にんじんの塔

肌も心も干からびかけたアラサー独女による、恋活のための自省ブログです、いちおう。

にんじんの塔

高校生の時に『冷静の情熱のあいだ』という映画を観た。

辻仁成江國香織の共著が原作で、竹野内豊ケリー・チャンが主演の映画だ。
 

冷静と情熱のあいだ(通常版) [DVD]

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あの瞳も、あの声も、ふいに孤独の陰がさすあの笑顔も。
もしもどこかで順正が死んだら、私にはきっとそれがわかると思う。
どんなに遠く離れていても。二度と会うことはなくても。

 


まだ、田舎のしょっぼい進学校の女子高生だった頃に観た映画だ。映画館で。2度、授業をサボって。

その時、もう処女ではなかったけれど、自分の人生に希望が持てるんだかなんだか分からない日々を過ごしていた私にとって、この映画を観て、愛だの恋だのが微かな希望だった。本当にバカみたいだけれど。東京に行って、こういう恋をするんだって、その思いで、私、偏差値50にも満たなかったのに必死で勉強して、東京の大学に現役合格したんだから、愛だの恋だのってバカに出来ない。



ケリー・チャン演じるアオイはいわゆるハーフの留学生で、その出生からか“自分の居場所を探している”女の子だ。(私は最近まで日本人男性あるいは完全なる外国人としか接点がなったけれど、先日、ハーフの男性とお酒を呑んだら、確かに“自分の居場所を探している”人だった。青い瞳で、日本人的な思想を語る彼の物憂げな横顔はなかなか良いものだった。写真におさめておけば良かった。)(ハーフじゃなくたって、私も自分の居場所を探していた。東京の人にとって、私の地元なんてほとんど外国みたいなものだ。それでなくたって、女の子はみんな、いや、誰だって自分の居場所を探しているんだよね、ごめんなさい。)


映画の中でアオイは順正に言う、「私の30歳の誕生日は、フィレンツェのドゥオモで」と。


30歳にもなれば、フィレンツェのドゥオモで待ち合わせ出来るようになっているものなのだろう、と思っていたけれど、私はいまだに海外を自由に飛び回ることが出来ない。休暇があれば、大好きな家族に会いたいがために飛行機で帰省していたので、ほとんど貯金なんて無いし。

強いて言えば、アオイみたいなベージュのネイルカラーと、シャツが似合うようになったくらいかな。それはきっと歳を取れば誰だってそうなるかもしれないけれど。




“にんじんの塔”というのは、東京都世田谷区の三軒茶屋にあるキャロットタワーのことである。

キャロットタワーの展望スペースは無料で利用できる。

のどかな世田谷の、でも田舎者にとっては十分大都会な景色が一望出来る場所。

もっと東京らしい景色が見たければ、カフェに入らなければならない。

「今度、あそこのカフェでご飯食べたいね」

三軒茶屋で一緒に暮らしていた恋人と、よく話していた。

私の身体を作り、私の心を保っていた恋人と。

残業(当時は21時には帰宅出来る会社に勤めていた)の後に彼の作ったご飯を食べて、まどろんで、0時過ぎに帰宅する(彼の家にはお風呂が無かったから)。

しょうもないことで落ち込んでいる時は「しっかりしろ!!!」と叱るけれど、本当にしんどい時はちゃんと気付いてくれる、すごい人だった。

ある日、「ねえ、私、会社でこんな目に遭っているのよ」って笑って話したら(当時から会社の誰かに必ず嫌われていた)、「どうしてこんなことをされて笑っていられるの?おかしいよ、こんなことをする人は」って涙をためて悲しい顔をするから、私はわんわん泣いた。狂ったように、泣き叫んだ。暴れないように押さえつけられるほどに。


“私の30歳の誕生日は、三軒茶屋キャロットタワーで”

そのレベルの女にしかなれなかったと悲しむべきなのだろうか。おまけに、もう彼はいないし。


彼と別れてから、色々な人と寝たし、わりと良いところでご馳走になったりした。

それでも、あの豚汁や、素麺や、焼き魚や、お好み焼きや…ああ、クリスマスのチキンライスは格別に美味しかった(チキンライスはあまり好きじゃなかったのだけれど、コーンがとても美味しくて、それ以来チキンライスが好きになった。もっとも、あのチキンライスだけだけど)。

 

どんな高級店の料理も、彼の料理には敵わない気がする。だって、いくらお金があったってもう食べられないのだから。

 


大喧嘩した時に「ちょっと時間が欲しい。頭を空っぽにしたい」ってメールが着たから、「頭が空っぽだと、夢、詰め込めるから?」って返信したら、笑いながら電話してきて「明日はね、シチューを作るんだ。余るかもしれないなあ。食べにくる人~?」って許してくれるところも(彼とやりとりするのはガラケーだった。つまり、もうとっくに昔の話なのだ)。


おかわりをしないと拗ねるから、私の胃袋はけっこう苦しかったけれど、そのせいだけじゃなく、時々、涙が出た。彼の美しい太ももに垂れる涙を見つめる私に、「早く食べてよ、もう!」「美味しい?ねえ美味しい?」って言うから、笑ってしまった。


私が会社で認められるために躍起になっている時、「ねえ、キミに必要なことはそういうことじゃないでしょ?どうして分からないの!!!」って怒られたんだ、世田谷公園で。

もっと身体を大事にして。ニコニコして。少しは料理も勉強しよう。僕がいないと生きていけないじゃないか、って。お風呂のあるアパートも借りられないくせに言うもんだから、私、ちょっとムキになってしまった。



確かに別れてからの私は、生きているようで生きていない。ブラック企業でコキ使われて、癌に怯えて。
お風呂がある以外はほとんど彼と同じようなアパートで、王子様が現れるのを待っているけれど、いまだに誰のことも好きになれずにいる。


彼と会っているあいだは控えていた煙草もお酒も、今じゃ好き放題に呑んでいる。あれ、いつから梅酒が好きになったのだろう。あなたの生まれ育った紀州の梅酒は本当に美味しい。ああ、エセ関西弁はいっそう下手くそになっているなあ。



“私の30歳の誕生日は、三軒茶屋キャロットタワーで”

そんなことすら言えないけれど、ああいう恋が出来ただけで良かったかな、と思う気持ちと、いやいやいや!終わり悪ければ全て悪しでしょ、という気持ちと闘っているよ。あなたが言ったようにニコニコ明るい人になったはずなのに、あなたほど愛してくれる人は現れない。



“私の30歳の誕生日は、三軒茶屋キャロットタワーで”

付き合う前によく待ち合わせしたTSUTAYAの前で、今まで何やってたんだよ、ってぶん殴られたい。バンタム級の力で。

まあ、あなたはそんなことしない人だって分かっているけどね。
そうして一緒に、いつものスーパーで食材を買って、あなたの作ったご飯が食べたい。出来れば、あの頑固おやじのケーキ屋さんのケーキがあれば嬉しいけど、もうワガママは言わないよ。