IT業界の立役者たちはなぜ愛読する?『孫子』を現代的に解釈してビジネスに活かす

印南敦史 | ライター
2014.05.22 08:40

最高の戦略教科書 孫子


『孫子』といえば、現代でも大きな説得力を維持し続ける古典として有名。ソフトバンク創業者の孫正義社長、マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツなど、現代の経営者たちにも強く影響を与えています。

最高の戦略教科書 孫子』(守屋淳著、日本経済新聞出版社)は、そんな名著をビジネス的な観点から読み解いた書籍。1部では『孫子』が言いたいことを解説し、2部では『孫子』が現代においても活用できるのかを掘り下げています。どちらも興味深いのですが、特筆すべきは1部での、『孫子』の現代的な解釈の仕方。第一章「百戦百勝は善の善なるものにあらず」から、いくつかを引き出してみます。

           

戦わずに屈服させる


『孫子』には、その戦略観を特徴づける状況認識が存在し、それこそ戦略のバイブルとしての『孫子』の魅力だと著者は言います。たとえば、良い例が次の言葉。


それ兵を鈍(にぶ)らし鋭(えい)を挫(くじ)き、力を屈し貸をつくさば、則ち諸候、その弊(へい)に乗じて起こらん。智者ありといえども、その後を善くすること能(あた)わず【作戦篇】

── 長期線になれば軍は疲弊し、士気は衰え、戦力は底をつき、財政危機に見舞われれば、その隙に乗じて、他の諸国が攻め込んでこよう。こうなっては、どんな知恵者がいても、事態を収拾することができない。(31ページより)


ライバルが多数いる状況では、一対一で泥沼の戦いに陥ると消耗が大きく、勝ったとしても第三者に漁父の利をさらわれかねない。つまり、体力や資源がボロボロにならないようにしておかないと、生き残れないということ。(30ページより)


百回勝っても最善の策ではない


そして、だからこそ生まれたのが、次のよく知られた名言。


百戦百勝は善の善なるものに非(あら)ず。
戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり【謀攻篇】

── 百回戦って百回勝ったとしてもそれは最善の策とはいえない。戦わないで敵を屈服させることこそが最善の策なのだ(32ページより)


百戦百勝が最善でない理由は、百回戦っているうちに、自分や組織の体力・経営資源をボロボロにし、百一回目に第三者に漁父の利をさらわれては愚の骨頂だから。このような局面では「いかに戦うか」ではなく、「いかに自分が漁父の利をさらう側にまわるか」が戦略のひとつの眼目となるのだという考え方です。

そしてこれは、現代のコンピュータやIT業界に近いと著者は指摘しています。栄枯盛衰が激しく、一時はもてはやされても脱落した企業は数知れず。ライバルは多数どころか、予想もしない勢力がいきなり殴り込んでくることもしばしば。

そこで「簡単に言いなおせばどうなるのか」「より一般的に表現するとどうなるのか」というように、抽象度を上げて考えることが大切になってくるわけです。抽象度を操作すれば、「では、どうしたらよいのか」という対策を引き出しやすいといいます。

コンピュータやIT業界の立役者が『孫子』を愛読しているのは、ひとつにはこうした事情によるのだそうです。そして同じことが、グローバル化の状況でも顕著になっているのも明白。ビジネスのライバルは国内だけに限らず世界に広がっているからこそ、このような視点が必要だというわけです。(32ページより)


勝算がなければ戦わない


では、相手よりも自分の力が弱い場合はどうすればいいのか。


勝兵は鎰(いつ)を以て銖(はち)を称(はか)るがごとく、
敗兵は銖を以て鎰を称るがごとし【軍形篇】

── 敵と味方の戦力の差が、五百対一もあれば、必ず勝つ。逆であれば、必ず負ける(40ページより)


戦力差があるのに戦えば、負けるのが当たり前。そして戦力差は、そのまま国力差に比例するということ。(40ページより)

そしてその対策は、次のとおり。


少なければ、則ちよくこれを逃(のが)れ、
若(し)からざれば、則ちよくこれを避(さ)く【謀攻篇】

── 劣勢の兵力なら退却し、勝算がなければ戦わない(40ページより)


ここは、かなり解釈しにくいと著者は指摘しています。しかし自分が強いときの振る舞い方を裏から読むと、答えのひとつが見えてくるとも。つまり、自分の方が強い場合は、外交や威嚇によって相手を味方に引き入れたり、傘下に収めたりする。そして自分の方が弱ければ、強い者の傘下に入ったり、協力者となって生き残りをはかれということ。たとえば個人商店が、出店してくる大型ショッピングセンターのテナントになって生き残りをはかるようなものだといいます。(40ページより)

この点について「『それで本当にいいのか』という腑に落ちなさがどうにも付きまとってくる」とツッコミを入れていることからも明らかなとおり、著者はときに『孫子』に賛同し、疑問を感じる部分にはさまざまな解釈を試みています。

また、現代の事例に置き換えた表現も多いので、『孫子』の本質をわかりやすく理解できるはず。著者のアプローチも軽快なため、敷居の高さを感じることなくスラスラと読み進められ、さまざまなことを学びとることができると思います。


(印南敦史)

  • 最高の戦略教科書 孫子
  • 守屋 淳|日本経済新聞出版社
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