)になり、視認できるようになったのだ。
 出現したエネミーが緑色の輝きを放つのと、剣閃が放たれるのが同時。
 〈西風の旅団〉のパーティ全員が緑の光に包まれ、両断されたエネミーが消滅する。

「間に合わなかったか。ごめんね、みんな」
「……そ、そんなこと……ありませんっ」
「そうっす! あの反応、さすがソウジロウさんっす! そこに痺れる憧れるっす!」
「皆、油断するな!」
「あー、イサミちゃん、混ざれないからって嫉妬してるっすー」
「ち、違う! 断じてそのようなことはない! ほら、皆状態異常(バッステ)受けているだろうが!」

 刀を振るったのはソウジロウだ。
 突然の襲撃に対し、状況を分析するよりも先に動き出す即応性は、彼の真骨頂である。
 だが、彼の刀よりも先に、エネミーは自分の役割を果たしていた。
 エネミーは消滅しても、毒々しい緑の輝きはなおも全員を包んでいる。

「紫陽花さん、これは何っすか!?」
「敵襲。〈悪戯鬼精(グレムリン)〉は、このエリアにはいない。敵の召喚術だ」

 〈西風の旅団〉の参謀役、紫陽花の思考が回転する。
 今、ソウジロウが斬ったのは、〈悪戯鬼精(グレムリン)〉。低レベルの召喚魔法で呼び出すことのできるモンスターで、姿を消す特殊能力と、〈アンラック〉という魔法を使う。
 〈アンラック〉の効果は、幸運値を一時的に下げる状態異常(バッドステータス)、〈不幸〉を対象に付与すること。
 具体的な影響としては、クリティカル率の低下、幸運値に応じて確率発動する特技や武器の特殊能力発動率の低下。呪詛関係のエネミー特殊能力を受ける可能性の上昇といったものである。
 直接的な影響は低いが、持続時間が長く、高レベルの状態異常回復魔法か一部のアイテムでしか解除することができないという、嫌がらせとしての側面が強い状態異常だ。

「おっけー。あちらさんも動き出したかい。どうする? 〈不幸〉、消すかい?」
「いらない。ナズナはより致命的な状態異常(バッドステータス)に備えて待機。全員ナズナを囲んで密集」
「……〈悪戯鬼精〉の方向に術師がいるんじゃ……」

 〈吟遊詩人(バード)〉のウィルがおずおずと声を上げる。
 〈召喚術師〉の召喚術は、召喚獣と呼ばれるモンスターをはじめ、特技によっては特殊なアイテムやパーティの構成員を呼び出すことも可能な、バリエーション豊かな特技だ。
 その多彩さの反面、いずれもが、術者の付近にしか対象を呼び出せないという共通の制約もある。
 モンスターにしろその他の存在にしろ、一度召喚をしてしまえば術者から距離を離すこともできるが、少なくとも召喚時点では術師の傍に出現させなければならない。
 よって、術者は召喚されたものの近くにいるという判断は、妥当なものではあった。
 だが、それをソウジロウはやんわりと否定する。

「いや、そっちには誰もいませんでしたよ。草の揺れ方も普通でした。隠密の線もないと思います」
「ソウジロウ君が視認できなかったなら何もないね。そっち以外で周辺警戒」
「了解した!」

 〈西風の旅団〉のパーティメンバーは、〈武士〉が2人に、〈吟遊詩人〉、〈盗剣士(スワッシュバックラー)〉、〈神祇官〉、〈召喚術師〉。
 このうち、〈召喚術師〉の紫陽花は、前衛にも対応した特殊なキャラクターである。
 よって、襲撃に備えるうえでとるのは、円形の布陣。
 パーティ唯一の回復系職業である〈神祇官〉、ナズナを囲む、セオリー通りの隊形だ。

