韓流研究室

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慰安婦捏造記事の朝日新聞がいつの間にか内容を否定 

★「吉田証言」重用でウソ拡散、
 いつの間にか
 内容を否定していた朝日

 産経新聞 2014.5.21 14:07
 
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140521/plc14052114070012-n1.htm

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 「そもそも朝日新聞の誤報と、
  吉田清治という詐欺師のような男がつくった本
  (『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』)が、
  まるで事実のように日本中に伝わっていったことで、
  この問題がどんどん大きくなった」


 第2次安倍政権発足の約1カ月前にあたる
平成24年11月30日。
日本記者クラブ主催の党首討論会で、自民党総裁の
安倍晋三は慰安婦問題について問われてこう指摘した。

首相就任前から慰安婦問題に熱心に取り組んできた安倍が
朝日と吉田を名指ししたのには理由がある。
吉田のデタラメな「韓国での奴隷狩り」証言を
裏付けも取らないまま熱心に繰り返し取り上げたのも、
事実と異なる慰安婦報道で問題を複雑化させたのも
朝日だからだ。

吉田証言は共産党の機関紙、赤旗なども報じているが、
朝日は突出している。

 アヘン密輸にからみ入獄したこともある吉田
「職業的詐話師」と呼ぶ現代史家の秦郁彦が
吉田と朝日の関係を調べたところ、朝日は慰安婦問題が
注目されるようになった3年半ばからの1年間に、
吉田を4回も紙面に登場させている。
もちろん、それ以前にも何度か取り上げた上での話だ。

 例えば3年10月10日付の記事(大阪版)では、吉田が
慰安婦には人妻が多く、しがみつく子供を引きはがして連行
などと語るインタビュー記事を載せている。
だが、貧しく慰安婦のなり手に事欠かなかった時代に、
わざわざ子持ちの人妻を連行する必要性があったというのか。

朝日は4年1月23日付夕刊の1面コラム
「窓 論説委員室から」では吉田の言葉を引用してこう書いた。

 「(朝鮮)総督府の五十人、あるいは百人の警官と
  いっしょになって村を包囲し、女性を道路に追い出す。
  木剣を振るって女性を殴り、けり、トラックに詰め込む」
「吉田さんらが連行した女性は、少なくみても九百五十人はいた」

 このコラムは吉田のことを「腹がすわっている」と
持ち上げすらしているが、当時、朝鮮半島の地方では
巡査はほぼ100%朝鮮人だった。

 吉田は『私の戦争犯罪』を出す6年前の昭和52年に出版した
『朝鮮人慰安婦と日本人』では、奴隷狩りで女性を集めたとは
書いてはおらず
朝鮮人地区の女ボスの手配としている。

 ただ、朝日も徐々に吉田の話を疑問に思い始めたようで、
強制連行や吉田証言に対する論調を変えていく。
平成9年3月31日付朝刊の慰安婦問題特集記事では、
吉田についてこう書くに至った。

 「朝日新聞などいくつかのメディアに登場したが、
  間もなく、この証言を疑問視する声が上がった。
  (吉田が奴隷狩りを行ったと証言した韓国の)
  済州島の人たちからも、氏の著述を裏付ける証言は
  出ておらず、真偽は確認できない。
  吉田氏は『自分の体験をそのまま書いた』と話すが、
  『反論するつもりはない』として、関係者の氏名などの
  データの提供を拒んでいる


 結局、吉田証言を何度も紹介したことの非は認めず
「真偽は確認できない」とするにとどまり、
訂正はしていない。

朝日の前主筆、若宮啓文は昨年9月に出版した著書
『新聞記者 現代史を記録する』の中で次のように振り返っている。

 「朝日新聞もこれ(慰安婦問題)を
  熱心に報じた時期があった。
  中には力ずくの『慰安婦狩り』を
  実際に行ったという日本の元軍人の話を信じて、
  確認のとれぬまま
  記事にするような勇み足もあった


 今回、産経新聞が若宮に取材を申し込んだところ、
多忙などを理由に「お受けできかねる」と拒まれた。

 朝日新聞広報部に
「一連の吉田氏を取り上げた記事について
 訂正する考えはあるか」と問い合わせると、
書面で回答があり、前述の9年3月31日付の慰安婦問題の
特集を挙げたうえで、こう続けた。

 「吉田清治氏の証言について、
  弊社は特集ページで、証言の真偽が確認できないことを
  詳細に報じ、証言内容を否定する報道を行っています。
  歴史に関する証言報道は、その検証などによって
  新しい事実が判明した場合、その事実を伝えることが
  重要だと考え、そう努めています