「さっきの人たちでしょうか! みんないい動きしてましたよね。多分、今日一番の強敵ですよ。楽しみだなあ」
「あの距離で動きとか観察できるのは、ソウジくらいだよ」
「君って子は……。洒洒落落というか、何も考えてないだけというか」

 屈託なく声を弾ませる彼に、ナズナと紫陽花は毒気を抜かれたように笑い声を上げた。
 この襲撃も、ソウジロウにとっては「ゲームの楽しみ方」の一つ。
 心底、この少年は〈エルダー・テイル〉を満喫しているのである。

「ところで、紫陽花。さっきの連中には〈召喚術師〉なんていなかったけどさー。誰かが〈狐尾族(どうぞく)〉って可能性は?」
「ないね。今の〈悪戯鬼精〉には〈遠距離召喚(ロングレンジ・サモン)〉がかかってた。〈狐尾族〉でそんなに都合よく特技を拾うような有卦七年(ハードラック)が、2人もいたらたまらないよ」
「てーと、可能性は」
「伏兵か、あるいは……」

 紫陽花が一つの仮説について言及しようとした、その瞬間。
 全員の視界が、白に染まった。
 同時に響き渡る、野太い男達の声。

「ほーら! こいつが本当のホワイトクリスマスだーっ! クリスマスに可愛い彼女ほしいとかお願いしてもサンタさんはくれないんだぜーっ!」
「メリー苦しみますでゴザルー!」
「七つの大罪が一、姦淫に今、白の……断罪を!」
「男としてのオレ! 社会人としての俺! ゲーマーとしてのORE! 三つの自分が全会一致で貴様を有罪だと告げているー!」
「人としてのジレンマ皆無MAJIDE!?」

 自暴自棄(ヤケ)になったような馬鹿丸出しの声が、四方から取り囲むように近づいてくる。

「〈濃霧の結界(ディープミスト)〉だ! 不意打ちに気をつけな!」
「なるほど、これで僕の力を削ぐわけですね。ああ、だから〈不幸〉の状態異常(バッドステータス)かあ。やりますねっ!」
「……でも、視界を塞いだのに、声あげて突撃……意味ないような……」
「馬鹿っすねー。盛大に」
「だ、だから油断するなっ」

 ソウジロウの歓声を聞きながら、紫陽花は相手の次の出方を推測する。
 今、周囲の視界を塞いでいるのは〈濃霧の結界(ディープミスト)〉。
 〈森呪遣い(ドルイド)〉が習得できる魔法の一つで、周囲の広い範囲を濃い霧で覆うものだ。
 敵の視界……モニター画面の映像に干渉する系統の魔法はいくつか存在するが、〈濃霧の結界〉の特徴は主に2つ。
 直接敵の視界を魔法で封じる魔法とは違い、敵味方に関係なく作用すること。
 そして、対象に対して状態異常を付与するのではなく、エリアに対して魔法を使用するため、回復職の状態異常回復系特技で効果を打ち消すことができないことである。
 この霧の中では、敵を捕捉できる範囲が極端に狭まり、実質的に遠距離からの射撃攻撃、魔法攻撃は命中精度が極端に低下する。
 通常であれば、〈濃霧の結界〉は無差別に効果を及ぼすため、敵味方ともにデメリットは同じだ。
 しかし、この視覚ペナルティを打ち消す方法は、少ないながら存在する。
 一つは、種族特性。
 〈エルダー・テイル〉のプレイヤーキャラクターが選択できる8種族のうち、〈法儀族〉は〈魔力視覚〉と呼ばれる種族特技を持つ。
 この特技を使用すると、キャラクターはMPが存在する生物を、物理的障害物を無視して輝きとして視認できる。
 もう一つは、高レベルの消耗アイテムである、視覚へのあらゆるペナルティを打ち消す〈大妖精の軟膏(エルダー・フェアリーバーム)〉の使用。
 相手がいずれかの手段を確保していた場合には、こちらが一方的に狙撃を受けることとなる。
 そして、何よりの懸念。
 多くの攻め方のうち、この方策を選んだということは、敵はソウジロウの「目」の脅威を認識しているということ。
 そうであれば、今後も、彼の特性を潰す方向で戦術を構築しているに違いない。
 〈付与術師〉ならば、魔法そのものを打ち消すことも可能だが、ないものねだりをしても仕方ない。
 多少の被害は覚悟して、強行突破もやむなしか。
 そう、紫陽花が指示を出そうとした、そのとき。

「……あれ? 攻撃が届かないでゴザルよ!?」
「ちょ……あ! 緑に光ってるから敵の方向はわかるけど距離感とか全然掴めねえ!」
「これが……五里霧中というものか……っ」
「自爆風味MAJIDE!?」

 盛大な攻撃の空振り効果音が周囲で響きわたった。
 これでは、全く霧に隠れて隠密している意味がない。
 少なくとも、その方向を向いているメンバーからは、容易に敵を捕捉できる。

「……あの。これ、盛大に、墓穴を掘ってます?」 
「……マジお馬鹿さんっすね」
「だ、だから油断してはいかんと……ぷぷっ」
「よーし、んじゃ、逆にこっちから不意打ちっすよ! チカちー突貫するっす!」
「確かに勝機。私も、迎撃に回る!」
「……わ、わかりました……わたしも……」
「お、おい、ちょっと待て!」

 ナズナの制止も聞かず、パーティの若手三人が霧の中へと駆け出した。

「……ソウジロウ、紫陽花、どう思う?」
「罠でしょうねー」
「罠だね」
「だったらあの娘ら、止めてもらえるとありがたいんだけどねえ」

 悪びれもせずに答える2人。
 ナズナは今日何度目になるかわからない盛大なため息をついた。

「ごめんなさい。ただ、警戒を緩めたら、撃ち抜かれてしまいそうだから……ねっ!」

 突如、霧を裂いて飛来した火球を、ソウジロウが刀で一閃する。
 〈武士〉の特技の一つ、〈矢斬り〉。
 飛び道具を切り払うこの特技は、奥伝以上に習熟することで攻撃魔法にも効果を発揮する。
 霧の向こうから飛来した弾丸への反応と対応。
 しかし、そこに感心する間もない。三人は武器を構え、火球が射出された方向に向き直った。

 霧の中から現れたのは、テンガロンハットに銃めいた武器を左右に構えた長身の男。
 芝居がかった物腰で武器をソウジロウに突き付けると、彼は悠々と名乗りを上げた。

「ドーモ、ソウジロウ=サン。リア充スレイヤー、レッド・ザ・テンチューです。リア充爆発すべし」


◇  ◇  ◇


「……ったく。こういうのは紳士のやり口じゃないんだけどなあ」

 襲撃者の一人、〈D.D.D〉の「俺会議」こと、セバスは女〈武士〉と相対しつつ、気だるげに一人ごちた。
 嵐のような女〈武士〉の二刀の連撃をやりすごしつつ余裕を見せられるのは、前衛随一の回避能力を誇る〈格闘家〉だからこそである。
 イサミ、〈武士〉LV89。打刀二刀の攻撃的ビルド。
 動きからして、挑発(タウント)よりも攻撃に力点を置いて敵愾心(ヘイト)を稼ぐタイプの攻撃的前衛というところか。
 ステータスと動きから、俺会議は相対する女〈武士〉……イサミの能力を大まかに判断する。