 朝日の指摘する記事が、果たして
「証言内容を否定する報道」といえるだろうか。
それまでに繰り返し無批判に吉田を取り上げ、
国内外に間違った慰安婦像を広めてきた経緯と
比較考量して、これで十分とはいえない。(敬称略)



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これが、
慰安婦捏造報道、常軌を逸した安倍バッシング
「安倍の葬式はうち(朝日)で出す!」
とまで豪語した反日レイシズム朝日新聞前主筆
バカ宮こと若宮啓文の犯罪行為である。

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中国政府主催の自書の出版記念パーティーに
夫人同伴で訪中したという若宮啓文を告発する
週刊文春の記事

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★吉田清治の息子は朝鮮人…
 在日成り済まし説を追う

 東アジア目次録  2014/01/27
 http://dogma.at.webry.info/201401/article_2.html
捏造慰安婦を描いた小説家・吉田清治には
僅か4歳下の息子がいた

実名は李貞郁。
ペテン師が朧げに明かした半生もまた
嘘と謎に満ちている。
そして闇に生まれた男は、再び闇の中に消え去った…

詐欺師と呼ぶには影響が余りにも大き過ぎる。
小さな反日の火を煽る為に創られた物語は、
我が国と南鮮の決定的な断絶を生み出し、
米国を巻き込む大火となった。


捏造慰安婦問題の火の粉が舞い上がった平成4年。
NHK山口放送局は、吉田清治の“証言”に基づいた
番組を企画、数十人を取材したが、ウラが取れなかった。
その際、吉田本の出版先は、こうNHK側に説明した。

「あれは小説ですよ」

非常にシンプルな結論だ。
吉田清治のデビュー作『朝鮮人慰安婦と日本人』
(新人物往来社S52年刊)も、第二作『私の戦争犯罪』
(三一書房S57年刊)も、ノンフィクションではなく、
架空戦記だった。

(中略)
しかし、実録作品にしては最初から奇妙だった。
吉田清治とはペンネームで、本名は吉田雄兎という。
まず、個人体験を基にしたノンフィクション作品で
無名の新人が筆名を使うケースは珍しい。

加えて、吉田本の場合は
「戦後30年以上を経て当事者が初めて告発した」ことが
最大のセールスポイントだった。
登場人物の仮名表記は有り得るが、“勇気ある告発者”までが
本名を隠すのは不自然である。

▼TBSは吉田精治と報道(H4年頃)
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他にも吉田は「東司「栄司」といった筆名を使い、
本名を明かすことはなかった。
歴史家が作品中の“史実”に違和感を覚えても、
実名が判らない以上、追跡は困難。
それが吉田本の仕掛けの一つでもあった。


吉田の小説に登場する「私」は創作された人物に過ぎない。
そして、作者もまた架空の存在に近い正体不明の人物だった。

【小説と認める勇気はなし】

何が目的でこんな作り話を書くんでしょうか
(『昭和史の謎を追う・下』文春文庫498頁)

済州島の地元紙『済民新聞』の文化部長は92年3月、
訪ねてきた日本人にそう聞き返した。
現地を訪れたのは、歴史家の秦郁彦氏だ。
地元メディアの素朴な疑問に対し、秦氏は答えに窮したという。

▼吉田本に疑問投げ掛ける地元紙の書評(89年)
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(中略)
【吉田が元軍人というデマ】

吉田清治はデビュー作で「本籍地は山口県」と
記しているが、実際は福岡県芦屋町西浜。
そして上京して都内の大学に通ったという。
朝日新聞は吉田の学歴を法政大卒と報道したが
明らかな詐称だった。

また秦郁彦氏に対しては法政大中退と説明していたが、
同大学には在籍記録が存在しない。
この学歴詐称だけでも吉田清治が生粋のペテン師である
ことが判る。職歴に至ってはなおさらだ。

(中略)
【突然現れた4歳下の“息子”】

金永達(キム・ヨンダル)という息子
吉田清治のデビュー作『朝鮮人慰安婦と日本人』で
紹介されている。もちろん日本人ではなく、朝鮮人。
そして、この名前もまた仮名だ。