「な、なにをぶつぶつと! きちんと勝負しろPKプレイヤーキラー! そもそも攻めてきたのは貴様だろうが!」

 〈西風の旅団〉のギルドマスター、ソウジロウを強者たらしめているのはその目の良さ。
 〈西風の旅団〉のギルドメンバーを精強たらしめているのは、同じ目的意識下で培われた連携。
 この長所を潰すため、〈濃霧の結界〉で視界を封じ、一対一の状況を作り出して、個々を無力化した上でソウジロウを叩く。
 これが、〈D.D.D〉のOBであるレッド・ジンガーの情報を元に、ゴザルが決定した戦法だった。
 レッドが召喚したグレムリンの〈アンラック〉のおかげで、敵は発光しており、霧の中でもよく目立つ。
 また、〈濃霧の結界〉の効果下であっても、〈法儀族〉である厨二は視界を確保できる。
 索敵能力は襲撃側に圧倒的な分があった。
 あとは各個撃破に持ち込むべく、敵を引き寄せるだけ。そして、それは見事に成功した。

「んなこと言っても……ほら。やる気がでないっちゅうか? 俺会議も牛歩戦術で停滞気味な感じ?」
「わ、訳のわからないことを!」 

 そう。俺会議がイサミの前でそうしたように、〈D.D.D〉のメンバーが霧の中で攻撃の空振りをしたのは、ブラフ。
 目的はあえて陣の中心から離れた襲撃者の位置を知らせ、相手を移動させることだった。
 敵が散開せずとも、霧の中で移動すれば隊列が乱れる。そこを分断する予定だったが、相手は見事にばらばらに行動してくれた。
 賢明ではない判断だが、意図はわかる。
 わかるだけに、俺会議は一生懸命にこちらを追いかけて攻撃してくる女〈武士〉、イサミを前に、げんなりとした気分になっていた。

「……だってさー、好きな男の前でいいカッコしたいとか、可愛いじゃねえかちくしょう!」
「へ、へんなことを言うなーっ! わたしはセタ殿の親衛隊として、職務を全うしているだけだ! べ、別にクリスマスを一緒に過ごせて幸せだったりということはあんまりない!」
「うわーすげー勢いで語るに落ちた(バンジー)
「う、うるさいうるさい、うるさーい!」

 イサミの二刀がさらに加速する。
 回避率を上げる〈ファントム・ステップ〉、防御力を上げる〈アイアンリノ・スタンス〉を併用し、〈セルフ・ヒーリング〉での自己回復。
 生存能力の高い〈格闘家〉の見本のような俺会議の戦いぶりだが、それをもイサミの勢いは押し切らんとする。
 一般に、男性プレイヤーがゲームに「成長」と「強さ」を求めるのに対し、女性プレイヤーは「関係性」を求めることが多いと、俺会議は考えていた。
 しかし、目の前の女〈武士〉の特技の連携、位置取りといった動きは、間違いなく生真面目に「力」を求めて努力を積み上げた結果だ。
 その動機がどんなものかは考えるだけで胸焼けがしそうだったが。

「くそ、そんな大技連発しやがって、死ぬ! 死ぬ!」
「当然だ! 倒す気でやっている! 貴様もPKならPKらしく、逃げてばかりではなく反撃してこい!」
「ぶほーっ!? すっげー怒った! くそ、でもクリスマスにこうして可愛いおにゃのこと2人追いかけっことか、ある意味俺リア充認定じゃね? とか脳内査問会議にかけられそうなテスト!」
「貴様、日本語でしゃべれっ! あと、か、か、かわいいとか初対面の女にたやすく言うな! 軟派男めがっ!!」

 俺会議の台詞の半分は、心からの本心だ。
 そして、残り半分は、データによらない相手プレイヤーの冷静さを奪い、敵愾心(ヘイト)を高めるための、特技によらない挑発会話(リアル・タウント)
 ソウジロウと思われる緑の光からはある程度の距離がとれた。
 イサミが、立ち止まった俺会議に対して、剣閃を放つ。

(……くそ、好みの娘さんが他人のハーレムの一員で殴らないといけないとか、どんだけマニアックなヤツ限定のご褒美シチュだよ! 俺にゃ罰ゲーム以外の何物でもないんだけどな!)