実名は、李貞郁(リ・ジョンウク)。
秦氏への説明によると、吉田は昭和12年4月に、
この李貞郁を養子に迎え入れたという。
不自然で唐突すぎる縁組みだ。
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この時、
大正2年生まれの吉田雄兎は24歳
設定では大学卒業直後の独身者だ。
一方の李貞郁は、大正6年生まれの20歳だった。
4歳年下の朝鮮人をいきなり養子として
入籍させたとうのである。

吉田の小説では、
息子は同じ昭和12年に満州に渡って日本人教師と結婚。
そして陸軍に入隊し日支事変で戦死する。
実際とは大きく異なるフィクション上の
無駄な盛り上げエピソードだ。

「養子にした李貞郁は、
 戦後は日本人として生活していたので、
 差別を避けるため金永達の仮名を用い、
 戦死していたことにしておいた」

(『慰安婦と戦場の性』244頁)

嘘が暴かれてから4年後の平成8年、
吉田は秦氏にそう明かした。
悲劇的な息子の戦死シーンは完全な創作だった。
それでも吉田清治は、著作がフィクションであることを
認めようとしなかった。

吉田本は一事が万事、こんな調子である。
秦氏の質問に対し、吉田の息子・李貞郁
昭和17年に妻帯し、58年に死亡したと答えている。
また生前の職業は、労働組合の幹部だったという。

奇妙なストーリーだ。
朝鮮人を養子に迎えるには、相応の背景なり理由が
あるはずだが、吉田は何も語っていない。
24歳の独身男が朝鮮青年を養子にするという
異常事態に親兄弟ら縁者は反対しなかったのか?


養子縁組までの事情を深く探れば、
吉田清治の正体が見えてくるかも知れない。


【1人目の吉田雄兎は死んでいた】

吉田清治とは何者なのか…
プロフィールを調査していた秦郁彦氏は、
学歴を辿る過程で、衝撃的な事実に出くわす。

吉田雄兎は、戦前に死亡していたのだ。

昭和初頭、吉田雄兎は地元福岡の門司市立
商業高等学校に入学した。
同校は大正7年創立の伝統校で、
現在は福岡県立門司大翔館高校へ名称を変更している。

その門司市立商高の昭和6年度卒業生名簿には、
吉田雄兎「死亡」と記されていたのだ。
何らかのミスがあったようには思えない。
不明ではなく、ハッキリと死亡だ。
(引用ここまで)
*興味深い内容の続きは、リンク先で!



勿論、慰安婦問題の火付け人は
「吉田証言」だけではありません。
女子挺身隊を「慰安婦」だと捏造したのは
元毎日新聞の小説家千田夏光です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E7%94%B0%E5%A4%8F%E5%85%89

そして、この吉田清治と千田夏光の小説を利用し
自身の韓国人妻の母親で、慰安婦等の支援団体
「太平洋戦争犠牲者遺族会」の会長梁順任(ヤン・スンムニ)
のために韓国特派員時代の1991年8月11日の朝日新聞にて
初めて慰安婦に関する記事を書いたのが
ご存じ、植村隆記者。
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朝日新聞が、
故意に「吉田証言」重用しウソを拡散し
いつの間にか内容を否定していたとしても
国内版で曖昧にしただけであるから
毎日新聞も朝日新聞も、英語版では触れていない。
いまだに、海外の慰安婦問題に関するサイトには
堂々と、証拠としての『吉田証言』が重用されているのだ。

彼らの工作は、一事が万事・・・えげつない
慰安婦問題を捏造し、拡散し続ける工作員は
国内外あまりにも多過ぎる。
巨大な敵とどう戦うか・・・
田舎の、一中年女の私は
微力ながら地道に一歩づつ、やるしかない。


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言い逃げ常套そして上等、日本の(ノン)フィクション。
火をつけた当事者を追いかけず油は注ぐ日本のエセ良心。
[ 2014/05/21 23:32 ] 弓取り [ 編集 ]
「従軍慰安婦捏造」の植村氏が現在在籍している大学に
電話取材しました! 
赤峰和の「日本が、日本であるために」
http://blog.goo.ne.jp/akaminekazu/e/8db7a3273f0e970007b96e29250df0fd
以前も、神戸松蔭女子学院大学の教授になるとの話を聞きつけて大変驚いたのですが、今度は、北星学園大学と聞いてまた驚いてしまいました。
そこで、早速、北星学園大学に直接お電話して、真相を確かめてみました。
勿論、赤峰和として、身分もサイトも明らかにしてのやり取りです。相手は、
同校の学生支援課の課長の方です。
[ 2014/05/22 14:03 ]   [ 編集 ]
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