 そこに、躊躇なく踏込み、俺会議は戦いを終えるための、カウンターを放った。
 イサミは思いのほか優秀なプレイヤーだ。HPを削りきる勝利は難しい。
 だが、元より俺会議の勝利条件は、眼前の敵を倒すことではない。

 選択した特技は、――〈朦朧化打撃(スタニング・ブロウ)〉。


◇  ◇  ◇


「うひゃん?!」

 四種類の方向への高速移動に派生する〈ダッド・ステップ〉で接近してからの〈ナーブスラッシュ〉。
 霧の中からの不意打ちは、見事に〈西風の旅団〉の〈盗剣士〉、チカに、僅かなダメージと攻撃力低下の性能低下(デバフ)を与えていた。
 先制攻撃を成功させたのは、同じ〈盗剣士〉、〈D.D.D〉のMAJIDEことアラクスミ。

「ふ、不意打ちとは卑怯っすよー! とかいいつつ喋りながら攻撃ちょやーっ!」
「…………」

 チカの反撃の斧を、〈盗剣士〉の移動系特技、〈ヴォルト〉の無敵時間でやり過ごす。
 突撃してきた相手の肩に手をつき、空中を一回転するアクロバティックな動き。
 そのまま、背後をとったチカに対して、MAJIDEがナイフを振るう。
 〈ヴァイパー・ストラッシュ〉。ダメージは低いが、敵の命中率低下を引き起こす特技だ。
 MAJIDEに対峙する少女、チカは、左右の手に斧を構えたドワーフの〈盗剣士〉。
 日本サーバーでは珍しい、〈斧二刀流(ツイン・トマホーク)〉と呼ばれる構成(ビルド)だった。 
 同じ〈盗剣士〉であっても、装備する武器によってその特性は大きく異なる。
 MAJIDEは〈盗剣士〉の中でも最高の攻撃速度を誇る〈短剣二刀流(ツイン・ダガー)〉。
 手数で相手の攻撃のチャンスをつぶし、ダメージよりも敵の性能低下(デバフ)に特化した、搦め手を得意とするタイプである。
 対して、チカの〈斧二刀流(ツイン・トマホーク)〉は、攻撃力に特化したタイプ。
 攻撃速度の違いでMAJIDEが優勢なように見えるが、左右の斧が命中すれば、たちまちに状況は逆転するだろう。

「なんとか言ったらどうっすかー! っていうか、アンタ女じゃないっすか! なんでこんな嫉妬魔神の野郎どもに味方するんっすかーっ?」
「…………」

 ふるふる、と首を横に振り、MAJIDEは再び距離を詰める。
 幼い声と、何よりくるくる回る感情が乗った口調。
 ロールのせいもあるだろうが、相対している少女、チカはまだ若いプレイヤーだろう。
 コケティッシュな言動は、フリーで活動していれば、引く手数多に違いない。
 こんな少女まで〈西風の旅団(ハーレム)〉の一員か。
 元から基本的にはダウナーなMAJIDEのテンションが、盛大にデフレーションを引きおこす。

「きちんとしゃべるっすよ! 無口系キャラとか、ロールプレイヤーさんでもどうかと思うっすといいつつ、くらうっす! とまほぉぉぉぉくっ、ぶぅぅぅぅぅめらんっ!」

 小さな身体をぐるぐると回転させて、チカは片手の斧を投擲した。
 しかし、斧での攻撃は準備動作(モーション)が大きい。悠々とMAJIDEはそれを回避し、片手の武器を失ったチカへと接近して……

「あまーいっす!」

 耳障りな音とともに、急速に減少していく自分のHPゲージを確認した。
 そして、「背後から自分の身体を切り裂いた」斧が、チカの手元へと戻っていく。
 背後からの攻撃の影響で、MAJIDEの身体がチカの方向へとよろめいた。
 無防備な身体を、小柄な体が振るった左右の斧が切り裂く。
 見る間に危険域へと減少するMAJIDEのHP。

「言ったっすよ? トマホーク『ブーメラン』って」

 そんなことはMAJIDEも知っている。
 チカが使ったのは〈ブーメラン・スロー〉。
 武器を投擲する特技だが、投げても一定時間後に使用者の手元に武器が戻ってくる。
 しかし、投げた武器に攻撃判定……ダメージが発生するのは、投擲してから数秒間で、少なくとも「使用者の手元に戻ってくる間」はダメージが発生しないはずだ。
 だが事実として、MAJIDEのHPはごっそりと削り取られていた。
 考えられるとすれば、レア武器による特技性能の変更。
 チカが手にしている斧は、色違いだが対になるような意匠の武器だ。おそらくはこれが、〈ブーメラン・スロー〉の性能を強化しているのだろう。
 対の武器は互いに引き合い、故に戻ってくる斧の勢いを強化する、というような設定で。

「ほーら、人のデートを邪魔するようなヤツには天罰がくだるっす! 今なら同じ女のよしみ、トドメまでは刺さないでおいてやってもいいっすよ!」

 だが。隠し玉を温存しているのはまた、MAJIDEも同じ。
 追撃を加えようとした少女の一撃の攻撃範囲から、突如加速した動きで退避する。

「って……ぁ、しまったー!? 削りすぎたっす!?」

 その身体には赤に輝くエフェクト。
 〈赤い(レッド・シューズ)〉。
 HPが一定以下になったときに使用可能な、〈盗剣士〉の自己強化特技。
 あらゆる行為の動作(モーション)を高速化する、一発逆転を狙うための切り札だった。

「……すまん」
「ぇ? し、渋っ! 何そのハスキーボイス! アンタ、ネカマさんっすか!? マジで?!」
「……MAJIDE」

 チカの叫びに、こくりと頷き。
 赤い輝きをまとったMAJIDEのグルカナイフが無数の軌跡を描き出す――。


◇  ◇  ◇


「……えと、イフリート山崎さん……でしたっけ?」
「だぐはっ!?」

 目論み通り〈西風の旅団〉と一対一になった厨二こと、クーゲルは、のっけから思わぬ致命傷を喰らっていた。

「ちっがぁぁぁぁう! 僕はクーゲル! 〈憤怒の魔炎(ラース・フレイム)〉のクーゲルと呼びたまえ! あと、イフリートってどこから出てきた!?」
「……ひぅっ、ご、ごめんなさいっ。で、でもさっき、お連れの方が、親しげに「ザキヤマ」と呼んでらし」
「だぁかぁらぁぁぁぁっ! クーゲル! クーゲル・ザ・〈魔狩人(シュライバー)〉!」

 彼が担当することになった小動物めいたおどおどとした口調の少女、ウィルは、〈吟遊詩人〉であった。
 〈吟遊詩人〉に攻撃系の特技はほとんど存在しない。
 そのため、〈法儀族〉かつ〈妖術師〉という極めてHPの低い厨二でも対応は可能だったが、何より彼女の発言のダメージの方が、プレイヤーの心に突き刺さっていた。

「……ああ! ぼ、ぼーるぺんさんですか!」
「……なんだ、それは」
「ふぇ? クーゲル・シュライバーって、ドイツ語でボールペンって意味じゃないですか。あと、ザは英語なんで、くーげる・ざ・しゅらいばーは変だと思います……」
「なん……だと……?」

 攻撃を回避し続けていた厨二の動きが硬直する。
 意識が真っ白になるのを、厨二は止めることができなかった。

「……く、クーゲルが「玉」で、シュライバーが「書くもの」で……あれ? だ、大丈夫ですか? 止まってたら叩いちゃいますよ? えいっ、てやっ」

 この名前は厨二がドイツ語専攻の友人に、ドイツ風の名前を幾つか挙げさせて選んだものだ。
 それが、ボールペン。
 これでは、バカ丸出しではないか。
 いや、百歩譲ってバカ丸出しまではいい。
 しかし。
 眼前、その事実を指摘したのが、よりにもよって、天然系おどおど女子という、彼のストライクゾーンからすれば割とど真ん中の存在であることが、彼の受ける精神的ダメージを最大のものとしていた。

「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 厨二は激怒した。必ずや邪知暴虐のドイツ語専攻の友人を除かねばならぬと決意した。
 厨二はこれで繊細である。自分の美学を貫いている分には何を言われようとも跳ね除ける精神力があったが、自分のシンプルな誤りに対する恥ずかしさと照れには人一倍に敏感であった。
 脳内イメージ的に、厨二は、いまは、ほとんど全裸体であった。
 それくらい、恥部丸出しの心境であった。 
 可能であればセリヌンティウスのところまで爆走してしまいたい心境であった。
 しかし、

「ひっ?! ご、ごめんなさいごめんなさい! 何か悪いこと言ってしまったでしょうか、ボールペンさん……っ」

 ウィルの固有振動波長(このみのこえ)に揺さぶられ、厨二の繊細な心(ボールペン)がぽきりと音を立てて折れかける。
 しかし、厨二は耐えた。こんなところで共振疲労を起こして粉砕されるわけにはいかない。
 思い出すのは、リアル中学二年生のころ、図書館で読んだ小説の主人公。
 なんだか知らないけど意地張って友達を人質にしたアレなところはあるけれど、友人のために最後まで命を張った走る青年の物語。

「ま、負けん! 負けんぞおおおお! ボールペンになど! 燃え上がれ俺の〈憤怒の魔炎(ラース・フレイム)〉!」
「ひゃい!? な、なんですか突然っ?」

 ゴザルの作戦に従うならば、ぎりぎりまでこのウィルとかいう娘さんを、姦淫強欲のハーレムマスターから引き離さねばならぬ。
 あとは、タイミング。この作戦は、厨二の魔法が要。
 詳しいことは知らないが、あの飄々としたゴザルがソウジロウを襲撃すると決めたのだ。
 ならば、自分はそれを全力で手伝う。そこになんの躊躇いがあろうか。
 そう。厨二は、いつも世話をかけている(ゴザル)を救うために戦うのだ。ハーレムマスターの姦淫強欲を打ち破るために戦うのだ。
 さらば、小動物系天然娘さん。若い厨二は、つらかった。幾度か、心折れそうになった。えい、えいと大声挙げて自分を叱りながらウィルの攻撃をかいくぐった。
 弱体化(デバフ)魔法で応戦しながら、一歩、一歩と後退する。

 そして。
 ゴザルからの合図が、プライベートメッセージで告げられる。
 心を奮い立たせるように、厨二は、自分の心を支えた作品の名を叫んだ。

「僕に力を! 走れエロスーっ!」

 そして、噛んだ。

「……あー……そ、それは、ちょっと……ごめんなさい……。通報されても仕方ない気が……」

 当然、どん引かれた。

「……むがぁぁぁぁぁぁあ!! 〈アラクニッド・ネスト〉ーっ!!!」

 かくて、厨二の血を吐くような慟哭が響き渡った。

 
 
◇ キャラクター紹介 ◇

クーゲル=シュライバー(妖術師LV90)
 ざ・らいとすたっふの火力担当である〈妖術師〉。通称「厨二」。
 神の怒りが具現した存在である〈憤怒の魔炎〉を自在に操る術師(という脳内設定)。
 悪の魔法使い然とした黒マントに身を包み、とりあえず知っている中で難解な単語をつなぎ合わせて会話する様から、厨二の名がついた。
 趣味と言動はアレであるが、実は友人思いであるらしい。
 ただでさえHPの低い種族〈法儀族〉で、自分のHPが減らないと真価を発揮しない魔法を主力として使うという生粋の趣味人。
 単純なゲーマーとしての腕は〈D.D.D〉内でもトップクラス。
 
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